第一章 「日本を離れて」


 晴れ渡った空の下、崖に面した道を、四人の少年少女が歩いていた。
 少女、セルファ・セルグニスを先頭に、半歩遅れて火蒼光(かそうひかる)が隣を歩く。その後ろに光の親友である矢崎修(やざきしゅう)とシェルリア・ローエンベルガが続く。
 光たちはVANと戦うことを決意したが、それを実行に移すためには解決すべき問題がいくつかあった。
 一つは、戦っていくための戦力が不足しているということ。元々、光と同じようにVANでもROVでもない第三者的な立場を取った能力者は圧倒的に数が少ない。具現力という特殊な力を操る能力者たちと戦うためには、こちらも力を扱える者たちである必要があった。現状で光と肩を並べて戦えるのは修とシェルリアぐらいだ。
 セルファは戦闘に関しては素人同然で、戦ったことすらない。直ぐに戦いの場へ出るというのは難しい。仲間の中でも最も情報収集能力に長けた能力者である朧聖一(おぼろせいいち)も攻撃能力に乏しく、不向きである。修の彼女である仲居有希(なかいゆき)はそもそも攻撃力を持たない治癒能力者であり、戦場に出すべきではない。
 そうなると、戦えるのは閃光型と呼ばれる超攻撃的具現力と、力場破壊という全ての力を掻き消す能力を併せ持った光の他には、空間を破壊する力を持った修、他者の具現力をコピーして自分の力のように扱う吸収適応能力を持つシェルリアぐらいしかいなかった。
 これから多数の能力者を相手に戦うとした時、まともな戦力が三人だけでは手が足りない。もちろん、聖一の力は連携攻撃を行う上では有効ではあるが、光が力場破壊を行使しながら戦う場合、聖一の空間歪曲能力の効果を受けることはできなくなってしまう。それに、聖一は自ら情報収集を買って出ている。自分の力を熟知しているからこそ、最も真価を発揮できる使い方を提案したのだ。光たちはそれを承諾した。
 同じ空間型を持つ修も情報収集は可能だが、聖一と違って高い攻撃能力を持つ空間破壊は主戦力になりうる。加えて、有希の父親関係の筋から自衛隊とも繋がりを持っている修は光と行動することにしたようだ。
 光の家族や有希の護衛を自衛隊の具現力特科と呼ばれる能力者の部隊に任せているのである。さすがに、具現力特科の者たちを前線に出すわけにはいかなかった。光や修の身近な者たちの護衛は必要だが、それ以前に彼らは自衛隊だ。本来の存在目的である日本の防衛という仕事がある。頼めるのは空いている人員による護衛だけだ。
 VANと戦うためのもう一つの問題は、戦略である。VANという巨大な組織に対し、少人数でいかに戦っていくか。これに尽きる。
 今からVANと同等の戦力を集めるのはまず不可能だ。現時点で能力者の七割八割はVANに属していると聖一が教えてくれた。残りの二割三割を全て味方につけたとしても対等とは言えない。何より、その残りの能力者たちの半数以上はROVに参加している。ROVとは違う独立したグループである光たちが仲間を増やすのは困難なのだ。
 そして、話し合って結論を出した。
「まずは少しでも戦力を集めよう」
 修が口にした言葉に異論は無かった。
 ROVに合流するという案もあったが、それはROVリーダーの白雷刃(はくらいじん)が許さないだろう。互いに肩を並べることはあっても、気持ちが同じわけではない。常に同行するというのは難しい。互いに利用し合う関係と言った方がいいかもしれない。
 VANがROVを脅威に感じているというのは、今まで二つの組織の間で情報屋として中立を保っていた聖一の存在からも明らかだった。逆に、ROVも光たちを利用するつもりでいるはずだ。
 背を向けてはいるものの、目指す目的は同じなのだから。
 今、光たちはアメリカ合衆国にいる。
 光は、修の提案が難しいと思っていた。戦力を集めるにしても、まずは中立あるいはVANに抵抗してはいるがROVには所属していない能力者を探さなければならないからだ。交渉の問題もあったが、何よりも能力者を探すことが困難なのだ。
 だが、そこにセルファが口を挿んだのである。VANにもROVにも属していない能力者たちの集落を知っている、と。
