第五章 「振り返らずに」


 本部の通路を、ダスクはリゼを連れて歩いていた。一つの任務を終えて報告と事務処理のために戻ってきているのだが、戻ってきて直ぐダスクが耳にしたのは、第一突撃部隊長であるカソウ・ミキが死んだという報告だった。
 さすがに、驚いた。
 ミキの存在を超えなければ、ヒカルたちに先は無かっただろう。だが、ミキを超えたということは、ヒカルたちはそれだけ力を付けているということに他ならない。ダスクの推測が正しければ、ミキはヒカルと一騎打ちをしたはずだ。シェイドの部隊の任務についていくために、ミキは自分一人だけで参加した。恐らくは、ヒカルと一対一で会うのも目的だったのだろう。彼女には、どこかヒカルを気にかけているようなところがあった。同じようにヒカルを気にかけているダスクだからこそ気付いた部分ではあったが。だから、ミキはヒカルのみと戦ったのだろうと思う。
 そして、敗北したに違いない。
 ヒカルには、肉親であるミキを殺すだけの覚悟と、意志がある。つまりは、そういうことだ。
「……乗り越えてしまったか」
 最初にカソウ・ミキ死亡という報告を聞いてダスクが口にしたのは、そんな言葉だった。
 ミキを乗り越えなければ、ヒカルたちはこれからVANと戦って行くことはできないだろう。次に戦うであろうシェイドは、ミキ以上の力を持った能力者なのだ。ミキを倒せないようでは、ただシェイドに殺されるのを待つだけだろう。
 既に、シェイドがヒカルたちの仲間となったVANの裏切り者、シェルリア・ローエンベルガを始末したという報告は耳にしている。今まで梃子摺っていたのが嘘のように、シェイドはヒカルたちの仲間の一人を始末した。
 ヒカルが幸運だったのは、シェイドに緊急の任務が入ったことだろう。シェルリアの次にシェイドが動くとしたら、ヒカルたちとの戦闘になるはずだ。だから、シェイドと戦う前にミキを倒すことができたのは幸運だったと言える。
 とは言え、そう考えてしまうこと自体、ダスクにとっては複雑な心境だった。
 ヒカルに生きて欲しいと思う反面、VANを脅かす存在はいなくなって欲しいとも思っているのだ。たとえダスクがヒカルの考えを理解し、共感したとしても、VANを抜けるつもりはない。最終的には、どうあってもヒカルは敵なのである。
「不謹慎だと、思うか?」
 そう、考えを口にしたダスクに対し、リゼはゆっくりと首を横に振ってくれた。
「私はそう思えるダスク様が好きです」
 彼女の言葉を、ダスクは素直に受け止めることができた。
 優し過ぎると良く言われるが、上からの命令として最終決定が下されればダスクは任務を全うする。後味の悪い仕事や、気の進まない任務もある。それでも、ダスクにとってはVANの存在は自分の家に近いものがあった。だから、ダスクはVANのために戦っている。自分と、仲間たちの居場所を守るために。
(ヒカル……お前は、ここまで来るつもりか?)
