第一章 「逃れるために」


 皆が部屋を出て行く中、セルファ・セルグニスは一人佇んでいた。
 VANの中で、セルファの立ち位置は定まっていない。いや、地位はある。だが、VANの構成員としての立場はほとんど存在しない。
 何故なら、セルファは実働要員ではないからだ。現時点で、セルファがやることは無い。
 セイナ・セルグニスの娘であることから、VANの構成員から一目置かれる存在ではあるものの、セルファがこなさなければならない仕事は存在しない。
 元々、セルファは生まれた時からVANにいた。VANの本部が家のようなものだ。VANの中で、セイナの娘として育った。
「ダスク……?」
 不意に、セルファの視線は一人の青年に向かった。
 皆が席を立ち、部屋を出て行く中で一人だけ動かないでいる。考え込んでいるようにも見えたが、俯いているために顔が見えない。だが、ゆっくりと顔を上げた青年の顔にはどこか納得できないといった表情が浮かんでいた。
 アッシュブロンドの髪に、整った目鼻立ちの好青年というのがダスクの第一印象だ。VANの中でも人一倍、他者を思いやる心を持つ青年でもある。それ故に、彼は部下からも慕われている。
 地位は、第一特殊機動部隊、隊長。立場的には上から数えた方が早い、かなり高位にいる部隊長だ。
 実力と人格から、彼はその地位を得た。若干、十八歳という若さで。部下の中には彼より年上の者も含まれているが、そういった者達も年齢など関係なしにダスクを受け入れて慕っている。
 そんな彼が、複雑な表情を浮かべていた。
 セルファにも大方の予想はついた。新たな戦力、アキラの実弟カソウ・ヒカルのことを考えているのだろう。今年で十六歳になる、ただの少年だ。
 だが、VANのブラックリストのトップにいる人物でもある。VANのリーダーは彼の持つ力を最も恐れている。史上最強とも噂されている能力者、アグニア・ディアローゼが唯一危険視しているのが彼だ。
 無論、アグニアが恐れる人物を他の者達が放っておくはずがない。アグニアの指示の元、部隊長が会議を開き、何度もヒカルを殺す算段が組まれた。
 ダスクはヒカルへの攻撃に否定的だった。最初の頃はダスクの言葉に耳を貸す者も少なくなかった。しかし、ヒカルがVANの部隊を退け続けるうちに、ダスクの言葉に耳を貸す者は激減していった。今では、異論を唱えるのはダスクだけだ。
 他の者達もダスクの言葉が間違っているとは思っていない。ただ、ヒカルの戦闘力を危惧しているのだ。その危険性が大きなものになるほど、他の構成員達もヒカルへの攻撃を「止むを得ないもの」と考えるようになっていったのである。
 それでも、ダスクはヒカルに対して寛容であり続けている。
 一ヶ月ほど前、アグニアの指揮ではなく、政治担当部署からの指示で第二特殊機動部隊が動いた。だが、既に彼らが派遣された場所には別の対象を主目標とする上位部隊が行動していた。ダスクは部下を派遣して第二特殊機動部隊を止めに入らせたと聞く。しかし、その時も派遣されたクライクスの部下の半数がヒカルによって殺されていた。あのまま戦っていれば全滅だと言われている。
 クライクスが連れて行った部下がまだ訓練生であったことも関係しているようだが、それは人選ミスだ。ヒカルを甘く見ていたと言われて、反論はできない。
 ただ、訓練生がVANの幹部候補であったことも影響して、クライクスは事実上左遷された。
 同時に、ダスクにも仕事が多く回されるようになった。ヒカルから遠ざけようという意図があったのは間違いない。
「……どうしたの?」
 耐え切れなくなって、セルファはダスクに声をかけた。
 ダスクの表情は歪んでいた。怒りや憎悪というよりは、悲哀や後悔といった歪み方だ。
「いや、何でもないんだ……」
「本当に?」
 小さく首を振るダスクに、セルファは問いかける。
 彼はセルファが心を許せる数少ない人物だった。
「ヒカル、敵にしてしまうんじゃないかと思うとな……」
 ダスクには珍しく歯切れの悪い言い方だった。
