第六章 「人類の業」 加速して行くカタパルトに、純は風を感じていた。まるで自分自身がカタパルトに乗っているような錯覚を覚える。身体にかかっているはずの不自然な重圧さえも感じない。全身の感覚が全てアサルト・アーマーに移っているかのようだ。 (……三……二……一……!) 地上到達までの予測時間を声に出さずに反芻し、純は一度だけ息を呑む。 上方に見える光が視界を埋め尽くした瞬間、カタパルトから弾き出されるようにして、純の機体が空中へと放り出された。 仰向けになるような姿勢になった機体が、両手を広げて空高くまで飛び上がる。 (――ああ、青い空だ……) 視界に映った、その光景に、純は戦わなければならない事を一瞬だけ忘れていた。 青い空に、眩しい陽の光。これ程までにそれを感じた事は今まで、無かった。それがどれだけ魅力的な事なのかも忘れていた。何ものにも縛られない現実がそこにはある。 陽光に目を細め、青い空の中、純は戦いへと意識を戻した。 身体を捻り、上下を逆にして、空中から地上を見下ろす。無数に見える人影が、視界の端にあるレーダーの光点の位置と一致している。 「……行くぞ!」 呟き、純は引き金を引いた。 肩に搭載しておいた三発のクラスターミサイルを射出し、両手の武器を光点の集中している場所へと撃ち込んだ。 クラスターミサイルが途中で分解し、内部に込められていた無数の小型爆弾を地上にばら撒く。爆撃に光点が複数消滅、多数が吹き飛ばされて行く。続いて地上に到達した右手のバズーカの弾丸と左手武装のロケット弾が爆発を起こした。 落下しながら、純は両手の武器を連射して行く。ミサイルを地上に撃ち込み、バズーカは純を狙って跳躍して来るリグノイドの迎撃のために引き金を引いた。 「――何っ!」 アウターボディを用いて翼を形成し、突撃して来るリグノイドへと放った弾丸がかわされた。 そのまま突撃して来る敵が、腕を剣状に変化させて構えの姿勢を取る。このまま行けば、間違いなく純はその攻撃を避ける事が出来ない。 (――!) 瞬間、弾かれたように機体が動いた。 背部スラスタが稼動し、高速で機体が落下速度を早める。リグノイドの攻撃が機体の上を通り過ぎ、スラスタの炎で炙られた敵が燃え上がった。 純は身体を捻ってその敵へと半身になり、バズーカを撃ち込むと更に落下速度を早めた。 吹き飛んだリグノイドの肉片と赤い飛沫が周囲に降り注ぐ。 着地の衝撃を全身のバネで受け流すかのような動きで相殺する。その着地の感覚の鮮明さに、純は違和感を確信へと変えた。 (……俺はこの機体を扱える!) 自然と、口元に笑みが浮かぶ。 マインド・フォロウ・システムの試験機であると同時に、アサルト・アーマーの試作機。純の両親でさえも戦闘機動が出来なかった零号機のスラスタを、純は稼動させる事が出来た。 自身の身体の感覚はなくなっているが、その分アサルト・アーマーの操縦感覚は凄まじいまでに精度が良い。 集中攻撃から逃れるために直ぐに跳躍し、空中からバズーカとロケットを乱射する。地上にある建造物の事など無視し、純は武器を乱射していた。 着弾後に爆発するタイプの武器を両手に持っているためだ。その爆風で敵を巻き込む事が出来れば、それだけで効果があったと言える。 建物が倒壊し、その裏から敵が突撃して来る。バズーカを突き付けて引き金を引き、敵を撃破すると同時にその場から跳躍。周囲からの触手の集中攻撃をかわして、その中心部にロケットを撃ち込んで触手を吹き飛ばす。空中でスラスタを稼動させ、ほぼ直角に軌道を変えて着地し、バズーカを撃った。 放たれた弾丸が一体のリグノイドに命中し、爆発を起こす。同時に、視界の下部に赤い文字が現れた。 (――弾切れ!) その文字を読み取り、純はバズーカを投げ捨てた。背部のウェポン・ラックからショットライフルを外し、右手に握らせる。 レーダーに映し出された光点が近付いて来るのを確認し、その方向、右手側へとショットライフルを向けて引き金を引いた。散弾が放たれ、リグノイドの身体が吹き飛ぶ。 左側から向かって来る敵にロケットを撃ち込み、その残弾が無くなった事を確認して武器を投げ捨てる。すぐにウェポン・ラックからグレネードライフルを選択し、左手に握らせた。ロケットの爆発から逃れて突撃して来る敵にグレネード弾を撃ち込む。 (一体、どのくらいいるんだ……!) 内心で呻きながら、純は地を蹴った。空中へ逃れた純へ、アウターボディを装備したリグノイドが接近して来る。 背部スラスタを稼動させて更に上昇し、身体を捻るようにして向きを変えるとそのリグノイドへ右手のショットライフルの銃口を向けた。それが敵へと向けられた瞬間に発砲し、リグノイドを吹き飛ばす。 純が着地するのと同時に、目の前に敵が着地した。振り上げられた剣状の腕を、右腕を横合いから打ち付けて力の向きを逸らして防ぐ。 「――っ!」 瞬間、痛みを感じた。腕に何かがぶつかったような、小さな痛み。しかし、純はそれに驚きを感じていた。 本来、アサルト・アーマーで戦っていて痛みを感じる事はない。マインド・フォロウ・システムは搭乗者の感覚神経からの信号をアサルト・アーマーの動きにフィードバックさせる事で、機体を動かしている。だが、これは完全に受身のシステムだ。送られてくる信号だけを機体の動きに用いているだけで、機体が受けたダメージを搭乗者が感じるという事はない。 だが、現に、純はそれを感じた。装甲の内側に伝わった衝撃が痛みとして純に伝わったのだ。 (……まさか、これ……) 敵の攻撃を避けるために跳躍し、純は息を呑んだ。 この機体は、驚異的な機動力を持つ代わりに、受けたダメージを搭乗者にも伝えてしまう。だが、それだけ精確なシステムは、操縦に生じるタイムラグを限り無くゼロに近付けているのだ。 (……そんな事言っていられる状況じゃないな) 思い直し、着地した純は左右の手に握った武器を、周囲の敵に乱射した。 自ら敵の集中している場所に飛び込み、自分を中心に円を描くように回りながら武器を連射する事で、敵を一気に殲滅して行く。爆発物と散弾に敵が怯み、その隙を突いて攻撃を撃ち込んで行った。 (……くそっ、流石に……) 敵が多い。呼吸が乱れ始めているのを感じながらも、それを整えていられるだけの余裕はない。 かなりの数を倒したはずだが、敵が減ったようには感じない。まるでどこからか補充されているかのようだ。 「――天凪 純……!」 声に、敵の動きが止まる。純の視線が声の方へと向けられた。 そこには、斗雨也がいた。アウターボディの巨大な翼を背に生やし、崩れかけた建物の上に立っている。 「……」 純はそれに何も答えなかった。 斗雨也が純の名を知っていても不思議は無い。隆一から聞き出す事も、元クラスメイトや耕太から情報を引き出す事も出来る斗雨也ならば、純の名を知る事など容易い事だろう。 アウターボディの翼が斗雨也の身体を包み込むように前面に回され、同時にその形状を改変して行く。アサルト・アーマーを模した形状のアウターボディが斗雨也を包み込んだ瞬間、斗雨也が地を蹴った。 建物が崩れ落ちると同時に、周囲の敵が動く。 純は奥歯を噛み締め、地を蹴って空中へと逃れた。斗雨也だけがそれを追い掛けるように純へと突撃し、純は背部スラスタを稼動させて直角に軌道を変えて斗雨也の突撃をかわす。同時にショットライフルを突き付けて発砲。 アウターボディが一部吹き飛ばされ、斗雨也がバランスを崩して落下する。 純が近くの建物に着地した瞬間、その建物が崩れた。足が床に着く前にスラスタを使って再度空中へと上昇し、斗雨也へと視線を向けた。 「――!」 着地した斗雨也は、近くにいたリグノイドの身体をもぎ取って吸収し、破壊された部位を復元していた。身体を引き千切られて悶えるリグノイドを踏み潰して息の根を止め、斗雨也が別のリグノイドを両手に掴み着地した純へと突撃する。 「……貴様ぁーっ!」 叫び、純は散弾とグレネード弾を放つ。 斗雨也が、手に掴んでいたリグノイドを前面に放り投げ、それを盾にして純の攻撃を防いだ。その上で純に接近し、回し蹴りを放つ。 「ぐあっ!」 腹部への衝撃が痛みとなって純に伝わる。そのまま蹴り飛ばされた機体が建物に激突し、壁を打ち抜いて地面に激突した。背中への痛みとして衝撃がフィードバックされ、意識が飛びそうになる。 「ぐ……ぁ……」 呻き、何とか身体を起こそうと手を着いた。砂埃が巻き上がり、視界を塞ぐ。 その瞬間、何かが近くに着地する音が聞こえた。顔を上げれば、砂埃の向こうに斗雨也のシルエットが浮き上がっている。 「……終わりだな」 斗雨也の声が聞こえた。 純が動くよりも、この距離ならば斗雨也が動く方が早い。 「……それはどうかな?」 どこからか聞こえた声が、斗雨也に答えた。 仲間の声ではない。しかし、純にとっては、懐かしい声。 「約束通り、会いに来たぜ、純」 視界に、純に背を向けて隆一が降り立つ。 「貴様……」 「あんたも哀れな奴だよな、何にも気付いちゃいないんだから」 隆一の言葉に、斗雨也が動いた。同時に、隆一も動いている。 純は、動けなかった。 アウターボディを用いていない隆一は、明らかに不利な状況にある。両腕を剣状に変化させた斗雨也の突撃を、隆一は斗雨也の背後に回り込むようにして回避した。その瞬発力は、斗雨也と同等か、それ以上のものだった。 斗雨也が宙返りするようにして隆一の背後に回ろうとするのに、隆一は横に跳んでそれを事前に防いでいる。 「かかれ!」 斗雨也が一括した瞬間、周囲にいたリグノイドが飛び出し、隆一へと突撃する。 隆一が視線を鋭く細め、眉間に皺を寄せた瞬間、突撃して来ていたリグノイドの動きが止まった。 「く…何だと……!」 斗雨也が呻いた。 「アウターボディに集中力を裂いていない分、お前より俺の方が統制力は高いみたいだな……」 隆一の口元に小さく笑みが浮かぶ。 動きが止まっていたリグノイドが斗雨也へと振り返り、突撃していく。荒くなった呼吸を整えながら隆一は純へと駆け寄って来た。 「おい、大丈夫か?」 「なんとか……それより……」 「ああ、俺は正真正銘あいつと同格のリグノイドだ。ただ、俺の方が少し特殊なみたいだけどな」 「特殊……?」 「まぁ、詳しい話は落ち着いてからにしようぜ」 純の言葉を遮るように言い、隆一は背後へと視線を向ける。 その間に機体を立たせ、純も視線を向けた。 隆一が突撃させたリグノイドを全て打ち倒した斗雨也が、そこにはいた。黒い戦闘鎧がところどころ血で赤く染まっている。 「そうだな」 純は言い、両手の武器を斗雨也へと向け、引き金を引いた。 放たれる散弾とグレネードを盾に、隆一が駆け出す。拡散する散弾は、斗雨也の回避運動を大きなものにする。大きな動きは予測しやすく、そこを隆一が狙うのだ。自然と、その意思は隆一にも伝わったようだった。 レーダーを見て、隆一へと攻撃しようとしているであろう周囲の敵に散弾とグレネードを撃ち込み、純も隆一を追うようにしてスラスタを稼動させる。 急激な加速により隆一と並んだ純は、散弾とグレネードを放ち、斗雨也を牽制する。回避行動を取る斗雨也に、隆一が攻撃を仕掛けた。 両腕を剣状に変化させ、斗雨也のアウターボディを斬りつける。アウターボディを削り取り、斗雨也の反撃から逃れて隆一が後方に跳躍した。それと入れ替わるように純が斗雨也に接近し、至近距離から散弾を撃ち込む。 吹き飛んだ斗雨也目掛けて、純は更にグレネード弾を撃ち込んだ。爆発が視界を塞ぎ、斗雨也からの反撃を予測して純は後方へと跳んで距離を取った。 「――っ!」 爆発の中飛び出した無数の触手を、純と隆一は跳躍して逃れた。 