第五章 「反撃と誤算」


 銭湯横の寝泊りに使っている小屋の中に三人は座っていた。一つしかない畳部屋の中で、小さなテーブルを挟んで漣は二人と向かい合う。椅子はなく、畳の上へ直に腰を下ろしている。何故か、彩と空也は正座だった。
 漣の怒りもだいぶ静まっていたが、不機嫌そうに腕を組んでいる。
「とりあえず、大体の状況は解った」
 大きく溜め息を吐いて、漣は情報を整理する。
 レグナからリヴドに、宝珠が流れたことが発端だ。今まで半々だった宝珠数のバランスが崩れたのが原因なのだ。同時に、レグナから漣が追放されたために、更に差が開いてしまった。
 この事態を受けて、レグナは宝珠を奪還するための策を練ることとなった。
 ティーンが漣を連れ戻しに来たのは、足りない戦力を補うためだ。差が開き過ぎたことで、追放した漣を連れ戻そうとしたのだ。だが、レグナの総意ではなく、一部の者達の策に違いない。追放した者を連れ戻して戦力に加えるという行為は、漣を追放した者達にとっては侮辱に近い。漣を追放するべきではなかったと言っているようなものだ。
 また、宝珠を持つ漣を追放したということは極秘事項だった。特に、敵対世界であるリヴドには情報が漏洩しないようにする必要があったはずだ。ただでさえ宝珠の数という均衡が崩れた上に、漣がいないとなればリヴドにとって有利な状況と見て間違いない。
 しかし、アエラは漣が追放されたことを知っていた。
 原因は空也だ。
 空也の思惑は、リヴドの戦力に壊滅的なダメージを与えることだった。だが、空也一人では四賢人を相手に勝てる見込みはゼロに近い。四賢人を突破できなければ、リヴドの戦力を奪うなど不可能だ。四賢人以外にも、リヴドには宝珠の保持者がいるのだから。
 ただ、リヴドが優勢な現状で、レグナ側にいる空也にとって厄介なものだった。空也はリヴドとの戦闘において、レグナが優勢になるように尽力してきた。だが、宝珠が流れてしまったことと、レーン・シュライヴという人材の消失が大きな痛手になると考えたのだ。
「で、お前の読みだとあの場で俺がアエラを倒してたってところか?」
「まぁな」
 ばつが悪そうに、空也は漣の言葉を肯定した。
 考えた末に空也が出した結論は、ティーンと同じく漣を味方につけることだった。同時に、リヴドに漣の状況を話すことで防衛力を削ごうと考えた。
 レグナとリヴド、双方にとって宝珠を完全に扱える人材は極めて重要だ。宝珠自体の力だけでなく、持ち主の知略や力量、精神力が戦力に影響する。宝珠の存在も大きいが、それ以上に宝珠を完璧に扱える者の存在は大きい。
 実力者の一人である漣が追放されたとなれば、リヴドも放っては置かない。可能なら戦力に加え、断られた場合は宝珠だけでも力ずくで奪う。レグナにもリヴドにも加担しない、第三の勢力は極力出すべきではないのだ。状況が混乱しやすくなるだけでなく、いざという時に背中を攻撃されるという事態も起こり得るからだ。
 もっとも、漣が第三勢力となって攻撃を行うかどうかは別なのだが、二つの世界は漣の意思を抜きに考えている。
 空也は、リヴドにレーン・シュライヴがレグナを追放されたと伝え、けしかけたのだ。アエラが攻撃的な態度を取れば、漣は彼女と戦うだろうと踏んで。
 空也の予想では漣がアエラを倒し、リヴドの戦力の一角を潰していたに違いない。
 加えて、アエラが倒されたとなればリヴドは漣の存在を危惧することとなる。故に、他の四賢人が漣の抹殺に乗り出し、リヴドの防衛網は戦力が分散している分だけ脆くなる。
 空也はリヴドの戦力や意識の一部が漣に向いている間に、レグナを動かそうと考えたのだ。レグナにとっては宝珠の奪還の、空也にとってはリヴドの戦力排除の、絶好の機会になるはずだから。
 漣は溜め息をついた。
 肉体的なダメージは皆無に等しいが、アエラの部隊に攻撃してしまったのは変えようのない事実だ。宝珠をよこせという要求も蹴った。アエラにしてみれば漣は敵以外の何者でもないはずだ。
