第一章 「晃」


 カソウ・ヒカルとROVが手を組んだ。
 その情報がVANに届いた。それが意味することは、VANにいる者なら誰もが理解できる。
(遂に、来るのか……)
 口には出さず、ダスク・グラヴェイトは静かに目を閉じた。
 今はVAN実働部隊の隊長全員が出席する会議の真っ最中だ。
 ヒカルのグループとROVが手を組んだということは、彼らがVANに対して決戦に臨む体勢になったということに他ならない。全戦力をもって、最終決戦へと挑むのだろう。事実、そんな情報も入っている。
 全てのレジスタンスグループが集結を始めたという情報が入ってから、VANは直ぐに各地に派遣されていた部隊を呼び戻した。全面対決に臨むためだ。
 この場に姿を見せていないのは、第零特殊機動部隊長ぐらいか。場を仕切っているのは、第零特殊突撃部隊長のシェイド・キャリヴァルスだ。現時点で、最も地位が上なのは彼だった。
「本陣の防衛はダスク、お前に指揮を任せたい」
 シェイドの言葉に、ダスクは目を開けた。
「何か条件は?」
 指揮に対して、条件の有無を問う。
 現時点で決定しているのは、シェイドの部隊が真正面から反抗勢力に応戦するという点ぐらいだ。集結地点は割り出されているが、その付近には既にROVやヒカルのグループがいる。こちらから迂闊に手出しはしない方がいい。
 彼らの持つ力を考えれば、VANの襲撃部隊を差し向けたとしたら、その隙を突いてこの本拠地に侵入される恐れもある。本部の戦力を割くのは得策ではない、そういう結論が出た。レジスタンスの動きを見て、軍も動きを見せつつある。軍の兵器が能力者には効果が薄いとしても、侮るわけにはいかない。
 レジスタンス勢力が進攻を開始した際、真正面からそれに応じるのは突撃部隊系列になるだろう。シェイドを筆頭に、突撃部隊が文字通り敵に対して突撃していく形になるはずだ。
 だが、全てを殲滅できるとは思えない。反抗勢力もそれなりに数がいる。突破してくる者たちもいるだろう。その、突破してきた者たちに対処するのが防衛のために残される機動部隊や特務部隊だ。
「特に条件はない。できるか?」
「やるしかないだろう」
 シェイドの返事に、ダスクは小さく溜め息をついた。必要とされたなら、それに答えるべきだ。
 席を立ち、ダスクは前へと歩み出た。会議用のホワイトボードに本陣を意味する円を描き、その周囲を覆うように更に円を描く。シェイドが突撃して行く方向を記し、その方向のみ、本陣を覆う円に穴を開ける。
「俺が指揮を執るなら、防衛ラインはこうしようと思う」
 そう言って、ダスクは皆へ振り返った。
「大きく方向を分けて、第一特殊突撃部隊が向かう方向の戦力は極力他へ回す」
 シェイドの部隊の殲滅力は凄まじいの一言に尽きる。彼の部隊が向かう先は、ほとんどの能力者は突破してはこれないだろう。何度もシェイドと刃を交えたジンならばそれを見越して、他へ戦力を回す可能性も高い。
 むしろ、シェイドはジンを押さえる役割が強いというべきか。
「この穴は、第二特殊機動部隊に埋めてもらいたい」
 シェイドの向かう方向に空けた穴を指し示し、ダスクは言った。
 部隊長であるクライクス・ゼフィアールに視線を向ける。彼は頷いてくれた。
「最終防衛ラインとして本陣の周囲に特務部隊を配置する」
 円と本陣の間にもう一つの円を描き、ダスクは言った。
 前衛となる防衛ラインは機動部隊を中心に編成し、本陣周囲は特務部隊を中心に配置する旨を提案する。また、突撃部隊の一部は前衛ラインと最終防衛ラインの間に少数を配置し、敵の進攻に応戦する方向へ機動部隊と特務部隊の一部を混ぜることも提案する。
 突撃部隊の殲滅力を前面に押し出しつつ、機動部隊や特務部隊による援護を行う。進攻の方向も細かく割り振ることで、機動部隊系列には別方向からの攻撃も可能なように提案した。
