終章 「まだ、歩いてゆけるから」


 刃と別れた光は、ホテルの一室にいた。ベッドで横になって休んでいた。少し眠っていたかもしれない。
 あの後、修とも連絡を取り合ったが、怪我の完治まで自分のマンションで安静にしていることにしたようだ。修曰く、有希の命令らしい。完治するまでは有希に力を使い続けてもらわなければならず、あまり離れるわけにはいかない。
 とりあえずアルトリアは聖一に任せることになった。
 ダメージの大きい光と修の回復が最優先という状態である。
「気分は、どう?」
 部屋にセルファが入ってくる。
「ん、だいぶ良いよ」
 刃が去った後、立ち上がった光はかなり消耗していた。
 一度死んだとも言えるのだから、当然といえば当然かもしれない。貧血を起こした時のように、頭がくらくらして立っているのがきつかった。
「ヒカル、言い難いんだけど……」
「ん、判ってる……」
 セルファの言おうとしていることが、光には判った。
「寿命、また減ってるんだろ?」
 オーバー・ロードもした。一度殺されかけもしたのだ。寿命が減ってない方がおかしい。
「また、十年ぐらいだと思う……」
 大きく減ったな、と率直に思った。
 一部分だけではあったが、シェイドの防護膜を掻き消すだけの力を引き出したのも影響しているのだろう。自分より遥かに強い相手の防護膜を腕だけとは言え、消すことができたのだ。あの一瞬に相当な生命力を消費したに違いない。
 オーバー・ロードの時間は短かったが、その一瞬と、一度死に瀕したことで大きく寿命が削られたのだろう。
「でも、そのお陰で、もっと生きたいとも思えた」
 申し訳なさそうな表情を見せるセルファに、光は言った。
 生きることへの執着は、強い思いになる。死にかけたことで、より一層、生きることにしがみつきたいと思うようになった。きっと、この思いは光の力になる。
「私、光を信じていなかったのかもしれない……」
 シェイドの言葉に揺らいだことを言っているのだと、直ぐに判った。
 今までの時間をVANで過ごしてきたセルファだから、シェイドのと光の力の差が絶望的なものだと感じ取れた。シェイドの実力を知り、光の力量をその目で見ているセルファが揺れるのは当然だ。
「俺が弱過ぎただけだよ」
 光は苦笑した。
 戦うという選択肢を選んだことは無謀だとは思わない。作戦をじっくり練っていなかったことや、光の力量不足の方が問題だったのだろう。
 シェイドの実力を甘く見ていたということだ。
「ううん、ヒカルは十分頑張ってる」
 もう迷わないから。そう言って、セルファは小さな紙包みを差し出した。
「私は、ヒカルだけは絶対に信じる。だから……」
 差し出された包みを、光は受け取った。
 包装を剥がすと、中には指輪が入っていた。透き通った淡い青色をしたサファイアのはめ込まれた指輪だ。
「この戦いが終わったら、私と、結婚してくれる?」
 頬を赤らめて、やや上目がちにセルファが問いかける。
「……エンゲージリング?」
「うん。私のも安物だけどね」
 頷くセルファを見て、光は温かなものが胸の内に広がっていくのを感じた。
「俺のあげた指輪も、もう婚約指輪だな」
 そう言って、光は小さく笑った。
 値段や宝石の価値よりも、彼女の想いが嬉しい。
「そうだね」
 セルファも微笑んだ。
 彼女の問いへの答えの代わりに、光は指輪を自分の左手の薬指にはめた。今まで指輪なんてしたことのなかった指には、ちょっとした違和感が残る。だが、その違和感がむしろ心地良かった。
 自分の力と、同じ色をした宝石が窓から差し込む陽光を反射して蒼い輝きを放つ。
「俺も、セルファに死ぬまで、一緒にいて欲しい」
 きっと、このまま行けば彼女よりも先に光の寿命が先に尽きるだろう。ずっと一緒にいよう、とは言えなかった。それでも、自分が死ぬその瞬間まで、彼女と共に過ごしたい。
 残されてしまうセルファにとっては辛いことかもしれない。だが、もしもセルファが光を望んでくれるなら、光もセルファに応えたい。いや、光にはセルファ以外考えられなかった。
「うん、一緒に、暮らそう……」
 柔らかい表情を浮かべて、セルファは寄り添うようにベッドに腰を下ろす。
 肩が触れ合い、視線が重なる。
「ああ、約束だ」
 言って、光は彼女の唇に自分の唇を重ねた。
 そっと交わした口付けの後、セルファは光の手を取って優しく微笑んだ。
 互いの手の指にはめられたリングを見つめて、光とセルファは笑みを交わした。
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