第三章 「困惑、崩される時」


 いつも通りの時間に目が覚めた光は、ベッドから抜け出て着替え、カーテンを開けた。頭を左右に軽く振って眠気を強引に振り払い、再度窓の外へと視線を向ける。
 誰の視線も感じない。監視がいない事を再認識し、光は自分の部屋を出て一階へと下りた。いつも通りに顔を洗い、食卓につく。
 克美がいる中でいつも通りに振る舞い、昨日と同じように食事を取った。
(……VAN)
 込み上げる不快感を理性で抑え付ける。
 恐らく、彼女が孝二の知人である事に嘘や偽りはない。そうでなければ、今のような状況にはなっていないのだから。寧ろ、それを狙って来たのかもしれない。いや、狙ってきたのだろう、それが最も効果的だから。昨夜の会話がそれを物語っている。
 ――身近な者に注意を払え。
 ――既に、お前の周囲にVANの構成員が存在している。
 ダスクと聖一の言葉が思い返される。
 克美の事だったのだと、はっきりと判った。
「ご馳走様」
 言い、光は食事を終えた食器をキッチンの流しに持って行く。平静を装い、席についている克美とすれ違う。
 あたかも克美がVANである事に気付いていないかのように振舞うのは、予想以上に堪えた。本来、光は感情を抑制するという事は苦手ではない。それだけ、光はVANに対して敵意を持っているという事だ。
 今すぐにでも具現力を解放してその存在を抹消したいとすら、思う。だが、この場には家族がいる。何も知らないで、毎日を生きている家族が。
 克美に昨日と変わった様子はない。見える限りでは、自然体でいるようだった。
 ただ、光の頭の中には昨晩の記憶がある。そのためか、克美に注意が向かってしまう。危険な傾向だと自覚もしていた。
 光が克美の正体を知っていると、相手にはまだ気付かれていないはずだ。だが、克美は光が能力者である事を知っているのは確実だ。だとしたら、光が克美を無闇に警戒するのはまずい。克美に注目してしまえば、怪しまれるのは光の方だ。
 初対面の状態で光は克美に余り関心を示さなかった。その態度を崩してはいけない。
 ――作戦の第二段階に移ります。
 あの言葉が何を意味しているのか、現段階では何も解らない。
 先手を打つにも、状況を考えなければならない。
 光の家族を盾にする可能性は高い。そうなる前に手を打たねばならない。ただし、それは最終手段だ。可能な限り、家族の前で戦うわけにはいかない。
 今は、普段通り登校すべきだ。光はそう結論を出した。
 光が不在の時に克美が孝二や香織、晃を人質に取る事も考えられる。孝二や香織、晃は修と違い、光が能力者である事は知らない。だとすれば、修よりは人質にされる可能性は低い。
 VANは非能力者を極力巻き込まぬようにしている。何も知らない者には手を出さず、力はなくとも力の存在を知る者は攻撃対象にする、というのが光の分析だ。これが正しければ、克美は家族に直接手を出す事はない。
 不安ではあるが、修とも相談をした方がいい。
 家族に接近された光では冷静な判断が下せていない可能性もある。少し離れた立場から物事を見る事のできる修の意見も聞くべきだ。
「行ってきます」
 晃よりも一足早く、光は家を出た。

 いつもより少しだけ早く家を出てきたためか、光が登校途中にシェルリアと会う事もなかった。普段から遅刻ぎりぎりの修とは会うはずもない。
 光は席に着いて、頬杖をつく。
 青空と雲の割合は半分ずつ。判定的には曇り空だ。
 夏の日本は台風の季節でもある。気象予報でも、既に沖縄付近には台風が来ているらしい。山に囲まれた長野県は台風の直撃をほとんど受けないが、雨が降りやすくなったりといった影響は出る。
 落ち着かない。
 ダスクや聖一の言葉が気になってしまう。克美の行動も気になる。
「どうかしたんか?」
 修に話し掛けられ、光は視線をそちらに向けた。
「ん、まぁ、色々あってさ」
 一瞬、話すべきか迷った。そのために学校に来たにも関わらず、だ。
 自分一人で解決すべき事なのではないか。修を巻き込むべきではないのではないか、と。
「あいつらが動いたんだな?」
 修が溜め息混じりに呟いた。
 光は頷く事しかできなかった。
 協力し合うと誓った仲だ。危険だとか、家族の事だからだとか、一人で背負うべきではない。それに、修の力ならば十分に戦力になりうる。光一人で戦うよりも生き延びる可能性はずっと高くなるはずだ。
 もっとも、修もVANには狙われる対象になっている。決して無関係ではない。
「何があったんだ?」
「家に上がり込んできやがった」
 光の言葉に、修が目を丸くした。
「家に?」
「ああ。叔父さんの旧友らしいんだ」
「……本格的に仕掛けてきたって事か」
