第三章 「狭間に立つ者」


 全体的にその部屋は暗かった。壁には窓すらなく、部屋の中にいくつか置かれているコンピュータのディスプレイの光があるくらいだった。
 それでも、今の隆一には暗くは見えていない。暗いのだという事は頭の片隅で判っているが、それが視覚情報と一致してはいない状態だ。
「――どうだ、慣れたか?」
 かけられた声に、隆一はその声の主へと顔を向ける。
「……お蔭様で」
 答えた隆一に対し、そこにいた男は頷いた。
「とりあえず、身体の使い方は解った」
 言い、隆一は右腕を剣状に変化させた。
 一瞬だが変化させる部位全体に突き抜けるような痛みが走るが、その痛覚も直後には失せ、改変が始まる。全ての感覚がその部位だけ消え去っているにも関わらず、身体の形状を感じる事が出来る。更には、その形状を自在に変化させる事も可能だ。それでいて、一度決めた形状に固定させれば、その形状で安定する。
 変化後の腕は、それが武器として使用するものであれば、かなりの強度を持たせる事が出来る。それら全ての決定は本人の意思なのだ。
 今、隆一が暗い部屋を通常の明度で見れているのも、網膜の明度調節をする細胞を微妙に変化させているためだ。
「けど、俺が普通じゃないっていうのはどういう事だ?」
 剣状に変化させた腕を一振りすると同時に元の腕に戻し、隆一は言った。
 腕を剣状に変化させた時と同様に一瞬だけ痛みを感じた後、腕が元に戻る。
 それは全てのリグノイド共通の能力だ。だが、隆一は普通のリグノイドではないという事だった。
 隆一は今まで、リグノイドとしての基本的な能力である、身体構造改変機能の訓練を行っていた。それは、隆一がリグノイドとして自分自身の身体を扱えるようにするためのものだ。
 今まで生きて来て、隆一はリグノイドという存在すら知らなかったのだ。普通に考えてもそれはおかしい。同級生達だけではなく、隆一よりも年下の者達までリグノイドとしての力が使えるのだ。
「簡単に言えば、ワンランク上の存在という事になる」
「あんたと同じように?」
 男の言葉に、隆一は直ぐに言葉を返した。
「そうだ。お前は俺と同等の存在だ」
 答えは直ぐに返される。
(……同等、ね……)
 それが、隆一が今まで他のリグノイドと違って情報が途絶されていた理由だった。
 ファースト・リグノイド、荒海 斗雨也と、水無瀬 隆一は同格の存在だったのだ。
 自分以外のリグノイドに対する情報統制・遠隔操作・意識統一などの可能な、ワンランク上のリグノイド。それが可能なために、逆に他のリグノイドと同様に斗雨也の情報統制などを受け付けなかったのだ。結果として、隆一はリグノイドの存在すら知らないリグノイドとして生きて来たのだ。
「まさか、自然に誕生するとは思わなかったがな」
 男、斗雨也が言う。
 隆一の両親は通常のリグノイドであり、純の追撃時に死亡している。だが、今現在いる状況の事を考えれば、それは隆一には些細な事にしか思えなかった。
 通常の、情報統制下にあった両親から生まれたにも関わらず、隆一はその上の段階のリグノイドだったのだ。隆一と違い、情報統制下にあったというのであれば、両親の本当の姿は隆一が見てきたものではないのかもしれない。仮に、隆一が見てきた両親が本当の両親だったとしても、それでも見えなかった部分があった事に変わりはないのだ。
 カルマが遺伝するというのは、生殖細胞にまでナノマシンが浸透しているからだ。そうして出来た受精卵は無論ナノマシンを持ち、細胞分裂に伴って自身を複製して行く。そうして、リグノイドは遺伝して行くのだ。
 だが、どうしてもカルマが浸透しない場所がある。それが脳だ。脳にカルマが浸透し、それで構造を改変してしまえば、神経細胞の絡み合いで成立している思考・記憶・意識などの全てが崩壊してしまうからだ。そのために、誕生過程での細胞分裂中に、脳細胞となる部位のみはナノマシンの複製が抑制されている。
 しかし、斗雨也は脳の一部にカルマが存在していた。それが、斗雨也が他のリグノイドに干渉出来るという理由だ。
 構造を改変するという機能のない、脳のその部位に適応した新たなナノマシンが存在しているのである。そのナノマシンは、他のリグノイドの脳の付近に存在するカルマに信号を送信する事が可能となっていた。本来、カルマ同士も同様の信号を送りあって身体構造の改変を行うなどをしているが、その信号を他者に送る事は出来ない。脳という、意識等を司る特殊な部位に浸透したからこそ、他者に対して信号を送れるようになったのだ。
 現時点では、脳の一部にカルマが浸透したリグノイドは自然発生した例はない。隆一が初めてなのだ。
 誕生過程で脳の一部にカルマが浸透するという可能性はゼロではない。しかし、極めて低い事は今までに例がない事からも明らかだ。
「……俺は世界がこんな風になってる事すら思わなかったけどな」
 斗雨也の言葉に対して、隆一は小さく呟いた。
 それが斗雨也の耳に届いたかどうかは隆一にはどうでもいい事だ。
 明らかに進歩している科学技術。しかしそれにも拘らず、表の面だけでは今まで通りに世界を見せている。
 カルマを造ったであろう技術者達は全て死に、日本にいるほぼ全ての人間はカルマが浸透したリグノイドだ。それが斗雨也の思惑通りなのかは隆一には判らない。
 しかし、今、日本は斗雨也が動かしている事だけは間違いはないだろう。いや、世界そのものも動かし始めているのかもしれない。