 アキラがVANに来たのは、ヒカルにとっては望んでいないことのはずだ。しかも、アキラが覚醒した時、ヒカルはVANの部隊長と戦っていた。それも、第二特殊特務部隊の隊長だ。作戦も、ヒカルの家族に割り込んで監視を行い、VANへの勧誘、不可能ならば排除、というものだった。
 ヒカルはVANに家族を掻き回されたことになる。
 まともに考えて、VANに対して敵意を抱かないはずがない。
 戦いを望んでいなかったヒカルを、ダスクはそっとしておいてやりたいのだ。しかし、ダスクはVANの構成員でもある。それも、トップクラスの立場を持つ、幹部だ。
 ダスクの下には多くの部下もいる。もちろん、ダスク自身はVANの目的に賛同している。
 これから先、今までのようにヒカルを擁護するような立場ではいられない。ダスクだけでなく、部下にまで影響が行く可能性がある。ただでさえ一部の部隊長とは険悪になりつつあるのだ。
「……そうね」
 セルファは小さく相槌を打った。
 ちらりと、ダスクがセルファを見る。どこか不思議そうに。
「もしかして、あいつのこと、知っていたのか?」
 ダスクが問う。アキラのことだろう。
「母の力を感じたから……」
 セルファは俯いた。
 アキラの覚醒を促したのは、セイナだった。たとえ薄まっているとしても、同じ系統の力を持つセルファには、母の力の発動を感知することができた。
 何もできなかった。いや、自分の身の安全を優先したに過ぎない。
 母と同系統の力を受け継いでいるセルファなら、セイナの力に干渉することができたはずだ。もし、干渉していれば、アキラは覚醒せず、VANに来ることもなかったかもしれない。そうなればセルファはVANを裏切ることになる。今、味方が一人もいない状態でVANを裏切るような行動を取ってしまえば、セルファに勝ち目はない。
 VANに賛同していないセルファは、自分の意思を抑えておかなければならなかった。自分が生きていくために。
 ヒカルはセルファの判断が間違っていないと言ってくれた。
 セルファが無力でないと言ってくれたのもヒカルだ。
 ROVという反VAN組織に、セルファは密かに情報を流している。セイナに気付かれぬように細工をするのは難しい。
「いつか、こうなるかもしれないとは思ってたんだけどな……」
 大きく息をついて、ダスクは立ち上がった。
 アグニアがヒカルの力を恐れる限り、VANはヒカルを敵と見做す。ヒカルが戦いを望む望まないに関わらず、VANの障害になる可能性がゼロではないのならば消すべきだという結論が多い。
 その理屈もダスクは解っている。それでも迷うのがダスクという人物だった。
「部隊に戻る」
 言って、ダスクは部屋を出て行った。
「ダスク……」
 セルファは目を細めた。
 彼が仲間になってくれればいいのに、無理だと解っていてもそう思ってしまう。たとえヒカルに友好的でも、ダスクはVANの人間だ。VANの理想はダスクの理想でもある。だから、いかに苦悩しようともダスクはVANの側につく。
 誰もいなくなった部屋を出て、セルファは通路を歩く。
 これからどうするべきだろうか。
 ヒカルの力になるためには、VANを出なければならない。だが、セルファはVANの本部から外に出たことが全くといっていいほどない。一般教養はあるが、セルファ一人で動くには準備ができていない。
 あまり目立つような動きをしてはVANに気付かれてしまう。準備が完了するまでにどれだけの時間がかかるのだろうか。
 VANを出る前に、ROVにも情報を伝えておくことも重要だ。表立って動く瞬間が判明したら、その情報をROVに流す。VANを出るならタイミングを計る必要がある。準備ができたからといって直ぐ動くのもまずそうだ。
 セルファは小さく溜め息をついた。
 今まで、これほどまでに自分から動こうとしたことがあっただろうか。
 自分の存在は籠の中の鳥だと思っていた。VANの中で、ただ生かされているだけの存在のようなつもりになっていた。だから、密かにROVへ情報を流すことしかできないと思っていた。
 だが、ROVへ情報を流すこともセルファが起こした行動の一つだ。それをヒカルが気付かせてくれた。
 セルファの視界にアキラとアグニアが映った。
