第六章 「蒼い輝きの中に」 一瞬、光の意識が飛んだ。工場の壁に激突し、貫通した瞬間に視界に火花が散ったような感覚に襲われ、次に気付いた時には工場の壁を何枚か突き破った上で、光は壁に埋まったような状態だった。そして、直後には壁を崩された事で工場の一部が崩壊し、光の上に降り注いだ。壁に減り込んでいたせいか、大きな瓦礫の直撃は避けられたが、光の全身は相当なダメージを負っていた。 「くそ……」 呻きながら、体に力を入れるが、激痛が走った。全身に鈍い痛みがあるのは、恐らく激突した際の打撃によるものだろう。かなりの破壊力のある衝撃を下腹部に受けて吹き飛ばされたのだ。特に、男の攻撃の直撃を受けた部分が痛んだ。体が裂けなかったのは、光の具現力が強力なものだった故か、それとも咄嗟に厚くした防護膜故か。恐らくは両方なのだろう。 「光っ!」 その声に、光は顔を向けた。紛れも無く、修の声だった。どうやら、光と男が戦闘を始めた隙に部屋から抜け出していたようだ。身を守るために、敵の視界から逃れたという事だ。 少しはなれた場所から、修がこちらを見ていた。その、修の目の前を境に、天井が崩れていた。 「……来るな……まだ、仕留めてない……!」 修が崩落に巻き込まれていない事に安堵しつつも、敵がいる事を警告する。もし、男が近くまで来ていれば、修がいる事が気付かれてしまう。そうなれば、体中にダメージを負って、まだまともに動けない光では修を守る事は出来ない。 改めて、光は自分の体を確認した。左腕は打撃のダメージだけで済んだようで動かす事が出来たが、右腕は動かす事は出来なかった。もしかしたら骨折でもしたのかもしれなかった。そして、右足も左足にも瓦礫が覆いかぶさっていた。両足とも繋がってはいるようだったが、左足には特に激痛が走り、よく見ると、瓦礫の一部が皮膚を突き破っていた。 恐らく、防護膜には痛みを中和する効果もあるのだろう。でなければ、このダメージを冷静に分析する事は出来ないかもしれない。 「大丈夫かっ?」 修の呼びかけに、光は顔を上げた。 「まだ、戦える……!」 光は答える。例え、腕や足を失っても、戦う意志さえあれば具現力は使う事が出来るのだ。光が生きている限り、戦う事は出来る。 視線を前方へと向けた。男が掌をこちらに向けていた。 「お前も、その友人も、同時に葬ってやる!」 その男の声は、やけにはっきり聞こえた。刹那、男が足場から土砂の槍を生み出し、工場に手当たり次第にぶつけ始めた。 「…くっ……!」 光は呻きながら、辛うじて動かせる左腕をかざして、盾を形成した。痛みに精神力が集中出来ず、修のいる場所に盾を形成させる事が出来ない。 残っていた壁も崩され、振動が工場を包んで行く。崩落し始めた工場に、男は槍を撃ち込み続けていた。 「うぉっ!」 修の声に、光の視線がその方向へと向かう。細かい瓦礫が落ち始め、修は一歩後ずさった。その直後、大きな瓦礫が修の目の前に落ちる。 「――修っ!」 思わず、光は叫んでいた。修が危ないのに、自分の身を守る事しか出来ない。ならば修だけでも助けようと考えるが、既に光のいる場所には瓦礫だけでなく、土砂の槍が撃ち込まれ、盾を消すわけにはいかない。修を助けるには、自分が生きていなければならないのだから。 「――光……!」 修の言葉は途中で途切れた。大きな衝撃が工場全体を揺らし、その瞬間に修が瓦礫に呑み込まれたから。 男の攻撃はいつの間にか止んでいた。工場もそのほとんどが崩れ、瓦礫の塊となっている。光の目の前に、男が歩み出てきた。 「お前が大人しくVAN≠ノ入っていれば、こうはならなかった」 男が言った。 確かに、光がそうしていれば、こんな事にはならなかっただろう。だが、それは光の望む事ではなく、自分が望まない場所に行くのは光の本意ではない。 光は、呆然と、修のいた瓦礫の山を見つめていた。 (――修……) 本当に、死んだのか。そう何度も心の中で繰り返すが、光の具現力は、そこに修の気配を見い出す事は出来なかった。気配がない、一瞬で失せたという事はつまり、その気配を生み出す事が出来なくなったという事。即ち―― (――死んだ……?) 明確にその言葉が浮かんだ瞬間、光の心臓は跳ねた。呼吸が荒くなり、動揺しているのが自分でも解った。それが、光が考える最悪の状況だったから。 「俺も部下を失わなかった」 男が光を睨み据えた。光は、それに気付いていながらも、修のいた場所から視線を逸らす事は出来なかった。 「お前が……!」 男が掌を光へと向ける。 「――違う!」 光の口から出た言葉は、それだった。それは、光の答えであり、意思でもあった。 大人しくVAN≠ノ入っていたらどうなったか。それは、例えどんなに優遇された立場を与えられたとしても、光が望まないものであれば必要ない。そして、修も、光の考えに賛同していたのだ。かつて優遇された立場を自ら修は捨て去った。だからこそ、自分が望む道を選んだ光を応援してくれた。そして、VAN≠敵としない事も同じ理由だった。光自身が戦う事を無駄に思い、望まなかったから。 