序章 「かつての想いは」


 大地は綺麗に抉り取られていた。
 隕石でも落ちたのかと思うような巨大なクレーターがただ存在しているだけだった。ゆうに直径十キロは超えているだろう。
 ホワイトハウスと、その周辺にあった建物は中にいたであろう人間ごとこの世界から消滅した。
 これによって間違いなく世界は混乱に向かうだろう。
 すでに宣戦布告は終えた。
 男は蒼い光を身に纏ったまま、削り取られた大地に背を向けた。
「……本当に、これで宜しかったのですね?」
 歩き出す男の傍らに、青年が駆け寄る。
 携帯端末を上着の内ポケットにしまいながら、男の表情を窺う。
「ああ……」
 そう答える男の蒼く輝く瞳は少しも揺らいでいない。
「……分かりました、私からはもうこれ以上は言いません」
 今日に至るまで、青年は何度か同じ問いを投げてきた。
 それが意味するところは、分かっている。
 これから世界を敵に回して、戦う。その決断に迷いはないのか、自分の心に偽りのないものなのか。青年が確かめたいのはそこだろう。
 何せ、この世界には、彼の子供たちが生きているはずなのだから。
「今日は助かったよ、君の力があって」
 男は僅かに笑みを浮かべて、青年を労った。
「いえ……お役に立てたのでしたら光栄です」
 彼の力がなければ、宣戦布告はできなかった。
 たった一言、二言とはいえ国連の関係者と言葉を交わせたのは大きい。それも、全世界に聞こえるすべての回線に割り込んで。
「まずは、俺に賛同する者を集めよう」
 男が小さく呟く。
 今、この場で戦いを始めるのは簡単だ。無差別に破壊行動を始めればいい。だが、それでは殺す必要のない者の命を無作為に奪うだけだ。それでは意味が無い。
「はい。今現在という世界の歪みを正すには、この世界を形作るものを壊すしかありません」
 そう口にする青年の目には悲哀が滲んでいた。
 今の世界が歪んでいるとするなら、それを変えるために必要なのは世界そのものの破壊だ。今の世界を形作る枠組みの根底がそもそも歪んだものになってしまっている。今を生きる人々は、歪んでいることにさえ気付かずにそれを常識として受け止めて平然としている。
 文明という常識を破壊しなければ、歪みを正すのは難しい。不可能ではないだろうが、途方もないほどの時間がかかるのではないだろうか。
 それでは救えない者たちがいる。
「解り合おうとしない世界など、滅んでしまえばいい」
 男が静かに呟く。
 歩み寄ろうとしても、一方的に拒絶しかしない者たちと解り合うことなどできない。向こうから可能性を閉ざしているのだ。どれだけこちらが譲歩してもそれでは無意味だ。
 男の為そうとしていることが、可能性を閉ざした者たちと同じ行為であることは自覚している。
 それでも。
「俺はもう、耐えられない」
 不平や不満を抑えて生きるのは、もう耐えられない。
 誰もが住める場所を作った。英雄と呼ばれることも甘んじて受け入れた。家族もいた。それをすべて奪われて、黙っていられるほど、器の大きい人間ではない。いや、今までのすべてを世界中から否定されて耐えられる者などいるのだろうか。
「セルファ……俺は、行くよ」
 亡き妻の名を小さく呟いて、男は力強く次の一歩を踏み出した。
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