その爆発の中心部に立っていた斗雨也は、残ったアウターボディを全て触手に変化させ、純と隆一へ攻撃を仕掛けて来た。 「ちっ……」 隆一が舌打ちし、向かって来る触手を剣状の両手で切り払う。 純はグレネードライフルを投げ捨て、マシンガンを左手に持たせると、弾丸をばら撒いて触手の攻撃を防いだ。武器を捨てた事で重量が軽くなり、機動力が上昇しているのが純にも判る。 着地し、マシンガンで周囲からの触手を打ち払い、斗雨也へとマシンガンを放つ。斗雨也はそれを回避し、空中からも触手を飛ばして来た。それを隆一が切り払い、着地した斗雨也に純が攻撃を加え、回避行動へ移る斗雨也へと隆一が攻撃を仕掛けた。 「なめるなぁっ!」 斗雨也が叫び、触手を爆発させるかのようにしてアウターボディの棘を周囲に撒き散らした。 咄嗟に横に跳んで建物の影に飛び込んだ純は、装甲を多少削られた程度だった。だが、建物の影から再度飛び出した時に見えた光景に純は言葉を失った。 「――!」 斗雨也に接近していた隆一は、斗雨也の攻撃をまともに浴びていた。 だが、同じリグノイドである隆一はそのアウターボディを取り込む事で攻撃を受け流している。しかし、そのために攻撃が途切れ、隙の生じた隆一へと斗雨也が剣状に変化させた腕を突き出していた。 「ぐっ……!」 剣が隆一を貫き、鮮血が噴き出す。 斗雨也はそれを直ぐに引き抜き、回し蹴りを繰り出して隆一を弾き飛ばした。 「次は貴様だ」 斗雨也が撒き散らしたアウターボディを、集約させて球体を造り出し、そこから触手を純へと放つ。 「――斗雨也ぁあああああっ!」 叫び、純は地を蹴った。 視覚から色が失せ、聴覚から雑音が消え、本当に必要な白と黒、向かって来る音だけが認識される。失われた感覚を補うように反射速度が高められ、時間間隔が遅くなる。生存するために、最低限の感覚だけを残して余分な情報を遮断する事で、反射神経と知覚速度が高められているのだ。 純は弾の切れたショットライフルを投げ捨て、脚部にあるヒートダガーを掴む。 向かって来る触手の速度を遅く認識し、その隙間へと機体を滑らせ、それでも避け切れない触手をダガーで切り裂き、純は踏み込んだ。左右から向かって来る触手を前に踏み込んでかわし、背後からの音を聞いてそこからの攻撃を跳躍して避ける。スラスタを稼動させてすぐさま着地し、上空へと向かって行った触手の下を擦り抜け、前方から迫る触手をダガーで切り裂く。 「――ふっ……!」 息を吐き、斗雨也へ向けて機体を加速させ、逆手に握り締めたダガーを振り上げた純に、斗雨也自身が腕を触手へ変化させ、攻撃して来た。それを左腕のマシンガンで打ち払うと同時に斗雨也に銃弾を命中させて動きを止めた。そして、肉薄した純の右手のダガーが振り下ろされる。 斗雨也の頭に突き刺さったダガーは、そのままの速度で斗雨也を地面に叩き付けた。 頭が砕け、内容物が飛び散り、ダガーが地面に突き刺さる。 「……っく…」 感覚が戻り、軽い頭痛を覚え、純は呻き声を上げた。 よろけた身体を何とか支え、純は周囲に視線を向ける。 「そうだ、隆一っ!」 「……どうやら、倒したみたいだな」 純の呼び掛けに、建物の瓦礫の中から隆一が起き上がった。 着ている服はところどころ破けていたが、隆一自身は何もなかったかのように歩いて来た。 リグノイドは頭部に受けたダメージ以外は自分で復元出来るのだ。先程の刺し傷ならば、たとえ貫通していたとしても直ぐに治せるのだろう。 レーダーに視線を移した純は、光点が移動しなくなっている事を確認した。司令塔がなくなって困惑しているのだろう。もしくは、隆一が統制して動きを止めているのかもしれない。 「……隆一」 コクピットハッチを開き、純は隆一に顔を見せた。 「久しぶり、純」 そう言って歯を見せて笑う隆一は、以前と何も変わらない。 両腕の構造を改変させ、斗雨也と戦ったその姿は、確かに隆一がリグノイドであると純に認識させている。 「……そっちはどうだ?」 「ん? そうだな。まぁまぁってとこかな。でも、良くも悪くも充実してる」 隆一の問いに、純は苦笑して答えた。 戦わなければならない場所だとしても、純は以前感じていた違和感を感じない。地上にいた頃に感じていた違和感は、純が他の人と根本的に違う事と、斗雨也の統制下になかった事が影響しているのだろう。 皆が純と同じ人間である地下では、違和感を感じない。皆が必死になって生きようとしている地下では、そんな違和感を抱いている暇などなかったのだ。 「…隆一は?」 「こっちもまぁまぁってとこだな。ただ、お前がいないと少し暇な時があるな」 苦笑し、肩を竦めて答える隆一に、純も苦笑を返した。 純も、隆一がいない事でどこか淋しさを感じている。 「……で、俺に話があるんだろ?」 「まぁな」 純の言葉に、隆一は真剣な表情で頷いた。 「気付いてるかもしれないが、斗雨也で終わりじゃあないぜ」 「……やっぱりそうか」 隆一の言葉に、純は表情を引き締めた。 斗雨也の言動や行動には矛盾が見られた。それは、裏で誰かが斗雨也を操っていた存在がいるという事にも繋がる。 「けど、どういう事だ? 一応あいつだって……」 「ああ、他者に干渉可能なリグノイドだ」 斗雨也は確かに他者のカルマを操る事が可能だった。 そんな存在が、誰かに操られたりするだろうか。裏で誰かが斗雨也を操っていたのだとすれば、その存在はどうやって斗雨也を操る事が出来たのだろうか。 「斗雨也の行動が矛盾してた事に気付いてから、色々と調べてみたんだ。幸い、俺の方はその裏にいる奴からの干渉もされないらしくってな」 「調べるって、どうやって?」 「自分がカルマに侵食されている事を知らずに研究している奴がいるんだ。その辺の意識を覗いたりして、何とか集めた情報だ」 「じゃあ、隆一が干渉されないってのは?」 