その結果が、こうなってしまった事は変えようのない現実である。だが、それが全て光の責任かと言えば、答えはノーだ。 「俺は、ただ、何事もなく生きていきたかった……」 続いた言葉に、光は視線を伏せた。 「能力者はVAN≠ノいた方が幸せになれる」 「違う……。幸せかどうかを決めるのは俺だ……」 光は男の言葉に即答した。 結局、人の幸せとは、その人でなければ感じられないものであり、その人でしか決められないものだ。他人が見て幸せなのと、本人が感じる幸せは必ずしも一致するわけではない。そして、VAN≠ノいた方が幸せになれないと感じたから中立を選んだのであって、それでVAN≠ノ入ったとしても不幸せになるだけだ。修が死んだのであれば、尚更だ。 「価値観を押し付けるな……」 光は、全身が冷たくなるような錯覚を覚えた。それでも、怒りの念は絶えず、体の中心に燻っている。 「押し付けじゃない、それが現実だ」 「ふざけるな!」 男の言葉に、光は咆えた。同時に、男を睨み付ける。今までの倍以上の殺気が、男を射抜いた。 何が現実だというのか。現に、今、光はVAN≠ノよって不快感を味わっている。確かに、VAN≠ノ入ればそれから開放されるだろうが、それが明らかに光の意思に反しているのならば、不快感から開放されても幸せを感じる事はない。 「俺は……」 光はただ、自分の生活を続けたかっただけなのだ。何も変わらない生活が崩れて、自分が変わってしまう、いや、自分以外の全てが変わってしまう事を怖れた。厭だったのだ。だから、中立という、戦闘からは最も離れた位置であろう立場になろうとした。 それを、VAN≠ヘ崩した。光から戦闘を仕掛けるような事はしていないはずなのに、組織は邪魔だから、という理由だけで光を消そうとしてきた。 「俺には……!」 刹那、光の中で、何かが切れた。今まで抑えてきた、感情が体中に溢れ出すような感覚。視界には蒼白い閃光が翻り、光の意識が拡大する。防護膜が輝きを増し、蒼白い輝きが周囲を照らした。 視界に重なった蒼と白の閃光。覚醒する時にも見た、閃光の本流。それが一点に集約し、一つの光球と化し、すぐさま周囲に弾け散った。 それと同時に、光の体の内側から力が湧き出した。体の芯は冷めているのに、逆に外側は暖かい。 光は立ち上がった。打撃の痛みはすぐに引き、右腕の激痛も少しずつ消えて行く。右足も左足も瓦礫から引き摺りだしたが、双方と痛みは全くなかった。左足の傷は、立ち上がる動作の間に癒えてしまった。全身の掠り傷も跡形もなく回復し、光は男を視線で射抜いた。 「俺には、お前らは迷惑でしかないんだ!」 光は言い放つ。その勢いに押されたのか、男が後ずさった。 「まさか……!」 男が呻く。それは明らかにオーバー・ロードと呼ばれるものであった。無意識のうちに光が抑えていた感情が溢れ出し、それを具現力が拾い上げた。光自身にも、これがオーバー・ロードであると、感覚で判った。 全身が怒りに満ちても、光の頭は冷めていた。周囲の気配が明瞭に感じられた。 男が掌を向け、槍を放つ。その槍を包む空間の歪みが、光には見えた。それが力場であり、今まで感じていた殺気なのだろう。光は掌をその槍へと向けた。掌の少し前の空間が燐光を帯び、円を描くように、波紋のように広がる。その空間に触れた槍が、弾け飛んだ。 「何っ!」 男は、驚きながらも次の攻撃を繰り出した。床を貫いて土砂の壁を引き上げ、光を包むように多い被せる。そして、自らは突撃槍をその手に握り締め、構えていた。 光は地を蹴った。体を閃光に包み、周囲の土砂の壁から放たれる矢を全て弾く。凄まじい加速で、後退していた男に追いつくと、右腕を外側へと薙いだ。 「――なッ!」 瞬間、男の左腕が宙を舞った。一瞬だけ閃いた蒼白い閃光が、男の腕を切断した。そして、間髪入れずに繰り出された回し蹴りをわき腹に喰らって、男が吹き飛ばされる。上半身と下半身に分断されなかっただけ、男の具現力が強力だったのだろう。光は廃工場の外の敷地内に飛び出していた。 楓と霞が驚愕の表情で光を見ているのが、気配で判った。周囲に展開している能力者は、その他にもまだ大勢残っていた。工場内にも多数いたが、本隊は外にいたようだ。 「全員でそいつに攻撃を集中しろッ!」 男が叫んだ。瞬間、周囲から一斉に光へと殺気が伸びた。咄嗟の事に、楓と霞は、その攻撃範囲から逃れる事しか出来なかった。 光は無言で掌を地面にかざした。刹那、光の足場を中心に円形に閃光が湧き出すように光を覆い、全ての攻撃を防いだ。そして、その防御用の閃光を周囲へと解き放つ。思ってもいなかった反撃を受け、半数近くの能力者が直撃を受けて吹き飛んだ。腕を失う者、足を失う者、腹部に穴を穿たれて苦しみながら絶命する者もいれば、頭部や首を一撃で吹き飛ばされて絶命する者もいた。 「……す、凄い……」 楓の上擦った声が、遠くから聞こえた。 光は気配を探る。男の気配を。そいつだけは確実に仕留めると、光は決めていた。背後から飛び掛ってくる能力者を振り返ると同時に腕を薙ぎ、光弾を叩きつけて爆砕する。