 日本の地上で暮らす全ての人間がリグノイドであるのならば、今までに海外に旅行に行き、そこで家庭を持った者も少なからずいる。そうであれば、カルマは海外にも広がり始めていると考えた方が自然だ。
 何も知らずに生きている全ての人間が、その無意識を斗雨也に掌握されている。
 ただ、地下に逃れた僅かな人間と、隆一を除いて。
「それで、お前はどうするつもりだ?」
「……何でそんな事を訊く?」
 斗雨也の言葉に、隆一は訊き返す。
 問われたのは今後の身の振り方だ。
 今現在、斗雨也は地下に残った人間達を殲滅しようとしている。リグノイドに対抗する手段として、彼等はアサルト・アーマーという機動兵器を投入して来た。単体として戦闘能力の劣る通常の人間達がリグノイドに対抗出来る唯一の兵器。その戦闘能力は複数のリグノイドを同時に相手に出来るまでのものだ。
 今のところ、隆一は戦場に出てはいない。それは、斗雨也によって無意識を掌握されてしまう他のリグノイドと違い、斗雨也の干渉を一切受け付けない隆一だから選択出来る事だ。
 たとえ争いを好まない者であっても、斗雨也の働き掛けを拒む事は出来ない。無意識のうちに全てを納得し、自らその力を振るう事になるのだ。
 その中で隆一唯一人が戦闘に参加しないというのも、不可能ではない。
「俺にはお前の考えが読めん」
 斗雨也も隆一へと視線を向ける。
「読めない奴が一人ぐらいいた方が退屈しなくてすむんじゃないか?」
 肩を竦めて隆一は答える。
 他者の考えを読める斗雨也は実質的にリグノイドの頂点に立つ者だ。斗雨也にとって、隆一は貴重な人間であると同時に不確定な存在でもある。
(……俺だってあんたが何を考えてるのか分からないんだ)
 お互い様だと、隆一は密かに思っていた。
 何故、斗雨也がリグノイド以外の人間を排除しようとしているのか、結局のところ隆一も知らないのだ。それに、斗雨也の目的の矛盾も気に掛かる。
「……まぁいい。それよりも、お前に戦う意思はあるか?」
 斗雨也の言葉からは隆一の言葉に対する答えは読み取れない。
「とりあえず、戦場とやらも見てみたい、かな」
 隆一が斗雨也へと視線を向ける。
「なら、次の襲撃に参加してみるといい。この後、地上にある資源採掘プラントを攻撃する」
 斗雨也が言った。
 地下で抵抗している者達も完全に地下で生活出来ている訳ではない。地上に依存しなければならない部分がまだ残っているのだ。そこを突き、確実に追い詰めて行くのが、今の斗雨也の考えのようだ。
「中枢部は判らないのか?」
「……自分で調べてみればいい」
 隆一の言葉に、斗雨也はそう答えた。
 その斗雨也へと目を向けた隆一には、斗雨也の表情に微妙な変化が生じているのが判った。それが何なのかは判らないが、何かしら事情がある事は確かだ。
「俺はここで遠隔的な指揮を執る。戦闘に参加するなら自分で調べて動いてみろ」
 斗雨也の言葉に隆一は口元に小さく苦笑を浮かべた。
 恐らく、他者の意識に干渉する訓練も行えという事だろう。今の隆一には実際の戦闘経験すらないのだ。それらをこの襲撃で学べという意味合いが含まれているのだろうと、隆一は解釈していた。
 これから隆一が生きていかなければならない世界の事を、隆一はまだ知らなさ過ぎるのだから。
「……そうさせてもらうさ」
 言い、隆一はその部屋を後にした。

 数時間前の事を思い出し、隆一は小さく溜め息をついた。
 今現在、隆一がいるのは戦場だ。
 資源採掘プラントでは地下勢力の者達が多数のリグノイドを相手に戦っている。隆一は一際高い建物の上でそれを見下ろしていた。
(……抵抗、激しいな)
 隆一はそう感じた。
 地下勢力の者達の戦い方は必死と呼べるものだった。隙を見せぬように、出来るだけ多くの敵を倒すように、連携を忘れないように。持てる限りの技術を使って戦っているのが判る。
 建物が崩れたとしても気にかけず、この戦闘に勝利する事だけを考えて戦っているようにすら思えた。
 恐らく、重要なのは地表よりも下にある採掘プラントだ。上にある建物には重要なものはないのだろうと、隆一は判断した。そうでなければ、アサルト・アーマー達が建物に当たる事も無視して攻撃をする訳がない。地下の人間達にしてみれば、この資源採掘プラントも重要な施設であり、なくてはならないものなのだ。
 隆一の目に留まったのは四機のアサルト・アーマーと、一人の子供だった。
「リグノイド……?」
 思わず隆一は呟いていた。
 その子供は明らかにリグノイドと判る。リグノイドの間でアウターボディと呼ばれている、カルマを持つ細胞の集合体を用いて身体構造を拡張しているのが離れていてもはっきり判った。
 人間の身体を構成する一般的な細胞に、カルマが浸透した状態のものがアウターボディと呼ばれる、リグノイド専用の戦闘能力強化デバイスだ。それ単体ではただの妙な塊にしか過ぎないが、リグノイドがそこに触れる事で、自身の身体と同様に操る事が出来る。自身の身体と同化するが、それが元々自分の肉体ではないというのは無意識のうちに判るようで、アウターボディを切り離した時にその身体にアウターボディが残る事はないらしい。
 そのデバイスを使い、大きな一対の翼と、肘から先を長い剣状にした複数の腕で、その子供は自分と同じリグノイドを切り裂いている。
(……どういう事だ…?)
