第二章 「世界の亀裂」


 ファントムと名乗った人物がユウキを見下ろす。
 ユウキの頭の中で、目まぐるしく思考が動いていた。
 浮いているのは、アウェイカーならば不自然ではない。ただ、保護領域の輝きが見えない。ファントム本人が力を使っているのかどうか、判断できない。仲間がいるかもしれない。
 ファントムの意図や目的は現時点では分からない。ファントムは名乗っただけだ。
「……お前は、何だ?」
 ユウキが問う。
 ユウキの名を呼ぶファントムの声音には確信に満ちたものがあった。ここでアイオ・ライトだと偽っても、恐らくは通じないだろう。
「亡霊さ……」
 声に聞き覚えはなかった。
 いや、仮にあったとしてもユウキの良く知る人物ではない。少なくとも、ユウキが声だけで判別できる間柄の人物ではないだろう。
「亡霊……?」
 ユウキは眉根を寄せる。
「情けないな、これが英雄の息子か」
 ファントムが溜め息交じりに呟いた。
 ユウキは僅かに視線を細める。挑発だろうか。
「父親も母親も助けられず、逃げ出すのが精一杯とは……」
「……何が言いたい?」
「お前なら、救うこともできたんじゃないのか?」
 ファントムの言葉に、ユウキは返す言葉が無かった。
 無言でファントムを見上げたまま、ユウキは僅かに手を握り締める。
 可能性だけを言えば、ファントムの言う通りだった。もしかしたら、ユウキには両親を救う手はあったのかもしれない。それに気付けなかった。いや、気付くことができなかっただけかもしれない。
 ユウキの持つアウェイカーとしての力は、父であるヒカルのそれと同じだ。あの戦いの中で、ヒカルのように立ち回ることも不可能ではなかったはずだ。もし、ユウキがヒカルと同等以上に戦えていれば、あるいはあの戦いの結末は違ったものになっていたかもしれない。
「何が、目的だ?」
 ユウキは問う。
 今は悔やむ時じゃない。顔を隠して現れたファントムに心を許してはならない。本能がそう告げていた。
「無様だな」
 落胆したような声に、ユウキは言葉を返さなかった。
 油断なくファントムを見上げ、僅かに身構える。
 風が吹き、ファントムの纏うローブがばさばさと音を立ててはためく。そのローブの下を窺い知ることはできなかった。
 ただ、緊張感が増していく。
「そこまでだ」
 そこへ、突如くぐもった声が割って入った。
 ユウキの目の前に、影が着地する。後方からユウキを跳び越えて割り込んだように見えた。
 腰まで届きそうな長い黒髪を首の後ろで括っている。黒のジャケットに濃紺のジーンズと、両手も黒のライダーグローブに包まれている。
 その身は、深海のように濃く暗い紺色の光に包まれていた。保護領域、アウェイカーだ。
 僅かにユウキを振り返ったその人物の顔は、ワンレンズのミラーシェードサングラスと口元を覆う紺のスカーフで隠れていた。目を見開くユウキを一瞥して、顔をファントムへ向ける。
「……シャドウ、か」
 ファントムの声は苛立ちを含んでいた。
 彼にとって、このシャドウという人物は好ましい相手ではないらしい。
 シャドウと呼ばれた乱入者は、無言で路面を蹴った。ファントムへと飛び掛かり、濃紺に包まれた拳を振るう。右下方から左上方へ、腰を捻りながら繰り出された拳を、ファントムは後方へと逃れてかわす。裾を拳が掠め、僅かに布切れが飛び散る。
 腰を捻った回転でそのまま回し蹴りへと繋ぐシャドウに対し、ファントムは空中を滑るように移動してかわすだけだった。
 自由落下を始める瞬間、シャドウが左手を水平に薙いだ。シャドウの周囲に十を超える数の光の球が生じ、ファントムへと放たれる。
「……しつこいな、キサマも」
 鬱陶しそうな声で呟き、ファントムは光の球をかわしていく。
「好きにはさせん」
 威圧するような低い声で、シャドウが光の球の向きを変える。
