第三章
 第十話「変態たちの戦闘」



 俄かに北校舎が騒がしくなってきた。
 その発端となったのは、東側階段に突如として響き渡った喧しい足音だ。カンカンカン、とわざと響かせて上ってくる気配に、怪しい、と思いながらも注意をそちらに向けるしかないのである。
「啓一、一緒に来い! 俺が照らすから撃ち込め! 峻は通路を見張るんだ。多分、向こうから来るとしたらライトを点灯させてるはずだ!」
 祐人が素早く2人に指示を出す。バイポッドを展開させた伏せ撃ちの態勢で通路の奥をスコープで覗く峻はそのままにして、MP5とM4の電動ガンコンビの弾幕を使うことで階段の敵を殲滅するやり方だ。
「ラジャー!」
 峻が寝たまま応答し、啓一も銃口を下げて移動してくる。その間に祐人は耳を澄ませて、相手の状況を探っていた。
「音の響き具合からして、全員で上っているわけじゃない……つまり二手に分かれたのか。足音の強弱をつけてるから多少の誤差はあるけど、すぐにこっちに到着するな。迎え撃つ準備をしよう」
 啓一にそう言って、祐人は四階と三階の踊り場まで降りていった。手摺の内側に構えて、より下を撃ち易くした形だ。
「こんだけ派手に音立ててるなら、これは確実に陽動だね! 峻くんの方は大丈夫なのかな!?」
 銃口を真下にポイントしたまま啓一が尋ねてくる。
「分からない。もしかしたら四階じゃなくて、三階から合流して全員で叩く戦法かもしれない。それにこっちは上を取ってるから断然、有利の状態だ。それがわかってて突っ込んで来るんだから、かなり自信のある奴らだ!」
「向こうは皆が自信家だから、誰が来たのかわかんないね! まぁ、とりあえず今のところがベストオーダーかな?」
「その通りだよ!」
 二階の陰にフラッシュ・ライトの光が当たった。続いてピシュ、ピシュ、とセミ・オートの弾丸が飛んでくる。一発が階段の格子に弾かれ、もう一発は上方の壁に当たって落ちた。
 撃ってきた――が、牽制か。ならばヒットを狙った攻撃ではない。
「峻に警戒を強めるよう言え!」
 まだ比較的、安全だと判断した祐人は啓一に檄を飛ばし、次にはライトを点灯させて銃身上部のドットサイトを覗き見た。さらに手摺の内側から壁側へ、大胆にサイドをチェンジすると、身体を露呈させて引き金を引いた。こちらも牽制の二発、狙いを変えてさらに三発。
 峻くん気をつけてー、と啓一が些か間の抜けた声を発し、その直後には下に向けて弾幕を張っている。
「こんな感じで良い!?」
 ババッ、バババァッ! と階下に響くフル・オートの弾着音。
「ああ、そんな感じで頼むよ!」
 啓一の射撃を見ながら相槌を打ち、敵の牽制に怯むことなく更にドットのポイントを追う。ライトを点けてこちらを照らす敵に対して狙撃を試みようとした。
 そして、気付いた。
 ライトを点けていない敵が、すぐ下でこちらに対して銃口を向けている。
「………………………!」
 自分が身を乗り出していることを悟った。必要以上に身体をさらけ出してしまっているのだ。
 ヤバイ、と感じて即座に後退する。背中に壁が当たって、敵が引き金を引いて、パパパパッ、とモーターが駆動すると、周囲で弾着が弾けた。
「――っく!」
 数回、射撃して、急いで階段を上へ。そして自分が誘い出されたことを知り、少し頭に血が上ったのを感じた。同時にその興奮を抑え込んで状況を整理することも、祐人はやってのけた。
「階段を上がってきてるのは二人、老貴兄弟だ! G36だった」
「じゃあ他の三人は西かな?」
「分からない。ただ、スナイパーの伊佐樹が何処にいるのか、要警戒だ!」
「峻くん、聴こえた!?」
「聴こえたよー」
