第三章 「ブラスト」


 街全体を包む空気の流れ全てがスラッグの支配下にあった。同時に、風によって街の全てを把握する。どこで何が、どのように存在しているのかが全て。
 吹き荒れる風の中央にはスラッグがいる。背には、左側だけの漆黒の翼を生やして。
「――ああああああああああっ――!」
 咆哮し続けたまま、地を蹴る。
 身体は羽根、いや風のように軽い。加速は人間の比ではなく、風のように速度が自在に変化する。
 空中で腕を払えば目の前の巨人型クリーチャーの首が跳ぶ。風が刃となってスラッグの腕を延長しているのだ。崩れ落ちるクリーチャーの身体を突風を起こして遠くへ吹き飛ばし、倒れたレイシェの傍に着地した。同時に風が周囲に巻き起こる。
 竜型クリーチャーが炎を吐き出す。そこへ手をかざし、風の防壁を巻き起こすと同時に暴風を起こし、風の刃で竜を切り刻んだ。並の刃物を遥かに越える切れ味の刃に全身を刻まれ、身体中から白色の血液を撒き散らし、細切れになった竜がその場で残骸の山を作った。
 四方から襲い掛かる獣型クリーチャーを風で振り払い、腕の延長線上に作り出した風の刃で切り裂いていく。両断されたクリーチャーの身体を吹き飛ばして別のクリーチャーにぶつけて怯ませてはすぐさま切り刻む。
 湧き出してくるかのように延々を襲い掛かってくる獣型クリーチャーの位置全てを把握し、その全てに風の刃を送り込んだ。瞬間的に獣型クリーチャーが破裂するかのように切り刻まれ、絶命するのを風の感覚で確認する。次に巨人型クリーチャーの位置を把握し、獣型同様に全身を切り刻んで排除した。
 息が上がり、スラッグは膝を着いた。全身を駆け巡る血液が逆流するかのように押し寄せる疲労感に、身体が思うように動かない。
「……くそ、まだいるってのに!」
 呻き、頭上を見上げれば、感知していた竜型クリーチャーへと炎の槍が突き刺さっていた。
 続けて三発の槍がクリーチャーに命中し、内側から爆発させる。熱気が風となり、スラッグにアンジェの存在を伝えた。
 強引に身体を立ち上がらせ、空を見渡した。流れくる風は竜型クリーチャーがあと三体残っている事を教えている。そのうちの二体へアンジェが炎の槍を放ったのが解った。凄まじいまでの熱気を帯びた風が竜へ向かって突き進んでいく風の流れが解った。
 スラッグとレイシェの真上を通過しようとしたクリーチャーの首に炎の槍が突き刺さり、内側から破裂させる。飛び散った白い血液と、かなりの重量を持つ巨体がスラッグ達を押し潰そうとする。
「がぁぁあああああ――!」
 叫び、気力を振り絞って両手を下からものを持ち上げるようにして後方へと送る。
 クリーチャーの真下に収束した風の流れが竜巻となってその巨体を上へと突き上げ、持ち上げた。竜巻はそのままクリーチャーをスラッグの背後へと運び、地上へと叩き落す。轟音と共に接触した建物が崩れ落ちた。
「大丈夫か?」
 熱気を纏い、空中から降りてきたアンジェを見上げる。
「……危ないだろうが……」
 呼吸を整えながら答えたスラッグに、アンジェは無事である事を確認し、レイシェへと視線を移した。既に翼は消失し、足に力が入らずに座り込んでしまい、力も使えない状態に戻っている。
「……息はあるが、危険かもしれないな」
 脈拍を確認し、アンジェが呟く。
 他者の身体の傷を確認する事がほとんどならしく、正確な診断はできないのだとアンジェは言った。スラッグも同様に、医学の知識はあまり持っているとは言えない。
「少なくとも肋骨が二本は折れてる。下手に動かすのもまずいな」
 言い、アンジェは周囲を見回した。治療できそうな施設も、人もいない。
 肋骨が折れているだけならばまだしも、内臓に突き刺さっていたり、突き刺さりそうな状態になっていた場合は下手に動かすのは危険だ。外的な傷痕がない分、診断が難しくもなっている。
「ヴァーテクスは基本的に常人よりも生命力はあるが……」
 アンジェは呟き、もう一度周囲を見回した。
 トラックは車体が拉げ、四つあるタイヤが全て同じ方向には向かない状態だ。煙も立ち上り、もう再起不能だろう。
 廃墟と化した街には、恐らく人は残っていないだろう。いたとしても数える程で、交易路から別の街へ向かうはずだ。怪我を治療できるような医者を探すとしても他の街に移動せねばならず、その時間を短縮するためのトラックは破損してしまった。
「参ったな……」
 溜め息と共にアンジェが言葉を吐き出した。