 いくつもの光球が空を舞うファントムを上下左右から追いかける。それぞれが別々にファントムを追尾し、いくつかの光球は進行方向や回避方向を潰すように動き回る。
 二人の戦いを、ユウキはただ見ていることしかできなかった。戦うという選択肢も、確かに考えてはいた。だが、ユニオンの難民として、アイオ・ライトとして生活している今、力を使うことに対する抵抗は少なからずあった。
 誰かに見られてしまうかもしれない。もしアウェイカーであることがばれてしまったら、難民として逃がしてもらった意味がない。先手を打つことは、まず考えていなかった。戦うという決断を迷っていた。
 ただ、手の内を見せていないファントムもそうだが、シャドウの実力は相当なものだ。身のこなしも戦い慣れている。
 力を発動させていないユウキには、シャドウの力が何なのか正確に把握することはできない。ただ、それでも十を超える数の光球を、それも全て個別に操作させる集中力は並大抵ではない。
 ユニオンで第零級アウェイカーに認定されていたユウキはシャドウと同じ芸当も可能だ。だが、一般的な第二級レベルのアウェイカーには難しいだろう。いく つもの力を、同じ方向に操作するなら比較的容易いが、全てに意思を働かせて臨機応変に操るのは相当な鍛練が必要だ。数が多ければ多いほど、当然難しくな る。
 光球の制御に加え、シャドウは自身の手足による直接攻撃も試みている。ただ者ではない。そして、それを相殺や反撃もせずただひたすらにかわし続けるファントムも。
 空中を舞う幾筋もの濃紺の光を、ユウキはただ見ていることしかできなかった。
「今回は顔を身に来るだけのつもりだったのだが、邪魔が入るとはな……」
 溜め息と共に、ファントムが呟く。
「まぁいい……退かせてもらおう」
 そう言うと、ファントムは一度だけユウキに顔を向け、大きく後方へと飛んだ。滑るように遠ざかって行くファントムを見て、シャドウは濃紺の光球を消す。
「あんたら、何者なんだ……?」
 ファントムの去った方向を見つめているシャドウの背中へ、ユウキは問いを放つ。
「あいつは、何なんだ? 何か知ってるんだろ?」
 シャドウがユウキの味方とは限らない。
 だとしても、問わずにはいられなかった。仮に、シャドウがこの場を去り、ファントムが残ったとしてもユウキは同じ問いを投げていただろう。
 シャドウがユウキを肩越しに振り返る。
「……いずれ、また会うこともあるだろう」
 ユウキの問いには答えず、シャドウはそれだけ告げるとファントムの消えた方角へと大きく跳んだ。
 地面を蹴り、弾丸のような速度で空へと消えて行く。ファントムを追うのだろうか。
 ただ、ユウキはその消えて行く後姿を追うことはできなかった。
 ユウキも力を使えば、追いかけることもできただろう。それでも、この場で力を使わないという選択をした時点で、後を追うという選択肢もなくなっていた。
 誰もいなくなり、また、風が吹いた。
 ユウキは地面に視線を落とし、二人が遠ざかっていった空を見上げた。
 そして目を閉じ、大きく息を吐き出すと背後へと振り返る。
「……出てこいよ」
 静かに、そう告げた。
「いるんだろ?」
 ユウキは周りを見回して、言葉を続ける。
「出てきたくないなら、それでもいいけどな」
 小さく苦笑して、ユウキは来た道を引き返し始めた。
「……流石は、英雄の息子、か」
 観念したかのような溜め息をついて、建物の影から一人の青年が姿を現した。
 わずかに茶色のメッシュが入ったアッシュブロンドの髪が特徴的な青年だった。大人びた端整な顔立ちに、程よく引き締まった体付きをしている。灰色の半袖シャツの上にダークグレーのベストを着込み、下はカーキ色のスラックスと、ラフな格好をしている。
「やっぱり、あんたも知ってるんだな」
 ユウキは呆れたように呟いた。