 隆一はその光景が不自然に思えた。
 その子供が隆一や斗雨也と同じ存在であるのならば解らない事ではない。確かに、斗雨也は隆一の存在を今まで知らなかったのだから、その子供も同格の存在であるならば、先に地下勢力に拾われたのであれば、有り得ない事ではないだろう。
「……まぁ、いいか」
 呟き、隆一は腰を上げた。
 次に視線を向けたのは、四機のアサルト・アーマーだ。
 視力を調整し、距離的にはかなり離れた場所にいる隆一でも、その戦闘が見えるだけの視力となっている。
 その視界に入るのは、その地下勢力のアサルト・アーマーの中でも一際強い四機だった。一目で、他のアサルト・アーマーとその四機が違うと判るのは、その四機がそれぞれ特徴があったからだ。
 一機は、均整の取れた、薄い青灰色のカラーリングの機体。別の一機は緑色のカラーの、射撃重視型なのだろう、全身に銃火器を搭載して周囲に攻撃をしている機体。もう一機は紅茶色とでも言ったような色の機体だった。最後の一機は、最も細身、でダークグレーのカラーリングにショットライフルとグレネードライフルらしいものを持ち、リグノイドを薙ぎ払っている。
(主力、かな……?)
 その四機が主力なのだろうと、隆一は予想した。
 他の機体にもそれぞれ個性らしいものは窺えたが、その四機が特に目に付いたのだ。それに、その他の機体がその四機の補佐をするように攻撃を繰り出しているのも、それを証明している。
(……まぁ、俺はアイツには干渉されないみたいだしな……)
 隆一は一度息を吐くとその建物から飛び降りた。
 下から吹き上げるように感じられる風に髪や服が逆立つ。それを感じながら、隆一は右腕を変化させた。鉤爪のように変化させた右腕を建物に突き刺し、減速に使う。
 右肩に大きな負担が掛かるが、リグノイドとして自身の身体能力の向上が可能となった隆一には、その負荷も、身体構造改変によりほとんどなくす事が出来ていた。筋肉細胞の強度や弾力性等をカルマの作用で一時的に引き上げているのだ。
 減速し過ぎて止まらぬよう、鉤爪の角度を微妙に調整し、速度を調節する。そうして建物から地面へと着地し、隆一は静かに戦場へと駆け出した。
 恐らく、隆一がそこに辿り着く頃には戦闘は終わっているだろう。
(――さて、俺はどうするかな……)
 走りながら、隆一は考えていた。
 隆一が取れる行動は多い。そのどれを選択するか、隆一は考えているのだ。
「とりあえず、終わったね……」
 聞こえた声に、隆一は足を止めた。
 建物越しに聞こえた声の主を見ようと、隆一はその建物の屋上に跳んだ。身体構造改変能力を活用し、音も無く着地すると同時に気配を消すようにしてそこから会話の様子を覗く。
 事前に確認しておいたアサルト・アーマーのレーダー範囲の外から、隆一はその会話を眺めていた。
「……守り切れたな、今回は」
 全身銃火器のアサルト・アーマーの胸部ハッチに腰を下ろした少年が告げる。着用しているゴム質のようなスーツは恐らく操縦用のものだろう。
「でも、また攻めて来るでしょうね」
 青灰色のアサルト・アーマーの胸部ハッチから上半身を出した女性が言った。
 どうやら、彼女が来ているスーツの色から、着用する操縦用スーツはその人が乗るアサルト・アーマーに対応しているらしい。
「戦力は向こうのが圧倒的だもんね……」
 紅茶色の機体の胸部に両腕を乗せ、その上に顎を置くような姿勢の少女が呟く。
 茶髪でポニーテールのその少女に、隆一の視線が向かう。
(お、可愛い娘……)
 あどけなさの残る、明らかに他の者よりも年下のその横顔を、隆一は純粋に可愛いと思った。その年齢で戦っていたという事には驚いたが、センスがあるのならばそれに見合う場所が与えられて当然かとも思う。
「流石に、いつまでもこのままって訳にもいかないしな……」
「敵の司令塔、早く探し出さないとまずいよね……」
 少年に頷き、ポニーテールの少女が言った。
(司令塔……アイツの事か……)
 間違いなく、斗雨也の事だろう。
 斗雨也さえ倒せれば、攻撃する司令塔がなくなる事でリグノイド達の統制は乱れるはずだ。そうなれば、地下勢力の人間達に対する攻撃は格段に減る事だろう。現状でかなり厳しいのであれば、だいぶ楽になるはずだ。
「私達の方も被害ゼロって訳にはいかないしね……」
 青灰色のスーツの女性が言う。
 遠くから戦闘を見る限りでも、アサルト・アーマーは数機破壊されていた。被害ゼロですら、資源的に厳しい状況にある地下勢力としては、その戦力を失うだけでもかなりの負担だ。
 抵抗を続けてはいても、このままの状況が続けば地下勢力が敗北するのは目に見えている。
「……今、他の戦闘要員が輸送車両に乗り込んだ。私達も向かおう」
 今まで黙っていたダークグレーの機体から声がした。声から女性のものだと判るが、感情が含まれていない素っ気ない口調だった。
