序章 「変化の兆し」


 卒業式が終わり、卒業生たちが帰路につく。志望校の合否に落ち着かない者、これからの未来に思いを馳せる者、それぞれだ。
 白雷刃(はくらいじん)は今日、中学校を卒業した。
 学び舎を振り返り、やや鋭さのある双眸を少しだけ細め、その姿を見上げる。
「さ、帰ろうぜ、刃」
「ああ」
 かけられた声に振り返る。
 ざんばらの黒髪にどこか野性味を帯びた顔立ちと、熱意のある目付きの少年が立っている。その隣には、ショートの黒髪にぱっちりした目付きの少女がいる。可愛らしいというよりは格好良いという形容の方が相応しい少女だ。
 焔龍翔(えんりゅうしょう)と氷室瑞希(ひむろみずき)。どちらも刃の同級生で友人だ。
「これで俺らも高校生、か」
 翔が呟く。
「それはお前が受かっていればの話だろ?」
 刃は軽口を叩いて、小さく笑った。
 三人の進学先は決まっている。この辺りでは最も知名度の高い私立上條高校だ。成績優秀、運動神経抜群で、しかも生徒会長まで務めていた刃と、同じく頭脳明晰で運動もできた副生徒会長、瑞希は推薦で合格を貰っている。推薦を受けられなかった翔は一般入試を受けて、結果がまだ出てはいなかった。
「あんたバカだからねー」
 瑞希もからかうように笑う。
「受かってるっつーの!」
「ま、信じてやるか」
 刃はそう言って、また笑った。
 この時は、ずっと、いつまでも、みんなで一緒にいられると思っていた。

 卒業生を見送ってから、在校生は帰途につく。
「次は、私たちの番、かぁ……」
 金風楓(かなかぜかえで)は小さく息をついた。
 四月からは楓たちが三年生となる。受験生としての日々が始まるのだ。
「楓はどこ行くか決めた?」
 隣で、従姉妹であり親友でもある永瀬沙耶(ながせさや)が問う。
「私も上高にする」
 本当は、少し悩んでいた。
 沙耶は上條高校に進学するつもりだ。沙耶の成績はかなり高く、学年でもトップクラスだ。家柄から考えても、近くにある有名私立女子学園、七瀬学園にも入れたはずだ。だが、彼女は一般的な市立中学校に入学していた。七瀬学園への編入を考えていない彼女が進学する先は上条高校しかない。もっとも、沙耶は元から上条高校へ進学するために七瀬学園へ入学しなかった。
 沙耶は刃の許嫁だ。だから、いくら楓が刃を想っても届かない。親同士の決めたことを抜きにしても、刃と沙耶は互いに想い合っている。
 いっそ、別の高校に進んでしまおうかとも考えていた。
「じゃあ二人で行こうね」
 沙耶の言葉に、楓は頷いた。
 楓が刃に好意を抱いていたのを、沙耶は知っている。打ち明けたこともあった。もちろん、沙耶にも譲れない部分だったから、打ち明けても楓にはどうすることもできなかったが。
 刃も好きだが、沙耶も大切な友達だ。
 今はどうにか納得している。
 沙耶にも幸せになって欲しいと思っているのは嘘ではないのだから。
 風が吹いた。桜の花びらが風に舞う。
 少しずつ、何かが変わって行くような気がして、楓は目を細めた。
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