更に、そこへ攻撃を繰り出す別の能力者に、光は掌を向けた。その行動で、恐怖に動きを止めた能力者の周囲に蒼白い閃光が生じ、その閃光が渦を巻くようにその能力者に吸い寄せられ、一気に集約して能力者を吹き飛ばした。更に、その反対側から狙っていたものは、掌をかざしただけで、その体の内側に生じたであろう閃光に内側から吹き飛ばされて絶命した。 本来、力場を体の周囲に防護膜という形で張っている能力者の内側に力を生じさせるのは極めて困難な事なのだろう。しかし、今の光にはそれが出来るだけの力があった。敵の力場を打ち消すという、通常の具現力にはない力を、光は持っていた。それは、普通に具現力を使っていた時には力場が空間の歪みとしてぼんやりと認知出来るだけだったのに、オーバー・ロードして具現力の基本能力が上昇した事により、認知出来るだけではなく、打ち消すという事が可能になっていた。それが、閃光型の能力者全てに当てはまる特性かどうかは判らないが、光にはそれが出来たのだ。本来、力を生じさせる器であるはずの力場を破壊する力。それは、能力者にとっては脅威の力だった。力を生じさせるための力場が破壊されてしまえば、もう一度力場を発生させなければ力を生じさせる事は出来ず、力場を破壊されるという事自体が異常であり、誰でも戸惑う事だ。光は、絶対的な力を持っていた。 周囲から跳びかかって来る能力者を、光は全て相手が攻撃を繰り出す前に反応し、仕留めていた。敵の位置が判り、敵の攻撃を容易く打ち消す事が出来るからこその、芸当だった。 ダスクはその光景を、だいぶ離れた場所から見ていた。 「これがヒカルの力か……」 オーバー・ロードと呼ばれる、閃光型特有の現象。意思に感応している具現力は、どれも感情によってその力を上下させてしまう。だが、その差はそれほど大きいものではない。ただ、閃光型だけは違った。具現力を発現させる力場自体に具現力を付帯させる事が出来る閃光型は、精神力をそのまま働かせる事が出来る。他の具現力では、力場で包み込んだ空間でなければ精神力をエネルギー変換して流し込む事は出来ない。もし、その力場がどこかに穴を開けてしまえば、流し込んだエネルギーはその部分から周囲へと散ってしまい、効果を得られない。だが、力場にエネルギーと化した精神力を付帯させる事の可能な閃光型は、力場を張るだけで攻撃が可能となる。そして、精神力がそのまま発現出来る故か、感情による能力の上下が激しい。 「キレたら、か……」 シュウの言葉を思い出し、ダスクは呟いた。 本来、怒りが頂点に達すると、周りが見えなくなるものだ。何も考えずに突っ込んで行く者が多い中、ヒカルは、怒りが頂点に達しても冷静なように見えた。戦闘において、周りが見えなくなるというのは危険な事だ。特に、怒りに我を忘れた状態になれば、力を強くする事はあっても、技術を低下させてしまう。攻撃が単調になり、隙を生んでしまうのだ。たとえ一撃が重くとも、回避されてしまえば元も子もないのだから。だが、ヒカルは違った。むしろ、頭が冴えたという方が近いとさえ思えた。 閃光型の能力者の感情の変化により引き起こされるオーバー・ロードは、具現力としての全ての能力が上昇するだけではない。望めば望むほどに、内から溢れ出す精神力を引き出し、力に上乗せしていくのだ。それが、たとえ生命力に影響を及ぼす程になったとしても。 ヒカルへと攻撃する能力者達も、少しずつ怖気付いてきたようで、攻撃を躊躇う者が出始めた。 少し前までは相手を殺す事への躊躇いのあった者が、一日のうちにそれを乗り越える成長を見せた。そして、その翌日の今、彼は全力で戦っていた。今まで躊躇いがあったから、無意識のうちにセーブされていたであろう力を解放していた。オーバー・ロードせずとも、ヒカルの戦闘能力は高かったが、今は更に強力なものになっている。しかも、ただ単に怒りに身を任せているわけではなく、全て周囲の状況を正確に捉えていて、その上で自分自身を動かす原動力に怒りを繋げていた。 ――キレたら怖いぜ。 シュウの言った通りだと、ダスクは感じた。冷静に怒るというのは誰にでも出来るものではない。しかし、ヒカルはそれが出来た。だからこそ、オーバー・ロードの力を強引に振りかざす事はしていない。それは、使いこなした、とさえ言えるレベルだった。 技も、能力を把握していなければ出来ないような事をやってのけていた。蒼白い閃光が廃工場の敷地内を閃く。 「確かに、ヒカルは強い……」 ダスクは呟いた。 閃光型の能力もさる事ながら、恐らくヒカルしか持っていないであろう、力場を破壊する特性。それは、閃光型の特性ではなかった。相手の具現力を封じてさえしまえる、能力者にとっては脅威の具現力だった。力場同士は干渉する事はなく、先程のダスクとジンのように稀にお互いを弾きあうものがある。つまり、具現力にとって力場というものは絶対的なものであり、それを掻き消す事の出来る具現力は、能力者全てにとって天敵なのだ。恐らく、その力場破壊の力を使われてしまえば、ダスクでもヒカルを倒すのは難しいものとなるだろう。 力場破壊能力、その特性を持った閃光型。