 疲労のためかスラッグの感知力もかなり低下しているようで、風による探知能力はほとんど使えていないと言ってもいい状態だった。今までは街全体を把握できたというのに、今では自分自身の身体の感覚しか残っていない。人を探すのも難しい状況だった。
「――治してあげましょうか?」
 突然背後から掛けられた声に、スラッグとアンジェが振り返る。
「久しぶりね、アンジェ」
 そこには、一人の女性が立っていた。
 両目は薄い黄色に染まり、軽いウェーブのかかった髪は栗色に染められている。肉付きの良い身体はバランスが取れていて、美しい。少しだけ細められた視線で二人を見つめる女性に、アンジェが口を開いた。
「――トラン、お前……」
「話は後にして、そこの彼女の事を先にしましょう」
 アンジェの言葉を遮り、トランを呼ばれた女性はスラッグとアンジェの間に割り込むようにしてレイシェの脇に屈み込んだ。
 彼女がレイシェの身体に手をかざした直後、トランの背中に一対の白い翼が生じた。そして、彼女の掌が淡く光を放つ。
「肋骨が二本折れてて、背中の方でも二本。右肩の間接が砕けてて、頭蓋骨表層にも罅があるわね。内臓の損傷は軽微、かな」
「解るのか……?」
「私の力は治療能力だからね、解るわ」
 スラッグの言葉に、トランは言い、小さく笑みを見せた。
「そうそう、今のうちに使えそうな車探してきてくれる?」
「……何だと?」
 その言葉にアンジェが眉根を寄せる。あまり快く思っていない事を前面に押し出しているような声だった。
「私も外に戻りたいから、同行させてもらうわ」
「……勝手にしろ」
 トランの言葉に舌打ちし、アンジェが車を探しに離れて行く。
「……知り合い、なのか?」
「そうね、知人以上ではあるわね」
 スラッグの言葉に、トランが答える。
 トランの掌を包む光がその輝きを増し、光の粒子が溢れ出した。その粒子はレイシェの身体に吸い込まれるようゆっくりと舞い降り、身体に触れるとその内部へと潜り込むかのように透過していく。粒子が触れた部分は光を帯び、それが徐々に傷を受けた場所全体に広がって行った。
 それは神秘的な光景だった。
「……あなたは車探しに行かないの?」
「ちょっと疲れてて動かない」
 ふと思い出したかのように問うトランに、スラッグは答えた。それに納得したように頷くと、トランはレイシェに意識を戻した。
 レイシェの表情が少しだけ和らいだように見えた。
「うん、これで骨は元通りね。内出血しているところも少ないみたいだし……」
 そう呟いてから数分でトランの背にあった翼が消えた。
「これで治療は終わり、少し立てば目も覚めるわ」
「良かった……」
 トランの言葉にスラッグが安堵した時、近くに車が停車した。アンジェだ。
 前に使ったものと似た型の軽量トラックだった。その車を見つけてくるまで休憩を取っていたスラッグは、アンジェと共に近くに置いておいた荷物を集め、荷台に乗せた。その間にトランがレイシェを荷台に寝かせる。
 準備が済み次第すぐさまアンジェはトラックに全員を乗せ、発車した。レイシェが荷台に寝かされたため、助手席にはスラッグが座る事となった。スラッグ自身は荷台でいいと言ったのだが、アンジェが助手席にスラッグが座る事を強く希望したため、そうなったのである。どうやら、アンジェはトランにあまり良い印象がないらしい。
 トラックが崩された外壁を越えた辺りで、レイシェが呻き声を上げ、目を覚ました。
「あ、れ……? 私、どうしたの……?」
「レイシェ! 気が付いたんだ?」
 助手席からできるだけ荷台に顔を向け、スラッグが呼び掛ける。
「酷くダメージを受けてたから私が治療したのよ」
「え? あなたは?」
「私はエルリルア・トラン・デシエート。リアって呼んでね」
 レイシェに名乗り、リアは微笑んだ。
「そうなの? ありがとう」
 レイシェは礼を言い、自らも名乗った。それに加えてスラッグの紹介までもしてくれた。
 どうやら、スラッグが覚醒した時には既に気を失っていたらしく、スラッグが戦っていた事は知らないようだった。
「スラッグがあなたが気絶している間戦っていたのよ」
 丁度考えていた事をリアが告げた。
「あ、スラッグも覚醒したんだ?」
「まぁ、そうなる」
 レイシェはただ喜んだだけで、スラッグは反応に困って生返事を返していた。
「何? どんな能力?」
「風だよ、風」
 興味津々といった様子で尋ねてくるレイシェに言い、スラッグは説明した。
 周囲の大気を操ると同時に、その変化を感覚として把握できる能力である事を。
「やっぱり、風だったんだ」
 レイシェの言葉に、スラッグは相槌を打つ。