 可能性が出てきたことで、光たちはアメリカまで来ていた。セルファの力を用いて空間を飛び越え、日本から目的地の近くまで移動してきたのである。
 歩きながら、光は修との会話を思い出していた。
「俺たちがVANを倒せる可能性は低い」
 光自身もそれは解っていた。その言葉は確認ためのものだ。本当に重要なのはそこから続けられた言葉だった。
「ゲリラ戦が最良だと思う」
 修が提案したVANとの戦い方は、ゲリラ戦術だった。
 VANが各地に派遣している部隊に対して奇襲を仕掛け、戦力を削っていくという戦法だ。セルファや修の力を使えば移動にかかる時間はかなり短縮できる。それを利用して各地でVANの部隊にダメージを与えていくというのである。
 そして、VANの上位部隊や特殊部隊を誘き出す。大きな戦力である上位の部隊を返り討ちにすることができれば、VANにも大ダメージを与えることができる。各地で戦うことで、光たちの危険度を上げていき、上位部隊が差し向けられるのを待つ、というのが修の作戦だ。
 長期戦にはなるが、確実にVANの戦力を削いでいくことができる。
「真正面から本部に突っ込むのは無謀だからな」
 修の言葉には説得力があった。
 かつて、光の両親は二人だけでVANの本部に乗り込み、壊滅寸前まで追い詰めたと聞いた。だが、それは光一と涼子がそれぞれ一つの力しか持たず、互いに補い合う戦い方ができていたからだろう。二人いればそれだけ手数も増え、、戦略の幅も広がる。それに、当時は今ほどVANに能力者がいなかったとも考えられる。
 立て直した今のVANだからこそ、強大になっているのかもしれないが。
 その両親の力を二つとも受け継いだ光は、未だに力を完全に扱うことができずにいる。こんな状態では真正面から突撃しても袋叩きにされてしまうに違いない。
 だが、光には他にも心配事が一つあった。
(耐えられるのか、俺……)
 度重なる強敵との戦いで、光は大きく寿命を削ってしまっている。更に強い能力者が光の前に立ちはだかった時、オーバー・ロードという諸刃の剣を抜くことなく勝利することができるだろうか。
 寿命と引き換えに凄まじいまでの力を引き出すオーバー・ロード。閃光型と呼ばれる、発動形態が他と異なる特殊な具現力であるが故に存在する力の増幅。
 後どれだけの寿命が残されているのか、光には判らない。セルファの力でも完全に調べることはできないようだった。
 ただ、確実に四十年近く光の寿命は削られている。それは決して小さなことではない。
 修には寿命のことは伏せていた。余計な心配はかけたくなかったというのもあるが、何より光の力の問題でもある。オーバー・ロードさえしなければ寿命を削ることはない。光は自分の意思で戦って来た。これからもその姿勢は変わらない。ならば、寿命を消費して戦うかどうかも光自身が決めることのはずだ。
「そういえば、その集落をROVは知ってたりするのか?」
 修が思い出したように呟いた。
「多分、知ってると思う」
 セルファが答える。
「ROVが接触してるなら、私たちが行っても無駄なんじゃない?」
 シェルリアが言う。
 ROVもVANと戦うために能力者の仲間を集めている。現在、能力者のほとんどは、覚醒した直後にVANとROVの双方から勧誘を受けているようだ。それは、VANに身を置くセルファの母、セイナが覚醒を促しているからだ。今までセルファはVANの中で、セイナが覚醒させる能力者の情報をROVへ流していた。
 VANを離れた今となっては、セルファにセイナの動きを察知するのは難しい。距離が遠くなれば遠くなるほど、力は扱うのが困難になっていくのだ。ROVとVANの情報を間で双方に橋渡ししていた聖一も光の味方についた。今となっては、ROVの情報収集は彼ら自身の中から人員を選別して行うしかない。
「でも、ROVは自主参加を尊重してるからそうとも限らないんじゃないか?」
 光は推測を口にした。
 ROVはVANと戦うための組織に近いものだ。戦う意思の無い者や、どちらに着くか迷う者を強く勧誘することはない。かつて、光が刃に初めて出会った時もそうだった。