 なんだかその返事が場違いな程にマヌケに感じられる。少し危機感を持った祐人は用心深く銃口を下に向けながら、
「啓一、峻のカバーに回ってやれ。こっちは2人だからまだ抑えられるかもしれない」
 祐人の心配は伝わった。啓一は頷いてMP5を持ち上げると、
「せめて聖哉くんたちが戻ってくるまでは持ちこたえなきゃね」
 と祐人に言い置いて峻の方へと向かった。彼の隣に立って、チラと屋上の方を見るが、まだまだ動きは無い。
 早くしてくれよ、と祈りながら峻へと向き直り、
「こっちはどう?」
 と聞いたが、
「動きは良く分からない。もしかしたら既に来てるかも」
 率直な答えが返って来るだけ。それに、フーン、と答えて、啓一はヒョイと廊下の奥を覗いてみた。
 その動きは決して、迂闊だったわけではないが――
「ダメだ、晒すな!」
 峻の制止は遅かった。目前を見える速さで白色弾が肉薄し、消えたと思ったら肩口に衝撃を感じたのだ。
「痛っ……!」
 反射的に左の肩を下げてしまい、それに引っ張られるようにバランスを崩して、啓一は尻餅をついた。
「啓一!」
「ひ、ヒット……」
 峻が、クソッ、と呟いてトリガーを引く。直後にガチャリと錆付いた音がして、カンカンカンと階段を下りてくる音が聴こえてきた。
「どしたの?」
 尻餅を付いている啓一を見て思わず聖哉が問いかけると、
「殺られた! 恐らく伊佐樹の攻撃だ!」
「――三階に行こう!」
 聖哉はそう言って階段側に回るが、
「老貴兄弟が結構、上がってきてる。こっちは難しいぞ」
 と祐人が止めようとした。それに対して聖哉は、
「構わん! 正面突破だ!」
 宣言し、イングラムを保持した。
「オラアアアアアアアッ!」
 叫び、走って階段を駆け下りる。右手側の老貴兄弟に牽制するように弾丸をばら撒いて相手を怯ませると、そのまま踊り場から三階の廊下へと駆け下りていった。
「つ、続けー!」
 祐人が聖哉の後ろから走りこみ、それに残り二人がついてくる。廊下側に逃げた聖哉が兄弟の行く手を遮ることで逃走経路を確保した彼らは、無事にこの難しい包囲網を突破したのであった。



「逃げられた!?」
 と真二が驚愕するほど、彼らの敷いていた包囲網は完璧なものだったのだ。
「すいません。なんだか余りにも鬼気迫る突進に怖気づいてしまいました」
「物凄い形相だったな……あの人」
 春輝と秋寛も感心しきりだ。
「ま、逃げられたのはしょうがないでしょ。それよりも気になるのは、何であいつら、こんな追い込まれやすいところに居たか? だよな」
 輝がそういうと、あー確かに、と全員が頷く。
 そして徐に、既に殺されてゴースト化している啓一の方を向くのだ。
「……………………」
 視線が集中したので少し居心地が悪くなる啓一。
 しかし答えようとしないので、端的に質問をぶつけてみることにした。
「なんでこんな所に居たんだ?」
「屋上でなんかやってたよ。トラップを作るとか言ってた」
 あっさりとゲロりましたね。
 そんな薄情な啓一にちょこっと呆れながらも、
「トラップ? どんな?」
 と真二が聞くが、さぁ分からない、と要領を得ない返事。そうか、と真二が少し悩んだところで、伊佐樹が見てみたいと言い出したので、彼らはとりあえず屋上へ通じる階段を上ってみる。
 何となくドアの前に来たところで思い出したように、
「あ、そうだ。伊佐樹、念のため通路側を見張ってくれないか」
「えー。俺だってどんな罠か見てみたいぞ」
「そう言うな。祐人ならまだしも、聖哉が考えた罠だろう? あんまり脅威になるようなモンじゃないさ」
「でもなぁ……」
「まぁまぁ。後で見せてやるからさ。それと秋寛、ちょっと階段を見ててくれないか? もしかしたら屋上で何かをしていたと見せかけて、逆に挟撃をかけてくるトラップかもしれない」
