エピローグ 「おやすみ」



 重成は、ボクの一番の親友だった。
 あいつと出会ったのは、もう何年も前になる。小学校に入って半年くらい経って、皆がワイワイと騒ぐ教室の中で、でもボクは一人きりだった。友達もいないし、積極的に人の輪にも入っていけないし、ボクはずっと一人で自分の席に座っていたんだ。
 そんな時に声をかけてくれたのが重成だった。地味で暗い、いじめの標的になっていたボクに、なんの抵抗もなく話しかけてきて、『こないだサッカーやって たろ? オレとも一緒にやろうぜ』なんて言ってたっけ。そういえば当時の男子は野球に夢中で、サッカーボールを追いかける奴が少数派だったから、仲間が欲 しくて声をかけてきたんだよな。
 あれからボクは、何をするにも重成に付いて行ったっけ。重成がやってる事をやって、重成が持ってるものを欲しがり、重成の友達と遊んだ。高村たちとも、重成のおかげで仲間になれたんだよな。
 それに、一人称を変えたのも、重成が『オレ』って言うのがカッコよくて、真似したかったからなんだ。
 重成とはお互いに何でも話し合えた。昔からあいつは杏子とのノロケ話ばっかりだったけど、一人っ子のボクは素直に羨ましがってたな。
 由梨花が好きだって、ボクが一番最初に相談したのも、重成だった。一目惚れした相手の名前を言ったら、あいつ、まず苦笑だもんな。次に由梨花のスペック の高さと競争率の激しさをとうとうと語って、ボクを窘めて来たんだ。でもボクが本気だって判ったら、真剣な顔になって頷いてくれた。ただの妹ボケでおチャ ラけた奴なんてイメージを持ってたけど、ホントは友達思いで真面目な、信頼できる男だったんだ。
 だから。
 だからね、重成。
 君が居なくなってしまったこの世界で、ボクはせめて、君の大切な存在を守ることにしたよ。
 重成が一番、もしかしたら自分よりも大事にしていた杏子を、ボクは助けたかったんだ。
 いや、そうじゃないかな。言い方は難しいんだけどね……。
 そう、ボクは、杏子の家族になりたかったんだ。あの時、君が死んでしまって、杏子は悲しみ、苦しんでいた。だからあの子に寄り添える家族が、なによりも必要なんだ、て。ボクはそう思った。もしかしたら君も同じ心配をしてたのかもね。
 ボクは君の代わりにはなれないし、なりたいとも思ってない。でも、杏子に必要な君の役割は、ボクが代わりに引き継ぐよ。杏子のお兄ちゃんとして、君と同等の立場になって、杏子を支えてみせる。
 だから安心してほしい。天国の君が、杏子のことを笑顔で見守れるように、ボクは全力を尽くす。
 それは、ボクから君への、恩返しの意味もあるんだから――



 学校に来て、久しぶりだ、なんて感慨を持ってしまった自分に、思わず苦笑してしまった。
 それは、実際には幾日も無い時間だったはずなのに、聖杜の中には圧倒的な時間差が生まれてしまっているからだ。色々とありすぎて、もはやそれ以前の日常がどんな物だったのかを思い出すのすら、少し難しかった。
 こんな気分になるのは人生で二度目ではあったけれど、決定的に違うことは、そこに無くした者が存在するということだろう。
 隣の教室を覗いた時、そこに一つだけ、花瓶が飾られた机があった。主のいない座席に見えたのが、存在したはずの親友であり、自分の中に宿るどうしようも ない寂寥感だった時、聖杜は膝から崩れ落ちそうになった。乗り越えたはずの実感が再び自分を責めることを、彼は思い知ってしまったのだ。
 そんな聖杜に気が付いて、心配そうに肩を叩いてくれたのが高村たち3人であり、友人たちのありがたみと言うのを本当に感じたのも、今日と言う日だった。
 こうして、所々で重成の不在を感じながら、少しずつそれに慣れていこうとした一日も、終わりを告げる。不意にチラつく思い出に涙を堪えて、さらに堪えた末の放課後に、聖杜はゆっくりと深呼吸して気分を落ち着けたのだ。
「……よしっ」
 普段は面倒だと思っていたトイレの掃除も、日常を取り戻すという意味では、心を落ち着けてくれるものだった。簡単にブラシをかけて汚れを落とし、洗面台 なんかを軽く擦ってから道具をしまい、簡単な達成感と共に教室に戻ってきた。今日という日が長かったような、短かったような、変な気分になりながら鞄に荷 物を詰め込んだ。