 これだけカソウ・ユウキという人間の生存を知られていては、本当にアイオ・ライトとして生きていけるのか不安になってしまう。
「俺は別さ」
 青年は苦笑を浮かべる。
「ユニオンには、少し関わりがあるから、な」
 薄く笑みを浮かべる青年の表情は、穏やかなものだった。
 敵意はない、そう告げているのが分かる。
「こっちに来てから、何回も視線を感じてた」
 ユウキの言葉に、青年は方を竦めた。
「何だ、バレてたのか」
「俺を誰だと思ってるんだ」
 今度はユウキが苦笑を浮かべた。
 英雄の息子、という呼ばれ方はあまり好きではないが、それでもユウキはカソウ・ヒカルの息子だ。アウェイカーとして力の訓練もしてきたし、第零級アウェイカーとして空襲でも応戦している。力を使わなくとも、それなりに戦えるように鍛えられていた。
「それに、俺は視線には敏感なんだ」
 自嘲気味に付け加える。
 幼い頃から、英雄の息子として注目されてきたせいか、ユウキは人一倍視線に敏感だった。英雄の息子という他者の認識を、受け止めきれずに息苦しい思いをしてきた。気にしない性格には、育たなかったというべきか。
 人の気配を探る術はユニオンでの訓練の中でも身に着いている。
「多分、俺の他に二人は気付いていると思う」
 恐らく、リョウとヒサメは気付いているだろう。
「さっきの二人はともかく、少なくとも俺は君の敵じゃあない」
 青年はゆっくりと歩み寄ってきた。
「一月以上、監視しておいて?」
 ユウキの言葉に、青年がふっと笑う。
「頼まれたんだよ、ちょっと様子を見てこいってさ」
 青年がユウキを見る。その目には、確かに敵意はなかった。
「俺は、ライズ」
 ユウキの前で、青年が名を告げる。
「ライズ・グラヴェイトだ」
 穏やかな風が、二人の髪と服を揺らした。
 ユウキは、僅かに目を見開き、青年を見つめる。
「グラヴェイト……」
 その名には、聞き覚えがあった。
「あんた、まさか……」
 かつて、父ヒカルはユウキに話したことがあった。
「ダスク・グラヴェイトの……?」
 ユウキの言葉に、今度はライズが驚いた顔をした。
「それは、俺の父親の名前だ」
「……何かあったら、ダスク・グラヴェイトを頼れ」
 ユウキは俯いて、呟いた。
「昔、父さんが、言ったんだ」
 ユニオンにいた頃、ユウキは父からそう伝えられていた。
 二十年前の第三次世界大戦の時、敵でありながらヒカルのことを気遣い、最後には和解してくれた人物だと父から聞いている。和解した後、彼はユニオンにも 参加せず、ヒカルの前に直接姿を現すことも、電話や手紙などで連絡を寄こすこともなかった。行方は分からないが、ヒカルはダスクがどこかで生き続けている ことを確信しているようだった。
 ヒカルの身や、ユニオンに何かあった時、ダスクならユウキたちの力になってくれるだろう、と。
「そうか……なるほどな」
 ライズは僅かに目を細めた。
「俺の父は、よくユニオンを、いや、カソウ・ヒカルを、だな。気にかけていた」
 ユウキをから夜空へ視線を移し、ライズはそう口にした。
「だから、ユニオンへの攻撃が決まったあの日、父さんは慌てていた」
 ライズが視線を空からユウキへ戻す。
「お前たちを、ここに受け入れるために」
 その言葉に、ユウキは目を見開いた。
「グラヴェイトの名は、有名だ」
 ライズが呟く。
 当然だ。二十年前の大戦時、実力のあったアウェイカーは名が知られている。レジスタンス側では、カソウ・ヒカルを始めとする英雄たちが。敵勢力では、各部隊の隊長と副隊長の名が。
 ダスク・グラヴェイトは敵対勢力の中でも屈指の実力者として知られていた。長である者を覗けば、実質ナンバー・ツーだったとさえ言われている。
「戸籍上の俺の名は、ライズ・トワイライト……」
 トワイライトと、その言葉でユウキは気付いた。