 真二がそこまで言うと、伊佐樹もしぶしぶ納得してくれる。秋寛は気にせず、分かりました、と頷いてくれ、2人が四階へと降りてくれた。それを見て屋上のドアノブに手をかけてから、
「そういえば屋上って立ち入り禁止だよね。鍵開いてるの?」
 さっきテープ張ってあったしね。気になって啓一に聞いてみると、
「鍵壊れてるんだってさ。聖哉くんが発見したらしいよ」
「ふむ。ところで全員の武装は揃ってたよな?」
「さっき? 確か、みんな武器を持ってたはずだけど」
「ちなみにトラップに心当たりは無い?」
「盾から謎の機雷が出てきたりするくらいしか思いつかない……」
 啓一は質問に丹念に答えてくれた。それらの回答を整理しながらも真二は、
「みんな、壁際に寄れ。開けた瞬間に撃たれるかも知れない。それと足元に気をつけて。入ってから銃撃されるパターンかも」
「ん、ダイジョブ。そこらは想定済みだ」
 輝が頷いてくれたので、よし、開けるぞ、と真二がドアノブを捻る。少しばかりの緊張感がその場を支配し、ギギィ、と錆付いて少しばかり重くなったドアが開かれると、ゴクリと誰かが生唾を飲み込んだ。
 ………………………。
 三秒くらいの空白。
 ヒョコ、と顔を覗かせて、足元を確認して中に入ってみる。別段、針金とか糸とかの類は照らし出されない。
 安全を確認してから顔を上げてみると、
「…………なんじゃ、こりゃ」
 輝が思わず呟いていた。
 屋上に広がるのは、そこから望める始めての景色。華麗な夜空と、遠い町並み。都心の明かりも何処と無く展望できる、そんな光景なのではあるが――
「ロープ、だね」
 啓一が輝の独白に答えるように、そう言った。
 屋上には、たった一本のロープがあった。
 入り口上部の給水タンク辺りから、一直線に向かいの手摺へと伸びた、白くて長ぁい一本のロープ。張り巡らされた、じゃなくて一本だけ、ピーンと張られたロープだけがそこにあったのだ。
「……なにこれ?」
 真二は誰にとも無く疑問を投げかけてしまった。
 そしてその疑問は至極、真っ当なものなのである。
 どういう意図で張られたのか、全く分からない代物なのだ。
 そんな困惑の真二たちの疑問に更に拍車をかけたのは春輝だった。
「屋上を見回ってきたけど……他に何の仕掛けもありませんでした」
「……あ、そう」
 余りの出来事に暫し呆然としていた真二。やがて彼は顔を上げると、
「いいや、こんな訳の分からんモンに構っちゃいられん。とっととアイツらを追いかけよう……」
 そう言ってやや疲れ気味に扉をくぐり、
「こうなったら全員で一列に奴らを追いかけ、一気に追い詰めて殲滅するぞ!」
「おおー!」
 とやる気満々で銃を構えながら階下へと向かうのである。
「いってらっしゃーい」
 鼻息荒く真二たちが階段を下りる中、ゴースト啓一は彼らの背中に朗らかな声援を投げるのであった。



 なんだかんだで逃走に成功した聖哉たち。彼らは西側階段から、上から真二たちが来る危険性に怯えながらも、何とか一階まで降りてきていた。そして正面玄関のある渡り廊下で、この後の対策を必死になって考えているところである。
 短時間ながらも出された案は、南校舎に移って態勢を立て直すか、北校舎に残って戦闘を続けるか、の二択であった。そして全員の中に、南校舎に入ることで相手を待ち伏せにできる、という考えが共有されている。
 しかし聖哉としては、是非とも南校舎には行きたくなかった。その真相は一つ、
(掃除場所が広がるんだよな……)
 サバゲ終了後には、形跡を残さない為にもBB弾の掃除をしなければいけないのだ。サバゲフィールドは来た時よりも美しく! それが彼らの信条である。
