第四章 「空也の計略」


 朝、漣は寝ている空也を他所に一人で銭湯の準備を始めていた。浴室の掃除から、湯の温度調節まで全てをこなす。勿論、朝食は軽く食べて。
 浴室と脱衣所の掃除が終わると、玄関先へ出る。いつも通り、漣は掃除を続けていた。
 銭湯の前を、漣に挨拶しながら子供達が通って行く。
「いつもこんなに早いのか?」
 小学校から高校までの生徒の通学時間が終わったところで、空也が小屋から出て来た。欠伸をして、眠そうに目をこすっている。
「毎日こんなもんさ」
 当然だと言わんばかりに笑みを浮かべて漣は返した。
 空也は、漣がもっと遅くまで寝ていても問題無いとでも思っていたに違いない。レグナやリヴドと違い、この世界では漣が戦いに駆り出されることはない。戦いに備えて規則正しい生活をする必要性はないのだ。
 勿論、最近の銭湯は昼から開店するものが多いため、漣もまだ寝ていて問題は無い。
「親しくなっておくとさ、客足増えるんだよ」
 箒で掃除を続けながら、漣は言った。
 付近住民の中には風呂の無いアパート暮らしの者も多い。親しくなればなるほど、足を運ぶ機会は増える。嫌われて客がいなくなるのは当然だ。
「それに、こういうのも中々良いもんさ」
 僅かに目を細め、漣は呟いた。
 今まで戦うことばかりに意識を向けていたためか、漣にはのんびりした生活が気に入っていた。
「何故かこの辺は綺麗な女性も多いし」
「少し羨ましくなってきた」
 どこかすっきりしたような笑顔の漣に、空也は溜め息をついた。
「何なら、お前もここで暮らすか?」
 少し考えて、漣は空也を横目で見て問い掛けた。
 人手が欲しいと思うことはある。だが、脱衣所に仕掛けたカメラなどの関係から人を雇うことはできずにいた。勿論、漣は人を雇うことは最初から考えていないわけだが。
 もっとも、空也なら話は違ってくる。彼は漣にとっては身内のようなものだ。空也なら漣が懸念しているような問題は起こさないだろう。
「考えとく」
 呆れたように肩を竦め、空也は答えた。
「ま、うちに居候している間は働いてもらうけどな」
「働くって、何するんだよ?」
「掃除とか。とりあえず今日は大目に見てやる」
 空也の問いに漣は答え、笑みを浮かべた。
 つまり、明日からは朝早く叩き起こすと言っているのだ。
「えー」
 露骨に嫌そうな顔をする空也を、漣は冷ややかな目で見つめる。
「嫌なら飯抜きな」
「何だよそれ」
「タダで置いてやるとは言ってないだろ。昨日言ったこと忘れたのか?」
 抗議の声を上げる空也に向けて、漣は言い放った。空也がまた溜め息をついた。
 掃除もそろそろ終わるかというところで、銭湯の前を佐久間が通りかかった。
「おはようございます、佐久間さん」
「あ、おはようございます、漣さん。それと、太郎さん」
 漣の挨拶に、佐久間は微笑んで挨拶を返した。一緒にいた空也にも。
「俺、太郎違います。昨日も違うって言ったと思うんだけど」
「え、でも美咲ちゃんがそう言ってましたよ?」
 肩を落とす空也を見て、佐久間は不思議そうに首を傾げた。どうやら、昨晩の空也との会話は記憶に残っていないらしい。単に空也が違うと叫んだだけで、後は漣との会話に意識が向かっていたようだ。
 故に、漣が言いふらしてくれと頼んだ美咲の言葉を鵜呑みにしたのだ。
「律儀に言いふらしやがって……」
 空也が頬を引き攣らせる。
「まぁ、そのうち慣れるよ」
「慣れたくねぇよ!」
 笑う漣に、空也が大声を上げた。
 戻る、ではなく、慣れる、だったことを聞き逃さなかったようだ。
「仲が良いんですね」
「まぁ、昔の親友ですから」
 くすくすと可愛らしく笑う佐久間に、漣は少し懐かしそうに微笑んだ。
