第一章 「崩れ去るもの」


 その日は朝から雨が降っていた。
 純はいつも通り、安物のズボンと白のシャツに、紺色のジャケットを着て登校した。学校では、授業内容は違うものの、いつもと変わらない雰囲気で、純は内心溜め息をついた。窓の向こうの空は曇り、街を暗くしていた。雨音はその寂れた雰囲気を引き立てる。
「……何だか、静かだな」
 昼休み、親友の隆一が囁いた。呟いたのではなく、明らかに他人に聞こえぬよう、純に向けてだけ言ったのだ。
 水無瀬 隆一は純と最も仲の良い友人だ。適当な髪型は適度な長さで、動きやすい服装をしている。
 既に二人とも食事は終え、昼休みの残りの時間を過ごしていた。
「……そういえば、何となく」
 純は小さく頷いた。
 窓から眺めた街の風景は人影一人なく、閑散としていた。いつもならば数台は車が通るはずの道路にも朝から誰も通らず、鳥や猫等の動物も見掛けない。これは少し異常な光景ではないのだろうか。
「――……」
 純は教室内に眼を向け、息を呑んだ。
 今まで教室内にいた生徒達が一人残らず消えていた。隆一唯一人を除いて。
「……音、しなかったよな?」
 隆一が呟く。声が震えているのは、その現象に対する得体の知れない恐怖感からだ。
 純も同じ事を重い、その異常さに恐怖を感じていた。
 ――何かがおかしい。
 普通に考えて、教室にはスライド式のドアがあり、開ければ小さいながらも物音がするものだ。誰かが教室から出て行ったのであれば、すぐに判るはずだ。
 そして、数分前までは確実に生徒がいたというのに、今は全員がいなくなっている。教室内のものの配置は変わっておらず、誰かがそこを使っていたと思われるような机や椅子の傾きは見受けられるのが、余計に恐怖心を煽った。
 純は席を立った。隆一もそれに続き、教室から廊下へと移動する。
「――む、奈義?」
「あ、先生」
 廊下に出た直後、一人の教師と鉢合わせになった。教師である事は間違いないのだが、名前が思い出せない。元々、純は教師の名前を重要視しておらず、記憶に留めていなかった。
「皆、消えたみたいなんですけど、これは……?」
 隆一がすかさず尋ねた。
 教師と鉢合わせになったのだから、蒸発したというわけではないだろう。よくよく周囲を確認すると、他の教室にも生徒の気配はない。目の前の教師は何か知っているのだろうか。
「ああ、準備ですよ」
 教師はうっかりしていたとでもいうように笑みを見せ、頷きながら答えた。
「準備って……?」
 隆一は周囲を見回しながら教師に問う。
 一体何の準備なのか、何故こんなにも急に生徒が消失しているのか、どうして純と隆一だけが残ったのか。疑問が山積みになっていく。
「イレギュラーを始末する、ね」
 言うなり、教師の右腕が鎌になり、振り上げられた。
 それは、まるで腕が砂で出来ているかのように形が崩れ、鎌の形へと再集結した。色も変わり、鉄、金属のような光沢を放つ刃を持った鎌になっている。
「――!」
 命の危険を直感的に感じ取り、純は後ずさる。隆一も目を見開いたように緊張を顔に浮かべ、一歩、後ろに踏み出していた。
「イレ…ギュラー……?」
 純は呻くように呟いた。
 何の事だか解らない。心拍数が上がり、全身が竦む。冷や汗が頬を伝っていく。
「奈義、お前の事だ」
 邪悪な笑みを浮かべ、教師は一歩踏み込むと同時に鎌を振り下ろした。
 後ろに下がろうとして、しかし竦んだ体に思うように足を動かせず、純はバランスを崩して尻餅をついた。
 その目の前を鎌の刃が通過し、開いた脚の間の床に突き刺さった。食い込んだ刃に、純は言葉を失い、また更なる恐怖に目を見開く。転んでいなければ確実に頭を切り裂いていた軌道だった。
 息を呑む純を、隆一が掴んだ。
「純、逃げるぞ!」
 そう言って強引に純を立たせた隆一は、そのまま純の腕を引きながらすぐ脇の階段を駆け上る。純もそれに何とか気を取り直し、隆一と共に階段を駆け上がった。
「逃さんぞ!」
 教師の声が背後から聞こえ、階段を駆け上がる足音が聞こえた。
「隆一、消火器だ!」
「おう!」
 純は二階から三階へ上る階段の途中に置いてある常備用の消火器を指差した。それに隆一は即答し、掴むと、振り向き様に、階段を駆け上って追ってくる教師に向けて投げ付けた。遠心力によって加速された消火器は回転しながら教師の顎に直撃し、不意打ちを喰らった教師は階段を転げ落ちていく。
 純と隆一はそれを振り返る事もせずに三階に上り、廊下を走った。今、二人がいる校舎は三階が最上階だ。このまま向かいの階段を下りて外に出るのが得策だろう。もっとも、最初に階段を上って逃げた時点でそうするしかない。
(何なんだ、一体……!?)
