第五章 「この先を歩むために」 数日をかけて、ユウキは父の綴った記録を読み終えた。 素人の書いた物語だ。お世辞にも巧い文章だとは言えない。それでも、書き手の当時のカソウ・ヒカルのことを知るには十分だった。 教科書などには載っていない、カソウ・ヒカルやその周囲の者たちの思いが綴られていた。何故戦っていたのか、そういった理由ではない。どんな思いで戦っていたのか、戦い続けてきたのか、その思いが戦いの中でどう変わっていったのか。 友人と共に笑い合いたい、好きな人と一緒にいたい。身近な者たちと穏やかに過ごせる未来のためだけに、ヒカルは戦っていた。 そうしなければ殺されていたからでも、世界を守ろうとしたからでもない。ただひたすらに、自分たちが生きたいがために戦っていただけだ。他の何を犠牲にしたとしても、例え誰かの命を奪おうとも。 自分の手が血塗れであることを自覚しながら、それでもヒカルはその手で創る未来を望んだ。その過程が、経緯が、蒼光という物語だとも言える。 ヒカルはわがままな人間だ。だが、そのわがままさはいわゆる自己中心的なものではない。自分だけが良ければいい、という意味ではない。 自分一人だけが良くても、それだけでは心地良い場所や未来は作れない。自分にとって大切な者たちが周りで笑っていられるような未来こそが、その者にとって一番心地が良いはずだ。少なくとも、ヒカルはそういう考えに基づいて戦いの中を駆け抜けた。 だから、ヒカルは、身近な誰かや自分の未来を失うことよりも、命を奪う罪を背負ってでも抗うことを選んだ。他者の命を奪うことで、憎まれることも、疎まれることも、覚悟の上で。 「父さんは……」 母が、仲間たちがいたから戦ってこれたんだ。 言葉の先は口にせず、ユウキは本を閉じた。二段ベッドの上にいるシーナはもう眠っている。ナイトスタンドの直ぐ脇に読み終えた最終巻を置き、灯りを消す。 仄かな月明かりがベッド脇にある窓のカーテンの隙間から差し込んでいる。 二段目のベッドの背面を天井のように見上げながら、ユウキは目を細める。 ヒカルは、レジスタンスでも、世界の味方でもなかった。自分のために、自分を大切に思ってくれる者たちとの未来のために、戦った。ヒカルはレジスタンスとして戦ったわけではない。レジスタンスがヒカルの側についたというのが正しいのだ。 愛する者のため、という書き方がされていなかったことがヒカルらしいところなのかもしれない。自分のエゴだと、あくまでも自分のためなのだ、と。 愛する者のために命を捨ててでも戦うのではない。愛する者ために、自分も生き残らなければならない。故にヒカルは、決して捨て身になることはなかった。 たとえ大切な者たちを守ることができたとしても、そこに自分の姿がなかったら。自分を大切に思ってくれる者たちが、納得するだろうか。納得するかもしれないし、しないかもしれない。ただ、どちらにしても自分の姿がある方がいいに決まっている。 自分だけが生き残っても、気分の良いわけがない。大切な者たちが共にある方がいい。 だから、ヒカルは「自分のため」と強調して記しているのだろう。 他者の存在を否定せず、共にあることを許容する。ヒカルが当初、戦うことを避けようとしたのもそれに起因する。自分を拒絶する他者の存在さえ認めてい た。その上で、戦うことを嫌がった。自分の命や、身近な誰かが狙われる時になって、ヒカルは相手を敵と認識し、降りかかる火の粉を払った。やがて、自ら戦 う意思を持つに至るまで、ずっとそうしてきた。 ユウキは目を閉じた。 それが、ヒカルの持っていた覇気というものなのだろうか。 相手を殺すのも、自分や、身近な誰かが殺されるのも嫌だ。そのどれかを選ばなければならない決断を迫られた時、ヒカルは躊躇うことなく、相手の命を切り捨てる道を選んだ。一度選んだ後は、後悔したとしても迷うことなく突き進む。 綴られた蒼光の中のヒカルは身も心も傷だらけになりながら、それでもなお走り続けることを止めなかった。