「父の表向きの名は、ディー・トワイライト。トワイライト財団の長だ」
 ユウキたちをここへと誘導したのは、ダスクなのだ。トワイライト財団が出資しているあの学校も、アウェイカーに寛容なのはそのためだ。ユニオンやアウェイカーに対する寛容さは、ダスクの意向なのだろう。
 そして、ユウキたちを匿うために、ここへ受け入れた。
「監視していたのは、問題がないか確認していただけさ」
 ライズが苦笑する。
「お前たちが問題を起こすんじゃないかと、心配してのものだと最初は俺も思ったよ」
 当然の反応だ。
 元々、ユニオンの人間たちは外の者たちからはあまり良く見られてはいない。風当たりは強いだろうと、ユウキも覚悟していた。
 環境や意識の違いから、問題を起こす者もいるだろう。実際に、他の場所に受け入れられたユニオン難民の中には問題を起こしてニュースになった者たちもいた。
 それを危惧したとしても不自然ではない。
「だけど、父さんの考えは違った。違うんだって、気付いたんだ」
 ライズがユウキの後方へと目を向ける。
 ユウキも彼の視線を追って半身に背後を振り返る。
「お前たちが、何かに巻き込まれないかを心配してのものだったんだ」
 ユウキは目を細める。
 ファントムとシャドウが消えた空へ。
「あの二人について、何か、知ってるのか?」
 ユウキはライズに向き直り、尋ねた。
 ダスクが危惧していたのは、英雄の子供たちが新たな事件に巻き込まれてしまうのではないかということだったのだ。
 いくら偽名を使っても、ユウキたちは顔を整形しているわけではない。そんな時間も、余裕もなかった。
 ここへ受け入れられ、学校へと転入して直ぐの頃はカソウ・ユウキにそっくりだと良く言われた。もっとも、本人なのだから仕方ない。別人だと断ってはいる が、もしかしたら気付いている者もいるかもしれない。ただ、カソウ・ユウキであると知られていたユニオンと違い、アイオ・ライトとして振る舞っていること もあってか、今は似ている止まりだ。
 ユウキをカソウ・ユウキと知る者がユニオンの外にいないとも限らない。
「いや、俺は知らない」
 ライズは首を横に振った。
「ただ、父さんなら、何か知っているかもしれない」
 もしかしたら、ダスクならファントムとシャドウについて知っているかもしれない。あるいは、こうなることを予測してライズに見張らせていた可能性もある。
「……俺の連絡先だ」
 ライズはそう言って紙の切れ端をユウキに差し出した。
「俺は一度、報告に戻る。明日以降、来る決心がついたら、俺に連絡をくれ」
 ユウキが紙を受け取ったのを確認して、ライズはユウキに背を向けて歩き出した。
 紙切れには、ライズのものと思われる携帯端末の電話番号とメールアドレスが記されていた。
 ライズ自身、事態を把握していないのだろう。ファントムとシャドウについて、ライズも知りたいに違いない。
 また、それはそれとして、ユウキに接触したことを報告にも戻るのだろう。直ぐにユウキをダスクの下へ誘わないのは、ライズなりの気遣いだろう。
 ユウキ自身、冷静を装ってはいるが、混乱しているのは事実だ。
 それに、今、この場にいるのはユウキだけだ。
 妹のシーナも、同じ英雄の子供であるリョウやヒサメもいない。ユウキだけが今、ダスクの下へ向かうべきなのか、分からない。
 ユウキも落ち着いて考えるべきだ。リョウやヒサメ、レェンとも相談した方がいい。
 ライズが去り、また一人となったユウキはファントムとシャドウの消えた方へ振り返った。
「無様、か……」
 ユウキはファントムの言葉を思い返していた。
「覇気が足りない」
 リョウの父親でもあり、ユウキの剣術の師匠でもあるハクライ・ジンの言葉が、脳裏を過ぎる。
 戦うための覚悟、だろうか。
 人の命を奪う覚悟、だろうか。
 ユニオンが消えたあの日、ユウキは何か分かったような気がした。