「斗雨也のように矛盾してないだろ? それに、自然発生した上位リグノイドなせいか、斗雨也からの干渉を受けなかった。あいつは自分の矛盾を指摘されても理解していないみたいだったしな」 純の言葉に隆一はすらすらと答えていく。 一度、斗雨也にその言動の矛盾を指摘した事があったらしいが、それに対して斗雨也はただ怒りを見せただけで、その言葉を理解出来なかったらしい。それは、斗雨也が自分の意識を制御し切れていないという事に他ならない。 その斗雨也を、隆一は他の何ものかに操られていると踏んだのだ。隆一がその裏にいる者からの干渉を受けなかった証拠は、隆一が情報収集に成功したという事実だ。 「もし、俺が干渉を受けていたら、今まで隠していた存在を探る俺は、その裏にいる奴にとっては邪魔な存在のはずだろ?」 仮に、隆一が干渉を受けてしまうリグノイドならば、今までその存在を隠し続けて斗雨也にイデアの視線を向けていた、裏の存在が隆一を止めていただろう。それも、自分から考え直したかのように不思議に思う事もなく、そうして逸らされた意識からはその考えが完全に追い出されるのだ。 斗雨也が、自分の矛盾を理解出来なかったように。 「……それで、裏にいるのは、誰なんだ?」 息を呑み、純が問う。 「カルマって、なんて意味だか知ってるか?」 「いや、知らないけど……」 唐突に尋ねてきた隆一に、純は首を振った。 「俺も知らなくてな、調べたんだ。仏教用語で、業って意味の言葉だ。で、このカルマって名前は最初からついていた訳じゃないみたいなんだ」 「最初は、別の名前だったって事か?」 「まぁ、その名前の事は重要じゃなくてな。大事なのは、この業って言う意味の名前がどういう経緯で付けられたか、だ」 「……まさか!」 「普通、自分達で開発した新技術にそんな意味を持たせたりはしない。で、このカルマって名前は、斗雨也が人類に反旗を翻したから付けられた訳でもない」 純に頷き、隆一は言った。 「斗雨也は、最初のリグノイドじゃない。その前に、失敗したリグノイドがいたんだ」 隆一が言う。 「そいつは、人間の身体という形状を保つ事が出来ず、廃棄された。だが、身体は保てなかったが、脳はそのままだった。その、崩れた身体を使って密かに脱走したそいつは、脳だけになるほどまでに強烈なナノマシンの作用で、同じ系統のナノマシンを自身の手足のように動かせるようになった」 語られた言葉に、純は背筋に寒気が走るのを感じていた。 初期段階のカルマは、身体構造を改変する力を持ちつつも、基本となる自身の身体を、元の人間の身体とは認めなかったのだ。生きるために不必要とされたその人間の身体から、別の構造を基本形としてしまったのだろう。そのために、その人物は失敗作と見做され、自身の身体に入り込んだナノマシンを操れるようになる前に破棄されてしまったのだ。 「そいつは、斗雨也に入り込んだカルマを操作して、斗雨也に干渉した。脳の一部にカルマを侵食させ、その部分から斗雨也を自分の手駒としたんだ」 純は言葉を失っていた。 裏にいる存在を感じてはいた。しかし、それほどまでの力を持つ存在だとまでは思わなかったのだ。せいぜい、斗雨也よりも一段階上、ぐらいにしか考えていなかったのだ。 だが、隆一が得た情報の、本当の敵はそれ以上の存在である事に間違いはない。 「三十年間、リグノイドを増やし続けたのも、そいつの仕業だ。理由は俺にも判らないけどな」 隆一が言う。 その視線が純から外れたのに気付き、純も隆一の視線を追った。 「……どうやら向こうも来たみたいだぜ。俺達が相当厄介らしいな」 口元に笑みを浮かべてはいたが、その隆一の瞳には余裕はない。 純の視界には、アウターボディの翼を持つ無数のリグノイドと、その中央に位置している黒い球体だった。その球体には大きな翼が三対生えている。 「……あいつを倒せば、戦いは終わるか?」 「さぁな。ただ、ラスボスだってのは間違いなさそうだぜ」 余裕の無い笑みを浮かべたまま、視線を向ける隆一に純は同じ笑みを返した。 コクピット内に戻り、純は操縦システムを元に戻す。レーダーを見れば、地上にいたリグノイドが新手の方へと向かって行くのが確認出来る。 「あいつが、カルマだ」 隆一が言い、一歩踏み出すのと同時に純も、足を踏み出していた。 カルマというのが、斗雨也を動かしていた本当のファースト・リグノイドの名前なのだろう。本名かどうかは判らないが、その呼び名は適切だと思えた。 純は隆一とほぼ同時に駆け出していた。スラスタを用いて加速した純が前に飛び出し、空いている右手に背部のウェポン・ラックからアサルトライフルを握らせる。 もう、残りの武装は左右の手に握られているマシンガンとアサルトライフル、左足のヒートダガーのみとなっていた。予備弾倉はそれぞれ二つずつ持って来ているが、この状況ではそれも心許無い。 「――純! 聞こえるか?」 突然、通信回線から雄の声が聞こえた。 地上の様子を皆、見ていたのだろう。純と隆一の会話も全て聞こえていたはずだ。 「何ですか?」 「今から、亜沙機を射出する。続いて同時に修理の完了した瑠那、暁彦、康祐、深玖の順に出撃させる」 「解りました」 雄の言葉に、純は小さな笑みを浮かべて答えた。 言い終わるや否や、レーダーに友軍機が出現した。地上に四箇所ある射出口それぞれから、一機ずつ友軍機が出現する。 現れた友軍は、すぐさま近くのリグノイドへと攻撃を始めた。敵を示すレーダーの光点が、友軍を示す光点の傍から消えて行く事からそれが解る。 「隆一、友軍が来た。少しは楽になるはずだ」 「俺が狙われなきゃいいけどな」 冗談めかして言った隆一の言葉に、純は苦笑を浮かべた。 リグノイドである隆一は、イデアのレーダーでの識別では敵と変わらない。だが、基本的には視認して攻撃を行うアサルト・アーマーでは隆一を敵とさえ考えなければ攻撃をする事はないだろう。 