これほどの脅威はないと言っても過言ではないのかもしれない。閃光型のオーバー・ロードによる、具現力の能力の拡張。そして、相手の力場を破壊する事の出来る特性。恐らく、普段の状態ではそれほど効果を発揮しなかったであろう、隠れた力が、オーバー・ロードした事で拡張され、十分な効果を発揮出来るようになったのだろう。 「けれど、それを引き出してしまったのは……」 ――組織のミスだ。 ダスクは最後の言葉を呑み込んだ。ヒカルは戦闘を望まなかった。だが、それをVAN≠ヘ戦場に引き摺りだしてしまった。そして、その結果、ヒカルはオーバー・ロードし、隠れていた力場破壊の特性も目覚めてしまったのだ。 それは、放っておけば覚醒しなかった特性だったに違いない。それを脅威であると知っていて排除しようとするのも判るが、触らぬ神に祟りなし、とも言うように、手出ししない方が良かったのかもしれない。 ダスクは視線を両腕に落とした。光はVAN≠ノ敵対するだろうか。そんな疑問が過ぎるが、それを防ぐ事が出来るのは、恐らくダスクだけだ。ヴェルゲルさえも押されている光景に、構成員は撤退を始めた。これは命令違反ではなく、正当なものだ。VAN≠ニしては、能力者の人員が減る事は避けたいと考えており、部隊長が敗退した場合には、一般の部下達は撤退する事が許されている。これは、部隊長というその部隊で最強の人間が負けたという事は、他の部下では敵わないという事になり、それによって無駄に人員が減るのを防ぐためである。撤退に成功した者には、本部から新たに別の部隊への編成がなされる事になっていた。 そうして、撤退を始めた者がいるという事は、第三特務部隊では敵わないという事であり、そうなると、第一特殊機動部隊長という、トップレベルの地位にいるダスクでなければ勝ち目がないという事だ。ダスク個人としては、ヒカルを排除したくはなかった。出来れば、話し合いで解決したいと思っていた。 光は周囲から向けられる殺気が薄れつつあるのを感じた。絶対的な力を見せ付けられて、戦意が削がれたのだ。それほどまでに、光の力は凄まじいものだったのだろう。 「そこか……!」 だが、光は、一箇所だけ、殺気を残した場所があるのに気付いた。紛れも無く、修を殺した男の気配だった。 地を蹴った瞬間、その地面が抉れ、光は凄まじい速度で飛び出した。男は、光を正面に捉えて、両手をかざした。光の周囲から土砂がせり上がり、球形の空間が光を包み込んだ。そして、その球状の土砂の壁から、無数の矢が放たれる。 「……」 光は無言で掌をかざした。その掌から放たれた閃光が土砂の壁の一部を吹き飛ばし、同時にその力場にも穴を穿つ。穴を開けられた力場は、その状態を維持出来ずに球状の土砂は崩れた。そして、光は自分の体を閃光に包み、矢も土砂も、全てを防いでいた。 男は突撃槍を形成すると、それを構えて突撃をしてきた。 「はぁっ!」 両手に閃光の剣を作り出し、一方で突撃槍を叩きつけ、力場を破壊して槍を崩す。そして、もう一方の剣で男を斬りつけた。槍を崩された事に目を見開く男に、閃光の剣が振り下ろされ、間一髪で男は逃れたが、その右足は切り落とされていた。倒れ、悶える男を見下ろし、光は掌に閃光を生じさせた。 「俺にだって生きる権利はあるんだ……!」 腕が蒼白い閃光に包まれ、光はそれを振り上げた。男は周囲の土砂から槍を作り出し、それを光へと飛ばしたが、掲げた腕の輝きが周囲に同心円状に広がり、槍が全て打ち消された。 もう、光は男の攻撃を打ち消す術を体得していた。今まで苦戦して、押されていたのが嘘のように、男が弱く感じていた。 「消え失せろっ!」 光が咆えると同時に、腕が男に叩きつけられた。刹那、男を中心に、閃光が周囲に迸った。球形に、爆発したかのような凄まじいエネルギーが周囲に放出された。そして、男の体は閃光で吹き飛ばされ、その力の使用者である光だけがその場に残った。 「なるほど、確かに奴等が消したくなるわけだ……」 背後の声に、光は振り返った。そこにいたのは、ROV≠フ刃だった。楓と、霞もその後ろから歩み寄って来ていた。 VAN≠フ構成員達は逃げ出しているようで、ほとんど気配はなくなっていた。唯一人、こちらへと向かってくる気配があった。 「ダスク……」 光はその気配の主の名を呟き、視線を向けた。すーっと、ゆっくり着地するダスクは、両手に何かを抱えているように見えた。 「……えっ?」 だが、その主を見た途端、光は別のものに目を奪われた。そこには、死んだはずの修がいたのだから。 ダスクの強い気配によって、ほとんど掻き消されていた修の気配。それが確かに生きている気配である事を認識した時には、光の怒りは静まっていた。即ち、通常の発現状態に戻っていた。 「……大丈夫か?」 ダスクの腕から下ろしてもらった修は光を見て、そう言った。 「…あ、ああ。俺は何ともないけど…」 修に安否を聞こうとした矢先に言われて、光は口ごもりつつ答えた。答えてから、自分の体を見下ろす。服のあちこちが小さく裂け、埃だらけになっているが、光自身には傷一つない。