 恐らく通信か何かで伝えられたのだろう。隆一には何も聞こえなかった。
「そうね、行きましょう」
 青灰色の女性が頷き、アサルト・アーマーの内部に消えた。
「次からは純も戦えるらしいから、少しは楽になるかな……?」
 ぽつりと、ポニーテールの少女が言った。
(――! やっぱり、辿り着いてたんだな……)
 隆一はその言葉に、もう別れて久しく感じ初めている親友を思い浮かべた。
 別れてからそれ程時間が経っている訳ではないのに、その間に見てきた様々な事情が、隆一と純との間に大きな壁を造っているように感じられる。
 今の隆一には、純は手の届かない場所にいる。そして、純からしても、隆一は手の届かない場所にいる。
(……じゃあ、少し動いてみるか)
 隆一は建物から飛び降り、四機のアサルト・アーマーのいる方向へと向かった。
 それに対し、四機は直ぐに反応を起こした。恐らく、レーダーの範囲内に入った隆一を確認したのだろう、銃火器が隆一へと向けられている。
「……とりあえず俺は戦う意思はないぜ」
 先に告げ、隆一は両手を挙げた。
 銃口は下ろされてはいないが、攻撃してこない事から、隆一は手を下ろした。警戒はしているが、隆一の言葉を聞くという考えはあるらしい。
 少しでも情報が欲しいという事だろう。それが罠の情報だったとしても、地下勢力の者達にとっては、何も情報がないよりはマシなのだ。罠だったとしても、そこから新しい情報を得られる可能性があるのなら、動くべきだ。
「何の用だ?」
 警戒心を隠そうともせずに、少年が問う。
「ちょっとした忠告をしとこうかと思ってね」
「……忠告?」
 隆一の言葉に、青灰色の機体が答えた。
「どういう事? あなた斗雨也なんでしょ? 身体は違うけど…」
 ポニーテールの少女の声が隆一に投げられる。
 恐らく、斗雨也が身体を操って会話させているのだろうと考えたのだ。今まで問答無用で攻撃して来ていたリグノイドと違い、会話をしようというのはそれが他のリグノイドと違うという証明にもなる。前にもそういう事があったのかもしれない。
「アイツは関係ないな。俺は俺だ。ま、信用出来ないかもしんないけど」
 隆一は首を振り、言った。
 仮に、地下勢力が斗雨也に話しかけられて罠に掛かった経験があるのであれば、隆一を信用するのは難しいだろう。リグノイドでない人間が、リグノイドの違いを区別するのはほぼ不可能だ。ましてや、敵対関係にあるのであれば、その見分けをする必要もほとんどない。
「それで、用件は何だ?」
 ダークグレーの機体が銃口を逸らさずに問う。
「……近いうちにあんたらの本拠地は攻撃されるかもしれない」
 隆一は答えた。
 恐らく、斗雨也は本拠地攻撃の準備を進めているはずだ。隆一は確信していた。
 いや、既に斗雨也は本拠地の場所を掴んでいるだろう。
「……どういう事?」
「斗雨也は多分、あんたらの本拠地を狙うタイミングを計ってる」
 青灰色の機体の問いに、隆一は答えた。
 斗雨也も馬鹿ではない。ただ本拠地を攻めても防衛されてしまう事は解っているのだ。本拠地の場所を掴んだからといって、攻め落とせなければ意味がない。アサルト・アーマーが複数のリグノイドに対抗出来るという事を解っているから、ただ攻める事はせず、最も効果的な時に攻撃を行うつもりなのだろう。
「お前、本当に斗雨也じゃないのか?」
 少年が問う。
「なぁ、奈義 純って奴は元気にしてるか?」
 その少年の言葉を無視して、隆一は尋ねた。
「純? 天凪 純の事?」
「そうか、あいつの本名、天凪っていうのか……」
 紅茶色の機体に乗っている少女の言葉に、隆一は呟く。
 純が養子であり、本当の名字が違う事は知っていた。リグノイドではない純の両親もまた、リグノイドではなかったのだろう。そうであれば、地下勢力で本名が分かっても不思議はない。
「純に会ったら伝えてくれないか?」
 一度そこで間を置き、隆一は口を開いた。
「――近いうちに会いに行く、と」
「あなた、名前は?」
「……隆一。それだけで解るはずさ」
 ポニーテールの少女の声に、下の名前だけ告げ、隆一は一歩後退した。
「――じゃあな」
 言い、隆一は後方へ跳躍した。
 通常の人間を遙かに上回る身体能力で隆一が後方へと飛び退く。
「あっ、待って!」
 ポニーテールの少女が隆一へ手を伸ばすようにして呼び掛けるが、隆一は小さく笑みを浮かべただけでそれを無視した。
 空中で前後を反転し、着地。直ぐに地を蹴ってその場を後にした。
 四機のアサルト・アーマーが隆一を追ってこない事から、あの四人に隆一は敵として認識はされていないようだ。だが、味方と見られていない事も確実だ。大方、不確定因子として次に出会った時にどうするかは本拠地で決めるのだろう。
(……純、お前はどう動くつもりだ?)