 通路に面したドアを開け、中へ入ろうとしている。部屋の中へ足を踏み出そうとしたアキラがセルファに気付く。
 視線が合った。
「彼女は?」
 アキラがアグニアに問いを投げた。
「セルファ・セルグニス、私の娘だ」
 アグニアが告げる。
「娘?」
 驚きに目を見張るアキラを前に、セルファは少しだけ俯いた。
 セルファの父は、アグニアだ。セイナとは事実上、夫婦ということになる。ただ、アグニアとセイナの目的は微妙に異なっている。故に、結婚はしておらず、別姓を名乗っていた。
 セイナ寄りの力を持っていたためか、セルファのファミリーネームはセルグニス、母方のものだ。
「セルファ、見ていくか?」
 アグニアが問う。
 恐らく、アキラに力の説明と手解きを行うのだろう。
 少し考えて、セルファは頷いていた。
 VANを出るとしても、アキラのことはできる限り把握しておいた方がいい。あわよくば、仲間にしてヒカルの元へ戻してやりたいとも思う。
 最後に部屋へ入ったセルファがドアを閉める。部屋の隅へ移動して、アグニアとアキラの会話を聞くことにした。
 部屋の中は綺麗に片付けられていた。椅子も、机も、何もない。
「まず、我ら能力者が扱う力を、具現力と呼ぶ。同時に、力を発揮している者は防護膜を纏う」
 アグニアは基本的な部分から説明を始めた。
 精神力を具現化するということから、力は具現力と呼ばれるようになった。意思により精神力を誘導し、力場を作り出す。その力場の内側に能力ごとに異なる力が発揮される。
 防護膜とは、能力者が力を解放した際に使用者自身の身体を包むように発生する。それ自体は本質的に力場と同じだが、防護膜は能力者を能力者たらしめるものでもある。
 感覚が鋭敏になり、個人差や能力にもよるが身体能力が軒並み向上する。また、自然回復力を高める効果もある。本質的に同じである力場でなければ防護膜を破ることはできない。防護膜に覆われている間は自然回復力が高まるため、力場以外の力では能力者を倒すことは困難を極める。受けたダメージが直ぐに回復してしまうのだ。力場による攻撃は、命中した部分の防護膜を一時的に破損させる。能力を解放し直せば防護膜を再び張ることもできるが、戦闘中に実践する余裕はない場合がほとんどだ。
 事実上、能力者とまともに戦えるのは能力者だけということになる。
「具現力には力の本質、型、種別がある」
 まず、具現力には理性を根源とする力と、本能を根源とする力の二種類がある。これは力を引き出す際に重要になってくる。
 続いて、具現力には五つの型がある。具現力としては最も多く確認されている通常型、自然現象的な力を操る自然型、空間に影響を及ぼす空間型、通常・自然・空間型のどれとも違う力を操る特殊型、そして最も攻撃的な閃光型。この五つだ。
 通常型は力場の内部にエネルギーを流すだけの力だ。純粋に精神力を攻撃エネルギーへと変換し、放つ。
 自然型は力場の内部に炎や雷、風や水といった自然現象を発生させる力だ。その際、自分が操る力に対しての抵抗力が高まるという特性がある。防御特性にもなるが、副作用もある。炎を操る能力者は、火や熱に対して強くなるが、能力解放中は熱を感じなくなるのだ。
 空間型は力場の内部に発生させた力で空間に干渉することができる。精神負荷が極めて高い稀有な能力だが、その応用力は広い。セイナの持つ空間干渉能力はこのタイプに分類される。空間に干渉し、望むままの力を発動させることができる。具現力全てを再現し、それらを併用して戦うことも不可能ではない。セイナはこの力を用いて能力者の覚醒を促したり、人の心を探って行動予測などを行っている。精神負荷が高いため、熟練には相当な訓練と身体への慣らしが必要だ。
 特殊型は通常型、自然型、空間型、どれにも当てはまらない力が分類されている。特殊とはいえ、数は少なくない。通常・自然・空間に分類できないものを特殊型と呼んでいるに過ぎない。だが、文字通り特殊な力も多く、特定の分野で真価を発揮する能力も少なくない。
