序 「大丈夫」 夜空の月は綺麗だ。 ぼんやりと考えながら、少年は空を見上げていた。 今日は星も良く見える。 視界に広がる無数の輝きを見上げたまま、少年は何も考えずにぼーっとしていた。 いや、何も考えたくなかったから空を見ていたのかもしれない。 気を紛らわそうとして。 「えーっと……大丈夫?」 かけられた声は、女性のものだった。恐る恐るではあるが、ちゃんと心配してくれているのだと判る。 若干、苦笑いが混じっている気もするが。 「大丈夫」 脱力気味に答えて、少年は身を起こす。 動かした身体の節々が痛む。打ち付けられた背中と肩の辺りが特に。 木の葉や折れた枝を払い落としながら、少年は立ち上がった。 ぱっと見て目に付く彼の特徴は、ボサボサの黒髪と眠そうな目つきぐらいだ。それなりに顔立ちは整っているのだが、酷くげんなりした表情がぶち壊しにしている。 「毎度のことだし」 右手で左肩をさすりながら、少年は心底面倒臭そうに溜め息をついた。 背後には折れた木々がある。吹き飛ばされた少年が巻き込んでしまった、公園の木々が。 何となく、申し訳ないと思う。 別に少年が何かをしたわけではない。どちらかと言えば少年だって被害者なのだが、もっと上手く立ち回っていれば回避できた可能性だってあるはずだ。 もう一度大きく息を吐いた少年の前に、一人の少女が立っている。 先ほどの声の主だ。 艶やかな黒髪が風に揺れている。リボンで結ったポニーテールの髪は、解けば背の中ほどまではあるだろう。長い睫毛に彩られた大きな瞳に、整った鼻梁と、薄いけれど柔らかそうな唇。月明かりが白い肌を強調させているかのようだった。 何と声をかけていいのか判らないと言った様子で、少女は頬を掻いている。苦笑いだ。 同じようなことが何度あっても慣れないのだろう。 少年にも気持ちは解らないでもないが。 「っと」 不意に、少年の左肩に何かが飛び乗った。 小型の狐や猫のような、それでいてどちらともつかない不思議な生き物だった。ふわふわの体毛は淡い黄金色で、やや大きめの尻尾と、大きな瞳の小動物だ。透き通るような美しい空色の瞳が少年を見て細められる。特徴的なのは、額の真ん中に真紅の宝石のようなものがあることだろうか。埋め込まれていると言ってもいいのかもしれないが、どうやら生まれつきのものらしい。 擦り寄ってくる表情は懐いているのだと一目で判る。その様子は実に愛くるしい。 一見すると先ほどまで戦っていた存在だとは思えない。 ふっと笑顔を見せて、少年は少女へ手の甲を向けるように左腕を伸ばす。 「おいで」 優しい声に、不思議な生き物は少年の腕を伝って少女の胸へと飛び込んで行った。 抱えられた腕を伝い、生き物は少女の右肩に身を落ち着けた。少女は微笑み、右手で生き物の首筋を撫でる。目を閉じるように細めて器用に丸くなる様は、とてもリラックスしている証拠だ。 「とりあえず帰ろう。眠い」 「そう……だね」 少年の言葉に、少女は乾いた笑顔を見せる。 「明日、平日なんだよな……」 呟くと同時に、少年は溜め息をついた。 そうして、自宅へ向かって歩き出す。 肩に不思議な生き物を乗せた少女と共に。 |
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