オーバー・ロードによる防護膜の効果の拡張によって、負っていた傷も全て治癒してしまったようだ。続いて修に視線を向けると、こちらも目立った傷はなく、服も光が見た限りでは傷はなかった。埃で汚れてはいたが。 「……死んでなくて良かった」 守れなかったという事に関して、謝るような事はしない。それは、光ではなく、修が許さないだろう。光が守りたいものの中に修がいた事は確かだが、修自身はただ守られるという事を快くは思わない。初めから巻き込まれ、色々と話もしたのだ。心は共に戦っている。そうであればこそ、守れなかったのではなく、修自身の護身が甘かったという事であり、事実あの場では光は修に気を回すだけの余裕は持ち合わせていなかった。それだけの相手と戦っていたのだから、尚更の事。 「死ぬかと思ったけどな」 苦笑しながら言う修に、光は安堵の息を漏らした。自然と頬が緩んだ。 「助けてくれたのか?」 光は修の背後に立つダスクに問いかけた。 「俺としては、君の考えを尊重してやりたいからな」 ダスクは肩を竦めてそう答えた。 「俺はお前等と戦ったんだぞ?」 ――敵だったはず。 だが、ダスクに関しては光を弁護するような行動が目立っていた。まず、光をここまで案内した事と、その時の言葉。そして、修を助けた事。これは、明らかに修を拉致した事に加担した者でない事を示していた。 「それはあいつらの勝手だ。俺はあいつらとは所属も違うし立場も受けた任務も違う」 ダスクは首を横に振ってそう言った。 「だから助けたのか?」 「考え方も違うからな」 光の問いにダスクは頷いて答えた。 「本来、友人を人質に取るこの作戦は組織内では保留にされたものだった」 「だろうな、あれを見ればその考えも頷ける」 ダスクの言葉に反応したのは刃だった。刃の言葉には、作戦が保留となった事にも、その保留となった作戦を強行する事にも通じていた。つまりは、二つとも考えられる事だという事だ。 「攻撃してこないんだな?」 探りを入れるように、ダスクは刃に問いかけた。会話の時には隙が生じるものだ。VAN≠フ敵対組織であれば、それは絶好のチャンスとなるはず。 「今、中心にいるのはこいつらだからな」 そう答える視線の先にいるのは光と修だった。 「まずは話を、か?」 ダスクの言葉に、刃は頷く。 「そうだな、君のオーバー・ロードがこれほどまでに強力なものだとは思わなかった」 話を戻したのだろう、ダスクは刃の言葉に同意するように言った。 「まさか力場破壊能力を持ち合わせているとはな…」 刃が付け加えるように言う。 力場破壊能力。恐らくはオーバー・ロードによって拡張されたが故に発動した光の具現力の特性。 「具現力は二つ以上持てるものなのか?」 不意に浮かんだ疑問を、光はダスクと刃に投げた。今までの能力者は、一つの具現力しか使ってこなかった。もし、二つ以上の具現力を持つ事が出来、使えるのであれば、既に使ってきたはずだ。 「いや、普通は一つだけだ」 刃が言い、その後をダスクが引き継いだ。 「稀に、他の具現力に追加効果を付加するものが混ざる事があると聞いたが、それかもしれないな」 それを聞いて、光は自分の掌に視線を落とした。よくよく考えてみると、力場を破壊するだけでは相手を倒す事は出来ない。絶対的な防御能力とは言えるが、最強と呼べるかどうかには疑問が残る。 「それに、具現力についてはまだ不明な点も多い。二つの具現力が混ざり合っているものがあってもおかしくはないだろう」 「確かに、突然変異があってもおかしくはないだろうしな」 ダスクの言葉に、修が頷いた。 自然界でも突然変異が生まれるように、具現力にもそういった特異なものがあったとしても何ら不思議はないだろう。もともと、具現力を操れる能力者の存在自体も、普通の者から見れば十分に突然変異なのだから。 「力場破壊能力を秘めた閃光型能力者。もしかしたら君が最強なのかもな」 冗談めかして、ダスクは言った。もっとも、光には冗談に聞こえなかったが。 力場破壊だけでは敵を倒す事は出来ないが、そこに閃光型能力の強力な攻撃能力が加われば、確かに脅威にはなるだろう。攻撃は全て打ち消せる上に、こちらは強力な攻撃が使えるのだ。 「俺としては、仲間になってもらいたいところだが」 「修を助けてくれたのは感謝するけど、その代わりに仲間になれってのはお断りだよ」 ダスクの言葉を遮るようにして、光は告げた。 修の命を救ってくれた事に関しては、とても感謝している。だが、それと仲間への勧誘は別ものだ。 「解っている。もともと人質に取ったも我々だからな」 ダスクは頷いた。もともと修は人質として捕らえられ、命を脅かされていたのだ。それを救出したからといって、人質を返された事にしかならない。結果的に貸し借りはないのだ。 「なら、お前はVAN≠ニ敵対するのか?」 刃が光へと言葉を投げかけた。それは、彼なりの勧誘なのだろう。VAN≠フ敵はROV≠フ仲間に等しいのだから。 「まさか」 光は首を横に振った。そして、一呼吸おいてから続けた。 「俺は考えを変えるつもりはない。