 閃光型は他の具現力と異なり、力場の周囲に力を付帯させる。力場で空間を包む必要がないため、精神力への負荷は小さく、エネルギー発生までの時間が極端に短い。また、この型の力を持つ者は極端に少ない。
「アキラ、お前は閃光型の能力者だ」
 通常型と閃光型のみ、種別は存在しない。型の下に存在する、能力の名称がない。通常型は能力者が多いためにそれ自体が名称となっている。閃光型は力の発揮形態が異なるために種別ではなく型で分けられている。
「閃光型は他の具現力と違い、扱えるエネルギーに限界がない」
 純粋な攻撃エネルギーを扱うという点において、閃光型は通常型に似ている。だが、通常型と違うのは力場の回りにエネルギーが発生するということだ。
 通常、能力者はエネルギーを力場で押さえ込み、操っている。力場の中にエネルギーを流し込むように発生させる。そして、力場を操作することでエネルギーを導き、攻撃としているのだ。力場に穴が開いた場合、エネルギーは漏れ出し、消失していく。攻撃エネルギーを攻撃可能な状態に保つためには力場で押さえ込む必要があるのだ。
 だが、閃光型の能力者は力場を発生させることが攻撃することと同義である。他の能力者が力場を発生させ、エネルギーを生じさせるという二段階のプロセスを踏むのに対し、閃光型は力場を発生させると同時にエネルギーが生じる。
「だが、具現力は元を辿れば精神力、即ち生命力に辿り着く」
 力場を媒介に、精神力を様々なエネルギーに具現化するのが具現力だ。扱うエネルギーは精神力が強ければ強いほど大きくなる。だが、精神力は生命力と結び付いている。
 力を引き出していくことは精神力を削り、更に引き出していくと生命力さえも力へ変換してしまう。
「通常、命に関わるほどのエネルギーは操ることができない」
 生命力の減少は寿命の減少という形で現れる。しかし、通常の具現力は力場に覆われている。精神力が消耗してくれば力の行使は困難になるのだ。
 加えて、エネルギーを大量に扱おうとすればするほど力場で制御するために精神力を消費することになる。エネルギーが大きくなれば、力場で押さえ込む圧力も大きくしなければならないのだ。
「しかし、閃光型は違う」
 力場で押さえ込む必要のない閃光型は、望むままにエネルギーを高めていくことができる。力場さえ発生させることができれば、エネルギーは操れるのだ。力場の周囲に発生するエネルギー量を増加させても、他の能力者と違って制御が困難になることはない。
「臨界点を超えた力は通常、暴走する。だが、閃光型はその暴走しているはずの力を制御できる」
 力場が耐えられるエネルギー量を超えて力を発生させてしまった場合、具現力は暴走する。精神力が一定以下になるまで力が発動し続け、力場を突き破って周囲に振り撒かれるのだ。この時、生命力は精神力を供給しない。精神力を使い果たし、昏倒した後で生命力が消費され、精神力が回復していく。精神力が空になることなど滅多にない。故に、精神力の補充には生命力が大きく消費され、寿命が減少する。
 ただ、精神力の供給が止まるというのは、本能がブレーキをかけているためと言われている。生命力まで全て放出して自滅せぬよう、自ら気絶することで存命を図っているのだろう。
「閃光型は発動形態の特殊さ故に、暴走さえも自らの戦力にしてしまう。これをオーバー・ロードと呼ぶ」
 オーバー・ロード、即ち、過度の引き出し。
 力場を突き破るという現象が起こり得ないが故に、閃光型はブレーキが利かない。生命力まで消費するほどのエネルギーを放出しながら、それを意のままに操れるのだ。閃光型のエネルギーは力場に付帯する。エネルギー量が増加しても、力場が力を纏うという点は変わらないのだ。
「オーバー・ロードは大きく寿命を削る。長生きしたいのなら、使わないことだ」
 アグニアの言葉に、アキラは唾を飲み込んでいた。
 精神力から力を引き出し、望むままにエネルギーを増加させることができるのが閃光型の特徴だ。だが、それは余りにも力を上乗せし過ぎると寿命まで縮めてしまう諸刃の剣でもある。
「加えて、お前はもう一つ力を持っている」
 アグニアの言葉に、セルファは目を細める。アキラが持つ閃光型とは異なる力、それがアグニアが最も危険視している力だ。