 親友という言葉を聞いた空也が僅かに視線を逸らしたことに、佐久間に目を向けていた漣は気が付かなかった。
「そういうの、いいですよね」
「佐久間さんもいるでしょ?」
「ええ。大学が違うのでほとんど会えませんけれど」
 佐久間は付近の大学へ通うために一人暮らしをしている。高校時代の友人達とは進路の関係で離れ離れになってしまったようだ。たまに連絡を取り合うぐらいなのだろう。
「だから長い休みの時に会うと凄い長い時間話し込んじゃうんですよね」
「そうそう」
 佐久間の言葉に漣は笑顔で相槌を打つ。
 本当に親しい友人との縁は中々切れないものだ。連絡が疎遠になりがちでも、直接会えた時には話題が尽きない。今まで中々話す時間が取れなかった分を語り合うのだ。いくら時間があっても足りない。毎日のように顔を合わせていた頃よりも、ずっと濃度の高い会話になる。
「あ、そうでした。またクッキー焼いたんですよ」
 佐久間が思い出したようにバッグの中から紙包みを取り出す。
「え、本当ですか!」
「ええ、昨日作った時の材料がまだ少し余っていましたから」
 昨日のような袋ではなく、紙包みであるところを見ると、以前の時よりも量が多いようだ。
「ありがとうございます。後でおやつとして頂きますね」
 微笑む佐久間から、漣は笑顔で紙包みを受け取った。受け取った包みは、予想よりも重く感じた。勿論、クッキー自体は軽いものだが、見た目で予想していたよりも量が多く感じたのだ。
 本当に余りものの材料で作ったのだろうか。
 漣は深く聞かずに礼だけを言った。実際、佐久間が手作りした菓子は味が良い。元々料理が好きなのだろう。いつか彼女の手料理も食べてみたいとすら漣は思っていた。
「なぁ、あんたこいつのことどう思ってるんだ?」
 会話が一区切りついたところで、空也が口を挟んだ。
「え?」
 佐久間が驚いたように空也に視線を向ける。
「すげぇ仲良さそうに見えるんだけど」
 空也は漣と佐久間を交互に見ながら呟いた。
 実際、二人の会話は妙に割り込み辛いところがある。会話に割り込んでくるのは小学生か元気の良い美咲ぐらいだ。時間帯やタイミング的な部分も多いが。
「私は、好きですよ」
 照れたように佐久間は笑った。ほのかに頬が赤く染まっているようにも見える。
「俺も佐久間さんのことは好きだよ」
「えっ……?」
 漣の言葉に、佐久間が小さく声を上げた。目を丸くして漣を見ている。
「それは、恋愛対象として?」
 少し意地悪そうに空也が問う。佐久間の顔は先ほどよりも赤くなっていた。
「さぁ?」
 ふふっ、と漣は曖昧に笑った。
 内心では、佐久間と結婚しても悪くは無いなと思いながら。
 佐久間の方へ視線を向けた漣から表情が消えた。目が見開かれ、いつもの漣の雰囲気が失せる。
 漣の視線は、佐久間の後方に現れた影達へ向けられていた。
「どうした?」
「漣さん?」
 空也と佐久間が漣の様子に気付いた。空也だけは、漣の視線を追うことで状況を理解していた。漣と同じく、身体を強張らせる。
 張り詰めた空気を、漣が破った。
 無表情が、刃を手にした戦士のような面構えに変わる。吊り上げられた目に、佐久間が息を呑んだ。同時に、漣は踏み出していた。
 佐久間の右手首を掴み、引き寄せる。漣は左足を軸に、右足を引いて身体を半身にして佐久間を背後へと回した。一瞬のことに佐久間が驚き、ふらついて尻餅をつく。
 銭湯の前の道路には十人以上もの人影が立っている。全員が、紺色の外套を身に纏っていた。彼らの中で、一人だけが一歩前に出ている。リーダー格は女性だった。
 漣も、名前を知っている。
 アエラ・キーシェル。リヴド四賢人の一人だ。
「レーン・シュライヴ、確かに追放されているようね」