 純が地下で何を考え、どんな決断を下したかははっきりとは判らない。
 だが、隆一は確かに純が戦闘に参加するという言葉をあの四人の会話から聞いている。楽になる、という言葉は、アサルト・アーマーが純に使えると考えて間違いはない。
 ただ、問題なのは純の戦う意思だ。もしかしたら隆一も敵と見做す可能性もあるのだから。
(……その時は、別の手を考えないとな……)
 まだ自分の位置を確定出来ないでいるが、一つだけ決めている事は変わらない。
 隆一は、一度純に会って話をしようと思っていた。それがどんな状況であろうと。


 イデアの一員となった純は、この数日のうちに戦闘要員としての基礎訓練を受けた。地下に来た当日に康祐と模擬戦を行った、訓練用アサルト・アーマーを用いて実動訓練を行い、操作に慣れるために訓練を行っていたのだ。
 現在、純は自分のアサルト・アーマーのパーツ構成を選択し、実戦用のアサルト・アーマーを開発して貰う段階になっている。イデアの一員となった時に貰った携帯端末でパーツ・アセンブリ・プログラムを用いてパーツ構成を済ませ、丁度送信し終えたところだった。
 実際に戦えるようになるのは明後日になるだろう。
 訓練用と実戦用との違いは、主に武装に関してだ。訓練用では、ペイント弾入りのハンドガンと、ただのナイフを用いる仮想プログラムを組んで行うが、実戦用で選べる武装は多い。扱えない武装が多いため、その武器を使った事による影響は、実戦でしか解らないのだ。
 ふと、純の部屋のドアを叩く音が聞こえた。
「……? どうぞ?」
 驚きながらも純が答えると、そこから亜沙、康祐、深玖、瑠那の四人が入って来た。
 その四人は先程まで出撃していた主力達だ。帰って来たというのは判るが、純に何か用なのだろうか。
「――純、隆一って、知ってる?」
「――!」
 深玖の言葉に、純は驚愕の視線を向けた。
 その反応に、深玖達が顔を見合わせる。
「隆一だって? まさか、会ったのか?」
 思わず口に出して聞いている。
 自分でも動揺しているのだと、解った。
「……リグノイドでも知り合いだと言えるか?」
「あいつは俺の親友だ」
 康祐の問いに、純は答えた。
 確かに、純の義兄弟は純がリグノイドではないと判った途端に攻撃をして来ていた。もし、それがリグノイドの本性なのだとしたら、隆一にも当てはまるかもしれない。
「……あいつは、俺が襲われるまで何も知らなかった。普通のリグノイドとは違うのかもしれない」
 純の言葉に、四人が顔を見合わせる。
「確かに、斗雨也の統制を受け付けないリグノイドもいるからな……」
「そうなのか?」
 康祐の呟きに、純は尋ねた。
「ええ、イデアの戦闘要員の中に一人、リグノイドがいるのよ。斗雨也と同格のリグノイドらしくて、斗雨也の影響を受けないの」
 その純に、亜沙が答える。
「ただ、隆一とかいう奴を味方と判断するのはまだ難しいな」
 康祐の言葉ももっともだ。
 イデアで過ごす間、純はリグノイドについても学んでいた。イデアで解った部分だけだが、それでもリグノイドについて何も知らないよりはマシだ。
 斗雨也によって行動を操作されているのかどうかは、外観からでは判断出来ない。今まで通りに振る舞っていたとしても、それが斗雨也による芝居という事も考えられるからだ。そのため、イデアとは敵対関係にあるリグノイドを安易に信用する事は出来ない。それが元で地下内部から攻撃されてしまう事も考えられるのだ。
 地上で過ごした純と違い、地下で暮らした者にとって隆一の出現は不確定因子となっているはずだ。
「それで、隆一は何て言ってたんだ?」
「うん……近いうちに会いに行くって」
 純の問いに、深玖が答えた。
「……ここが狙われているとも言っていた」
 深玖に続いて、瑠那が呟いた。
 その言葉に、純は言葉が出なかった。それは、リグノイド側がイデアの本拠地の場所を知っているという事だ。敵か味方かはともかくとして、隆一を信用している純は、その可能性が限り無く百パーセントに近いのだろうと判断していた。
「本当だと思うか?」
 康祐の問いに、純は頷く。
「……俺は信用する」
 純は告げた。
 隆一が純の敵となる事もあり得るのは解っている。いや、純個人が敵と見做さなくとも、イデアという組織全体が隆一を敵と見做す可能性もある。ただ、そうしてたとえ敵同士という形であっても、純は隆一と一度話をしたいと思っていた。
 今では純の唯一の親友となってしまった隆一が、何を考え、どういう決断を下したのか。
「――司令に話して来る」
 純は四人の返事も待たずに部屋を飛び出した。
 通路を駆け抜け、司令室に辿り着くまで、純は基地が襲撃される瞬間がどうなるのかを考えていた。
 現在、イデア本拠地はリグノイドには知られていないとされている。しかし、仮に敵が知っているのだとすれば、イデア本拠地の場所が判らないかのように他の場所を攻撃していた事になる。何故直ぐに攻撃を仕掛けなかったのかは解らないが、隆一が教えたという事はそう遠くない未来に本拠地が襲撃される可能性があるのだ。
 だとすると、何故、イデア本拠地が解ったのだろうか。情報に関してはイデアはかなり慎重になっているはずだ。純を救出する時にもかなり動き回った記憶がある。十分注意を払っているにも関わらず、情報が漏れていたとなると、どこかに穴があるはずだ。
 重要なのはそれだけではない。敵がどのようにして基地に攻撃を仕掛けてくるかも問題だ。内側から崩されるという事はないだろうが、そうなると真上から攻撃される事になる。包囲されれば不利になるのは確実だ。