 修が唸る。
 今までは素人目から見てもVANのやり方は甘いものだった。大きな組織力を持っているのならば、個人を潰す事はそれほど難しくないはずだ。
「先輩も、ダスクもそう言ってた」
「まぁ、今までが異常だったんだろうな」
 光の言葉に修が頷く。
「俺の分析じゃ、VANは最低でも二つの分派がある」
 修が声を小さくして告げた。
「一つは、俺達に寛大な穏健派。もう一方は、俺達を抹殺したい強硬派。あと、あるとすれば『長』とやらの総意だろうな」
 ダスクのように、光達の意思を尊重して組織は手を出すべきではないとする者達は少なからずいる。どうしても光達を排除すべきだと主張する強硬派は多い。ダスクの影響力が強いのか、今までは強硬派の動きはさほど大きなものではなかった。まだ本腰ではなかったという事もあるのだろう。
「搦手から攻めてきたって事は、覚悟しとけよ」
 修が言う。
 ――覚悟。
 敵の命を奪って生き延びる覚悟はできている。だが、それを公にしても平静を保てるかどうか解らない。最悪、家族を捨てなければならない。
 常に最悪の状況を考える。そうする事で、実際の状況を最悪へと向けぬようにする。故に、光は覚悟しなければならない。
 最悪、家族を捨てるという選択をする覚悟を。
「奴らの仲間になるつもりはないんだろ?」
「それだけは断るつもりだ」
 光は断言した。
 家族を人質に光を威すというなら、考えられるのはVANへの勧誘だ。家族を殺されたくなければVANに所属しろ、と要求してくるのが妥当だ。
 既に、光は身近な存在を一人殺されている。
 その際の光の動揺を見られていたなら、家族を人質にするという行動は有効だと思われたに違いない。
 だからこそ、光は覚悟しなければならない。
 光がVANの要求を拒否すれば、家族が殺される可能性は高い。光が自らの意志を貫くなら、家族の命すら捨てなければならないのだ。
「けど、その前に何か手を打つ」
 光は言った。
 今までは家族には近付いて来なかったVANが、家の中にまで侵入してきている。今までとは明らかに方針が変わっている。能力者として戦って排除するという今までの方針から、どんな手を使っても排除する、という方向にシフトしたと考えるべきだ。
 家族を失ってまで平穏な生活ができるか、と問われれば反論できない。だが、それでもVANの言いなりにはなりたくない。
「明日は終業式だしな、夏休みに入ればチャンスも増えるんじゃないか?」
 修が言う。
 学校を休んで戦う、という選択肢が無いわけではない。
 ただ、能力者として戦うようになってから、光の感覚は変化した。普段の生活がとてもありがたいものに変わっているのだ。その時間を一つ一つ噛み締める事が、光の望みにもなっている。
 だから、光は極力学校を休もうとしない。それを修も理解している。
「敵が一人で出歩いている時を狙えればいいんだけどな」
 溜め息混じりに光が呟く。
 今の所、克美が光の家から出る様子はない。
「今、家には誰かいるのか?」
「いや、いないと思う」
「敵一人って事か?」
 光は頷いた。
 孝二も香織もそれぞれ仕事がある。克美一人が光の家にいると考えてもいいだろう。もしかしたら、孝二が仕事に出る際に家を出て、ホテルか何かで宿を取っているかもしれない。
 家にいたとしても、何か細工していれば直ぐに判るだろう。
 特に、監視カメラのようなものは光の具現力で直ぐに探知できる。
「ちょっと無用心じゃないか?」
 修の言葉に、光は黙り込んだ。
 相手が本腰を入れ始めたなら、どんな行動をするか判らない。
 孝二を密かに殺す可能性もあるし、家族の前で光を勧誘してくる可能性だってある。もしかしたら、家族の目の前で攻撃してくるかもしれない。家の中だけで行動を起こし、事が済んだら全員を消しさえすれば隠蔽だって不可能ではない。
「やっぱり、もっと考えないと駄目だな」
 大きく息をついて、光は天井を見上げた。
 修に話して良かった。光はそう思った。でなければ、甘い考えのまま後手に回ってしまっていただろう。二人で話し合い、状況を整理し、考えを煮詰めていく。それをするには光一人では限界がある。やはり、別の視点から物事を見て、言葉にしてくれる存在は大切だ。
 ――俺達も、このままじゃ駄目かもしれない。
 光の心の中で、少しずつその思いが大きくなっていた。

 下校時刻が数分過ぎてから、光は昇降口で靴を履き替えていた。
 掃除の当番でゴミを出しに行っていたために下校が遅れたのだ。極力急いだため、本来なら五分以上はかかるところを二分程度で済ませている。
 修は今日も有希が来るからと先に帰った。
 少しだけ嫉妬していた。羨ましい、というべきか。