 前々から、風に敏感だとは思っていたが、それがヴァーテクスとしての力だったとは思っていなかった。アンジェから話を聞いて、もしやと予想はしていたが、その通りだったらしい。
「黒い片翼は稀なタイプだ」
 アンジェが言った。
「本来、片翼は不安定なもので、能力は平均して低くなる」
 両方の翼を形成させる事で力の制御を安定させているらしいが、一方の翼しか形成できない者もいるらしく、そのタイプの者は能力の制御が安定せず、強い時も弱い時もあるらしい。だが、安定していない分、両翼の者のように力を発揮できず、総じて能力値としては低くなるようだ。
「黒い翼は能力が極めて高いものとなる」
 どうやら、標準の白い翼とは違い、漆黒の翼は力の制御を行うものではないらしい。本来ならば制御のために純粋なエネルギーだけを背中に翼として作り出すものだが、黒い翼を持つものは力の制御を必要とはせず、全エネルギーをそのまま支配下に置くのだそうだ。そのため、翼は力の余剰分として作り出され、莫大な力を扱う肉体が崩壊しないように排気しているのだと言う。
「もっとも、黒い翼の場合は片翼がほとんどだがな」
 余剰エネルギーを排気している黒い翼の場合、安定性という値が翼には存在しない。排気エネルギーが多ければ多いほど、ヴァーテクスとしての力は高いものになるのだ。つまり、黒い両翼を持つ者は凄まじいまでの力を操る事ができるという事だ。黒い片翼の状態でさえ、基本的には白い両翼よりも能力値は高くなるとされているらしく、それが両翼に増えれば単純計算では二倍の力を持つ事になる。白い両翼が一般的なのだとすれば、黒い両翼は突然変異のようなものだ。
「ねぇ、片翼が両翼になったりはしないの?」
 アンジェの説明が終わったところで、レイシェが口を挟んだ。
「稀にあるらしいが、実際に俺は見た事がない。デマだという奴も少なくは無いしな。もっよも、可能性もゼロじゃないだろうが」
 曖昧な返答だったが、アンジェも確実に肯定できないのだろう。
 実際に目で見た訳でも、確認した者と直接会話した事もなければ、噂の真偽は解らない。その噂の真偽がどちらにせよ、可能性があったところで極めて低いのは明白だ。
「結局、解らないって事じゃない」
「……悪かったな」
 リアの呟きにアンジェが不満そうに言った。
「えらく不機嫌じゃない。そんなに私が気に食わないの?」
「そう思うなら静かにしていてくれ」
 アンジェは言い、トラックの速度を少しだけ上げた。
「何かあったの?」
「そうねぇ……話すとアンジェが怒るから、また別の機会にね」
 レイシェの問いに、リアはアンジェに視線を向けてから苦笑して告げた。スラッグも助手席からアンジェの横顔へと視線を向けていたが、あまり快く思っているような表情ではなかった。
 開け放った窓の枠に肘を置き、頬杖を着くようにしてスラッグは仮眠を取る事にした。力を使い過ぎたのか、元々疲労感が大きいものなのかは解らないが、スラッグは直ぐに眠りに落ちて行く。
 舗装されていない地面の揺れですら、スラッグの仮眠を妨げる事はできなかった。


 最外部の街からジオ・フロントの内壁までにはかなりの距離がある。最外部に住む者達にもジオ・フロントの内壁と解る距離にしてはおけないのだ。
 二日ほど車で移動した辺りで、目の前の風景は変わっていた。途中、山や森を抜けたが、最終的に辿り着いたのは崖だった。
 左右を見渡せば、そこから先に大陸は無いように思える程である。実際のところ、アンジェも大陸はないと言っていた。つまりは、そこがジオ・フロント内部の世界の果てなのである。
 風も、どこか今まで過ごして来た場所とは違う雰囲気を持っている。
「下の方はどうなってるの?」
「ジオ・フロント内部の地下水を組み上げて天井に回す機構がある」
 レイシェの問いに、アンジェは答えた。
 落下すれば二度と戻っては来れない。いや、そもそも外縁部にまで辿り着いた普通の人間はいないだろう。いたとしても、途中でクリーチャーに殺されていておかしくはない。言うまでもなく、スラッグ達もここに辿り着くまでに戦闘を複数回に渡って行っている。
「ここから先はどうするんだ?」
「飛べばいい」
 スラッグの問いにアンジェは言い、背に翼を作り出した。
 熱気を纏い、身体を浮かせるとゆっくりと前に進む。そうして振り返り、スラッグ達を見た。
「レイシェは飛べるのか?」
「うん、大丈夫だと思う」
 そのスラッグの問いに頷き、レイシェも背に白い翼を生やす。翼に水流を纏わせ、それを下方に噴射する事で滞空する。