 司令室へ辿り着いた純は扉を開け、中に入った。
「…純か?」
 イデア司令の雄が純の存在を確認し、言う。
「司令、話があります」
「隆一という者の情報なら、知っている。出撃した部隊の移動中にメールが来たからな」
 雄の答えに純は呼吸を整えながら歩み寄る。
 言われて気付いたが、司令の元には全ての情報がいち早く集められるはずなのだ。隆一の情報が届いていても不思議はない。むしろ当然の事だろう。
 それに気付かなかったのは、恐らく純がそれだけ動揺していたためだ。
「……君は、どう思う?」
 雄が純の目を見つめ、問う。
「隆一は信用出来ると思います」
 純はほとんど間をおかずに答えた。
 それは純の勘でしかない。隆一が斗雨也と同格の存在だったとして、手を組んでいないという保証はないのだ。そうでなくとも、斗雨也を囮にした隆一の策略と考える事も出来る。
 リグノイドの真意を掴む事が出来ない純達には、どれが真実かは判らない。勿論、純自身にも、隆一が敵か味方ははっきりと断言出来る訳ではない。
 だが、それでも純は隆一を信じたかった。
「……俺は、信じたい」
 ほとんど聞き取れない声で、純は付け加えた。
 それが本音だ。
「……そうだな、大和からも彼の事は聞いている。彼が斗雨也と同格のリグノイドという事も考えられる」
「……司令は、どうするつもりですか?」
 雄の言葉に、純は司令を見た。
 地下にいる人類を守る責任者の立場にいる者としては、不確定な事態に際して、どのような結果になっても対応出来るような策を講じる必要がある。
 隆一の言葉に対して、イデアがどう動くのか、純は司令の言葉を待った。
「……警戒するに越した事はない。純、君は彼と会話するのだろう?」
「隆一とは、一度話す必要があると思ってましたから」
「なら、その時に真意を聞き出してくれ。それまでは、彼を敵とは認識しないようにしよう」
「元よりそのつもりです」
 雄の言葉に、純は頷いて答えた。 
 それは、ほとんど現状維持に近いものだった。隆一に関しては純との接触があるまで保留とされ、基地襲撃の可能性ありという情報は考慮に入れた上でこれから動く。イデアとしてはそれが一番良い体勢だ。
「……ただ、彼が地下を脅かすような事があればその時は――」
「――俺があいつを殺します」
 司令の言葉を遮り、純は告げた。
 敵と見做されるような事になれば、純は隆一からその真意を聞き出して、自らの手で命を奪うつもりだった。他の誰かに殺され、本人の言葉を聞けない状態で処理されるのは、純自身が納得出来ない。
 それに、どんな結果に転ぼうとも、純が隆一を殺す事になれば、他の誰かを責めなくて済む。純自身が自分を責めれば良いのだ。他の誰かに当たるよりは、その方が良い。
「……そうか」
 純の目を見つめ、雄は言った。
 その揺ぎ無い意志を察したのだろうか、雄は純を止める事もせず、ただ頷いた。
「じゃあ、これで失礼します」
 言い、純は司令室を出た。
 その扉を開けたところには、先程会話していた四人が立っていた。
「……いいのか?」
 康祐が問う。
 恐らく、雄との会話を全て聞いていたのだ。
 親友を殺すという言葉に、康祐が動揺しているように見えた。
「いいんだ」
 小さく笑みを浮かべ、純は答えた。
「そんな! 親友なんでしょ?」
 深玖が純に言う。
「親友だからこそ、他の誰かに処理されるのは厭なんだ。今更、あいつを避けるような事はしたくない」
 真正面から隆一とは対峙しようと、純は思う。
 今までも隆一とはそうしてきたのだ。家族にも話さないような事を打ち明け合えた隆一だからこそ、地上と地下に別れた今でも、隆一とは正面から向かい合いたい。
「……あいつがお前より強かったらどうする?」
「……刺し違えてでも、倒す」
 瑠那の言葉に、その鋭い視線を見返して純は答えた。
 リグノイドの隆一が、アサルト・アーマーに乗った純よりも強いという可能性もある。そうなれば、被害を被るのはイデアなのだ。瑠那はそれを心配しているのだろう。
 それでも、純は退く気はなかった。
「……その言葉、忘れるな」
 瑠那の言葉に、純は無言で擦れ違う。
 亜沙が心配げな視線を向けているのが見えた。純は少しだけ哀しげな笑みを浮かべ、亜沙とも擦れ違った。
 そのまま、純は自分の部屋へと向かった。


 翌日、昼食を終えたところで基地内に警報が鳴り響いた。
「第二外部発電所への敵の接近を確認! 戦闘要員は全員直ちに戦闘態勢で格納庫に集合して下さい。繰り返します……」
 警報と同時に放送が入り、状況を知らせる。
 地下で出来る事には限りがある。通常の生活をしていても、エネルギーや食料等が百パーセント循環出来ている訳ではなく、足りないエネルギーを補う発電施設や、鉱物資源等を得るための施設が必要になるのだ。そちらをリグノイドに狙われているというのが現状で、イデアはそれらの施設を守るために戦闘要員達を出撃させている。
「丁度良い、純。お前も一緒に来い」
「え? でも、俺の機体は……?」
 通り掛かった暁彦の言葉に、純は首を傾げた。
 純のアサルト・アーマーは今現在組み立て中で出撃可能な状況ではない。
「詳しい説明は後だ。移動中に教えてやる」
 暁彦に促されるまま、純はそれに従った。
 外部にある施設までの移動は地下に設置された通路を輸送車両で移動する。その間に説明するという事らしい。
 暁彦と共にロッカールームに入った純は、予備のサポート・スーツを身に着けると、暁彦と共に格納庫へ急いだ。