その時その時で、自分の心に正直な道を選び続けた。たとえそれで自身を更に傷付ける結果になったとしても。 「俺……」 何となく、分かる気がする。ユウキは続く言葉を飲み込んだ。 リョウの父、ハクライ・ジンは覇気が足りないと言った。ずっと、ジンはユウキにそう言い続けてきた。自分に自信を持てと言っているのだと、最初は思っていた。 けれど、ユウキには誇れるものなんてなかった。抜きんでた特性を持つ強力なメタアーツと、幼い頃から通い習った武術の心得ぐらいしか誰かに勝るものは持 ち合わせていない。学校での成績は平均以上ではあったが、特別優秀というほどではなかったし、両親たちも英雄と呼ばれることを快く思っていなかった。国を 興した父のことは凄いと思うし、尊敬していないとは言わない。ただ、誇りに思うと胸を張って言えるほどの感情はなかった。 けれど、蒼光を呼んで分かった。 ヒカルが自分に自信を持っていたわけではない。そもそも、そんなことは考えてさえいなかった。自分に自信があるとかないとか、考えている余裕などなかったのだ。 ただ、ありのままのヒカルを、セルファは求めた。ヒカルは、そんなセルファに応えたいと、容赦なく叩き付けられる状況の中であがき続けただけだ。そし て、だからこそ、ヒカルも同じように彼女を求めた。自分たちが生きる未来のために戦う。その想いの中に自身への自信など必要なかった。 失くしたくない。共に生きたい。ただそれだけがヒカルの力の原動力だったのだ。 絶対に生き残る。生き延び、守り抜くことに全力を尽くす。それがヒカルの持っていた覇気の本質だったに違いない。 ユニオンが滅びゆく中、初めてバーストした時のことを思い返す。 死にたくないと、死なせたくないと思った。相手の命を奪うことは嫌だった。ただ、すべてを失うのはもっと嫌だった。ただ、生きたいと思えた。まだ生きていたいと、心の底から思えた。 あの時の思いは、ヒカルの抱いていたものと同じかもしれない。 覚悟も、自信も、そんなことは頭の中になかった。すべてを奪おうとする敵が、歩み寄ろうともこちらを見向きもしない存在が、目の前にいた。 どうしようもなかった。あの状況で生き延びるためには、相手を殺すしかなかった。敵をねじ伏せて先へ進む方法しか、思い浮かばなかった。 そうしなければ、きっと皆死んでいただろう。 ユウキが抱えているのはジレンマだ。どこかで思考をふっ切らない限り、いつまでも抜け出すことはできない。 閉じた目の端から、涙が一筋溢れ出た。 両親がいなくなって、父の記した本を読んで、ようやく実感が湧いた。もう、両親はこの世にいないのだ、と。激しい戦いや、変化した環境への適応で麻痺していた感情が、ようやくユウキに重くのしかかり始めた。 きっと、両親は生きたかったに違いない。どれだけ世界に疎まれようとも、敵と見なされようとも、ヒカルとセルファの力を駆使すれば生き延びることは不可能ではなかったはずだ。だが、ヒカルたちはそれをしなかった。 もしかしたら生き伸びているのではないかという期待がないわけではない。蒼光で描かれたカソウ・ヒカルの思いは生きることに対してひたすらに前向きだった。そんな両親があんな終わり方で納得するとは思えない。 ただ、ヒカルはありのままの自分を受け入れてくれる居場所で生きて行きたかったのだろう。それがユニオンだった。ユニオンが崩壊した今、ヒカルという存在は危険分子でしかない。アウェイカーの代表、大戦の英雄と呼ばれた男は、世界を歪めた敵として認識されてしまった。 ヒカルは英雄と呼ばれるのは快く思っていなかった。それでも、甘んじて受け入れていたのは自分自身を偽らずに堂々と生きて行くのに必要だったからだろう。 存在を知られ過ぎてしまった今、ヒカルたちはこの世界で生きて行くのは難しい。それこそ、死んだと思わせて世間との関わりを一切絶った環境で暮らす他には。 もしヒカルたちが生きていたとしても、彼らの力を借りることはできないだろう。