終章 「二人」


 光はサイクリングロードと河原を繋ぐ斜面に腰を下ろしていた。隣はセルファが寄り添うように座っている。
 気を失ったものの、三十分と経たないうちに光は意識を取り戻した。直ぐ傍にいたセルファが光の状態を調べ、大事には至らないこと皆に伝えたらしい。有希は肉体のダメージだけを治癒し、後をセルファに託したようだ。
 目を覚ました光は、明日、もう一度皆で今後の方針を話し合うことにした。今日のところは光の疲労が大きいことを理由に、修が解散を提案した。誰も異論はなく、シェルリアは光の家に戻り孝二たちに状況の説明を、聖一は引き続き独自のルートで情報の収集をすると言って解散となった。
 修は少路たちに今回の報告と今後の相談をするために有希と共に帰路に着いた。
 この場にいるのは光とセルファだけだ。
「あれで、良かったの?」
 セルファが問う。
 晃のことだろう。VANに返してしまって良かったのか、ということだろうか。
 光は静かに頷いた。
 最初に晃が選んだのはVANだった。だから、というわけではないが、晃が真剣に考えるのであれば場所は関係ないとも思っている。近くにいても、話し難いことが多いかもしれない。
「……俺、ずっと兄貴が羨ましかったんだ」
「え……?」
 光の独白に、セルファは驚いたようだった。
「兄貴は、いつも、俺より前を歩いてた」
 兄だから、弟だから、そんな括られ方が嫌いだった。
 肉体的にも、晃は健康だ。光と違って病弱ではなかった。運動で晃を超えることは光にはできない。
「どんなに追いかけても、弟の俺じゃ兄貴の上には立てない」
 晃の高校よりも一つ上のランクにある波北高校を受験したのも、兄を超えたいという思いが理由の中にあった。
 体力で敵わないのなら、せめて頭脳は兄よりも上にありたいと願った。どれか一つでもいいから、晃を超えるステータスが欲しかった。
「ただの意地だけど、さ……」
 入退院を繰り返していた幼い頃から、喘息により行動を制限されることもなく動き回ることのできた兄が羨ましく、劣等感を抱いていたのだろう。
「私には、兄弟がいないから、羨ましいな……」
 セルファが小さく微笑んだ。
「兄弟がいるから辛いこともあるけどね」
 光は苦笑した。
 お下がりの服や靴が嫌だった時期もある。今では光の方が晃より身長が若干高くなっているが。弟だから、我慢しろと言われたこともある。逆もあったことだろう。本人にしか解らない、コンプレックスは少なからずある。
「……オーバー・ロード、してたね」
 セルファがぽつりと呟いた。
 光は無言で肯定する。
 今回は今までに比べて長い時間オーバー・ロード状態でいた気がする。それだけ、晃は具現力の使い方を学んで来たということなのだろう。覚悟が決まっていない状態で、オーバー・ロードについてきていたのだ。もっとも、光が無意識のうちに手加減をしていた可能性はある。冷静だったなら、もっと多彩な技で翻弄できたかもしれない。
「また、縮んでるよな……」
 光は呟いた。
 戦った後に意識を失ったのは初めてではないだろうか。それだけ、精神力を消耗しているのだろう。恐らく、寿命はまた削られているはずだ。
 セルファが具現力を解放し、光に触れる。
「十年ぐらい、減ってるね……」
 セルファが目を伏せる。
「本当は、もう戦わないで欲しいの……」
 辛そうに呟くセルファの肩を、光は抱き寄せた。
「俺だって、戦いたくない……」
 セルファの身体の温もりが、直接感じられる。甘い香りに、気持ちが落ち着く。それでも、少しだけ心拍数は高い。
「オーバー・ロードもして欲しくない……」
「でも、やらなきゃ……」
 セルファにも、自分にも言い聞かせるように光は呟いた。
 オーバー・ロードしなければ今の光には超えられない敵が多い。晃と違い、具現力に関する知識は全て独学のものだ。自分で力を発動し、身体を動かして、戦って来た経験が全てなのだ。正しい戦術を、光は知らない。
「これからは、私も背負うから……」
 セルファの言葉に、胸の奥に暖かいものが広がる。
「俺も、君だけは、必ず守るよ」
 囁くように、光は告げた。
 逢いに来てくれたセルファに、光は応えたい。
 二人寄り添い、お互いの顔を見つめる。
 白く、透き通るような肌に、流れるように煌めく美しい金髪。澄んだ大きな瞳を長い睫毛が彩っている。華奢な身体からは、しっかりと体温が伝わってくる。
 鼓動が高まっているのが判った。
 彼女に聞こえないように唾を飲み込む。
 ほんの一瞬、唇が重なった。
 そして直ぐさまお互いに顔を引き離し、背を向ける。
 顔が熱い。戦っている時よりもずっと、心拍数は高くなっていた。
 指先でそっと唇に触れてみる。一瞬ではあったが、確かに彼女の柔らかさを感じた。
「一緒に、行こう」
 背中を預け合うように空を見上げ、光は言った。
 セルファも、光に体重を預けてくるのが判る。
「うん……」
 優しい声が返ってくるのを聞いて、光は自分の顔に自然と笑みが広がっていくのを感じていた。
 これからだ。
 きっと、ここから、全てが始まるのだ。
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