第二章 「ヴァーテクス」


 アンジェは歩き出す。自らの力を解放し、背中にその象徴たる白き翼を生やして。
 前方に見えるクリーチャーがアンジェに反応した。凄まじいまでのエネルギーを発しているアンジェに気付いたのだ。いや、気付くようにできていると言うべきか。
 ゆっくりとアンジェに頭を向ける竜に、変わらぬ速度で歩き続けていたアンジェが立ち止まる。
 息を吸い込むかのように熱気を体内に蓄え、圧縮し、口腔をバレルとして放出する。竜型クリーチャーの初歩的な攻撃手段だ。その一連の準備動作をしている間に、アンジェは立ち位置を調整していた。
 両足を肩幅に開き、身体の正面をクリーチャーに向ける。
「フレイム・サークル」
 竜が口を開け、灼熱の炎を吐き出す瞬間、両手を前方に突き出し、アンジェは告げた。やや左右に開いた両腕を、右手は空気を掬い上げるように持ち上げて上半分の円を描き、左手は空気を押し潰すかのように下半分の円を描く。
 その過程で両腕に力を集約させ、熱気を纏わせていき、円を描いた直後に、その逆の動きでもう一度円を描く。陽炎が周囲に振り撒かれ、熱風を起こす。そして、その瞬間に熱気を前面に放出し、真紅の炎を巻き起こした。
 円形に固定させたアンジェの炎と、竜の吐き出した炎が接触する。その一瞬に、円を形作っていた炎が、その半径を増すように周囲に拡散して破裂した。赤々と燃え盛る炎がアンジェの前髪を弄り、衣服をはためかせる。竜の吐き出した炎をも取り込み、その場に炎を押し留めて周囲に散らす。そうする事で、アンジェが作り出した炎の輪から先へ竜の吐き出す炎を透過させず、自らをも守る。
 突撃してきた者には反撃を、遠距離攻撃に対しては盾となる、それがアンジェの炎の輪だ。
「まぁ、丁度良い機会でもあるか」
 小さく呟き、アンジェは地を蹴った。
 たとえ背中に生えた翼が実体ではないものだとしても、数千度の熱量を翼に集めれば実態として十分な物理的エネルギーを持てる。赤く燃え上がった翼が熱気と共に大気を地面に押し付け、アンジェの身体を持ち上げる。自らが放出する熱を周囲の待機に撒き散らし、それを操る事でも身体を持ち上げた。
 陽炎を纏い、ゆっくりと高度を上げるアンジェに、竜がゆっくりと歩き出す。翼を動かし、自らも身体を宙に浮かべ、アンジェへと口を開けた。
「……本物の炎を見せてやる」
 呟き、アンジェは右手を引いた。その右手に熱気を集約させる。陽炎を通り越し、淡く光を帯びる腕に、更に力を集めていく。
「フレイム・ジャベリン」
 左手を引き、右手を押し出す。半身になっていた身体の前後を入れ替えると同時に、熱気を前方へと射出。
 真紅以上に温度を高められた炎は、白熱した光へと収束し、周囲の水蒸気を蒸発させ渦を巻くように風を起こし、一直線に飛んで行く。竜が口腔から放出した炎を、白い業火は纏う風で振り払い、打ち消した。そうして、白い炎が竜の身体に触れた瞬間、竜の身体を溶かし、体内に侵入して行く。
 伸ばした右手の掌をゆっくりと顔の前に戻していたアンジェは、白炎が竜の体内に潜り込んだのを見て、掌を握り締めた。
 そして、それを合図にして炎の槍として収束させていた熱量を周囲に解き放つ。爆発的な熱量によって竜の体内の空気が膨張し、クリーチャーの身体が膨れ上がる。膨張した空気内の水蒸気と体内の水分が一瞬にして蒸発し、水蒸気爆発を起こす。更には熱量自体が内側からクリーチャーの身体を焼き尽くし、圧迫する。その全てのエネルギーが一瞬にして竜の体内で増幅し、一瞬にして爆発を起こした。
 内側から破裂した竜の肉片と体液が周囲に飛び散る中、アンジェの身に降り掛かるものは全て身体の数メートル先で蒸発していた。
「……こんなところか」
 呟き、アンジェはゆっくりと高度を下げ、両足を地面に着けた。

 *

 ヴァーテクス。アンジェの口から放たれた、アンジェとスラッグ、そしてレイシェのような人間達を指す言葉。その力を目の当たりにしたスラッグは、その光景に唖然としていた。
 軍隊とも呼べる規模の人数と兵器が無ければ勝ち目がないとされていた竜型クリーチャーを、その攻撃をいとも簡単に防ぎ、たった一発の攻撃で葬ったのだ。
「す、凄い……」
 レイシェはそう呟いたが、そんな程度のものではない事は明らかだった。
 一般的な言葉を使えば、アンジェは『人間ではなかった』のだから。
 同時に、それはスラッグとレイシェを指す言葉でもある事に、スラッグは動揺していた。スラッグの中にもアンジェのような凄まじい力が眠っているというのだ。無論、レイシェにも。
 熱気と共に感じた風は、スラッグにその力を鮮明に感じさせた。