 まぁ何よりも、今年に受験を控えた三年生の聖哉たち。夜の校舎でこんな事をしたとバレたら、とんでもないしっぺ返しを喰らうのがオチだから隠蔽したいんですがね。
(それに、いたずらに戦場を広げるのは余り好ましくない。できれば短期決戦、一気に決着をつけたいな……)
 聖哉はさらに思案を巡らせる。それは、聖哉だけがメイン武器にガス銃を使っていると言う弱みがあるためだ。マガジン装弾数が少ない上に、バッテリーよりもかなり早く切れるフロンガス。幾ら室内で取り回しの良さを発揮できるイングラムと言えど、長期戦では大きく電動ライフルに遅れを取るのである。
 そんな聖哉の事情も考慮して、彼らは盛大に悩んでいるのだ。といっても時間は無い。結論を早く出さねばならないことが、焦りの原因にもなっている。
 数秒して、悩んだ聖哉は回答を出した。
「やっぱり北校舎で戦おう。すでにこっちは一人、戦力を失ってる。待ち伏せしたとしても、戦場が広くなったらこっちが不利だ」
「そうだね。それに広い場所なら、伊佐樹に全滅させられる恐れだってあるもんね」
 祐人は聖哉の意見に同意してくれた。他の2人も静かに頷いてくれる。聖哉は正直、ホッ、とした。
「よし、そうと決まれば作戦を練り直そう。多分、真二たちが追いかけてこなかったって事は、奴らは東側で啓一を尋問してる。屋上の様子を見たりするかもしれないけど、それが時間稼ぎになってるとすれば、それならまだ安心してられる。ってももう一度、挟撃してくる可能性もあるから、バリケードのある所に行きたい。だから二階に上って、東側階段に近いG組の教室に忍ぼう。降りてきたのを確認してから、敵を叩く」
 一気に話し終えてから、聖哉は顔を上げて一同の表情を見回した。その後で、これで良い? と確認する。全員がその質問に笑みを刻んだのを見て、良し、と頷いた。
「行こう!」
 代表して手を叩いた祐人。その声を契機に、全員が階段へと走り出した。凄いスピードで二階まで駆け上り、大急ぎで反対側の教室に取り付く。祐人、聖哉、利一と入って、最後に峻がドアを潜ろうとしたところで、聖哉が止めた。
「ギャラス峻くん、スナイパーだろ? 教室内よりも、廊下の陰に潜んだ方が狙撃が容易だ。全員が教室内に居るよりも効率が良い」
「分かった」
 峻がそう答えて、会談前踊り場の直前、廊下の陰に身を潜めた。それを確認した後で聖哉は祐人に指示を出す。
「ジェラードは階段側のドアに張り付いて、動きが無いか見張ってくれ。俺とリベリーはその隣の窓に取り付いてる。相手が来たら俺に知らせてくれ」
「了解、と」
「リベリー、ジェラードの合図と同時に窓を開けてくれ。――峻くん、俺とジェラードがライトで的を照らしてから撃つんだぞ。決して、焦ってはダメだ」
「オッケー」
「よし。準備は万全だね」
 ふうっ、と聖哉は溜息を吐いて、峻に指示を出す為に開けていた窓を閉めた。
 後は、敵が来るのを待っているだけだ。
 そんな、一種、弛緩したような空気がその場に流れた時――
 カン、カン、カン、と階段を下りてくる数人の足音が響いた。
「来たぞ……!」
 祐人が鋭く言って扉に手をかけた。利一も窓を開けようと立ち上がるが、聖哉はそれを制して作戦を話す。
「待て、今はまだ不味い。あいつらが全員、この二階を通り過ぎて、下の階に行こうと背を向けた時がチャンスだ。背後を見せたらライトを照らして、峻くんが一番後ろの奴を狙撃すれば、必ず焦って統制が崩れる。そうなればまず、伊佐樹のスナイパーとしての機能が半減して、全滅に追い込むことができる……!」