 決着は自分の手で着けたいと思う部分と、できればヒカルとは戦いたくないと思っている二つの感情がダスクの中には存在している。矛盾していることは自覚しているが、こればかりはどうにもならない。
 不意に、ダスクは一つの部屋の前で足を止めた。
 部屋の中にはゆったりした大きなソファ、小さいテーブル、観葉植物や自動販売機などがある。いわゆるリフレッシュルームだ。そのソファに、一人の少年が座っていた。
「……アキラ?」
 紙切れを手に、ソファに限界まで寄りかかり、天井を見上げるようにしてぼーっとしている。どのような感情を出していいのか判らない、そんな印象を抱いた。
 ダスクはリゼを視線を交わし、部屋の中へ入って行った。
「アキラ、どうした?」
 予想はしているが、それでもダスクは尋ねる。
 大方、ヒカルかミキのことだろう。肉親であるからと、もしかしたらミキのことはまだ聞かされていない可能性もあるが。
「ダスク……」
 言うべきかどうか、迷っている様子だった。
「もし、俺がVANを抜けるって言ったら、ダスクはどうする?」
 考えた末に、アキラはそんな問いを口にした。
「……敵になるというのなら、放ってはおけないな」
 VANを抜けるだけであれば、ダスクは口出しするつもりはなかった。一人の能力者として、アキラが決断したことなのだから、ダスクがとやかく言うことはない。VANの中にも、戦闘を行わずに生きている者はいる。本人が望めば、戦いを目的としない部署へ行くことも可能だ。
 ただ、VANと敵対するために組織を離脱するのであれば、ダスクも見過ごすことはできない。特殊部隊長という立場もある。目の前で発生した裏切りを許すわけにはいかない。
「……正直、俺はどうしたいか判らないんだ」
 アキラはそう呟いた。
「ミキのことか?」
 ダスクの言葉に、アキラは頷いた。
「深輝姉さんはよくうちに来て俺たちの面倒を見てくれたんだ」
 少し小さな声だったが、アキラは語り出した。
 一歳になるころ喘息にかかったヒカルは、発作で入院することが多かった。両親はヒカルの看病のため交替で病院に泊まることが多かったらしい。その間、父コウイチの従姉妹であるミキやコウジ、カオリなどが家事の手伝いなどをしていたようだ。喘息が治ってからも、ミキはよく家に来ていたのだとアキラは語った。
 親戚が少ない、というよりはむしろコウイチが避けていたのだろう。家族をVANとの戦いで失ったことが影響しているに違いない。
「深輝姉さんが事故死したって聞いた時はショックだったよ」
 アキラは溜め息をついて、呟いた。
 当然だろう。ヒカルとアキラにとって、ミキは数少ない親戚だったのだ。それも、コウジやカオリと違って、比較的に歳の近い。
「VANにいた頃の深輝姉さんは、どんな人だった?」
「そうだな……」
 ダスクはアキラから視線を逸らし、顎に手を当てて考え込んだ。
「ミキは俺がここへ来た時には、既にVANの能力者だった」
 ダスクがVANに所属する約一年ほど前に、ミキは既にVANの構成員となっていた。
 閃光型という強力な具現力を持つ能力者でありながら、ミキの戦闘能力はさして高いものではなかった。閃光型でありながら、一般の隊員レベルだったのだ。彼女の精神面が戦闘要員として成熟していなかったのが一番の原因だったのだろう。
 あまり面と向かって話をしたわけではないが、ミキにはどこか陰があったのを覚えている。
 閃光型と言えば、それだけで部隊長を任される可能性があるほどの潜在能力を秘めているはずだった。だが、ミキには部隊長としての力量を持ち合わせていなかった。
「いつの頃からか、ミキの強さが一変した」
 ある時を境に、ミキの戦闘能力が開花する。いや、それが本来の実力だったのだろう。閃光型という攻撃に特化した具現力を持つミキは見る見るうちに力をつけて行った。
 周りの評価もそれに応じて変化し、部隊長に選ばれるようになる。やがて、ミキは第一突撃部隊の隊長という立場にまで到達した。
「何かを吹っ切ったか、それとも強くなりたいと思う理由を見つけたか、俺には判らない」
