第一章 「銭湯の青年」


 日が昇って間もない早朝に、小波漣(さざなみれん)は一人で黙々と掃除をしていた。銭湯の浴場の床をデッキブラシで丹念に擦り、壁を磨き、備え付けの台や桶の汚れもチェックしていく。目立つ汚れがなくとも一通り磨き、汚れが目立つものは念入りに磨く。シャワーのホースや鏡の縁までも丁寧に掃除し、完璧だと言える状態へと変えた。
「よっし、終わり」
 一人呟いて、額の汗を手の甲で拭う。
 浴場を出るとデッキブラシやタワシなどを掃除用具入れのロッカーへと戻し、入り口へと向かう。
 途中、脱衣所の鏡に漣の姿が映った。
 整った鼻筋に、少し切れ長だが穏やかな双眸の好青年がいる。女性も羨むさらさらの黒髪は適度に短く、少し日本人離れした線の細い顔立ちを自然に彩っている。
 脱衣所などは既に掃除を終えてある。他に掃除する場所があるとすれば、外だ。
 漣は入り口に立てかけておいた箒を手に、引き戸を開けて外へ出た。
 春の朝はまだ少し涼しい。
 空が綺麗に晴れていることに少しだけ笑みを浮かべ、漣は銭湯の入り口付近から掃除を始めた。青空にはところどころ白い雲が浮かび、ゆっくりと形を変えながら流れていく。時折、鳥たちが囀りながら頭上を飛んでいく。心地良いそよ風を感じながら、漣は穏やかな気分で掃除をしていた。
「おはようございます、漣さん」
 不意にかけられた声に漣は振り返る。
 門の近くに女性が立っていた。筋の通った鼻梁に、長い睫毛に彩られた穏和な目つきの女性だ。背の中ほどまでの長さの艶やかな黒髪を揺らして、漣に柔らかな表情を向けている。
 無地のシャツとロングスカートという地味な服装だが、彼女の雰囲気に地味な服装は似合っていた。服装や柔らかな物腰と口調は彼女の性格を表している。まさに清楚可憐と呼ぶに相応しい。
「ああ、おはようございます、佐久間さん」
 漣も微笑んで挨拶を返す。
 佐久間楓というのが彼女の名前だ。常連客の一人でもある。
「今日も早いですね」
「佐久間さんこそどうしたんです? いつもより早いよね」
 まだ朝の七時近い。
 大学生である佐久間がこの時間帯に外出しているのは珍しい。近くの商店街も店が開くのは九時から十時頃だ。彼女が手に提げたバッグを見て、買い物というわけではなさそうだった。いつも大学に行く時に手にしていたものだったから。
「ええ、今日はサークルの集まりがあるんです」
「朝早くから集会ですか。今から学園祭の準備とか?」
「はい、何をするかの話し合いだそうです」
 会話の妨げにならない程度に掃除を続けながら、漣は佐久間と言葉を交わす。
「あ、時間は大丈夫?」
 ふと腕時計を見て、漣は尋ねた。
 佐久間が通う大学へ行くには、銭湯の通りの先にある商店街を抜けてバスに乗らなければならない。バスの時刻が迫って来ている。今の時間のバスを逃したら次は二十分近く後になる。サークルの集会に間に合わなくなったりはしないだろうか。
「本当だ、行かないと遅れてしまいますね。それでは、また」
「お気をつけてー」
 一礼して歩き出す佐久間に微笑んで、漣は掃除に意識を戻した。
 掃除を終えた辺りで、銭湯の前を賑やかな一団が通る。近くの小中学生達だ。
「あ、お兄ちゃん! おはよう!」
「うん、おはよう」
 元気に手を振る少女に笑みを返す。
 溌剌とした少女が二人と、やんちゃそうな男子の他に、風邪をひいたのかマスクをつけている男子がいた。少女二人は瓜二つで、双子だ。見分け方は髪を右側で結っているか左側で結っているかの違いだけ。漣も最初は見分けがつかなかった。
 小学生の後ろには中学生が数人見える。中学生に交じって、紺色のブレザーを着た高校生がいた。
「おっはよー!」
