エピローグ 「変態聖哉の一大決心☆月夜の大告白」


 夜の校舎内非常識サバゲは終焉を迎えた。
 結果は老貴チームの圧倒的勝利。なにげに、聖哉は飛び降りたときに弾幕が背中に直撃していたんですね。
 当初の目的である「球技大会・男子サッカー決勝での決着」は、結局のところ優勝した3年E組からは聖哉しか出ていないということで、初めから用を成していないのが実情であった。なので正直、皆サバゲがやりたかっただけなのである。だから終わった頃には和気藹々、全員が仲良く談笑している始末であった。
 そしてサバゲ終了後には、北校舎内に大量にバラ撒かれた白色BB弾の掃除をすることになったのだが、何故にかその場に居合わせた美玖たち四人にも手伝ってもらって、効率よく一時間ほどで無事に終了したのである。途中、フラッシュ・ライトの電池が切れて蛍光灯を点灯させねばならなくなるアクシデントは発生したが、概ね校舎内は元の静けさを取り戻した。
 ちなみに片付けを手伝わされた美玖以外の三人は一斉に口を揃えて、
「なんであたしら、こんな事してんだろ……」
 と哲学的な難題を考えていたので、そっとして置いてあげる優しい男子諸君であった。
 まぁそんなこんなで、それぞれが帰る頃には夜中の一時を回っていた。忍び込んだときと同様に南校舎の空き教室窓から脱出(女性陣が窓を乗り越えようとするのを手助けしようとイヤらしく指をワキワキさせる者が続出)し、正門を難なく飛び越えて、彼らは家路に付いたのである。ちなみに家が同じ方向の何人かは女子を送り届けて行った。
 こうして、小川南高校を舞台とした長い夜は終わりを告げ、心地よい疲労感に包まれたメンバーが休息の為に帰っていくのであった。
 例外はたった二人の男女のみである。



 静かな場所が良かったのだ。それに今は初夏だから、外にいても風邪を惹くことは無いだろうと、そう考えたのである。
 だから聖哉は、美玖をこの公園に誘った。小川南高校校舎からものの数分しか距離は無い、ちっちゃな噴水のある、こじんまりとした公園だ。そこのベンチに腰掛けて、これまた小さなライトに控えめに照らされた噴水の水滴を見つめている。小さな輝きは、見ていて心を和ませてくれる。こんな時間にここに寄るのは初めてだが、正直、来てよかったと思った。
 現在時刻は深夜の2時。星空は……あまり綺麗じゃない、残念ながら。でも月は良い具合に自己主張を強めていて、雰囲気は満点だ。
 聖哉は空を振り仰いだ。自分から誘っておいてなんだけども、この場の空気が少し重い。緊張しているのだ、二人とも。特に表情の筋肉が強張ってしまっている自分の雰囲気が伝わってしまっているのだろう。
 何故ならば、ここに来るまでに二人はほとんど会話を交わしていないからだ。慣れない場面、ここは腹を括らなければ――と思いはするが、そのタイミングを掴みきれていない。
 それじゃダメだ、と思う。言わなきゃならない。決まりきった、その言葉を。
 スッ、と目を閉じて、息を吸った。
 その瞬間に聴こえたのは、ハァ、と言うもう一つの深呼吸だった。続けて美玖の声がした。
「先輩……!」
 フと、聖哉の頭がクリアになった。



