ライト・ブリンガー TtoU
〜その、次へ〜

 前篇 「次の世代へ」


 世界は、変わって行く。
 それを望んだのは、誰でもない、自分自身だった。
 別に世界平和を望んだわけではないけれど。
 ただ、自分に心地の良い場所を創り出したかった。
 今まで心地良かった場所は、少し崩れてしまったから。新しく、自分が思い描く居場所を創ることに決めた。信頼できる仲間たちと共に。
「随分変わったなぁ」
 白い病室の窓から青空を見上げて、光(ひかる)は呟いた。
 大きな塔のようにそびえ立つ建物を見つめて、光は目を細める。
 あの場所は、光がかつて仲間と共に戦った場所だ。突然巻き込まれた戦いの決着をつけるため、そして光自身がその先の未来を手にするために戦った場所だ。
 そして、同時に今、光がいる場所でもある。
「あれから二年半、ね」
 光の脇にあるベッドには一人の女性がいた。蜂蜜のような美しい金髪と、澄んだ碧い瞳の女性が。彼女のお腹は大きく膨れ、妊娠しているのが判る。それも、あと数週間で出産予定日を迎える。
「名前、考えた?」
 優しく微笑んで、女性が問いかけてくる。
「考えたよ、セルファ」
 光は自分の恋人へ視線を向けて、笑みを返した。
 あの戦いの後、光は全ての能力者へ向けて宣言を行った。VANという組織の長を倒したこと、能力者であろうとなかろうと、光に戦う意思はないこと。
 光が生きる場所は、故郷には無くなっていた。
 日本政府は静観を決め込み、議論は交わされるものの結論を先送りにした。国連でも議論は白熱していたが、結局意見がまとまらずに時間が過ぎていく。世界全体の判断や結論が出ないまま、能力者たちはその存在を明かされ、生きることになった。
 光もまた、戦いを終わらせた者として有名になり、帰り着いた祖国で浮いた存在となっていた。途中で辞めてしまった高校に改めて行くことも、ましてや就職も難しい。光は戦争を終わらせた英雄であると同時に、世界で最も危険な人間と認識された。
「優輝(ゆうき)」
 彼女のお腹に手を当て、そっと撫でながら、光は呟いた。
 色々なしがらみや意識の差が煩わしくて仕方がなかった。恐れる気持ちも確かに解る。それでも、ただ平穏に暮らせれば光は二度と力を使うこともないだろうと思っていた。戦いに特化し過ぎている光の力は、日常生活ではあまり役に立たない。命を狙われでもしない限り、使う必要性や有用性など、無いに等しいものだったのだから。
 それでも周りは光を放ってはおかない。
 だから、光は決めた。
 新しい居場所を創る、と。
「優しい輝き、で優輝」
 生まれてくる子供が男なら光が、女ならセルファが名前を付けようと二人で決めていた。セルファの妊娠が判ってから、二人で色々考えた。
 今、光とセルファは結婚して夫婦となっている。だが、別姓だ。それをどちらかに統一するか否か、名前はどちらに準拠すべきか。光もセルファも、自分の苗字には思い入れがある。同時に、別に統一する必要性も感じなかった。だから夫婦別姓のまま、光はセルファと共に過ごしてきた。
 子供が生まれることが判って、どうしようか改めて考えたが、結論は出なかった。だから、男なら光の、女ならセルファの姓で名前を決めることにした。
「安直だと思われるかもしれないけど、どうかな?」
 戦いが終わりを告げ、その年が変わる前に、光は全世界へ向けて宣言した。
 能力者であろうがなかろうが、気にしない国を創る、と。当たり前のように誰もが暮らせる場所を創る、と。かつてVANの本部があった建物を中心に、国を興す、と。
 日本語と英語を公用語として、能力者にはその力に対するルールを設け、平穏に暮らすための術を考え続けた。誰もが互いに認めあえる場所を創ろうとしている。
 まだ、完成はしていない。それでも、少しずつ進んでいる。国連や各国から警戒されてはいるが、光という英雄の顔を立てているのか、表立った反対はない。
「良い名前だと思うわ」
 セルファが微笑む。
 今まで、家族に守られて暮らしてきた光にとって、国を興したり、その代表として立ち振る舞うことは不安だらけだ。それでもセルファが、仲間が支えてくれる。光は自分が思うことを述べ、自分が望む理想を語り、その実現のために動き続けている。
「そろそろ、行くよ」
 言って、光は立ち上がった。
 まだこの国はできたばかりだ。決めなければならないことも、考えなければならないこともまだ多い。それを決定する場に、この国の中心人物である光はいなければならなかった。
「行ってらっしゃい、ヒカル」
 微笑むセルファに笑みを返して、光は病室を後にした。

 国の代表としての仕事を終え、光は会議室の中央で大きく息を吐いた。
 能力者に対するルールや、それを破った者に対する処罰内容の修正が今日の主な案件だった。