 今まで、感情を爆発させて戦ったことなどなかった。いつも相手は機械ばかりだった。あの日、初めて人間を相手に戦った。ユウキたちを拒絶する者たちを、ユウキも否定しようとした。
 ただ、強く、まだ生きていたいと思った。
 身近な者に死んで欲しくないと、死なせたくないと、思った。
 もっと早く、そう思っていれば、思えていれば、もしかしたらユウキはもっと多くの命を救えたのかもしれない。
「俺は……」
 表情を曇らせ、視線を地面へ落とす。
 あの時命を落とした、マーガレットの母を、ユウキは救えたかもしれない。いや、きっと救うだけの力は持っていた。
 ただ、その力を、ユウキは引き出せなかった。引き出すだけの、強い意思がなかった。
 マーガレットの母だけじゃない。死んでいった者たちの多くを、救うことができたはずだ。
 ファントムの言う通り、逃げ出すのが精一杯だった。そうして、両親や、故郷を失った。
 唇を噛み締めて、ユウキは来た道を振り返る。
 風が吹く。
 髪が揺れ、服の裾が揺れ、ユウキは歩き出す。学生寮へと。
「あ、お帰り」
「……ただいま」
 シーナの言葉に、ユウキは小さく答えて、ベッドに倒れ込んだ。
「何か、あったの?」
「……明日、話すよ。ちょっと、俺も頭の中が整理できてないんだ……」
 ベッドに突っ伏したまま、ユウキは言った。
 英雄の息子であることを、そう言われることを、疎ましく思っていた。だが、ファントムに情けないと言われた時、悔しかった。悔しいと感じていたのに、言い返すことができなかった。
「俺は、どうしたいんだ……!」
 枕に顔を埋めて、ユウキは呻いた。
 英雄の息子でありたいと思ったことはない。父親が英雄でなくても良かった。ただ、平凡に、平穏に、過ごしていられれば良かった。
 戦いたくなんてない。たとえ自分や、身近な者を守るためであっても、誰かの命を奪いたくはなかった。何かを犠牲にしなければ得られないものなんて、無くてもいい。何かを犠牲にしてまで欲しいものなど、無かった。
 なのに。
 あの日、ユウキは生きたいと思えた。
 それでも、その行動が正しかったのか、分からなくなる。あの時、違う道はなかったのだろうか。もっと、上手く立ち回れなかったのだろうか。
 己の意思に関わらず、ユウキはカソウ・ヒカルの血を、力を受け継いだ。その力を、もっと上手く使えなかったのか。
 自分に何ができたのか、あの時どうすれば良かったのか、これからどうすれば良いのか、どうしたいのか。今のユウキには、分からなかった。
 そのまま、ユウキは眠りについてしまっていた。
 翌日、目が覚めたユウキは、皆を自分の部屋に呼んだ。
 リョウとヒサメを始め、ハルカにナツミ、アキナ、レェン、マーガレット、の七人だ。ユウキとシーナを合わせれば、ここには九人のユニオン出身者がいることになる。
「……昨日、俺は――」
 ユウキは昨日起きたことを、すべて伝えた。
 散歩の途中でファントムに遭遇したこと。ファントムはアイオ・ライトがカソウ・ユウキであることを知っている、少なくとも、確信している。そして、ファントムを追うシャドウの出現と、敵対しているらしいこと。
 二人が去った後、ユウキたちを監視していたトワイライト財団のライズと接触したことを。
 ユウキの思いは伏せ、事実だけを伝えた。
「そうか、監視の気配はそのライズという男か」
 リョウは納得したように呟いた。
「ま、分からないでもないな……どの道、俺たちは厄介者だ」
 ヒサメが苦笑する。
 ユニオンそのものが世界から敵と認識された時点で、そこに住まう者たちは他から見れば厄介な存在でしかない。敵の中にいたもの、敵だったもの、敵になるかもしれないもの、認識は様々だろう。ただ、総じて、危険な火種であることに変わりはない。
「……とりあえず、気になるのはファントムとシャドウって奴だな」