 だからまだ息を潜めているべきだ。そう事細かに力説した聖哉の迫力に、さしもの祐人も頷くしかない。分かったよ、と言って更に真剣な視線を、ドアの外に送る。
 そのとき聖哉は、無事に全員が通り過ぎてくれ、と本気で天に祈っていた。
 サッ、とライトの明かりが窓越しに通り過ぎる。その後、さらに三つの光が、祐人の覗くドア窓や、峻が潜む廊下の角、聖哉の真上とその隣の窓を照らし出し、聖哉は緊張感に頬を拭いた。汗が伝ったのだ。
「……………………」
 まるで密入国者が岩陰で灯台の灯から隠れているかのような錯覚に襲われながらも、その長い長い時間が過ぎる。フッ、と明かりが消えて、同時に祐人がライトのスイッチを入れたのが分かった。
「行ったぞ!」
「開けろ、リベリー!」
 CQBU付属のwalthrライトに灯を入れる。ガラッ、とリベリーが開けた窓の先に聖哉が銃口を向けた。ドアから祐人も階段を照らすと、敵の最後尾に付いていた輝がその視線をこちらに向けていた。
「撃てー!」
 カシャ、と電動ガン特有のプラスチックの混じった金属音が小さく響く。峻がスコープ越しに輝を捉え、狙われた輝はスペツナズのトリガーをこちらに向けて引いていた。
 シュパパパパパパッ、
 パタタタタタタッ、
 フル・オートの銃声が交差する。聖哉の周囲に白色弾が弾け、同時に輝が仰け反って壁に倒れていた。
「ぐあッ!」
 短い悲鳴がヒットを告げる。
「なにっ!?」
「くそ、そっちか!」
 突然の奇襲に春輝たちが色めきたった。三挺の電動ガンが一気にこちらを銃撃してくる。その凄まじい弾幕に頭を下げつつも聖哉は、
「リベリー、伊佐樹が何処にいるか分かるか!?」
「いえ、弾幕が激しくて顔を上げられないです! 祐人さん、どうですか!?」
「こっちからは老貴弟と真二しか映らない。それより、峻くんが孤立してる! 弾幕支援が必要だ」
「分かった、なんとか持ちこたえよう! 階段なら伊佐樹の仕事も限られてくるはずだ!」
 聖哉は教室下部の小窓を開けると、そこから敵の足元に向けて撃ちまくった。イングラムのコッキング・レバーが激しく前後し、ガス・ピストンが無骨な音を盛大に奏でる。
「リベリー、ジェラード! 俺は階段手前の陰に取り付くから、援護よろしく!」
「分かった!」
「俺も後に続きます!」
 聖哉と祐人が場所を交代する。聖哉はドア越しに走り出すタイミングを計った。
「峻くん、聖哉の援護だ!」
「了解! 伊佐樹に気をつけて!」
 再び銃口を突き出した峻に親指を突き出して、聖哉は一気に走り出した。そして銃口がこちらを向く前に、階段の陰に滑り込んで一息つく。その直後に、聖哉に続いて利一が滑り込んできた。
「おい、同時に来たら危ないだろう!」
「でも、あの罠を発動させるんでしょ? 二人居なきゃ意味ないですよ、あれは」
 悪びれた様子も無く笑う利一に、聖哉も肩を竦めるしかない。その後で顔を出して様子を覗くと、再び二人に目配せした。峻と祐人が頷いてくれると、行くぞリベリー! と言って階段側へと回りこむ。
 味方の援護で弾丸が弾け、騒然となった階段で、祐人たちへの牽制に忙しい真二らは、飛び出した聖哉に迷った。その隙に階段を駆け上がって行くと、下の踊り場に伊佐樹が見えた。
「伊佐樹、頼む!」
 真二の叫び声で、伊佐樹がスコープを覗き込む。しかし焦ったように銃口のポイントが揺れていた。それを見逃さず、走ったまま利一がウージーをフル・オート射撃する。パパパパァッ、と白色弾が周りに飛び散り、聖哉が上階の踊り場に足を踏み入れたときには、伊佐樹がヒット、と声を上げていた。



「ひ、ヒット!」
 伊佐樹の声が上がった時、マジか、と思った。真二は後ろを振り向いて、申し訳なさそうに下の階へと非難していく伊佐樹と輝を見て、形勢が逆転したことを知る。