 そのまま教室を出ようとしたところで、どやどや騒がしい話し声が近づいてくる。何かと思って目を向けると、教室の入り口には、裕也、秀行、卓巳の三人が聖杜を見つけて、うぉーい、と手を振りながらこっちに歩いて来るではないか。
「おー」
 どしたー? という感じで手を振り返すと、彼らはちょっとワザとらしい笑顔を浮かべながら、
「よー。帰り、どっか寄ってかねぇか」
 なんて聞いてきた。
「寄ってくって、どこにだよ?」
「あー? まぁ、好きなとこで良いや。ゲーセンでもカラオケでも、お前に付き合うぜ」
 言いながら、ポンポンと秀行が肩を叩いてきたので、聖杜は思わず苦笑を漏らす。
(気、遣ってくれてるんだな)
 そんな風に理解できてしまったからだ。それは、とてもありがたい。
「なに、奢りなん?」
 冗談めかしてそんな事を言うと、三人は肩を竦めて視線を合わせつつ、
「金が無いんなら、まぁそれでも良いぜ?」
 なんて言ってくる。その、やはりワザとらしい仕草に、始めから申し合わせて居たんだろう事がバレバレで、ついぞ聖杜は噴き出してしまうのだ。
「あっはは」
 と笑う聖杜の姿に、彼らは少し、照れ臭そうだった。
「んで、どうする? どっか行くなら早目に出なきゃな」
 卓巳がそう言って行動を促したので、聖杜は笑いを引っ込めて、丁寧に頭を下げた。
「悪い。今日は家に帰らなきゃなんだ」
「なんか用とかあったのか」
「ま、ね。しばらくは家族が揃ってなきゃいけないから」
「……そっか」
 聖杜が浮かべる微笑に、三人は揃って、神妙な顔付きで頷く。
 そんな、少し沈んだような空気を振り払うように、聖杜は勢い良く立ち上がると、
「つーわけで、今日はさっさと帰る事にする。付き合いが悪くてすまん」
 なんて笑ってみせる。彼のそんな様子に、秀行たちも「全くだー」なんて言いつつ、聖杜を小突いてくるのだ。
 こういう明るい雰囲気の方が性に合ってる。聖杜は笑顔のままで帰るべきだと思い、教室の出口へと向かった。
「おーい、聖杜」
 そんな彼を呼び止める声。
 聖杜が振り返ると、裕也がちょいちょい、と手招きしているではないか。
「なんだよ」
 思わず不思議そうな顔で踵を返してしまう聖杜であった。
「アレ、見たか?」
「んぁ? あれって?」
「チャンピオンズリーグだよ」
「…………っ!?」
 チャンピオンズリーグ。
 UEFA主催の公式大会のことである、当然。
 その言葉の意味するところを理解して、聖杜は愕然と、凍り付いてしまったのだ。
「いやー、凄かったよなぁ、流石は決勝! 攻めと守りの壮絶な潰し合いって感じで、遅くまで起きてた甲斐もあったってもんだぜ。最終的にあんな結末とは思 わなかったけど、それでもゲルゼンキルヘンの夜空に掲げられたビックイヤーと、鳴り響く『ウィー・アー・ザ・チャンピオン』にゃあ、本当に酔い痴れた ね!」
 聖杜の様子に気付かずに、興奮した裕也が矢継ぎ早に漏らす感想は、彼の心に大きなダメージを刻んでいくのである。
 そう、聖杜はすっかり忘れていたのだ。全フットボールファンが一年に一度、最上の瞬間として心待ちにした、世界最高の舞台のことを。
 すでにその決勝戦は終わっていたという事を。
 大きく見開かれた、その瞳が見詰める虚空には、もはや後悔と絶望感しか映っていない。未だに喋り通しの裕也の声が響く中、ガクガクブルブルと震えだした聖杜は大きく息を吸い込んで、腹の底から声を出すことになる。
「忘れてたあぁぁぁ―――――――――――――――――――っ!?」
 その、誰よりも大きな声は、放課後の校舎の隅々にまで響き渡り、近くの三人の鼓膜を破く勢いだったとか。
 こうして彼は、大きなショックと羞恥心を引き連れて、久々の学校生活を終えることになったのだった。



 久しぶりの学校生活を終えて。
 日常に戻ってきたんだなぁ、なんて変な感慨を覚えながら、由梨花は南青木島駅のホームへと降り立った。