 変わり行く戦局の中では、ここで立てる作戦通りにはいかないかもしれない。だが、指標にはなるはずだ。
「それと、俺は、本陣の中に残ろうと思う」
 ダスクの言葉に、皆は沈黙を返し、説明を待つ。
「部下のほとんどは防衛ラインの方へ回すつもりだ。俺とリゼの二人で、本陣内へ侵入してきた敵を片付けようと思う」
 要は、総帥アグニア・ディアローゼの手前まで辿り着いた者を、ダスクが排除するという構図だ。
 防衛戦力として考えるなら、シェイドの部隊を本陣に残すべきだろう。だが、それはレジスタンスの進攻能力を高めることにもなってしまう。シェイドがジンを押さえなければ、ROVの四天王たちは本陣の外に配置された敵を数多く殲滅してしまうだろう。そうなれば、たとえ最終的にシェイドがジンと戦うことになっても、本陣の中へ突入してくる敵が増えることになる。
 現時点でアグニアに最も近い部隊長はシェイドだ。ならば、彼にレジスタンスの最大戦力を押さえてもらわねば、数多くの仲間が命を落とすことになる。どこかを手薄にする代わりに別方向から敵を殲滅していく、というのも難しい。
 レジスタンスがそれを狙ってこないとも言い切れない。
 本拠地の中を空にするわけにはいかない。考えた末に、ダスクは自分自身を最後の砦とすることにした。
「……質問や、反論は?」
 ダスクは問う。
 これは、口で言うよりも容易いものではない。つまるところ、そこまで突破してこれる実力のある者を相手にしなければならないのだ。数は少ないだろうが、一筋縄ではいかない、手強い敵と戦わなければならない。シェイドが突撃部隊を率いて応戦に出るのであれば、それに次ぐ戦力を本陣防衛に残さねばならないだろう。地位の順位的には、第一特殊機動部隊長であるダスクになる。
「敵の陣形が一点突破だった場合は、どうする?」
 クライクスが手を挙げて問いを発した。
 いくらROVの四天王が強敵とは言え、レジスタンスはVANよりも数が少ない。全ての戦力で一点に攻撃を集中させてくる可能性は決して低いものではないだろう。そうなった場合、広範囲に部隊を配置するダスクの作戦では防衛ラインを突破されかねない。
「戦闘が始まってから、敵の動きを見て各自判断して貰って構わない」
 ダスクはそう答えた。
 ダスクが提案したのは基本的な陣形に過ぎない。この陣形でレジスタンスを押さえ切れないようなら、それぞれの部隊長の判断で動いて貰った方がいい。
「この陣形は初期配置だ。後は状況に応じて最適な形で動いて欲しい」
 様々な能力者がいるのだから、部隊それぞれに最適な陣形や戦い方があるはずだ。それをダスクの作戦で殺すわけにもいかない。初期の陣形として、対応力の高い部隊配置を提案はするが、後は臨機応変に動いて貰うしかない。
 細かな配置を説明し、他の部隊長からの要望や質問に答えていく。
 同席しているVAN総帥、アグニアは黙って会議を見届けていた。口出しを一切せず、部隊を信頼しているとでも言うかのようにその場を見つめている。その視線に緊張している者もいれば、逆に張り切っている者もいる。
 そのまま、ダスクの案が通る形で会議は終了した。
「ダスク様、会議の方はどうでした?」
 部屋を出たダスクに、一人の女性が声をかけてきた。先端を茶色く染めたセミロングの髪を揺らして、少女が駆け寄ってくる。
 通路で待っていたのであろう、ダスクの副官、リゼ・アルフィサスだ。
「防衛の指揮を任されたよ」
 ダスクは軽く息を吐いて答えた。
「それで、私たちはどこに配置されるんです?」
 予想していたのか、リゼに驚いた様子はない。
 元々、VANに敵が攻めてくることを想定したら機動部隊は防衛側に回ることになるだろう。突撃部隊が攻撃へ回ることは明白であるし、能力や戦法にクセのある特務部隊は攻守を固定できないものが多い。別働隊として回り込ませて攻撃に回す方が力を発揮する部隊も少なくはない。