「力場破壊能力。能力者に対して、絶対の防御力を誇る力だ」
 特殊型に分類されるその能力は、能力者に対してのみ絶大な効果を発揮する力だった。
 文字通り、力場を破壊する能力だ。
 力場を破壊された具現力はエネルギーが散逸し、消滅する。力場で包まれた空間なら、一箇所に穴を空けるだけでその攻撃を無効化できるのだ。能力者と戦う上で、これほど高い防御力を誇る具現力は無いと言っても過言ではない。
 それ単体では防御しかできず、身体能力の上昇も他の能力者に比べると低い。
 しかし、アキラやヒカルは力場破壊以外に、閃光型という力を持っている。
 アグニアが恐れているのは、ここだった。
 力場を破壊するエネルギーが、閃光型の力と同様に操れるのだ。力場の周囲に力場破壊のエネルギーと攻撃エネルギーを纏わせ、繰り出す。敵の能力は無効化し、こちらの攻撃だけを一方的に相手まで届かせることができるのだ。
 能力者と戦う上で絶対的な力を、アキラとヒカルは持っている。
 唯一、力場破壊と戦うことができるのが閃光型だ。力場を空間として扱う必要のない閃光型では、力場を掻き消されてもその部分の攻撃エネルギーが消えるだけだ。確かに力場破壊で攻撃は無効化されてしまうが、命中した箇所のみ無効化されるだけで済む。
「力場破壊能力は、理性を根源とする力だ」
 通常型と閃光型のような、純粋にエネルギーのみを扱う具現力は根源という区別は無いに等しい。攻撃にも防御にもなる力は本能でも理性でも扱えるからだ。
 だが、力場破壊能力は違う。相手の力場を消すという力は、単に防御したいという思いから出すものではない。
 相手の力場を破壊する、という思いに繋がる思考が無ければ発動しないのだ。単に身を守りたい、相手へ攻撃したい、というのは本能からも理性からも生じる思いである。
 つまり、力場破壊能力の使用に必要なのは、相手とその力を否定する意思だ。
 この意思は、本能からは生じない。ただの敵意でも、守りたいと思う力でもないのだから。
「二つの力を持つ能力者には、二つのタイプがある」
 二種類以上の力を持つ者は所有している具現力の性質によって差異が生じる。
 異なる能力をそれぞれ切り離して使える者と、そうでない者だ。
 炎を操る力と水を操る力を持つ場合、それらは単体として切り離して扱うことになる。要は、力が混じり合わないということだ。特性として、相反する力と混じり合わない者や、そもそも単体としてしか機能しない力を持つ場合は能力が切り離される。放った力場を途中で同じ場所に重ねることはできるが、厳密に混じり合うわけではない。炎と水なら、交じり合った瞬間に互いを打ち消しあい、水蒸気爆発を起こすなどして消滅する。
 能力が混じり合うのは、例えば、ヒカルやアキラの場合だ。純粋なエネルギーを操る通常型や閃光型は他の能力と相性が良い。特性として混じり合うことのできない能力もあるが、そうでない具現力は混合される時が多い。特に、閃光型の力は発動形態として混じり合うことが知られている。ものによっては攻撃エネルギーに上乗せして別の力を使えるが、単体が攻撃力を持つ力に対して、つまり攻撃のためにエネルギーが必要ない能力の場合は発動形態が閃光型のものになる。
 力場で空間を包まずに別の力を使えるのだ。
「無論、個人差はある」
 一般的には混じり合う場合でも、人によっては違うことがある。
 VANには世界中から能力者が集まり、その中から研究グループを選抜してもいる。全体を見て一般的、と判断された部分でも例外が確認されることもある。
 まだ未知な部分が多いのは事実だ。思いが力となることを考えれば、人の数だけ違いがあるとしても間違いはないのかもしれない。
「大体解りました」
 アグニアの説明を聞き、アキラは頷いた。
「後は実際に使用して感覚を掴んでいく方がいいだろう」
 具現力は身体能力は知覚能力を急上昇させ、精神力を力へと変換する。
 覚醒した直後は急上昇した運動能力や知覚能力に精神が追い付いつかない。元々の身体感覚との差に、ぎこちない動きになることが多いのだ。また、具現力の発動には精神力を消費する。覚醒したばかりの時は力場発生に消費する精神力が多く、攻撃力の調整も難しい。