 ポニーテールの女子高校生が漣に歯を見せて笑う。
 隣で眼鏡をかけた中学生の少女が会釈する。
「おはよう、美咲ちゃん、香澄ちゃん」
 姉妹に挨拶と笑顔で答え、漣は背中を見送る。
 先ほどの小学生の双子と違い、性格が正反対の姉妹だ。姉の美咲は好奇心旺盛で積極的だが、二歳年下の香澄は臆病で人見知りしがちな少女だった。髪型と眼鏡の有無で印象が違って見えるが、実際は中々に似た顔立ちをしている。
 続いて、どうにも敵意の篭った視線を向けてくる相手へと視線を向ける。
「おはよう、相馬君」
「……おはよう、ございます」
「ほんとに分かり易いね君」
 睨むように挨拶する男子高校生に漣は苦笑する。彼は美咲と同じ高校に通っているのだ。
「まぁ、頑張れ少年!」
 そう言って軽く背中を叩き、漣は相馬悠輔も見送った。
 続く学生達も漣に挨拶をして通り過ぎて行く。漣はそれぞれに挨拶を返し、見送った。既に平日の日課と化している。
 通学の時間帯が過ぎたのを見計らって、漣は掃除を終えて銭湯の中へと戻った。箒を片付け、銭湯の開業準備をこなす。本来は昼過ぎから夜遅くまでが営業時間だったが、周囲の客などを考慮して朝から入れるようにしていた。
 準備を終えて番台に座り、数分の間ぼーっとしていると入り口の戸を開けて一際グラマラスな女性が入って来た。
「おはよう、漣」
 どこか物憂げな視線に笑みを含んだ口調で漣を見る。豊満なバストを強調するかのように胸元のはだけたシャツと丈の短いスカートを身につけている。引き締まったウェストもあって、スタイルは抜群だ。
「おはようございます、東條さん」
 漣は笑顔を返した。
「朝風呂ですか? 会社に遅刻しますよ?」
「今日は午後から行くわ」
 漣の言葉に、東條麻衣はかったるそうに答えて番台を通り過ぎる。
「これで一週間連続ですよ?」
「いいのよ、クビにはできないから」
 悪戯っぽく笑い、東條が脱衣所に入って行く。
 重要な役職にいるらしく、会社は無闇に東條をクビにはできないらしい。時間にはルーズなものの、しっかり仕事はしているらしく、余計に性質が悪い。しかも、かなりの手腕を持っているという噂も耳にしている。
 漣は笑みを深めて、番台で頬杖をついた。

 *

 黄金色の空と銀色の大地から景色が一変する。一瞬の意識の途絶を感じた直後、紫色の毒々しい空と紺色の大地が視界に広がる。
 クーヤ・ウォルロフは溜め息をついた。
 今見ている毒々しい景色だが、昔は当然のものだと感じていた。何と言っても、ここがクーヤの故郷だったから。余り良い思い出ではない過去を頭に浮かべそうになり、クーヤは渋い顔でもう一度溜め息をついた。
「……時間も無いし、さっさと終わらせて帰ろう」
 長い金髪を右手でがしがしと掻いて、クーヤは歩き出した。首の後ろで纏めた金髪がクーヤの速度に合わせて左右に揺れる。
 間も無く、レンガ造りの大きな城壁の前に辿り着いた。締め切られた門の前に鎧を身に着けた兵士が立っている。手には身長よりも長い槍を手にしている。門番だ。
「何者だ?」
 定番の言葉に、クーヤは内心で舌打ちする。もう俺の顔を忘れたのか、もっと気の利いた言葉は言えないのか、と。
「クーヤ・ウォルロフだ。王に会わせろ。参謀でもいい」
 苛立ちを隠さず、クーヤは言い放った。
「クーヤ! 貴様、なんの目的があって……!」
 槍をバツ字に交差させてクーヤを睨む門番に、今度は聞こえるように舌打ちした。
「うるせぇ」
 凄みをきかせるクーヤに、門番が引き攣った表情を浮かべて沈黙する。
「いいから通せ」
 苛立ちを隠さず、クーヤを門番の頭を掴んで言い聞かせる。
 やっぱり来るんじゃなかったと、既にこちらの世界に来たことをクーヤは後悔し始めていた。