 純は心の内で呟く。
 生徒のいきなりの消失に、腕が変化する教師。普通に考えても、腕が変形する人間等は有り得ないはずだ。最先端の科学技術と仮定しても、それ程の技術力がある等とは聞いた覚えがない。そして、教師の口にした『イレギュラー』という言葉。
 純と隆一だけが周囲から取り残され、何かに巻き込まれているのだという事は判った。
「――!」
 と、突然横の扉が開き、一人の男が顔を出した。
 純と隆一は慌てて走る向きを変えようとしたが、顔を出した男の手招きにそれを止めた。
「二人とも、早く中へ入れ」
 言うと同時に二人ともその男のいる教室に飛び込むようにして転がり込んだ。
 信用出来るかどうかは怪しいが、そうする以外に手はなかった。他の教師も、先ほどの鎌の教師のように、化け物だったとしたら、純を殺そうとしてくるのであれば、向かいの階段を下りた先で待ち伏せしている事も十分に考えられた。そして、道を引き返しても、先ほど消火器をぶつけた教師が、気絶していなければ待ち受けているし、もしかしたら別な増援が来ているかもしれない。もっとも、瞬間的な決断をしなければならない状況だったのだ。
「……危ないところだったな」
 部屋の扉を閉じ、男は二人に向けて呟いた。
 二人は呼吸を整えながら男へと視線を向けた。
「一体、何が起きてるんだ……?」
 一足早く呼吸の整った隆一が男へ質問する。
「どうやら、本当に水無瀬君には知らされていなかったようだね」
「……?」
 男の言葉に、純は隆一に目を向け、次に男に向けた。 
 知らされていないのは純も同じだったはずだ。それなのに、彼の言葉は隆一のみに限定されていた。
「単刀直入に言おう」
 男は一息おいてから、続きを告げた。
「純、君は周囲の人達と違う」
「……おい、そんな事はないだろ。周りがおかしんじゃないのか?」
 男に対し、隆一は言い返した。
 周囲の人達が違うというのは明らかだった。先ほどの手を鎌に変えた教師は明らかに普通の人間とは思えない。
「そうだな、周りがおかしくなってしまった。だが、その異常な周囲の中で、純、君は普通だ」
 それは逆説だった。
 周囲の全てが等しく変化を起こせば、その変化に取り残されたものが異常なものになる。そういう事なのだ。
「現在、普通に生きている人間は、皆、純粋な人間ではない。カルマというナノマシンが体に浸透し、体の構造を変える事が出来るようになってしまっている。その世界の中で、君はカルマを持たない純粋な人間だ」
 その言葉に、純と隆一は息を呑んだ。
 話が大き過ぎて現実感がないのに、認めざるを得ない事実がある。先ほど襲ってきた教師は体の構造を変えた。それは明らかに現実のものだったのだ。
「カルマは生物の細胞に入り込み、その細胞の構成要素と同化する。そして、その持ち主の意思を指令として、体の構造を改変させる仕組みだ。このカルマは細胞内で余分になった養分を分解し、自らのコピーを増やし、更には遺伝する」
 男はそこで手近な机に腰を下ろし、溜め息を一つ。
「何の目的で造られたのかは知らんが、一つ解っている事がある。それは、カルマを持たないものが異常者とされ、殺されている。それも、何かしら組織的な行動でだ」
「……それで、俺が狙われてる?」
 恐る恐る尋ねる純に、男は頷いた。
「無論、カルマを持たぬ者も組織を作って抵抗している。私はその一員で、君を助けに来た」
 その言葉で、室内が静まり返った。
「助けに……?」
 純は呟いた。
 信用してもいいのだろうか、判らない。襲われたのだから、既に外は危険であり、目の前の男が嘘をついている可能性だって十分にあり得るのだ。簡単に信用してしまうのは危険だと、意識のどこかが囁いている。
「すぐに信用して貰えないのも解るが、このままここにいるのは危険だ」
「それで、どうするんだ?」
 今度は隆一が問い質した。
「君は私達の組織に来て貰った方が安全だ、そして、それから君は色々と教わり、判断を迫られる」
「判断…?」
 純は眉を潜めた。
「……俺は、どうなる?」
 隆一の言葉に、純ははっとして視線を向けた。
 今までの全ての説明は純に対してのみ行われていた事に、今になってようやく気付いた。それは、隆一が純とは違う事を示しているのだ。
「残念だが、君を連れて行く事は私には出来ない。私が今、ここに来ているのは、純君を救出するためであり、それ以外の権限は与えられていない。知らされていなかったとはいえ、君は間違いなくカルマを持っている。連れて行くのは危険が大き過ぎる」
 男は率直に答えた。
「カルマを持つ者達は、情報統制等様々な隠蔽工作の上で生活しているが、確実に意識は統一されている。カルマがナノマシンであるために、その身体の感覚として他の者と情報交換していると考えられているが、とりあえず、遠隔洗脳される可能性や、巧妙な芝居という事も考慮しなければならない。我々としては、我々の組織の場所が漏洩する事だけは絶対に避けねばならないんだ」
「――そうだな、確かにその通りだ」
 隆一はその説明に頷き、呟いた。
「君に安心出来る確証がない私には、君を連れて行く事は出来ない」
「……そんな」
 純は小さく呻いた。
 知り合いのいない場所に放り出される事は、想像以上に寂しいものだ。隆一は信用出来るのではないか、純にはそう思えた。
「純、俺は残る。ここで色々知って、そして決める」
「本当に……?」
 隆一の決断に、純は確認を求めた。
「考えてもみろ、狙われたのは純だ。外の静けさがお前を狙ってのものであれば、お前の知り合いは全員敵だ。そんな状況で俺だけを信用しない方が良い」
 その言葉に、力なく純は頷いた。否、頷くしかなかった。
 隆一自身が決めた事であり、それは他人がどうこう言えるものではない。そして、その内容も正しい。
 クラスメイト全員が化け物で、教師や町の人々全てが純を殺そうとしているのだ。恐らく、家族ですらも。
 そんな中で隆一だけを信用するというのは、純にとって致命的なミスとなりかねない。もし、巧妙な罠として隆一自身も何も知らないのだとすれば、純が救出され、辿り着くであろう組織の場所が漏洩する事となる。それは、そこにいる者達全員の命を危険に晒す事だ。
「じゃあな、純」
 隆一はそう言って部屋から出て行った。
「――亜沙、目標を保護した、これから学校を脱出する。援護を頼む」
 男は携帯電話とは違う、無線機のようなもので誰かと交信すると、純に向き直った。
(あすな…? 援護…?)