 背に生やした翼が消え、アンジェが振り返る。何事もなかったかのように歩いてくる様子を見て、今の戦いが本気のものではなかった事を知った。
「さてと、ゆっくりもしていられない。直ぐにここを発つぞ」
 言い、アンジェはレイシェが抱えていた荷物を拾い上げ、立ち止まらずにスラッグとすれ違った。
「――ねぇ、今の、何……?」
 レイシェが問いを放つ。その問いはアンジェでなければ答えられない。
「あれがヴァーテクスの持つ力だ」
 言い、歩みを進めるアンジェに、二人は一度顔を見合わせてから後を追った。
 先程の戦闘を見ていたのであろう人達は道を開ける。奇異と恐怖の混在する視線がアンジェに向けられていたが、アンジェ自身はそれに何も感じた様子はなく、ただ歩いていた。それを追うスラッグはその視線に気分を害したものだったが。
 やがて、三人は都市間交易の際に使われている駅に辿り着いていた。都市間の通路を徒歩で進む事も不可能ではないが、時間もかかる上に、危険でもある。列車で移動すれば時間も労力も少なくて済む、そういう事だ。丁度、街から発車しようとしていた列車に乗り、二人ずつ向かい合う座席に座った。スラッグとレイシェが並んで座り、アンジェが向かいに、荷物を隣にまとめて置いて座っていた。三人がいる列車には他に人影はなかった。
 ジオ・フロントの外に出るには、スラッグ達が住んでいた街から二つほど外側の都市に移動しなければならないらしい。最も外側にある都市に着いてから、都市から外へと出て、ジオ・フロントの外へ続く道に向かうのだそうだ。
「ヴァーテクスはそれぞれ異なる力を宿している」
 列車が発進した辺りで、アンジェが口を開いた。
「異なる?」
「俺の場合はたまたま炎が使えるようになったが、君達二人も炎だとは限らないという事だ」
 スラッグの言葉に、アンジェは頷く。
「外では十歳になる前に力は発現させる。外ではその力が生きる事自体に関わるものだからな、力を司る深層意識を引き出しやすい傾向にあるようだ」
 ただ、と一度区切り、アンジェはスラッグ達を交互に見やる。
「地下では力を使わずとも暮らしていけるようだからな、発現し難いらしい」
「力の発現て、どうやるの?」
「明確にそれだと言えるような方法はないが、確実性が高いのは戦闘だな」
 レイシェの質問に、アンジェは言った。
 実戦に一人か、もしくは少数を放り込み、緊張感を極限まで高めさせると同時に、生きたいという意志を強く持たせる事で力を発現し易くするのだそうだ。極限状態におく、というのは簡単だが効果的でもあるのだろう。
「力を統制するのは本人の意思だからな、その人物の性格からもある程度は力の予測が立つ。戦闘向きではないのならば、また別の方法をすればいい」
「俺達も、覚醒させるのか?」
「無理にそうする必要はないな。恐らく、外に出るには必然的に力が必要になる」
 スラッグの言葉に、アンジェが言う。
 それは、スラッグやレイシェも力を使う必要があるという事だ。つまりは、この先、スラッグ達が戦わなければならない場面が出てくるという事である。
「なぁ、覚醒した時って、どうなんだ?」
「……怖いか?」
 そのスラッグの問いに、アンジェは口元に笑みを浮かべて言う。
「……そりゃあ、少しは」
 正直、スラッグ自身は力というもの自体が把握できていない。話を聞いただけではイメージするのも難しいだろうし、実際に体感した方が解り易いのは明白だが、覚醒する事に不安があるのも事実なのだ。
 スラッグの中に眠る力がどんなものかも解らない。攻撃的なものだったとして、制御不能にはならないのか、覚醒時にはどのように力が発現するのか、どのように力を使えばいいのか。
「心配ない。気付いた時には使えているというのがほとんどだ。その時にも、ちゃんと理解できる」
 アンジェが言う。少なくともアンジェはそうだったのだろう。だが、だからといってスラッグやレイシェも同じだとは言えない。特に、スラッグとレイシェが、外から来たというアンジェと同じように行くかどうかは解らないのだ。もっとも、他に判断材料になる情報もないのだから、アンジェの言葉を信用しておく以外に手はないのだが。
「ねえ、私の力って何だと思う?」
 スラッグとは対照的に、レイシェは期待も抱いているらしい。常に前向きなのはレイシェの良いところでもあるのだが。
「そうだな……目の色から判断するには『水』かな?」
「水?」
「赤が炎だとしたら、その反対は水じゃないか?」
 半ば冗談気味に、アンジェは言った。
「目の色が関係あるのか?」
「確実に関係があるとは言えないが、その傾向はあるらしい」