「戦う意思がないから集落になってるってことは?」
 修が新たな疑問を投げ掛けた。
 向かっている集落が戦う意思の無い者たちで構成されているのだとしたら、光たちが呼びかけても無駄なのではないだろうか。光たちも、今ではVANを叩くための戦力集めをしているのだから。
「ここの人たちは事情が私たちとは少し違うの」
「事情が違う?」
 セルファの言葉に、シェルリアが首を傾げる。
「話をするだけでも無駄にはならないと思うわ」
 振り返って、セルファが微笑んだ。長い髪が揺れ、陽光を浴びて黄金色に輝いた。その仕草と表情に、光は一瞬だが見惚れていた。
「着いたわ、ここよ」
 セルファが右手で示した方へ視線を向ければ、いくつかの建物が見えた。
 光たちが集落に到着したのを見計らったかのように、何人かの能力者たちがこちらへ向かって来るのが見えた。既に全員が具現力を解放し、各々の力を身に纏っている。
「まさか、戦う気じゃないよな?」
 修が呟く。
「大丈夫、敵意があるから力を解放しているんじゃないの」
 セルファはそう言って彼らの下へ歩き出した。光はセルファを信じ、後に続く。
「言葉の違いは気にしないで。私の力で翻訳するから」
 セルファが具現力を解放し、大きく力場を展開した。
 彼女が持つ空間干渉は力場で包み込んだ領域内のあらゆる事象を掌握し、干渉することができる。言葉という空気の振動に干渉することで、相手に通じる言語に変換することもできるということだ。
「君たちが、無所属の能力者たちかい?」
 一歩前に進み出て、金髪碧眼の青年が口を開いた。髪をやや短めにカットした、やや面長の青年だ。好青年という言い方が似合うような、爽やかな笑顔を浮かべている。
「え?」
 光たちはまだ何も話をしていない。何故、光たちが能力者であり、どこの勢力にも属していないと気付いたのだろうか。
「ああ、僕はルウェン。ルウェン・アルバスって言うんだ。君たちのことは、君たちがこっちに着いた時点で気付いていたよ。と言っても、気付いたのは僕じゃあないんだけどね。そういうエルフがここにはいるのさ」
 疑問に首を傾げていた光たちを見てか、青年、ルウェンは事情を説明し始めた。
「エルフ?」
 妖精、という意味の言葉に光は眉根を寄せた。
「おっと、そうか、君たちは何も知らないのか。とりあえず、案内するからその間に教えてあげるよ。それでいいかな?」
 同意を求めてくるルウェンに、光たちは一度顔を見合わせてから頷いた。
 とりあえず、敵意は無さそうだ。
 ルウェンが先頭に立ち、光たちを集落の中へと案内する。入り口付近でルウェンと共に出迎えた能力者たちは少し離れて着いてきている。部外者を警戒しているといったところだろうか。
 集落に入って気付いたのは、見かける人間全てが具現力を解放していることだった。いや、解放したままでいる、といった方が正しいかもしれない。能力を閉ざしている人間を全く見かけないのだ。家の窓から光たちの様子を見つめている人でさえ、防護膜に包まれている。
「もう気付いたかな?」
「能力を発動していない人がいないってこと?」
 笑みを浮かべるルウェンに、光は問う。
「そう、ここにいる人は皆、力を閉ざすことができないんだ。僕も含めて、ね」
 笑みを深め、大きく頷いたルウェンの言葉に光は目を見張った。
 具現力を閉ざすことができない。そんなことがあるのだろうか。
「精神と密接に結び付いた力だからね。その結び付きが強過ぎると覚醒した瞬間から力を閉ざすことができない人がいるらしいんだ」
 ルウェン自身も詳しいことは知らないようだ。ただ、覚醒した直後から力が発動した状態に固定されてしまう人たちがいるということだけは理解できた。未知の力とも呼べる具現力だ。別段驚くことでもないのかもしれない。
「そういう、僕たちみたいな人のことをエルフって言うのさ」
「エルフって聞くともっとファンタジーっぽいものを想像するなぁ」
 修が頭を掻いた。
 確かに、妖精というものは架空の物語に登場する存在として知られている。現実にその言葉を当てはめるということに違和感を抱いているのは気のせいではないだろう。