 ただ、ミキという人物が本来は凄まじく高い実力を持っているということだけははっきりした。
「自分にも他人にも厳しい人物だったな」
 少なくとも、ダスクにはそう見えた。
 任務達成のためなら足手纏いになる部下を見捨てることもあった。もちろん、部下たちには事前に通達しており、了解を得ている。ミキ自身も、任務遂行に支障が出るようなら独断での行動を許可するなどの指示を出していた。それも、自分自身が足手纏いになるようなら隊長であることとは関係なくミキ自身も作戦から除外して行動しろとも部下に命じているほどだ。徹底して、任務遂行を優先するスタイルを取っていた。
「お前の知るミキは、優しい人だったんだな」
 ダスクは呟いた。
 アキラの話を聞くに、ミキは優しい人物だったのだろう。それが覚醒し、VANに来たことで変わってしまった。いや、本質的な部分では変わっていないのかもしれない。優しい女性であるが故に、自分にも他人にも厳しくしていた可能性もある。
 アキラは黙って頷いた。
 明るく優しい人物だったと小さく呟いて、アキラは息をついた。
「あの時、光に深輝姉さんがいるってことを伝えていたら、変わっていたんかな……」
 VANへ渡った時点で、アキラはミキの存在を知った。だが、ヒカルと対峙した時にはミキのことは話していなかった。もし、あの時にミキがVANにいると伝えていたら、未来は変わっていたのだろうか。
「……どうだろうな」
 ダスクには、ヒカルがどんな反応を示すのか想像することもできなかった。
 ただ、それでもVANに属するという選択肢だけは選ばないだろうと思った。どれほど心が揺らいだとしても、ヒカルは生き方を変えるつもりはないだろう。それは、今までの戦い全てを無に帰すことと同義だから。
 アキラは小さく息を吐いた。
 ヒカルにあって、アキラに無いものがあるとすれば、それはきっと経験だろう。戦闘経験ではなく、具現力を得て変化してしまった日常の経験だ。
 VANとROVの戦いを知り、自分自身の生き方を考えなければならなかったはずだ。日常に戻れるかどうか、家族との関係は以前のままで良いのか、戦うべきか、否か。自分はどうしたいのか、そのためにはどんな選択をすべきか、考え、悩み、身近な存在を失いながら、ヒカルは今までの戦いを越えてきた。
 覚醒してから、ヒカルは日常の変化を経験している。だが、アキラは覚醒して直ぐにVANへ渡った。ヒカルのように悩む時間は少なく、ましてや何かを失うことなど経験していない。
 決定的に二人が違うのは、覚醒してからの時間なのだ。
 既に、ヒカルはトップクラスの戦士としての精神を完成させていると言っても良いだろう。明確な戦う理由と、揺るがない意志がある。
「あまり悩んでいる時間はないぞ」
 ダスクの言葉に、アキラは顔を上げた。
「これから、VANは世界と戦うことになる」
 世界がVANを受け入れなかったことで、近いうちに戦争とも呼べる規模の戦いが起きるだろう。
 アルトリアを失ったVANには、敵軍の電子機器を無効化する力はない。もちろん、逆に電子機器を乗っ取り、意のままに操るなどできるはずもない。この情報が知られた時、戦争となる可能性が高い。
「戦力が多いに越したことは無い」
 アキラは高い戦闘能力を有している。ならば、戦力として前線に投入したいというのがVANの本音だろう。無論、戦うか否かはアキラの希望が優先されるが、いつまでも待っているわけにはいかない。戦わないなら戦わないなりに仕事はあるのだ。決断できず、どちらの人員としても使えないのは困る。
 アキラはまだ、どこにも配属されていない。アキラが戦うことを選べば、実力に応じて実働部隊に配属される。そこでの働きを見て、転属とするかどうかが判断される。
「……だが、無理に戦う必要はない。精神的に辛いことも少なくはないからな」
 ダスクは言った。
 人の命を奪うという行為を自分の中で納得できない者は戦うべきではないだろう。だが、納得していたとしても、実際の光景にショックを受ける時はある。戦うことを好む能力者もいるが、だからと言って人殺しが好きな者ばかりではない。人殺しが好きで戦う者がいないわけではないが、数はそう多くない。
