最終章 「ライト・ブリンガー」


 アグニア・ディアローゼが倒れたことで、戦いは終わった。その場にいた全ての人間が戦うことを止め、アグニアの存在を抹消して立ち昇る蒼い『光(ひかり)』を見つめていた。
 後に、第三次世界大戦と呼ばれることになるこの戦いは、一人の少年と、アグニアの娘であった少女によって終結させられた。
 ライト・ブリンガー。
『光(ひかり)をもたらす者』
 戦争を終わらせることになった少年、火蒼光は、そう呼ばれた。


 晴れ渡った空を見上げて、大きく息を吐いた。背伸びをして、斜面に寝転がるように背中から倒れ込む。
 自宅近くの河原で、光は土手の斜面に仰向けに寝転んで空を見上げていた。隣には、少女が腰を下ろしている。
「長かったなぁ……」
 もう一度、大きく息を吐く。
 思えば、全てが始まったのは、この河原からだった。このサイクリングロードでVANの能力者と出会い、覚醒して、刃と出会った。そして、修が覚醒したのも、美咲と初めてデートをしたのも、セルファと出逢ったのも、この場所だ。
「……なんだか、凄い昔のことみたいだね」
 隣で川の流れを長めながら、セルファが呟いた。翡翠の瞳で、力場を展開して、光たちが誰にもその姿を見られないようにしている。
 アグニアを倒して、戦いを終わらせた光はどこに行っても顔が知られている。マスコミや面倒事から身を隠すには、セルファの力はありがたい。
「ほんと、半年前のことなのにね」
 光は失笑する。
 半年の間に、色んなことがあった。多くの人と知り合って、沢山の人が死んだ。それでも、光は自分の思いを変えずに生きてきた。色んなものに支えられて。
「……ちょっと、暮らし難くなっちまったなぁ」
 戦い抜いたことで、とりあえず平穏な暮らしには戻れた。戦いはしなくても済みそうだが、有名人になってしまったことで色々と窮屈な思いをしているというのが正直なところでもある。
 自宅であったマンションが引き払われた修は、荷物を預かっていることもあって一時的に光の家で暮らしている。ほとぼりが冷めるまでは家探しも大変だろう。
 光やセルファ、修や有希だけではない、刃、楓、翔、瑞希の四人もまた有名人になってしまった。ただ、刃たちの家は家系が古くから伝わる武術のものであるだけあって、光よりはマシかもしれない。
 因みに、刃の左腕は、跡形も無く掻き消されてしまったせいで復元はできなかった。ただ、刃は特に気にした風でもなく、戦いが終わった感慨に浸っているようだ。思いを晴らして、大切なものを見つけることもできたらしい。今までのような、何もかも傷付けるような鋭さは取れて、少し口数が増えたように思う。
 あの四人は、光が心配する必要はないだろう。
「ダスクは、どうしたかな……?」
 光は小さく呟いた。
「……きっと、元気にしてるよ。リゼもいるし」
 セルファが小さく笑う。
 そうだね、と頷いて、光はまた空を見上げた。ダスクは行方が判らない。戦いが終わった後、姿も見せず、連絡も無い。何処へ行ったのかを見た者はいなかったし、探すのも大変そうだ。
 また、どこかで出会ったら、今度は一緒に食事にでも行こう。生きているのなら、それで良いとも思う。
「これから、どうしようか?」
 セルファの言葉に、光は一瞬意味を把握しかねた。
「あ、えっと、一緒に暮らすのはそうなんだけど、そうじゃなくて……」
 光が意味を理解していないのが判ったらしく、セルファが慌てて言い直す。だが、上手く言葉にならないらしい。
 少し慌てた様子のセルファが可愛く見えて、光はくすりと笑った。
「そうだなぁ……」
 身を起こして、考える。
「皆が平和に暮らせる場所を創るっていうのも、悪くないかもな」
 光は言った。
 VANとの戦いで、能力者と、そうでない者双方の思いを感じて来た。だから、双方が互いを認め合える場所を創るというのも、一つの案としては悪くないかもしれない。能力者であろうと、無かろうと、受け入れて、平穏に暮らしていけるような場所があっても良いかもしれない。
「そういう場所があったら、良いね」
 セルファが微笑む。
 お互いに微笑み合う。
「とりあえず……」
 光はそう言って、セルファの肩を抱き寄せる。
「結婚しよう、セルファ……!」
「はい、喜んで……」
 光のプロポーズに、セルファは少しだけ頬を赤らめて柔らかい笑みを返す。
 そして、二人の唇が重なり合う。
 触れ合う指には、互いを象徴する色の指輪が、陽光を反射して輝いていた。


 ――蒼光・完――
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