 そうなると、残るのは機動部隊と一部の特務部隊だけだ。特に、機動部隊は広範囲に展開しての戦闘適正や汎用性の維持に比重が置かれている。三種類の中では受け身の防衛戦に最も適しているのだ。
 レジスタンスとの全面対決となれば、必然的に機動部隊が防衛線に回る。そして、その機動部隊の中で最も地位が高いダスクが指揮を執るのも当然の流れと言える。
「俺とリゼで、ここに残って侵入してくる者を排除する」
「二人で、ですか?」
 リゼの問いに、ダスクは頷いた。
「……半分は、俺の我侭だ」
 会議室では決して見せなかった苦笑いを浮かべ、ダスクは言った。
「ヒカルは、突破してくるだろうからな……」
 ダスクが本陣の内部に残ることにした理由の多くは、そこにある。
 今まで、ヒカルに対してダスクは寛容だった。戦いを望まない、ヒカルの願いを叶えてやりたかった。そのために、会議で何度もヒカルへの攻撃作戦に反対してきた。
 戦うこともなく、今までいた平穏な場所へ戻してやりたい。それは、ダスクがかつて願い、叶わなかった夢でもあった。ダスクが覚醒して失ったものを、ヒカルは取り戻せる位置にいたのだ。だが、それを奪ったのは紛れも無くVANだ。ヒカルは最初、降り掛かる火の粉を払うだけの戦いしかしていなかった。その間に、ダスクがVANの攻撃を止めさせることができていたなら、ヒカルは敵にはならなかったかもしれない。未来は変わっていたかもしれない。そう思うことがある。
 やがて、VANの攻撃がエスカレートし、ヒカルはVANを潰すために動き始めた。
 ヒカルに寛大でも、ダスクはVANの能力者であり、第一特殊機動部隊長だ。ヒカルの意思は理解できるが、VANを抜けるつもりはない。ヒカルを倒すなら、自分の手で決着をつけたかった。今までヒカルへの攻撃を止めさせることができなかったことへの、けじめとして。
「どんな手を使っても、ヒカルはここまで来るだろうからな」
 アグニアを倒すことが、ヒカルには目的のはずだ。今まで手を組んでいなかったROVと繋がったのは、もう手段を選ばないという意思表示だと見ることもできる。
 現状で、力場破壊能力と閃光型能力を併せ持っているのはヒカル唯一人だ。具現力的には、彼よりもアグニアを倒す可能性が高い者は存在しないだろう。
 だから、もしもROVがVANを叩くことのみを優先するのであれば、ヒカルをここまで辿り着かせるために戦う可能性すらある。いや、ジンならやりかねない。
 シェイドはジンを最大の脅威と見ているが、ダスクはそれよりもヒカルの方が脅威だと思っている。ヒカルの存在はVANの中でも決して小さなものではない。だが、一度シェイドに敗れたことで、ROVのリーダーであるジンの方が上という位置付けになっている。ヒカルをめくらましに、ジンが乗り込んでくる可能性も確かにある。可能なら、ジンも乗り込んでくるつもりではいるだろう。
 ただ、最後に見たヒカルとセルファは、それ以前の二人とは見違えるほどに強くなっていた。あのヒカルがここまで来ないとは思えない。
 そう感じたから、ダスクは自分を最後の砦とすることに決めた。
 本陣の中、アグニアの手前にいれば、ヒカルは必然的にダスクと戦うことになる。アグニアの前に立つためには、ダスクを倒さねばならなくなるのだから。
「……辛いですね」
 リゼが小さく呟いた。
 ヒカルとセルファを応援する気持ちは、ダスクの中にはある。それでも、ダスクはVANを離れるつもりはなかった。
「もう、後戻りはできないからな……」
 リゼの言葉を肯定するように、ダスクは言った。
 VANが求めるものは、能力者が能力者として平穏に暮らせる場所を作ることだ。それは、ダスクが願っていたものでもある。同時に、ダスクの周りにいる者たちが願っているものだ。ダスク一人が手を伸ばしても届かなかったものだ。
 ヒカルが求めているものも、実質的には同じものなのかもしれない。ただ、その方向が少しだけズレているだけで。