 クソ! と思わず毒づいて、一先ず聖哉たちのことを切り離した。
「春輝、秋寛! 上の二人は気にするな! まず目の前の敵に集中だ!」
 そう言いながら、祐人に指を向けた。奴を抑え込め、俺が峻に回りこむ。そういうサインだ。
 春輝がドットを覗きながら祐人に銃口を向けた。同時に真二はライトのスイッチをオフにする。祐人が教室内に引っ込んだところを見計らって飛び出すと、そのまま踊り場の隅へと転がり込んだ。
 峻がライトを持っていないから、祐人が照らすところしか撃たない。だから祐人が引っ込めば、光源を消した真二は移動が気付かれないのだ。さらに祐人は老貴兄弟に掛かりきりだから、真二の方は照らされる心配もないのである。そういう意味で非常に安全になることを見こしての移動だった。
 教室から祐人が顔を出す。階段方面から春輝がライトを照らしてくれるから、既に明かりは気にならない。真二は静かにドットを覗き、真正面で別方向を見る祐人を捉えた。
 後はP90をトリガーするだけだ。内蔵されたEG700ハイトルクモーターが電動ピストンを高速で前後させ、思ったように白色弾を連射してくれる。
 シュパパパパパッ
「っ、うわ!」
 パキィンッ、とBB弾がサングラスタイプのゴーグルに弾けた。プラスチック同士の接触する甲高い音が響き、祐人が後ろに仰け反る。
「祐人!?」
 峻が叫んだ。光源の無くなった彼は、困惑に自分の立場を忘れた。
(行ける!)
 真二は長い脚を踏み込んだ。一気に廊下の方まで走ると、そのまま脚からスライディングして、ライトを点灯させる。
「うっ……!」
 峻が呻く。フラッシュ・ライトの強烈な光が、透明なゴーグルを透かして網膜を焼いたのだ。峻が目潰しに顔を背けたところで、真二は脚が教室の壁に接地する感触を憶えた。膝を屈伸させて衝撃を吸収し、同時にフル・オートの弾幕を峻に向けて射出する。
 ガガガガガッ、と弾丸が弾け、
「ヒット!」
 と峻が悲鳴を上げた。同時に真二の背が壁に当たって、痛っ、と思わず漏らしてしまう。
「、ぷはぁ!」
 緊張が抜けて、思わず息を吐き出してしまう。肩の力を抜いてぐったりするが、階段を上がってきた秋寛は真二を急かした。
「先輩、まだ二人が残ってる!」
「追いかけましょう」
 ああ、そうだったな、と真二は起き上がった。その後でヒョッコリと顔を覗かせた祐人に、お疲れさん、と一声かけた。
「あいつら、どこ行ったか分かる?」
「屋上じゃない?」
 答えたのは峻だった。
「なんか罠張ってるらしいしね」
 祐人がそう言って笑う。
「そうだな……。じゃ、また後でな」
 二人に手を挙げてから、行くぞ、と兄弟を引き連れて階段を駆け上がった。三階を過ぎて四階へ、そのまた上の屋上扉へと手をかける。
 ドアノブに手をかけた後で、春輝と秋寛を振り向いた。
「春輝、左側に行ってくれ。秋寛は俺と一緒に右だ」
 屋上のドアは引き扉だ。ノブが左にある為に、右側へと開くのである。なので一番最初に身体が露出するのは左側、つまり最も危険なのは春輝なのである。しかし彼は頷いてくれた。秋寛も同様である。
「身体を壁にくっつけていろ。それじゃ……3、2、1」
 ノブを捻り、錆付いて重い扉を引く。一気に開けて、素早く銃身を出して屋上の様子に目を配った。
 相変わらず、屋上には上部から一直線にあのロープが張られている。そしてその先には、ロープを身体に巻きつけた聖哉がこちらを見据えて立っていた。
 逃げる気だ――
 直感した。あのまま校舎の壁にダイブし、ラペリングして降下する。しかし聖哉には、ロッククライミングも登山も、当然ラペリング訓練の経験も無いはずである。思いつきでやろうとしてるのか、と焦って、真二は急いでP90を向ける。