 修の力は空間を壊す。全ての空間に穴を開け、自由に移動すると同時に、空間の位相をずらして相手の動きを封じる事もできる。また、それは外部との全ての接触を拒む事もできる。応用力が高い修の力は、防衛や保護、移動に置いて高い性能を発揮する。
 加えて、修の彼女である有希も能力者だ。戦闘能力は皆無だが、治癒という特殊な力を持っている。加えて、彼女の父親が政府との繋がりのある人物らしく、能力者やVANの存在を知っている。それが修の情報源だ。
 一人暮らしの修なら、VANへの対応は光ほど困らない。有希自身が能力者であるためと、そのバックにある勢力が壁にもなりうる。修自身、戦うとなればかなりの戦闘能力を備えている。並の能力者では相手にならないだろう。
 上手く行っている二人が羨ましく思えた。
 光が悲惨な結果になっているためかもしれない。ただ、嫉妬や羨望を抱いても、このまま上手く行って欲しいとも思っている。自分と同じような結末を迎えて欲しくない、と。そのための力ならいくらでも貸すと、心に決めていた。
 解け掛けた靴紐をきつめに結び直し、光は生徒昇降口から外に出た。
「ん?」
 不意に、視界の端に多くの人影が映った。
 人だかりができている。だが、普通の人だかりと違って、静まり返っている。
 それを尻目に、光は歩き出した。人だかりの外周を歩いていく。
 と、人だかりに穴が開いているのに気付いた。U字型になっているのだ。
 中央には一組の男女が向かいあっている。
 一人はシェルリアだった。もう一方は、光と同学年だが別のクラスの男子だ。確か、光の学年にいる、唯一留年した生徒だ。
「シェリー、俺は君に惚れた!」
 男子生徒が、叫んだ。真顔で、しかも胸を張って。
 光は吹き出しそうになった。思わず口元を押さえて顔を背ける。
「ついに言いやがった……」
 周りでは何やら感嘆とも苦笑とも取れるざわめきが起こっている。もっと考えて喋れだの、クサイだの、言いたい放題だ。
 光自身、もっと気の利いた言葉を選ぶべきだろうと内心で突っ込んでいる。ただ、周りに大勢の人がいる状態ではそれもどうかと思うが。
「場所をわきまえろお前ら」
 それが光の感想だった。口には出さなかったが。
 見ているにしても、周囲の観客が近過ぎる。もっと遠巻きから事の成り行きを見守るべきだろう。
「マツヤマさん、でしたよね?」
「はい!」
 シェルリアの言葉に、松山と呼ばれた留年生が返事をする。
「申し訳ないけれど、私はあなたとは付き合えないわ」
 シェルリアが告げた言葉に、松山が目を見開いて固まった。
「そんな、何故だい! 僕には君を包み込んであげられるほどの愛があるというのに!」
 光は寒気に身体を震わせた。首筋の内側に不快な寒気が生じた。
 歯が浮く、ではなく、耳が腐る、と光は感じていた。
「包み込んでくれるのは良いけれど、それが鎖になったら嫌だわ」
 シェルリアが告げる。
「そんな事はしないよ。全て君の望むようにするさ」
「あら、全部人に合わせるなんて、私には合わないわ」
 からかっているのだろうか、松山の言葉にシェルリアは直ぐに否定的な意見を返している。
 返す言葉がなくなったのか、松山が口をぱくぱくさせていた。何か喋って間を繋げなければシェルリアが離れて行ってしまうのだが、引き止める言葉がないといったところだろう。
「……あ、そう、そうだ! 好きな人はいるのかい?」
 彼がどうにか搾り出した言葉はそれだった。
 いないなら付き合ってくれ、とでも言いたいのだろうか。
「恋愛対象にしたい人は、いるわ」
 周囲にどよめきが起こる。
 シェルリアを彼女にしたいという者が多かったという事なのだろう。
 光がそろそろ立ち去ろうかとした時、シェルリアの声が聞こえた。
「カソウ・ヒカル君なら、私、付き合ってもいいわ」
「――!」
 思わず、光はシェルリアのいる方向へ振り返っていた。
 周囲の視線が一気に光へと向けられる。その視線の圧力に、光は一歩後退った。
 松山はその場に座り込んでいた。
「火蒼、貴様ぁっ!」
 数瞬遅れて、勢いよく立ち上がった松山が光に駆け寄って胸倉を掴んだ。
「何だよ!」
 顔を顰めて光が言い返す。
「僕から美咲さんまで奪ったお前が、彼女まで奪うのか!」
 松山が光を激しく揺する。
「そもそもお前のものじゃないだろうが……」
 半ば呆れた表情で、光は反論した。
「お前のせいで美咲さんは――!」
 松山の言葉は途中で途切れた。
 光が松山の腕を振り払っていた。そのまま、振り払った手を拳に変えて松山の頬に叩き込む。
「何も知らない奴が口を出すな。前にも言ったはずだろ……!」
 殺気を込めた視線を松山に向け、吐き捨てた。