ヒカルたちは探されることを望まないだろうし、ユウキたちに会う気があれば彼らの方から姿を現すはずだ。結局、ヒカルたちが生きていたとしても死んでいたとしても、どちらでも同じことだ。 これから先、どのような形であっても彼らに頼ることはできない。 「俺は……」 自分のしたいことが分からない。何をどう不安に思っているのか、自分でさえ分からない。 大戦の時のヒカルのように明確な敵がいるわけではない。ファントムもシャドウも、ユウキにとって敵なのか味方なのか分からない現状だ。そもそも、敵味方という区分けをしていいものかどうかさえ分からない。 あらゆるものが不安に思えて、どうすればいいのか分からなくなっていた。 だが、ここから先は自分たちだけですべてを選んで行かなければならない。これからどうするかは、ユウキが決めなければならないことだ。 手探りの思考を巡らせながら、ユウキは眠りについた。 それから、ユウキはライズに連絡を取り、再び財団本部を訪れることにした。ダスクが時間の取れる日程に合わせて、ユウキは仲間たちと共に財団へと赴いた。 財団の最上階の理事長室で、ダスクはユウキたちを待っていた。 「答えは、出たかな?」 優しい微笑を浮かべるダスクに、ユウキは何も答えなかった。 「……本、読んだよ」 数秒の間を置いて、ユウキが告げたのはそんな言葉だった。 手にしていたバッグから、七冊の本を出してダスクへと差し出す。ダスクの代わりに、執務机の隣に立っていたリゼが本を受け取った。 「感想を聞いても?」 「何で父さんが戦っていたのかは、多分、分かったと思う」 ダスクの言葉に、ユウキは呟いた。 本の中身はカソウ・ヒカルの目線で描かれたものだ。当時の環境や、状況はすべてヒカルが知り得た情報と推測で記されている。すべてが真実だと断言はできないが、少なくともヒカルが歩んだ現実であったのは間違いない。 「俺は、今、自分がどうしたいのか分からない」 ユウキは目線を床に落とす。 二十年前のヒカルのように、明らかに命を狙われているわけではない。ユウキの生存が知れ渡れば命を狙われるだろう。だが、アイオ・ライトとして暮らして いられるうちはまだ安全だと言える。ヒカルには、彼を敵と認識する組織があったし、ヒカル自身も自分の命を狙う組織の存在を知っていた。 だが、ユウキにはそれがない。 「生きていきたい、とは思うけど、それがファントムと戦うことだとは、今の俺には思えない」 死にたくはない。それは当然の思いとしてある。 ただ、そう思うことがファントムと、ひいては世界に感じている違和感と戦うことには結び付けられなかった。戦わなければ生き延びることができなかったヒカルとは状況が違うのだ。 「だけど、放っておくこともできないのは分かる」 戦う必然性が感じられないからと言って、無視するには余りにも不安感がつきまとうのも事実だ。 カソウ・ユウキという存在の生存を確信し、ファントムはそれを確かめに現れた。彼が何かしらの組織を持っているのか、あるいは組織の一員なのかは分からない。何も分からないことがかえって不安を増幅する。 ユウキの排除が目的であるのなら、これまでに何かしら攻撃があってもおかしくはない。ユウキと接触しておきながら、惑わす言動だけで去っていったのも不審だ。シャドウの乱入があったとはいえ、ユウキと敵対する意思を表さないのが引っかかる。 「俺は、このまま過ごしていきたい」 敵か味方かはっきりしない存在は気がかりではある。ただ、今の段階で敵と決めつけて動くことはユウキにはできなかった。 少なくとも、ユウキにとって害になる存在だとはっきりするまではこのままの生活を続けていきたい。それが正直な気持ちだ。 「ただ……」 頷きかけたダスクを、ユウキは遮るように言葉を続けた。 「調査の内容次第では、協力する」 ダスクを見つめて、ユウキは言った。 ファントムや、生じている違和感に関する調査の結果次第では、戦うことも視野に入れている。