第一章 第二話「戸惑いの変態たち」 待ちに待った放課後の部活動♪ 聖哉は遅れて部室(空き教室)に入ってきた。 顔色は優れなかったが、まぁそんなことは全くもって気になされないことで。 教室の黒板前、演壇に立つ多比都 輝(たひと あきら)は、チラとこちらに視線をやっただけですぐに外し、また演説へと戻っていく。 「――従って、今回もまた我らの団結力と実力と言うものを意味も無く発揮する場であり……」 何を喋っているのかは、まぁ後から来た聖哉には分からないのである。 とりあえずスライド式ドアを閉めて中の様子を窺った。里辺 利一(さとべ としかず)がこちらに向けて手招きしていたので、祐人、伊佐樹、そして丸田 啓一(まるた けいいち)と硝子 峻(がらす しゅん)、岩崎 真二(いわさき しんじ)らに軽く手を上げた後で、利一へと向かった。 「どした?」 と座りながら問いかける。 「どうでした?」 答えはこんな感じで要領を得なかった。 「どうだった、て? なにが?」 余計に疑問符を浮かべながら聖哉が聞いたところで、 「てめぇうるせえ!」 と輝に怒られる。演説の邪魔だったようだ。 「ごめん!」 聖哉がそう叫ぶと、 「良いよ!」 輝は何事も無く演説を続けた。 「え〜……従って今回のクラスマッチはだなぁ――」 輝が再び喋り始めたので、とりあえず利一に、後でな、と言って前に集中してみる。 「我々、『スーパーホーネットってF−18なのかFA−18なのかが釈然としないことに厳重な抗議を訴え、尚且つ真実の程を検証する為に考察する同好会』が死力を尽くすべく……」 ……………………。 裕人が手を挙げた。 「なんだ? ジェラード」 輝が祐人の発言を許可した。ちなみにジェラードと言うのは、「せら ゆうと」の語感がイングランド代表MFでリバプールFCキャプテンのスティーブン・ジェラードと似ていることからあだ名として裕人につけられたコードネームである。 んな事はどうでも良いのである。 でもスーパー・ホーネットって、F/A-18じゃなかったっけ? 祐人は呆れたように、 「気分だけで毎回毎回、同好会の名前を詐称しないで貰いたい」 ホーネットなんざどうでも良いのである。 「お気に召さないか?」 「だってこの間は、『イラン‐イラク戦争で使われた毒ガスが果たしてタブンだったのかサリンだったのかを突き止める研究会』だった気がするぞ」 と発言したのは伊佐樹である。 (確か……イラクは両方のガスロケットをスカッドミサイルに積んで発射してなかったっけ?) 聖哉はそう思ったが、実はこの時は輝が勝手に答えを見出して自己完結していたのでゴタゴタになったという経緯がある。 まぁとにかく。 実はこの部活(同好会?)は、学校に届出を出していない、ただの友人連中の集まりでしかないのである。なので名前も創設者の輝が気まぐれに決めるのだ。ダメダメじゃん。 そして名称を知っている輝の方は何も気にすることなく、 「名前などどうでも良いのだ!」 と言い張るのである。そして今回もそれで躱す。 「……………………もう良い」 祐人は毎回、こう陳情しては、こう返すのであった。だから日常茶飯事なんですね。 「他に疑問は?」 輝が室内を見回した。 野郎だらけの暑苦しい、そして人数が少ないので隙間風が肌寒い、そんな光景だけが広がるもの寂しい教室。 ん、と一つ頷いて。輝が再び演説に向き直る。 「まぁとにかく。我々は今回も、精一杯の運動量で今クラスマッチもチームの勝利に貢献したり、チームの勝利に大きく影を落としたり、チームの勝利に大きな足枷になったりと、自らの持てる力をフルに発揮するべきときであり、それこそが我が部の創立理念なのである」 そうなんですか? 誰もがそんな事を心の中で思いつつ。 (絶対、そんなことが部活の活動内容じゃない……!) などと露骨に考えながら、しかし聖哉は輝の話に耳を傾けねばらなかった。 そんなこんなで身の無い話が30分以上続くので省略。 「…………と、言うわけで。今回も『最も輝くことができなかったでshow』な者には恒例の罰ゲームをやってもらおう」 輝の話がようやく本題に入った。 ビクッ! と肩を震わせたのは聖哉であるが、輝は気付かなかったようである。 「なので今回もあれを実施したいと思う。聖哉!」 「は、はい!」 「あれで良いよな」 「…………いや」 「へ?」 輝が呆けた声を出した。 利一は、ああ、やっぱり、と首を振っていた。 ちなみに他の人間も呆けていた。 そんな集中する視線を前に聖哉は、 「あー……今回は、ちょっとぉ」 「あー……、ちょっとぉ」 輝はそう言って頷いた。 ……………………。 