 谷崎美咲。一ヶ月ほど前、光と付き合っていた女子だ。彼女は、光と付き合って間もなく命を落とした。表向きは通り魔に殺されたという事にされたが、真実はVANによる攻撃だ。美咲は、光が能力者である事を知りながら、自らが危険に晒される事すらも承知の上で光と付き合いたいと言ってくれた。
 だが、光は彼女に応えてやる事ができなかった。守れなかったのだ。
「ヒカル、聞いてたわよね?」
 シェルリアが歩み出る。
 光を逃がさないようにしているのか、今まで松山を取り囲んでいた生徒達が移動していた。光を取り囲むように。
「まぁ、聞いてたけど……」
 光は言葉を濁した。
「あなたは私の事、どう思ってるの?」
「別に、ただのクラスメイト、かな」
 シェルリアの問いに、光は正直に答えた。
 美人ではあると思うが、光が彼女を美しいと感じるかどうかは別だ。恋人にしたいと思うほどの感情は抱いていないし、別段興味があるわけでもない。
 敵でないのなら、何であっても構わない、というのが本音だった。ただし、できる限り光に関わらせたくない。敵ではないのなら、光に接近してくる者はVANの攻撃対象にされかねない。美咲もその理由で殺されたのだ。二の舞は踏みたくなかった。
 周りの生徒達がまだざわめいている。光の言葉が気に食わない者が多いに違いない。
 シェルシア自身も少し驚いているように見えた。
 今まで注目されてきたのだから、自意識過剰だとは思わない。むしろ、そういう光の感性が彼女に好感を持たせたのかもしれないが。
「あなたが好きだと言ったら、付き合ってくれる?」
 はっきりと、シェルリアは言った。
 周囲が騒がしくなるかと思ったが、逆に静まり返っていた。光の返答を聞き逃すまいとしているのだろうか。
 正直、居心地が悪い。元々、注目されるのが好きではないのだ。これだけの人間に見つめられるのは正直不快だった。
「……悪いけど、俺は君とは付き合えないよ」
 光は告げた。
 一瞬の間を置いて、周囲が騒がしくなる。ブーイングが半分混じっているのが判った。
「貴様! こんな美しい人からの告白を蹴るのか!」
 松山がまた光に噛み付いてきた。
「お前はどうしたいんだよ!」
 光は松山を突き飛ばす。
 先程まで光にシェルリアを取られるのを悔しがっていたというのに、光がシェルリアの告白を拒否したら食らいついてくるというのはどうだろうか。自分にもまだチャンスがあると喜べばいいだろうに。
「もしかして、私が外国人だから?」
 シェルリアが問う。
「え?」
 光が訊き返す。
「目立つの、嫌なんでしょ?」
 その言葉で、光は納得した。
 日本で外国人の留学生、それも美女となればかなり目立つものだ。そんな人物と交際すれば、当然目立つだろうし、話題にもなる。
 以前、光が目立つのが好きではないと言った事をシェルリアは憶えていたのだ。だから、光は目立つのを嫌ってシェルリアの交際の申し出を断ったと思ったのだろう。
「そんな事で断ったりしないよ」
 光は言う。
 確かに、目立つのは嫌だが、それだけで彼女を選んだりはしない。本当に好きな相手となら、周囲の目を気にしたりはしない。どれだけ目立ったとしても、光は堂々と付き合いたいと思うし、そうするつもりだ。
 外国人だから交際したくないというのは、人種差別だとも思う。光自身、国籍を気にするつもりはない。本当に好きになれたなら、どんなものでも受け入れられるのではないだろうか。
 少なくとも、光はそう思う。
「あ、ミサキさんがいるから……?」
 シェルリアの言葉に、光は目を伏せた。
「美咲さんは、一ヶ月前に通り魔に殺されたんだ」
 松山が苦々しく呟いた。
「ご、ごめんなさい……!」
 シェルリアが口元を押さえた。
 光は首を横に振った。
「もし、美咲と付き合っていなかったとしても、俺は君の告白は断ったと思う」
 光は言った。
 周りの人間達には、光と美咲は両想いという風に見えていただろう。そのイメージは崩さない方がいい。
 本当は、光は彼女を好いてやる事ができなかった。彼女の想いに応える事ができなかったのだ。それが、辛い。
 光が美咲を好きになるまでに至らなかった事を知っている者はほんの数人だ。皆、光が能力者だと知っている者達だ。
「どうして?」
 シェルリアが問う。
「俺にも良く解らない」
 頬を掻きながら、光は言った。
 何故なのか、自分でも説明できない。美咲もそうだが、シェルリアを恋愛の対象に見る事ができない理由が理解できない。何故、好きだと思えないのか、解らない。無論、言葉での説明なんてできるはずもない。
「理屈じゃない、って事?」
 シェルリアの言葉に、光は肩を竦めて見せる。理屈でなく好きになれないのか、それすら解らない。