 レェンの言葉に、一同は頷いた。
「何かが起きようとしているのか、それとも、もうすでに起きているのか……」
 ハルカが唇に手をあてて呟く。
 ファントム自身がアウェイカーかどうかは分からない。少なくとも、ユウキにはファントムが力を使っていたのかどうかは分からなかった。協力者がいる可能性もある。ファントムがユウキたちにとって敵なのかどうかは不明だが、安心することもできない。
 シャドウもそうだ。ファントムと敵対しているからといって、ユウキたちにとって味方とも限らない。
 ただ、少なくともシャドウはアウェイカーだ。
 二人の存在がアウェイカーたちにとって影響を及ぼす可能性はある。
 言動からファントムがユウキに会いに来たのは間違いない。だとすれば、ファントムがユウキに対して何らかの行動を取る可能性は高い。それがどんなものか全く予想はできないが、警戒しておくに越したことはない。
「何にせよ、情報があって損はない」
 ヒサメの言葉に、ユウキは頷いた。
「ああ、だから、俺はダスク・グラヴェイトに会おうと思う」
 何かに巻き込まれてしまう可能性はある。いや、もう巻き込まれているのかもしれないし、どの道巻き込まれてしまうのかもしれない。
 ダスクに会うことで何かが分かるとは限らない。ただ、それでも会わないよりは得られるものもあるだろう。
 何より、ユウキは父であるヒカルが信頼していたダスクに会ってみたいという思いもあった。
「ただ、全員で会いに行く必要もない。行きたくないなら、残ってもらって構わない」
 ダスクに会いに行くことで、何らかの事件や問題に巻き込まれる可能性があるなら、無理強いはできない。会いたい者だけ行けばいい。
「私とヒサメは行くわ。そのライズにも会ってみたいしね」
 リョウがヒサメと視線を交わして告げた。
 どうやら、監視役のライズにも興味を示しているようだ。
「私も行く。何も知らないのは、不安だから……」
 マーガレットが小さく呟いた。
「そんな話聞かされて、行かないわけがないだろ」
 レェンが笑う。
 ここに残ると言い出す者は一人もおらず、全員で行くことになった。
 ユウキは携帯端末でライズにメールを送った。皆で行く旨と、落ち合う場所を問うメールだ。それからほとんど間を置かずに落ち合う場所を指示する返信があった。
 街を皆で歩くのは、ユウキには久しぶりだった。学校の校舎と学生寮はほとんど地続きに作られており、普段の生活では行こうと思わなければ外を歩くことはほとんどない。
「水着、いつ買いに行こうか?」
 ハルカの言葉に、リョウやナツミたちが各々答えを言い合い、女子同士で会話が弾む。
「何か、蚊帳の外って感じだな」
「ならニューハーフにでもなるか?」
 苦笑するヒサメに、レェンが答える。
 皆の、ユニオンにいた頃と変わらない様子に、ユウキは僅かに目を細める。皆の強さが、少し羨ましくなった。
 目的地まであと少しというところで、異変は起きた。
「こんの野郎ぉ!」
 道端で会話をしていた男数人の中で、一人が突然殴り飛ばされた。
 尻餅をついた男を、周りの者たちが追い打ちをかけるように小突き始める。
「何だ?」
 リョウが不穏な空気に顔をしかめる。
「喧嘩か?」
 ヒサメも眉根を寄せて男たちを見る。
「ユニオンは邪魔だったんだよ!」
「アウェイカーを庇うような国、なくなるべきだったんだ!」
 男たちの言葉に、ユウキは凍りついた。
 リョウやヒサメ、レェンたちも一瞬時間が止まったように目を見開く。
「あの戦いで死んだ俺の友人はアウェイカーだったんだ……それを馬鹿にするな!」
 蹴られながらも、男が訴える。
 ユウキの脳裏に、あの時守り切れなかった光景がフラッシュバックする。クラスメイトの何人かは、あの時の戦いで命を落とした。