 放って置けば、この街で戦うことになる。もし、街が戦場になれば付近の人達は確実に巻き込まれるはずだ。
 周辺に住む人達を守りながら、敵を倒すことは極めて難しい。
 レグナにいた当時の、自分の部隊を持っていたレーン・シュライヴであれば不可能ではなかったかもしれない。今の漣は一人で戦う以外に手はないのだ。部隊を率いての戦略は不可能だった。大勢を相手に上手く立ち回るためにはかなりの準備を必要とする。
 リヴドの者達が漣に時間を与えるとは思えない。味方にならないのであれば、敵になる前に消すというのが組織にとっては一番安全なのだ。レグナ側に加担する前に、漣一人のところを叩きに来ると考えるべきだ。
 漣の存在を無視するとは考えられない。
「全く、厄介な状況にしやがって……」
 溜め息混じりに漣は呟いた。
「元はと言えばあなたが原因じゃない」
 彩が小さく呟く。
 現在の状況の中には、レグナにはレーン・シュライヴという戦力がない、という部分がある。だが彩が言っているのは漣の離脱ではない。漣が離脱した理由について言っているのだ。
「お前もそう思ってるのか?」
 彩から視線を空也に移して、漣は問う。
「いや、正直よくわからん。レグナの自業自得かと思ってた」
 空也は肩を竦めた。
 レグナは漣を追放するべきではなかった、というのが空也の考えなのだろう。物事を深く考えるのが苦手なためか、彩とは全く違う考えだ。
「だって、あなたが亡命なんて手引きするからこうなったんじゃないの!」
 彩は強い口調で言い張った。
 漣がレグナを追放されたのは、リヴドへの亡命を手助けしたためだ。もっとも、ただの亡命者ならば特に問題はなかった。漣が手助けした亡命者は、宝珠を持っていたのだ。貴重な戦力である宝珠と共に、同じだけの価値がある持ち主をもリヴドへ渡してしまったのである。
 本来なら漣は死刑になっていた。
 だが、今までの働きや統治組織内部の要望により、死刑を免れた。代償として、漣はレグナを追放された。リヴドへは渡されず、第三の世界へと。
「ちゃんと回避策は用意しといたはずなんだけどな」
 漣は溜め息をついて頭を掻いた。
「回避策?」
「あぁ、まぁ、複雑だから話すのもめんどい。レグナの四戦司には話してあるから、聞きたかったらそいつらに聞け」
 眉根を寄せる彩に、漣は苦笑した。
 どうやら、四戦司は漣の提案した回避策を取らなかったようだ。もし、漣の提案を受け入れて実行していれば宝珠の数というバランスは保てたはずだ。バランスが保てなかったからこそ、ティーンは漣を連れ戻しに来たのだろう。
「馬鹿ばっかりだな、全く……」
 漣は額を押さえて溜め息をついた。
 四戦司が漣の提案を呑まなかった理由は察しがつく。提案した時にも四戦司は余り良い顔はしていなかった。漣が亡命者の手助けをした離反者として、提案を呑むことを拒絶したのだ。離反者の提案を呑むことで彼らのプライドが傷付いてしまうから。
 可能性としては漣も考えていたが、戦力バランスの維持を優先すると踏んでいたのだ。漣の提案を呑まなければバランスの崩壊が免れないと知った時には、既にチャンスは過ぎていたに違いない。回避策が使えなくなったレグナは、仕方なく漣に接触したのだ。
「これからどうするんだ?」
「お前らは?」
 空也の言葉に、漣は同じ問いを返した。
「俺は、リヴドと戦う」
 迷わずに答えたのは空也だった。
 元々、空也の目的はリヴドの戦力を奪うことだ。戦うという選択は既に決まっている。
「私は、あなた次第ね」
 対して、彩は自らどうこうしようという気はないようだ。というよりも、彩は漣や空也と違って単独行動できるだけの地位や意思がないだけだ。
 彩はティーンの部下だ。追放された漣や、目的のため独自に動いている空也とは違う。彩に与えられた任務は漣の監視と、交渉である。リヴドの部隊が彩を相手に攻撃を仕掛けてきたならば自衛のために戦うという選択肢もある。だが、今リヴドに狙われているのは漣だ。