「光は戦う道を選んだんだろ」
 アキラは呟いた。
 弟に負けたくないと思う気持ちもあるのだろう。ヒカルは戦うことを選び、その信念を固め続けて来た。ここでアキラが戦わぬ道を選んだとすれば、それはヒカルに屈したとも取れる。一度、戦ってヒカルに負けているのだ。ヒカルと戦うことを避けるために、戦わないという選択肢もある。
「ヒカルの戦いを、どれだけ知っている?」
 アキラは驚いたようにダスクを見た。
「ヒカルは覚醒した際、能力者に襲われた」
 能力者に襲われている時に覚醒したと言うべきかもしれない。
 当時はVANの内部で情報が倒錯していた。カソウ・ヒカルとの接触を命じられていた部隊の能力者との交信が途絶し、連絡が取れなくなったことが混乱の発端だ。本来なら、セイナの力で覚醒を促されたヒカルと、VANの能力者が接触するはずだった。だが、接触するために派遣された能力者たちが殺されたことで、強硬派が動いた。
 接触予定の構成員を、ヒカルが殺したと早とちりしたのだ。後で調べて解ったことだが、ヒカルと接触する前に構成員たちはROVの手によって殺されていた。
 セイイチか、もしくはセルファが関わっていたのかもしれない。セルファについてはダスクの予測でしかないが。
 VANの能力者に攻撃され、力を振るわれる恐怖を味わいながら、ヒカルは覚醒した。傍にはシュウもいた。
「日常に戻ることを選んだヒカルを、俺はそっとしておいてやりたかったんだがな……」
 ダスクは少しだけ渋い表情で呟いた。
 強硬派は、ヒカルとROVが手を組んだ可能性を示唆した。早期に排除すべきである、そう提案したのだ。もちろん、彼らの理屈や、それがVANのために提案したということはダスクにも解る。
「結局、強硬派はシュウを人質にヒカルの抹殺を実行した」
 ヒカルはROVと一時的に共同戦線を張り、当時の第三特務部隊長を撃破した。
「それからも、ヒカルは執拗に狙われた」
 ダスクは不干渉を訴え続けたが、強硬派や政治担当方面からの指示で部隊が派遣されることになる。
「ヒカルと付き合い始めたばかりの同級生も、巻き込まれて命を落とした」
「じゃあ、三ヶ月ぐらい前に光が落ち込んでいたのは……」
 アキラの目が見開かれた。今から三ヶ月前と言えば、ミサキという少女の通夜が行われた頃だ。
 聞いたことの無い話だったのだろう。
 それはそうだ。もし、アキラが知ればヒカルの側に着くと言い出しかねない情報でもある。知らされていなくて当然か。
「VANが蜂起した日、世界各地でVANに抵抗する者たちへの襲撃が行われた」
 ヒカルの高校も例外ではなかった。ROVに属する者もいたため、ヒカルのことでその襲撃案を抑え込むことはできなかった。もちろん、ダスク自身も襲撃のために出動しなければならない。
 もう、ヒカルを敵と見做すしか選択肢はなかった。
「ヒカルやシュウがいたお陰で、あの高校の被害は比較的少なかったみたいだが……」
 大勢の死傷者が出たのは言うまでもない。
 能力者同士の戦闘を遠目から見るのならともかく、戦場の中にいれば巻き込まれて当然だ。見境無く邪魔な一般人を排除して行ったところもあるらしい。
「結局、ヒカルは高校を辞めたようだな」
 これは知っているだろう。アキラもVANに来たことで今までいた高校は辞めたことになっているはずだ。
「いいのか? 俺にそんなこと話しても」
 アキラが問う。
 これでは、ヒカルの側へ行けと言っているかのようだ。ダスクは失笑を漏らした。
「俺はVANの人間だ。たとえお前とヒカルが敵になっても、VANを抜ける気はない」
「だったら何で……」
 VANの人間であるなら、アキラが敵になるのは避けねばならないことでもあるはずだ。わざわざこんな話をする必要はない。
「俺には俺の信念がある」
 戦うだけの理由と意思をダスクは持っている。それがVANの側に着くことに繋がっているから、ダスクはVANに身を置いている。VNAの能力者として存在しているのだ。