 だが、クーヤには目的がある。達成するためにはこの世界を訪れる必要があったのだ。故郷とは言え、一度縁を切った土地にいるというのが自分で想像していたよりも苦痛だった。
 腹の底がむかつくような感覚に苛立ちが増している。不快感で表情は不機嫌になり、言動も刺々しくなっていた。
「裏切り者を通す訳が無いだろう」
 引き攣りながらも果敢に門番としての職を全うしようとする兵士に、クーヤはぎろりと視線を向け、一言告げた。
「燃やすぞ」
 それだけで十分だった。
 兵士の表情が青褪め、恐怖に染まり、引き攣る。身を退いたのを確認して、クーヤは強引に門を開かせて城壁の中、王都へと足を踏み入れた。
 毒々しい空とは対照的に、王都には活気が溢れている。この世界では紫の空が常識なのだから、当たり前だ。
 大勢の人が行き交う石畳の大通りを、クーヤは真っ直ぐに歩いて行く。正面には大きな王城が見える。この世界特有の希少鉱石をふんだんに使用した豪奢な建造物だ。四つの円筒型の塔をそれぞれ繋ぐように通路が渡され、全てが中央の本殿へも繋がっている。
 クーヤの視線は塔の一つに向かった。向かって右側奥の塔には一部崩れた部分がある。
「三年前のままか」
 舌打ちする。
 クーヤがこの世界から出て行くことになった決定的な出来事の跡がそのまま残されていた。
「……いるんだろ、出て来いよ」
 小さく溜め息をついて、クーヤは背後へと言葉を投げた。
「気付かないとでも思ってんのか?」
 眉根を寄せ、クーヤは胸の高さまで右手を持ち上げる。
 掌の上に微かに光が生じ、熱気を纏い始めた。一般の人々に気付かれない程度に陽炎を立ち昇らせる。
「止めなさい、クーヤ」
 背後からクーヤの肩に手が乗せられた。
「何のつもり?」
 首を動かして背後に視線を向ける。薄い紫の髪の女性が立っていた。クーヤを鋭い視線で油断なく見据えている。やや褐色がかった肌はきめ細かく、美しい。首までしっかりと露出を抑えた服であっても、突き出た大きな胸から括れた腰のラインはしっかりと見て取れる。ウェーブのかかった長髪の下には凛々しくも美しい瞳と鼻筋がある。王都でも一、二を争う美女だ。
「お前だけに話しても意味がない。王のとこまで連れて行け」
「そういうわけには行かないわ」
 クーヤの言葉に女性が言い返す。
「そう簡単に俺がこっちに来るとでも思ってるのか?」
「何か意図があるとは考えているわ」
 一度、離反したクーヤはこの世界を嫌っている。クーヤと関わりのあった者ならば承知しているはずだ。
「戦いに来たんなら、もう燃やしてるぜ、俺は」
 クーヤには告げた言葉を実行する力がある。それに、クーヤ自身が回りくどいやり方は好きではなかった。特に、自分が忌み嫌う世界を敵にする時は先手を取り速攻で片付けようとする。一秒の時間さえ関わりたくないとすら思っているのだから。
「あなたは底が知れない」
「はっ、良く言うぜ。本当は俺が嫌なだけなくせに」
 クーヤは鼻で笑った。
 底が知れないというのは嘘だ。クーヤは直情的な人間だ。何か裏をかこうとしても、耐え切れなくなると飛び出してしまう。だからこそ、この世界からも離反しているのだ。
 旧知の仲なら理解しているに違いない。
「王に会った途端に殺そうとするとでも思ってんだろ?」
「……ええ、そうよ」
「俺だって馬鹿じゃねぇ。そんな無謀なことはしない」
 きっぱりと頷いた女性に、クーヤは不満げに言った。
 王の周囲には四賢人と呼ばれる者達がいる。彼らを同時に相手にすればクーヤにも勝ち目はないに等しい。加えて、王自身も相当な腕前の持ち主だ。
 クーヤでは離脱するので精一杯だろう。
 ただ、周囲への被害は大きくできる。彼女が恐れているのはそこだ。
