第一章 「復讐の蒼」


 英雄が一転して世界の敵となった。
 このニュースが広まらないはずもなく、情報はあっという間に拡散した。そもそも、アメリカ合衆国という世界一とも言える大国の首都が跡形もなく消し飛んだのだ。世界は混乱の中に叩き落された。
 国際連合は連日会議を重ね、この事態に対処すべく世界各国が協調体制を取るということが決定した。
 それがつい先日のニュース速報で流れた世界の対応だった。
 カソウ・ヒカルが敵となったあの日から、二週間近くが経っていた。
 宣言の日から、ヒカルは姿を消している。あらゆる情報網を使ってカソウ・ヒカルの捜索は行われているようだが、成果が上がっていないのは事態が収拾していないことから明白だ。
 そもそも、ユニオン崩壊という一件でヒカルに賛同するアウェイカーは数多い。ヒカル自身はあれ以来身を隠しているようだが、むしろ彼に賛同する者たちのテロ行為が世界各地で頻発していた。
 リユニオン、とヒカルは言った。
 それは自分だけが世界の敵ではないということだ。
 ヒカルだけが世界を相手に戦うのであれば、そんな名前は必要が無い。ただ、報復だと口にすればいい。これは自分に賛同する者たちと共に戦うという意思表示だ。
 ユニオンは崩壊した。だからリユニオンなのだろう。
「お前たちは、どうする?」
 あの日、ダスク・グラヴェイトはその場にいた者たちにそう問いを投げた。
 ひとまずこれからどうするか。それを決めた矢先のことだった。
 ホワイトハウスと連邦議会議事堂、連邦最高裁判所といったアメリカ合衆国の三権最高機関は事実上消滅し、その周辺にあった中央省庁などの行政機関の多くがこの世界から消え去った。
 ダスクの問いが、この事態に対してのものなのは言うまでもない。
 ヒカルに賛同するのか、否か。この状況に対して動くか否か。それを問うものだ。
 ただ、あの場で即答できる者はいなかった。
 ダスク自身ですら困惑している様子だった。
「ひとまず、状況を把握するのが先決か。また何か分かったらライズを通して連絡する」
 あの場で答えを出すのは難しいと判断し直して、ダスクは皆にそう告げた。
 ユニオン出身者にとって、ヒカルの存在は他人事ではない。ヒカルの敵になるのか味方になるのか、そもそも関わるのか関わらないのか。決めるためにも考える時間は必要だった。ダスクの言う通り、情報の整理も必要だろう。
 あれから二週間、定期的にライズからメールや電話で情報が送られてきている。
 ヒカルの潜伏場所こそ特定できていないが、各地でテロ行為を起こしていたアウェイカーたちがここ数日のうちに組織的な行動を始めつつあるらしい。単独で事件を起こし、逃亡やテロを続けていたアウェイカーたちが集まり、まとまりつつあるようだ。
 ヒカル本人か、あるいは彼の息がかかった者が手引きをしている可能性は高い。いくらアウェイカーといえど無敵ではない。単独では警察や軍などに捕らえられたり、あるいはその場で殺されたりしてしまうこともある。だが、集団ともなれば対処は容易でなくなる。
 アウェイカーたちと世界の全面戦争が始まるのは時間の問題だろう。
 ヒカルの狙いはそれなのだろうか。
 いや、ユニオン出身者ならヒカルの気持ちも少しは分かる。ユニオンを敵と見なし、滅ぼした世界に不満が無いとは言えない。憎悪を抱いたとしても不自然ではない。むしろ、故郷を滅ぼされて反感を抱かない方がおかしい。
 ユニオンという国家の方針は調和だ。どれだけ疎まれようとも、ヒカルはユニオンの代表としてその方針を曲げようとはしなかった。だから、ユニオンが滅ぼされた時でさえ、住人たちはヒカルの示した案に従った。
 アウェイカーではない、ただの住人だという偽造身分証で新たな人生を送る。難民として世界中にただの人間として紛れ込む道を選んだ。いつか、ユニオンのような国が再び作られる世界を信じて。