問題は純以外で隆一を味方と認識している者がいるかどうかだ。 「……来るぞ!」 隆一が告げた。 瞬間、上空にいた翼を持つリグノイド達が一斉に急降下を始めた。同時に、カルマに変化が現れる。 「――!」 球形の中央に横一筋の切れ目が入ったかと思った瞬間、その切れ目が上下に開き、目が現れた。 大きな眼球が純と隆一を見下ろし、その球形の身体から無数の触手が放たれる。その触手は、急降下してくるリグノイドを避け、純と隆一へと降り注ぐ。 アサルトライフルとマシンガンを乱射し、触手の攻撃を防ぎながら純は上空から突撃して来るリグノイドの攻撃をかわして行った。ロックオンが搭乗者の意思で可能なマインド・フォロウ・システムだからこそ出来る動きだ。 「……くっ!」 歯を食い縛り、激しい触手の雨の中を純は駆け抜けた。触手が装甲を掠め、削って行く。 触手による攻撃は全てリグノイドを避けるようにして純と隆一に降り注いでいる。その中で、リグノイドが攻撃を加えて来るのだ。スラスタをフル稼働させて複雑に軌道を変えながら、向かって来る触手を撃ち落とし、純は地を蹴って跳躍した。空中でも軌道を変え、リグノイドと触手の攻撃をかわしつつ出来る限りそれを迎撃し、純はカルマの正面数メートルの距離まで辿り着いた。 「――何っ!」 眼球から触手が飛び出して来た事に、純の反応が遅れた。 視認するという事に用いる眼球を攻撃に使うとは思っていなかったためだ。だが、その触手は横合いから飛来した散弾とグレネード弾の爆発に阻まれて純には届かない。 「ここまで来ておいて油断してんなよ!」 康祐と瑠那が合流し、地上のリグノイドに攻撃を始めていた。 スラスタ機動により空中で一度距離を取った上で再度上昇し、純はカルマの上に回り込む。放たれる触手をマシンガンとアサルトライフルで迎撃しカルマの表面に弾丸を撃ち込んだ。 だが、カルマを覆うアウターボディを削ろうと弾丸を撃ち込めば、それだけ迎撃の手数が減る事になる。両手で迎撃出来ていた触手を迎撃し切れず、回避に注意を裂いたために攻撃の手が止まる。削られた部分を、カルマは周囲のアウターボディを集めて穴を塞いだ。 「くそっ!」 呻き、純は触手の攻撃を避けながら地上に降り立った。 周囲のリグノイドは残り少なくなっていたが、死体がない。レーダー上の光点としては減っていても、死体がないのは不自然に思えた。 と、隆一がリグノイドを一体仕留めるのが視界に入った。剣状にした腕をリグノイドの頭に横合いから叩き付け、脳のある場所を精確に切り裂いている。切り裂かれたリグノイドが地面に落ちるよりも早く、その身体に触手が突き刺さり、消滅した。 「…まさか!」 それを見た純は悟った。 カルマは、死んだリグノイドの身体をアウターボディとして取り込み、純達の攻撃で破壊されたアウターボディを補充しているのだ。 つまり、カルマと直接戦うためには、この場にいるリグノイドを全て倒した上でカルマと向き合わなければならない。カルマ自身の攻撃も厄介だが、リグノイドを減らして敵の攻撃の手数と共にアウターボディの補充源を叩いておかなければ、戦うだけ無駄だ。 リグノイドへと攻撃目標を変更した純は、カルマの触手を避けながらリグノイドを攻撃し始めた。 純は弾切れを起こした二つの武器の弾倉を取り外す。腰部後ろのマガジン・ラックにある弾倉をそれぞれ切り離し、身体を回転させるようにして落下中の弾倉を両手の武装に叩き込む。そのまま銃口をリグノイドに合わせ、純は引き金を引いた。フルオートで連射される弾丸を浴びてリグノイドが吹き飛び、レーダーからその光点が消えると同時にカルマがその死体を吸収する。 そうして、レーダーからリグノイドの光点は全て消え、残るはカルマだけとなった。 「……愚かな」 その場にいる誰のものでもない声がした。 いつの間にか純と隆一を中心に主力が集まっている。隆一が敵と見做されていない事に、順は内心で安堵する。 声を発したのがカルマだと、誰もが判断していた。 「……何が愚かだってんだ?」 康祐が言い返す。その全身に搭載されている銃口は全てカルマを狙っていた。 「解るように説明すれば、リグノイドとなる事を拒んでいる事、だ」 「どうして、それが愚かな事なのよ!」 カルマの言葉に、深玖が叫んだ。 「人類は進化せねばならない。今のままでは、人類は確実に滅ぶ」 「そんな事が貴様に判るってのか?」 康祐の言葉に、カルマがその目を閉じる。 まるで一度呼吸でもするかのように間を置き、目が開かれた。 「解るとも。人類は無益な争いを続けているのは、今までの歴史からも知っているだろう。人種や国家間の問題として、戦争やテロが無くなる事はなかった。このまま、そのような争いが続いていけば、人類が滅んでしまうのは目に見えている」 「……それが、リグノイドになる事と何の関係がある?」 瑠那が告げた言葉に、カルマはその巨大な瞳を瑠那の機体へと向けた。 「リグノイドになる事は、人類が私の統制下に入る事を意味する。人類が争いを続けるのは、皆が別々の事を考え過ぎ、相手を理解しようとしない者が多いからに他ならない。ならば、全人類が共通の意識を持てば良い」 カルマの告げる言葉は、正論ではあった。 人類が争うのは、互いの主張を認められないからだ。どちらかが間違いで、どちらかが正しいと、はっきりと言える場合もあるが、そうでない時もある。そんな時、相手の主張を受け入れられないからこそ衝突が起きるのだ。 争いを止めるためには、互いの主張を受け入れ、認め合うしかない。しかし、それは非常に難しい事だ。人間は自分自身さえも完全に理解する事は出来ないのだから。 「全人類が私の統制下に入れば、争う事のない平和な世界を造る事が出来る。人類が生き延びるには、それが必要だ」 「未来の事が解ってたまるか!」 