 威圧的な口調で言葉を紡ぐアエラを、漣は無言で見つめる。表情を変えず、体勢も自然体のままで。
 状況が判然としない。
 確かに、と言ったところを見るとレグナにいる人間の誰かがリヴドへ情報を流したことになる。問題なのは、誰が、ではない。何の目的で情報を流したか、だ。
 何の目的も、理由もなく情報が流れるとは思えない。
「どちら様ですか?」
 どこか刺々しさを含んだ口調で、漣は問う。
「交渉に来たのさ」
 アエラが口元に笑みを浮かべた。
 漣の目がすうっと細められる。研ぎ澄まされた漣の視線に、アエラの背後の何人かが身震いしていた。
「佐久間さん、大学に遅れますよ」
 少しだけ振り返り、漣は佐久間に告げた。できるだけ、優しい表情を見せて。
「あ、は、はい……!」
 この場から逃げろ、という漣の意図を汲んでくれたのか、ただここにいてはいけないと思ったのか。佐久間は慌てたように立ち上がると、漣とアエラの間を通って道路へと出て行った。
 目の前を通り過ぎた佐久間は恐怖と困惑の入り混じった表情を浮かべていた。
 無性に腹が立った。
 ゆっくりと時間をかけて築き上げて来たこの世界での人間関係が崩れそうになっている。いつも穏やかで、どんなことも優しく見守るように微笑んでいた佐久間から、笑顔が消えていた。
 もしかしたら、もう二度と彼女の笑顔は見ることができないかもしれない。
 気絶させて、何も無かったことにもできた。だが、漣は佐久間に痛みを与えたくなかった。だから、逃がした。
「先に言っとくけどな」
 アエラが口を開き、何事か喋ろうとした瞬間に、漣は割り込んだ。
「俺はお前らの仲間にもならねぇし、レグナの味方をするつもりもない」
「……ほう?」
 漣の言葉に、アエラが興味深そうに相槌を打つ。
「戦うなら、お前らだけでやれ。俺も、この世界も、巻き込むな」
 漣は視線に殺気を込める。アエラが息を呑んだ。
「そういう訳にもいかないのよ」
 アエラは漣を睨み返した。
「知っているはずよ、事情は」
 アエラの言葉に、漣は何も答えない。
 漣もレグナで戦っていた当事者の一人なのだから、事情を知らないはずがない。
「私達は、あなたが持っている宝珠を回収するために来たの」
 ゆっくりと、アエラは言い聞かせるように言葉を紡ぐ。
 宝珠、手にしたものに絶大な力を与える結晶体を指す言葉だ。レグナとリヴドの戦争の原因でもある。
 レグナとリヴドは世界としての位置が極めて近い。故に、最も行き来のし易い関係にある。世界観も類似している部分が多く、技術や文明もほぼ同程度だった。
 宝珠は、レグナとリヴドで発見された物質だ。この世界には存在しない。
 一つ一つが異なるエネルギーを内包し、生命体の意思に呼応して周囲に力を解き放つ。限界が計測できない程の莫大なエネルギー容量を持つ宝珠は、今やレグナとリヴドの文明を支える技術の一つだ。
 レグナとリヴドでは、宝珠を研究して得られた情報を元に、擬似的な宝珠を生み出した。エネルギー容量には限度があり、精製も容易ではない。だが、二つの世界では擬似宝珠が生活必需品になっていた。勿論、日常生活に使うものは出力を抑えられた一般家庭用に調整されている。
「回収、ねぇ」
 興味無さげに、漣は呟いた。
 宝珠は、レグナとリヴドの二つの世界で確認されているだけでもたったの二十個しかない。宝珠が持つ力は生活を豊かにするだけではなく、武器にもなる。
 レグナの四戦司、リヴドの四賢人はそれぞれ一つずつ宝珠を持っている。残る十二個のうちの二つは、レグナとリヴドそれぞれが擬似宝珠を作るためのベースとして保持していた。
 レグナとリヴドには丁度十個ずつの宝珠があったのだ。
「万全を期すためにね」