 格納庫内のメンテナンス・ベッドにセットされていた複数のアサルト・アーマーが全て消えていた。組み立て途中の純の機体だけを残して。
「隊長、全機輸送車両に積み込みました!」
 整備員が暁彦に駆け寄り、継げる。
「解った。戦闘要員は?」
「後数人です。三分以内には出撃出来るはずです」
「よし、純、乗り込むぞ」
 整備員の言葉に頷き、暁彦が純を見た。
「あ、はい」
 それに応じ、純は暁彦を追って大型の輸送車両の格納部位に入った。
 基地格納庫内にあった全ての機体が並べられており、そのパイロットが次々と乗り込んで行く。
「純、君には空き機体を使ってもらう事になる」
 直ぐに輸送車両が動き出し、暁彦は純を奥へと案内する。
「空き機体? あったんですか?」
 先程格納庫を見たところから推測する限り、予備機というのがあったのかどうか疑問だった。
 何せ、組み立て途中の純のアサルト・アーマー以外の全てが輸送車両に積み込まれているのだ。予備機として残されているものが全くないという事は、出撃可能なものは全て出撃させているという事だ。
「……先の戦闘で命を落とした者の使っていた機体だ」
「――!」
 暁彦の言葉に、純は案内された機体に目を向けた。
 パーツ・アセンブリで見た、最も標準的とされるパーツで構成された機体がそこにある。手に持たせられているのは、右が単発式ライフルで左にはバズーカだ。
「使える戦力は全て投入しなければならないんだ。解ってくれ」
 表情を強張らせていたのだろう純に、暁彦が告げる。
「……はい」
 イデアの現状は、はっきり言って厳しい。
 全身が武器のようなリグノイドを捕らえて尋問するという事は無謀でしかなく、リグノイド側の情報を手に入れるのが極めて困難な上、リグノイド側からは施設を攻撃出来るため、地下に対して有効な攻撃が可能なのだ。少しずつ情報は集められているが、このままではいつになったら斗雨也まで辿り着けるのか解らない。
 そして、大量のリグノイドによる攻撃を凌ぐための戦力は、多い方が良い。圧倒的に数の少ない地下の人員に対して、リグノイドは数倍以上にいるのだから。
「勿論、いきなりの戦闘で前線に出しはしない。援護をしてもらう」
 純の反応には何も言わず、暁彦が告げる。
「……援護?」
「耕太、いるな?」
 純の言葉に、暁彦が背後に声を投げた。
 暁彦の傍に背格好も顔立ちもだいぶ幼い、恐らくは十五歳には満たないだろう、子供がいた。見慣れない人物に少し驚いたように、口を小さく開けて純を見つめている。
「まだ純には紹介していなかったな。埼室 耕太、戦闘要員の一人だ」
 暁彦が、耕太に純を紹介する。
 だが、純が一番驚いたのは、その子が身に着けているものだった。その小さな身体には大きな翼が生えており、身体を守るかのように、黒い鎧のようなものも身に纏っている。
「見ての通り、耕太はリグノイドだ。この子も、斗雨也の影響下にはないようでな」
 純に向き直り、暁彦が説明を加えた。
 先日、康祐や亜沙が口にした斗雨也の影響を受けないリグノイドが耕太のようだ。そのリグノイドとしての能力を活かして戦っているらしい。
 無論、耕太のような小さな身体の体積では攻撃範囲が限られる。そのため、リグノイド同様にアウターボディと呼ばれるナノマシンの集合体を用いて戦闘に参加しているようだ。
 隊長クラスのリグノイドは他のリグノイドと違い、装備を持つ事が許可されているらしい。その装備というのが、リグノイドの身体同様、持ち主が自在に操れるナノマシンの集合体、アウターボディなのだそうだ。身体の一部が破壊されてもアウターボディで損傷を復元したりする事も可能だという。
「でも、こんな歳で戦いに……?」
「ああ、だが、この子が望んだ事だ」
 イデアは基本的に自分から望んで入る制度を取っている。それは純が経験した通りだ。
 それは純も体験して心得ていたが、それでも耕太は若過ぎる。
 と、耕太が暁彦の服の袖を小さく引っ張った。
「ん? ああ、行ってもいいぞ。純の潜在能力は高い。十分な援護が期待出来るはずだ」
 暁彦が言い、耕太は奥へと走って行った。
「そろそろ到着する。機体に乗り込んで準備してくれ」
「解りました」
 答え、純はアサルト・アーマーのコクピットから下げられている昇降用ワイヤーに足を掛け、手に持った部分のスイッチでコクピットの高さまで上ると、コクピット内に滑り込んだ。
 ワイヤーがコクピット内部の収納部位に収納され、ハッチが閉まる。開いていたアーム・ボックスとレッグ・ボックスが閉じ、ボディ・アーマーで身体が固定されると同時にヘッドギアが純の頭部にセットされた。
 そうして、システムが起動する。
 通信回線に入った呼び出しに、純は応じた。
「出撃するんだってな?」
「援護らしいけどね」
 通信ウィンドウに表示された康祐の言葉に、純は答える。
「実戦は見ておいた方が良いしな。まぁ、危なくなったら俺達が何とかしてやるよ」
「期待してるよ」
 苦笑し、純は回線を閉じた。
「目的地に到着、全機出撃後に全車両ステルス・モードにシフトします」
 全機に対する強制通信で連絡が入った直後、輸送車両の格納庫の壁が開いた。アサルト・アーマーがそこから外に降りて行くのを見て、純も後を追った。
 久しぶりに見た地上は雨が降っていた。純がイデアに来た、あの日のように。
「よし、いつも通り三人一組で展開、敵の攻撃に備えろ」
 純の感傷を余所に、暁彦の言葉に全員が素早く動いて行く。
 追い抜くように歩み出た耕太に、純は意識を向けた。通信用であろうヘッドセットを頭に着け、雨に濡れるのも構わずに歩いて行く耕太を、純は追った。