 他に仲間がいるのだというのは判った。だが、援護とはどうするのだろうか。まともに戦って、カルマというものを持つ人間に勝てるとは思えないのだ。
「彼の前では情報漏洩を危惧して名乗れなかったが、私は三条 大和と言う」
 そう言って名乗った男は、周囲に警戒しつつも、部屋の奥に目立たないようにカモフラージュされていたコンテナを引っ張り出してきた。
 その中には金属の塊のようなものが大量に入っていた。
 大和はその塊を身につけ始めた。よく見ると、鎧を身に着けているようにも見えた。
「これは軽装鎧、メック・スーツと言う。君の分もある」
 そう言い終える頃には、大和はその金属に身を包んでいた。
 全身を覆う灰色の装甲は曲線的で、宇宙服としても通用しそうな外観を持っていた。ただ、宇宙服としてはやや装甲が薄いように思えた。関節や手指は黒っぽく、ゴム質の素材で出来ているように、しなやかに動く。頭部はヘルメットに覆われ、緑色に近いゴーグルがあるが、そこから装着者の目を見透かす事は出来ず、暗視用なのか、淡く発光しているようにも見えた。
 純は、コンテナの中に入っている同じものに目線を落とした。
「ああ、着け方、知らないのだったな」
 大和は呟き、一つのパーツを取り出した。関節部防護用と思われるパーツを、膝や肘に巻くようにして装着し、続いて取り出された、半分に切り開いた円筒形のような灰色のパーツの内側には、ゴムのような部分があり、それを純の右脛を挟むようにして円筒形に閉じると、カチリと音がしてはまった。ゴム質の部分は衝撃吸収用なのか、足フィットした装甲は純の予想以上の安定感を示した。
 下半身が終わると、今度は上半身に移る。まず、手袋のようなものを渡され、手を通し、黒いジャケットを羽織り、胸元のファスナーを閉じる。その上に装甲が取り付けられ、最後にヘルメットが被せられた。
「こんな技術があるなんて、俺は知らない……」
「だろうな、奴等は表面的な生活では現在の年月すらカモフラージュしているからな……」
 大和の声が、ヘルメット内に響いた。
 ヘルメットに包まれた純の視界に映ったのは、やや緑がかった色の視界。その視界の四隅には小さなウィンドウが表示されていた。
「右上は多目的のマップ・ウィンドウだ。その下は鎧の状況を示すスペック・ウィンドウで、左側は今は使わないだろう」
 そんな必要最低限の説明を受けながら、純は鎧に包まれた身体を動かしてみた。
 思った程鎧は重くなく、むしろ着用前よりも軽いかもしれない。関節の動きも問題なかった。衝撃吸収用だと思っていた部分には、何か別の装置も組み込まれているのかもしれない。
「詳しい説明は組織に着いてからだ」
 大和が言う。
 敵地のど真ん中で悠長に説明している暇はないという事だ。それに関しては純も意義はなく、大和が次の行動を起こすのを待った。
 コンテナの中からライフルを取り出した大和は、それを持ったまま窓を開け放ち、頭を外へ突き出すようにして周囲を見回した。続いて、部屋の中に入ってきたドアから外を探り、誰もいない事を確認してから、再度窓に近付いた。
「恐らく、正面玄関は包囲されている。窓から迂回して行く」
 そう言うなり、大和は窓の冊子の一部を腕で叩き壊し、鎧を着た状態の人間が通れるだけの穴を開けた。
「ここ、三階……」
「大丈夫だ、この鎧は衝撃吸収も出来る」
 純の呟きに答えた大和は窓から外へと飛び出した。純は慌てて窓に近寄り、下を覗き込んだ。下に着地した大和が、純の方へと顔を向ける。
 息を呑みつつも、純は窓枠に足をかけ、外に飛び出した。
 正面玄関が包囲されている、というのは間違ってはいないと思えた。校舎内に人気がなくなっていたのはそのためかもしれない。それに、生身の純に出来る事の想像はつくだろう。三階から飛び降りるとは考えないはずだ。そうであればこそ、三階に誰も来る事なく、下りてくるのを待っているのかもしれない。
 命を狙われている現在、大和の指示に従う方が安全だとも思えるのだ。彼が本当に味方はどうかは解らないが、ここに留まる事が危険な以上、彼に従う方が安全だと思えた。
 一瞬の浮遊感の後、純はコンクリート部分に着地。衝撃を受け流すように自然に脚が動き、痛み等は全くといって良い程感じなかった。鎧が自ら衝撃を吸収するような動きをさせたように感じたのは、錯覚ではないだろう。