「そうでもないよ。元々、架空の存在の基盤になったのは能力者たちだからね」
「そうなの?」
 今度はシェルリアが疑問を口にした。
「考えてみてよ、昔からある、いわゆる魔女狩りとか、吸血鬼とか幽霊とか、そういうのって全部この力で説明できると思わないかい?」
 言われてみれば、確かにそうだ。
 炎や雷といった自然界に存在するエネルギーを操る自然型の能力者は、魔法使いと呼ばれても違和感はなさそうだった。吸血鬼も、肉体的な強靭さと引き換えに大量の血液が必要になるだといったような力が無いとは言い切れない。幽霊にしても、他者に幻を見せるような具現力がある可能性は十分にある。
「仙人とかスーパーマン、超能力者って言葉にぴったりくるだろ?」
「確かに……」
 光はルウェンの言葉に頷いていた。
「それにね」
 言い、ルウェンが空を見上げる。
 その直後、不意に一羽の隼が舞い降りて来た。隼はルウェンが差し出した右腕の上にゆっくりと足を下ろし、大人しく翼を閉じる。
「見せてあげてよ、ウェスタ」
 ルウェンが話し掛けた直後、ウェスタと呼ばれた隼の目が真紅の輝きを帯びた。
 そして、広げた翼が炎に包まれる。
「こういうこともあるのさ」
 彼の言いたいことは解った。
 具現力は何も人間に限ったことだけではない。思考力、つまり脳を持つ生命体ならば具現力に覚醒する可能性がある。そういうことだろう。
「もういいよ、ありがとう」
 ルウェンが微笑みかけると、ウェスタは力を閉ざして翼を折り畳んだ。視線を向けてくるウェスタを見て、ルウェンは一つ頷き、腕を大きく空へと振り上げる。その反動を利用してウェスタは大きく飛び上がり、翼を広げて空へと舞い上がっていった。
「ウェスタみたいに力に目覚める生物は他にもいるんだ。人間と比べると凄く数は少ないんだけどね」
 ルウェンの言葉に、光たちは呆然と空を見上げていた。セルファを除いて。
「架空の生き物の説明もつく、ってことか……」
 修が呟いた。ルウェンは満足げに笑みを深める。
「覚醒した具現力によっては、彼らの身体の大きさとかが変わってしまったりすることもあるみたいだからね」
 炎を操る力を得た鳥がフェニックスや鳳凰、朱雀と呼ばれるようになったのかもしれない。防護膜による影響で急成長したり、身体構造が発達したり、といったことがあってもおかしくはないように思えた。突然変異というものもあるのだ。突然変異で誕生した生物が具現力に覚醒したと考えればルウェンの言葉を否定することはできなかった。
「さ、着いたよ」
 一軒の家の前で立ち止まり、ルウェンはドアをノックする。そして、躊躇うことなくドアを開けて中に光たちを促した。
 中にいたのは初老の男女が椅子に腰を下ろしていた。ただ、身体の向きは光たちに向けている。その身体は他の者たち同様、防護膜に包まれていた。
「ここの長、サード・グラウンドさんとジェーン・オウルさんだよ」
 ルウェンが簡単に二人を紹介し、ドアの直ぐ脇にまで下がった。
「……待っておったよ、セルファ」
 老人、サードが口を開いた。
「そして、ヒカルにシュウ」
 光と修は彼の言葉に目を見合わせる。名乗った覚えは無い。何者かの存在を察知できるだけならば光にも可能だった。故に、この集落を光たちが訪れた際にルウェンたちが出迎えたことを、驚きはしたが不思議には思わなかった。だが、この老人は光たちとは初対面のはずだ。名前だけではない、光たちの今までを全て知っているかのような、据わった瞳が不思議だった。
「驚くのも無理ないわ……。けれど、それが私の力」
 老婦が口を開いた。穏やかな口調だ。
「えっと、私たちは具現力について詳しく話を聞きたいんです」
 セルファが切り出した。
 全て見通せているのなら、本題に入った方が早い。そう考えての判断だろうか。
「……聞いて、どうするのかね?」
 サードが問う。静かな目でセルファを見つめている。
「それは……」
「俺たちは、力について知らないことが多過ぎるから、自分の力を、ちゃんと知っておきたいんです」
 口篭るセルファと代わるように、光は告げた。