ファントムの目的がユウキたちとの敵対であったり、あるいはユウキたちが戦わなければならないような状況へ向かうのなら、抵抗するつもりだ。 「今の段階では、俺はあなたたちに協力できない」 「するつもりがない、の間違いじゃないのか?」 ユウキの言葉を、ライズが小さく笑みを浮かべて訂正する。 「俺たちのことを思ってくれるのは嬉しいけど、さ」 頷いて、苦笑する。 ダスクたちが敵だとは言わない。味方であろうとしてくれているのは分かる。けれど、それに頼り切ってしまっていいとも思えなかった。大戦時のヒカルの知り合いであるとしても、ユウキにしてみればまだ他人だ。 ユニオン出身者に対して寛容な場所を容易してくれただけでも十分過ぎる。 「それに、俺はあんまり戦いたくないから……」 戦うことにしか特化していない自分の力は、それ以外には何の役にも立たない。 元々、争いごと自体がユウキは苦手だ。どんなに些細なものであっても、一歩退いてしまいそうになる。 「ふふ、やはりあの二人の子供だな」 ダスクは笑っていた。 「戦うでもなく、戦わないでもない。俺たちの情報次第で、とは随分とわがままだな」 責めているような口調ではなかった。ダスクの表情はどこか嬉しそうだった。まるで、そういう答えが欲しかったのだとでも言うように。 「すみません……」 「いや、いいさ。我々が勝手に君たちの進む方向を狭めるわけにもいかない」 謝るユウキに、微笑を湛えたダスクはそう告げた。 「ただ、私が協力を求めた時には手を貸してもらえないだろうか?」 ダスクの表情が少しだけ真剣なものになる。 「俺とリョウは時間がある時なら調査も手伝うぜ」 ヒサメがリョウと目配せをして告げた。 「戦うかどうかは別として、その立ち位置は把握しておきたい」 リョウが言う。 ファントムという存在が一筋縄ではいかないことは、口に出さずとも分かる。トワイライト財団として、ある程度の規模の組織を持っているダスクがこれまで にファントムの情報をほぼ得られていないのが何よりの証拠だ。この財団はほぼアウェイカーで構成されているようだが、それでもファントムに関して知ってい ることがほとんどない。 調査のために構成員を派遣しているはずだ。恐らく、何人かは命を落としているに違いない。 「そうね、調査だけなら私も手伝うわ」 静かな口調でハルカが告げる。 彼女の力は戦闘に向いていない。だが、諜報活動には有用だ。 「危険性があるなら、はっきりさせておきたいわ」 二人の妹に目を向けて、ハルカが言う。 妹たちが危険にさらされることになるのかどうか、彼女が知りたいのはそこだろう。 「怪我人がいたら言ってね」 「私たちなら治してあげられると思うから」 ナツミとアキナが息ぴったりに言葉を紡ぐ。 「ありがたい申し出だ」 ダスクが小さく頷く。 かつての大戦でダスクの部下だった者たちが財団の構成員になっているようだが、彼らもアウェイカーとして訓練を積んできているはずだ。特殊部隊の隊長を 務めていたダスクの部下ならば、相応の実力者だろう。それでも情報を得られていないとなると、ファントムか、あるいはその周辺の者たちはかなりの力を持っ ていると見ていい。 「俺たちの力が通じるかどうかは、分からないけどな」 茶化すように言い、ヒサメが肩をすくめてみせる。 「俺はパス」 そう言ったのはレェンだった。 「元々、俺の力はムラがあり過ぎてアテにはできないからな」 彼の力はアウェイカーとしては珍しく、普段からの事前準備が必要だ。故に、不安定だと言わざるを得ない。全く力を使えない時もあれば、逆もある。力が蓄積されている時ならば頼りになるが、そうでない時は足手まといになりかねない。 安定して使える力でないため、単独行動による調査などには向いていないし、かと言って戦闘力としてもムラがあっては頼るのも難しい。 「悪いけど、せいぜい自分に降りかかる火の粉ぐらいしか払えないだろうさ」 レェンが苦笑する。 下手をすれば、その火の粉を振り払うこもできないかもしれない。