「リアは?」
 アンジェは熱量を放出する事で、レイシェは水流の圧力で身体を浮かせているが、そういった物理的な力ではない治療の力で滞空できるものなのだろうか。
「私は運んでもらう方が楽かしら」
 言いながら、リアは翼を作り出し、地面を蹴飛ばして空へと上がった。
「元々、翼はエネルギー体だ。それを使っての飛翔も不可能じゃない。力を使う方が楽だからそうしているだけだ」
 アンジェが言い、スラッグを見る。
 身体能力の補助などにも翼が放つエネルギーは使われているらしい。同時に、そう長い距離でない場合は背中の翼のエネルギーを飛翔用に使う事も可能なのだそうだ。
 納得し、スラッグは背に作り出した。瞬間的に周囲の風の流れが感覚となり、左側だけの漆黒の翼が背にある事を目で確認する。
 風を纏いながら地面を軽く蹴って空中に上がり、レイシェ達と合流する。それを確認したアンジェが先行し、スラッグ達がその後を追う形で四人は内壁へと近付いて行った。
 崖の先の青空だと思っていた部分が、近付くにつれてはっきりと壁だと判断できるようになって行く。
 アンジェの説明によれば、内壁は全てが空を映し出すスクリーンとなっているようだ。そのスクリーンの合間には細かく穴が開けられ、雨や雪などを降らせるための機構が備えられている。ジオ・フロント内は気圧が制御され、全体高度の半分ほどには雲が存在できるようになっているのだ。
 無論、内壁のどこにでも外への出入り口があるわけではなく、いくつかある出入り口の中から、今向かっている出入り口からはアンジェが入ってきたのだそうだ。リアは別の出入り口から入っていたらしい。
 目の前にまで近付けば、それが空ではない事に気付く。違和感が生じるのである。
「……本当に閉鎖空間だったのか……」
 思わず、スラッグは呟いていた。
 小さな声だったためか、他の誰もその声に反応する者はいなかった。どうやら聞こえなかったらしい。
「ここだ」
 言い、アンジェが内壁の一部に手を触れた。
 その直後、内壁が四角く奥に減り込んだかと思うと、横へスライドし、通路が現れた。
 リア、レイシェ、スラッグ、アンジェの順で通路内に着地し、翼を消す。最後尾のアンジェが通路の出入り口を閉ざし、先頭に回った。
「ここから先はクリーチャーではなくガードユニットが現れる」
「ガードユニット?」
 アンジェの言葉にスラッグは首を傾げる。
「この内部への侵入者を排除する機械だ」
 ジオ・フロント内部は生体兵器としてクリーチャーが放たれているが、通路内にはガードユニットと言う機械兵器が存在しているのだと言う。外へ続く通路は内壁裏の重要な機構を操作する事が可能な場所もあるため、そういった機構の操作を防ぐと同時に、ジオ・フロントの内外の関係を絶つために通路への侵入者を排除しているようだ。
「そんなものがあるのか?」
「クリーチャーと違ってガードユニットは銃火器が主な攻撃方法だ。同じようなものだと思わない方が良い」
 確認を求めるスラッグにアンジェは告げた。
 銃火器、つまりは射撃的な攻撃が敵の主な攻撃方法になるという事である。基本的には接近しての直接攻撃が主体だったクリーチャーとは戦術を変えなければならない。
 そうして簡単に説明を受け、通路を進み始めたスラッグは風がジオ・フロント内とは違う事に気が付いた。換気されているのか、それとも一定の動きで管理されているのか、風の流れが安定しているように感じる。安定とは言っても、自然な感覚ではなく、一定のリズムやコースに従って風が流れているように感じた。
「通路が広くなるわね」
 リアが呟いた。
 見れば、通路の幅が広がり、四人並んで歩ける程の幅になっている。天井も少しだけ高くなり、空間的な余裕を感じた。
「――来たっ!」
 言い、アンジェが背に翼を作り出す。それと同時に炎を前面に集約させて壁を作り出す。
 熱風に混じって、炎の向こうで風が動くのを感じた。近い風の動きの感覚は、拳銃の弾丸。そう思った時にはスラッグも背に翼を作り出していた。
「ガードユニットと連戦で地上まで突っ切る事になる、力は多少温存しておけよ」
 アンジェが言い、駆け出した。
 全力の走りではない速度で走り、炎を周囲に撒き散らす。広くなったとはいえ、狭い通路内で反射した炎が熱気を周囲に撒き散らした。その炎をスラッグが風を切って進む事で打ち消し、その後をレイシェとリアが追いかける。
 前面を炎で焼き払いながら進むアンジェが曲がり角で立ち止まった。背中を壁に押し付け、そっと曲がり角から頭を出して通路の先を確認する。