 おかしな話だが、何か理由があるような気はするのだ。だが、それが何なのか判らない。
「もしかして、好きな人がいるの?」
 シェルリアの言葉に、周囲が光に注目する。
「どうだろ。判らない」
 光は静かに呟いた。
 一番可能性がありそうではある。ただ、光自身、誰が好きなのか気付いていないだけなのかもしれない。はっきりこれだと断言できるわけではないのだが。
「じゃあ、逆に聞くけど、何で俺に告白するんだ?」
 光のどこが好きになったのか、シェルリアに問う。
「そうね……」
 周りがシェルリアに注目する。
「強いトコ、かしら?」
 小さく笑みを浮かべて、シェルリアが言った。
 その言葉に、光は僅かに驚いていた。
 周囲の生徒達はざわめいている。シェルリアの言葉が理解できなかったのだろう。
「ちゃんと自分の意思を持ってるし、相手の意思もしっかり受け止められる。そういう人って素敵だと思うわ」
 ざわめく野次馬を他所に、シェルリアが告げる。
 光は何も言わなかった。
 それは光のスタンスだ。相手の事を考えてやれば、その意見や意思を尊重できる。自分の意見と違っても、そう考える人がいると思えば、受け入れる事はできるはずだ。もし、相手の意見を受け止められなければ、争うきっかけになりかねない。争いを避けるためと言い換える事もできる。流石に、余りにも酷い考えは受け止められないが。
「本当の包容力って、そういうものでしょう?」
 シェルリアが微笑む。
 包容とは、自分と反対意見を持つ人や悪口を言う人などと、承知の上で付き合う事を指す言葉だ。単に、人を包み込む優しさを持っているだけではない。
「人付き合いが極端に少ないのに?」
 人ごみの中の誰かが言った。
「それは、きっとあなた達に問題があるんじゃないかしら? ちゃんと話してみれば、彼はとても良い人よ」
 シェルリアの言葉に、周囲が静まり返った。
「そう言ってくれるのは嬉しいけどね」
 光は苦笑した。
「ね、じゃあ、試しに私と付き合ってみない?」
 シェルリアが言う。
「それは遠慮しとくよ」
 光は即答した。
 本当に好きだと思える相手でなければ、光は付き合うべきではない。VANの攻撃対象になった時、守りきれるかどうか判らないのだ。美咲の時のように、考えを巡らせる事ができずに殺されてしまうかもしれない。彼女の周囲をもっと警戒すべきだと考えられなかったのは、彼女を心の底から好きになれなかったためだと光は思っている。中途半端な気持ちで付き合えば、同じ状況を引き起こしてしまいかねない。
 勿論、シェルリアをまだ完全に信用していないというのもある。
 克美という人物を使って、家族の中にまで入り込んできているのだ。もし、光がここで誰かと付き合ったとすれば、美咲の時よりも攻撃される可能性は高い。
「そ、残念だわ」
 さして気落ちした様子もなく、シェルリアが言った。
 もしかしたら光もからかわれていたのかもしれない。
「で、俺もう帰りたいんだけど……」
 一度息をついて、光は周りの人だかりに向かって呟いた。
 何やら、ブーイングが飛んでいる。シェルリアに謝れだの、女ったらしだの、男の屑だの、言いたい放題だ。
 悪口や陰口を言われるのには慣れている。流石に何も感じないと言えば嘘になるが、光は無視してシェルリアの方へと歩き出した。
 シェルリアの後方には人垣の穴があいている。シェルリアとすれ違い、松山の目の前を通り過ぎて、人垣の中から抜け出る。
「時間食ったなぁ……」
 大きく溜め息をついて、光は学校を後にした。
 疲れが一気に溜まった気分だった。注目された事と、シェルリアや松山とのやりとりで精神的に疲れていた。
「これから考えなきゃいけない問題も山積みだってのに……」
 光は額を押さえた。
 当面の問題は克美への対処だ。いつまでも家族と一緒にいさせるわけにはいかない。どこかで排除しなくてはならない。修の力を借りれば、一瞬で克美を孤立させたり、誰もいない場所へ移動させる事も可能だ。だが、それも克美が光の家族と離れている状態で行わなければならない。
 家族の目の前で克美を瞬間移動させるのはまずい。しかも、その直後に克美が死んだとなれば家族への誤魔化しも難しい。勿論、光にそんな超常現象を起こせるとは思えないだろうが、下手に刺激するのも問題有りだ。
 できる限り秘密裏に克美を処理しなければならない。
 孝二や香織と面識があるというのが一番厄介なところだ。
 近くにホテルを取ったとしても、ちょくちょく話しに来るだろうからだ。勿論、相手はVANなのだから、光が考えている行動もある程度は予測しているはずだ。そうなれば、単独行動をする可能性は低い。仮に単独で動いたとしても、何かしら罠を張って光達に対処してくるだろう。
