終章 「その後の夜」 今、純の視界には、暗い夜空が広がっている。風の心地良い夜だった。 戦闘が終わった後、純達は一度地下に戻って手当てを受けた。実際に被弾した訳ではない純だったが、無理な動きをし過ぎたためか、肋骨が二本折れ、両肩が脱臼していた。今も服の下には包帯が巻かれている。 斗雨也は死に、それを操っていたカルマも死んだ。 リグノイドを統制する者が消えた事で、雄を始めとする地下の人間達は喜び、皆が安心を得た。 純達の被害が少ない訳ではないが、それでもようやく勝ち取った勝利を皆が噛み締めている。 そんな中、純だけは素直に喜べずにいた。 戦闘でボロボロになったアサルト・アーマー零号機の上に、純は腰を下ろしていた。片腕を失くし、装甲もかなり削り取られた機体は、その場で座り込むような姿勢で停止している。その機体の肩の上に、純は座り込んでいた。 「――純……」 掛けられた声に、純は何も答えなかった。 それが誰のものなのかは、直ぐに判る。亜沙だ。 「……やっぱり、外にいたのね」 アサルト・アーマーの右腕に手を置き、純を見上げるようにして亜沙が呟いた。 「……ああ」 一言だけ答え、純はアサルト・アーマーの肩から腕を伝って地面に降りた。 戦闘後、その場にあったアウターボディは全て一箇所に集められ、焼却処分がなされている。その際、カルマの死亡確認は勿論の事、隆一の死亡も確認された。その場にあったアウターボディの中からは、カルマのものではない脳が発見されたためである。 「やっぱり、隆一…君の事?」 「それもある」 亜沙の問いに、純は静かに答えた。 「色々、考えてたんだ。隆一の事だけじゃなくて、リグノイドの事も」 純は言い、アサルト・アーマーの機体に背を向けて両肘をつき、夜空を見上げる。 「隆一の事は、覚悟してた。俺の義兄弟も、育ての親も、俺を殺そうとして来た。育ての親は、俺が討ったけどな」 遠くを見つめるように目を細め、純は言った。 「だから、隆一が死ぬかもしれない事は覚悟してたんだ」 純以外の者から見れば、隆一もリグノイドと変わらない。ならば、純以外の誰かが隆一を討っていた可能性もあるのだ。それだけではなく、隆一が耕太のように最初から操られていたという可能性も、否定出来なかった。純でさえ、隆一が本当にそのままの隆一でいる事を確信する事は出来なかったのだから。 「もともと、あの後、隆一とは別れなきゃならなかったしね」 無理に笑みを作り、純は言った。 たとえ、その場で協力してくれたからといっても、地下にリグノイドを入れる事は出来ないだろう。隆一のようなリグノイドが自然発生したように、隆一のような者ですら操れるリグノイドが発生する可能性も否定出来ないのだ。やはり、純は地下で、隆一は地上で暮らすしかない。 「流石に、悲しいけどね」 表情にその感情が出ている事を感じながら、純は無理に笑みを浮かべた。 「過去はどうにもならない。無理に慰めてくれなくていいよ」 純は、視線を亜沙に向ける。 「カルマ、業っていう言葉の意味はね、現在の環境を決定し、未来の運命を定めるものとしての善悪の行為の事。狭い意味では、悪い行為を指すわ」 亜沙は純に並ぶように近寄り、告げた。 「私達の組織、イデアっていう言葉の意味は、そのものをそのものたらしめる根拠になる真の実在」 夜空を見上げるようにして言う亜沙の言葉を、純はただ黙って聞いていた。 「結局、人類は同じ人間と戦っていたみたい……」 亜沙の言葉に、純は視線を空へと向ける。 人類が作り出してしまったカルマ、ナノマシンは、その時点で未来の方向を示していた。それが善悪かどうかは関係なく、リグノイドという人類の増殖と、地下に逃げ延びた人類との分かれ道を生じさせた。 