 力場破壊を使いこなせない今の状態では、いずれ戦えなくなる。オーバー・ロードをしていない実の兄に、光はオーバー・ロードをしなければ勝つことができなかった。光と違って、兄である晃は力場破壊を使いこなしていた。力場破壊という力を、精確に知らなければならない。
 サードの瞳が光へ向けられた。微かに、威圧感を抱いた。
「……俺が、自分の目的を果たすためには、今のままじゃ駄目だから」
 光は言葉を続けた。目を逸らしてはいけない。どこか、本能のような部分がそう囁いているような気がした。
 もし、彼らが全てを知ることができる力を持っているのなら、光が来た理由も知っているのではないだろうか。だとしたら、言い渋っても意味がない。
「お前が望むものとは、何かね?」
 サードが問う。
「戦わなくて済む、平穏な生活」
 光は即答していた。
 いつも、強く望んでいたことだ。力を使わずに、人を殺さずに、傷付けあうことなく、大切な人と笑い合える生活。覚醒して失くした、今までそこにあった日常。それが、光が望むものだ。
 そのために、光の生活を乱す存在を消さなければならない。いくら理解を示しても、光の存在を消そうとするVANに、抗わなければならない。守るために、戦わなければならないから。
「……サード、もういいでしょう」
 ジェーンが苦笑を浮かべた。
「正直に白状すると、私はあなたたちと話したくはないと思っているわ」
 ジェーンが言う。言葉の内容とは裏腹に、口調は穏やかなものだ。拒絶という感情ではないのだろうか。
「私の一言が、世界を動かしてしまう可能性があるから」
 その言葉に感じたのは、ジェーンが光たちに会いたくないのではなく、光たちがジェーンに会って欲しくはない、という意図だった。
「世界を、動かす?」
 修が眉根を寄せる。
 既に、具現力自体が世界を動かすだけの影響力を持っているのではないだろうか。VANの存在も具現力があればこそのものだ。ジェーンの言葉に違和感は拭えない。
「私の言葉が、世界を掻き乱しているから」
 微かにジェーンの表情が曇る。
「どういう、意味ですか……?」
 セルファが不安げに問う。
 暫しの間、沈黙が流れる。言おうか言うまいか、迷っているといった表情で、ジェーンは俯いていた。だが、光とセルファの瞳を交互に見つめ、意を決したかのように口を開いた。
「アグニアとセイナ、その二人に力の使い方を教えたのが、私だから」
 ジェーンの言葉に、光たちは絶句した。
 力の使い方を教えた。彼女の言葉で、アグニアとセイナは自分の力を知ったというのだろうか。もし、アグニアとセイナの二人が自分の力の使い方をジェーンから教わったというのなら、確かに世界を動かしたと言える。今、世界を混乱させているVANの根本に関わっているということなのだから。
「私の力は、クレアヴォイェンス、透視能力……」
 透視、という言葉がピンとこなかった。
「私の目は、総てを視通す。力場内部に存在するあらゆるものを視ることができるのよ」
 光たちの様子に気付いたのか、それとも「視た」のか、ジェーンは付け加えるように言った。
 力場内部にある総てを視る。あらゆるもの、という範囲がどれだけのものなのか、光には良く解らない。だが、もし言葉通り受け取るとしたら、本当に「総て」ということになる。原子配列といった最小単位のものに始まり、物理現象以外のものまで含むということだ。
「具現力を、知ることもできる」
 ジェーンの言葉に、光は自分の推測が正しかったのだと感じた。
 どのような具現力を持っているかさえ見抜くことができるのだ。だとしたら、彼女に力を鑑定してもらいさえすれば精確に力を把握することができる。
「……もし、私がこの力を使わなければ、あの二人もこのような道を進むことはなかったでしょうね」
 遠くを見つめるかのように、ジェーンは目を細めた。
「セイナの力は、空間干渉。力場で包んだ空間の総てを操ることができる、強い力」
 空間に干渉することで、あらゆる現象を引き起こす。それがセルファの母、セイナの持つ空間干渉能力だ。あらゆる具現力を再現し、同時に使役することもできる。また、物理現象だけでなく精神に干渉することも可能な、幅広い応用力を持つ力だ。