「よし、行くぞ」
 前方に立つ大和が声を掛け、純は屈んだ姿勢から立ち直る。
 走り出す大和を追うように純も走り出した。動きは軽く、通常時よりも速く身体が動いた。
 薄っすらと緑色がかった視界の中、目の前を走る大和の鎧は表面を濡らしている。耳に聞こえる雨音から、まだ雨は止んでいない。曇った空は辺りを暗くし、雨が不気味な雰囲気を引き立てている。
 校舎の脇を駆け抜け、正面玄関を避けるような方向へと進み、出来るだけ物陰を進む。人目を避けるように進む大和を、純は追い掛けた。
(……静か過ぎる…)
 純は不意に思った。
 人気がないのは学校にいた時点で気付いた事だったが、実際に街中を走っていて、家の中に感じる人の気配が感じられない。空から落ちる雨水の粒が、地面にぶつかり弾ける音だけが聞こえていて、他の音は純と大和が走っている足音しかない。息が詰まりそうな程の静けさが、逆に緊張感を湧き上がらせた。誰もいない事への不安感が、いつ、どこで襲われるか分からない恐怖へと繋がり、時間を追うごとに増していく。徐々に脈拍が上がるのが感じられた。
 目の前を進む大和は右脇にライフルと思われる武器を抱えて一定の速度で走っている。
 純はそれに従い、一歩遅れた位置を保って走っている。着ている鎧の装甲に雨がぶつかっても、それが肌に感じられる事はなく、それでいて鎧の中が蒸れる事もない。呼吸がヘルメットに篭ってもいないし、何より走っていてもあまり疲れを感じない。鎧のアシストなのだろうが、こんな事が出来るだけの技術力があった事を、純は知らなかった。
 大和は詳細は組織についてからといっていた。その本部はどこにあり、どうやってそこまで行くのだろうか。
(……俺、どうなるんだ…?)
 疑問だけが頭の中を繰り返し通り過ぎ、しかし、答えは出ない。組織に着けば解決する疑問だとしても、そこまで待つだけの時間が耐えられない。
 どこまで来たのか、どういった道を進んできたのか、もう判らなかった。ただ、誰もいない風景と異様なまでの静けさ、相変わらず降り注いでいる雨だけが変わらずに純の周囲にある。
 カルマを持った人間というのが敵で、大和のいる組織が味方だとしても、純にはどちらの全貌も掴めず、それが更に不安を呼んだ。
「――追いつかれるな……」
 ぽつりと、大和が呟いた。
「……え?」
「右上のマップに光点がないか?」
 訊き返した純に、大和はすぐに答えを返した。
「――あ…」
「デフォルトならカルマが表示される」
 大和の解説に、純は息を呑んだ。
 マップ・ウィンドウには、赤い色の光点が、円形のレーダーの端に映っていた。それが何を意図するのかは、もう判る。敵が純達の行動に気付き、追撃を仕掛けてきたのだ。
 純は大和と違い、武器を持っていない。そうなれば、逃げるしかないが、先導である大和が交戦状態になった時、純はどうすべきなのだろうか。
「……亜沙、追手が来ている、そちらの状況はどうだ?」
 耳元に大和の声が聞こえた。今までの事から、そこに通信機のスピーカーがあるのだと判断する。
 亜沙、というのは仲間なのだろう。恐らくは大和の仲間で、そこまで行けば安全だと、そういう事だ。
「――大丈夫、私が行けるわ」
 大和の通信機ごしのためか、やや聞き取り辛かったが、それでも返答は純にも聞こえた。女性の声だった。
 応援に駆けつけるという内容だと、状況から純は推測した。
「出来るだけ先に進む」
 大和はそう言い、速度を上げ、純はそれに一歩遅れてついていく。
 目の前を行く大和が、今まで下げていたライフルの銃口を持ち上げ、構えるように持ち直していた。
 彼の持つ銃から、がしゃ、と音がした。恐らく、安全装置か何かを操作し、射撃が出来るようにしたのだ。いつ、敵に襲われても対処出来るように。
「来るぞ」
 その声に、純は視線をマップ・ウィンドウに向けた。赤い光点が、上下左右に走った筋の中心であり、円の中心である一点のすぐ後ろに来ていた。その座標の中心は、純だ。レーダーの範囲内には、既に他の光点が進入しており、多数の敵がいる事を示している。
「立ち止まるな!」
 大和の声に、背後を振り向きそうになった自分を押し止め、純は歩調を速めた。
 大和が振り向き、純の背後に銃口を向けた。そして、その銃口が火を噴いた。