 力を何度も使い、身体に馴染ませることで精神力の消費量も減少し、力の加減も容易に可能となる。具現力の感覚を掴むためには実践するのが最も効果的だ。
「力の発動は簡単だ。強く望めばいい」
 アグニアの言葉に頷いて、アキラは目を閉じる。
 大きく呼吸し、目を開く。
 刹那、アキラの虹彩が朱色に変化し、身体を同様の輝きが包んだ。
 瞳の変化は防護膜によるものだ。網膜と虹彩は自然と防護膜が厚くなり、視力強化がなされる。感覚強化のために防護膜が厚くなる分、瞳の変色は顕著だ。
「寝ている時に発動したりは?」
「その心配ない」
 アキラの問いにアグニアは即答した。
 脳が完全に覚醒した状態で無ければ具現力は発動しない。発動したまま眠ることも不可能ではないが、非発動状態から発動状態になるためには目を覚ました、起きている時でなければならない。
 眠っている間や、夢を見ている間に具現力が発動したという例が全くないわけではない。ただ、全体から見ると無いに等しい数でもあり、どれもが特殊な能力ばかりだ。
「だが、力に慣れていくにつれ、発動も容易になる。気をつけろ」
 具現力の解放には強い思いが必要になる。だが、身体が具現力に馴染んでくるにつれて、能力発動も少しずつ容易になっていく。精神力の消費量が減少するためとも言われている。
 弊害もある。
 日常の心情変化ですら力を解放できるようにもなってしまうのだ。日常生活の中で強い思いを抱いた時や敵意や憎悪を覚えた時にその傾向は顕著になる。そういった攻撃的、もしくは防御的な衝動で力が発動してしまう場合が出て来るのだ。滅多にあることではないが、自制心も鍛える必要がある。
「また、待機状態という段階もある」
 防護膜を身体の周囲ではなく内側に張り巡らせ、身体能力のみを肉体の限界まで引き上げる状態が存在する。
 もちろん、防護膜を身体の周囲に張った状態よりも身体能力は低く、力場も操れない。それでも、常人を超える身体能力は得られる。
 具現力の発動状態と、非発動状態の中間のような状態だ。
「一般人の中で、能力者ということを悟られずに常人と交戦する場合は待機状態で戦え」
 実際のところ、待機状態に有効な使い道はそれぐらいしかない。能力者と戦うならば具現力を使う必要があるし、使わないなら非発動状態でいるべきだ。中間の状態に価値があるとしたら、能力者とバレずに誰かと喧嘩をする場合ぐらいだろう。
「私が教えてやれるのは、力の知識と使い方、それに戦い方だけだ」
 その言葉に、アキラは防護膜に包まれた右手を握り締め、アグニアを見上げた。
「戦いへ臨む心構えはお前自身の中から導き出せ」
 現時点で判明している具現力の知識と、使い方、ある程度の戦い方は他者から教わることができる。だが、戦うという意思は誰かに強制されるものではない。VANの方針とも食い違う。
 戦う、即ち人を殺める覚悟や決意は能力者自身が見い出さなければならない。
「ところで、VANの活動方針や目的っていうのは何なんですか?」
 アキラが問う。
「我々の最終目標は、能力者の国を創ることだ」
「国を?」
「世界でもいい。能力者が能力者ということを隠さなくても生きて行ける場所だ」
 アグニアが答えた。
 能力者の数は増えてきているとはいえ、地球の全人口に比べたら少数だ。能力者ということが周囲の人間に知られたら、そこに居場所はなくなってしまう。人間以外の存在として、非能力者から迫害される場合が極めて多い。
 アグニアは世界中から能力者を集めてVANを結成した。今はまだ組織でしかないが、いずれは生活圏にするのが目的だ。
「そのために、我々は動いている」
 自分達の生活圏を創るために、VANは様々な部署を組織し、動いている。
 政治を担当する者達はその礎を作るために世界各地に人員を派遣し、VANが表舞台に立つ時のために少しずつ政治を誘導している。攻撃部隊は新たな能力者の発見、勧誘を行い、敵対する者達を排除するために動いている。