俺は俺の生き方を続ける」 戦闘は出来るだけ避け、今まで通りの生活を続ける。それが光の考えだ。修を人質に取られたが、最終的には修は死なずに済んだ。それならばそれで良い。光が中立という立場を取ったために、その光の力が強かったために、今回の事が起きたのも事実ではあるのだ。そうであればこそ、ここで修が無事だったのだから、光がVAN≠敵にする理由はないはずだ。 「もっとも、こんな事は二度と御免だ」 この言葉はダスクへとぶつけた。 「解ってる。これ以上攻撃しないように掛け合ってみる」 意図を察してくれたようで、ダスクは頷いた。 手を出さなければ、こちらからも手を出す事はしない。ダスクは光の考えを理解してくれていたようだ。 「俺等の邪魔もしないな?」 「時と場合によるとは思うけど、そのつもりだ」 刃の問いに、光は頷く。 考えを変えないのだから、ROV≠ノ加担するつもりもないのだ。だから、VAN≠ェROV≠ニ戦っていても、それが光や修の周囲に危険が及ばない限りは関わらない。 「なら、俺達も手を出す理由はないな」 口元に小さく笑みを浮かべ、刃は言った。 「今回は見逃してもらえるかな、ROV=H」 ダスクは刃へと視線を向け、問う。 ここで、VAN≠ニROV≠ニして戦うとすると、ダスクが一方的に不利となる。刃一人ならばどうかは解らないが、この場には楓と霞がいるのだ。数で考えれば、刃に利がある。そして、光に手を出さないように進言するためには本部へ戻る必要があるのだろう。 「……逃すのは惜しいが、敵を増やすよりはマシだな」 刃がちらりと光へ視線を向けた。刃は、この場で光の立場を本部に伝えようとしているダスクを仕留める事が光を敵に回す事に繋がると考えたようだ。 「それじゃあ、さっさと逃げますか……」 ダスクは皮肉っぽく言って、ダスクは歩き出した。少しずつ、光の方へ歩いてくる。 「――ヒカル、友人を大切にしろよ」 すれ違う瞬間、ダスクは光にだけ聞こえるような声でそう耳打ちした。 「言われなくても」 光は口元に笑みを浮かべてそう答えた。 ダスクはある程度光達から距離を取ると、地面を蹴って空高く跳び上がり、そのまま空中を物凄い速度で飛んで行った。 「……さて、敵もいなくなった事だし、俺達も帰るぞ」 刃はそう楓達へ向けて言うと、歩き出した。 「あなたたちも頑張ってね」 楓は一言そう言って、刃の後を追い、霞は無言でその後を追った。ただ、霞は光と修の方へ二・三度視線を向けていたが。 改めて光は周囲を見回した。崩れ落ちた建物と、嵐が吹き荒れたかのようなその敷地。この光景を見た人はどんな事を思い、どんな噂にしてしまうのだろうか。気になったものの、実際に何があったのかを知っている光には突拍子もない想像は出来なかった。 「俺等も行こうか」 最後に視線を修へ向けて、光は言った。 「歩いて?」 「まさか」 修の冗談に即答して、光は修を背中に乗るように示した。 「しっかり掴まってろよ」 「あいよ」 光は、修の返事を聞くのと同時に地を蹴った。出来るだけ高く跳び上がり、足元でエネルギーを爆発させて後方へ力を向け、その反動で体を前へと進める。失速する前に同じ手順で空間を蹴飛ばし、見慣れたサイクリングロードの辺りで着地すると、軽く跳ねるように走った。 修の住むマンションの前まで来ると、光は四階まで跳んだ。部屋のドアの前に静に着地し、修を背中から下ろした。 「どう?」 「えらく速いな……」 修はぎこちなく微笑んで答えた。手加減したつもりだったのだが、やはり少し加速し過ぎたのかもしれない。実際に具現力を使っている光には防護膜があり、感覚や身体能力は拡大されており、衝撃等は防護膜が受け流してくれるために平気だったが、生身の修には少しきつかったようだ。 「時間も気にしろって」 呆れながら、光は合鍵で修の部屋に入った。 「あれ、帰らんの?」 「飯こっちで食うって言って出て来たからな、食うまでは帰らないつもりだけど?」 不思議そうに言う修に、光は告げた。夕飯の前に家を飛び出した時の口実を光は修に教えた。時計を見ると、夕食時は既に過ぎていた。 「あー、俺は光が来る前に飯食ってるんだよな」 「はぁ? どういう事さ、それ?」 「いや、ダスクが飯持ってきてくれてさ」 人質となっていた時に、ダスクが食事を買ってきていたらしい。 「じゃあ、俺の飯はどうなるんだ?」 「あー、そこにあるもの適当に食べて」 額を押さえて呻く光に、修は机の上を指差した。そこにはビニール袋があり、中を覗くと数個の安弁当が入っていた。それを物色していた光ははたと気付く。 (これ、いつ買ったものだ?) 心配になり、弁当のラベルに目を通すと、賞味期限の日付は明日。人質になっていたのだから、古いものかと危惧したのだが、比較的新しいもののようで、大丈夫そうだ。その中の一つ、海苔弁を取り出し、容器に張り付いている割り箸を取り出して割ると、食べ始めた。 「あ、とっておきの海苔弁を!」 「食いたかったんなら先に選択肢から除外しとけ」 修が文句を言うのを、光は食べながら言い返した。