 首を曲げ、純は視線だけを背後に向けた。純に飛び掛るような構えをとっていたのであろう、そいつは、胸の中心に銃弾を撃ち込まれ、後方へと吹き飛ばされた。放たれた銃弾は胸を抉り、鮮血を撒き散らして貫通した。
「――…!」
 その光景に、純は息を呑んだ。
 吹き飛ばされたそいつは、ぴくりとも動かない。絶命したのだ。
 すぐに顔を背け、純は更に歩調を速める。
 道の脇から飛び出してきた男に、大和はすぐさま銃弾を叩き込んだ。それによって首の辺りから吹き飛ばされ、男は背中から倒れた。
 純は出来るだけ死体を見ないように、避けて駆け抜けた。
 背後の方では大和が応戦している銃声が響いている。
「――純っ!」
 前方からの、聞き覚えのある声に純は顔を上げた。
「敦也!」
 全身びしょ濡れの状態で、義兄弟の敦也が前方から走ってくる。
「こんなところで何やってんだ!」
 敦也はそう言って純を脇道へと誘導した。
 広い道では狙われやすいと判断したのかもしれない。それに、ほとんどの人間が身体の一部を凶器化しているのに、敦也はそれをしていない。彼も狙われる側なのかもしれない。もしかしたら、大和の組織の人間なのかもしれないと、純は思った。
「……!」
 前方に、身体の一部を凶器化した者達が降り立った。
 すぐさま純と敦也は方向を変え、敵から逃げる。
(――追ってきてる!)
 レーダーを見て、純は歯噛みした。
 回りこむように赤い光点が表示され、背後からも光点が向かってきている。二人に振り切れる速度ではなかった。
 前方に数人が立ちはだかり、背後へと視線を向けると、丁度追いつかれていた。
「……囲まれた……!」
 純は呻いた。
 武器のない純には対抗手段がない。勿論、敦也にも。
「――大丈夫だよ、純」
 敦也が小さく呟いた。
 雨で濡れた前髪を敦也が左手で掻きあげ、純に視線を向ける。
(――!)
 その表情は穏やかなものに見えた。しかし、純はその中に一瞬だけ宿った危険な光を見逃さなかった。
 咄嗟に、建物の壁に背中を預けるように、敦也の脇から飛び退った。
 隆一の言った言葉が脳裏を過ぎった。知り合い全てが敵である可能性は極めて高い。もし、敦也がそうだとしたら――
(……まさか……)
 心臓が跳ねた。
 必死に考えを振り払おうと、頭を左右に振った。
「純、どうした…?」
 心配するような口調で、純の耳に届いた敦也の声。
「……敦也、お前――」
「あれ、もうバレた?」
 肩を竦めて苦笑する敦也に、純は全身の力が抜けるのを感じた。それでも座り込んでしまわなかったのは、背を預けている建物のお陰だろう。
「ま、もう手遅れだろうけどな……」
 口の端を吊り上げ、敦也は右手を変貌させた。
 溶けるように人間の腕の形が崩れ去り、流動する半液体状になったかと思うと、すぐに別の形に固定される。その腕はやや細く、長くなり、手の甲には鋭い鉤爪のようなものが迫り出している。
「まさか、イレギュラーと暮らしてたなんて思わなかったよ」
 困ったような笑みを浮かべ、敦也は左手で髪を掻きあげた。
 純はただ呆然をそれを見つめるだけだった。
「どんな顔してんだろうね…?」
 くすくすと笑いながら、敦也が手を振り上げた。
 鎧のヘルメットに覆われた純の表情を想像してか、口元に笑みを浮かべている。
 その爪が振り下ろされる瞬間、銃声が響いた。
「――敦也……」
 純はそれを見た。
 横から飛来した銃弾に、敦也の首から先が吹き飛ばされるのを。振り上げた腕ごと、首が弾け跳び、路地裏の地面に音を立てて転がった。地面に肉片の落ちる音と、雨に濡れた路面にものが落ちた衝撃で立った水音。首と右腕のない敦也の身体がぐらりと傾き、仰向けに倒れた。
 続いて響き渡る銃声によって、肉片が吹き飛ばされて路面に転がって行く。
 大和が路地裏の狭い中で、凶器化した身体で襲い掛かる男達を、その強力な銃で葬っていた。
(――俺、何やってんだろう……)
 純は自問した。
 目の前に転がっている敦也の死体から流れ出た血が、純の足元数センチのところまで広がっている。黒い、手袋のようなもので覆われた右手で、その路面を撫でる。そうして目の前に持ってきた右掌には、雨で薄まってはいるものの、しっかりと赤い液体が付着していた。
 敦也の血だ。
 物心ついた頃から、共に過ごしてきた家族の一人。敦也が殺されたショックよりも、敦也が純を当然のように殺そうとした事に、純はショックを受けていた。