 アエラは言った。
 宝珠の数はレグナとリヴドのパワーバランスでもあった。
 漣は、宝珠を持っている。漣がこの世界に追放されたことで、レグナは宝珠の一つを失った。
 ティーンが漣を連れ戻しに来た理由だ。宝珠と、それを扱える漣を連れ戻すことでレグナのパワーバランスを戻そうとしたのである。漣の追放はレグナ統治者達の総意だ。漣を連れ戻すと提案したのは恐らくティーンなのだろう。一時的に戦力として復帰させ、リヴドからの攻撃に備える、というところか。
「で、俺の宝珠でレグナを叩こうってか?」
 漣は問う。
 いつから、宝珠の数で競い合うようになったのだろうか。漣が生まれた時には、既に戦争は始まっていた。一般人だった頃の漣は全く知らない事実だった。
 他の世界の存在や、いがみ合いといったものは、一般人には公開されていない。国を治める者や、直属の防衛戦力に所属する者達しか知らないのだ。
「宝珠だけ、くれるかしら?」
 アエラは挑発的な口調で言った。
「知ってて言ってるだろ、お前」
 漣は溜め息をついた。
 宝珠を持つ者同士は互いに面識がある。戦いに駆り出され、何度も衝突しているのだ。好敵手として認め合っている者すらいるほどだ。
 レグナで戦っていた際、漣はアエラと何度か戦ったことがある。漣が勝利する場合は多いが、アエラは必ず逃げ切っていた。四賢人の一人というだけあって、彼女は引き際を心得ていた。
 何度か争っているため、アエラは漣の力を知っている。同時に、漣が宝珠を手放さない理由も。
「俺さ、今すげぇ気が立ってるんだよ」
 右手で前髪を掻き揚げて、漣は言い放った。全てを見抜いた上で、見下すような視線をアエラ達に向ける。
 戦争や勢力が云々より、漣には自分の日常が崩壊の危機に立たされていることの方が重大な問題だった。
「アエラ、退け」
 漣は命令するような強い口調で告げた。
「さもないと、お前の部下全員、再起不能になるぞ」
 すぅっと、漣の目が細くなる。鋭さはない。ただ、怒りや恨みといった感情の篭った瞳がアエラ達を射抜いた。
「死にたくない奴は逃げ出せ」
 言い、漣は左手を水平に持ち上げた。掌を地面に向けたまま、アエラ達の方へ指先を向ける。
 漣の胸が熱くなった。胸の中央に、熱い力の流れを感じる。結晶体に封じ込められたエネルギーが内部を駆け巡り、力を周囲へ放出しようとしていた。
 炎のような熱の流れは漣の胸から身体の中へと浸透していく。身体の芯へと伝わった熱量は、漣が持ち上げた左腕の中を駆け巡る。指先や掌から、力が溢れ出す。
 漣の意思という指向性を得た力が、アエラ達へと放たれた。
 宝珠を扱うアエラだけは漣の攻撃に気付いたらしく、塀に背中がぶつかるまで後退する。
 直後、アエラが連れて来た部下達に異変が起こった。
 ある者は急に頭を抱えて苦しみ出し、またある者は目を見開いてがたがたと歯を打ち鳴らして恐怖に震えた。他にも涙を流して許しを請う者や、道路に座り込んで茫然自失とする者、目を見開いたまま気絶して倒れる者、口の端から涎を垂らして目を回す者など、様々だ。
 共通しているのは、全員の心が恐怖で満たされているということだ。
「レーン……!」
 アエラの表情に焦りが浮かんだ。
「今、帰ると言えば部下は助けてやってもいい」
「なんだと……」
 見下したような漣の言葉に、アエラは噛み付いた。
 アエラは自分の失敗に気付いたようだった。四賢人の一人であるアエラなら、漣とも互角に戦える。しかし、部下の存在は漣の前ではただの足手纏いだった。
「同士討ちさせてやろうか?」
 嘲るように漣が言い放つ。
 アエラが噛み締めた奥歯が音を立てた。
「解った、退く」
 苦渋に満ちた表情で、アエラは漣の提案を呑んだ。