「そう言えば、そろそろだったな」
 会議室に残った数少ない人物の一人が光を見て呟いた。
 切れ長の双眸を持つ、片腕の男、刃(じん)だ。かつての戦争で共に戦った仲間であり、今でもこの国を支える中心人物の一人だ。
「予定日は明日だっけ?」
 隣に座っていた男、親友の修(しゅう)が光を見る。
「予定では、な」
 光は苦笑した。
 出産予定日は明日ということになっているが、予定は予定でしかない。もしかしたら今日になるかもしれないし、明後日以降になる可能性だってある。
「ふふ、やっぱり心配?」
 刃の隣に座っていた彼の妻、楓(かえで)が笑う。
「まぁ、それもあるけど……」
 光は苦笑する。
 仲間たちの出産には何度か立ち会った。あの時、共に戦った仲間の中では光が一番出遅れた形になっている。そういう意味ではむしろ若干安心しているところもある。
「ん、じゃあ何かあるのか?」
 刃の向かいに座っていた翔(しょう)が首を傾げた。
「俺が求めた未来は、こんな世界だったかな……って、ふと思ってさ」
 光はどこか遠くを見つめるように呟いた。
 子供の頃は、未来なんて遠いずっと先のことだった。考えても、思いつくのは何のリスクも見ていない希望だけ。ただの理想像だけだった。少しずつ、大きくなるにつれて現実的に未来のことを考えるようになった。けれど、小さかった頃よりも将来が見えなくなって行ったような気もする。色々なことが解って来るからこそ、自分がどうなるか想像できなかった。
 光が力に目覚める前に思っていた未来と、今の世界はきっとかなり掛け離れたもののはずだ。戦うことも、命の遣り取りもなかったあの日常のままだったら、光はこの場所にはいない。
「確かに、私たちが思ってた通りにはなってないわね」
 翔の隣に座る彼の妻、瑞希(みずき)が苦笑する。
 今の自分たちが、そのまま続いていくのだと思っていた時期もある。だが、それは違うのだとかつての戦いで光は知った。それが過去からの延長線であっても、未来は今と同じ形にはならないのだと。
 光は最初、ただ自分が好きなように生きて行けたら良いと思っていた。好きなことをして、友人と遊んで、働かなければならないとしても、自分がしたいことはできるような毎日を送って行くのだろうと思っていた。そうなる前に立ちはだかる試験や試練、挫折なんて考えていなかった。
 だが、光は能力者となって、その身をもって生きることの苦難を知った。生きるために鍛え、何をしなければならないのかを考える。自分が思い描いた通りに生きて行くためには、何が必要なのかを。
「刃は、どうだ?」
 光はそう問いを投げた。
「そうだな……少なくとも、戦い始めた頃よりも今は幸せだろうな」
 復讐のために戦ってきた刃にとって、自分の未来のことは眼中になかったのだ。VANという組織を潰し、復讐を果たすことだけを考えていた。どうすれば敵を倒せるのか、もっと強くなれるのか、VANを潰すことができるのか。ただそれだけに目を向けて自分自身と向き合うことは後回しにしていたと、彼自身も戦いが終わってから言っていた。
 戦いが終わり、光が平穏に暮らせる場所を創りたいと相談に行った時、刃は賛同してくれた。自分たちが生きていくには、世界は急激に変わり過ぎていたから。全ての人が能力者を受け入れるには、まだ時間がかかる。そんな中でまともに生きていけるかどうかなど、判るはずもない。
 有力な能力者として名が知られてしまった光や刃たちがこれからの世界を平穏に生きるためには、国という、自分たちが住むための枠を創るしかなかった。
 それ以上に良いと思える他の方法は、光には思い付かなかった。刃に相談を持ちかけたのも、自分の選択に完全な自信がなかったからだ。それに、自分一人でできることでもないと思っていた。例え光がVANの長を倒した能力者であったとしても、それだけで国が興せるとは思えない。
 それまで敵対していた光が、VANの長に成り代わって国を建てられるとは思えなかった。光のことを快く思っていない能力者もいただろう。
 だからこそ、光は自分の考えを世界に対して述べた。光が本当に望んだものや、VANとの戦いで経験したすべて、自分の思いを、包み隠さずに。
「ま、途方に暮れてたところはあったからな」
 翔が言った。
 結局、あの戦いで有名になり過ぎた能力者たちは今まで通りの生活が難しい状況だった。周りの視線だけでなく、世界的に注目されてしまったから。危険な存在として動向が注目されていた。
 そんな中で戦う前と同じ生活には戻れない。光たち自身が望んでも、周りがそれを許さない。
 途方に暮れていたのは光も同じだった。
「……俺の子供が物心つく頃には、刃に預けるよ」
 まだ先の話ではあるが光は言わずにはいられなかった。