「――まずい!」
 何かが飛来するのを感じ、スラッグは叫んだ。
 アンジェは曲がり角に炎を撒き散らし、壁にしようとする。しかし、スラッグが風の流れで感じたものは、ロケット弾だった。ロケット自体は炎で防げるが、爆発と衝撃が突き抜けてくるだろう。スラッグは両手をかざし、アンジェの手前の大気を練り上げ、集約させていった。
 ロケット弾が爆発し、衝撃と爆風が周囲に放たれる。その瞬間にスラッグは集約させた風を反発させ、爆風と衝撃波を押さえ込んだ。両腕が痺れるような感覚を堪え、集約させた風の防壁でロケット弾の破壊力を凌ぐ。衝撃波は大気分子の振動によって起こるものだ。ならば、同じ大気分子の振動である風で打ち消す事もできる。
「行けぇっ!」
 防壁として集約させた風を曲がり角の先へと押し出し、突風として流し込んだ。その先にいた何かが吹き飛ぶのを感じて、スラッグはアンジェに目配せする。それに頷いたアンジェが角から飛び出し、右手に集約させていた熱気を解放、白熱する炎の槍を通路の先へと放った。
 角を曲がって見やれば、そこにはロケットランチャーらしいものを搭載した機械があった。小型の戦車を思い起こさせるような複数のタイヤの上には箱型のボディがあり、その両側には銃器らしいものが、上にはロケットランチャーらしいものを乗せている。それもガードユニットの一種なのだろう。
 そのガードユニットはボディの中央が溶解し、穴が開いていた。アンジェの炎の槍が貫通したらしく、機能停止していた。
「ガードユニットは機体を制御しているAI部分を破壊できれば停止する」
 アンジェが言い、ガードユニットを飛び越えて通路の先へと進んで行く。スラッグもそれを追うように駆け出した。
 通路脇の左右の壁の一部が開き、中から先程と同型の箱型ガードユニットが複数表れる。それがスラッグ達の方へ向いた瞬間には銃口から銃弾が連射され、炎の壁によって蒸発した。
「フレイム・ウォール」
 呟き、アンジェは自ら作り出した炎の壁を前面へと押し出した。凄まじいまでの熱量を持つ炎が通路を駆け抜け、前方にいたガードユニットを溶解させていく。
 それほどまでの熱量を持っているというのに、通路の壁自体は変形すらしていない。特殊な材質でできているのか、何か特殊なコーティングが施されているのかは解らないが、随分と強固に作られているようだ。
 炎の壁を前面に押し出し、通路を進んで行くアンジェを追う。
「リア! 後ろだ!」
 不意に感じた風の流れに、スラッグは身体を反転させると同時に後方へ風を放つ。その風で、壁の左右から現れた箱型兵器を吹き飛ばした。背に翼を作り出したレイシェがそこに水流の鞭を打ち込み、両断する。
 背後の空気の流れに注意を払いながら、スラッグはリアとレイシェを先に行かせ、最後尾となって通路を進んだ。
「ちっ、修復されてやがる……」
 前方でアンジェが呟いた。
 通路とは違い、明らかに広く作られた空間だった。学校の体育館のような広さの部屋には、これまでとは異質なガードユニットがいた。複数の間接を持つ脚部が複数存在し、その上には人間の上半身に近いボディがある。だが、その腕は二対あり、一対はガトリングガン、もう一対はキャノンと化していた。更に、頭部はなく、胸部中央にはセンサーカメラなのか、レンズらしいものがある。
 スラッグがその部屋に入り、全員が室内に入った直後、今まで進んで来た通路が閉ざされた。退路を断たれたという事である。
「ガードユニットのレベルツー……」
 アンジェが呟く。
 退路が断たれた直後、ガードユニットの胸部のレンズが赤く光を発した。
「ねぇ、何……?」
「侵入者を確実に排除するために、強力なガードユニットを置いてあるんだ。しかも、そのガードユニットが十分に性能を発揮できるように部屋も大きく造られている」
 レイシェの問いにアンジェが答え、身構える。自然と、スラッグも身構えていた。
 機械の駆動音や、内部機構の微細な動きが微妙な空気の流れとなってスラッグの感覚に刺激を与えている。
「ここに入る時にも破壊したはずだが……再配備されてるな」
 アンジェの表情が今までよりも真剣なものに変わっていた。
 駆動音が高まり、ガードユニットが跳んだ。クリーチャーのような生物的な動きではなく、直線的な動きでガードユニットが壁に張り付いた。同時に、四つの銃口がそれぞれ一人ずつに向けられ、放たれる。
「フレイム・ウォール!」
 アンジェが炎の壁を作り出し、ガトリングガンの弾丸を防ぎ、リアも横へ跳んでキャノン砲をかわす。