吐き捨てるように告げた康祐に、カルマはその瞳を向けた。 「解るのだ、私には。ファースト・リグノイドである私に用いられたナノマシンは、非常に高性能だったのだ。そのために私は人間の身体を失ってしまったが、変わりにあらゆる演算が可能となった。この意味が解るかね?」 「……シミュレート出来る、という事か?」 「そう、ありとあらゆる可能性を考慮した上での未来予測(シミュレート)が可能なのだ。その結果、人類は滅ぶという結果が出た」 暁彦の言葉に、カルマは頷くかのように目を閉じ、言った。 その言葉に、誰もが言葉を返せなかった。 カルマがリグノイドを増やしていたのは、平和な世界を造るためだったという事もある。しかし、人類が滅ぶという言葉も少なからず衝撃を与えていただろう。 だが、それは誰でも容易に考える事が出来る未来だ。 「……へぇ、あんたが世界を統制すれば平和になるって言うのか?」 沈黙を破ったのは隆一だった。 「……」 カルマは隆一へ視線を向け、沈黙で答える。 「もう、解ってるんじゃないのか? あんたじゃそれは出来ないって事を」 「……どういう、事?」 隆一の言葉に、深玖が口を挟んだ。 「隆一は、あいつの統制を受け付けないリグノイドだ。それが自然発生するなら、あいつには統制出来ない者が増える事になる」 そうなればカルマには世界を統制出来ない、隆一の変わりに、純が答えた。 カルマに統制出来ないリグノイドが現れれば、統制されているリグノイドと自分達が違う事にはいずれ気付くだろう。そして、それはいつかそのリグノイド達がカルマに反旗を翻す可能性を秘めているのだ。 それではカルマの言う平和な世界は生まれない。カルマの言う世界は、カルマが統制する世界でなければならないのだ。もし、隆一のようなカルマの統制を受け付けない者が現れれば、カルマが統制する世界は崩れ去るのだから。 「俺一人排除したって意味のない事は解ってるよな?」 隆一がカルマへと言葉を投げる。 「ここに隆一がいる事で、隆一のような者が現れる可能性はゼロじゃない。ゼロじゃない確立なら、あんたにはその未来予測(シミュレート)が可能なはずだ」 追い討ちをかけるかのように、純は告げた。 隆一のようなリグノイドが発生する可能性がゼロでない限り、カルマの言う平和は訪れないだろう。 「……私の考えが間違っているとでも言うつもりか?」 「あんたの言う事だって正しいと思うさ。けど、それを拒む者だっているんだ」 隆一は純達のアサルト・アーマーを見回すようにして言った。 情報統制をする事で無意識のうちに相手と衝突する事がなくなる世界というのも、実現すれば平和な世界になるだろう。全人類がリグノイドになる事でそれが可能ならば、悪い話ではない。 しかし、隆一のような統制を受けないリグノイドが生じるという事は、その世界が訪れたとしても、続かない事を表している。それは、カルマが考えた理想の世界が来ない今と同じだ。 「変わらない事を望むのが正しいとは思えん」 「……そんな事は望んじゃいない」 カルマの言葉に、純は告げる。 「何……?」 「解ってるはずだろ。変化した状況に俺達なりに対応した結果が今の俺達だ。変化に対応する力は、生物全てが持つ能力なんだ」 純は一歩前に進み出るようにして、カルマに言う。 「あんたは、それを否定する気か? 滅ぶかもしれないという状況に、俺達は対応して、今、まだ残っているんだ」 イデアという組織を作り、地下で生活を続ける人間は、地上がリグノイドに埋め尽くされた状態でも未だに残っている。決して諦める事なく、リグノイドに必死に抵抗し、生きる場所を確保し続けて来たのだ。 「結局、あんたが導き出した未来予測は、リグノイドが現れる前と変わらない」 「あんたは、自分という存在がなくなるのが怖かったんだろ。自分が人類を統制する神になれば、あんたは自分の存在を確認できる」 「色んな理屈を付けて正当化したところで、あんたは、リグノイドと地下の人間達との新たな戦いを生み出しただけだ」 「俺やナノマシンを持たない人間を、統制出来ないからとイレギュラーとして処理するなら、あんたに反抗する奴はいくらでも現れる」 純と隆一が交互に告げる。 その言葉に、カルマが震えた。 「……なら、私はどうすれば良いと言うのだ! 私は既にここまで動かしてしまったのだ。お前達のような者が現れる事も解っていたが、それでも私の演算では障害にはならないと出たのだ」 苦悩するカルマの言葉に、純は目を細めた。 動かしてしまった、ナノマシンの拡散という流れはもはやカルマにも止められないのだろう。自己増殖し、生殖細胞にまで入り込んでしまうナノマシンは、放って置くだけで遺伝して行く。それに気付いたとしても、そのナノマシンを排除する方法はない。人間を構成する六十億を超える細胞の中からナノマシンだけを取り除く等、不可能だ。 「……まず、貴様は消えろ」 瑠那の鋭い言葉がカルマに投げられた。 「貴様が望む平和な世界を作り出すために犠牲になった者がいる限り、貴様に平和な世界は作れない。思い上がるな」 敵意の込められた瑠那の言葉に、カルマはまた震えた。 「犠牲の上に成り立つ平和など、私は認めない……!」 瑠那の声が響いた。 「そうだな、今まで俺達を苦しめて来た元凶と今更和解なんて出来ねぇよな」 溜め息混じりの康祐の声が瑠那に続いた。 「リグノイドもお前達に殺された者が多くいるのだぞ?」 「それはお前がリグノイドにそうさせたからだだろう」 カルマの反論を暁彦は一蹴した。 「まぁ、死ねば悩む事もなくなるさ」 隆一の言葉に、カルマの目が見開かれた。 「私とて、死にたくはない! 私なりに変化した状況に対応して来たのだ!」 言い放ち、カルマがその身体から無数の触手を放った。 瞬間的に全員が別々の方向へ散開し、触手の一撃を回避する。そうして、各々がカルマへと攻撃を開始していた。 