 刃は国の首脳として活動しながら、自分が学び、鍛えて発展させてきた武術を伝える道場を開いている。かつての戦いを生き延びる際に培われた技術や鍛練法を教えているのだ。戦争を終わらせる中核となった能力者の武術というだけで、入門者は少なくなくない。
 それに、能力者としての力の使い方や正しい価値観、精神を教える場にもなっている。
「その時は俺が直に面倒を見てやるさ」
 刃は微かに笑みを浮かべて答えた。
 片腕ではあるが、刃の実力は失われてはいない。さすがに、あの戦争を最前線で戦い抜いた頃と比べれば多少、戦闘能力は低下しているかもしれない。だが、腕は落ちていない。今も続けている鍛練で、磨きがかかっている部分もあるだろう。
「無茶はさせないでくれよ?」
「解っているさ」
 苦笑する光に、刃が肩を竦める。
 望む世界を創り出すために、中枢となる存在には光が最も適している。そう言ったのは修だ。
 今でも、英雄と呼ばれることを快く思ってはいない。だが、光は甘んじて受け入れた。周りが英雄だと言うことを受け入れる代わりに、光は国を建てたのだから。光が英雄であることを認めなければ、国を興すという行動は実を結んではいない。
 一方的な能力者至上主義を掲げて力を持たぬ人間全てに宣戦布告したVANの長を打ち倒し、世界の崩壊を防いだ英雄『ライト・ブリンガー』が今の光だ。
 光がどう思おうと、周りは光をただの人間としては見てはくれないだろう。隠すことができないのなら、隠さなくても暮らせる場所を創るしかない。そう思ったから、光は英雄として国を興すことを決めた。
「……次の世代に、戦いだけは残したくないな……」
 光は小さく息を吐いた。
 まだ世界は混乱から完全に抜け出せていない。能力者という存在はまだこの世界には異物だ。戦争が終わる前よりはかなり安定してきたと言えるが、それでもまだ小競り合いは起きている。能力者による犯罪やテロ、非能力者による迫害や差別が表面化して社会問題になっている。
 能力者たちが水面下で動いていた頃には表面化していなかった問題が、戦争という形で能力者の存在が公に知られてしまったことで前面に出てきてしまったのだ。
「……そうね」
 楓が目を伏せる。
 光は能力者の代表として、そういった事態に対処する責任がある。世界最強の能力者であり、英雄である光に課せられたものは、能力者たちの統率と制御だった。
 だが、光自身が力を使って解決するという方法は取れなかった。光が力を使い、戦うということは、能力者すべてが戦う意思を見せることと同義となってしまう。光たち自身がそういった問題に対して直接介入することはできない。
 故に、光たちは考えた。あらゆるものを受け入れる国として、ルールに対してやや過剰とも思える罰則を課しているのも、この国に住む者たちの意識を高める意味合いがある。だが、ルールはそこまで厳しいものではない。いわゆる犯罪や、常識的な枠組みばかりで、普通に暮らす分にはかなり自由な法律が組まれている。
 そして、全世界で発生する能力者に関わる問題に対しては、国から各地へ厳選された能力者を派遣することになっていた。光たち国の首脳陣全員が認めた能力者を、問題解決の協力者として派遣している。軍や警察機構などに派遣し、その組織と協力して問題の解決に当たる。テロの鎮圧や罪を犯した能力者の身柄の確保など、力を持たぬ者に難しい役割を担当するのだ。
 そのために、能力者としてのランク付けも行うようになった。基本的には力の大きさがランクの基準だが、各地へ派遣されるレベルのランクを得るためには、力だけでなく人格も考慮される。
 能力者たちの存在が公となり、起きている今の問題も、よくよく考えればさほど重大なものではない。力を持たぬ者がテロや犯罪をしているのと変わりはないのだ。力を持っているから、力を持たぬ者には対処が難しいというだけで。
「……子供たちの世代が戦わなくてもいいようにしてやりたいな」
 自分の右手を見つめ、光は呟いた。
 戦って失ったものは多過ぎる。
 それまで当たり前だった生活、価値観、大勢の命、世界の平穏。沢山のものと引き換えにして掴み取った未来(いま)は、戦っていたあの頃に欲しかったものと同じだろうか。
 血まみれの両手と過去を消すことはできない。英雄と呼ばれることを嫌がったのも、そう呼ばれることで自分が殺めてきた命を切り捨ててしまっているように思えたからだった。それだけ多くの能力者を殺してきたのだ。今まで奪ってきた命たちが目指していた未来よりも、光は良いと思える未来を掴まなければならない。
 せめて、これから生きて行く命には殺し合いというものを知らずに生きて欲しい。
 光のような辛い思いはして欲しくない。
「だが、難しいな、それも……」
 刃が小さな声で息を吐いた。
 解っている。