 もう、戦いは避けられない。ヒカルやセルファの存在は大きくなっているが、ダスクにも大切な仲間や部下がいる。全てを捨ててまでヒカルの側へ着く理由は、ダスクにはない。
「部下には、ヒカルへの攻撃は避けるように伝えてくれ」
 ダスクはそう言って、リゼに視線を向けた。
 視線を返してくるリゼの瞳を見つめて、言葉を続ける。
「あいつとの決着は、俺が着けたいんだ」
「はい、解りました」
 ダスクの言葉に、リゼは柔らかく微笑んで、承諾した。
 他の部隊長に話したら、きっとあまり良い顔はされなかっただろう。カソウ・ヒカルもしくはハクライ・ジンを倒した者が次期総帥になるという話すら、部隊長の間では噂となって流れている。VANの総帥ともなれば、実質的には能力者のトップに立つことと同義だ。自分の力が他者に認められることは、その力や使い手の存在そのものを否定され続けてきた能力者にとっては喜びでもある。
 だから、もしもヒカルとの決着をつけたいから、などと口にしていればダスクは手柄を独り占めにしようとしていると取られてもおかしくはない。今までヒカルには寛容だったのだから、不自然に見えても仕方ないだろう。
 それでも、リゼは嫌な顔一つ見せることなく、ダスクの言葉を肯定してくれる。ダスクにとっては、彼女以上に信頼を寄せられる人物はいない。かつて、ダスクが彼女を肯定した時から、リゼはダスクを肯定してくれる。リゼが覚醒したその時、ただ恐怖に怯えているだけだった少女がここまで頼もしくなるとは、ダスク自身も予想してはいなかった。そんな彼女を副官として傍に置いておけることが誇りにさえ思えた。
「レジスタンスの集結具合から見て、決戦は明日か、明後日ぐらいになるはずだ」
 もちろん、ダスクが戦うことで、部下や他の部隊長を死なせるという事態を避ける目的も含まれている。ヒカルの戦闘能力は、今では特殊部隊長クラスを凌駕しつつある。そんな能力者に、勝ち目の無い部隊をぶつけるわけにはいかない。突撃部隊が攻撃に出払い、しかもシェイドの部隊はROVの四天王を押さえるという目的がある。そうなれば、序列的にヒカルの相手はダスクがするべきだろう。
「今日は、皆に早く休むよう伝えてくれ」
 世界と能力者の全面戦争は、既にカウントダウンの段階に入っている。もう避けることはできない。
(永遠なんてものはない……解っていたはずだ)
 形があるものは、いつか崩れ去る時がくる。どんなに安らぐ時間でも、永遠に続くことはない。全く同じ形で続いていくことはない。少しずつ、変化していく。
 それが、世界というものだ。
 どれだけダスクが望んでも、様々な人がこの場所には生きている。だから、変化を止めることなどできはしない。
「アキラは、どうします?」
「……あいつの答え次第、だろうな」
 リゼの問いに、ダスクは少し考えてから答えた。
 カソウ・アキラ。ヒカルの兄であり、能力者について正しく理解するためにVANへと渡った少年だ。その潜在能力はヒカルと同等でありながら、戦う覚悟を決められずにいた。そして今も、まだ悩んでいる。
 もし、アキラの答えが間に合わないようならば、ダスクは彼を部隊から外すつもりでいた。戦闘要員ではなく、VAN本部に暮らす一人の能力者になった方がいい。
 ダスクはその旨を既に伝えてある。決戦までに答えが出なかったら戦うな、とアキラには伝えておいた。後は、アキラの決断次第だ。敵になるならば敵として戦い、味方になるならば共に戦う。戦えないようなら、一般人として暮らす。
「あの子とも、戦わなきゃならないのね……」
 リゼが悲しげに呟いた。
 両親であるアグニアとセイナ・セルグニスも、セルファのことに関しては敵として扱うように言っている。当初は驚きを隠せない様子だったが、今ではもう敵としか認識していないように見えた。