既に箸をつけているために、修が取り返す事は不可能だ。 「まぁ、それはいいとして、大丈夫か?」 「……大丈夫だって」 光は頷いた。修は、恐らく戦った光に対して、精神的な部分を心配しているのだ。だが、今はもうその部分の足場は光自身の手で固められていた。だから、戦う事への抵抗もなく、戦った後にそれほど落ち込む事もなくなった。しかし、それは恐らく悲しい事なのだろう。 「確かに、もう大丈夫そうだな、うん」 一人で納得するように、修が頷きながら呟いた。弁当をさっさと平らげ、光は空になった容器をゴミ袋に押し込んだ。 「……これ、どうすっかな……?」 ぼろぼろの服に視線を落として、光は呟いた。この格好のままで家に帰れば、流石に怪しまれてしまうだろう。一箇所程度破けただけであれば言い訳が通用するだろうが、流石に十を超えている数では隠せるような言い訳は思いつかない。どうにかして、見られる前に自分の部屋に飛び込めれば話は別だが。 「服なら貸してやれるけど?」 「あー、いいよ。何とかするから」 光は修の申し出を断った。修から服を借りるのが厭なわけではない。光自身が自分の持ち物以外を使うのが厭なだけなのだ。修もそれを知っているから、断ったところで何も言わない。 「……なぁ、俺達、また狙われるかな……?」 光は修に問う。別にダスクを疑っているわけではないが、あれだけの戦闘を繰り広げたのだから、VAN≠ェ諦め切れるか不安なのだ。閃光型の具現力だけでも、危険視する理由としては十分なものなのに加え、力場破壊の特性もかなり脅威になってしまうのだろう。 「……狙ってくるかもな」 修の答えはそれだった。恐らく、光と同じ事を考えていただろう。 危険視していた能力に、更にその戦闘能力を拡張するようなもう一つの能力があった。 「ただ、そうなったら頻度は減るだろうな」 光もそれは考えていた。少なくとも、ダスクは組織の本部と掛け合うと言った事から、かなり高い地位にいるはずだ。そんな立場の者からの申請であれば、全く受け付けないという事はないだろう。完全に手出しをしないという事になってくれれば大助かりだが、そう上手くいってくれるかどうかまでは現状では光達には判らない。 「ま、それだけでも助かるけど」 光としては、攻撃される頻度が減るだけでもありがたい事だ。普段通りの生活をするのに、戦闘がないに越した事はないのだから。 「なぁ、俺、変わったと思うか?」 ふと、気になって光は修に尋ねた。 具現力が使えるようになって変わったか、正確には、具現力を使って戦う事に気持ちの整理をつけた事で何か変わったか。光本人としては、変わったのかもしれないと思っていた。今まで悩んでいた殺人に対して、光は考えを固めた。それはもしかしたら人間として大事な部分を消してしまったのではないか、という不安に駆られたのである。 「人間なんてそんな簡単に変わるもんじゃないさ」 修はそれだけ言うと、冷蔵庫の中から麦茶を取り出してコップに注ぎ、それを飲み干した。それから別のコップを引っ張り出して、そこに麦茶を注ぐ。 「気持ちの整理をつけたのだって光自身なんだろ?」 そう言って、差し出してきた麦茶を、光は頷きながら受け取った。 「だったら、変わってないって。成長はしてるだろうけどな」 修自身も、もう一度先程持っていたコップに麦茶を注ぎ、一口飲んだ。 「そうか……いや、そうだな」 光は呟き、麦茶を飲み干す。渇いていた喉を潤すのと同時に、修の言葉が染み渡った気がした。 結局、人間の本質は変わらないのだ。形成された人格は、本人にはどうしようもない部分で固められたものなのだ。生まれた時の環境、育った環境、ぶつかった事件や、些細な事でさえ、性格を形成する基盤となっている。それぞれの人間が、何をしようがそれがその人間なのであり、急に性格が変わったとしても、それも確かにその人なのだ。もっとも、急に変わるというのは、今まで表に出していなかっただけで、心の奥底に押し込めていた感情が何らかの影響を受けて爆発したというのが適切だろう。 「何があろうと、俺は俺、お前はお前。そうだろ?」 空になったコップを差し出すと、修は麦茶を注ぎ、光はそれを飲み干した。 「そうだな、俺は俺だ」 コップを修に渡し、光は立ち上がった。 「そろそろ帰んなきゃ」 靴を履き、光は部屋のドアを開ける。 「おう、また明日、な」 修が部屋の中で見送るのに、光は軽く手を上げて応じた。ドアを閉めると、通路の手すりに手をかけて具現力を開放する。そして、鋭敏になった感覚を認識すると同時に手すりを飛び越えて四階から一気に外に飛び降りた。周囲の気配を探り、誰もいない事を確認してから走り出した。 夜の風を感じながら、光は家へと向かう。家の前まで来ると、周囲の視線を確認し、誰も見ていない事を確認してから二階のベランダまで跳躍。自分の部屋の窓が開くかどうか確認し、戸締りがなされている事に溜め息を漏らす。再度玄関の前に飛び降りて、具現力を閉ざすと、一呼吸をおいてからそっと玄関を潜った。 「……ただいま」 平静を装って光は告げると、足早に廊下を駆け抜け、階段を上ると自分の部屋へと飛び込んだ。