 世界はそう簡単に変わるものではない。能力者という存在が公になってからが早過ぎたのだ。VANは世界に考える暇を与えるつもりはなかったのだろう。急激に世界を変革させ、VANの理想である能力者たちの国家をねじ込むつもりだったのだ。周りが大きく動き出すよりも早く、結果を出すつもりでいた。
 VANを叩いたことで、光は英雄であると同時に世界の敵にもなりうる存在となった。光自身が気にしなくとも、周りが光を放ってはおけない。
 当然、光や刃のような戦争で活躍した者たちの動向は注目されている。光の子が生まれることも、その存在そのものに対しても、多くの人や国が注意を払っているはずだ。
「大人って、面倒だよな」
 光は苦笑いを浮かべた。
 放っておいてくれればいいのに、と何度も思った。だが、その度に光は思い出す。例え本人にその気がなくとも、強大な力を持つ者は周りの多くの者から恐れられる。だからこそ、光もあの戦いの中にいたのだ。VANの長が、光を危険視していたからこそ、光は自分自身や周りの大切なもの、未来を求めて戦っていたのだから。
 人が本当に理解し合えたらどんなに楽だろうか。
「それでも、俺らもずっと子供のままじゃいられないからな」
 修も肩を竦める。
「ああ、まぁな……」
 光がため息をついた直後だった。
「ヒカル様! たった今病院から連絡が!」
 勢いよく扉が開かれ、一人の男が息を切らして入ってきた。
 病院から、その一言に光は椅子を弾き飛ばすほどの勢いで立ち上がった。
「セルファ様が破水した、と!」
「修頼む!」
 伝令の男の言葉が終わるよりも早く、光は修へと振り返っていた。
「もう繋げたよ、行ってこい」
 笑みを浮かべる修に頷いて、光は走り出した。
 一歩目を踏み出した瞬間に景色が一変する。修の力で病院の通路へと瞬間移動した光は、セルファのもとへ向かった。

 病室で、セルファは生まれた子に授乳をしていた。
 光は隣でそれを見つめていた。
 優しい表情で子を抱いているセルファを見て、自然と光の表情も和らぐ。
 ふと、自分が生まれた時はどうだったのだろうか、そんな思いが過ぎった。記憶にあまり残っていない両親は、光をどんな思いで生み、抱いていたのだろう。答えの出ない疑問が、光の中に浮かんで、消えた。
「さすがに、私も驚いたわ」
 授乳を終えたセルファが、抱いている子の頭を撫でながら呟いた。
 分娩室へ光が辿り着いた時、出産は終わろうとしていた。光がセルファのもとへ駆け寄った直後、子供が生まれた。そして、取り上げられた子供が産声を上げる姿を見て、光もセルファも言葉を失った。
 産声を上げた時、子供の小さな体は淡い輝きに包まれていた。まばたきするような、ほんの一瞬だけ、その子は蒼と銀の輝きを放っていた。
「まさか、生まれた瞬間になんて思わなかったよ」
 光は苦笑とも微笑ともつかない表情で呟いた。
 確かに、あの輝きは能力者としての力だった。あれから力を纏う様子はなく、覚醒した、とは言い難いが、光の力を受け継いでいるということだけははっきりと感じていた。
「力なんて、無くてもいいのにな……」
 光の呆れたような口調に、セルファはくすりと笑った。
「……私は、嬉しかったわ」
 セルファが光を見て微笑む。
「だって、この子があなたとの子だって判ったから」
 続けられた言葉に、光は微かに目を丸くした。
「そうか……そう、だな」
 セルファに抱かれた子を見つめ、光は薄く微笑んだ。
「抱いてみる?」
「ああ、抱かせてくれ」
 セルファに頷いて、光はその小さな体を両手で抱える。
 小さな体は、それでも確かな重さと温かさをもって光にその存在を伝えてくる。
「その子か、お前の息子は」
 不意に、修の声が聞こえた。
 見れば、セルファのベッドの向かいに立つように修たちがいた。
「とりあえずマスコミの連中は締め出しといたぞ」
「悪いな、助かるよ」
 集まってきたマスコミは修が強制的に別の場所へ移動させたのだろう。光は修に苦笑で礼を返した。
 修の隣には彼の妻でありセルファの親友でもある有希(ゆき)がいる。刃と楓に翔、瑞希もいる。
 有希、楓、瑞希の三人はそれぞれ子供を抱きかかえていた。今年で一歳になる、去年生まれた子たちだ。
 光たちにとっての、次の世代、でもある。
 あの時、最前線で共に戦った者たちの子供が、ようやく揃った。
「おめでとう、セっちゃん」
「うん……ありがとう、ユキ」
 満面の笑みを浮かべて祝福する有希に、セルファが笑顔で礼を返す。
「名前は、もうあるんだろう?」
 薄く笑みを浮かべる刃の言葉に、光は頷いた。
「火蒼優輝(かそうゆうき)……俺の、息子だ」
 我が子を見つめ、光は告げた。
 力の有無や強さなど関係なく、この子供たちが笑って暮らして行ける世界を創りたい。
 新たに生まれた息子の命を両腕に抱えて、光はそう思った。