「あの……せ、先輩!」
 沈黙の緊張が重かった。精一杯の勇気を振り絞って口を開いてみたけれど、今の美玖は濃密なプレッシャーに押し潰されて、頭の中が混乱状態にあったのだ。何も考えられない、と言ってもいいだろう。自分の気持ちを伝えたい、とそれだけが逸って、頭の中で言葉が整理されていない。だから美玖は、自分の口からどんな言葉が出るか、全く分からない状態にあったのである。
 しかし少女は、次の言葉を紡げなかった。
 声を出すのと同時に、ほぼ反射的に聖哉へと向けた瞳が、彼のそれと重なったのだ。
 真っ直ぐに自分を射る、その潤み輝いた瞳と。
「――love me do」
 そっと、静かに。聖哉の唇が揺れる。紡ぎだされてきたその言葉に、美玖は困惑の色を浮かべた。
「え? あの、なんて……?」
 少女のそんな様子に、聖哉が優しく微笑を浮かべた。その表情が余りにも自然すぎて、美玖の頬に赤みが差す。
「君が好きだと言った曲。ビートルズが始めて世に送り出した自作曲、『LOVE ME DO』だよ。直訳は『愛してください』――この端的な詩が、僕に勇気をくれるんだ」
 聖哉はここで一拍置いた。緊張を吐き出すように、宙を仰ぎ、細く長く、息を吸う。そして再び真っ直ぐに美玖を見つめてきた。
「僕はね、美玖。君を愛している。だから君に、僕を愛して欲しい」
「えっ……」
 美玖の頭の中が真っ白になった。しかしそれは酷く心地が良い、浮遊感を伴うような喪失感であり、まるで夢の中にいるかのような甘い囁きだったのだ。
 聖哉は少し目を伏せてから、もう一度、美玖を正面から捉えた。真剣な瞳。今まで見たことも無い位、その表情は直線的だ。嘘偽り無く、全てを開き直ったかのような澄んだ姿勢だった。
「僕は美玖の、恋人になりたいんだ。気持ちに抑えが利かなくて、どうしようもないくらいに伝えたかった。――僕は君を愛してる。だから君に、愛してあげると、言って欲しい」
 二度目の告白はより強烈だ。美玖の身体を、まるでお寺の大鐘が叩かれたかのような衝撃が襲う。その証拠に、全身を駆け巡った言葉のインパクトが、少女の全身に響いて震わせているのだから。
(うそッ…………!)
 美玖は両手で口元を覆っていた。震えの止まらない身体が、美玖から言葉を失わせているのだ。目頭がカァーッと熱くなり、次の瞬間には全ての光景が揺らいで流れる。涙が伝って、頬がとてつもなく熱くなった。
(先輩が……私のことを好きだって……!)
 彼女は思わず、顔を伏せてしまっていた。地面を向いて両掌で顔全体を覆う。こんなみっともない顔、とても先輩に見せられない。
「うっ…うあ、ううっ……」
 知らず知らずのうちに嗚咽が流れ出してしまう。目元を覆った掌は涙でビッショリ濡れて、美玖は顔を真っ赤にしながら、早く何か言わなきゃ、と思っていた。
(先輩が、私のこと、愛してるって……そう言ってくれた!)
 それは感動だ。感激が身体の中を走り抜けているのだ。夢にまで見たこのシチュエーションに、美玖は酷く混乱しているのである。
(嬉しい……嬉しい嬉しい!)
 歓喜に咽び泣く。人生で始めてのこの経験を、この喜びを彼にも伝えたい。そしてその返事を彼に言いたい、今の気持ちを分かって欲しい! そう思いはするものの、身体の震えと止まらぬ涙に、美玖の言葉は詰まって出てこなかった。
 早く、早く伝えたい。心配そうな先輩に、これは嬉しいからですよって言ってあげたい。だからお願い、私、早く泣き止んで――
 必死に身体を押さえて、美玖は自らの心を落ち着けようとする。しかしそう念じれば念じるほど、感動の波は大きくうねり続けるのだった。