「……この国は無くならないさ。どんなことがあっても、な」
 あの時、ヒカルの口にした言葉はそういう意味ではなかったのだろうか。
 ユニオンという国が理想とする心を持ち続ける人がいる限り、いつか力の有無に関わらず誰もが手を取り合える国が生まれるのだと。
 少なくとも、そう思っていた。いや、思えるようになっていた。
 それなのに。
 ヒカル自身が世界の敵として現れた。ユニオンという国の理念を体現していた男が、だ。
 多くのアウェイカーはユニオンの崩壊に不満を募らせていただろう。恐らく、ユニオン出身者の三分の一か、半数近くの者はヒカルの蜂起に賛同するだろう。ダスクたちの調査では、ユニオン出身者のうち十分の一程度のアウェイカーはすでにヒカルの側についているようだ。
 今はまだ状況を見守っている者も多いだろうが、リユニオンに参加する者はこれからまだ増えるに違いない。
 家族を失い、住み慣れた家を失い、それでもなお、刃を向けた相手と手を取り合おうとする者の方が最終的には少数派だろう。
 だが、世界を滅ぼして、それで本当にいいのだろうか。
「……イオ、アイオ!」
 表向きの名前を呼ばれて、カソウ・ユウキは我に帰った。
 授業中だというのに、いつの間にか考え込んでしまっていた。
 名を呼んだ相手、教師を見れば、ユウキを見て小さく溜め息をついている。
「大丈夫か、アイオ?」
 くすんだ短い金髪の男が心配そうにユウキへ声をかける。
 年は四十代ぐらいだろうか。厳つい顔立ちと逞しい体付きををしてはいるが、気さくな性格で学生からの信頼もある教師だ。名前は確か、ジェーク・パラッシュだったか。
「……あ、すみません」
 授業をまったく聞いていなかったことに気付いて、慌てて謝る。
 申し訳なさそうに俯くユウキを見て、ジェークはまた一つ溜め息をついた。
「ちゃんと眠れてるのか?」
 ユウキの座る机の前まで歩いてきて、ジェークは屈むようにしてユウキの顔を覗き込んだ。
 返答に困り、ユウキはジェークと目を合わせられずに顔を伏せた。
 あの日以来、頭からリユニオンや父のことが離れない。考えれば考えるほどに思考はループしてしまう。答えは出ないと分かっているのに、それでも考えずにはいられない。
 授業にも集中できない。夜も中々寝付けずにいる。
 気になって仕方がない。思考を絶ち切れない。割り切れない。
 自分がどうしたいのか分からなかった。どうすればいいのか、決められなかった。
「まぁ、アイオはユニオン出身者だから無理もないとは思うけどな」
 ユニオン出身者はヒカルが再び現れた時から、落ち着かない日々を過ごしている。
 当然ながら、アウェイカーの可能性を疑われて警察や軍、政府といった者たちに捕らえられる人も出ている。次は我が身かもしれないという思いは広がっているだろう。もはやユニオン出身者を見境なく捕縛している地域さえあるくらいだ。
 アウェイカーであることがばれるのを承知で、リユニオンに賛同する者はまだいい。そういう者たちは世界と戦うという意思を示しているのだから、追われることは承知の上だ。
 ただ、ユニオン難民の中からアウェイカーが現れたことで、ユニオン出身者の中にアウェイカーがいるということが知れ渡ってしまった。少なくとも、世界が本腰を入れてリユニオンと戦うことになればユニオン出身者は手当たり次第にチェックされるだろう。
 いくらヒカルたちが精巧な身分証を用意したとしても、すでにユニオン出身者からアウェイカーが出てしまっている。身分証が偽造されていたという事実が一件でも確認された時点で、すべてのユニオン出身者が疑われておかしくはない。
 不安に苛まれている者も多いだろう。
「……授業にも身が入らないようだし、保健室で少し休んできなさい」
 ジェークの言葉に、ユウキは顔をあげた。
「今日の日直……は、ラズリか。ちょっとだけでいい、アイオについていてやれ」