 相手が隙を見せるのを待つよりは、隙を誘う方がいいかもしれない。ただ、そのためには相手を動かせるような弱みや情報を握るしかない。行動で相手を誘うのも有りだが、具体的な作戦は思いつかない。
 光一人で家を抜け出してどうこうしようにも、常にいたVANの監視は今は全く無い。光が攻撃する対象は今や克美しかいないのだ。加えて、光が家を抜け出したとして、その間に家族に何かされても困る。寧ろ、その方が光にとっては恐ろしい。
「覚悟、か……」
 光は呟いた。
 本当に、覚悟を決めなければならないのかもしれない。
 家族を捨てる覚悟、もしくは、家族を守るために自分を捨てる覚悟のどちらかを。

 今まで十分に覚悟してきたつもりだった。
 ただ、それは相手の命を奪って自分が生き延びる覚悟だ。家族の事は、まだ視野に入れていなかった。入れなくても良いと、心のどこかで甘い考えを持っていた。
 だから、修も危険な目に遭わせたし、美咲も殺された。全て光の覚悟が足りないせいだ。ならば、考えうるあらゆる事態を想定して、その上での覚悟をしなければならない。
 でなければ、VANが大きく動いた時に光は戦っていけないだろう。
 家に辿り着いた光は、晃が既に帰宅している事を知った。晃が登下校に使っている自転車があったからだ。
「ただいま」
 習慣の言葉を告げて、光は玄関を潜った。
 晃の靴と、克美の靴の二種類があった。
「お帰りなさい、光君」
 克美が顔を出した。
「あ、うん……」
 面食らって、光は言葉を濁した。
 克美はまだ光が彼女の正体に気付いていないと思っているのだろう。いや、思っていたとしても、表面的には孝二の友達という立場でいるべきだと思っているのかもしれない。
 今後のためにも、光自身は彼女の正体に気付いていない振りをしていた方がいいかもしれない。奇襲をするのなら、特に。
 光は家の中に何か細工をされていないが警戒しながら、平静を装ってうがいと手洗いを済ませた。その上で、晃がいるであろう二階へと向かう。いつも通り、自分の部屋にバッグを置いてTVゲームやパソコンのある部屋に入った。
「ちょっと遅かったな、光」
 ゲームをしながら、晃が言った。
 普段は光の後に晃が帰宅している。晃が先に帰宅するのは、光が生徒会の仕事で遅れる時ぐらいだ。
「まぁ、今日はちょっと色々あったんだよ」
 そう答えて、光はパソコンの前の椅子に腰を下ろした。
「そういえば、あの人、今日ずっと家にいたのか?」
 光は晃に尋ねた。
 晃が帰って来た時、克美は既に家にいたのだろうか。いたのだとすれば、今日は一日家に克美がいた事になる。
「ああ、お前早く学校行ったから知らなかったんだな」
「何が?」
「克美さん、暫くこの家にいる事になったんだ」
「え! そうなのか?」
 思わず大声を出しかけ、どうにか声量を落とした。
「叔父さんや香織さんと話してそう決まったんだ」
 平然と言う晃を他所に、光は背中を冷や汗が伝うのを感じていた。
 それは光が克美の監視下に置かれる事を意味している。晃を始め、孝二や香織は何も知らない。克美が光の命を狙っていると、誰が信じるだろうか。
 克美を家に置いておく事を孝二に抗議するのも考えものだ。
 下手に克美を追い出そうと主張すれば、怪しまれる。下手をすれば、光の方が家出をしなければならなくなる。事情を明かせない光には、克美を追い出す真っ当な意見が無い。許容する以外に手はなかった。
 孝二や香織が決めた事でもある。世話になっている光には何も言えない。
「なぁ、兄貴はあの人、どう思う?」
 パソコンを立ち上げながら、光は尋ねた。心の動揺を押し隠して。
「そうだなぁ、良い人だと思うな」
 晃が言った。
「料理は香織さんとまた違って上手いし」
 香織も料理は上手だ。ただ、克美のように外国の料理を数多く作れるわけではない。
 克美が本当に外国で料理を学んでいたのかは不明だ。実際、学んでいたのかもしれない。表の顔として、料理人であった可能性は決して低くない。
「まぁ、叔父さんの知人が尋ねて来るってのも珍しいし」
 光の思案を他所に、晃は言葉を続けている。
 孝二と過去について話し合った事はない。何かあったのだろうが、光や晃が踏み込むべきではないと自ら考えて触れていないだけでもある。聞けば話してくれるのかもしれないが、中々聞く雰囲気にもなれないでいた。
「で、それがどうかしたのか?」
「いや、別に。何となく」
 光は言葉を濁した。
「じゃ、お前はどうなんだ?」
「何が?」
「克美さんの事だよ」
 今度は晃の方からが尋ねてきた。
「俺は、あんまし……」
「何で?」
 否定的な言葉を呟いた光に、晃が問う。
「……何となく」