「馬鹿はするなよ! 危ないだろ!」
 叫んで聖哉をヒットにしようとした所で。
 上から何か、影が降ってきた。



 聖哉は内心でほくそ笑んでいたのだ。ドアが開いて真二が顔を出し、焦ったように銃口を向けた時まで、それは聖哉の思ったと通りに事が運んでいたのである
「リベリー! 行け!」
 と叫ぶと、屋上入り口の上で待機していた利一が、ロープを掴んで身を躍らせた。ピン、と張ったロープが少し撓んで、利一はそれに沿うようにして宙へと降下するのだ。そして降りながらウージーを乱射すると、屋上入り口に白色弾が弾けるのである。突然の上からの攻撃に、侵入者は為す術も無く利一の餌食になるのだ。
 と、言う計画だったのである。そして予想通り、いきなり宙から降って湧いた利一に真二が驚愕し、固まったままウージーの的となった。シュパパパパパッ、と射撃音が響き渡り、真二がヒットを宣告するのだ。
 だが、次の瞬間には、
「うわわわわわわわわぁっ!」
 タタタタタタタタタタタタッタタタタタッ、と銃声が木霊し、利一の身体が悲鳴と共に尻餅をついたではないか。そしてその先には、なんとウージーの銃撃を避けた春輝と秋寛がG36ライフルを構えているのだ。
「う、うっそぉ!?」
 あの罠に引っかからなかったの!? と聖哉は一瞬、唖然とした。しかし焦点の二人が、こちらに銃口を向けたのを見て、一気に血の気が下がって顔面蒼白になったのである。
「うわ、うわわわわわ、わぁああ!」
 大慌てでイングラムのスリングを肩に引っ掛けると、聖哉は股に通したロープを左手に握った。老貴兄弟のドット・サイト越しの視線に射抜かれたのを感じて、背にびっしょりと冷や汗が浮き出た。
「これで決着ですよ、上井先輩!」
「うっ、ひゃあああああああっ!?」
 タタタタ、タタタタタンッ!
 聖哉の情けない悲鳴と春輝の声、そして秋寛たちの銃声が屋上から夜空へと昇り――
 屋上から飛び立った聖哉の身体は、地上数十メートルの高さから投げ出されたのである。



 一方その頃、小川南高校の正門前では。
「ねぇねぇ、杏里ちゃん。ほんとに先輩がこんな時間に学校に来るの?」
 美玖が心配そうに、杏里に尋ねていたりする。
「あたしの情報が正しければね。なんでも老貴兄弟と、こないだの試合の遺恨を巡ってバトルしてるらしいよ」
「え、そうなの? あたしは老貴兄弟が、あの変態と大喧嘩してたって聞いたから、今頃はリンチにでもあってるのかと思ったけど……」
「ええ! ケンカなの? 男だらけの乱交パーティーで色々と掘り下げてる、て話じゃなかったっけ!?」
 なんだか物凄い飛躍の仕方ですね。ついに聖哉にゲイ疑惑がかかりましたよ。
 そんな話に大層なショックを受けているのは、まぁ当然のように美玖だったりするのである。
「や、ヤ○イ……? 先輩が……?」
 ズズーン、と沈んでしまった美玖を見て、他の三人は流石に茶化し過ぎたかなぁ、と反省した。
「まぁまぁ、まだ噂の段階だし、調べてみれば真実は解明されるよ」
「なんかフォローになってないわね……」
 流石の類も呆れ顔である。
「でもさ。なんであたし達、ここにいるの?」
 樹理がさりげない疑問を投げると、
「いやね、美玖に話したら絶対に行きたいって……。だけど一人じゃ不安でしょ? だから皆で着いてこうかなぁー、と思ってね」
 杏里がポリポリと頭を掻いて弁明した。
「だからってなんで四人で来るのよ。別に二人でも良いじゃない」
「いやさ、四人で行くと心強いでしょ? それに皆も、事の成り行きを知りたいなー、と思うと考えて……」