 籍を入れず、互いに愛し合っているようにも見えないアグニアとセイナの間に生まれたセルファはいつも一人で寂しそうだった。両親にセルファに対する愛情は無かったのかもしれない。
 ただ、最後にダスクが見たセルファは見違えるほどに前向きになっていた。強い女性になったと、そう思えた。ヒカルの傍で、彼女なりに戦っている。
 そんなセルファとも決着を着けなければならない。ダスクたちがダスクたちの信念で戦う以上、妥協は許されない。ヒカルやセルファも、自分たちの信念を持って戦っているのだから。
「決着(ケリ)をつけよう、ヒカル……」
 ダスクは目を細め、呟いた。


 少年の瞳は、常に揺れていた。その奥底にある、自分自身というものを掴むことができずに。
 だが、沈んでいた表情に、少しずつではあったが変化は起きていた。瞳の中の輝きが少しずつ固まっていくような、傍から見つめていた青年には、そんな印象を抱かせて。
「……火蒼、晃(あきら)」
 闇の中からゆっくりと、青年は薄暗い部屋の中にいる少年を呼んだ。
「あんたは……」
 顔を挙げ、声のした方、青年へと晃が視線を向ける。
「最後の答えを、聞きに来た」
 青年、朧聖一(おぼろせいいち)は告げた。
 光の実兄である晃は、VANへと渡っていた。今は、第一特殊機動部隊に仮配属され、ダスクの下にいる。その晃は、何のために戦うのか、その意思を示してはいなかった。
 光は、晃を殺してでも先へ進む覚悟を完璧に固めている。何度も悩んだ末の結論として、その命を奪い、重みを背負ってでも戦うことを選んだ。
 その覚悟に対する、晃の答えを聞くために、聖一はここまで足を運んだのだった。
「……それは、光の頼みか?」
 晃が問う。
 その表情は、今までに見た彼の顔付きとは少し違って見えた。
「いや、俺の独断だ」
 聖一は表情一つ変えることなく答える。
 光は既に、次に戦場で晃と出会った時は戦う覚悟でいる。戦場で、目の前に晃が立ちはだかった時点で、言葉を交わす余地はないとすら考えているはずだ。もう、問答無用で敵として片付ける、そのつもりでいる。
 晃が身を置くVANは、光にとっては敵だから。そのVANを、壊滅させるための決戦の中で迷うことは許されない。
 聖一は決戦の直前である今、晃が敵であるかの最終的な判断を下すつもりであった。光にも了承を取り、単身、VANの本部に乗り込んでいる。空間歪曲能力を持つ聖一にも、侵入は容易ではなかったが、それでも晃の決断を確認しておきたかった。
「……この一週間、俺はずっと考えてた」
 ゆっくりと、晃は語り出した。
 一週間前の光との再会で、晃の心は大きく揺さぶられていた。それは、光の身近な人物を晃が手にかけたからであり、そしてその場で光と再会を果たしたからでもあった。同時に、晃にとってはそれが初めての実戦でもある。人の命を奪うという、能力者としての戦いに、晃は揺れた。
 そんな晃を見かねて、ダスクは戦線から外していたようだ。元々、この一週間はVANもあまり大きな動きは見せていなかったため、作戦部隊から外されていなかったとしても戦うことはなかったのだろうが。
「人を殺してでも、掴みたいものは何なのか、って」
 それが、戦う理由だと気付くのに、晃は時間がかかってしまった。他の何を失うとしても、絶対に譲れないもの、譲りたくないものがあるからこそ、能力者たちは戦っているのだ。
「俺が欲しいものは、何なんだろう、って……」
 それが無ければ、戦いに臨むべきではない。戦い、人の命を奪うことの重さに耐えるだけの心構えがなければ、いつか押し潰されてしまうだろうから。
 だから、命を天秤にかける。自分が望むものと、戦う相手の命を天秤にかけて、軽い方を切り捨てる。そう考えることで、自我を保とうとするのが人間だ。