 スラッグの問いにアンジェは頷いた。
「少なくとも、ヴァーテクスの中に両目とも常人と同じ色を持っている者はいない。目の色が違うというのはヴァーテクスの証だとも言えるな」
 それがスラッグ達をヴァーテクスだと判断した理由なのだろう。アンジェがスラッグ達を誘ったのも、最初に目線が合った時にヴァーテクスだと解ったためだ。目の色が違う、ヴァーテクスであると判断できたからこそ、アンジェはスラッグ達を促したに違いない。
「じゃあ、スラッグは何だろうね?」
「さ、さぁ……?」
 レイシェが顔を覗き込んで問うが、スラッグは苦笑して肩を竦めた。
 実際に覚醒してみなければ解らないと言うのもあるが、スラッグは余り力に対しての興味はなかった。確かに、自分の中に眠る力が何であるのかは気になるところもあるが、それよりもスラッグには気がかりになっていた事があった。
「そういえば、外に出られるんなら何で全員が外に出ないんだ?」
 外の世界があるのならば、わざわざジオ・フロントで生活する必要はない。クリーチャーなどという存在がいるジオ・フロントよりも、本来の地上の方が生活空間のはずなのだ。それをしない、いや、そんな世界になっていないという事は逆に不自然でもある。
「それは簡単な事だ。ヴァーテクス以外の人間には環境が厳し過ぎる」
「俺達だって普段は他の人間と変わらないだろ?」
 アンジェの言葉に、スラッグは言う。
 力を使えると言っても、それは戦闘能力に関してのみであって、普段の生活はヴァーテクスではない人間でも変わらないはずだ。現に、スラッグ達はヴァーテクスだとアンジェに言われているが、他の人間達と変わらぬ生活をしてきた。他の人間達が死滅してしまうような環境なのであれば、ヴァーテクスと言えど生き残る事はできないだろう。
「そういう意味じゃない」
 そのスラッグの反論にアンジェは首を横に振った。
「野生動物がクリーチャー以上の戦闘能力を持っているんだ。クリーチャーをまともに倒せないような人間達では地上では暮らせないさ」
「じゃあ、ヴァーテクスと共同生活とかはできないのか?」
 スラッグ達が暮らしてきた都市では、ハンターや自警団などがクリーチャー退治をこなし、街を守ってきた。それと同じように、志願したヴァーテクスが生活区域を守り、その中で戦いを好まない者達や普通の人間が生活する事も可能なはずだ。そうすれば、ジオ・フロントは必要なくなる。
「……君は他の人間達からヴァーテクスがどう見られるか想像できないのか?」
 アンジェの言葉に、スラッグははっとした。
 先程、アンジェが力を使って戦っていた時にスラッグ自身も考えていた事だ。普通の人間から見れば、アンジェは既に人間の領域を超えている。当然、気味悪がって嫌う者も多数出てくる事だろう。
 集団の中に他のものとは明らかに異なる個体が現れた時、集団は異物を排斥するものだ。
 共存できると思う者がいる限り、それは不可能ではないが、そう思わない者が数多くいるからこそ困難を極める。
「それに、場合によっては、俺達ヴァーテクスでも勝てない生物だっているんだ」
 アンジェの言葉に、スラッグは頷くしかなかった。
「力が使えるからって楽じゃないんだよな」
 言い、アンジェが列車の窓を開けた。
「――うっ!」
 流れ込んできた風に、スラッグは思わず声を上げていた。
「どうしたの?」
 レイシェとアンジェがスラッグを見る。
「厭な風だ……」
 自分でも少し声が震えているのが解った。風が肌に触れた瞬間に、全身が粟立つような不快感を感じた。
「……風?」
 アンジェが窓を全開にし、列車が向かう前方へと視線を走らせる。
 外壁で覆われた交易路の中で空気の流れがあるとすれば、それはスラッグ達が出てきた街か、向かう街から流れてきたものという事になる。
「……明かり?」
 アンジェの呟きに、スラッグとレイシェも窓から前方を眺めようとした。
 確かに、前方が明るくなっているのが見える。だが、交易路としての出口が近いのであればそれは当然の事だ。
 スラッグが感じたのはその出口から流れ込んでいる空気に間違いない。
「炎の明かりか……!」
 表情を真剣なものに変え、アンジェが呟いた。
「え?」
「あれは火の明かりだ。俺には解る」
 レイシェが首を傾げるのに、アンジェは言った。
 ヴァーテクスの力として炎を操るアンジェは火といものに関して敏感なのだろう。炎が放つ光と、そうでない光の見分けができるというのだ。
「火事って事?」
「そんな生易しいものじゃない」
 一人だけ状況に疎いレイシェに、スラッグは言った。