 たとえアサルト・アーマーを用いていても、多対一となれば不利になる。それを避けるための三人組での編成を行い、互いに援護し合う事で多数の敵に対応しているのだ。無論、搭乗者の腕によっては足を引っ張られてしまう場合もあるために、単独で戦う者もいる。それが主力と呼ばれる戦闘隊長の暁彦を始めとする、亜沙、康祐、深玖、瑠那の五人と、リグノイドの耕太だ。この六人は基本的には単独で敵に対して突撃し、その戦力を出来る限り削ぐ役割を担っている。互いに援護し合うのも、この六人同士で行うのがほとんどだ。
 今回は特別に、初出撃の純が耕太専属の援護に回される事になっているようだ。
「……一つ、訊いてもいいか?」
 通信回線を耕太にのみ向けて、純は口を開いた。
 雨の降りしきる中、耕太は純に振り返り、頷いた。耕太は既に全身ずぶ濡れで、髪が額に張り付いている。通信が可能なのは防水加工が施されているためだろう。
「……何で、同じリグノイドと戦う事にしたんだ?」
 純の問いに、耕太は顔を上げた。まるで純の目を見るかのようにアサルト・アーマーの頭部に視線を向ける。
 イデアの戦闘要員になるには、自分でそう願い出るしかない。イデアは強制をせず、協力者のみで構成されているのだ。暁彦が言っていたように、耕太も自らその道を選んだはずだ。だが、耕太が戦う相手は、自分と同じリグノイドのはず。何故、その選択肢を選んだのか、純は知りたかった。
「……居場所、失くなるの、厭だから」
 純が初めて聞いた耕太の声は、小さく、か細い声だった。
「居場所……?」
「外に、居場所がなくなって、ここに居場所がなかったら、どこにいればいいのか、分からない」
「……」
「大和さんは、ここにいていいって言ってくれた。僕は、僕や大和さん達の居場所を失くしたくないから」
 小さな声でぽつりぽつりと紡がれた言葉に、純は言葉を発せないでいた。
(そうか……)
 耕太には、敵がリグノイドである事は関係のない事なのだ。
 リグノイドであろうと、なかろうと、今耕太が戦っている相手は、耕太の居場所を奪おうとする敵でしかない。その幼い心には、自分の居場所を失ったという事が恐怖として刻み込まれているのかもしれない。そして、自分と同じように居場所を奪われようとして、必死に抵抗している地下の人達が耕太の瞳には他人には見えなかったのだ。
 ただ、生きたいと思い、生きようとしているだけに過ぎない。
「……解ったよ。ありがとう」
 柔らかな口調の純の言葉に、耕太が微かに笑みを浮かべたのが判った。
(この子は、守ろう)
 自然に、そう考えていた。
 初陣でどこまで戦えるのか判らない。ただ、耕太の援護をする事だけを考えようと思っていた。
 機体は純の意識に数瞬遅れてついて来る。水中で思い切り身体を動かしているかのような感覚的タイムラグやは生じるが、それが純の意識に遅れるのはコンマ一秒にも満たない。慣れてさえしまえば、自分の身体を動かすのと同様に機体を動かす事が出来る。ただ、僅かに生じるタイムラグが命取りになってしまう可能性もあるのだ。
 直後、爆発音が聞こえた。レーダーに目を向けた純は、味方と敵が接触したのだと判った。
 耕太が走り出し、純はその後を追う。加速を意識した直後に背部スラスタが稼動し、機体が加速した。アサルト・アーマーの加速力にも引けを取らない速度で耕太は走っているが、やはり少しずつ純が追いついて行く。
「掴まれ!」
 純が差し出した腕を、耕太は掴み、右肩へと座った。
 思い切り踏み込んだ右足で地面を蹴飛ばし、空中へと飛び出したところで、純の機体の右肩から耕太が飛び降りる。その落下する先に数多くの敵がいる事を認めて、純は右手のライフルと左手のバズーカを地上へと向けた。
 純の意識がアサルト・アーマーを動かす。機体が意思の通りに照準を合わせ、引き金を引く。
 放たれたライフル弾が耕太を避けて直進し、地上のリグノイドへと降り注いだ。単発式のライフルの銃口から、可能な限りの連射速度で銃弾が放たれて行く。着弾した炸薬弾が爆発し、リグノイドの身体を吹き飛ばす。そうして絶命しなかった敵に、耕太が剣状に変化させた腕を振るっていた。
 断末魔を上げ、赤い血を撒き散らしながら倒れ行くリグノイドに、純は顔を顰める。
 耕太へと複数のリグノイドが突撃し、純は落下しながら空中から地上へとライフル弾とバズーカ弾を撃ち込んだ。撃ち漏らしたリグノイドとその付近の敵へ目掛けて、耕太は背中の翼を変化させた鋭い触手を突き刺して行く。リグノイドを確実に戦闘不能にし、絶命させるために、その唯一の弱点である脳、頭部を貫く耕太の横顔には、ただ必死さだけが存在していた。
 耕太と背中合わせになるような位置に着地した純は、その方向に弾丸をばら撒く。その攻撃を逃れて飛び掛って来たリグノイドが、横合いから飛来した触手によって頭部を貫かれ、絶命した。
 緊張感に心拍数が上がっているのを自覚する。回避を意識すれば自然と機体が動き出してしまうため、その衝動を抑え付けた。それが余計に焦りを生む事だと解っているとしても。
 背後にいる耕太を援護するために、純は敵を撃つ事に集中していた。回避を行わず、向かって来る敵を全て撃ち落として行けば、それは耕太に対する援護にも、自分自身の防御行動にもなるのだ。
 レーダーを見て、近くの建物から飛び掛って来た敵へとバズーカの弾丸を放つ。撃ち落としたら直ぐに別方向の敵へと意識を向け、純は耕太と背中合わせの状態のまま引き金を引き続けた。
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