 自分の命を狙う組織の人間だから、などと言えるはずもない。光はまた言葉を濁す事しかできなかった。
「お前ピザもパスタも好きだろ? 何でさ?」
 晃が首を傾げる。
 確かに、光はイタリア系の料理は好きだ。
「だからって、作る人まで好きとは限らないだろ」
「ま、そりゃそうだ」
 光の言葉に、晃が頷く。
(何も知らないって、いいよな……)
 光はそっと溜め息をついた。
 晃達のように、能力者達の存在を知らずに生きている者は気楽だと思う。ただ、覚醒しなければ見えなかったものがあるのは確かだ。命の重さや、それを奪う覚悟を背負ってでも生きたいと思う意思は、覚醒しなければ得られなかった。知らない方が幸せだと言えなくもない。
 ただ、光は既に覚醒してしまった。その事実は覆しようがない。現実として受け入れなければ何もできない。
 覚醒して得たものといえば、平穏な生活の大切さと、修との絆の強さだろう。裏で戦わなければならないからこそ、戦わずに済む時間がとても大切なものに感じられる。そして、共に戦う修との絆は、以前よりもずっと強くなった。
「そういや、兄貴の学校って、明日からもう休みなんだっけ?」
「今日終業式だったからな」
 光の言葉に、晃が答える。
 となると、晃は明日から家にいる事になる。用事でもない限り、晃は外出する事はない。
 これが吉と出るか凶と出るか、光にはまだ判断がつかなかった。
 晃がいるから克美が下手な真似はできないと考えるべきか、逆に晃が近くにいるから行動を起こすと考えるべきか、光には判断がつかない。
 VANが手段を選ばないようになっているなら、後者を取る可能性も高い。ただ、それならば既に行動を起こしていてもおかしくはない。何か考えがあってタイミングを計っているとも考えられる。
 可能性を考えればキリがない。ただ、相手の動きを読まなければ先手は取れないのだ。どうにかして相手の動きをできるだけ正確に読まなければならなかった。
「そういや、お前んとこの学校って夏季補習とかあるんじゃなかったか?」
「あぁ、俺取ってないから」
 晃の言葉に、光は答えた。
 進学校というだけあって、勉学の面で色々と面倒な部分がある。
「強制でもサボるつもりだったし」
「それ、いいのか?」
「だって、出席日数としてはカウントされないし、行く意味ねぇよ」
「夏休みが終わるのも早いしな」
「学校に隕石でも落ちないかな。夏休み終了日に」
 溜め息混じりに光は呟いた。
 土地柄、積雪や台風でも休校する事はない。東京などのように、直ぐに休校したりはしない。その上、休日が少ないのだから不満は多いわけだが。
「家に置くのはいいとして、誰もいない間何やってたんだろうな」
「テレビとかでも見てたんじゃない? 休暇で来たって言ってたし」
 話を克美に戻し、言葉を交わす。
 もっとも、何も知らない晃が相手では情報もほとんど望めないのだが。
「叔父さんも、好きに過ごして構わないって言ってたから」
 晃の言葉に、光は黙り込んだ。
 というよりも、話す事が無くなったという方が正しい。克美の話題をこれ以上続けても怪しまれかねないし、かと言って他に何か話したい事が特にあるわけでもない。
「あー! もう!」
 晃が声を荒げる。
 見れば、テレビの画面にはゲームオーバーの表示があった。
「そんな大声出すなよ」
「いーじゃん、家なんだから」
「近所迷惑になるとか思わないのかよ」
「家以外でどうストレス発散しろと?」
「ストレス発散の方法が大声出すだけじゃないだろうが」
「これが一番良い」
「でもゲームオーバーになってたらストレス溜まるんじゃないの?」
「だから大声出してんじゃねぇか」
「わけわかんねぇよ」
 光は溜め息をついた。
 普通に会話しているだけでも、緊張感や危機感が薄れていくのが判る。克美の存在を考えれば、できるだけ早いうちに打つ手を考えなければならない。自宅ですらリラックスできないのは、光にも辛い。ある程度気を抜きたいとも思うが、今後の事を考えるならそれは避けるべきだ。
 事が一段落するまでは、極力緊張感を保っているべきだ。表面上はリラックスしていたとしても。
「ていうか、そもそもこのゲーム難し過ぎるんだよ」
「外国産のゲームだし」
 晃の会話に、光は合わせた。
「システムとかに融通が利かないっつーか」
「イライラするなら売っちゃえよ」
「やだ」
「何で?」
「クリアしたいからに決まってんだろ」
「そんなに熱くなんなくたっていいじゃん。ゲームなんだし」
「難しいんだよ」
「じゃあ止めりゃいいじゃん」
「まずお前をへし折ろうか」
 晃が光を睨んだ。
「だってそうじゃん」
「ゲームってのはな、金で楽しい時間を買うようなものなんだよ」