「風っ!」
 右手をかざして突風を巻き起こし、凄まじい勢いで連射される弾丸全ての軌道を逸らす。レイシェは水流の鞭でキャノン砲を途中で両断して爆破していた。
「スプレッド・フレイム!」
 壁にしていた炎を細かな炎に分解し、それをガードユニットへと放つ。多脚のガードユニットが壁から跳躍し、天井に張り付いてガトリングガンの弾丸を撒き散らす。
 それをスラッグの起こした暴風で吹き払い、レイシェが水流を放った。天井を高速で歩行しながらキャノン砲が四発連射され、ガトリングガンの弾丸が雨のように降り注ぐ。
 アンジェの炎とスラッグの風が全ての攻撃を受け止め、レイシェの放つ水がガードユニットを攻撃する。
 一人で戦うよりも、四人いる今の状況はむしろ不利なのかもしれないとスラッグは感じた。動ける空間が部屋として限定されている中では、敵には標的が複数あると言う事になるのである。ヴァーテクスの力がいくら物理兵器よりも強力なものだと言っても、敵による仲間への攻撃がある事や、仲間に当ててしまうかもしれないという事を考えれば、全力で戦う事も難しいだろう。
 仲間への攻撃を防ぎながら、仲間への影響を最低限にしつつ敵を攻撃しなければならないのだ。特に、アンジェのような熱気でダメージを与えてしまいかねない能力や、スラッグのような風で仲間の行動を阻害しかねない能力は限定された空間内で複数人数で戦うのには向いていないのかもしれないのだ。
 退路が閉ざされている状態では、ガードユニットと一対一にはなれない。
「トラン! お前も攻撃しろ!」
 不意に、アンジェがリアに声を投げた。
「……あんまり人前で使いたくはなかったんだけど、仕方ないわね」
 溜め息混じりに呟き、リアが手を薙いだ。
 僅かな風の動きでスラッグはリアの能力の発動を認識する。瞬間、光が放たれていた。その一筋の閃光がガードユニットのレンズに命中する。一瞬だけ照射された光がガードユニットの光学センサーに強烈な刺激を与えて破壊させたのが解った。
 一瞬、ガードユニットが動きを止める。
「今だ!」
 アンジェの号令と共に、攻撃が集中する。
 風の刃が複数の脚部を切断し、水流が四本の腕間接を吹き飛ばし、白熱した炎がボディを貫く。熱気が風によって乱され、水流を蒸発させて湯気へと変えた。そんな中でガードユニットが爆発を起こした。
 スラッグは頭上から降り注ぐ瓦礫を風で部屋の隅へ追いやる。
 ガードユニットの存在が消えたためか、通路が開かれた。躊躇う事なくアンジェがその通路へと進み、スラッグ達も後を追った。
「リアさん、二つも能力を持ってたんですか?」
「そんなに珍しい事じゃないわよ」
 レイシェの言葉にリアは苦笑して答える。
 リアによれば、能力を二つ持っている者の方がヴァーテクスには多いらしい。ただ、リアの場合は二つ目の力は人前ではあまり使わないようにしていたとの事だ。
「奥の手にしてるの、自衛のためにね」
 苦笑してリアは言った。
 治療の力しか使えないと思わせておく事で、不意打ちする者を撃退するのだそうだ。元々、光を操るという破壊力に欠ける力のため、対処方法を考えられてしまうと極端に不利になるのだ。光には微小な熱量と運動エネルギーしかないのだから。
 もっとも、光を操作できるという事は、視覚情報に関わる全ての事象を掌握できるという事でもある。それは、視覚を潰されるのと同義だ。戦闘では重要だと言える視覚を潰されてしまう能力だと敵が気付けば、対策をとられてしまう。リアが恐れているのはそれだ。
 今回は、複数人数でガードユニットの強化型を相手にしたための不利な部分を解消するために、最低限の力を使用したようだが、今後もリアの協力は考えない方が良さそうだった。どこで誰が見ているか解らないのだ。
「あなた達だって二つ能力を持っているかもしれないのよ」
「そうなのか?」
 リアの言葉にスラッグが問う。
 現時点では、スラッグ自身、風以外に何か力が使えるという感覚はない。
「少なくとも、アンジェは奥の手を持ってるわよ」
「トラン!」
 そのリアの言葉にアンジェが鋭い声を投げた。その声にリアは肩を竦めて見せた。
「まぁ、潜在能力ってところね」
 潜在的に秘めているもう一つの能力があるかもしれない。少なくとも、アンジェとリアはそれを持っているという。その力を使うにも、やはり何かのきっかけで力自体を把握しなければならないのだろう。
「エレベーターは二人までしか乗れないが、どうする?」
 突き当たりのドアの前で、アンジェが言った。