 光には、実兄である晃の命を捨てでも手に入れたい希望がある。だから、たとえ躊躇うことがあっても引くことをせずに戦ってきた。望む未来を掴むために。だが、晃には実弟である光の命を切り捨ててでも掴み取りたいものがあっただろうか。そう自問した時に、胸を張って断言できるだけの思いを晃は持ち合わせていなかった。
 具現力について知るために、自分に何ができるのかを知るために、晃はVANへ渡った。そこで出会った能力者たちと触れ合ううちに、晃はVANの思想に共感していった。しかし、その共感が実弟と殺し合うだけの理由になるのかどうか、晃には判らなかったのだ。
(ここで彼女でもできていたら、また違っていたのかもしれないな……)
 ふと、聖一はそんなことを思った。
 光にとってのセルファのように、晃にも恋人同士になれる相手がVANの中でできていたとしたら、もっと早くに答えは出ていたかもしれない。VANの能力者の一人として晃が戦うことを決意していた可能性は否定できない。
「ここの人たちの言い分も解る……けど、俺には、光を説得するだけの理由がないのも事実だ」
 光の決意を崩すだけの理由を、晃は持ち合わせてはいなかった。考えても、浮かばなかったのだろう。
 晃の言葉を、聖一は黙って聞いていた。
「光の下へ案内してくれ。それが、俺の答えだ」
「それで、どうするつもりだ?」
 聖一は晃の目を見つめて、問う。
「俺は、この戦いから身を退く」
 はっきりと晃は告げた。
「もう、イヤになったんだ。戦うのも、悩むのも……」
 そう言って、晃は目を閉じた。
「それに、叔父さんたちなら、俺でも守れるだろうしね」
 光と晃の保護者であった孝二(こうじ)と、その幼馴染であり今は妻でもある香織(かおり)は日本で戦っている。能力者の戦いとは違う、戦いを。二人が狙われる危険性はある。もし、晃が家に帰るのなら、二人の助けになれるはずだ。
 自ら戦うことへの理由を持たないなりの、晃の決断だった。今は具現力特科という自衛隊の中の能力者組織が動き回って手を貸してくれているようだが、そんなことをせずとも良くなるかもしれない。
 晃には、どちらを選ぶこともできなかった。なら、どちらも選ばなければいい。新しい選択肢を作り出すことだって人間はできるのだから。
「いいだろう、ついて来い」
 聖一は小さく口元に笑みを浮かべ、言った。
 具現力を発動し、空間を捻じ曲げて自分と晃の姿を隠す。
 晃という存在がVANの中から消えるだけで、勢力に差は出てくる。以前、戦った時よりも実力に差はあるだろうが、晃は光と同等の力を扱えることに変わりは無い。たとえその力を活かしきれないとしても、VANの能力者として戦っていればレジスタンス側にとっては十分な脅威に成り得る。
 味方になれば戦力としては大きかっただろう。だが、戦う目的を見い出せなかった晃では、特殊部隊長クラスの能力者に勝てるのかは怪しいところだ。
 中途半端に戦って命を落とすよりは、自宅へ戻って家族の護衛に回った方が良いとも思える。
「……一つ、聞いてもいいか?」
「何だ?」
 通路を進んでいる途中で、晃は聖一に問う。
「あんたは、何で光の側についた?」
「……俺の理想が、重なったからだ」
 静かな声で、聖一は答えた。
 戦うこともなく、平穏な暮らしを続けたい。そんな願いを、VANは聞き入れてはくれなかった。VANという組織に入って、その中で暮らすことは今までの生活を捨てることになる。当時の聖一にそんな考えは無かった。戦いなんて勝手にやっていればいい、そう思った。
 だから、聖一はVANとROVの間を動く情報屋として中立になることを決めた。情報を流す見返りとして、少しの報酬金と中立の維持を約束させ、聖一は高校生活を続けた。
 そんな時に現れた、光の考えは聖一に似たものだったのである。戦うのが嫌で、そんな理由もつもりもない。ただ、今まで通りにくだらない毎日を過ごしていたい。戦うよりも、そんな日常の方がいい。