 年齢が同じだった敦也も、純と家族として過ごしてきたはずだ。それを、純が敵だと判った瞬間にすぐさま殺そうとする事が出来た事が純にとってはショックだった。
 不意に、視界が暗くなり、純は顔を上げた。
 剣と化した腕を振り上げる男が、そこにはいた。しかし、それが振り下ろされるよりも早く、脇から飛んで来た銃弾が男の腕を吹き飛ばした。
 飛び散った鮮血が純の鎧に降りかかった。
 男は絶叫を上げながら、銃弾を放った大和に飛びかかろうとして失敗し、返り討ちにあって死んだ。二発目は胸に直撃だった。
「――無事だな!?」
 荒い呼吸を整えようともせず、大和が純の前に立った。
 差し伸べられた手に、純は手を伸ばす事が出来なかった。
「……家族でも、殺そうとして来た……」
 思わず、純は呟いていた。
「……それでも、家族と呼べるのか…?」
 大和の言葉に、純は顔を上げた。
 ヘルメットに覆われた大和の表情を窺い見る事は出来ない。だが、その差し伸べられる手は、純に向けられていた。先ほどよりも、近い位置まで伸ばされた手を、純はようやっと掴む事が出来た。
 大和の鎧は返り血を浴び、至る所が赤く染まっている。しかし、雨によって徐々に洗い流されてもいた。
「まだ、君が安心して考える事の出来る場所ではない」
 大和は純を引き起こし、告げた。
 そうして、純の肩に手を回し、引き寄せると、歩き出した。
 純は死体を避けながら、路地裏を歩き、やがて元の道に戻った。
 周囲に警戒しながら、大和はライフルの弾倉を交換した。金属の音が路面に響き、空の弾倉が破棄され、そうして空いた場所に新しい弾倉を叩き込む。
 近くで見て気付いたが、どうやら無薬莢らしく、ライフルには薬莢を排出する機構が見受けられなかった。
「……これを」
 大和が腰の後ろ辺りから、一つの拳銃を純に差し出した。
「出来るだけ私が守るが、いざという時のために君も持っていた方が良い」
 純は無言でそれを受け取った。
 鎧の力なのか、重くは感じなかった。黒く、角張った、ハンドガン。それを左手に提げ、純は大和を追うように歩き出した。
 流石に疲れているのだろう、純にも大和の肩が上下しているのが判った。
 レーダーにはまだ赤い光点が多数表示され、未だに増え続けている。
「ただ、その銃は最終手段として使ってくれ、私が周りにいる間は、私が戦う」
 大和が言うのに、純は頷いた。
「……まだ、時間がかかる?」
 ようやく出せた純の問いに、大和は頷いた。
「組織の位置を察知されぬよう、細心の注意を払っているからな。移動するところを見られないよう、敵を撒く必要もある」
 大和はそう答えた。
 敵に移動を見られれば、どの方角に逃げたかも計算されてしまうのだ。追っ手を撒けるだけの距離を開け、誰にも見られていない時に移動するのだろう。
 数分間歩いたところで、またも敵が立ち塞がった。
 着地と同時に大和が引き金を引き、一人を始末する。その仲間が襲い掛かってくるのを、横っ跳びに避けた大和は、空中で最も近くにいる敵を撃ち抜き、着地と同時に更にもう一人を射殺。背後からの敵にも振り返りざまに一発撃ち込み、屈んで別方向からの攻撃を避ける。
肘打ちで敵を引き剥がし、腹に銃口を押し当てて射撃し、更に一人。
 訓練され、熟練されたものの動きで、大和が敵を確実に葬って行く。
 時折、純を狙ってくる者もいたが、それさえも大和が全て射殺した。
「早く合流地点に着かなければ、まずいな……」
 落ち着いて進めるようになるまで戦った後、大和はそう呟いた。
 弾倉を交換する大和は呼吸を整えながらも、周囲への警戒を怠ってはいない。
 大和を一筋縄ではいかないと判断したのだろうか、レーダーに映る光点は二人を後方から包囲するように動いていた。包囲されてしまえば、流石に二人だけでは突破は出来ないだろう。
 と、突然、後方から一つの光点が突出して来るのを、レーダーは捉えた。
 光点は一気に二人を追い越し、弧を描くように回り込んだところで、それは二人の視界に入ってきた。
 背中から蝙蝠のような翼を生やした男が、滞空していた。
「……ボスクラスか…」
 大和は呻くように言い、ライフルを構えた。
「二人とも、逃す訳にはいかないんでねぇ……特に、奈義」
 男は純に見下すような視線を向けた。