 今までジオ・フロント内壁の外周通路を進んで来たが、ここでようやく地上へと近付く通路に出たらしい。エレベーターで上層階に上がり、そこからまた通路を進み、地上への出入り口に続いているらしい。
「案内役のアンジェは先に言った方がいいだろ?」
 スラッグの言葉に、アンジェは頷いた。
「じゃあ、私かしら?」
「できれば他の奴にしてくれ」
 リアの言葉に、アンジェは渋い顔をして見せる。
「私が行くわ」
「よし、行こう」
 スラッグが何か言う前にレイシェが言い、アンジェは頷いてレイシェをエレベーターに引き入れた。ドアが閉ざされ、エレベーターが上昇して行く空気の流れが読めた。
「……そんなに嫌われてるなんて、何かあったのか?」
「んー……、外に出て、アンジェがいない時に教えてあげるわ」
 スラッグの疑問に、リアは苦笑して答えた。
 過去に二人の間に何かがあったのは間違いないが、それがいまいち解らない。知る必要がないと言われてしまえばそこまでのはずなのに、リアは何故かそうは言わなかった。つまりは、教えると言っているのである。ただ、時期が今すぐというわけではないだけで。
「ところで、あの娘の事はどうなの?」
「どうって?」
「あの娘自身はあなたの事、あまり意識してないみたいじゃない」
「……そうかもね」
 リアの言葉に、スラッグは苦笑して答えた。
「それでいいの?」
「……解らない」
 言い、スラッグは溜め息をついた。
 正直なところ、スラッグはレイシェに好意を寄せているのは事実だ。だが、レイシェはスラッグに好意を寄せているようには感じられない。リアはそこを問うているのだろう。
「……一途なのはいいけど、言い出せなきゃ馬鹿よ? ずっとナイトでいるわけにもいかないでしょう?」
「まぁ、ね……」
 リアの言葉に、スラッグは反論できなかった。
 やがて降りてきたエレベーターに乗り、リアが操作パネルのボタンを押す。ゆっくりと加速して上昇していくエレベーターの中で、リアがスラッグに向き直る。
「あなた、彼女の事好きなんでしょ?」
 スラッグの背後の壁に手をついて、リアがスラッグに顔を近付ける。鼻先が触れる寸前までリアの顔が近付いていた。身を退こうと背中を壁に押し付けても、それ以上後ろには下がれない。
「な、何を……?」
 香水でもつけているのだろうか、微かに甘い匂いがした。
 その体勢のままで最上層に辿り着き、ドアが開く。
「何してるの?」
「れ、レイシェ――!」
「早く行こうよ、もう近いらしいし」
 慌てるスラッグとは裏腹に、レイシェはいつもの調子で言い放つ。
 リアが身を退き、スラッグがレイシェの後を追って駆け出す。スラッグがリアとすれ違う瞬間、微かにリアが呟くのが聞こえた。
「――脈なし、なのかしらね……」
 その言葉はスラッグも前々から感じていた事だった。恐らく、リアはスラッグではなくレイシェを試そうとしていたのだろう。スラッグを誘惑しているように見せて、レイシェがどう反応するかを見ようとしていたに違いない。
 左右の壁の一部が開き、機銃が向けられた。スラッグが風の刃でその付け根を切断し、更に現れた箱型ガードユニットを焼き払う。熱気が通路を満たすが、スラッグが風で熱を散らした。
「前々から思ってたんだけど、壁を突き破って上には行けないのか?」
「ジオ・フロントの内壁や通路の壁は特殊な素材でできていてね、強度も耐性も並じゃないのよ」
 スラッグの問いにリアが答えた。
 確かに、ここまで来る以前にスラッグはガードユニットを破壊するのと同時に壁にも攻撃を加えていたが、びくともしなかった。やはり、ジオ・フロントという巨大な空間を維持するために内壁の構造には気を使っているのだろう。
「今じゃもう精製する技術すらないんだけどね……」
 苦笑し、リアが告げる。
 遥か昔に造られたもので、時代が変わってしまった現在では同じ素材を精製する技術が失われてしまっているらしい。
「一体、どうなってんだよ歴史は……」
「外に着いて落ち着けたら教えてあげるわ」
 スラッグの呟きにリアが言う。
「この先に最後のガードユニットがいる。気を引き締めておけよ」
 アンジェが言い、開けた空間に入った。
 多脚型ガードユニットと戦った部屋よりも広く、目の前に存在するガードユニットも巨大なものになっている。人間二人分はあるかと思わせる程の太さの脚部に、多種多様な銃口を持つ両腕、重厚感のある巨躯は全身が装甲で覆われている。頭部はなく、流線型の胸部に、背部にはバーニアが複数。そのガードユニットが三体、室内で待機していた。