 光の考えを知った時、聖一はいずれ彼の力になってやろうと決めた。敵との戦いに適した能力を持たない聖一では、いずれ大きな敵と戦う時には戦力外になる。それが判り切っている自分を中心にレジスタンスを創ろうとは思えなかった。だから、聖一は強大な力を持つ光を中心とするグループの情報網となることにしたのだった。聖一には、それに適した力しかなかったから、いずれ自分が力を貸す相手のために中立の情報屋として動きながらネットワークを築いてきたのだ。
「重なった?」
「ROVのような、攻撃的な思想は苦手なのさ」
 VANを潰すために結成されたのがROVだ。故に、ROVの行動目的はVANの壊滅だ。戦闘に向かない力しか持たない聖一には、ROVに属することには魅力を感じなかったのである。
「けれど、光の思想は自由を目指している。そこが気に入ったんだ」
 聖一は小さく笑った。
 光が望むのは、自分たちが戦うことをせずに生きて行ける未来だった。今では、セルファと暮らす明日のためという理由に変わりつつあるが、根本的な違いはない。自分の主張を否定されることなく通しながら、相手の意見も認めていける。そんな世界が光にとっては理想なのだろう。
 それは、聖一が求めていた未来の形でもあった。
「……我侭、なんだな?」
 晃のその言葉には、今までのような棘は無かった。
 ありのままの自分自身の意見を貫き通そうとする思いを、肯定するためのものに変わっていた。今まで、光に対してぶつけられていた否定の意味は、そこにはなかった。
「そう、我侭なのさ」
 ふっ、と笑い、聖一は言葉を返す。
 光を中心とするグループは我侭な者たちの集まりとも言える。だが、その我侭さは自己中心的な我侭さとは違う。光は他者を蔑んだり、見下したり、無闇やたらと否定することを好まない。できることなら、相手の意見を尊重しようとすら思っている。
 そんな光たちだからこそ、聖一は力を貸してやろうと思えた。
「お前は、どうなんだ?」
 聖一は問う。
「俺か……? 俺は……」
 言って、晃は黙り込んだ。
 もしかしたら、晃は我侭であることを自分から拒否していたのかもしれない。両親を亡くし、父方の叔父である孝二に引き取られた時、晃はまだ九歳だった。一つしか離れていない弟の光もいる。長男であるが故の責任感を抱いていてもおかしくはない。その責任感から、我侭であることをいけないことなのだと思っていたのかもしれない。
 もちろん、過度な我侭は他者にとっては迷惑だ。だが、自分自身の欲求全てを抑え込み過ぎては、他者との関わり合いも難しい。無難であっても、何か明確な目的というものを見い出せなくなってしまうかもしれない。
 光にとっては、晃はどうしても届かない存在だった。だが、晃にとって光は、自分が持ち得なかったものを掴んだ存在だったのかもしれない。
 ただ、少なからず晃は決断を下した。その決断によって、晃も何かを見い出すきっかけぐらいは掴めるかもしれない。考える時間は、これから十分にあるのだから。
「外に出るぞ」
 聖一の言葉に、晃は俯いていた顔を上げた。
 ドアを開け、外へと足を踏み出す。広がる青空と、日光に目を細め、聖一は晃へと振り返る。
「もう、迷いは無いな?」
「……ああ」
 最後の確認に、晃はしっかりと頷いた。
 聖一はそれに一つ頷いて返し、光たちの下へ戻るために歩き出す。
 その直後、聖一の足は止まった。
「やはり、お前か、オボロ・セイイチ」
 いつの間にか、二人の目の前には青年が立っていた。
「クライクス……!」
 聖一は身構えた。
 第二特殊機動部隊長であるクライクスの出現に、聖一は内心焦っていた。
 情報収集や情報提供などの活動の中で、聖一はVANの内情にも詳しくなっている。ある意味では、この戦いの全てを知っていると言っても過言ではない。それほどまで、聖一は能力者の情報において知り尽くしている。