「じゃあ罰ゲームは考えるか」 輝はそう、納得した様子である。 ほっ、と聖哉が胸を撫で下ろす。 利一が顔を寄せて、 「やっぱりあの事ですか?」 と聞いてきた。 うん、と正直に頷く。 こないだので少しトラウマなのである。 だから今回は、ちょっとぉ…… てな感じ。 ちなみに輝は、誰か他の罰ゲーム知ってる人は居ない? と全員に呼びかけているところであった。 そんなこんなで小一時間。 結局、一番活躍できなかった奴が全員に飲み物を奢る、という途轍もなく変哲の無い結論に至ったのであった。 「こんなのじゃぁつまらないのに……」 と輝がブツブツと呟くのを他所に、会議終了後の他の者たちは思い思いにダベっているところである。 当然、聖哉と利一もそうなのだが、今日は少し様子が違うのである。 「どうかしたのか?」 そう、聖哉が切り出すと、 「え?」 と利一が首を傾げる。 「なんか話があったんじゃ……」 呆れ顔で言ってやると、言葉の途中で利一が頷く。 「そうだったそうだった……、先輩、辺莉さんの様子を聞きたかったんですよ」 「……辺莉さん?」 誰? と聖哉が疑問符を浮かべると、 「こないだの罰ゲームで先輩が失敗した娘です」 「っ!」 聖哉が口を開け放す。 ちなみに白目になる。 顔色を青くしてガタガタと震え始めまでする。 嫌なことを思い出してしまったのである。 ガタガタガタ。 そんな聖哉の様子を見た利一が慌てて、 「お、落ち着いてください! 先輩!」 と両肩を掴んで前後に揺すった。猛烈な勢いで。 ガクガクガク。 「オボボロベベベェェェゴゴゴォォォォ……」 猛烈な勢いなので、聖哉の口から訳の分からない奇声が漏れる。 それから4,3秒くらいして。 「はっ!?」 と聖哉が意識を取り戻すと、 「せ、先輩! 大丈夫ですか?」 「ちょっ、ちょっと待って……」 聖哉が先程とは種類の違う青い顔をしながら窓の外を向く。 オゲェェェェッ。 ベチャベチャベチャ。 生々しい吐瀉音を響かせながら窓枠の外に首を突っ込む聖哉くん。 わー、ぎゃー、汚ねぇー、誰だー、などと凄い悲鳴が下から聞こえてくる。 …………………。 「はふぅっ」 気持ちの良さそうな溜息とともに、幾分か血色の良くなった顔で向き直る聖哉。 な、なんじゃこりゃー! 誰だゲロ吐いた奴はー! ってかどっから降ってきたこれー! などの階下の怒号を完全無視して、聖哉は利一に向き直った。 「なんだっけ?」 「…………………」 良いのかよオイ、と利一は戦慄したとかしないとか。 まぁそれはともかく。 「え〜っと、俺のクラスの辺莉さんなんですけどね」 聖哉がまた白目を剥いて震えだした。 またかい! と利一が息を呑んだが、ゴクン、と無理矢理に聖哉が胃液を飲み込むと、 「あの時の女の子か……」 確かめるように呟いた。 「はい、そうです。彼女、先輩と同じ風紀委員だったから……」 「んむ。話しかけられたよ」 「へ?」 「ただ……ね。今から思えば疑問なんだが、責めてたって雰囲気じゃなかった。あの様子なら周囲に漏らしてるって事もなさそうだったしなぁ」 どうにも腑に落ちない、そういう顔で聖哉が首を傾げる。 それに、二ヶ月も経った今頃に確認してくるというのも、また解せない話である。 聖哉の予想の範疇を遥かに超えているといっても過言ではないだろう。 「……そうですか」 利一はそう頷いた。 「ま、この調子なら漏洩の心配は無いと思うんだよなぁ。だからもう暫く待てば大丈夫だろう」 聖哉は楽観的に利一の肩を叩くと、そのまま祐人たちの所へと歩いて行った。 * 取り残された利一は、そうですかねぇ、と心配そうな顔で聖哉の背を見つめる。 「そう簡単には片付きそうもないですよ、先輩……」 呟いて、最近の辺莉 美玖の様子を思い出す。 あれは一学期が始まってからすぐのことだったか。 最初に接触してきたのは彼女の方である。 「あの……里辺くん?」 呼ばれて顔を上げてみると、そこに長身の少女が立っていたのである。 美人である。 「な、なに?」 かなりドギマギしながら、利一は何とか返事をした。 辺莉 美玖が利一に話しかけてくるなんて初めての事である。 普段の少女はクール・ビューティーだ。その美貌ゆえに思いを抱いている男子は少なくない。しかし、独特の雰囲気を纏った彼女は、クラスでも特別な存在と化していた。仲の良い数人の女子としか話しをしないのである。各組に数人は居る、お茶らけたタイプのいわゆる「社交性が高い」男子生徒が何人も、まず話しかけること、そして仲良くなることに挑戦してはいるが、その時点で撃墜することが多い。それほど気難しい少女なのだ。 