 黒板の端に書かれた名前を確認して、ジェークが言った。
 はい、と返事をして、席を立ったのは同じユニオン出身のマーガレットだった。
「辛気臭い顔で授業も上の空で考え事されてるとクラスの雰囲気もあんまり良くないからな」
 突き放すような言葉だったが、ジェークがユウキのことを気遣っているのだと誰でも分かる口調だった。
「とりあえず、他の先生方には俺の方から言っておくから、落ち着いたら戻ってこい」
「はい……」
 ジェークとマーガレットに促されて立ち上がり、ユウキは教室を出た。
 マーガレットと共に保健室へ向かう。養護教諭は席を離れているようで、保健室には誰もいなかった。
 三つあるベッドのうち、窓際の一つへと歩み寄る。
「少し眠った方がいいわ」
 ベッドに腰を下ろすユウキを見て、マーガレットが小さく言った。
「うん……」
 頷きはしたものの、ユウキはベッドに腰を下ろしたまま横になろうとはしなかった。
 寝不足で思考は鈍っている。眠くもある。それでも、目を閉じればまぶたの裏に、耳の奥に、色々なものが浮かんできてしまう。
 ユニオンにいた頃のヒカルの笑顔や、家族との日々が。あの日、宣戦布告をしたヒカルの声が。頭から離れない。
 大丈夫か、とマーガレットは聞かなかった。きっと、大丈夫じゃないと分かっているから。事情を知っている彼女は、ユウキの苦悩が単なるユニオン出身者のものではないと分かっている。
「ね、横になって」
 見かねたマーガレットが、半ば強引にユウキをベッドに寝かせた。
 心配そうに、不安そうに、マーガレットはユウキの顔を見つめている。何か言いたそうな表情ではあったが、彼女がそれを口に出すことはなかった。
「何も、言わないんだな」
 ベッドの上でユウキが力なく笑うと、マーガレットは目を細めて苦笑した。その苦笑は、今にも泣きそうな表情にさえ思えた。
「あなたが決めることだから……」
 マーガレットは静かにそう告げた。
 自分が何を言ったとしても、ユウキの心が晴れるわけではない。
 彼女自身はダスクの財団への協力を申し出ている。戦う力も、情報収集に向いた力も、彼女は持っていない。彼女の力では、守ることしかできない。だから、もしその力が必要になった時は財団の協力要請に応じる。
 自主的には何もできない。それでも、彼女は自分で道を選んでいる。
 ユウキも、一度は選んだはずだった。
 このまま生きて、協力要請があれば内容次第で応じる。随分と自分勝手な道だとはユウキ自身も思ったが、それでも自分の心に素直な決断だった。戦う覚悟も、財団を手伝おうと思うだけの感情もない。だが、このままアイオ・ライトとして生きていくのに不安がないわけでもない。
「……自分が情けないよ」
 天井を見上げて、ユウキはぽつりと呟いた。
「何かしたいと思う自分と、何もしたくない自分がいる。何かするのが怖いと思う反面、何もしないでいるのも落ち着かない」
 相反する思いがぶつかり合い続けて、答えが出せずにいる。
 本当に望んでいるものがなんなのか、分からない。悩み続けていれば、何もしないでいる時間が続くだけだ。だったら何もしない道を選んでしまう方が気は楽になる。分かっていても、その結論を出すことを躊躇っている。
 本当にそれでいいのかと問われた時に、きっと胸を張って答えることはできない。
「あの時、覚悟が決まったと思ったのに……」
 ユニオンが崩壊した日、初めてユウキは本気で戦った。今まで一度たりともしたことがなかったバーストさえして。
「……結局、俺はどうしようもないぐらい追い詰められなきゃ覚悟を決められないんだ」
 余裕があるうちは悩み続けて、何も決められない。選択しなければ大切なものを失うという状況に至らなければ、吹っ切ることができない。
 そんな自分に嫌気がさしている。
「ね、今は少し休んで。眠れるまで傍にいてあげるから……」
 優しい声音で、マーガレットが囁く。