 夕方には少し早いこの時間、電車から降りてくる人はまだ少なく、閑散としている。由梨花はゆっくりと階段の方へと足を向け、隣を歩く有理と真樹の会話に、再び意識を向けた。
「こないだアレ見に行ったんだけどさ、予想外のクオリティーっていうか、ぶっちゃけヒドかった訳よ」
「そうなの? CMでは面白そうだったし、見たいなって思ってたんだけど、止めた方が良いかしら」
「止めときなー。なんか下手なラブロマンス狙いすぎて、観客置いてけぼりって感じでね、原作とも違うしさぁ」
 公開された映画の話題なのだろう。大仰な手振りで作品の出来の悪さを訴える有理の様子は、何だか少しだけ面白くて、思わず笑みが浮かんでしまう。
 こうやって、何気ないお喋りをしながら、友人たちと笑っていられる。それがとても貴重で、とても幸せなことなんだ、と由梨花は実感していた。
「由梨花ー?」
 有理が振り向いて、こっちに話を振ってくる。それで自分が、少しだけボーッとしていた事に気付いて、なぁに? と聞いた。ちょっと置いてかれている。
「今度、新色リップ買いに行こうよ。久しぶりにショッピングだ」
 そう、笑いかけてくれた。真樹もにっこり微笑んで、
「衣替えもあるし、色々と揃えておいた方が良いでしょう? 眞理子ちゃんや貴子ちゃんも呼んで、みんなでワイワイ、お買い物をしたいって話してたのよ」
 気遣ってくれている。それを感じ取った由梨花もまた笑み、うん、と返事をするのだ。
「今年のキャミ、カワイイのが多いみたいだから、欲しいって思ってたんだよね」
「おー、いいねいいね。あたしはオシャレなサンダルが欲しいんだよ」
「スカートがいいわぁ。夏用の、ふわふわなのがあると良いんだけど」
 そんな風に、キャイキャイしながら階段を渡り、改札を抜ける3人の女子高生。
 これが、今まで通りなのだ。2人は、いや久実も併せた友人たちは、戻ってきた由梨花を気遣ってくれているのが、今日一日を通して伝わってきた。色々と聞 きたいこともあるだろうに、それでも触れずに、いつもの様に接してくれる。由梨花が自分から話せるようになるまで待ってくれるのだろう、その思いやりは、 あの強烈な出来事をまだ振り返れない由梨花には、本当にありがたいことなのだ。
 だから一言だけ、朝一番に、こう言った。
『お兄ちゃんのこと、惚れ直しちゃったっ』
 その時の真樹たちの、とても渋い表情は忘れられそうにない。
 由梨花が今朝のことを思い出して、ちょっと表情を隠すように笑っていると、彼女たちは駅前の分かれ道へと差し掛かっていた。ここで由梨花は、2人と別れて家路へとつくのだ。
「さて、と。具体的な日時は、また決まったらメールするね」
 交差点を右に折れる2人が、変わりそうな信号を気にしつつ、由梨花にそう言ってくれる。それに頷いて、
「分かった。それじゃあ、ね」
 と手を振ると、
「バイバイ」
「また明日、ね」
 そんな風に、笑顔で手を振り合って、交差点を渡り始めた。横断歩道を歩く2人の背中を見送っていた由梨花は思わず、ねぇ、と呼び止めるように声をかけてしまう。
 渡り終わった有理と真樹が、なに、とこちらに視線を向ける。信号が変わって、発進を待つ車がスタートの準備をする数瞬の間は、全てを赤が止めていた。
「ありがとう」
 由梨花は微笑みの中で、その言葉を、大切な友人たちへと投げていた。受け取った2人が、ちょっと驚いた顔をした後で、右手の親指を突き出してくれる。その一瞬後に走り出した先頭のワゴン車が、由梨花の視界を遮ってしまったが、由梨花の心にその光景は刻まれている。
 すごく、すごく温かい気持ちが胸に湧いて、由梨花は深々とお辞儀をしていた。
 その後で、もう背中を向けている友人たちを見送りながら、由梨花は自分も帰路へとついたのである。
 歩き出してから数分後、夕方の住宅街らしく、人通りも増えてきたその道で。由梨花は、前を歩く背中に気付いた。
 小さな後姿は、中学指定の制服と帽子、背負われた鞄がまだまだ大きくて、ちょっと丈が余っている。それでも、彼女の歩調はしっかりとして、誇らしげに背筋を伸ばし、前を向いているのだ。
 だから由梨花は駆け寄った。その、強く堂々とした、彼女の妹へと。