「何も知らないまま、お前が信念を固めたとしたら、ヒカルに不公平だ」
 もし、アキラがヒカルについて何も知らないままVANの戦力になったとしたら、あまりにもヒカルに不平等である。ヒカルはヒカルで苦労してきたのだ。その思いを何も知らないで、ヒカルと敵になるのは余りにも酷だ。
 ダスクはダスクの信念があり、ヒカルはヒカルだけの信念を持っている。だから、アキラには他人に押し付けられたような信念で戦って欲しくはなかった。
 人の感じ方や言葉の受け取り方はそれぞれだとは思う。だが、知らないままではアキラも本気で戦うことはできないだろう。
 得られるだけの全ての情報を知って、その上で覚悟を決めるから本気で戦えるのだ。命を懸けて、全力で。
「正直、俺はヒカルにVANへ入って欲しかったよ」
 ダスクは苦笑いを浮かべた。
 戦友として共に肩を並べられたとしたら、あれほど心強い能力者はいないかもしれない。いや、ダスクが個人的にヒカルと共闘してみたいだけか。
 ただ、味方として出会いたかったというのは本心だ。
「今でも、ヒカルを心配していないと言えば嘘になる」
 笑みを消して、ダスクは呟いた。
「けど、敵としてヒカルが恐ろしい相手だとも思えてくる」
 いずれ、ヒカルも倒さなければならない。そう思えてくるのは、ダスクがVANの人間だからなのだろう。いくら心配していても、根本では敵と認識しているのだろうから。
 もう、ヒカルがVANの味方になることはありえないのだ。それに、ダスクもVANという存在が失われることは望んでいない。
「俺は……」
 アキラの顔に苦悩の色が浮かぶ。
「後は、お前次第だ」
 それだけ言うと、ダスクはアキラに背を向けた。
 リゼを連れて、部屋を出る。
「少し、言い過ぎたかな」
「本当に敵になってしまいますよ?」
 苦笑するダスクに微笑んで、リゼが冗談めかして言う。
「両立は、できないんだろうな……」
「そうでしょうね」
 ダスクの呟いた言葉に、リゼが相槌を打つ。
 VANを倒すためだけに存在するROVはともかく、ヒカルのような考えを持つ者たちならば共存の道があったのかもしれない。だが、今となってはもう後の祭りだ。
「ヒカルは、シェイドに勝てるでしょうか……」
 不安げな表情で、リゼがぽつりと呟いた。
 思わず、ダスクは小さく苦笑した。本来なら逆だろう。シェイドがヒカルを仕留め切れるのかどうかを心配するところだ。気持ちは解らないでもなかったが。
「俺に毒され過ぎたんじゃないか?」
「私はダスク様のパートナーなんでしょう?」
 二人で小さく笑い合う。
「でも、私はあの子に幸せになって欲しいんです」
 セルファのことだと、直ぐに解った。
「そうか……そうだな」
 確かに、セルファには幸せになってもらいたい。だが、それはヒカルが生きていなければならないというこでもある。
 だが、シェイドが仕損じるとも思えない。
「難しい、ところだな」
「はい……」
 ダスクとリゼは通路を進んで行った。

 リフレッシュルームに一人残された晃は、手にした紙切れを丁寧に折り畳んでポケットにしまい込んだ。
 どこか沈んだ表情のまま、部屋の出口へと足を進める。
「……結局、全部あいつの我侭じゃないか!」
 握り締めた右拳を、壁に打ち付けて、晃は愚痴を零した。
 紙切れは、深輝から晃へ当てた手紙だった。

 晃君へ。
 この手紙をあなたが読む頃、私は死んでいるでしょう。きっと、光君に殺されて。
 けれど、光君を恨んではいけない。
 私の死は、私自身が望んだことだから。
 覚醒したあなたがVANに来た時、正直、私は少し残念だった。両親と同じように、光君と共に戦うものだとばかり思っていたから。
 私は、光一兄さんと涼子義姉さんが死ぬ前から、VANの存在を知っていた。光一兄さんが孝二兄さんに説明するのを、私は偶然聞いていた。だから、光一兄さんたちが死んだ時、直ぐにVANの仕業なのだと気付いた。
 けれど、私には力が無さ過ぎた。