純は両手に持っている武器の銃口をカルマに向け、触手の中をすり抜けるようにしてかわしながらフルオートで発砲した。カルマの表面に着弾し、炸裂弾が軽い爆発を起こす。しかし、カルマの身体を形成するアウターボディは破壊された部位を直ぐに復元してしまう。ダメージが全く無い訳ではない。アウターボディといえど無限ではなく、爆破されたナノマシンは修復出来ない。アウターボディの装甲を削る事は出来ても、カルマの中心部である脳に攻撃を到達させない限り、倒す事は出来ないのだ。 横に跳んで攻撃を回避したところへ触手が放たれる。スラスタを稼動させて避け、着地を狙った一撃を両手の武器で撃墜し、純はカルマへと視線を向けた。 ほぼ絶え間なく攻撃に晒されているはずのカルマは、攻撃を受けるのを無視して反撃を行って来る。分厚いアウターボディにより守られているからこそ出来る攻撃だ。純達のように、回避しなければ戦闘続行が出来ない訳ではないのだ。 (……どうすれば倒せる……?) 攻撃を避けながら、純は考える。 アウターボディを削るだけでは、純達の消耗の方が早い。カルマを倒すためには、アウターボディに包まれたカルマ自身の脳を攻撃するしかない。しかし、現状ではそれをする前に武装の弾薬が切れ、搭乗者も疲弊してしまう。それは全員が感じているはずだ。 (――なら……!) 純は意を決し、通信回線を開いた。 「一点に攻撃を集中しないと駄目だ! あいつがダメージ箇所の穴を塞ぐよりも早く攻撃を撃ち込み続けるんだ!」 「やっぱり、それしかねぇよな……!」 その純の言葉に、康祐が答えた。 「……でも、どうやって?」 亜沙が問い掛ける。 一点を集中して攻撃をするためには、全員が同じ場所へ同じ方向から攻撃をする必要があるのだ。しかし、それをすれば全員の回避可能範囲が限定され、カルマの的となってしまう。 「――俺がなんとかする」 純はそう答えた。 「……本当だな?」 瑠那の言葉に、純は頷いた。 全員が無言で一箇所に集まって行く。その間も回避を続けながら、純は仲間が固まった場所から少し前に、一人だけ飛び出した。 「純、何をする気だ?」 その隣に並ぶように駆け寄って来た隆一が尋ねた。 アサルト・アーマーに乗っていない隆一には、純達の会話は聞こえなかったのだ。その意図を確認するために駆け寄って来たのだろう。 「一点に集中攻撃をかける。その間、俺があいつの攻撃を全て防ぐ」 「一人で出来ると思ってるのか?」 「お前が手伝ってくれるんだろ?」 その言葉に、隆一は苦笑を浮かべた。 「いいさ、付き合ってやるよ」 溜め息混じりの隆一の言葉に、純は笑みが浮かぶのを感じていた。 全員が一点に攻撃を開始し、その真意を理解したカルマが触手を広範囲に放った。 流石に高性能だというだけあって、カルマの攻撃は的確に急所を突いて来る。直進するものと、迂回して来るものの二種類を多数放ち、攻撃を受けるであろう前面にアウターボディを集めて装甲を厚くしていた。 乾いた唇を舐め、純は両手の武器を照準を定めずに乱射する。 無数の触手に対しては、それだけで十分に弾幕を張れる。たとえそれが命中せずとも、触手の軌道をずらすぐらいの効果は期待出来るからだ。 その純の背後では、隆一両腕を触手に変換させて対応している。自分の身体を使って無数の触手を放ち、カルマの触手に突き刺して引き千切り、カルマの制御を離れたアウターボディを自らの身体の一部に取り込んではそれを触手に変換して再利用していた。 純と隆一の頭上を、無数の凄まじい数の銃弾がカルマへと向かって行くのが見えた。それに混じってミサイルやグレネード弾等も放たれている。 それらは全てカルマに命中し、前面に集められたアウターボディを削って行く。 「ぐっ!」 開いたままの通信回線から暁彦の呻き声が聞こえた。 純と隆一が防ぎきれなかった触手が暁彦の機体に命中したのだろう。背後の事に純は気を回しているだけの余裕はなかった。純自身の機体も、いくつもの触手が装甲を掠めている。 「うぁっ!」 「きゃぁっ!」 康祐の声と深玖の声が聞こえた。 純は奥歯を噛み締め、銃弾を放ち続ける。撃ち漏らしが生じたのは、全て純の責任になる。 そして、獣の咆哮のようなものが聞こえたかと思った瞬間、カルマが突撃して来た。それはカルマの咆哮だったのだろう。アウターボディを削られ、このままでは負けると判断したカルマの強行手段だったに違いない。 突撃して来たカルマは、触手を放ち続けたまま、翼に用いていたアウターボディ二対分を攻撃と防御に回していた。 瞬間、純は背中を突き飛ばされていた。 「――っ!」 背後から突き飛ばされた純の頭上を、カルマが通過する。その直後に轟音が辺りに響き、振動が地面を揺らした。 直ぐに起き上がった純は背後を振り返って言葉を失った。 辺りにはアウターボディの破片が散らばり、弾き飛ばされたアサルト・アーマーが建物に減り込むようにして沈黙している。康祐の機体は瓦礫に埋まるようにして機能停止しており、通信が途絶していた。暁彦の期待はアウターボディに押し潰され、破片の間から機体が覗いており、やはり通信は途絶している。 残っていたのは、比較的外側にいた亜沙と、咄嗟に回避行動を取ったのだろう瑠那が、建物に機体を半分程埋めてはいたが、動いていた。深玖は、康祐の機体の隣に座り込んでおり、無事なようだ。 「……コースケ……」 深玖が、呆然としたように呟く。 「……大丈夫だ、生きてる……心配するな…」 小さな呻き声と共に、アサルト・アーマーのコクピットから康祐が這い出して来た。その、傷だらけの康祐を深玖が手に乗せる。 暁彦も、どうにかコクピットから這い出しているのが見えた。それを、近くにいた深玖が康祐同様手に乗せた。 「……何が、起きたの…?」 亜沙が機体を建物から引き出した。 「――隆一、どこだ!」 