「杏子ちゃんっ」
 声を掛けられた杏子が振り返ると、ちょっと傾いてきた日に照らされた少女の表情が、パアッと明るくなってくれた。
「お姉ちゃんっ」
 杏子の弾んだ返事を聞くと、由梨花も自然と、笑顔になるのだ。
「お帰りなさい」
 そう、由梨花が言うと、杏子はちょっと照れたように「ただいま」と言った。
「今日の学校、どうだった?」
「うん、久しぶりだったけど、楽しかったよ」
 質問に返ってきた笑顔が、とても明るかったので、由梨花の笑みはもっと深くなってしまう。その答えが本当なんだ、と感じられるからこその、ちょっとした安心感だ。
「あのね、朝は最初、緊張したんだけどね。でも、みんなが優しくて……ちょっとだけ気にしすぎてるみたいだったんだけど、それでも、普通にしてくれたんだ」
 杏子が、温かそうな顔で話してくれた内容に、由梨花も優しく、「よかった」と言えた。それがとても温かかったので、ねっ、と呼びかける。
「手、繋ごっか」
 そう言って由梨花が差し出した手の平を、杏子はちょっとビックリしたような顔で見て、それでもすぐに笑顔になってくれるのだ。
「うんっ!」
 少女たちの手の平がキュッと重なって、ちょっとだけ、くすぐったい様な空気が流れる。それでも、これが自然になって行ってくれるだろう、由梨花はそう思った。
「お兄ちゃん、もう帰って来てるかな?」
 という由梨花の疑問に、
「寄り道してたら、まだ帰って来てないかも」
 なんて杏子が返してくる。それで由梨花は、いつぞやの本屋の前を思い出して、ついつい笑ってしまうのだ。
(あの時のエッチな本、隠しきれてなかったからなぁ。お兄ちゃん、ああいうのが好きなんだぁ)
 畳んだ洗濯物を仕舞いに行ったあの日の夜、無造作に置かれていた机の上は、ちょっとだけ見て戻しておいた。それが気付かれていないのは、聖杜がちょっと悠長だからだろう。
「それじゃあ、早く確かめよっか」
「うん、帰ってなかったら、怒っちゃおう」
 そんな風にさざめきながら、長くなってきた影を引き連れて歩く、2人の姉妹。夕飯支度の良い匂いが漂う我が家は、もう目の前だ。



 大事な大事な、一年に一度のフィエスタを見逃したことにショックを受けた聖杜が、しばしの呆然の後で重い足を引き摺って帰宅すると、何故か2人の義妹に怒られたのも今は昔。
 昨日は海外から帰ってきた両親を夜遅くに迎えたという事もあり、今日は久しぶりに賑やかな我が家へと帰ることができた。
 昔とは随分、前とはちょっと、勝手の違う夕餉の食卓は、何だかこそばゆいような、ちょっと懐かしいような、不思議な感覚になってしまった。新しい家族が 5人も揃ったのは初めてだったから、杏子は少し緊張していたけれど、そんなことを気にした風もない父と母のノロケた雰囲気に、良い意味で飲まれてくれたの だろう。年長者の年の功に、自分や由梨花も近くにいる安心感が、杏子の笑顔を引き出せていたと思う。
 この家の空気というのは、まだまだ数ヶ月ほどの新鮮なもので、そういう意味ではまだまだ水物だ。杏子を受け入れる度量は、まだまだ残っているだろう。そんな風に考えながら、聖杜は真新しい白と緑の格子柄パジャマに袖を通し、サッパリした表情で洗面所から出て行くのだ。
 フローリングの床を、スリッパでパタパタ歩いて、リビングの戸を開ける。
「おうちで飲むのも美味しいわね、あなた」
「はははっ。君がいれば、それだけでいつもより、美味しく感じてしまうのさ」
 テレビ前のソファで、まだまだ新婚な2人の大人が、ワイングラスで夜更けの乾杯をしている姿が目に入った。
「………………」
 なんというか、親のこういう姿を見るのは、ちょっと微妙な感じである。しかも、ちょっとキザっぽい親父というのは、なまじ男やもめが長かっただけに余計に見慣れないのが、複雑だ。
「……あー、と。お風呂、空いたんだけど、もうみんな入ったのかな?」
 なんて質問をするにも、ちょっとだけ勇気が必要だったのは、前述の理由である。
「あぁー?」
 父は、露骨に眉根を寄せながら、実の息子に振り向いた。せっかくの甘い雰囲気を壊した聖杜に、空気読めよ、てところであろうか。