そして当然、対人関係において決して優位性の取れるタイプではない利一には、彼女が話しかけてくるなんて信じられないことなのであった。 なので頭の中は大根がRunningしている状態なのである。 (委員会……は違うよな。俺、図書委員だし。じゃあ部活? 関係ないって。なら授業かな。――でも友達に聞くだろ、普通? 日直? 今日じゃないって) 必死に、利一は頭を働かせていた。 そして一つの事実に気付いた。 ――あの事か! 変態罰ゲーム事件である。忘れていたが、そういえば彼女は被害者だ。 そう利一が思い当たるとほぼ同時に、 「里辺くんって、上井先輩と仲良かったよね? 少し教えてほしいんだけど……」 ああ、やっぱりか、と利一は頭を抱えた。 仲間にしてほしくない。 そんな思いが利一の胸中を満たしていく。 よし。 関係ないフリをしよう。 他人のフリをすれば良い。 密かにそんな決定を下す。 「上井先輩がどうかしたの?」 利一は爽やかに素知らぬフリをした。 「……あの時、いたよね?」 ビクリッ、と不自然に肩が揺れた。 嫌な汗が出てきた。 全身に。 ビッチョリと。 「な、なななな、なはぁーんの事かなぁ…………!?」 既に呂律すら回らないのである。 バレてたから。 知られていたからである、あの時のことを。 その様子で動揺がバレバレ。 馬鹿ですね。 「一週間も経ってないよ」 美玖は逃げ道を完全に塞いだ。 はははははははっ、と利一は渇いた笑い声を上げるしかない。 どうしようもない状態である。 はははあははははあっ、と奇怪な笑みを浮かべていた利一。唐突に、 「お、俺は違うんだよ!」 と必死の形相で叫んで、周囲を大層、驚かせたそうな。 美玖も驚いていた。なのでその隙に利一は言い訳で畳み掛ける。 「あれは先輩の独断専行で、俺は無理矢理に連れて行かれただけなんだよ! 『俺の美しき勇姿を後世まで伝えるにょろよ〜』などという訳の分からないことを言いながら街を徘徊し、手近な美人に奇怪な台詞を投げかけ、その反応を見てほくそ笑む様な変態な先輩なんだ! あの奇行はもう異常だよ! あの人は精神的にヤバいんだ! この思春期のストレスを吹き飛ばす為の、ボクは18、親嫌い、何でも反抗症候群の一端をああ言う形でしか発散できない、頭の中が可哀想な人なんだよ! だから俺は無実なんだ〜!」 もう既に何をいっているのか自分でも分かっては居ない。てか聖哉を完全な異常者扱いである。誇張されているのである。可哀想な人とは何だ! いや、でも前半は当て嵌まってるんですけどね。 そんな利一の鬼気迫る様子に目を丸くしながらも美玖は、 「い、いつもやってるの?」 と聞いてきた。 ウッ。 そんな質問が返ってくるとは。 予想外この上ない。 「い、いや、いつもって訳じゃないけど、その……たまに、ね?」 と上擦った声で答えるのがやっとである。 ちなみに、たまに、と言うよりもあの罰ゲームはかなり珍しい。だって罰ゲームだし。頻繁にやられても困るのである。それに聖哉は、言うほどの変態性を外に出してはいないのである。 (先輩、ごめんなさい……) 利一は心の中で謝った。 でももう取り返しはつかないのである。 そんな利一の心中を知ってか知らずか、美玖は少しショックを受けたような表情で、 「そうなんだ……」 と考え込んでいた。 (んっ?) 美玖の様子に首を傾げる。 つまりそんな余裕があるということは、実はあんまり罪の意識が無かったって言うことですね。 まぁそれは良いとして。 (この子、もしかして……) 利一は別の意味で背に嫌な汗を浮かべる。 んな馬鹿な、という思いが胸中に広がっていった。 いやまさか、でももしかしたら、そんな―― しかし美玖は顔を上げると、 「うん。ありがとう、里辺くん。変なこと聞いちゃってごめんね」 と言って去っていってしまったのだ。 後に残された利一は、あれ? 辺莉さんってこんなにフランクだったのか? だなんて失礼な疑問を抱きつつも、 (あんな変態のどこが良いんだー!?) という最大の難関に悩まされていたのであった。 と言うことがあったのである。 利一はその悩みに未だに答えを見出せていないのであるが(そしてその悩みは物凄く失礼なものなのであるが)、とにかくなんだか訳の分からない不安に、日々心を痛めているのである。←あんまり痛めてないけど。 「なんだか一悶着ありそうな予感ですよ、先輩……」 そんな風に呟いて、皆とダベる聖哉の背を見るが、別に俺が何かあるわけじゃないから良いかなぁ、とも思う薄情な後輩なのであった。 |
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