それほどまでにレェンの力は安定性という面に欠けていた。 自分の力が活かせないのならば、わざわざ危険なことに手を出す必要もない。 「ま、何かあった時に手を貸す気がないわけじゃないけどな」 できることがあるならするつもりだと、レェンは言った。 情報収集や戦闘ならヒサメやリョウ、ハルカたちの方が適任だ。レェンが手伝うと言ったところで、できることなどほとんどないだろう。とは言え、敵という存在が現れた時まで無関係でいるつもりはないようだ。 「マーガレットもそうだろ?」 何も言えずにいるマーガレットを振り返るレェンの口調は、柔らかいものだった。 マーガレットの力もまた、情報収集や戦闘には向いていないものだ。レェンの力のように不安定というわけではないが、攻撃性に欠けている。加えて、攻撃能 力は皆無でもハルカの力のように身を隠すなど、諜報や隠密行動に向いているわけでもない。防御に特化したマーガレットの力では、協力するとしてもできるこ とが限られる。 「そうね……」 何もできないことが心苦しいのだろう。マーガレットは申し訳なさそうに頷いた。 「私にできることがあるなら、協力はしたいけれど……」 「分かった、君の力が必要だと思った時には遠慮なく協力を要請しよう」 俯くマーガレットに、ダスクはそう声をかけた。 「守る力が必要になる時もあるだろうからな」 仮に敵がいるとして、少数であるとは限らない。大規模な戦闘になったとしたら、守ることに特化したマーガレットの力が欲しくなる場面も出てくるはずだ。 そう言う時には不安定なレェンの力よりも彼女の方が重宝されるだろう。 「それで、君は?」 問いかけるライズの視線の先にいたのは、シーナだった。 「私……?」 驚いて自分を指さすシーナに、ライズは頷いた。 この場にいて、自分の決断を告げていないのは彼女だけだ。 「自分の意見、ないわけじゃないだろ?」 ライズの言葉に、皆の視線がシーナに集まる。 この中で一番年齢が低いのは彼女だ。だが、だからといって彼女の意思がユウキと同じとは限らないし、ユウキの意見に従わせるのも強引だ。彼女なりの意思があるなら、尊重すべきだというライズの言葉は間違っていない。 「わ、私は……」 口ごもるシーナの言葉を、全員が待っていた。 まだ若干十二歳の子供に人生に関わる決断をさせるのは酷なことかもしれない。本来なら、まだ両親や家族の庇護の下で様々なことを学びながら暮らすべき年齢だ。 それでも、彼女の意思は確認しておくべきだ。 「……分からない」 どうしていいのか、どうしたいのか、分からない。言葉だけなら、ユウキと同じだ。 だが、シーナは何かしたいと思っているようだった。そう感じさせる口調だった。自分に何ができるのか、何かできるのか。何かしたいと思っても、何をすればいいのか分からない。 ユニオンにいた頃のシーナは、自分の力を自由に使うことが許されていなかった。日常の手助け程度ならともかく、空襲と言った戦闘が絡むような場面で力を使う権限がなかった。 メタアーツの行使は、危険を伴う。想定される危険に対して、幼いアウェイカーが責任を負うのは荷が重い。だからと、ユニオンではアウェイカーをランク付 けして管理する体制を敷いた。その中の年齢による制限で、シーナは戦闘が起きている状況での力の行使が許されていなかった。 戦うことができず、ただ見ていることだけしかできない。各地で空襲に応戦するアウェイカーや、彼らに守られている住民たちを、シーナは見ていることしか 許されなかった。そこに介入すれば、もっと素早く戦闘を収束させられたかもしれない。あるいは、負わなくていい傷を負う者もいたかもしれない。 漠然とした無力感を募らせていたのは、間近にいたユウキの目には明らかだった。 ユニオンがなくなった今、アウェイカーのランクといった制約もない。彼女が自分の意思で力を使うことができる。 「分からないよ……何かしたいけど、どうすればいいのか、分からない……」 シーナが首を横に振る。 何かできるはずだ。