「アウェイカーなんてまともじゃねぇ、いつ妙な力で殺されるかわからねぇんだ。信用できるわけねぇだろ」
 周りの者たちは、見て見ぬふりをしていた。
 恐らく、殴り飛ばされた男が、ユニオン出身者だと気付いたのだろう。面倒事に首を突っ込みたくないからなのか、それとも単にどうでもいいのか。あるいは、何とも思っていないのか。
 男たちの感情は加熱し、次第に語気も荒くなっていく。加減されていた攻撃が、徐々に力を増していく。
「あ……」
 止めに行こうとして、声が出なかった。
 体も動かない。
 仲裁に入ったところで、流れが止められなかったら。止めに入ったユウキも、男たちの攻撃の的になってしまったら。周りの者たちまで加勢するような事態になってしまったら。もし、間違って力を使ってしまったら。
「おい、お前ら……!」
 ユウキの隣を、声が通り過ぎる。
 リョウとヒサメが前へと歩み出る。
 その二人の背中を、ユウキはただ見ていることしかできなかった。
 だが、迫害することに意識が向かっている者たちにはリョウの声も届いていない。
 二人が割って入ろうとした瞬間、振り下ろされる拳を、誰かが掴んだ。
 リョウとヒサメが足を止め、ユウキも目を見開く。
「見苦しい」
 冷たい目で言い放ち、ライズは掴んだ腕を振り払うようにどけた。
「な、なんだお前!」
「お前ら頭沸いてんじゃないのか?」
 冷やかな口調に、男たちの矛先がライズに向いた。
「もし、この男がアウェイカーだったら、その気になればお前らなんて直ぐに殺せるんだ。なぜそうしないか分かるか? 分からないだろう?」
 掴みかかる男の腕を軽々とかわし、足を払って転ばせる。
「ユニオンという国は、お前らや、世界中のどの国とも違って、協調を重んじていたんだ」
 殴りかかる男の腕を掴んで投げ倒す。
「拒絶よりも、否定よりも、相手を思うことが平和を作ると信じていたからだ」
「てめぇも、ユニオンか!」
 男の拳を掴み、捻り上げる。
「いいや、俺はユニオン出身じゃない。だがな、無抵抗の者を集団という力でいたぶるような奴は見ていて反吐が出る」
 冷やかに吐き捨て、捻り上げた男の腕を放すと同時に足を払い、転倒させる。
「お前らの嫌うアウェイカーとどこが違う? それなら友好的なユニオンの方がずっと好感が持てる」
 男たちにそう告げると、ライズはユニオン出身の男へ向き直る。
「お前も負い目を感じているような振る舞いをするから付け込まれるんだ。友のことを思うならもっと誇りを持て」
 ぴしゃりと言い放ち、ライズはふんと鼻を鳴らして、唖然とする周りを余所に歩き出す。
 リョウとヒサメ、それにユウキたちに気付いて、ライズは不機嫌そうな表情を崩した。
「あ、悪い、少し遠かったかな?」
 ライズが苦笑を浮かべて歩み寄ってくる。
「へぇ……」
「手慣れたもんだな」
 感心するリョウとヒサメに、ライズは首を横に振った。
「最近多いんだよ、こういうの」
 ばつが悪そうに去って行く者たちを尻目に、ライズは溜め息をつく。
 一般住民たちのアウェイカーやユニオンと関係がある者たちに対する偏見や差別などは以前からもある。ただ、口論で終わってしまう、あるいは口に出さずに個人が胸の内に抱いているに留まっていた。衝突が起きるような表面化する事態には、発展しない場合がほとんどだった。
 だが、ユニオンが崩壊してから、各地で似たようなことが多発しているらしい。ユニオン出身者たちが難民として世界中に散って行ったのも原因の一つだろう。
 ユニオンの崩壊は、世界に亀裂を生んだのかもしれない。あるいは、ユニオンという存在そのものが亀裂だったのだろうか。
「とりあず、案内するよ。話はそれからだろ?」
 ライズの言葉に頷いて、ユウキたちは彼を追って歩き出した。
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