地下に逃げ延びた人類達は、ナノマシンに侵食されていない、本来の人間達である事を確認するかのように、イデアを作り、抵抗した。 「そうだな、何も変わっちゃいないな……」 呟き、純は息を吐いた。 結局、地下に逃れた人類はナノマシンを得た人間と戦っていたのだ。純は、そう判断を下した。 何も変わってはいない。カルマが言った、人間達が同じ種族の中で争い続けるのを止めさせるために、人類をリグノイドとし、それを統制するという事は、それを拒んだイデアとの争いを生んだ。 「私達、滅びるのかしら……」 カルマの告げた事は、間違いではないだろう。 「……かもしれない」 純は隣に立つ亜沙に視線を向け、答えた。 「でも、俺達はそれに抗い続けなきゃならないんだ」 その言葉に、亜沙が頷いた。 いずれ、人類が滅びる時が来るかもしれない。しかし、その時を目の前にしても、人類はそれに抗い続けるだろう。 「それに、大和さんや隆一に助けられたんだ。俺は、その分も生きないとな」 そう言って笑みを浮かべた純に、亜沙も優しげな笑みを返した。 「……これから、どうなるかしら」 亜沙の口から出た言葉に、純は視線を夜空へと向けた。 「結局、人間同士なんだから、共存も出来るのかもしれない。リグノイドのナノマシンを排除する方法が出来るかもしれないし、全人類がリグノイドとなる可能性もある。これから先どうなるかなんて、分からないな、俺には」 カルマが倒れ、リグノイドには今、地下の人間達を攻撃する必要性はなくなっている。 共存出来る可能性も、ゼロではない。だが、それはゼロでないだけで、他の道へと進んでしまう事だってあるのだ。未来は無数に存在する。 「……ただ、俺はもう失いたくない」 自然と、亜沙と視線が合った。 家族、親友を始めとして、大和も、耕太も死んでしまった。これ以上、身近な人を失いたくなかった。たとえそのために他のものを奪う事になったとしても。 「……私だってそう。あなたまでいなくなってしまったら、私には頼るものがなくなってしまうわ」 俯き、亜沙が言う。 地上で暮らしていた亜沙には、地下で頼れるものがない。 今まで心を閉ざしていた亜沙には、康祐や深玖達にすら本当の自分を晒していない。それを晒す事が出来た人物の一人、大和はもういないのだ。 同じ、地上で暮らしていた事のある純しか、亜沙の孤独を理解してやれる者はいない。 「だから、傍にいて欲しいの……」 告げられた言葉に、純は身体が熱くなるのを感じた。 「……純、私――!」 顔を上げた亜沙の唇を、純は目を閉じ、自分の唇で塞いだ。亜沙の言葉が途切れる。 酷く緊張していたにも関わらずその動作は自然に出来ていた。いや、ほぼ無意識のうちに行動していた。心臓が身体を揺さぶっているのかと錯覚する程に大きく脈打っているのが解る。数秒の口付けの後、純は亜沙から顔を離した。 目を丸くしている亜沙から、純は照れた笑みを浮かべて顔を背ける。 「――返事はそれでいいよね?」 務めて明るい声で純は言った。 自分でも、声が微妙に引き攣っているのが判る。顔が熱くなるのを自覚して、純は亜沙に背を向け、背伸びをして恥ずかしさを誤魔化した。耳まで熱い。 「……駄目、いつか、自分の口でも答えて」 ようやく振り返った純に、亜沙は笑みを浮かべて告げた。その頬が朱色に染まっているのが判る。 「解った、約束するよ」 その亜沙に、純も笑みを浮かべて答えた。 「さぁ、戻ろうか」 大きく息を吸い、それを吐き出して純は言った。 「ええ」 微笑んで答える亜沙が、純の隣に寄り添う。 自然と互いに肩を抱いて、二人は歩き出した。 |
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