 ただの火事で感じるような風ではない。もっと、凶悪な何かがあるという事を風が教えてくれていた。
「……荷物はしっかり持ってろよ」
 アンジェの言葉に、スラッグは頷いた。
 列車が急速に速度を落としていく。減速が生み出す慣性に手足を座席などに踏ん張って耐え、列車が止まるのを待った。
「まだ都市内に入ってないわよね?」
「先に行くのが危険だと解ったんだろうな」
 レイシェの問いにアンジェが答え、列車のドアを手動で開け放つ。既に徒歩でも直ぐに街を抜けられるだけの距離にまで近付いていた。
 交易路自体は列車のためだけに作られているわけではなく、線路の幅以上にも、余分にスペースが取られている。非常時には徒歩でも移動できるようになっているのだ。
 もっとも、そうして列車が急停止した際に躊躇う事なく手動でドアを開けて外に出る者はそういないだろうが。
「どこに行くんだ?」
「邪魔があるなら排除する必要があるだろう」
 スラッグの言葉にアンジェは言い、列車が今まで向かっていた方向へと歩き出している。
 レイシェがそれを追いかけて駆け出し、一瞬遅れてスラッグも後を追った。
 障害になるものを排除する。その一言はアンジェが自分の力でこの場を切り抜けられると確信しているからこそ言えた言葉だ。確かに、竜型のクリーチャーを一撃で葬るだけの力はあるのだが、過信しているのではないかともスラッグは思う。
「――!」
 交易路を抜けた先、街に入ってスラッグの目に飛び込んできたのは悪夢のような光景だった。
 街が燃えていた。辺りは赤々と炎を上げ、熱風が吹き荒れ、黒煙が空を多い、火の光を遮ってさながら夜のようだ。崩れ落ちる建造物、煙や炎から逃れようと走り回る人々。逃げ惑い、炎に行く手を遮られて来た道を引き返し、またも炎で遮られる。炎に包まれた建造物の破片が落下し、それに押し潰される人。爆発的に火力を増した炎の近くを通り掛かり、火が移って転げまわる者。辺りから聞こえる悲鳴。
 風はスラッグにそれらを教えていた。
 そして、絶えず感じる不快感の原因は空にあった。
 竜型のクリーチャーが五体、空中を飛び交い、炎を撒き散らしている。
「荷物を頼む」
 言い、アンジェが走り出す。
 その背中に一対の白い光が伸び、翼を形成した。飛翔し、クリーチャーと戦おうとするアンジェは、街の住人の視線など気にする事もなく高度を上げ、自らクリーチャーの目の前に飛び出していく。
 その光景が自分達にも可能なのだという事に、スラッグは複雑な心境だった。
「……スラッグ、私達にも何かできないかな?」
 隣でレイシェが呟くのに、スラッグは答える事ができなかった。
 力に目覚めれば加勢する事など容易いのだろうが、そもそも覚醒するという事自体が曖昧な事象に過ぎない。
 アンジェが力を振るい、戦える事からも、スラッグ達が加勢できる可能性はゼロではない。戦いの中で覚醒させるとも、アンジェは言っていたのだ。だが、相手はクリーチャーとしては最強だと言われているタイプのものが五体だ。今までハントを経験してきたスラッグにとって、竜型クリーチャーは手も足も出ない事が解っている。
「……私、街の皆を交易路の方に誘導してくる!」
「レイシェ?」
「それぐらいなら私達でもできるでしょ?」
 言い、レイシェは荷物を交易路の端に置くと街中へと駆け出して行く。
「……くそっ」
 小さく毒づき、スラッグも荷物を置いて走り出した。
 レイシェ一人で行かせるのは危険だと思った。ただでさえ辺りには危険に満ち溢れた空気が溢れているというのに、レイシェはその空気が一層濃い場所へ向かっていくのだ。せめて周囲の動きの変化を先に読み取れるスラッグがいなければ二人とも危険だ。
 肌に纏わりつく熱気と不快な風を無視し、スラッグはレイシェを追う。
 叫び、必死に誘導しようとするレイシェに、人々は耳を貸そうとしない。余裕がないのだ。そのために周囲の喧騒だけしか耳に入らない。その喧騒に押し潰されるレイシェの言葉は通らない。
「レイシェ!」
 名を呼び、駆け寄る。
「……スラッグ、火が……」
「解ってる、皆パニックになってるんだよ」
 泣きそうな顔をするレイシェに言い、スラッグは周囲を見回す。
 右往左往する人達の中、人の流れに弾き出されるかのようにして小さな子供が脇に突き飛ばされた。まだ十歳に満たないだろう、小さな子供には目もくれず、周りの人間達は自分達が逃げられる場所を探している。
「――! やばいっ!」
 不意に感じた風に、スラッグは空を見上げた。
 上空で翼をはためかせて滞空するクリーチャーは、確かにスラッグ達に視線を向けているように見えた。その口がゆっくりと開いて行く。