 後篇 「次の時代に」


 時が経つにつれ、国は安定しつつあった。議論が重ねられていたルールにも最近は大きな調整もなく、浸透している。
 犯罪件数も低下の一途を辿り、他の国よりも内政は安定していると言えた。そもそも、意識の高い者がこの国に多いというのも一つの要因なのかもしれない。能力者の存在に対して、偏見などを持たない者が多いのだ。また同時に、力を持たぬ者に対しても同様だ。
「不穏な動き?」
 光は隣を歩く修から聞いた言葉に眉根を寄せた。
「新兵器がどうたら、って話を聞いたんだ」
 修の返答に、光は顎に手を当てて考える。
 会議を終えた二人は、通路を歩いていた。その中で、修が耳に挟んだという話を光にしていたのである。
 戦争から七年もの時が過ぎた。
 光が建てた国は随分と落ち着いた。今では光がとやかく言うことはあまりなく、自分たちでほとんどのことができるようになっている。
「内側が落ち着いてきたら今度は外、か……」
 光はため息をついた。
 この国は随分と平穏な場所になった。だが、今度は逆にこの国以外が答えを出し始めている。今まで結論を先延ばしにしてきていた、能力者との付き合い方に対して。
 アメリカなどは能力者の戦闘能力に対抗できる強化装甲服(パワードスーツ)の開発を公表している。能力者による犯罪を、力を持たぬ者たちでも対処できるように、という名目で。
 同時に、能力者たちを捕獲しての研究も進められている。当然、捕獲されるのは犯罪者やテロリストだったりする能力者たちだ。力を持たぬ者たちがどうにか捕らえることに成功した能力者が、人体実験や調査の検体となっている。能力者の力の原理や仕組みなどのあらゆる情報を解析し、利用するのが目的なのは言うまでもない。
 そういった情報は公にはされていないが、光の国には有能な諜報員がいる。自分の存在を隠して動き回れる能力者たちが裏の情報を掻き集めていた。
 能力者たちの居場所を預かる者としては、知っておかなければならない情報だ。
「まぁ、五年以上経ってるしな」
 修が苦笑する。
 悪意のある犯罪者や倫理観の崩壊しているテロリストなどは死んでも構わない、というのは光の本音でもある。実際に、光の国から各地に派遣している能力者たちへは、あまりにも酷い相手ならば殺害も止む無し、と指示が出されている。情状酌量の余地のないような凶悪なケースには、殲滅をもって対処とするように伝えられているのだ。
 もちろん、光自身が能力者に限らずそういった凶悪な存在に対して殺意を覚えることがあるのも理由の一つではある。だが、可能な限り能力者を研究材料などにさせないため、というのも理由には含まれている。
 研究されることによって平和利用や相互理解などの可能性も広がるかもしれない。だが、大概の場合、研究された情報は真っ先に軍事利用されるのが常だ。
 軍事開発が技術革新の引き金になることが多いと言っても、好ましいものだとは思えない。
「そろそろそういう話も増えてくる時期ってことか……」
 結論を先延ばしにしたとしても、それは後回しにしただけであって、結論を出さない、ということではない。
「話によれば、無人機による無差別攻撃、なんて案もあるらしいぞ」
「よくもまぁそんな案が出るな」
 修の言葉に光は口の端を下げた。
 無人機による無差別攻撃など、爆撃と変わらない。
「ここは世界一危険な国、だからな」
 修が皮肉を言って笑う。
 この国は能力者が世界で最も多く住んでいる場所だ。それだけでも世界にとっては脅威となりうる。だが、一番は光という英雄が興した国、という部分が大きい。世界を救った英雄の力は、世界を滅ぼしかねない力でもある。そんな絶大な力を持つ光が興し、率いてきた国なのだ。
 光が世界に対して敵対すれば、能力者の多くは光に味方するだろう。能力者に対する世界的な見方に不満を覚える能力者たちは数多い。
 他国から見れば、この国は高性能火薬が詰まった場所と言っても差し支えないのだから。
「何か、対策も考えとくべきかな……」
 光は溜め息交じりに頭を掻いた。
「俺らが表立って戦うわけにはいかないだろうなぁ」
 修も方を竦める。
 光たちが表立って力を使って国を守る、という手段は難しい。それこそ、光が世界に敵対したととられてしまう。そうなれば、他の国がこの国を攻撃する理由を作ってしまう。いくら能力者たちが驚異的な力を持っているとは言え、世界をすべて敵に回して生きて行けるとは思えない。
 だからと言って、他国からの攻撃を何もせずに受けることもできない。まともに攻撃を受ければこの国も平穏ではいられない。
 だが、応戦しようにもこの国には軍隊や自衛隊と呼ぶべき組織は存在しない。警察機構のようなものはあるが、それをそのまま自衛のための部隊としてしまうべきか。