「アグニアの力は、閃光型の力と、超越の力。彼を、最強たらしめる、総てを超える、力」
 噛み締めるように、ジェーンは告げた。
「超越の、力……?」
「そう、具現力のあらゆる制限を取り払う、究極の攻撃能力を付加する力。それが、アグニアを今の道へ進ませたものよ」
 光の呟きに、ジェーンは頷いた。
 具現力の制限を取り払う。閃光型の持つ、特殊な発動形態が莫大なエネルギーを扱えることは知っていた。だが、その代わりに力は再現なく能力者自身の精神力を呑みこんで行く。生命力を消費するオーバー・ロード。
「彼は、その力故にハーフエルフとなった……」
 サードが呟いた。何となく、意味することが解った。
 エルフが覚醒したままとなってしまった能力者なら、ハーフエルフはその半分、つまり、自らの意思で力を発動したままでいる能力者ということだろう。言葉の流れから、大体の推測はできる。
「常に力を発動したまま過ごし、力を高め続けている」
 もし、精神力の消費の激しい閃光型の、欠点である部分の制限が取り払われたとしたら。
「今、あなた考えている通りよ」
 ジェーンが告げた。あえて何も言わず、光の推測が答えであると。
 オーバー・ロードの生命力消費が無くなる。半永久的に力を引き出し続け、無限に力を重ねることができる。莫大なエネルギーではなく、無限のエネルギーを操ることができる。
 自分に、勝てるのだろうか。光は息を呑んだ。扱うエネルギーは無限、オーバー・ロードも使い放題。そんな人物を相手に、光に勝ち目はあるのだろうか。
「けれど、忘れてはいけない」
 ジェーンの言葉に、光はいつの間にか伏せていた顔を上げた。
「あなたの持つ、力場破壊能力は総ての力を打ち消す、唯一無二の力。どんな力も、その輝きを掻き消すことはできない」
 超越の能力はあらゆる限界を突破する力だ。だが、力場によって発動する力でもある。その力場を破壊する、光の力に抗うことはできない。
 超越の力が究極の攻撃能力を付加するものだとしたら、光が持つ力場破壊は究極の防御能力を与えるものだ。
「だから、アグニアはあなたを恐れる」
 その言葉は逆に、光にしかアグニアを倒すことはできない、と告げているのと同じだった。
 力場破壊能力はシェルリアの吸収適応能力でもコピーすることはできない。吸収するための力場を破壊してしまうからだ。また、空間干渉などの力で力場破壊を再現することもできない。
「私は、自分が世界を変えてしまう原因になるのが厭なのよ」
「……でも、俺は戦いますよ」
 ジェーンの呟きに、光は言い放った。
 もし、アグニアの力について何も知らなかったとしても、光の決意は変わらない。勝てる見込みは少ないかもしれない。だが、戦うと決めたのだ。最初から難しいことだとは理解しているつもりだった。
「責任を感じてるなら、助言してくれてもいいと思うけどな」
 修が呟いた。
 アグニアとセイナに力の詳細を教えたことを後悔しているのなら、光に助言することで償いとする考え方もある。光はセイナによって覚醒を促された。アグニアが恐れる力を持つが故に、執拗にVANから狙われて来た。光が狙われる原因となったのは両親の力だが、その光一と涼子を殺したのはVANだ。光一と涼子もVANに狙われていたのだ。原因とするなら、アグニアとセイナに力を教えたジェーンがVANの結成に加担していたと言い換えても良いのだ。
 もちろん、VANが無ければ光一と涼子は出会っていなかったかもしれない。光が生まれていない可能性もある。しかし、VANの存在に間接的にでも関わっているのなら、その組織に狙われている光たちに助言することは償いと見ても良いかもしれない。
「……それも、そうね」
 ジェーンは小さく苦笑した。
「力について教えるのは一人ずつ伝えることにしているの」
 聞いた後に他人に喋るのは構わない、ジェーンはそう言って光に視線を向けた。
「まずは、あなたね、ヒカル」
「では、他の者はわしと共に外へ」
 ジェーンが指名すると直ぐに、サードが立ち上がった。ルウェンがドアを開け、シェルリアと修が外へ出る。
「……セルファ、あなたはそのままでいいわ」