 顔を真っ赤にして蹲る美玖の姿。そんな少女を見たとき、先程までの威勢はどこへやら、聖哉はとてつもなく焦ってとてつもなく取り乱していたのであった。
「み、美玖ちゃん!? ご、ごめん! 変なこと言ってごめん!」
 や、ヤバイ! まさか泣かれてしまうとは、やはりカッコつけて呼び捨てにしたのはマズッタか。ていうかボクなんて普段使わねぇっての。斜めに入ろうとしすぎたか、もっと真正面から告白すれば良かった――
 様々な後悔の念が心の中に渦を巻く。やっちまったなぁ、と情けない心情で激しく反省しながら、聖哉は俯く美玖に謝り続けた。
 そんな少しばかりマヌケな状況がしばらく続いた後。
「――――――――――――――――――ですよぉっ……」
 嗚咽の中に声を聞いた。そんな気がして、思わず
「えっ?」
 と聞き返すと、今度は鼻声ながらもしっかりとした返答が返ってきた。
「ズルイですよぉ……」
「へ? ズルイの?」
 なんだか的外れなオウム返し。そんな聖哉に、泣き腫らして真っ赤になった目を向けて、美玖が拗ねたような声を出す。
「だって……私が考えてた告白よりも、ずっとずっと、ステキなんですもん」
「えっ? と、言うことは――」
「先輩……私、嬉しいです。私も先輩に愛して欲しい、だって私も先輩のことを愛してるから」
 キッ、とまるで睨みつけるかのような、そんな視線で聖哉を見つめる美玖。一瞬だけその迫力に怖気づく聖哉だが、真っ直ぐでひたむきな瞳に、すぐに吸い寄せられた。
 綺麗だ、と思う。月光に濡れ光る少女の姿は神秘的ですらある。
「……もっと、近づいていい?」
「はい、いいですよ」
 カラカラの喉から思わず出ていた言葉に、すぐに美玖が反応する。腰を浮かせて美玖に身体を寄せると、少女は甘えるように聖哉の胸に頭を預けてきた。
「どうしたの?」
「泣き顔なんて……そんな長く見るものじゃありませんよ。女心を分かってください」
「そ、そうなんだ」
「……先輩、抱きしめて」
 トン、と心拍数がより回数を増す。自分でも分かるほどに鼓動が激しくなったのは、美玖の言葉が刺激的だったからだ。
 うん、と答えて、聖哉は美玖の肩に腕を回した。こんな感じでいいのかな、と心配になりながら、その腕に力を込めてみる。より強く頭を胸に押し付けるような形になった美玖に、恐らく聖哉の鼓動は聞こえているのだろう。何故なら美玖も、背中越しに分かるほど激しい脈動を繰り返しているからだ。
「ね、先輩」
 美玖が小さく声をかける。
「なに?」
「私、先輩の恋人になれて凄く嬉しいです。いつまでもこうして、抱き合っていましょうね」
 静かに弾んだ声音だった。そんな美玖の、言葉通り嬉しそうな声に、聖哉もより幸せを実感した。
「うん。歌詞にも書いてあるもんね。『I'll always be true』――いつまでもぼくの心は変わらない、って」
「もう、先輩! 歌はもう良いじゃないですか!」
 そんな風に笑いながら、二人で夜の公園を眺める。不思議なことに、こんな小さな広場の、小さな噴水の水飛沫も、二人で見れば全てが輝いた新鮮なものに映った。
(恋って、こう言うのなんだな)
 なんだかベタでお決まりの感想や情景が身に染みる。一瞬で世界が幸せに満ちるのだ。それは何とも不思議な感覚だった。
「ところでさ、美玖ちゃん。一つ質問してもいい?」
「なんですか?」
 聖哉が頭を下げると、胸の中の美玖は見上げるように上目遣いになる。そんな新鮮な感覚にドギマギしつつも聖哉は、
「初めてのチューは、いつしようか?」
 そんなどうでも良い質問だった。いや、どうでも良くはないんですけどね。
 美玖はそれにしばらく考えた上で、
「三回目のデートが良いです」
 と真面目に答えてくれた。
「……一回目じゃイヤ?」
「イヤですよー」
「じゃ、今とかダメ?」
「ダメですよー、三回目まで待ってください」
 クスクスクス、と微笑みながら答える美玖に、マヌケな質問を繰り返す聖哉。
 奇妙な偶然が生んだこの恋がどうなっていくのか、それは誰にも分からない。
 ただ、この小さな公園で起きた小さな奇跡は、上弦の月が照らす夜に始まったばかり。これからの成長を、この美しい暗闇は見守ってくれるだろう。

 今宵、芽生えたこの奇跡に、月夜の祝福がありますように――

Love me do ―end―
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