「でも、いきなり爆撃なんてされたら自衛隊なんて組織じゃどうしようもなくないか?」
 自衛部隊も組織として構成される以上、即座に対処できるかどうかは判らない。ミスを防ぐために管理体制を厳しくすれば、その分だけ許可を得なければならないなど、身動きも取りにくくなってしまう。
 問答無用の爆撃などに曝された時、即座に対処して被害を未然に防ぐことができるだろうか。何より、仮定の話では敵の攻撃の規模もはっきりしない。どれだけの人材がいれば十分なのか、判らない。
「組織しただけで牽制になるとも思えないしな」
 修も自衛組織の編成にはあまり乗り気ではなさそうだった。
 世界は平穏であっても、危ういバランスの上にある。一度VANが蜂起したことで、世界のバランスは崩れたと言っても良い。能力者という、今までにない力を持った要素が表面に出てきてしまった。誰もが能力者の存在を認識してしまっている現在では、軍隊などの存在意義にも亀裂が入っているかもしれない。
 軍隊や自衛隊のような、戦争や応戦などの基本的な形式やルールは組織であるからこそのものでもある。様々な手続きも、組織を動かしているからこそのものだ。
 だが、能力者の持つ力は個人で扱うことができてしまう。軍事兵器を凌駕する戦闘能力を、個人が持っている。軍や国が危険視しないわけがないのだ。
 そんな能力者たちが暮らす国に自衛組織ができたとして、他国への牽制になるだろうか。火に油を注いでしまう可能性もある。今までそういった組織を作ってこなかったのも、この国が平和を重視しているからというアピールでもあった。光の意思でもあるこの国の組織体制に自衛部隊が加わったとしたら、もしかすると敵対を示唆していると指摘されてしまうかもしれない。 
「俺たちは戦えない、自衛部隊の組織も難あり、か」
「かと言って無抵抗なんてのも論外だ」
 光と修は思案を重ねる。
「となると、国民に戦ってもらうしかないなぁ……」
 行き着いた結論に、光は修と視線を交わす。
 この国に住む能力者たちに協力を仰ぎ、応戦してしてもらう。敵の襲撃を感知した時点で国内全土に放送などで連絡を行い、各地に住む能力者たちに応戦、対処してもらうのだ。
 一斉に通知さえすることができれば、この国のどこであろうと対処ができるはずだ。能力者の多く住まうこの国には、能力者のいない区画は存在しない。全ての国土をカバーでき、その力によっては被害を完全に防ぐことも可能だ。
「問題は、国民すべてにその義務を課すかどうか、か」
 修の言葉に、光は顎に手を当てて考える。
 国からの方針、義務という形で全国民に協力を仰ぐことはできる。だが、本当に全国民に応戦してもらうべきだろうか。確かに、すべての国民が力を合わせれば被害はかなり減るだろう。ただ、どれだけ能力者たちが軍事兵器以上の力を持っているとは言っても一歩間違えれば命を落としてしまうことに変わりはない。
 能力者の中には、まだ幼い子供もいる。年端もいかぬ子供に、そんな危険なことをさせるべきではないだろう。
「判断基準は、次の議題だな」
 光の結論に修も頷いた。
 協力を仰ぐ能力者の選定はするべきだろう。中には対処に不向きな能力者もいる。そう言った面への配慮や、判断基準なども十分話し合って決めた方がいい。
 光の意向が強く反映されるとは言っても、たった二人だけの議論で決定していい問題ではない。刃たちにも話を聞いておいた方がいい。
 考えなければならないことが尽きない。少しだけうんざりしている自分を感じながら、光は通路を歩いて行く。ただ、その道を選んだのも光自身だ。光がやらなければならないこと、というのは後どれだけあるのだろうか。
 外へ出て、光と修は自宅へ向かう道を進んでいた。
 光の家と修の家は隣合っている。帰り道は同じだ。昔から家族ぐるみで付き合いがあることもあって、子供たちも幼馴染になっている。
 帰路の途中にある道場の前で、光と修は足を止めた。
「それで、どうなんだ?」
「予定日は昨日だったからな……」
 修の言葉に、光は肩を竦めた。
 今、セルファは二人目の子を身ごもっている。出産予定日は昨日だったが、まだ産まれてはいない。セルファが出産準備で病院にいるため、家にいる時、光は息子と二人で過ごしている。
 だが、光の仕事が終わるまでは、刃と楓、翔、瑞希の四人が共同で運営している道場に子供を預かってもらっていた。光の息子だけでなく、修の娘三人も。光の息子は今年であと一月で五歳になる。一つ年上にあたる修や刃の子供たちと一緒にいるのは、家で一人光の帰りを待つよりは良いだろうし、遊び相手という意味でも丁度良いはずだ。道場で練習をしていることもあるようだが、基本的な判断は子供たちに任せている。子供たちがやりたいと言えば刃たちが稽古をつけるという形だ。