 残れ、という意味の言葉に、セルファは驚いたように目を見開いた。
「私もいいの?」
「通訳がいないと困るのよ。私は日本語が話せないから」
 セルファの言葉に、ジェーンは苦笑いを浮かべた。
 部屋の外でセルファが力を発揮するとしても、力場内の全てを把握して干渉する空間干渉能力では会話が聞こえてしまう。ならば最初から部屋の中にいても構わないということだろう。いや、中に居て貰わなければ力について伝えることができないというべきか。
「……ヒカル、あなたは力についてある程度は知っているわね?」
 光は頷いた。
 力場で空間を包むことなく、力を発揮できる閃光型の能力者であると同時に、光は力場破壊能力を持っている。発生させた点や線の力場にエネルギーが付帯する特殊な発動形態を取る閃光型の力は強大だ。力場でエネルギーを抑え込む必要の無い閃光型はほぼ無限に力を集約させることができる。力場で抑え切れなくなって暴走するということがない代わりに、生命力さえ消費して莫大な力を扱うオーバー・ロードができる。
 光が知っているのはこのくらいだ。
「あなたが持つ力場破壊能力は、理性から生じる力よ」
 理性と本能、二つの意思から具現力は生じる。理性が導く強い思いと、本能から湧き出す欲望が、具現力の力の源のようだ。
 本能はいわゆる怒りや憎悪、悲哀といったような、自分を基準とした感情から来る力である。対する理性は、何かを守りたい、何かを成し遂げたいという、強い理想や希望といった、自分以外に基準を置く思考から生じるものだ。
「この力を使うには、強い感情では駄目ね。この力がもたらす効果を、強く望むのよ」
 力場破壊がもたらすのは、相手の具現力の無効化だ。つまり、相対する能力者の存在の否定ということである。
「相手の力を否定しなさい。何のために否定するのか、その思いの強さが力の強さ関わってくるはずよ」
 ジェーンの言葉が光の奥に響く。
 今まで使いこなすことができなかったのは、光が相手に共感している部分があったからだったのだ。相手が戦いを挑んでくる理由に理解を示し、その思いを否定することを避けてきた。それでも戦わなければならないと知りながら。
 確かに、光が相手の思いを否定した時には力場破壊を容易く使っていたような気もする。オーバー・ロードで力を増幅させていたことは確実だが、それでもオーバー・ロードした際には相手を否定していたように思う。感情を爆発させて激怒や憎悪した瞬間、敵の存在を否定していたのだろう。
 この力で、超越の力を持ったアグニアを倒すことはできるのだろうか。
「アグニアは無限の力、けれど、あなたは全てをゼロにする力を持っている」
 どんなに大きな数でも、ゼロをかければ無となる。光は、その力を母から受け継いだ。
 アグニアとは正反対の力だ。アグニアは、自分の力を他の誰よりも高める力を持っている。それに対し、光は他者の力を掻き消す力を持っている。お互いの力が弱点であることは間違い無い。
「あなたは、自分が力を使いこなせないと思い込んでいるわね」
「え……?」
 ジェーンの言葉に、光は彼女の目を見つめた。
「その思い込みが、自分の力にブレーキをかけているわ。もっと、自信を持ってもいいんじゃないかしら?」
 力が使いこなせない、強い敵に立ち向かうためには今のままでは駄目だ。そう思い込んでいただけなのだろうか。その自分自身への疑念が光の力を抑え込んでいたというのだ。
「けれど、あなたが持つ強い力は、あなたの存在自体も呑み込んでしまう恐れがある」
 オーバー・ロードだろうか。光は心臓が跳ねるのを感じた。強い力を振るえば振るうほど、光は精神力を消耗していく。自分の限界を超える力を振るおうとすれば、生命力も削ってしまう。
「だから、あなたは恐れているのかもしれないわね……」
 ジレンマでもある。強い力を望めば命を削り、それを恐れていては本来の実力を発揮できない。過ぎた自信は身を滅ぼすということなのだろう。だからといって、自分を疑い過ぎてもいけない。自分を信じられない者に、戦う資格はないのだから。
「私に教えられるのは、あなたの力についてだけ」