「――!」
 瞬間、レイシェが飛び出した。
 子供の前に立つ。両手を左右に精一杯に広げて、まるで自分を盾にするかのように。その横顔には恐怖と、それでも諦めない強い意志があった。一瞬、炎に照らされたレイシェの右目が青い光を反射する。
 クリーチャーの口から吐き出された炎は熱風を巻き起こし、レイシェへと放たれる。渦を巻くように赤々と燃え盛る炎の奔流がレイシェを包み込んだ。
 その刹那、スラッグは清涼な風を確かに感じた。
 炎が途切れた時、そこには変わらずに立つレイシェがいた。背後の子供も無事で、周囲の人間達が立ち止まる。
 レイシェの背には実体のない白い翼が生え、辺りに周囲に湯気が立っていた。
「……ヴァーテクス」
 思わず、スラッグは呟いていた。
 レイシェが覚醒した。それしか考えられなくなっていた。
 竜が再度口を開け、その口腔から炎を吐き出す。その炎の前で、レイシェが両手を前面にかざした。その瞬間、レイシェの目の前の空間に渦を巻くように水が生成され、盾を作り出す。炎はその水の盾で押し留められ、水を蒸発させてエネルギーを使い果たし、消滅して行く。
 レイシェがその両手を竜へと向けた。直後、盾となっていた水が弾かれたように竜へと向かって行く。その水球を身体に浴びた竜がよろめいた。
 威力が足りないのだ。だが、それに気付いたのだろう、レイシェは高圧の水流を手から放ち、クリーチャーの硬質な身体を貫いた。
 ほんの数秒の出来事に、誰もが動きを止めていた。
 レイシェは自分の両手を見て、ゆっくりと周囲を見回した。燃え盛る炎に、作り出した水を撒き散らして鎮火させていく。自分にできる事を判断し、直ぐさま実行に移す。
 スラッグでさえ、レイシェに近寄りがたいと感じていた。それと同時に、そう感じた自分に嫌悪する。
「……レイシェ!」
 半ば強引に身体を歩かせ、スラッグはレイシェに駆け寄った。
「あはは……覚醒しちゃったみたい」
 乾いた笑みを浮かべて言うレイシェに、スラッグは引き攣った笑みを返す事しかできなかった。
 周りの視線が集まっている事に、スラッグは警戒心を抱いた。レイシェの後ろにいた子供は呆然とした表情でレイシェを見上げている。
「――!」
 不意に、感じた風に背後を振り返ったスラッグの目に、クリーチャーが吹き飛ばされてくるのが移った。
 周囲の建物をその身体で押し潰し、破壊しながらこちらへと転がってくる。自ら突撃してきたのではなく、明らかに何者かによって吹き飛ばされたような姿勢だった。無論、そんな事ができるのはアンジェぐらいしかいない。
 見た目以上の機敏さで起き上がった竜型クリーチャーが後ずさりし、やがて背後のスラッグ達や人だかりに気付き、身体の向きを変える。それを見た人々が悲鳴を上げて逃げ惑うが、スラッグとレイシェだけはその場に留まっていた。背後の子供も逃げる素振りを見せない。
「スラッグ、その子を安全な場所まで連れてってあげて」
「……解った」
 レイシェの言葉に、背後の子供を抱え上げて駆け出した。
 悔しいが、スラッグにはレイシェの力になってやる事ができない。自分の力に覚醒していればそれも不可能ではないのだろうが、覚醒するかどうかも解らない状況ではレイシェに任せた方が確実だ。せめて、レイシェが力を発揮しやすいように子供を避難させる事ぐらいしかできなかった。
 走りながら後ろを見やれば、竜が吐き出した炎をレイシェが水を生み出して防いでいた。
「……おい、俺の言葉が解るか?」
「え……?」
 抱えた子供に声をかけ、反応がある事を確認してスラッグはその子を地面に下ろした。
「せめてお前ぐらいは生き延びろよ」
 両肩に手を置き、言い聞かせるとスラッグは立ち上がる。
「……お兄ちゃんはどうするの?」
「俺は手助けしに行く」
 か細い声での問いかけに、スラッグは声の主を見る事もせずに振り返り、駆け出した。
 加勢できなくても、レイシェを放ってはおけない。スラッグはレイシェの元へと向かって、子供を抱えて走って来た道を逆走する。
 頭上高くを、白熱した炎が突き抜けていく。アンジェの攻撃だろう。単体の時と違っててこずっているのだろうか。
 熱気で満たされた街の中を駆け抜け、角を曲がる。その向こうでレイシェがクリーチャーの首を、手から放った水圧で両断していた。崩れ落ちるクリーチャーを前に、肩で息をするレイシェに駆け寄る。
「大丈夫か!」
「……うん、あの子は?」
「離れた場所まで連れて行った。大丈夫そうだった」
「そう……」
 呼吸を整えつつ受け答えた、レイシェの足元がふらついた。