 その中で、聖一自身が最も気を付けなければならない相手として認識していたのが、クライクスだった。アグニアやセイナは自ら戦おうとはしない。シェイドやダスクも聖一の実力では勝ち目はないが、空間歪曲能力を使って逃走を図れば逃げ切れない相手ではない。
 力場破壊能力という例外を除けば、同じ空間型でなければ聖一の動きを捉えるのは難しいだろう。
 クライクスの持つ能力は空間形成能力だ。言葉通り、自分の望んだ空間を形作ることのできる能力を持っている。空間の個々形成も可能で、様々な力を作り出した空間に付加できるのが特徴だ。セイナやセルファの持つ空間干渉と変わらない効果を生み出すことができる力でもある。
 ただ、空間干渉と違うのは、一つの効果を付与することができるのは力場で指定された空間一つだけであるという点と、防護膜が無い、もしくは極めて薄いために自然治癒能力と身体能力は平時と変わらない点ぐらいだろう。
 しかし、それを差し置いても空間形成能力の応用性は広く、攻撃能力は極めて高いレベルにある。自分に都合の良い空間を作り出すことで、能力の欠点も補うことができることを考えれば、厄介な相手だ。
 そして、空間を捻じ曲げることしかできない聖一には具現力としての攻撃力は無いに等しい。
 普段なら分が悪いところだが、今は隣に晃がいる。力場破壊能力を持つ晃が共に戦ってくれるのであれば、聖一にも勝機はあるはずだ。
「迷いがないということは、敵として扱っても構わないということだな?」
 クライクスが目を細め、問う。
「……ごめん、俺はやっぱり、光の兄なんだ」
 晃は、クライクスに対し、そう告げた。
「それがお前の判断なら、俺に謝る必要もないだろう」
 クライクスが言う。
 ただし、敵となるなら容赦はしない。そう言っているかのようだった。
 周囲を見回せば、既にクライクスの部隊が展開している。聖一と晃を包囲するように、VANの能力者が身構えていた。
 見逃してはくれそうにない。VANの中でも一、二を争う危険人物となっている光の実兄なのだから、当然と言えば当然か。光と同じように、閃光型であり力場破壊能力を併せ持っているのだ。力量はどうあれ、戦闘能力的には同等として見られておかしくはない。そんな晃が敵に寝返るとあっては、VANとして放っておくわけにもいかないだろう。
 特に、戦う理由を明確にすることができず、百パーセントの力を発揮できなかった晃が、光の側に着くことでその全ての力を発揮できるようになる可能性があることを考えれば、脱走を見逃すことなどできはしない。単純に考えて、光が二人いることになるのだから。
「やれるか、晃?」
「もう、揺れやしない、戦える」
 聖一の問いに、晃は小さく、だがはっきりと答えた。
「ここを切り抜けなきゃ、光にも会えないしな」
 晃は呟いた。
 その表情と口調に、今までのような曖昧さはない。はっきりと、VANではなく光の側に着くという意思が見て取れた。
「行くぞ、晃……!」
「ああ!」
 戦うことに意識を向ける。
 この戦いにおいて、聖一がすべきことは晃のサポートだ。力場破壊能力を持つ晃の邪魔にならぬように立ち回りながら、敵を撹乱する。それが聖一の役目だ。それ以外のことをしても、晃の邪魔になるだけだ。そして同時に、この場を切り抜けるためには晃の力が必要不可欠でもある。クライクスを破ることができるのは、この場では晃しかいないのだから。
 クライクスが目を閉じる。その瞬間が合図だった。
 目を開けた時には、既に全ての能力者が動き出している。クライクスの瞳は黄金に染まり、周りの能力者は統制の取れた動きで力を発動、接近を開始している。
「俺は、家に帰るんだ……!」
 同時に、晃も力を解放していた。朱色に染まる瞳と、同じ色の防護膜に身を包み、走り出す。
「邪魔をするなぁーっ!」
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