 VANを追い詰められるだけの仲間も、覚悟も、思いも、私にはなかったから。そして、光一兄さんの時のように家族を巻き込んでしまわないよう、VANに入ることを選んだ。
 VANに入って、アグニアが晃君と光君を危険視していると知った時、私はあなたたちに賭けてみようと思った。私にとって、VANは意味の無い組織だった。ただ、家族に手を出させぬように入っただけだったから、可能なら潰してしまいたいとすら思っていた。
 あなたたちの力になるために、私自身も強くなる必要があった。そして、そのためにはVANの中である程度自由に動ける立場にならなければならない。けれど、立場を高めるためには多くの人の命も奪わなければならない。そんな私が、あなたたちの仲間として戦うことが赦されるとは思えなかった。
 自分の復讐のために、あなたたちを理由にしてはいけないと思ったから。今まで殺めてきてしまった人たちこそ、私が守りたいと思える者たちだったから。守りたいもののために、守りたいもののを奪う。その矛盾に耐えて、全てを背負ったまま、VANと戦うなんて、私にはできない。
 だから、せめて私はあなたたちにとっての試練になることを選んだ。
 晃君はVANへ来てアグニアから具現力の指導を受けた。でも、光君は今までの戦いは全て独力だから、力の使い方はまだ不十分なはず。私は、不完全な光君の成長を促すために私の全存在を賭ける。
 敵として戦って、あなたたちに力を着けさせる。私を超える強さにまで辿り着かなければ、アグニアは到底倒せない。私が得た力を、あなたたちに伝えてから、この世を去るのが私の望んだことだから。
 私のような選択をして欲しいとは言わない。けれど、せめて光君を裏切らないで欲しい。
 VANにつくことを望むのなら、それでも構わない。でも、光君と戦わないことを願います。私を殺すこと以上に、光君に悲しい思いをして欲しくないから。
 無理な願いかもしれないけれど、あなたたちの未来に幸があらんことを祈っています。
 火蒼深輝。


 深輝を倒してから四日が過ぎた。
 あれから光は一度自宅に戻り、孝二に深輝のことを伝えた。いや、伝えずにはいられなかったと言う方が正しい。彼女が光一のことを知っていたことを初め、光が本人から直接聞いた全ての話を伝えた。
 話し終えて直ぐ、光はその空気に押し潰されそうになり、直ぐに家を後にした。
 今は聖一が取ったホテルで今後のことを考えている。
 次に光が戦う相手は、第零特殊突撃部隊長シェイドだ。それを教えたのは聖一であり、深輝だった。 
 ホテルの部屋には全員がいる。
 平日ではあったが、有希もいた。彼女の学校が休校になったのが大きな理由だ。VANの蜂起などで、至る所で騒動が起きている。大騒ぎになって授業にならない学校も少なくはないらしい。それに、生徒や教師がVANの人間だったり、VANに抵抗する能力者だったりで行方不明や死亡したりと、混乱しているところもある。
 現に、光たちの高校もそうだった。光やROVのメンバーを殲滅するために高校が襲撃された。教師の中にもVANが紛れ込んでいたぐらいだ。
 有希の学校が休校になった時期が今で少し幸運だったかもしれない。
 もし、シェイドとの戦闘で仲間が負傷したとしても、彼女がいれば回復できる。それこそ頭を吹き飛ばされたりでもしない限りは助かるだろう。
 もっとも、アルトリアが同じ部屋にいることで有希は落ち着かない様子だった。アルトリアは全く動じていなかったが。
「おさらいしておこう」
 修の言葉に、光は頷いた。
「シェイドの力は破壊特化の閃光型で、幼少期からアグニアに鍛えられた能力者、だったよな」
 光はセルファに確認を求める。その情報はセルファから聞いたものだった。
 破壊特化と分類された閃光型は、攻撃エネルギーの増幅効果が極めて高い、超攻撃的な具現力らしい。身体能力の向上なども軒並み高いようだ。
「ええ。破壊特化型は、代わりに防護膜が薄くて、身体保護効果はほとんど無いわ」
 セルファが頷いた。
 超攻撃的である代わりに、防御が薄いという欠点があるらしい。身体を保護する効果がほぼ無に等しいということは、具現力以外の攻撃で受けたダメージも致命傷になる可能性が高い、ということでもある。