 VANが表舞台に現れた時、世界は混迷の時代を迎える。その時に敵対する勢力を減らすことに尽力しているのだ。政治でも、組織でも。
「敵がいるんですか?」
 アキラの問いに、アグニアは頷いた。
「能力者と戦うのは我々の望むところではないが、な……」
 VANは能力者のために結成された組織だ。だが、VANに賛同しない者もいる。
「ROVというのが、最も厄介でな……」
 アグニアは溜め息を付いた。
 ROV、VANに敵対する中で、最も危険な組織となりつつあるグループだ。
「ROV?」
「敵性能力者の多くがROVに吸収されつつある」
 ROVの中心地は日本だ。ROV中心人物の四人がいずれも日本人であるからだ。
 最初は日本国内の能力者を集めて勢力の拡大を図っていたが、ここ最近、ROVのメンバーが海外で支部を増やしつつある。ROVリーダーは人望も厚く、指揮能力も高い。
「強いんですか?」
「中心人物、四天王はVANの最高位部隊長クラスの力を持っている」
 アキラの言葉に、アグニアは頷いた。
 ROVの中心人物たちは四天王と呼ばれることが多い。理由は、彼らの持つ能力と、その強大さだ。
 水分子を自在に創造し操作する氷水生成能力を操る、ヒムロ・ミズキ。炎と熱量を自在に発生・操作する火焔生成能力を操る、エンリュウ・ショウ。大気を自在に発生・操作する大気生成能力を操る、カナカゼ・カエデ。そして、雷撃を自在に発生・操作する雷撃生成能力を操る、ROVリーダーのハクライ・ジン。
 自然型の最強種と呼ばれる四つの力を持った能力者が、ROVを組織した。
 生成能力と呼ばれる類の能力者は、その系列の具現力では最も強力な力だ。ただ操るものではなく、自らの意思で炎や風をその場に創り出すことができるからだ。間接的に炎や雷を発生させる力よりも、直接力を生み出せる能力者の方が基本能力は高い。
 同時に、彼ら四天王はそれぞれが古流武術を習得している。
 未熟な能力者なら、具現力を使わずに倒すことができるほどに、武術に長けている。加えて、彼らは自分の力を使いこなしていた。並の能力者では太刀打ちできない。
「あなたが戦おうとは思わないのですか?」
 アキラも、事前にアグニアが最強の能力者であることは聞いているのだろう。
 最強の能力者であれば何故、アグニア自身が障害を取り除こうとしないのか。何故、部下に全てを任せているのか。疑問に思う者は多かった。だが、アグニアは常に明確な回答を返す。
「私が戦って、能力者のためになるならばそうしよう。能力者とて、人間だ」
 全てアグニアがこなしてしまったら、能力者達はすることがない。VANという組織は、ただの人の集まりに過ぎなくなってしまうのだ。
「私が望むのは、能力者達の居場所だ。そのために必要なのは、絶対者ではない」
 能力者達が、自ら協力し合い、困難に立ち向かい、克服していかなければ本当の意味で能力者達のための場所は創れない。アグニアはそう考えているのだ。
 アグニア一人が全ての敵を倒し、能力者達に居場所を与えても意味がない。それはアグニアが与えた居場所であって、能力者達の居場所ではない。たとえ、能力者達のために用意した居場所であっても。
 能力者達がVANを組織し、互いに協力し合うことで居場所を作り出していく。
 アグニアは能力者達にとって神ではない。単なるリーダーに過ぎない。最強の能力者アグニアが戦えば、他の能力者達は戦う必要がない。そうなれば、いずれ能力者達は全てをアグニアに任せるようになるだろう。
 アグニアがいれば全て丸く収まり、アグニアが戦えば誰も傷付かない。たとえ平和な世界になったとしても、他力本願な者達を増やしては本当の意味で能力者の居場所を創ったとは言えない。アグニアがいなくなった時、その世界は崩れてしまうだろうから。
「私は、VANを結成するために命を懸けた。私の手が必要にならない能力者の国が、理想なのだ」
 能力者達が手を取り合って暮らすために、皆が協力して国を創る。絶対者に従う国など、直ぐに崩れ去ってしまうだろう。