 月並みな言葉をかけないのは彼女なりの気遣いだろう。そういった言葉で慰められるのを、ユウキが望んでいないと知っているから。それでユウキの苦悩が和らぐわけではないと、気付いているから。
「ありがとう……」
 優しい笑みを見せる彼女に力なく答えて、ユウキは目を閉じた。
 彼女が傍にいるだけで、少しだけ気持ちが安らいだように思えた。彼女の気配が感じられるだけで、何故か落ち着いた。
「……大丈夫」
 小さな声で、マーガレットが呟いた。
 その呟きを最後に、ユウキの意識は沈んでいった。
 ここ最近の寝不足は自覚していたが、ユウキが自分で思う以上に体は疲れていたらしい。随分と精神的に参っていたようだ。
「ん……」
 呻き声と共に、眉根を寄せる。
 眠っていたことに気付いて、ユウキは身を起こした。前髪を右手でかきあげるように顔を押さえる。窓から差し込む夕陽が部屋を茜色に染めていた。
「ラズリ?」
 その夕陽を浴びてベッドにかかる人影に気付いて、ユウキは顔を向けた。
「悪いな、俺で」
 そこにいたのはマーガレットではなく、レェンだった。
 目を丸くするユウキを見て、レェンが吹き出す。
「……今、何時だ?」
 どれぐらい眠っていたのだろう。ユウキは時計を探しながら、レェンに聞いた。さりげなく部屋の中を見回したが、マーガレットの姿はなかった。
「まぁ、五時になるとこだな」
 レェンの答えに、ユウキは小さく溜め息をついた。
 六時間以上眠っていたらしい。時計を見つけて時間を確認すれば、すでに授業は終わり、下校時間になっている。
「良く眠れたみたいだな」
「ああ、まぁ、な」
 笑みを見せるレェンに、ユウキは苦笑を返した。
 ユウキ自身、これほどまで熟睡するつもりはなかった。せいぜい一時間か二時間程度で授業に戻るつもりでいた。
「これで夜に眠れなかったらまた繰り返しだな……」
 ぼやきつつ、ユウキはベッドから降りた。
「帰るか?」
「ああ」
 座っていた椅子から立ち上がるレェンに頷いて、ユウキは保健室を出た。
「マーガレットは?」
「女友達と一緒に水着買うって帰ったぜ」
 水着、という言葉で思い出した。
「そうか、海に行くんだっけ……」
 すっかり忘れていた。
 アメリカの学校は早いところで五月から夏休みに入る。休みが明けるのは九月初旬だ。ユウキたちが転入したこの学校はかなり遅い部類で、七月の直前から夏休みということになっている。その分休みが明けるのも一月ほど遅く、十月ぐらいだ。
 ユニオンの学校制度は日本のものに近く、夏休みは一ヵ月程度だった。それに比べると休みの期間はかなり長い。
 ただ、休みが長いだけではない。この期間にはサマースクールと呼ばれるプログラムがあり、普段通りの単位取得を目的とした授業を受けることもできる。
 転入してきたばかりで勝手が分からないユウキたちは、学校に馴染むという目的も含め、ひとまず周りの者たちに合わせてサマースクールのプログラムに参加していた。
 三日後にはサマースクールの授業がない三日間の連休がある。そこで海に行くということになっていた。
「……で、親父さんのことはどう思ってるんだ?」
 寮に向かう短い距離を歩く中、レェンがユウキに問う。
 誰かに聞かれても問題ないように、曖昧な言葉を選んでいる。
「気持ちは、分かる」
 ユウキは小さな声で答えた。
 父、ヒカルが世界に対して報復を考える気持ちは分かる。今までずっと積み重ねてきた大切なものを根こそぎ奪われたようなものだ。怒り狂って当然だ。
「俺だって、全部失くしたらそうなるかもしれない」
 ユウキがそうなっていないのは、まだ失くしていないものがあるからだろう。
「全部……?」
 口にして、ユウキははっとした。
 すべてを失くしたから、世界を滅ぼすのだとしたら。
「……じゃあ、俺たちは?」
 その一言を、ユウキは辛うじて口に出さなかった。