 激しい動きをしただけでも肉体に負担がかかる可能性もあるかもしれない。普通なら、身体能力の向上によって生じる肉体への負担を防護膜が軽減している。だが、破壊特化型にはその効果がほとんど無いというのだ。
「けれど、シェイドはアグニアに鍛えられているわ」
 防御能力が薄いからと言って、弱いと考えてはいけない。もちろん、第零特殊突撃部隊長などという肩書きからも、桁外れに強い能力者であることは予想できる。
 覚醒して間もない晃ですら、アグニアの指導を受けただけでそれまでずっと戦ってきた光と互角に渡り合えるようになったのだ。三ヶ月の間、自力で戦い抜いてきた光以上に、晃は力の使い方が上手くなっていた。実戦経験からくる一種の勘でどうにか勝てたようなものだ。
 確実に晃以上のレベルの相手と見て間違いない。
 晃のように、中途半端な気持ちではないだろう。明確な覚悟を持って、VANに身を置いているはずだ。
 シェイド本人だって防護膜の薄さや、身体保護効果の無さにも気付いているはずだ。
「……光」
「先輩?」
 真剣な表情の聖一の言葉を、光は待った。
「どの道、俺ではシェイドとの戦いで役には立てない。すまないが、独断で行動してもいいか?」
 聖一の言葉に、光は修と顔を見合わせる。
 確かに、聖一の能力者は修に近いものがある。具現力を攻撃に転用できないことを考えれば、修一人いれば十分と言えなくもない。戦力にならないと自分で言うぐらいなのだから、今後のために情報収集などをして貰っていた方がいいかもしれない。
 もちろん、勝つことを想定しているが、負ける場合も在りうる。劣勢になったとしたら、いくら力になれないとは言え、戦う人数は多い方が勝てる可能性は高くなるとも思えた。
「何か、考えはあるんだよね?」
「ああ」
 光の確認に、聖一は頷いた。
 シェイドとの戦いにおいて、有利に動く作戦があるのなら賭けてみてもいいかもしれない。シェイドに関わらず、単に情報収集などをするのであれば却下すべきだろうが、そうでないなら話は違う。
 晃や深輝以上の強さを持っているシェイドなら、備えるに越したことはない。
「解りました。先輩を信じます」
 光は聖一の独断行動を許可することにした。
 シェルリアのように、これ以上仲間に死んで欲しくない。聖一に何か考えがあるなら、信じてみようと思った。聖一は直ぐに行動に移したようで、力を使って姿を消している。
「アリアも外した方がいいな」
 修が呟いた。アリア、とはアルトリアのことだ。
 確かに、彼女の力は物理的な攻撃能力は少ない。実戦経験も無いのだから、はっきり言って足手纏いだろう。一般隊員が相手ならともかく、特殊部隊の隊長クラスと互角に張り合えるとは思えなかった。
 軍隊などが相手なら凄まじい戦果が期待できそうだが、相手が能力者なら戦力には見込めないと考えた方が良さそうだ。
「修くん、私を心配してくれてるのね!」
 アルトリアは目を潤ませて修を見つめる。
 戦力外通告なのだが、修が相手なら彼女には肯定的に捉えられてしまうらしい。確かに、彼女の身を案じている部分があるのも確かなのだが。
「となると、実際に戦うのは俺と、修の二人か」
 光の言葉に修が頷く。
 元々戦う力の無い有希にはバックアップに回ってもらうしかない。だが、前に出て戦う光と修にとっては、回復役がいるのは頼もしいことでもある。
 セルファには三人の援護に回ってもらう。と言っても、主に援護をするのは有希になるが。
 光は修と共に全力で戦い、その間有希を守るのがセルファの役目になりそうだ。実戦経験には乏しいものの、セルファの潜在能力は高い。
 一般隊員が相手ならセルファでも十分に立ち回れるはずだ。彼女に人殺しをさせるのは気が引けるが、それも状況によりけりだ。
 シェイドが一人で現れたなら、セルファは戦わずに済む可能性が高い。シェルリアが死んでしまったことで、戦力が低下しているのは痛いところだ。
 シェルリアのコピー能力は光や修に近い戦力が見込めたのだから。