「で、お前はどうすんだ?」
 空也が問う。
 彼は漣を頼りにしている。むしろ、漣が味方としてリヴドと戦うと言い出さなければ空也にとっては苦しい状況だ。一人でリヴドの者達を相手にしなければならないのだ。
「この世界を荒らされたくはないしな」
 二人から視線を逸らし、漣は呟いた。すぅっと細められた視線に、空也と彩が身震いする。
「打つなら先手だ。後手に回るには時間が無さ過ぎる」
 漣の言葉に、空也が口元に笑みを浮かべる。
 もしも、準備するだけの時間があったなら、漣は後手に回っていたかもしれない。相手の出方を予測し、実際の動きを見て、準備したプランの中から適したものを選択する。上手く行けば、先手を打つよりも効率良く敵を殲滅できるからだ。
「言っとくけどな、空也」
 微かに怒りを含んだ視線を向けられた空也が肩を震わせた。
「手伝うのは俺じゃない。お前だ」
「仰せのままに」
 漣の言葉に、空也は大袈裟に頭を下げる。
「先手を打つって、どうするのよ?」
 彩が口を挟んだ。
 先手を打つ、ということは、リヴドへ乗り込むということだ。漣がリヴドへ行くには問題がある。一つは銭湯だが、これは臨時休業を使えば大丈夫だ。だが、もう一つの問題は厄介だ。
 リヴドへ行く手段を漣は持っていない。追放された漣が持って来たものは、自分が扱う宝珠ぐらいだ。当然だが、帰り道として使えるようなものは持たされていない。
 漣が単身、他の世界へ向かうことはできないのだ。
「空也のを使えばいい」
「あ」
 漣の回答に、彩は失念していたとばかりに間抜けな声を出した。
 空也は単独で動いてこの世界まで来たのだ。つまり、空也には世界を移動する手段がある。空也の持っている道具を使えば漣も移動が可能だ。
「彩、お前は?」
「監視しろって言われたんだから、ついていくわよ」
 少しだけ面倒臭そうに、彩は答えた。
 漣についてくるとなれば、戦うことになるが、承知の上なのだろう。一応、レグナの人間にとってリヴドは敵だ。戦うことに問題はない。
「決まりだな。直ぐに行くぞ」
「正気で言ってるの?」
「こういう時は時間が経てば立つほど不利になる」
 呆れたような口調の彩に、漣は立ち上がりながら告げた。
 準備する時間があるのなら、急ぐことはない。準備の時間も、用意もないからこそ素早く動く必要があった。
「空也、近くの山頂で合流だ。今直ぐに準備しろ」
「おう」
 漣の指示に、空也は従った。どこか嬉しそうな表情を見せる空也を視線で牽制し、漣は部屋を出る。
「ちょ、ちょっと!」
「今直ぐ行くのが嫌なら残れ。銭湯を閉めたら直ぐに向かう。用があるならそれまでに済ませろ」
 問答無用で彩に言い放ち、漣は小屋を出た。
 朝の間に準備をしていた銭湯の各設備を、全て休業時のものへと変えていく。お湯の処理を済ませ、入り口の戸に鍵をかける。臨時休業と書き記した札を戸に貼り付けると、銭湯を後にした。
 少々時間がかかったが、彩が用事を済ませるには十分だ。
 銭湯を運営している漣と違い、彩はアルバイトとして商店街に滞在している。もし、彩が今後も漣の監視を続けるならば無断で欠勤して職を失うのはまずい。最悪、漣が彩を雇ってやる気もあるが、彼女が拒否しているのだから仕方がない。今日は欠勤する旨を伝えてから合流地点へ向かうはずだ。
 漣は山道を歩きながら、街を見下ろした。
 追放されて転送された場所が、この山だった。標高はさほど高くなく、登山というほどのものではない。むしろ、ハイキングやピクニックなどが似合う。
 ごちゃごちゃした街並みの中に、漣の視界を横一直線に、やや大きめの通りが伸びている。大通りに面した銭湯と商店街がはっきり見えた。
「佐久間さんには何て言おうかなぁ」
 漣は溜め息をついた。
 明確に、漣が異世界の人間だったとは言われていない。ただ、漣の過去に何らかの問題があるのだと、佐久間も気付いただろう。漣がこの世界で暮らしていくためには、異世界の人間だと明かすべきではない。どう言い訳するかが問題だった。