 目を見開いて、愕然として立ち止まる。目の焦点が定まらず、視線が地面を泳ぐ。
 この世界にユウキとシーナが生きていることを、ヒカルは知っているのだろうか。いや、知っているはずだ。少なくとも、ユウキたちが生き延びていることを確信はしているはずだ。
 だとしたら、ヒカルが世界を滅ぼすということは、ユウキたちが生きる世界を破壊するということになる。
 つまり。
「……俺たちは、父さんにとって、大切なものじゃ、ない?」
 その結論は声にならなかった。
 ただ、身震いをしただけだ。さあっと、血の気が引いた。
 ユウキとシーナ、二人の子供のことなど、考えていないのだろうか。二人のことは、ヒカルにとって大切な存在ではなかったということなのだろうか。
「……アイオ?」
 立ち止まったユウキに気付いて、レェンが振り返る。
「いや……」
 平静を装って、歩き出す。
「お前の考えたことぐらい、俺にも分かるぜ」
 ぎこちない苦笑を浮かべたユウキを見て、レェンは小さく呟いた。
 ユウキはレェンを見る。
 レェンは町並みを眺めながら歩いている。
「……俺の考え、だけどさ」
 何も言いだせずにいるユウキに、レェンはそう前置きして語り出した。
「世界を滅ぼすって言った割に、あれから何もしてないのはおかしいと思わないか?」
 確かにそうだ。
 カソウ・ヒカルの力をもってすれば、世界を滅ぼすというのは比較的容易なことだ。彼の力を考えれば、むしろ簡単なことかもしれない。その力を無差別に振りまいて世界中を回ればいい。
 彼の持つ力は、ユウキと同じだ。ライト系のメタアーツを基本能力として、他者の力場を破壊するアビリティ・ブレイカーと、能力の特性限界を超越するアンリミテッド・アビリティを持っている。
 アビリティ・ブレイカーによるアウェイカーへの絶対的な優位性と、ライト系の高い攻撃性を併せ持った強力なメタアーツだ。そこに加えて、アンリミテッ ド・アビリティの特性により、無限にバーストができる。寿命を大きく消耗するというバーストの特性を、アンリミテッド・アビリティが補うのだ。
 理論上、この力の組み合わせを倒せるアウェイカーは存在しない。
 ユニオンがヒカルに与えたメタアーツの名前は、ライト・ブリンガーだ。英雄であることや、ユニオンの代表者であることを象徴するために、その名称はヒカルのみに与えられている。
 同じ力の組み合わせを持つユウキの力は、ライト・ブレイカーという呼称が付けられた。
 自分と同じメタアーツを持つから、ユウキには分かる。
 アンリミテッド・アビリティを用いたバーストをすれば、世界をもっと破壊することができる。アメリカの首都を消滅させた攻撃を振り撒きながら移動することだって不可能ではないはずだ。
 なのに、ヒカルはそれをしなかった。身を隠し、潜んでいる。
 世界を滅ぼすことだけが目的なら、効率が悪い。
「何か別に狙いがあるのかもしれない。推測じゃ色々言っても仕方がないけどな、少なくとも何か考えがあるんじゃないかって思うんだ」
 レェンはそう言ってユウキに目を向けた。
「お前だって、不自然だと思ってるからそうやって悩んでるんだろ?」
 小さく笑みを浮かべたレェンの表情は、ユウキの心の奥底を見透かしているかのようだった。
 何を思って、ヒカルは行動を起こしたのだろう。何を考えて、今まで身を隠しているのだろう。滅ぼそうとしている世界に生きるユウキやシーナのことをどう思っているのだろう。これから、どうするつもりなのだろう。
 浮かぶのは疑問だけだ。
 レェンの言った通り、何かあるのではないかとも思う。その何か、を考えると思考が先へ進まない。
「もう、どうしたいのかさえ分からないんだ」
 ユウキはそう答えるのが精一杯だった。
 自分がこの状況に対してどうしたいのか、それさえ判然としない。何をすべきか、どうすべきか、ではない。自分の意思が何を望んでいるのか、自分で把握できなくなっている。