 身体のバランスを崩したレイシェを、スラッグが受け止める。そのスラッグにしがみつくように、レイシェが荒い呼吸を整えていく。レイシェの纏った空気は何も変わらない。ただ、少しだけ良い匂いがした。
 ヴァーテクスに覚醒し、力を使った事に関して、スラッグはレイシェに聞く事ができなかった。どんな感覚だったのか、どんな思いだったのか、知りたいと思いつつも、どこかに恐れがあったのかもしれない。それとも、自分だけが覚醒していないという状況になった事にコンプレックスを抱いたのかもしれない。
 やがてレイシェが落ち着いたのを確認し、スラッグはレイシェから離れた。
「風は、どう?」
 レイシェが問う。周囲の状況判断をスラッグの勘に頼っているのだ。
「……まだ、あんまり良い風じゃない」
 少しだけ俯き、スラッグは言った。
 相変わらず周囲に満ちている風は何か凶悪な肌触りのままだった。周囲のクリーチャーはもういないように思えたが、風はクリーチャーがまだ現れるであろう事を指し示している。
「――覚醒したらしいな。おめでとう」
「あ、うん」
 不意に目の前に舞い降りてきたアンジェに、レイシェは少し驚いたように頷いた。
「とりあえずこの街を襲っていたクリーチャーは殲滅した。早く離れた方がいい」
 アンジェの提案に二人は頷き、荷物を回収するとアンジェが先頭となって駆け出した。
 ほぼ一直線に別の都市、スラッグ達にとっての針路へ向かうための交易路へと入る。列車は既になく、クリーチャーが襲ってきた初期の頃に避難民を乗せて次の都市へ向かったのだろう。
「ちょっと待ってろ」
 言い、アンジェが道を引き返して行った。
 暫くして、アンジェが小型のトラックを運転してきた。売り物だったものを失敬したのだと言い、スラッグは荷台に荷物と共に乗り、レイシェを助手席に乗せた。本来ならば非常時の盗みは重罪なのだろうが、ジオ・フロントを脱出しようとしている事を考えれば、スラッグ達は地下世界で罪を負わされても困る事はない。それを解っているからこそ、アンジェは移動用の足を躊躇せずに失敬したのだろう。
「……それにしても、大変だったわね」
「そうだな」
 レイシェの言葉にアンジェが相槌を打つ。
「クリーチャー、特に大型のものはヴァーテクスを優先的に攻撃する。恐らく、力を持っている事が解るんだろう」
 アンジェが口を開いた。
 竜型のものは火を吐くという、他の生命体が持たない能力を持っている。そのためか、他に力を持っている者にも敏感なのかもしれない。
「俺が前の街で力を使った事で、あの街も襲われたんだろうな」
「え……?」
「クリーチャーはジオ・フロント内の人口を調整するために存在している」
 アンジェは言った。
 ジオ・フロント内部に住む人間が増え続ければ、やがてジオ・フロントは人口増加によって溢れかえってしまう。そうなればジオ・フロントに住む人間全てが危険に晒されてしまうのだ。それを避けるために、増え続ける人口を減らし続ける存在としてクリーチャーが作られたのだ。
 いずれ、強力な武器を開発するかもしれないという可能性を考慮して、三タイプのクリーチャーが作られる。レベルで分けられたクリーチャーは、その最高位のものならば相当な力でなければ倒せぬようにしてあるのだ。絶えず変動する人間の数を、ジオ・フロント内で生きてゆくのに十分な人口に調整する事で、永続的に人類を生かす。ジオ・フロントの外を知らずに人類が生きてきたのは、目先にクリーチャーという敵対存在があったためなのかもしれない。
 アンジェの語った言葉を要約すれば、そうなる。
「クリーチャーが人間以外を狙わない理由はそれさ」
 巻き込んで殺してしまう事はあっても、基本的にクリーチャーは人間に照準を向けているのだ。
「で、俺みたいな奴が現れると、クリーチャーは大量に放出される」
 ヴァーテクスのような、凄まじい戦闘能力を持つ人間が現れれば、クリーチャーを簡単に迎撃する事ができる。それは人口増加を促す結果となり、最終的にはジオ・フロントを壊滅させてしまう。それを防ぐために強力なクリーチャーを多数放ち、力を持つ人間を排除しようとするのだ。
 それが、先の街で竜型クリーチャーが五体も待ち受けて破壊活動をしていた理由なのだそうだ。
「じゃあ、私達の街を襲ったのも?」
「あれは偶然だろうな。あの時に俺が力を使った事で、ヴァーテクスの存在を教えたんだ」
 レイシェの問いにアンジェは否定した。
「じゃあ、次の街も襲われているかもしれないって事か?」
「その可能性は少なくないな」
 開け放たれた窓へとスラッグは言葉を投げ、アンジェも返事を返す。