 使い方、戦い方は自分で会得するしかないということだろう。ジェーンの力は「視る」だけであって、それ以上のことはできないのだ。ここから先は本当に光自身の問題となる。
「力の根本が解っただけでも、ありがたいよ」
 光はそう言って、小さく笑みを浮かべた。
 力場破壊の使い方が解っただけでも大きな収穫だ。これから戦っていく上で、力場破壊は必ず必要になる。きっと、もう光は力場破壊を使いこなせるようになっているはずだ。大切なもののために、敵の力を否定すれば良いと解ったのだから。
「ヒカル、あなたに一つお願いがあるの」
 ジェーンの言葉に、光は少し驚いた。
 今まで関わりたくないと言っていたジェーンが、光に頼みごとをするとは思っていなかったのだ。
「アグニアと、セイナは急ぎ過ぎた。まだ、この世界は能力者を受け入れるだけの余裕がない。だから……」
「止めるよ」
 光ははっきりと告げた。
 急ぎ過ぎたかどうかは光には解らない。彼らもこの世界に不満があったからVANを創ったのだろうから。ただ、その存在は光にとっては邪魔でしかない。大切なものを守るためには、否定し、壊さなければならないものだ。
「もう一つ、この子を、支えてあげて。彼女には、もう何も残っていないから」
 ジェーンは立ち上がり、セルファの肩に両手を置いて光に視線を向けた。
 セルファ自身もVANの崩壊を望んでいるとはいえ、両親を殺すということに何も感じていないとは思えない。どれだけの葛藤を乗り越えて、どれだけ自分自身の心を締め付けてその結論を出したのかは光にも解らない。
 セルファは今までの自分の居場所を捨てて光の下へ来た。その想いには応えなければならない。
「……これから、俺も支えて貰うんだ。俺だって、支えるよ」
 光はセルファを真っ直ぐに見つめ、言った。
 もっと気の利いた言葉で答えられたら良かった。そう思いながらも、光は頬が少し熱くなっていることを自覚して目を逸らした。
「この子は、超越の力も受け継いでいるわ」
 ジェーンの言葉に、光はセルファに視線を向けた。アグニアの力を、セルファは受け継いでいる。それはこれからの戦いにおいて、セルファの力が重要になってくるかもしれないことを示している。
 恐らく、セルファが今までセイナに気付かれずに光やROVに接触していたのも、その力があったからだ。超越の力で他者に気付かれる要素を全て消していたに違いない。きっと、今のセルファは超越の力を使っている。疲れることなく、様々な効果を自分の力に付加させているのだろう。
「あなたと、この子の間に、強い何かが視えるわ」
 ジェーンが呟いた。
「これから、あなたたち二人には辛いことが数多く降り掛かるかもしれない。けれど、お互いを信じていれば、きっと道は開けるはずよ」
 透視の力を強め、ジェーンは言った。瞳の輝きが増し、光とセルファを交互に見つめている。
「私に言えるのはここまでね」
 具体的なことはあまり判らないらしい。それでも、二人にとっては十分過ぎる助言だった。これからも苦難が多いであろうことは光たちも気付いている。光とセルファの間にある何かが、成功をもたらしてくれるのだろうか。期待し過ぎても駄目だ。ジェーンが言っていたように、彼女は「視る」ことしかできないのだ。その結果がどうであれ、何もしなければ助言も意味をなさない。
 光たちが動き続ける背中を少し押すことだけが、ジェーンにできることなのだから。
「じゃあ、次はシュウを呼んでくれるかしら?」
 ジェーンの言葉に頷いて、光は部屋を出る。
 外へ出ると、修の隣には有希がいた。どうやら空間破壊で呼び寄せたらしい。
「終わったみたいだな」
「次はお前だってさ」
 修の言葉に、光は答える。
「じゃ、行こうか」
 有希を連れて、修は家の中へと入って行った。
 修は有希の力も鑑定してもらうつもりなのだろう。確かに、有希も自分の力について知りたいはずだ。修が気を利かせたのだろうか。
 あの二人にも、光とセルファのように「強い何か」があるのかもしれない。
 そう思いながら、光は晴れ渡った空を見上げた。
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