 もちろん、かつての戦いで有名になってしまった者たちの子供で固まってしまっていることには、多少の危惧感はある。ただ、子供たちも周りの視線が他の者たちと違うことは鋭敏に感じとっているらしく、自然と子供たちが集まる形になりがちなようだ。
 ともあれ、光と修の二人が帰路の途中で道場に寄るのは日課の一つと言っても良かった。
 表から入ると光たちは目立つ。裏手に回って、光は中の様子を窺うことにしていた。ほとんど間を置かずして、光の存在に気付いた刃がこちらへ向かってくるのが見えた。
「刃、優輝たちは?」
「ああ、もうそんな時間か」
 光の問いに、刃は時計を見た。
「いつも通り正門へ回す」
「ああ、判った」
 正門から帰すという刃に、光は頷いた。
「いつも悪いな、あいつらの面倒まで見てもらっちまって……」
 感謝と苦笑いの入り混じった薄い笑みを浮かべて、修が呟く。
「気にしなくていいのよ」
 刃の隣にやってきた楓が笑みを返した。
「セルファが退院したら、仕事が終わるまでまたうちで預かるさ」
 光も小さく苦笑する。
 修の娘たちは光の息子とは違って、道場で体を鍛える意思はないと言って良い。近場の幼稚園が閉園時間となれば、帰宅するのが常だった。
 力に関する知識やある程度の技術は必要になるだろうが、まだ覚醒すらしていないうちから道場に通う必要性はない。
 なら、何故、修の娘たちがここにいるのか。セルファが出産のために入院しているから、というのが理由だ。だが、直接の原因は別のところにある。
 修の妻、有希は二度目の出産で命を落としてしまったのだ。二歳の長女と、次女、三女となった双子の姉妹を修に残して、有希は亡くなった。元々、有希も小柄な上に、肉体的にも強靭とは言えなかった。あの戦争を前線で戦い抜いた一人とは言え、その役割は傷の治療だ。戦闘能力は皆無に等しく、移動や防御は修の力が補助していた部分も強い。
 双子、というのも母体に負担が大きかったのだろう。
 彼女の親友でもあったセルファも、生まれてくる子供たちに影響が出ないよう力を使って有希を助けようともしたが、叶わなかった。
 そうして、有希が死んでから、娘三人の面倒は主にセルファが見ていた。修にとっても有希にとっても、親友の家に預ける形だ。
 光は毎日帰宅しているが、修はそうでもない。有希が死んでしまったことも少なからず影響しているのだろうが、修は以前より家にあまり帰らなくなっていた。確実に帰宅しているのは週末ぐらいだろう。それ以外は全く帰らないこともあれば、こまめに帰ることもあり、まちまちだ。
 家を空けがちな修の家にまだ幼い娘三人を置いておくわけにはいかない。だから、とセルファが親代りを買って出たのだ。家も隣同士で、親友の娘だから、と。
 だが、そんなセルファが身籠り、入院してしまったため、光が留守の時は家に大人が誰もいない状況ができてしまったのである。幼い子供たちだけを家に置いておくのも不安だからと、刃たちに頼んだのだ。
 そのためか、修はここのところ毎日帰宅している。修なりに気を遣っているいるのだろう。
「何かあったか?」
「いや、ここでは特にないな」
 光の問いに、刃はそう答えた。
 ここの道場にいる間は特に問題ないようだ。回りくどい言い方をしているのは、刃の目が届く範囲での返事だからにほかならない。幼稚園にいる間のことまでは判らないという意思表示だ。
「そうか……じゃあ、明日も頼む」
「ああ」
 光の言葉に刃が頷く。
「あ、産まれたら教えてね」
「解った、必ず連絡するよ」
 楓に答えて、光は道場の裏手から敷地の外へと歩き出す。
 正門には近寄らず、子供たちが出てくるのを待った。そう間を置かず、一人の男の子と、三人の女の子がこちらへ向かって来るのが見えた。
「おかえり、お父さん」
「……ただいま、優輝」
 目の前に立つ息子の頭を撫でて、光は微笑んだ。
「パパー、おかえりー」
「おー、いい子にしてたか二人ともー?」
 修は屈んだ姿勢で飛び付いてくる双子を両手で抱き止め、にこやかに返事をしていた。瓜二つな二人は、左右対称に修に抱かれている。可愛らしい表情から動作まで、すべてが左右対称だ。髪形の微妙な違いでしか違いが判らない。同じ髪形にしていたら判別するのは難しいだろう。
「おかえり」
「ああ、ただいま」
 一歩ほどの距離を置いて、修の長女が立っている。少し羨ましそうな、それでいて嬉しそうな、子供ながらに複雑な表情で父親である修と双子の妹を見つめている。
「よし、帰ろうか」
「うん」
 光の言葉に、子供たちが頷く。優輝は静かに、双子は元気に、その姉は静かに。
 修は左右に双子を連れるように手を繋ぎ、その直ぐ前に姉が立つ。修の長女の隣に光が立ち、反対側に優輝がいる。
「何か変わったことはあった?」
 光は問う。
「……春歌ちゃんが男の子三人と喧嘩して、打ち負かしてた」
「本当か?」