 個人的には、セルファも安全な場所に下げておきたかった。だが、彼女はそれを望まない。光の戦いを見届けるのだと、そう言って傍にいることを彼女が選んだ。
 危険は承知の上で、だろう。だから、戦う覚悟もしているらしかった。
(準備って言ってもどうしていいか判らないな……)
 それが光の本音だった。
 今までは全て、VANの側から仕掛けてきた。光が日常にいることを望んでいた頃は、VANが一方的に攻めてくるだけだったのだ。しかし、今では違う。VANを潰すために、ゲリラ戦を行おうとしているのだ。準備をして、迎え撃つ。とは言え、光たちは軍隊でもない。迎え撃つための準備は、ただ作戦を考えるぐらいしかない。
 戦力は全て具現力なのだ。
 結局、今までとあまり変わっている気がしない、というのが正直な感想だった。いっそ、本部に攻め込んだ方が早いと思ってしまう。敵に囲まれることを考えたら、得策でないとも思えるのだが。
「……っ!」
 不意に、凄まじい殺気を感じた。背筋に悪寒が走り、光は具現力を解放してその場から飛び退いた。セルファを背に庇うように、窓の方へと移動する。
 修も同様に、有希を背に庇いながら窓の方へ来ていた。アルトリアは自分の家にでも転送したのか、姿は見えない。
 轟音と共に黒い閃光が床を貫いて現れた。天井も吹き飛ばしている。ホテルが揺れる。
 部屋の入り口のドアの前に、一人の青年が立っていた。長い黒髪の、鋭い目をした青年だ。
「シェイド……!」
 セルファが呟いた。
「こいつが……!」
 光は息を呑んだ。
 今までに感じたことのない殺気だった。それだけで、凄まじく強いのだと判る。光が察知した力場のエネルギーは、光自身のそれを大きく上回っていた。オーバー・ロードして互角ぐらいかもしれない。
「セルファ、何故VANを抜けてそいつらに着く」
 静かな口調ではあったが、どこか氷のような冷たさを感じた。
「私は……」
「お前は世界を知らなさすぎるだけだ。戻ってくれば今は全員見逃してやる」
 セルファの言葉を遮って、シェイドが告げた。
「今は、ってことはそのうち殺しに来るんだろ? だったら何も変わらないじゃないか」
 光の言葉に、シェイドは表情を変えない。
「解っていないな。セルファは俺の許婚だ。お前には過ぎた存在だ」
 馬鹿にした風でもなく、当然だと言わんばかりのシェイドの口調に、無性に腹が立った。
「お前……!」
「俺には父の持つ超越能力はない。だが、セルファと結ばれれば次の世代に超越能力を持った能力者を遺すこともできる」
 光の反論を許さず、シェイドが告げる。父とは、アグニアのことだろうか。
 まるで、セルファを道具としてしか見ていないような口ぶりだった。シェイドにとってはVANが全てであるとでも言うかのようだ。
 セルファが、震えていた。
「駄目、勝てない……今のあなたじゃ……っ!」
 小さく呟くセルファに、耳を疑った。
「力量差に気付いたか。そいつらを助けたければ、VANへ戻れ。今回は見逃してやる」
 シェイドの言葉に、光は飛び出しそうになった。それを止めたのは、セルファだった。袖を引っ張って、光に首を振る。その表情は今にも泣きそうで、見ている光の方が辛くなるような顔をしていた。
 ふらふらと、セルファが光の前に出る。
「今、VANに戻ったら、俺は一生君を信じない……」
 光の言葉に、セルファが足を止めた。
「自分を抑え込んで、辛い思いをして助けてくれても、俺は嬉しくないんだ!」
 セルファが振り返る。
「俺を、支えてくれるんじゃなかったのか!」
 シェイドは強い。だが、今ここでセルファによって助けられたら、一生シェイドには勝てない気がした。
「俺を、信じてくれ……!」
「ヒカル……!」
 セルファの目から涙が溢れた。セルファの表情が引き締まる。
「私は、ヒカルと生きる!」
 涙を拭い、シェイドに向き直り、セルファは叫ぶように告げた。
 弾かれたように、光と修は飛び出していた。
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