終章 「そして戦場へ」


 漆黒の空間に光は立っていた。何もない部屋の壁を黒一色に塗り潰したかのような場所だった。これまでに二度、光はこの場所に来た事がある。
「ヒカル」
 声に、光は顔を向けた。
 少女がいた。
 長く、美しい金髪の少女だ。翡翠色の輝きを帯びた瞳で光を見つめている。
「そろそろ来るんじゃないかって思ってた」
 光はそこに立つ少女に微笑んだ。
 セルファ・セルグニス。セイナの娘であり、VANの中にいながら、VANに賛同していない少女だ。
 ROVのリーダー、刃に情報を流し、光とも度々言葉を交わしている。
 母から受け継いだ空間干渉能力と、超越能力を持つ能力者だ。
「……また、寿命を縮めたのね」
 哀しそうにセルファが呟いた。
「また、十年ぐらい減ったかな?」
 光は苦笑した。セルファは小さく頷いた。
 オーバー・ロードによる寿命の減少を知っているのは、彼女だけだ。いや、光も彼女からオーバー・ロードする事で寿命を消費しているのだと知らされた。
「防護膜を掻き消すなんて無茶したからな……」
 光は呟いた。
「防護膜を……?」
 セルファが目を丸くした。
「多分、それが寿命を縮めた一番の原因だと思うんだけどな」
 光は頬を掻いた。
 防護膜は力場よりも強固なものだ。それを掻き消すために消費した精神力、つまり生命力はかなりのものだったに違いない。ただのオーバー・ロードであれだけ疲弊するとは思えなかった。
「もしかして、今日は、兄貴の事?」
「私には何もできなかった……」
 セルファが俯く。
 彼女の母、セイナが晃の覚醒を促したのは間違いない。セルファはそれを止められたと考えているのだ。同じ空間干渉能力を持つセルファなら、セイナの妨害ができたはずだ、と。
「兄貴は……いざとなったら俺が止めるよ」
 光はセルファに告げた。
「セルファは何もしなくて良かったんだ。セルファの立場が危うくなったら、ROVも困るだろうし、俺も君と話せなくなる」
 光の言葉にセルファが顔を上げる。
 もし、セルファが母を止めていたなら、彼女の行動が全てばれてしまうだろう。そうなった時、最悪セルファは殺されてしまいかねない。
 光もそれは望んでいなかった。
「そうだ、セルファに伝えたい事があったんだ」
「え?」
 セルファが首を傾げる。
 その仕草は可愛らしかった。
「俺、VANを潰す事にしたんだ」
「本当なの……?」
 セルファが目を丸くする。驚きの中に、期待が混じっているのが見えた。
「叔父さん達を守るには、VANを無くすしかないと思ったんだ。だから、俺はVANを潰す事にした。今までの生活を取り戻すためにも、守るためにも、ね」
 光は言う。
 VANが壊滅しさえすれば、光も今まで通りの生活に戻る事ができる。同時に、孝二や香織を守り抜く事もできる。VANが家族を狙うほどまで光を危険視しているのだと、今回の件ではっきりと判った。だから、家族を狙うなどという考えを抱かせぬように光はVANに挑む事にしたのだ。
 全ては光の望む生き方をするために。
「けど、そのためには俺達だけじゃ力不足なんだ」
 一度目を閉じ、光は言う。
「だから、セルファにも協力して欲しいんだ」
 目を開き、光はセルファを真っ直ぐに見つめて告げた。
「うん!」
 セルファが頷く。嬉しそうに。
「俺は君を助けに行く。だから、セルファも俺を助けに来てくれないか?」
 一方的に光がセルファを仲間にするために動くのではなく、セルファも光のために動いて欲しい。そう頼んだ。光はセルファに、セルファは光のために動いて欲しいのだと。
「解ったわ」
 セルファが微笑んだ。
「俺、君に会いたいんだ」
 光は一度言葉を区切った。
「この精神世界じゃなくて、実際に君に会いたい。君に触れてみたいんだ」
「ヒカル……」
 セルファが瞳を潤ませる。
「俺、多分セルファに惹かれてるんだ」
 きっと、光はセルファと初めて出会った時から惹かれていたのだ。
 気付かなかったとしても、いつも心のどこかにセルファがいた。だから、美咲に応える事もできなかったのかもしれない。そして、シェルリアにも好意を持てなかった。
 光は、セルファに好意を抱いている。惚れていたのだ。
「私も、あなたに会いたい……!」
 セルファが瞳を輝かせた。
 二人は互いに微笑んだ。
 そして、約束を交わす。
 お互いに、必ず会いに行くと。
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