「まぁ、幸い次の街がジオ・フロントの外周に最も近い。何とかなるだろう」
 言い、一瞬だがアンジェがレイシェに視線を投げた。
 次の街でクリーチャーの待ち伏せにあったとしても、その街から先は街の外を進む事になる。アンジェとレイシェがヴァーテクスとなった事で、戦力は単純計算では二倍になっている。障害物の多い街中で戦うよりも、外壁の外の方が戦う事も、逃げる事もやり易いのは事実だ。
「問題は次の街でも待ち伏せされていた時、どれだけの数がいるか、だ」
 アンジェが呟いた。
 竜型クリーチャー五体ならばアンジェ一人でも殲滅できるだろうし、レイシェが覚醒した今ならば確実に殲滅できる。だが、クリーチャーの数が増えれば増えるほど、やはり苦戦は強いられる事になる。
 相変わらず感じる風は不快感と威圧感を持っていた。
「待ち伏せはされてるよ」
 スラッグは告げた。風がそう告げている。
「……規模は解るか?」
 少しの間をおいて、アンジェが問う。
「そこまでは解らない。けど、さっきよりも多いのは確かだ」
 スラッグは答えた。
 纏わりついてくる風は進むにつれて不快感と威圧感を増し、殺気すら混じっているように思える。確実に数は増えているだろう。そうなれば、次の街も壊滅しているに違いない。
「……交易列車!」
 不意に、レイシェが呟いた。
 見やれば、交易列車が途中で停止、立ち往生していた。その前方には明かりが見えるが、かなり離れた場所で停止している。故障した様子もなく、意図的に停車しているのが解った。
「クリーチャーがいたから戻ったって事か」
 アンジェは言い、トラックを更に加速させた。
「この車で行けるところまで行く、しっかり掴まってろ!」
 声に、スラッグは荷台の荷物を片手で掴み、もう一方の手でトラックの一部を握った。
 交易路の出口が近付いたところで、獣型のクリーチャーが複数飛び出してきた。舌打ちし、荷台の上でスラッグは拳銃を取り出し、前方のクリーチャーへ向けて発砲する。風を読み、クリーチャーの動きを把握しての射撃は、移動しているものでも正確に撃ち抜く事ができる。
 立て続けに四発の弾丸を放ち、クリーチャーを三体仕留めた。次から次へと溢れ出して来る獣型クリーチャーをトラックは蛇行する事でかわし、交易路から脱出する。
「――!」
 目の前の光景にスラッグは息を呑んだ。
 三種類全てのタイプのクリーチャーが街を襲っていた。数はざっと眺めただけで二桁は越えている。空中では竜型クリーチャーが、地上は獣型と巨人型クリーチャーが手当たり次第に見境なく攻撃を加え続けている。辺りには人間の死体が無数に転がり、無残な姿を晒していた。
「……荷物、放すなよ!」
 アンジェの声が飛ぶ。
 障害物を避けるようにハンドルを切り、強引な運転で街の中央を駆け抜けていく。途中、何人かの人がクリーチャーから逃げ惑っていたが、助けている余裕はなかった。
「クリーチャーっ!」
 前方に舞い降りた竜に、レイシェが悲鳴を上げる。
「――ちぃっ!」
 アンジェの舌打ちが聞こえた。
 トラックが急ブレーキをかけ、向きを変えようとする。タイヤが甲高い悲鳴を上げて、慣性がスラッグの身体をトラックから引き剥がそうとする。
 クリーチャーが咆え、その尻尾をトラックへと振るった。その衝撃でトラックの車体は拉げ、空中に放り上げられる。
 瞬間的に運転席からアンジェがレイシェの腕を掴んで飛び出し、背中に翼を生やすとクリーチャーへと炎を放った。スラッグも荷物を抱えて荷台の床を蹴飛ばし、トラックに巻き込まれて押し潰されるのを防ぐ。荷物の重量でバランスが崩れるが、手に持った荷物を空中で振り回した空気抵抗と慣性で体勢を整えて着地した。
 着地したスラッグに横合いから獣型クリーチャーが襲い掛かる。そのクリーチャーが水の槍で貫かれ、絶命した。
 背に翼を生やしたレイシェが駆け寄ってくるのを見て、スラッグは荷物を強引に背負うと拳銃を両手に構え、応戦体勢に入った。
 まずは包囲している敵を殲滅し、進路を確保しなければならない。いずれクリーチャーは集まってくるだろうから、できる限り早急に道を開ける必要がある。
 レイシェが手の先から放水し、それを鞭のように振り回す。強烈な水圧で身体を断ち切られ、クリーチャーが朽ち果てて行く。それを見てとり、スラッグはトラックで向かっていた方向へと駆け出した。背後に警戒しながらレイシェが後を追いかけて来た。そのレイシェの足の速さは今までよりも明らかに向上していたが、ヴァーテクスとしての力を使っている際には身体能力もある程度上がるのだろうと考え、問う事はしない。
「アンジェ!」
「でかい奴を片付ける! 先に外へ向かえ!」