 だから、アグニアは能力者が皆で自分達の居場所を創ることを望む。アグニアが死んでしまった後も、繁栄するような能力者の国を創らなければならない。アグニアはリーダーだが、彼自身もVANの一メンバーに過ぎない。そして、アグニアの役目はVANを纏めることであり、戦うことではない。
 戦ったり、目的のために動くことは構成員の役目だ。能力者達も心身ともに鍛えなければならない。そのためには、実戦が一番良い。
 アグニア自身が戦うのは、自衛のみ。
「私は、能力者を堕落させたくはないからな」
 全員がやる気と意思を持ち、活気と思いやりに満ちた世界。それがアグニアの望む能力者の世界だ。
 そのために、自分は戦うべきではないとアグニア自身が判断したのだ。
 VANの者達の多くは、アグニアの返答に心を打たれた。深いところまで能力者のことを想っているアグニアを、誰もが敬意を払っている。
「だから、私は作戦に参加はしない」
 どんなに強力な敵が相手でも、能力者達が乗り越えなければならない。
 極論を言えば、アグニアの役目はVANの結成で終了しているようなものだ。リーダーとして指示を出すこともあるが、数は少なく、ほとんど会議に出席して状況を確認しているだけといった状態が続いている。
「良い世界になるといいですね」
 アキラが小さく笑みを浮かべた。アグニアも優しげな笑みを返し、頷いた。
(……だけど)
 やり取りを見ていたセルファは思う。
 アグニアの言う世界は確かに素晴らしいものかもしれない。だが、アグニアが望む能力者の居場所には、非能力者の居場所はない。
 VANにいる能力者の多くは非能力者に迫害されていた。互いに相容れない存在だと強く認識している者が多い。能力者にも、そうでない者にも。
 だからといって、相手を拒絶して、強引に能力者の世界を今の世界に捻じ込んで良いのだろうか。相容れない存在だと認識する理由も、経験も理解できるが、本当にそれでいいのかセルファには疑問だった。
 一つの答えが、ヒカルだった。
 ヒカルはVANを退けながら、戦いを望まなかった。VANの存在も理解できるから、と戦うことを避けていた。相手に共感し、その在り方に理解を示す。だから、ヒカルは今まで自らの意思で戦おうとはしてこなかった。自衛のため、大切な人を守るためだけに力を振るって来た。
 たとえ、自分を敵と見做す者達でも、理解を示す。それが、共存の第一歩なのだとセルファも思えた。
 互いにいがみ合い、拒絶し合っていたら平行線のままなのだから。
「今後の予定について話そう」
 アグニアが話を切り替えた。
「まず、これから暫くは能力の使い方と戦い方を学んでもらう」
 使い方と戦い方は一セットだ。能力の使い方を知ることは、戦い方を知ることでもある。知ったあとは実践できるように訓練していく。同時に、身体に具現力を馴染ませる。
 アグニア本人に鍛えられるというのは、VANの中でも珍しい。
 模擬戦のような形で訓練を受けた者はいるが、一から訓練を指導してもらった者はVANの中にも一人しかない。第零特殊突撃部隊長、シェイド。事実上、戦闘能力だけで言えばアグニアの次に強いのは彼だ。実働部隊としては最高位の立場にある、次期総帥候補と言われている。
 零という番号は表向きには存在しない。特殊部隊の中でも第三位以上にしか存在が明かされていない部隊だ。大きくなったVANという組織の中で発生する膿を排除するという一面を合わせ持っているが故に、秘匿されている。突撃部隊のシェイドを除いて。
 彼はアグニアが拾い、自ら鍛え上げた能力者だった。それ以外でアグニアが指導するのはアキラが初めてだ。恐らく、アキラを羨ましがっている者も少なくないだろう。
「まだ覚醒して間もないからな、今日は軽く一通り力場の扱いを感じ取るぐらいにしておこう」
 訓練は徐々に難易度を上げていくのが一般的だ。
 覚醒して間もない頃に無理をさせるのは危険なのだから。
「それでは、訓練に入ろうか」
「お願いします」
 アグニアの言葉に、アキラは頷いた。
 セルファは、ただその様子を見つめていた。これからのことを思案しながら。
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