その事の気付いた時、純は叫んでいた。 純の背後にいたのは隆一だ。純を突き飛ばしたのは隆一以外には考えられない。 「ここにいる……」 アウターボディの中から起き上がった隆一を見て、純は安堵の息を漏らした。 「……奴は、どこだ?」 瑠那の言葉に、純は周囲を見回した。 今の突撃で死亡したという可能性がない訳ではないが、生きている可能性も低くない。その死を確認しなければ安心出来ないのは事実だ。 「――純、カルマはそいつだ!」 聞こえた声に、純は耳を疑った。 そこには隆一がいた。アウターボディの破片の中から立ち上がった隆一が、その場にいるもう一人の自分を指差している。 「騙されるな、奴だ!」 全く同じ声、全く同じ口調でもう一人の隆一が答える。服の破け方まで同じだった。 後から起き上がった隆一が、地を蹴り、先に起き上がった隆一に飛び掛かった。二人の隆一の格闘戦に、その場にいる誰もが動けずにいた。 剣状にした腕をぶつけ合い、蹴りを放っては避けあい、背中から放った触手を同じようにして迎撃し合い、全く同じように攻撃をし続ける。だが、それは長くは続かなかった。一方がもう一方の攻撃を凌いで、一撃を決めたのだ。剣状にした腕を弾き、懐に入り込んだ隆一が、対する隆一の攻撃を防ぐために全身から触手を放ち、腹部に腕を突き立てたのだ。 「ぐぅっ……!」 呻き声を漏らしながらも、攻撃を受けた隆一も、両腕から針のようなものを放ち、相手に攻撃を命中させる。 互いに互いの腹を蹴飛ばし合い、倒れた。 「……どういう事?」 震えた声で、亜沙が呟いた。 「……どっちかが本物の隆一で、どっちかがカルマって事だろ」 純は、震えそうになる声を抑えて告げた。 もう、どちらが先に起き上がった隆一なのかすら判らなくなっている。 「…それがお前に判るのか?」 荒い呼吸を抑えるようにして、瑠那が問う。 純は、答えなかった。 カルマが、人間の身体を保てなかったとはいえ、それはまだナノマシンを操れるようにはなっていなかったためだ。仮に、今でもそうだとしても、短時間ならば人間の身体を保つ事が出来るという事だろう。 「――隆一……」 呟き、倒れたままの二人の隆一に、純は歩み寄った。 「純、後ろっ!」 亜沙の声に、純は咄嗟に横に跳んだ。 背後のアウターボディの破片から伸びた触手が純の左肩をもぎ取った。激痛が純の脳に直接伝わり、呻き声が漏れる。 二人の隆一が起き上がり、哄笑を響かせた。そのどちらの目つきも、純の知っている隆一でない事が一目で解った。 「……本物の隆一なら、ここにいる」 そういって一方の隆一が掌を上に持ち上げるようにした瞬間、その背後のアウターボディの中から首を触手で絞められた隆一が引き摺り出された。 「……純…悪ぃ……」 苦しげに呟く声と、その瞳に、純はそれが本物だと確信する。 「もう、これで終わりにしよう」 言い、カルマが掌を握り締めた瞬間、触手が締まり、隆一の首が千切れた。 その直後、触手が刃物に変化し、隆一の首を空中で縦に両断した。 「――!」 全員が息を呑んだ。 アウターボディが集結して行く中、瑠那と亜沙が飛び出した。その二体を、地面に広がるアウターボディから伸びた触手が背後から襲った。 「ちっ!」 瑠那の機体が、亜沙の機体を蹴飛ばした。 瞬間、瑠那の機体に触手が突き刺さる。四肢を引き千切り、触手は瑠那機を投げ捨てた。残ったコクピットへと向けられた触手を、亜沙機が撃ち落とす。 カルマの狙いが瑠那から亜沙に移り、無数の触手が亜沙の周囲かわ湧き出し、襲った。 「きゃあぁっ!」 悲鳴が響く。 亜沙の機体がカルマの触手によって解体されて行く。 目を閉じた純の瞼から、涙が滲んだ。機械の軋む音、金属の拉げる音、それらに含まれる雑音が純の耳から遠ざかって行く。目を開いた時、その視界からは色が消えていた。時間間隔が引き伸ばされた意識の中で、純は駆け出していた。 残っている右手のアサルトライフルの引き金を引き、亜沙へと攻撃を加えている触手を全て撃ち落とす。崩れ落ちそうになった亜沙の機体を、純はアサルトライフルを投げ捨てて抱き上げた。 「……あ…ぅ…」 呻き声を上げる亜沙の機体を優しく下ろし、純は駆け出す。 (――失くしてからじゃ遅過ぎるのに……俺は…っ!) また、失くしてしまうところだった。 左足のラックに納められているヒートダガーを右手で掴み、引き抜くと、二人いる隆一の似姿へと突撃した。その二人が左右に別れるところで、純は一方にダガーを投げ付け、もう一方に飛び掛った。 「純、使って!」 深玖の声に、純は視線を一瞬だけ向け、飛来したライフルを受け取った。空中でスラスタ機動をかけて回り込み、純は引き金を引いた。 一方のカルマにはダガーが命中し、もう一方のカルマの頭部はライフルで撃ち抜く。 アウターボディが蠢くのを見て取り、純はすぐさま康祐の機体の傍に移動すると、その大破した機体から火炎放射器を掴み、それをアウターボディへと向け、放射した。紅い炎がナノマシンを焼き、その炎から逃れるように飛び出したアウターボディで出来た球体を、純は既に持ち替え直していたライフルで撃ち抜いた。 空中で爆発するように破裂したアウターボディの中には、確かにカルマの脳があった。 「……純……」 亜沙の声が聞こえた時には、純の感覚は元に戻っていた。 よろめき、機体がライフルを取り落とす。両膝をついた純は、自然と残った右手で身体を支えていた。 (――耕太も、隆一も助けられなかった――!) 奥歯が鳴る。 視界が滲み、涙が流れ落ちる。身体の奥から込み上げてくる感情を抑え切れず、純は、ただ叫んだ。 「――ぁぁぁぁぁああああああああ――!」 その場には、純の叫び声だけが響いていた。 |
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