「楽しんでないじゃん」
「楽しんでる!」
「じゃあ大声出すなよ。うるさいし」
「やっぱりお前をへし折るか」
 食ってかかる光に、晃が半眼になる。
「わかんねぇ野郎だな」
「そりゃ兄貴だろ」
 呆れ半分に光が答える。
 そんな堂々巡りの問答をしながら、時間は過ぎていった。
 やがて、孝二が帰宅した。香織も一緒に家に上がり、昨夜と同じように克美が夕食を用意する。
 並べられた料理を食べている間、光は何も喋らなかった。
 料理に毒を入れたりするよりも、VANの人間ならば具現力を使って光を排除しようとする。その方が効率である上に、警察沙汰になった際にも有利になる。普通ならできない殺され方、場合によっては死体すら残らない。加えて、警察に圧力をかける事もできるだろうし、警察内部でVANに抵抗している者達が表沙汰にならぬように処理するはずだ。
 もっとも、光以外にも料理は口にするのだから毒殺はまずないと考えていい。作った側が誤って毒を口にしてしまう事もあれば、孝二や晃といった関係ない者を毒殺してしまう可能性もある。
(……それも有りと言えば有りか)
 孝二や晃、香織を毒殺して直接対決に持ち込む事が無いとは言い切れない。
 だが、その場合も能力者なら力を使うはずだ。VANの人間だと主張するためには、具現力を行使して光の家族を襲う方が効率が良い。
「ねぇ、孝二君」
「ん?」
 不意に、克美が孝二を呼んだ。
「後でちょっと話しがあるんだけど、いい?」
「構わないよ」
 二人が交わした言葉はそれだけだった。
 一瞬、克美の視線が光に向けられたように見えたのは気のせいか。
「ごちそうさま」
 光は一足先にその場を後にした。
 二階へと上がった光は、自分の部屋に入った。
 ベッドに仰向けに倒れる。頭の後ろで両手を組んで、天井を見上げた。
「……どうすっかな」
 夏休みに入ってから、克美が外出するのを見計らって後を追って始末する。それが光が一番最初に考えた手だった。
 克美が自ら持ち込んだ食材や調味料には限りがある。専門の技術を学んでいるという克美の持ち物なら、孝二や香織には判らないものだって含まれているはずだ。それが切れたとなれば買出しに出ると考えて良い。
 それ以外でも、外出する機会はあるだろう。ただ、光がその直後に克美を追う事ができるのは、光が家にいる時だけだ。そうなると、登校しなければならない平日に克美を倒すのは厳しい。
 かと言って、修と話したように、できる限り早いうちに手を打たなければならない。光側の反撃が遅れれば、それだけ相手に行動の時間を与えてしまう事になるのだ。
 夏休みに入って直後の一週間辺りで勝負を決めなければならないだろう。
 明日は終業式だ。
 光の学校は進学校なだけに、終業式の日にも通常授業が組まれている。午前中は普通に授業を行い、午後に終業式があって夏休みになる。そういう流れだ。
 普段よりは早く帰宅できるが、克美と対峙する機会はほとんどない。
「厄介だな、ほんと……」
 これが本来のVANなのだろう。
 相手が組織なら、個人の力で立ち向かえるものではない。それでも、光は組織に抗っている。現状を維持できているのは、光の周囲に修や聖一、ROVといった者達がいるためだろう。VANが本腰を入れていなかったという可能性も十分にある。
 もし、VANが本気になったとしたら、まともに立ち向かえるのは小さくとも組織という形を取れているROVだけかもしれない。
 改めて、怖いと感じた。
 失う覚悟をしなければならない、怖さがある。
「歯、磨くか……」
 暫く時間が経った頃、光はベッドから起き上がって一階に向かった。
 今まで後手に回って敵を退けて来た分、良い先手が浮かばなかった。
 階段を下りて、リビングに入ろうとした時、中から声が聞こえてきた。
「孝二君、ちょっと耳貸して」
「私には教えてくれないの?」
 克美の言葉に、香織が文句を言う。
「後で香織にも教えてあげるわよ」
 苦笑交じりの克美の声が聞こえた後、少し間があった。
 光がリビングに入った時、克美が何やら孝二に耳打ちしているところだった。孝二の表情は見えないが少しだけ雰囲気が変わったのだけは判る。肩が強張ったようにも見えた。
「どうしたの?」
 孝二の様子を見た香織が首を傾げる。
「何て言ったのか、教えてあげるわ」
 克美が小さく笑みを浮かべて言った。
 そんなやりとりを尻目に、光は台所に入る。歯ブラシを取って、口に運ぼうとした瞬間、その言葉が聞こえてきた。
「ね、孝二君、私と結婚してくれないかしら?」
 光の手から、歯ブラシが落ちた。
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