「アエラ」
「なによ?」
 クーヤの言葉に、四賢人の一人であるアエラ・キーシェルは警戒心を剥き出しにしたままで答える。
「レーン・シュライヴがレグナを追放された」
 アエラが目を見開き、息を呑んだ。信じられないといった表情でクーヤを見る。
「こういう話だ。俺にも意図はあるが、お前らにも悪い話じゃないはずだ」
 口元に笑みを浮かべたいところだったが、この世界にいるという嫌気のせいでクーヤの表情は硬い。
「王に会わせろ。お前が俺からの情報だと言ってもあいつらは信用しないかもしれないからな」
「……解ったわ」
 ようやく、アエラはクーヤの肩を掴んでいた手を離した。同時に、クーヤの前に歩み出て先導するように歩き出す。
 クーヤは小さく溜め息をついてアエラを追って歩き出した。

 *

 銭湯は夕方から夜にかけてが一番忙しい時間帯だ。
 特に、この周辺の寮やアパートは風呂の無いものが多い。勿論、風呂無しの寮やアパートは家賃が安く、主に学生達の住居になっている。
 故に、銭湯の利用者は多い。
 学生が多いために銭湯の利用料金も比較的安く設定してある。利用者は少なくない。経営状態は中々順調だった。
 漣は番台に座って接客をしていた。とはいえ、既に新しく銭湯に入って来る者はほとんどいない。客のほとんどは既に脱衣所だ。
「いいねぇ、ほんと」
 漣は内心ほくそ笑んでいた。
 番台の下、漣の足元には周囲からは見えないように精密機器が置かれている。パーソナルコンピュータの本体を足元に、薄く小型のディスプレイを本体の上に配置している。CPU、メモリ、ハードディスク共に相当なスペックを有する漣自慢の自作パソコンだ。
 ディスプレイに映るのは裸の女性達だ。いや、服を着ている者もいる。さしずめ着替え途中の風景と言ったところだろう。
 漣は艶かしい肢体を露出させて行く女性の動画を堪能していた。
「こんばんわ、漣さん」
「いらっしゃい、佐久間さん」
 新たに現れた客、佐久間の声に漣は自然に対応していた。番台の下にあるものを全く感じさせない、いつも通りの漣の対応に切り替わっている。
「そういえば、漣さんが来てもう半年近く経つんですね」
 漣に入浴料を払い、佐久間が脱衣所へと入って行く。
「もうそんなに経つんだね」
 料金を受け取り、漣は感慨深げに答える。
 佐久間が脱衣所の中に姿を消すと同時、ディスプレイに彼女が映った。漣は掌サイズの小型マウスでカーソルを動かし、ディスプレイを切り替える。今まで一画面の映像だったものが十コマ以上に分割され、同時に表示された。
 漣は一つ頷いて、笑みを深める。
 この仕事を引き受けて良かったとしみじみ感じていた。
 漣がこの土地に引っ越して来たのは半年ほど前だ。就職先として選んだホームヘルパーの仕事先で出会った老人がこの銭湯の持ち主だった。
 彼の手伝いとして銭湯の仕事もこなすようになった。最初はあまり気乗りしていなかった漣だが、美味しいところを覚えたために積極的に仕事をするようになる。
 漣が銭湯の仕事を手伝うようになって一月も経たないうちに、老人の持病であった腰痛が悪化した。彼自身での経営継続は困難な状況になり、漣の働きぶりを見ていたく感心した老人は銭湯を漣に任せると言い出した。
 彼には息子達が何人かいたようだが、全員が都心の方へと行ってしまい、銭湯を継ぐのを嫌がったらしい。
「こんなに素晴らしいのになぁ」
 声には出さず、思う。
 今では銭湯の経営者は漣だ。
「上がったよー」
 湯気を立ち昇らせながら、元気良く女子高生の美咲が脱衣所から飛び出して来た。ほんのり汗ばんで湿った肌が美しい。
「今日は何を飲む?」
「カルピスで!」
「了解!」