「ま、そればっかりは俺が何か言うことじゃないからな」
 レェンが肩を竦める。
 何も分からない状況でも、自分の意思で決めることが大切だ。少なくとも、ユウキはそう思っている。他の仲間たちも同じかもしれない。だから、マーガレットも何も言わなかったのだろう。
「ただ、悩むのは悪いことじゃないさ」
 そう言ってレェンは微笑んだ。
「悩むことでしか見つけられない答えだってある」
 納得のできる答えに辿り着くまで悩めばいい。
 レェンの言葉に、少しだけ気が楽になった。悩んでばかりいて前へ進めていないと思っていた。悩み続ける自分に嫌気がさしていた。自分なりの答えを見い出している仲間たちが羨ましく思えて、それができていない自分に苛立ってもいた。
 皆、答えを出せないユウキを責めてはいない。ユウキ自身が納得できる答えを出すまで待ってくれている。分かっていても、置いていかれたような気になってしまっていた。
「悩み続けるってのも答えの一つっちゃあ一つだしな」
 冗談めかして笑うレェンに、いつの間にかユウキの表情は和らいでいた。
「けどさ、海に行った時ぐらい悩むのは止めろよ?」
 レェンがユウキの顔を指差して言う。少しだけ真剣な表情で。
「折角皆でパーっと騒ごうってのに、暗い顔はすんなよ?」
 名目上はユウキたちの歓迎会だ。皆、海で遊びたいというのもあるだろう。とはいえ、誘われたユウキが暗い表情で悩んでいては皆困るだろう。
「それに、何も考えないで遊ぶのも大事だと思うぜ?」
「そうだな……気を付けるよ」
 レェンに苦笑を返して、ユウキはそう答えた。
 海に行っている間ぐらい、一度考えることを止めよう。悩んでいても、今は答えを出せない。気分転換も必要かもしれない。
 寮の前に着いたところで、ユウキの携帯端末が鳴った。
「ライズからだ」
 ズボンのポケットから端末を取り出すと、ディスプレイにはライズからの着信を知らせるメッセージが流れていた。
「ニュース見てるか? まだなら繋げ、今直ぐだ!」
 受話のボタンを押すと、ライズがまくしたてた。かなり焦っているようだった。ユウキの返事を聞く間もなく、直ぐに通話が切れた。
 ユウキは端末の回線をニュースに繋げた。良く繋ぐチャンネルを開く。
「……答えは、出たか?」
 それは、ヒカルの声だった。
 前回と同じ、すべてのチャンネルに向けて通信を行っているようだった。通信の相手は、各国首脳だろうか。その相手との会話も含めて、全世界に放送しているようだ。
「何が目的だ……!」
 男の声がヒカルへと問いを投げる。
「目的ならすでに言ったはずだ」
 ヒカルの声が冷たさを帯びる。
 世界を滅ぼす。それが目的だとヒカルは語っている。
「……リユニオンへの対応、その答えは出たかと俺は聞いている」
 酷く冷徹な声だった。
 ユウキの背筋に寒気が走る。こんな声で喋るヒカルを、ユウキは見たことがなかった。むしろ、自分の父がこれほどまで冷たい声で喋れることに驚いていた。
「要求らしい要求もなく対応など、笑わせる……」
 別の男の声だ。年配らしく、ややしわがれている。
「テロリストに屈するとでも思っているのかね?」
 怒気を孕んだ声が続いた。
「そうか……俺たちを敵とするか」
 ヒカルが薄く笑みを浮かべる。自嘲だったのだろうか。残酷な笑みにも見えた。
 画面に映っていたヒカルの瞳が蒼に染まる。そして、画面が蒼一色の輝きに包まれた。
 通信相手のものだろう、ざわめきだけが聞こえてくる。息を呑む者、絶句する者、慌てふためく者、様々だっただろう。
 ユウキの周りで端末や通りのテレビ画面で同じニュースを見ていた者たちも言葉を失っていた。
 蒼い輝きが画面から消えた時、そこに映っていたのはどこまでも続くクレーターと、ヒカルだけだった。
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