「お前は本当に駄目な生徒だったなぁ…!」
「……!」
 純はそこでようやっとその男の顔を思い出した。
 高校のクラス担任をしていた教師だった。高校生活の成績は確かに良いとは言えないものだったが、そんな事よりも、その教師が純にそうやって自分を身の回りにいた者だという事を強調したのが癇に障った。
 大和の持つライフルが火を噴いた。翼を生やした教師はそれを空中で身を翻してかわした。
「中身はそこそこのようだが、そんな装備では勝てまい!」
 急降下した教師が大和に襲い掛かる。
 鋭く、頑強に変形させた爪を、大和は横に身を投げ出すようにして避けた。その敵の動きは、今までの誰よりも素早いものだった。
「くっ……!」
 純の耳元の通信機から大和の呻き声が聞こえた。
 立ち上がり、ライフルを構える大和に、上方からその教師が高速で突撃する。すぐさま回避行動を取り、間一髪のところで大和はそれを避けた。立ち上がろうとすれば、そこに攻撃が向けられ、大和は防戦一方だった。
 レーダーに映る敵の光点は着々と円形の包囲網を作りつつある。
 敵の存在に注意しつつ、純は物陰に身を潜めた。レーダーを注意深く見ていれば、敵の接近には気付けるはずだ。大和の邪魔になりたくはなかったし、教師に狙われるのも厭だった。
 物陰から様子を窺い見た。
 大和は反撃出来ずに敵の攻撃を避け続けている。対空攻撃は可能でも、明らかに飛べない大和が不利だ。反撃の隙を与えずに攻撃を繰り出し続けるというのは思いの外難しいものだ。それをやっているあの教師の強さは相当なものなのだろう。
 建物に背を預けた大和に、正面から敵が突撃を繰り出す。一発だけの反撃も、体の軸をずらされてかわされ、大和はギリギリで身を投げ出して突撃をかわした。敵は建物の壁を貫き、視界から失せた。
 起き上がった大和の背後の壁が吹き飛び、敵が大和に突撃を命中させた。その衝撃が音となって周囲に響き、大和は軽々と吹き飛ばされた。大和は背中から別の建物に叩きつけられ、壁の一部を崩して止まった。元教師はその場に留まり、やや上昇して大和の様子を窺うように見下ろしている。
 叩きつけられてから数秒の間に、大和は道に歩み出た。その手にはまだライフルが握られている。ゴーグルが敵に向けられ、すぐさまライフルが構えられた。大和は即座に発砲し、自身はすぐに横に跳んで回避行動を取ると、先程まで自分のいた場所にライフルを向けて発砲。敵の動きを予測し、それは的中していた。
「……っ!」
 ただ、敵の力はそれを上回っていた。微妙に身体を捻り、銃弾だけを的確に回避し、地面すれすれで方向を急転換、大和へと突撃する。
 身体を横に投げ出すように傾けた時、二人が激突した。
「――が…っ!」
 腕で薙ぎ倒されるように横に吹き飛ばされ、大和が建物の壁を貫いた。がらがらと瓦礫が崩れ、純は大和を見失った。
 敵である教師は、地面すれすれから翼をやや傾けて上空に滑り上がると、空中で身体を横に一回転させて翼を横に大きく開き、上昇の力を打ち消して止まった。
 その視線が向けられるのは紛れも無く、純。
「奴が起き上がってくる前に、お前を始末しておかねばな……」
 冷徹な一瞥に、純は息を呑んだ。
「どうして、殺そうとする……?」
 純は衝動的に問いを発していた。
 カルマというものを持つ者が、何故、そうでないものを殺そうとするのか。ただ単に、カルマを持たない人間が少数になったために調和を乱すから、というのは理不尽過ぎる。
「……ふん、お前、まだ何も知らされてないのか」
 嘲笑うかのような返答が戻って来た。
「これから死ぬ奴には、話しても時間の無駄だ」
 元教師の目がぎらりと光った。
 瞬間、教師が急角度で滑空し、純に突撃してきた。純には何も出来なかった。
「――!」
 鈍い衝撃が下腹部から全身に広がり、背後の壁を打ち砕き、純は吹き飛ばされた。
「…ぅぐっ……!」
 呼吸が一瞬止まり、詰まった声が呻き声として吐き出される。そして、じわじわと衝撃が鈍痛へと変わり、純は顔歪めた。
 身体を起こそうとして床に着いた手が、震えていた。そのまま軋む身体を強引に起こした時、視界が暗くなった。
 顔を上げれば、翼を持った教師が立っている。雨の中、外から入る僅かな光が、その手に形作った強力な爪の輪郭を照らしていた。
(――…銃が……!)