 即答する美咲に、漣は番台の直ぐ後ろに設置した冷蔵ラックから二百ミリリットルサイズの瓶を一つ取り出して手渡した。同時に美咲から飲料の代金を受け取る。
「そろそろ制覇だね」
 飲料のラックを見上げて、美咲が得意気に呟く。
「じゃあ新しい飲み物追加しようか?」
「えー!」
 漣の言葉に美咲が口を尖らせる。
「冗談だよ」
 笑いながら言う漣に、美咲が胸を撫で下ろす。でもたまには入れ替えようかな、と漣の何気ない呟きに美咲が反応した。文句を言っていた割には、入れ替え後の種類が気になるらしい。
「あの……」
 番台の端に手を乗せた美咲の妹を見て、漣は直ぐに飲料ラックへと手を伸ばした。同時に、足でキーボードをつついてディスプレイをスクリーンセイバーの画面に切り替えるのも忘れない。
「あ、はいはい、香澄ちゃんは牛乳だったよね」
「はい、ありがとうございます」
 牛乳を受け取る香澄の眼鏡が微かに曇る。まだ湯の熱気が消えていないようだ。
「お兄ちゃん! 私達もー!」
 香澄の直ぐ後ろにいた小学生の双子が両手を漣に伸ばしてくる。可愛らしい仕草に目を細めつつ、漣は牛乳の瓶を二つ取り出した。
「はいよ」
 そう言って差し出された手に瓶を置いてやる。
「ありがとー!」
 綺麗に声を被らせて、双子が牛乳に口を付けた。
「ほんじゃーね」
「おやすみ、二人とも」
 手を振る美咲と香澄に微笑んで、漣は銭湯を後にする二人を見送った。
「また明日ねー!」
 続いて出て行く双子を笑みで見送り、漣は脱衣所の方へ視線を向ける。
 高校生以下の客が続々と出て行き、飲み物の販売をこなしていく。同時に、接客時の笑顔も忘れない。
「大忙しですね」
「この時間帯だからね」
 脱衣所から出て来た佐久間の言葉に、漣は笑って見せた。
 稼ぎ時でもあるのだ。大変だとは言えない。
「何か飲みますよね?」
「あ、はい。コーヒー牛乳でお願いします」
 漣の言葉に佐久間が微笑んだ。
 風呂上がりの女性は色っぽい。漣から瓶を受け取る佐久間の襟首から胸元が微かに覗く。少しだけ湯気を纏った胸の谷間を視界に納めつつも、漣は表情を崩さない。
 内心では良い物が見れたと喜んでいるのだが。
「いつもありがとうございます」
「いえいえ」
 空の瓶を受け取って、漣はにっこりと微笑む。
「それでは、また……」
「はい、おやすみなさい」
 一礼して銭湯を後にする佐久間を見送り、漣は一息ついた。
 新しく入る客は無く、出て行く者も少なくなっていた。そろそろ閉店の時間だ。誰も残っていないことを確認して、漣は閉業の準備を始めた。
 脱衣所を一通りチェックして、落し物などが無いかを確認する。
 掃除は明日に回し、漣は番台に戻るとパソコンを操作し始めた。
 記録された動画を早回しで確認しつつ、手馴れた操作でシーンを切り取って編集して行く。ごちゃごちゃして見難い部分やアップになり過ぎて判別できないものを切り捨て、遠過ぎる時は拡大処理を丁寧に施す。
「グッジョブ、俺」
 にやりと口元に笑みを浮かべ、漣は呟いた。
 と、突然締め切ったはずの入り口の戸が開け放たれた。
 視線を向けた漣は眉根を寄せる。
 五人の男と三人の女が立っている。全員が同系列の服を着込んでいた。白を貴重とした、コートのような衣服だ。所々に青いラインが入っており、左胸の部分にはバッジのようなものがある。八方に放射状に光を放っているような、幾筋もの直線が描かれたバッジだ。
「ようやく見つけたぞ、レーン・シュライヴ」
 先頭の男が、漣を見下すような目を向けて、告げた。
 漣は、ただ溜め息を漏らした。
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