序章 「蒼い光」


 脇腹に何かが押し当てられた圧迫感を感じた。
「え……?」
 見ると、ナイフが突き刺さっていた。
 顔を上げると、男が二人。丁度、夕日を背にしているためか、顔は見えない。
 そのうちの片方が、脇腹に刺さっているナイフの柄を握っていた。
 痛み、というのはまだこない。冷静に判断出来ているようだが、それでも痛覚等は混乱しているのだろう。
 捻られたナイフが、傷口を広げる。
 その後で、身体の内側をからナイフが引き抜かれた。その時の違和感が出て、初めて激痛が駆け抜ける。
 途端に、鮮血が噴き出す。それと同時に、虫唾が走るような感覚と共に、痛覚が刺激される。
 反射的に手が傷口を押さえたが、触れた瞬間に激痛が走り、自分の間違いに気付く。
 前屈みの状態で、耐え切れず膝をつくと、頭上から声が降ってきた。
 明らかに日本語ではない言語が耳に入ってきた。
 混乱していて、何語なのか聞き取る事も出来ない。
 と、視界に入っていた男の手が、振り上げられた刹那――
「――!」
 強烈な衝撃と共に、身体が舞い上がった。
 突風に吹き飛ばされたように、身体が宙に浮き、数メートル離れた道路の上を転がり、うつ伏せで止まった。
 咳き込むが、その衝撃で脇腹に激痛が走り、手で押さえ、全身に走る鈍い痛みに再度悶える。
「がっ…はっ……っ」
 数回荒い息を繰り返し、男達の方へ視線を向けた。
 今の突風のようなものは一体何だ。
(何だよ、あいつら……!)
 その光景は異常だった。
 男達の顔はほとんど見えないのに、目だけが不気味に光を帯びているのが判った。
(何だよ、これ!)
 声にならない抗議の声を、頭の中で廻らせる。
 今日は、高校の風紀委員の臨時委員会によって下校が遅れたのだ。そのためもあって、帰りは急いでいた。
 日は沈んだ直後で、山の端はまだ仄かに明るい。だが、それ以外、既に辺りは暗く、人影はない。
 特に、高校から家の間にある、ここ、サイクリングロードは周囲の民家とは離れていて、この時間帯は人を見る事は稀だ。
 丁度、高校と家の中間辺りで、この二人組みと出くわした。最初はただの散歩をしている人かと思い、意識していなかった。
 だが、すれ違う瞬間に刺されたのだ。
 通り魔かと思ったが、こんな異常な通り魔なんて聞いた事がない。外国人で、目が発光する二人組みの通り魔なんて。しかも、妙な突風を操ると言うのも常軌を逸している。
(……殺される)
 力を振り絞り、立ち上がろうと身体に力を込める。
 が、全身に走る鈍痛と、脇腹の激痛がそれを阻害し、上手く動けない。
 背中を嫌な汗が伝い、恐怖感が今になって込み上げてくる。今まで冷静でいられたのが奇跡だとでも言うように。
 心臓が早鐘のように鳴り、身体が震える。
 このままだと殺される。混乱する頭の中で、それだけははっきりと確信していた。だから身体を動かし、少しでも抵抗したかった。
 まだ、死にたくはないのだから。
 ――本当に死にたくはないのですか?
 不意に頭の中に響いた、自分の意思とは全く違う声。
 その声で、急に意識が冷静さを取り戻す。
 どこからか、女性の声が再度問うてきた。
 ――それとも、このまま、死にたいのですか?
(死にたいもんか…!)
 奥歯を噛み締め、懸命に身体を起こそうとする。
 全力を振り絞り、痛みと恐怖を訴える身体に鞭を打って。
 ――それが、あなたの全力ですか?
(全力だよ、十分……!)
 どこか冷めたような響きが声に含まれた。
 これが全力でなければ、何だというのか。怒りも混じった意思が、声に応える。
 ――いいえ、あなたには力がある。
 否定する声が、響く。
 ――解き放ちなさい、生きたいのであれば。
(何――)
 刹那、視界に光が満ちた。
「――が?」
 閃光に満ちた視界は元のまま、男達二人を捉えている。
 映像が直接頭に流し込まれたら、そうなるのかもしれない。視界は普通なのだが、それに被さる、脳が処理する情報には、真っ白な光に包まれた世界が映し出されている。
 白だと思っていた光に、蒼い光がある事に気付いた。その蒼い光は、白い光と混ざり合い、それでも混ざり切らずに蒼い光のまま、白い光のままで流れ、視界のずっと遠い場所から溢れ出ていた。
 光の奔流で構成された空間の中にいるような感覚。
 ――さぁ、目覚めなさい!
 声と共に、視界が光に満ちた。
 蒼と白、判別出来ない程の眩しい輝きに包まれた瞬間、意識が途切れた。
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