 体当たりを喰らった際に、手放してしまったらしい。左手は空になっていた。
 教師が身構えた直後、その後方に引いた右腕が弾け飛んだ。
「――ぬっ!」
 一瞬硬直した教師だったが、すぐに背後に振り向くと、身を隠すように建物の影に入り、そのまま姿を消した。
「大丈夫か!?」
 数瞬の間をおいて走ってきた大和が、純に駆け寄る。
 その手にはライフルが握られていたが、鎧には罅が入り、その隙間から出血も見てとれた。
「俺は、なんとか…」
 何とか立ち上がった純は、呼吸を整えつつ、大和に答えた。
 通信機が壊れたのか、耳元からの声ではなく、装甲越しのくぐもった声となっている。それでも肩の上下や、装甲越しにでも聞こえる荒い呼吸から、相当なダメージを受けているのが判った。
 純は右下に映る鎧の状態を確認した。破損はないものの、性能が低下していると表示されていた。衝撃で内部機器にダメージが伝わったのだろう。
「とりあえず、進むぞ。奴はまだ付近にいるだろうから、狭い場所にいるのはまずい」
 大和の言葉に頷き、純は外に出て、落ちていた銃を拾った。
(……俺には、何も出来ない…)
 純はその拳銃を見つめ、そう思った。
 戦う事は勿論だが、逃げる事さえも大和がいなければままならない。援護も出来ず、ただ、殺されかけただけ。
 一歩先を進む大和は、罅の入った部分を手で押さえるようにして歩いている。進む速度は明らかに落ちていた。
「――逃がさない、と言っただろ?」
 突然前方に降り立った元教師が、言った。
 着地した直後、翼の一つが形を崩し、失った右腕を復元していた。のこった翼は先端の尖った触手となり、肩や脇から先端をこちらに向けていた。
 それに対して、無言で大和はライフルを構えた。純は、何も出来ずに、脇へ退いた。
 大和の肩の上下は治まっていない。明らかに大和が不利な状況にあった。カルマを持つ者に対して、特に今目の前にいる敵に対して、逃走は不可能だ。生き延びるためには戦い、退けるしかない。
 降りしきる雨音だけがその場に音をもたらしていた。
 先に動いたのは大和だった。ライフルの引き金を連続して引き、銃弾を何発も撒き散らす。
「言ったはずだぞ? そんな装備では勝てない、と!」
 腕を盾の形に作り変え、元教師が告げる。
 そして、一気に踏み込むと背中から生え出した数本の触手で同時に突きを繰り出す。避けきる事が出来ず、大和は左肩に突きを受けた。
「――ぐ…!」
 触手は装甲をいとも簡単に突き破り、大和の肩に食い込んだ。そのまま背まで貫通し、大和が苦悶の声を洩らした。
 赤く、鮮血に染まった触手が形を変え、刃物のように縦に鋭くなり、上方へ振り上げられた。大和の肩の肉と装甲を切り裂き、鮮血が舞った。よろめいた大和の左足、腿の辺りに別の触手が突き刺さり、今度は横に引き裂かれた。
「――がぁ、あっ!」
 気合を入れるかのように声を上げ、大和は右腕のライフルを胸へと撃ち込んだ。
 命中はしたものの、敵はすぐさま起き上がり、胸に空いた穴を触手一本を減らす事で再生させる。
「……く…っ……!」
 大和が膝を着いた。受けたダメージと、脚の傷に、立てなくなったようだ。それでも倒れないのは大和の精神力が桁外れだからなのだろう。
 元教師は余裕を見せ付けるように歩み寄ると、大和の右手に構えられているライフルを弾き飛ばした。そして、口元に邪悪な笑みを浮かべると、触手の狙いを大和の頭へと合わせた。
(――…!)
 純は無意識のうちに左手の拳銃を敵に向けていた。だが、引き金にかけられた指が動かない。
「うぁぁあああっ!!」
 自らに喝を入れるかのように叫び、純は右手で左手を包み、引き金を強引に押し込んだ。
 銃声が響き、鎧に吸収されても、それでも拳銃の発砲による衝撃が腕を伝う。
「……!」
 銃弾は、敵の両目を横から貫いていた。
「貴様ぁっ!」
 みるみるうちに両目が再生し、敵意に満ちた視線が純へと向けられた。
 そして、教師は地を蹴って飛び上がると、鋭い爪で純に斬りかかった。背後の方へ逃れても避けられず、純は拳銃を弾き飛ばされた。目の前に着地した教師は、逆の手を下側から掬い上げるように振るった。純は何とかそれをかわした。
「――う…っ……!」
 しかし、左脇腹に衝撃を感じ、呻き声を上げた。だが、その衝撃はやがて激痛に変わる。槍と化した触手に貫かれていたのだ。
 引き抜かれると同時に、血が噴き出し、純は傷を手で覆う。しかし、装甲の厚みがそれを阻んでいた。
「……無能が……!」
 教師の言葉が上から降りかかった。怒りの感情の存在がはっきりと認識できる、そんな声だった。
 数本の触手の先端が純に向けられた直後――
「え……?」
 ――教師の身体は爆発に包まれた。
 その爆発は教師の身体を焼いた。訳が解らず絶叫を上げた教師に、再度爆発が起きた。
 否、起きたのではなかった。純と大和が向かっていた方面から飛来した火球が、教師に命中したのだった。
 純は数歩下がり、教師が燃え尽きるのを見つめていた。
「――亜沙か…!」
 大和が声を上げた。
「ごめんなさい! 敵の包囲を突破するのに手間取っちゃって!」
 その、女性の声と共に、純と大和の前に、一つの大きな影が現れた。
 五・六メートル程の大きさの、ロボットだった。肩がやや大きく張り出し、脚部は太く、バランスの取れた人型の機械。
 それが二人を見て、告げた。
「さぁ、早く行きましょう……!」
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