 空中で炎を撒き散らしているアンジェと言葉を交わし、スラッグはレイシェと共に外壁の出入り口へと向かう。まだ余裕はあるのだろう、アンジェは空中から炎を地上へも放ち、スラッグ達を襲おうとする獣型クリーチャーをも牽制していた。
 巨人型クリーチャーが横合いから現れ、その巨大な腕を振るう。寸前で身を退いてかわした二人に、背後から獣型クリーチャーが飛び掛ってきた。風の流れで背後の動きを察知していたスラッグが拳銃で反撃し、空中で攻撃を受けた衝撃で止まったクリーチャーにレイシェが水流の鞭を放つ。獣型クリーチャーを排除した事を確認する間もなく、巨人型が振り上げた腕を振り下ろした。
 スラッグ達は両脇へと飛び退き、その攻撃をかわす。巨人型の攻撃に地面が抉れる。
 水流の鞭が巨人型クリーチャーの身体を貫き、しなるように震えるとその動きでクリーチャーの身体を切り刻む。そうして崩れ落ちたクリーチャーを無視し、スラッグ達は走り出していた。
「――レイシェ右だっ!」
 不意に感じた風にスラッグが叫ぶ。
 反射的に飛び退いたレイシェの目の前に横合いから巨人型クリーチャーが飛び出してきた。それも、続けて五体。
「――右からもか!」
 吐き捨てるように言い、スラッグが飛び退いた時、獣型クリーチャーが十体ほど現れる。
 巨人型に水流を放つレイシェに、獣型が襲い掛かり、それをスラッグが阻止する。風の流れに横に跳び、背後からの巨人型のハンマーパンチをかわした。瞬間的に荷物を下ろして瓦礫の近くに置くと、スラッグは両手に持った拳銃を連射する。
 レイシェが舞うかのように水流の鞭を振り回し、周囲の敵を切断していく。その攻撃の隙を突くように襲い掛かる獣型にスラッグが銃弾を叩き込み、そのスラッグへ攻撃しようとするクリーチャーをレイシェも仕留める。
 ――風が……!
 額から滲み出した汗が頬を伝う。
 周囲の動きが、空気の流れが複雑に絡み合い、スラッグにも読み辛いものへと変わっていた。辛うじて寸前の行動を読めてはいるが、これ以上密度が上がるようならば動きの察知が不可能になりそうだ。
「――後ろ!」
 瞬間的に視線を向けたレイシェの背後に、竜型のクリーチャーが舞い降りる。
「え――?」
 振り返ったレイシェに竜型のクリーチャーが横合いから尻尾を叩き付けた。
「――あぐぁぅうっ!」
 吹き飛ばされ、傾いた建物の壁にレイシェが背中から激突する。建物の壁を破壊し、地面に落下するレイシェが、辛うじて足から着地したものの、身体を支え切れずに膝を着く。追い討ちとして吐き出された炎を寸前で水の盾を作り出して受け止めた。苦痛に歪んだレイシェの表情がはっきりと見えた。
「レイ――っ!」
 横合いから感じた風に身体が勝手に身を退いていた。
 目の前を通過する獣型に銃弾を五発撃ち込み、マガジンを交換する。背後から襲い掛かるクリーチャーを感知し、前転するようにして攻撃をかわし、背後に身体が向いた瞬間にクリーチャーを捉え、射撃。
 巨人型の一体がレイシェに接近し、拳を振るうのが見えた。竜の攻撃の衝撃が抜けずにいるレイシェはその拳をかわす事もできずに身体に受け、背後の建物を突き破ってスラッグの視界から消える。
「――!」
 助けに行こうとして、横合いから飛び掛ってきた獣型クリーチャーに押し倒された。右手の拳銃が手から離れる。
「邪魔すんじゃねぇっ!」
 叫び、身体を強引に捻って回し蹴りをクリーチャーの脇腹に叩き込み、吹き飛ばした直後に銃弾を撃ち込みながら立ち上がる。駆け出したスラッグの目の前で巨人型のクリーチャーが瓦礫の中に腕を突っ込んでレイシェを引き摺りだした。
 頭から血を流し、気絶したレイシェを、クリーチャーが空中に掲げる。
 ――やめろ!
 スラッグは右手を伸ばしていた。銃弾を撃ち込んだところで、巨人型のクリーチャーはびくともしない。
 届かない。
 力が使えれば届いたかもしれない。
 届かなければレイシェが死ぬ。
 ――厭だ。
 瞬間、身体の中で何かが脈打つ。
 レイシェを殺させはしない。
 死なせやしない。
 スラッグの中で何かが弾け飛ぶ。
「レイシェぇぇぇぇえええええええ――!」
 咆哮すると同時に、風が吹いた。
 凄まじいまでの突風が周囲に吹き荒れ、獣型クリーチャーを吹き飛ばす。その突風は建物を崩し、周囲で燃え盛る炎をも掻き消した。
 そして、レイシェを掴んでいた巨人型クリーチャーの腕すらも、半ばほどで切断していた。
BACK     目次     NEXT
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送