「ったく」
 毒づいて、漣は舌打ちをした。
 リヴドへ行ったら思いっきり暴れてやろう。漣の生活を乱したことを後悔するぐらい、リヴドを痛め付けてやる。口元に凶悪な笑みを浮かべ、漣は山頂へ続く道を歩いていった。
「遅いぞ、漣」
「うるせぇ」
 文句を言う空也に言い放ち、漣は周囲を見回した。
 見晴らしのいい山頂から、街並みが見える。木々は中央にはなく、少し離れた場所に生えている。見晴らしの良さを考えて整備されているに違いない。
 空也の隣には彩が立っていた。不機嫌そうな表情は相変わらずだ。
「行くぞ、門を開け」
 頼む、とは決して言わない漣に空也は少しつまらなさそうに頷いた。
 両手に球形の結晶を掲げ、空也は腕を大きく左右へ開く。極彩色の光を内包した結晶は絶え間なく内部で流動し、輝いていた。
「異相同期開始……接続……完了!」
 空也の言葉と意思に呼応するかのように、極彩色の光が流れの向きを変える。結晶の周囲が淡く、内部と同じ輝きに包まれる。輝きは光の帯となって、空也の目の前の空間に渦を描き出した。外縁部が円を描いたところで、渦の中央から暗闇が溢れ出す。円の内部を闇が満たし、空也が漣に視線を向けた。
 異世界同士を繋ぐ門だ。世界という概念の外郭に穴を開け、他の世界へと繋げる。
 空也が使用した移界珠は、携帯できる数少ない転送用の宝珠だ。恐らくは無断で持ち出してきたのだろう。レグナの統治組織が空也の単独行動のために移界珠を貸し出すとは思えない。
「ねぇ、本当に行くの?」
 彩が不安そうな表情を見せる。
 四戦司や四賢人に匹敵する実力者である漣と空也はともかく、彩は敵の本国へ攻め込むという行為に不安を感じている。自分の実力に不安があるから、無謀なことのように思えているのだ。
「嫌なら残ってもいいんだぞ?」
 漣の本心だった。
 命を落とす可能性も十分にある。漣と空也も同じだ。むしろ、数を考えれば圧倒的にリヴドの方に利がある。彩一人だけを考えるなら、死にに行くようなものだ。
 漣と空也には命を懸けてでも戦う覚悟がある。
「行くわよ。私は監視してなきゃいけないんだから」
 不機嫌そうに彩は言った。
 宝珠によって開かれたゲートへ、漣は足を踏み出した。漣に続いて彩がゲートを潜り、最後に空也が動く。
 一瞬の意識の途絶の後、暗転した視界が元に戻る。
 禍々しい紫色の空と、紺色の大地が目に入った。漣にはいつ見ても慣れない景色だ。この地で暮らしていた者にとっては当然のものでも、他の世界に暮らす者から見れば異様な光景だ。
 少し遠くに、四つの塔に囲まれた城のある街が見える。
 ただ、色彩は少しくすんでいる。宝珠や、擬似宝珠を大量に使用した戦闘によって、世界全体の環境破壊が進んでいるのだ。
 宝珠が秘めたエネルギーは、周囲、つまり世界から供給されている。使用すればするほどに、世界のエネルギーが奪われていく。無論、世界という枠が持つエネルギーは、宝珠から放たれたものを吸収することで自然に回復していくものだ。問題は、自然に回復する速度が極めて遅い、という点だ。
 今は戦いが極力抑えられているが、激戦が繰り広げられ続けたら景色は加速度的に褪せていくだろう。
 戦うことで環境破壊が進むのだ。
 漣が戦うことを拒む理由の一つでもある。漣が追放された第三の世界の景色は美しい。澄み渡った青い空と、緑の大地は眺めていて気分が良い。
 景色を損ないたくない。だから、思い切り戦うのを避けた。
 そもそも、レグナとリヴドと違い、宝珠の無い世界でもあるのだ。勝手に巻き込むべきではない。
 漣がリヴドに乗り込んだのも、宝珠の力を存分に使って戦うためでもある。リヴドで戦うことで、第三世界の環境破壊を防ぐつもりだった。
「少しだけ、レーンに戻るか」
 小さく笑みを浮かべて、漣は呟いた。
 リヴドの連中に、佐久間や美咲達に親しまれている漣という名で呼んで欲しくない。
「ん、出て来たな」
 クーヤが呟いた。