 スラッグ達が室内に入った直後に退路が断たれ、ガードユニット三体が機動する。
「私は回避に専念するわ。こいつらは光学センサーだけじゃなくて熱・音・振動感知センサーもあるから」
「勝手にしろ!」
 リアの言葉にアンジェが応じ、三人がそれぞれ一体ずつを相手にするかのように散った。
 スラッグは周囲の感覚に集中し、風の流れを掌握する。大気の振動の全ての自らの触覚に直結させ、目の前のガードユニットが動き出すよりも早く風の刃を打ち出した。装甲に命中した風の刃は、しかし完全に装甲を裂く事ができずに周囲に拡散してしまう。
 両手から放たれた銃弾を横に跳んでかわし、着地と同時に風を纏って跳躍。ガードユニットの真上を飛び越え、風を槍として放つ。ガードユニットは背部バーニアを点火し、想像以上の速度で槍を回避した。同時に一瞬で向きを反転し、両腕からミサイルを放つ。風の防壁でミサイルを逸らし、二つのミサイルを互いにぶつけさせて破壊する。着地し、側転するようにしてマシンガンの掃射をかわし、意識を集中する。
 大気を掻き集めるようイメージし、圧縮した空気でガードユニットの右腕を包み込む。その空気を解放するのと同時に引き千切るように動かし、圧縮空気を炸裂させた。爆発さながらの音を周囲に放ち、ガードユニットの右腕が吹き飛んだ。
 残った左腕のマシンガンを掃射するガードユニットに、スラッグは風を纏って横へ回り込むように駆け出す。足元を銃弾が跳ねるが、軌道は大気の動きで読んでいる。左腕の下部が開き、グレネード弾が放たれるが、スラッグは大気を練ってそのグレネード弾を捉え、軌道を捻じ曲げた。レイシェが戦っているガードユニットの背面にグレネード弾の進路を曲げ、風を開放する。背面の動きに気付いたのか、ガードユニットが回避行動を取ろうとバーニアに点火した瞬間、レイシェの放つ水流がガードユニットの左脚部を切断していた。バランスを崩し、バーニアの加速で床に激突したガードユニットにグレネード弾が命中し、背面が吹き飛んだ。
 スラッグは背面宙返りをするように、ミサイルを飛び越えて回避し、圧縮空気の塊を本来戦っていたガードユニットへと放った。一瞬でガードユニットに到達した空気を炸裂させ、バランスを崩したガードユニットを横合いから白熱した炎が貫いた。装甲が溶解し、熱量が内部を焼き、燃料を吹き飛ばし、ガードユニットを爆発させる。
 大気の感覚で機能停止を確認しつつ、スラッグは先程グレネード弾を命中させたガードユニットに意識を向けた。レイシェは銃弾とミサイルを水流で防いでいる。その攻撃を繰り出しているガードユニットは片足を失い、背面バーニアも使用不可となり、固定砲台と化していた。だが、火力として油断はできない。
 スラッグは背部バーニアが吹き飛んだ隙間から大量の風を送り込み、ガードユニットの内部で圧縮させて行った。そして、十分だと判断したところで圧縮空気を炸裂させ、内部機構を一気に吹き飛ばす。痙攣したかのようにがくがくとガードユニットが震え、機能を停止した。
 一方、アンジェは巨大な炎の剣を作り出し、それをガードユニットに振り下ろしていた。五メートル以上もある巨大な炎の剣は白熱し、陽炎を纏っている。その剣を正面に浴び、ガードユニットが溶断される。装甲がへこみ、変形し、溶け、避ける。その流れが一瞬で起き、ガードユニットが両断された。
 そうして三体のガードユニットが沈黙し、四人が一箇所に集まった。
「全員、無事だな?」
「うん、大丈夫」
 アンジェの問いに、レイシェが頷いてみせる。
「この先に外への出入り口がある」
 仲間を見渡して言い、アンジェは開いた通路へと歩みを進める。スラッグ達もそれを追いかけ、通路に入った。
 そこは今までの通路と違い、通路の電灯は少なくなり、少しずつ薄暗くなって行く。やがて電灯がなくなったが、スラッグ達の背にあるエネルギー体の翼が明かりとなっていた。
 微かに、今まで感じた事のない、新鮮な感覚の風が流れ込んでいるのを感じた。それは紛れもなく、今までアンジェが纏っていたと感じてきた風であった。
 そうして、アンジェが立ち止まり、上へと手を伸ばす。
「ここから先が、外だ」
 天井の一部が外され、強烈な光が差し込む。
 瞬間、一気に流れ込んできた『外』の風にスラッグは理解した。何故、ジオ・フロントを出る決意をしたのか、を。外の風、それはアンジェから感じた風だ。

 ――俺は、この風に惹かれていたんだ……。
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