そうして、すぐさま破れた衣服を脱ぎ捨てて別の服に着替えた。脱ぎ捨てた衣服は丸めて、破れていないように見せかけておき、とりあえず光は部屋を出た。 「どうしたんだ、急いで部屋まで行って?」 晃が訊いてくるが、服がぼろぼろだったのを見ていないようで、内心で安堵する。 「トイレだってーの」 光は投げやりに答えて誤魔化した。二階にもトイレぐらいある。ドアはトイレだろうが人の部屋だろうが同じものなので、そう言っておけばまず気付かれる事はない。 そうして、三十分程を家族と過ごしてから、光は部屋へと戻った。 ベッドの上に寝転んで、光は一息つく。 「皆、人間なんだな」 そんな、当たり前の言葉が口から漏れていた。 あの、修を人質に取った隊長や、フィルサのように不確定因子を排除したいと考える者もいれば、ダスクのように光に共感してくれる者もいた。刃も、こちらに敵意がなければ放っておくという考えのようだ。それぞれの立場があると同時に、それぞれの考え方もある。当たり前だが、忘れる者も多い事だ。VAN≠フ中にいる者達の中で、ダスクは恐らく少数派なのだろう。大きな組織が、綿密な計画を遂行する時には、小さなミスが全体の失敗を招く事もあるのだから。 フィルサや、人質を取った部隊の隊長のように、光を排除する気持ちも解らないわけではない。だが、それは一方的な言い分だった。光自身が選ぶべき事を、組織に入るか、それとも死ぬか、の二者択一にしてしまったのだ。それはそう考えた者の考え方であり、それを受け取った光には光の考え方があった。そして、それを互いに拒んだために争いになった。 考え方が違うもの同士が、互いに譲り合わなければ、それは衝突を生む。光には、VAN≠フ一方的な言い分を呑み込む事は出来なかったし、VAN≠煬の考えを認める事はしなかった。考えてみれば、それは別の人間である限り自然な事だ。そして、そんな光の考えを認めたダスクの存在も、自然な事なのだ。認められる者もいれば、認められない者もいる。考え方が違うのだから当たり前だ。 そうであればこそ、何故解り合おうとしないのか、と問われれば、それも考え方が違うからだ。それぞれ自分の中に譲れないものがあり、それが引っかかって互いの主張を認める事が出来ない。 「俺は、退くつもりはない……」 自分に言い聞かせるように、確認するように、光は呟いた。 光には続けたい生活がある。失くしたくないものがある。 それを全て守るためには、VAN≠セけでなく、ROV≠ノも譲る事は出来ない。それが光の考えであり、信念でもあった。 今まで何とも思っていなかった生活が、今では今まで以上に平穏なものに感じられた。 (過去に憧れる事はしない……) ――もし、こんな力がなかったら。 光はそう考えた事はなかった。光は今、ここにいて、生きているのだ。たとえ、それが辛い事だとしても、前に進む事しか出来ない。それを解っていたから、考える事をしなかった。過ぎた事を考えても、それは時間の無駄にしかならないのだから。 「俺は、ここにいる」 光は声に出して呟いた。 後ろにはあったものが、この先にはないかもしれない。それでも、人は誰でも進むしかないのだ。過ぎた事を悩んで立ち止まるよりも、光は少しでも前に進もうと思った。 ――全てが思い通りに行く事なんてない。 (そうだ……) 光は思い出した。それは、光の父、光一が言った言葉だった。そして、その言葉には続きがあった。 ――だから、少しでも近付けようとするんだ。 いつの間に忘れてしまったのだろうか。光一の口癖でもあったその言葉。昔、両親が生きていた頃に何度も聞いた台詞。 理想は理想でしかなく、全くその通りに事を運ぶ事は人間には不可能と言っても良い。だが、その理想に近付ける事ならば誰にだって出来るのだ。 まさに、ここまでの光はそうだった。全てが思い通りに運ばず、巻き込まれるだけだった。それでも、何とか自分の考えだけは曲げずに、戦う事への躊躇いも乗り越えた。 (もう、巻き込まれるだけじゃない) 自分で事態を変えて行ける。それだけの力は持っているし、意志もある。それは、思い通りに行かない事態を、考えた理想へと近付ける力だ。それは、ただ気が付いていないだけで、誰でも持っている力だ。 「――これからも、俺はここにいる」 これから先、何があろうと、光は考えを変えないだろう。自分の人生は自分で決める。VAN≠竍ROV≠セけではなく、普段の生活を取り巻く様々な事に対しても。 結局、人は自分が決めた通りに生きる事しか出来ないのだ。周りに流されて生きる者も、それはその人がそれを甘んじているからであり、その状態を変えようと思うのであれば、流されてはいないはずだ。そして、光は流されない生き方を望んだ。 光の選択は決して楽なものではなかった。そして、困難はこれから先にも幾度となく現れてくる。 それでも、光に譲れないものがある限り、光はこの生き方を続けていくだろう。 |
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