 前方の、街の方から大勢の兵士達が走ってくるのが見えた。
「どうするの?」
「最初から全力で叩き潰す」
 サイの問いに答え、レーンは口の端を吊り上げた。
「おっしゃ、やるか!」
 クーヤは乗り気だ。元々、こうなることを望んでいたのだから当然だが。
 移界珠をズボンのポケットにしまい、代わりに、上着の内側から首飾りを引っ張り出す。真紅の宝珠が取り付けられた首飾りを外し、クーヤは右手に巻きつける。掌を開いても、手から離れぬように。
 身に付け、肌に触れてさえいれば宝珠の力を使役することは可能だ。だが、触れている面積が多ければ多いほど、宝珠の力は操りやすく、より強力なものとなる。
 真紅の宝珠の中で、光が炎のように揺らめき、流動する。次の瞬間にはクーヤの右手が炎に包まれていた。発動させた宝珠に触れている者という影響で、今のクーヤは熱の影響を受けない。
 燃え盛る炎を振り撒くように、クーヤは右手を水平に薙ぎ払う。
 クーヤの意思に呼応し、炎は彼の思い通りの位置へと振り撒かれた。火柱が立ち昇り、リヴドの戦士達が十数人ほど飲み込まれた。立ち昇る炎は陽炎で大気を揺らし、熱気を嵐のように振り撒く。赤々と燃え盛る火柱を、クーヤを右手をかざすだけで鎮めて見せた。
「さすが、紅炎(プロミネンス)ね……」
 息を呑んで、サイが呟いた。
 炎を司る宝珠『刻焔(こくえん)』を操るクーヤを差した代名詞だ。攻撃的な性格も相まって、クーヤの攻撃は熾烈を極める。弱い者は容赦なく炎に呑み込まれ、骨すらも残さずに蒸発する。
「大技使ってる割にはあんまり巻き込めてないな」
「半分は威嚇と、挑発だ」
 レーンの言葉に、クーヤは笑みを浮かべて見せる。
 四賢人を出せと言外に含ませているつもりなのだ。
 レーンの胸の中央が熱くなる。熱量が身体の中を駆け巡り、力を吐き出す場所を求めている。漣は、力の流れに意思を加え、任意の場所へと解き放った。
 炎に阻まれ、回り込もうとしていた者達のほとんどが急に動きを止める。急に金縛りにあったように、誰も動かない。だが、やがて全員の身体が小刻みに震え始める。得体の知れないものを見たような恐怖に表情が歪んでいくのが見えた。
 レーンは指を鳴らした。
 途端に、全員が白目を剥いて崩れ落ちた。
「蜃気楼(ミラージュ)……!」
 兵士達とは別の方向から、声が聞こえた。
 蜃気楼というのは、レーンの二つ名だ。レーンが操る宝珠『刻影(こくえい)』は幻影を司る。相手の精神に力を作用させ、使用者の望むままに幻を投影させるのだ。投影される本人にとっては、幻とは思えない現実感を伴って。
 視線を向ければ、アエラが立っていた。隣に人影を従えて。
 長身痩躯な男が一人、四賢人だ。長身痩躯な男、レーカは薄手のジャケットのようなものを着込んでいる。短髪で、視線は冷たく、鋭い。
「説得に成功したようだな、サイ」
 不意に背後から声が聞こえた。
 クーヤは驚いたように振り返り、サイも背後を見て目を見開いた。レーンだけは、溜め息をつく。
 ティーンと、他に女が一人立っている。こちらもレグナの四戦司の一人だ。前髪だけが長い銀髪の女性で、名をレイヴィアと言う。リヴドと違い、レグナの戦士は皆、同じ白いロングコートのような制服の着用が義務付けられている。
 四賢人と違い、こちらは全員が同じ服装で統一されていた。後方には部下達が見える。かなりの大部隊を引き連れてきたようだ。
「加勢か?」
 何故か返答に困っているサイを他所に、クーヤは小さく呟いた。
 状況を考えれば、四戦司の登場は心強い味方に思える。リヴドと敵対するという今の構図は、レグナ側についたと見るに十分なのだから。
 しかし、ティーンが微かに眉根を寄せた。
「いや、クーヤ、お前は反逆者としてこの場で処刑する」
 放たれた言葉に、クーヤは絶句した。
 ただ、レーンだけは、大きく溜め息をついていた。
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