 優輝の返事に食い付いたのは修だった。
「だって、あいつら夏海と秋奈の持ってたおもちゃ取っていじわるしてたんだもん」
 長女、春歌は母が二人の妹のためにしたことだと主張した。唇を尖らせて、自分は悪くないとでも言いたげだ。
 母親を早くに亡くしてしまったせいか、春歌は二人の妹の面倒を自分が見なくてはならないと思っているようだった。実際、双子は春歌に良く懐いている。
「むぅ……」
 修が小さく唸った。
 父親としては、春歌にはもっとおしとやかな性格に育って欲しかったのだろう。光にもよく漏らしているが、春歌がどんどん強気なしっかり者に育って行くのは少し不安なようだ。
 かと言って親の理想を押し付けることは、幼い頃の自分と同じにしてしまうのでは、という理由で避けたいのだろう。
 春歌を見ていると、両親に似ている気がしてくる。修は自分や周りの大切なものにとって大事なことにはしっかりしていたし、妻の有希にも押しの強さや積極的な部分は確かにあった。有希の持っていたおおらかさなどは双子の方に色濃く受け継がれている気がするが。
「ねぇ、お父さん……」
 小さな声で、優輝が呟いた。
「ん?」
「……僕って、特別なの?」
 光は僅かに目を細めた。
 ここ最近、優輝は周りの視線が気になっている様子が見て取れた。大人たちはその傾向が顕著だったが、その影響が子供たちにも出ているのだろう。子供たちの優輝に対する視線が少しずつ変わってきているに違いない。
 女の子の一人が優輝のことを王子様と呼んだこともあったようだ。
「周りの人たちから見れば、特別に見えるのかもしれないな」
 光は呟いた。
 実際、光はこの国の創設者であり、立役者でもあり、世界的には英雄だ。この国に住む者が特別視しない理由はない。
「優輝は、どう思う? 自分が特別だと思うか?」
「ううん……」
 光の言葉に、優輝は首を横に振った。
「お父さんもそう思ってるんだけどな、周りが聞いてくれないんだ」
 光は苦笑して優輝に答えた。
 自分が特別だと思ったことはない。ただ、光が起こした行動の結果を見た者たちが、光を特別視しているだけだ。そう見られることは仕方がないことなのかもしれない。実際、光と同じ行動を起こして、同じ結果を導き出すことができる者もそうはいないだろう。
「でも、特別だからって優輝が優輝であることに変わりはないだろ?」
 息子の頭に手を乗せて、光は囁いた。
「まだ難しいかな」
「うん……」
 ふっと笑う光を、優輝が見上げている。
「まぁ、そんなに気にすることなんか……」
 そう言いかけた時、携帯電話が鳴った。
 着信先を見た光は通話ボタンを押すと同時に修へと振り返っていた。
「すぐに行く!」
 それだけを告げて、電話を切る。
 修は頷いて、その瞳を漆黒に染めた。笑みを浮かべ、右手を横へあげる。
「優輝、母さんのとこに行くぞ!」
「え……?」
 返事も聞かず、光は息子を抱き上げると修が右手を掲げた先へと駆け出した。

 病室で産まれたばかりの赤子を抱くセルファの隣に、光は息子と共に座っていた。
「お前の妹だ」
 赤子に目を奪われている息子の頭に手を置いて、光は言ってやった。
 産まれてくるのが女の子だと判った時点で、次に名前を考えるのはセルファということになった。光としては、男の子でもセルファに名付けてもらっても良かったのだが、それはセルファが納得しなかった。
「これで、優輝はお兄ちゃんになったのよ」
 セルファは微笑んで、優輝を見つめる。
 少し遅れて、修が刃たちを連れて病室にやってきた。
「赤ちゃん見せて見せて!」
 春歌が目を輝かせながら駆け寄ってくる。その直ぐ後ろに、刃と楓の娘と、翔と瑞希の息子が続いた。やや遅れて、夏海と秋奈が近寄ってくる。
「かわいいねー」
「ねー」
 夏海と秋奈が顔を見合わせて笑顔を浮かべる。
「ねぇ、名前は?」
 刃の娘がセルファを見上げて言った。
「シーナよ、シーナ・セルグニス」
 セルファは腕の中で眠る娘を見つめて告げた。
「お兄ちゃん、抱いてみる?」
 母の優しい声に、息子は小さく頷いて手を伸ばす。光は後ろから優輝が伸ばした小さな腕を支えるようにして、兄となった息子に生まれたばかりの妹を抱かせてやった。優輝がしっかり抱いたのを見て、支えていた手を放す。
 シーナを抱く優輝を見つめて、光は改めて時代は変わりつつあるのだと思った。優輝たちが大きくなった時、笑って暮らせる世界を創れるだろうか。光たちも笑っていられるだろうか。新しい時代を迎えようとしているこの世界を、変えて行けるだろうか。不安はある。答えがすぐ出るわけでもない。
 目の前にある希望を見つめながら、光は思いを新たにした。


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