「あんたが、大変な事になった、て言うから来たんでしょう」
 類はやれやれ、と首を振る。
「抜け出してくるの、大変だったのよ」
 そう、四人ともまだ女子高生である。未成年者である。夜間の外出は禁止なのである。つまり彼女たちは夜分に家を抜け出してまでここに来たのだ。
「ほんと、携帯電話って便利よねー」
 杏里はとぼけながら口笛を吹いていた。ピーヒョロロロ〜♪
 とどのつまり、夜間に杏里が美玖に電話して、世間話の延長として今夜の噂を話したのだ。そしたら美玖が行くと言い出したので、止められずにしょうがなく、他の二人も巻き込んだのである。あ、もちろん野次馬根性も働いてますけどね。
 まぁとりあえず、既にこれ以上は答える気ゼロの杏里はもう放っておくことにした。と言うわけで類は美玖の方を向いて、
「それで、美玖は何で来ようと思ったの?」
 と聞くと、少女は少し頬を染めて俯いた。
「わかんない……でも、居ても立ってもいられなかったの。先輩がこんな時間に学校に侵入して、もしかしたら大変な事に巻き込まれてるんじゃないか、て凄く不安になって、そしたら何も考えずにとにかく行かなきゃ、て思ったの」
「そっ、か」
 類はそれを聞いて頭を掻いた。なんだかもう、止められないような気がしたのだ。
 そんな風に類が思っている時に、美玖はなにやら深刻な表情で顔を上げると、
「私、もう一つ決心したことがあるの」
 と言った。
「なに?」
「私ね、今日、先輩に告白するよ」
『な、…なんだってー!?』
 全員が思わず叫んでしまうほどの驚愕。
「ちょ、待て! 待って!」
「は、早まっちゃダメよ! 美玖!」
「ミクち、良っく良く考えて? 他に良い男はたくさんいるよ?」
 三人が必死で美玖を説得しようとすると、とたんに美玖は瞳を潤ませてこう言った。
「みんな……私の告白が先輩に受け入れられないって思ってるの?」
『だから反対だっての!』
 またまた綺麗にハモってますね。
「まったく。何度も言ってるようにね? あんな変態じゃ、美玖には釣り合わないって、あたし達はそう言ってるのよ?」
 うんうん、と他二人も大いに頷く。
「そんな、そんなこと!」
 と美玖が反論しようとするが、それと同時に上のほうから叫び声も聞こえてきた。
「うっ、ひゃあああああああっ―――――――――――――――――――――――!?」
 へっ? と思わず全員が、そのマヌケな絶叫へと視線を向けると、なんと北校舎の屋上から誰かがロープでぶら下がっているではないか! 誰もが息を呑んで見つめる中で、そのぶら下がった誰かは器用に脚で壁を蹴って衝撃を和らげると、左手の余ったロープを緩めて少しずつ降下し、不恰好ながらラペリングを始めたではないか。
 そんな、唖然とするような光景を見ていると、いきなり美玖が男に向かって声を張り上げた。
「せーんぱーい! なにやってるんですかー!」
 ええっ!? と三人が目を見張る中で、未だぶら下がりながらこちらを振り向いた聖哉が、
「あれー? 美玖ちゃん何やってんのー?」
 と更にマヌケな質問を投げかけてきたではないか。結構、余裕なんですね。
「それはこっちの質問ですよー!」
 美玖がまともな返事を返して、そのまま二人が会話に突入する様子を見つめながら、三人は大層、不安になったとか。
「ミクちー、ほんとにあんなんで良いのかな……?」
「すっごくダメな気がするけど……」
「もう良いわよ、気の済むようにやらせましょう」
 三人三様で溜息を吐きつつも。
 そんな事は知らない美玖と聖哉は、何故にか普通に会話を続けているのだった。
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