 息子心はちょっとだけ、おセンチになってしまうのである。
「ありがとう、聖杜ちゃん。たしかもう、みんな、入ったはずよ」
 母は柔和に微笑んでくれた。それがちょっと救いである。
 そうなんだ、と納得したところで、ダイニングから由梨花と杏子が顔を出す。2人は聖杜を見つけて手を振ってきたので、どうしたの? と尋ねていた。
「うん。もう寝ようかと思って、一緒にミルクを温めてたの」
 そう言ってマグカップを掲げる由梨花に、そっか、と簡単に頷いた。
「聖杜くんも飲む?」
「あ、いや、俺はいいや。遠慮しとく」
 杏子の問いに苦笑を返す聖杜。そんな彼の様子に、由梨花は笑いながら、
「お兄ちゃんね、ミルクが苦手なんだよ。中学の給食でもね、いの一番に牛乳を一気飲みして、そのあと他の物を食べて、味を誤魔化そうとするの」
 なんて暴露話を始めたので、聖杜はわたわた慌てながら、恥ずかしさに頬を熱くしてしまう。
「そ、そんな、なんで知ってんのさ!」
「だって、同じクラスで、席が近くなったこともあるんだもん。同じ班で、毎回、同じ食べ方をしてるんだから、分かっちゃうよ」
 由梨花がちょっと小悪魔スマイルでそんな事を言うので、聖杜は恥ずかしいやら困ったやらで、頭を抱えてしまった。そこに父が横槍を入れてくるのだ。
「聖杜は昔から牛乳を飲まなくてなぁ、だからお前は成長できないんだぞ」
「う、うっさいなぁ! だってなんか、後味が尾を引いて、ヤな感じなんだよ!」
 なんて聖杜が噛み付いてるのを、横で見ていた杏子が、ミルクを飲みつつポツリと一言。
「聖杜くん、カルシウムも足りてない……?」
 そんな的確なツッコミに、ついつい聖杜は口を噤んで、父はガハハと笑いながら、「一本取られたな、聖杜!」と茶々を入れてくるのだ。
「うぅぅぅ……もういいよ、俺は寝る」
 なんだか悔しい気持ちに歯噛みしながら、負け惜しみ的にそういうと、由梨花たちが「待って待って」と引き止めてきた。
「私たちも飲み終わるから、一緒に行こ」
「うん。じゃ、早く片付けてきな」
 分かった、という声と共に、急いで残りを煽る少女たち。まだちょっと熱かったようで、顔を顰めながらも2人は、台所へカップを洗いに引っ込んだ。
「お待たせー」
「お待たせ」
 すぐに戻ってきた2人のパジャマは、おそろい柄の色違いだ。由梨花は黄色と白、杏子がオレンジと白のチェック柄。それは聖杜ともおそろいなだけでなく、父はピンクと白、母は赤と白で、皆が同じ柄のパジャマなのである。
 昨日、帰ってきた母が、『家族で同じものを着ましょう』とそれぞれに渡してくれたもの。単純なようだけど、これが一番、家族の絆を実感できる。聖杜も、その心遣いに感謝した。
「じゃ、行こうか」
 聖杜は引き戸を開けると、2人の妹を先に通らせた。彼女たちは廊下へ出る時に振り返り、
『おやすみなさい』
 と言って、それが同じタイミングだったことに顔を見合わせて笑っている。
「はい、おやすみなさい」
「これからは大人の時間だよーん」
 ほろ酔いの親父が変なテンションだったので、聖杜は肩を竦めて苦笑い。ただ、すぐに気を取り直して言った「おやすみ」は、やっぱりなんだか特別な気がした。
 階段の電気を点けて二階へと上がる道すがら、ねぇ、と杏子が声を出す。
「まだ、ちょっとだけ、眠くないよ」
 それが、少女の精一杯の甘えだと分かっているから、聖杜と由梨花は優しく視線を交わして、頷いた。
「そうだね、それじゃあ、トランプしよっか」
「俺の部屋でいい? 七並べでもババ抜きでも、ドンと来いだ」
 杏子は嬉しそうに、うん、と頷いて、「しんけいすいじゃく!」と答えた。
 子供の時間も、もうちょっとだけ、夜更かしすることになりそうだ。
 ただそれも、まだぎこちない新しい家族が、本当の家族になるための大事なステップになるだろう。
 聖杜は、その貴重な時間を噛み締めながら、大切な妹たちと過ごしていく。

Cherish -End-
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