 漣は左手を下げた。
 途端に、部下達が正気に戻る。いや、正確には恐怖の対象が消え失せたのだ。脂汗を浮かべて荒い呼吸を整える部下達を見て、アエラは唇を噛み締めていた。
「とっとと失せろ」
 言い放つ漣を睨みつけ、アエラは擬似宝珠を取り出して部下と共に姿を消した。
 アエラがリヴドへ帰るのを見届けてから、漣は大仰に溜め息を吐いた。今まで胸につかえていた嫌悪感を全て吐き出して深呼吸する。
「戦わないのか?」
 今まで黙っていた空也が漣に問う。
「言っただろ、もう戦うのめんどくせぇんだよ」
 漣はあからさまに苛立った口調で答えた。言葉使いがぞんざいなのは、漣が不快感を抱いた直後だからだ。治まらない苛立ちを静めるように、漣は目を閉じて大きく息を吐き、吸い込む。
「あの様子じゃ、またきそうだな」
「来るだろうな」
 空也の言葉に、漣は呟いた。
 恐らく、次にアエラが現れた時は漣を殺すつもりでかかってくるだろう。漣の態度や行動に相当な屈辱感を抱いていたはずだ。今の漣同様、彼女も気が立っているに違いない。
「空也、お前、後で憶えてろよ」
 漣の言葉に、空也の肩がびくんと跳ねた。
「れ、漣……?」
 恐る恐るといったように漣の顔を覗き込んで、空也は絶句した。
 先ほどまでアエラ達に向けられていた視線があったからだ。漣は空也を彼女達と同じ目で見たのだ。
「最初からおかしいとは思ってたんだよ」
 漣が呟く。
 そもそも、空也がティーンの動きを把握していなかったというのが最初の問題点だ。ティーン直属の部下ではないが、一度は追放した漣に再び接触するということはレグナ側にとっては重要なことだ。一般人は知らなくとも、四戦司と肩を並べても見劣りしないだけの力を持つ空也が情報を得ていないはずがない。リヴドからの参入者ということで冷遇されてはいても、実力はある。ティーンが動くことは知っていても、期日を知らなかったというのがおかしいのだ。
 ティーンが漣に接触するということが決定してから、期日が決まるまでの間に空也は単独で動いていたということになる。
「それに、あいつらがいる間はお前何も喋ってないしな」
 離反した故か、空也はリヴドを毛嫌いしている。リヴドから来た者達が目の前に現れたなら、文句や挑発の一つでも言いそうなものだ。
 加えて、面識のあるアエラと漣の会話に空也が割り込んで来なかったのも不自然だ。アエラが空也を見て何も言わなかったのも同様だ。リヴド側も、離反した空也を毛嫌いしている。
 今までは顔を見合わせたら罵倒や侮蔑の言葉を交わすのが普通だった。
「大体時間的に都合が良すぎるんだよ」
 ティーンが漣の下を訪れたのが一昨日の夜だ。翌日、つまり昨日の夕方には空也が現れた。今日、まだ昼前だというのにアエラが現れたというのは順番が早過ぎる。
「確かに、少し細工はしたけど、これは早過ぎる」
 空也は困惑気味に弁解した。
「何企んでやがった?」
 額が触れる寸前まで顔を近づけ、漣は空也を問い質す。
「全部吐かなきゃお前にも地獄を見せるぞ」
「解った、解ったから……!」
 うろたえる空也から距離を取り、漣は銭湯前の道路に視線を向けた。
「彩、お前も出て来い」
「……鋭いわね」
 驚きの中に少しだけ焦ったような表情を浮かべて、彩が塀の影から姿を現した。
 一部始終を見ていたのだろう、漣の態度に冷や汗をかいているように見えた。
「誰がお前を鍛えたと思ってるんだ」
 漣の言葉に彩が押し黙る。
「全部、聞かせて貰おうか」
 高圧的に、漣は言い放った。
 空也と彩は息を呑んで、互いに顔を見合わせていた。
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