そう思っても、何ができるのだろう。 「君は、何がしたい?」 ライズの言葉に、シーナははっとしたように顔を上げた。 「……私にできることがあれば、言ってください」 手伝いたい、シーナはそう言っていた。 「全員の意見が出たところで、頼みたいことがある」 話を聞いていたダスクが全員を見渡して、口を開いた。 「特に、ユウキ。君に頼みたいんだ」 ダスクの言葉に、ユウキは少し驚いていた。 協力すると口にしたヒサメやリョウ、ハルカたちに向けた話だろうと思っていたところに、指名されたからだった。 「ライズと戦ってみてくれないか」 言葉を待っていたユウキは、ダスクの一言に目を丸くする。 「君たちの実力が知りたい。協力関係を取るのなら、力量ははかっておきたいんだ」 ダスクの言葉に、真っ先に納得したのはヒサメとリョウだった。 「いいね、丁度俺たちもあんたの実力は見たかったんだ」 ヒサメが挑戦的な笑みを浮かべる。 「ま、俺も少しは興味があるかな」 ライズが口の端を僅かに釣り上げて呟く。 「自分の力が、英雄の子と言われる者たちに通じるかどうかは試してみたいとは思っていたからな」 「分かってるじゃないか」 ライズの言葉に、リョウが応える。 ヒサメとリョウもまた、VANの中でもトップレベルの実力者として知られていたダスクの子の力が知りたいのだろう。 「受けてくれるか?」 黙り込んだままのユウキに、ダスクが問う。 「……分かりました」 逡巡の後、ユウキは応じることにした。 戦うこと自体、あまり好きではない。ユニオンにいた頃から、ずっと鍛練は積んできたが、それは好きだからやっていたわけではない。いざという時、戦えなくて困るのは自分だと思ったから。力があっても何もできないでいるのが嫌だったからだ。 断ることもできた。ヒサメかリョウに任せることもできただろう。 実際のところ、二人はライズと戦ってみたいと思っているはずだ。 それでも引き受けたのは、ユウキなりの礼儀のつもりだった。情報提供はしてくれる。ヒサメやリョウはともかく、ユウキは要請がない限りは協力はしない。 要請があれば、という前提ではあるが、ダスクにとってユウキは味方という形になる。わがままを聞きいれてくれたのだから、自分の力を見せるぐらいはしてお くべきだと思った。 「よし、では場所を変えよう」 そう言ってダスクが席を立つ。 部屋を出るダスクの後を、ユウキたちは追った。 どうやら、試合をするのに適した部屋があるようだ。通された部屋はそこそこ広い部屋だ。ユニオンの道場と比べたら狭いが、元々財団組織の建物の中に作った部屋だ。窓はなく、外からの視線を気にする必要のない作りになっている。壁も厚く、防音対策もされているようだ。 「訓練用に作った部屋だ。試合をするには十分だろう」 ダスクが言った。 財団の構成員のほとんどがアウェイカーであるなら、こういう部屋も必要なのだろう。都会の中ではアウェイカーが周囲に隠れて訓練できる場所が限られる。 「木刀とか、使うか?」 部屋の中央で向き合うライズが、ふとそう聞いてきた。 ユウキが剣術を使えることは知られている。 「いや、別にあった方が強いってわけでもないと思うけど……」 ユウキは頬をかきながらそう答えた。 攻め手の幅は広がるが、武器があるから強いというわけでもない。ユウキの力は武器の有無に左右されるようなタイプでもない。 「よし、じゃあ、始めようか」 笑みを見せて、ライズが身構えた。 「そういえば、あれ以来力を使っていなかったな……」 口には出さず、ユウキも軽く身構える。 一度目を閉じて、力を解放する。視界が一瞬だけ蒼と銀の輝きに包まれ、元に戻る。 鮮明になる周りの気配と、意識の感覚に、少しだけ懐かしさを感じた。 目を開ければ、青紫の輝きに染まった瞳でライズがこちらを見ていた。 「行くぜ」 その言葉と共に、ライズが床を蹴った。 |
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