第二章
 第五話「変態たち、いきなりの当日」



 さて、球技大会当日である。学生たちがクラス対抗で精一杯、自らの力を出し尽くすその二日間、彼らの中に(きっと)ドラマが生まれるのだ。
 一日目の今日、3年C組の男子バスケットボール一回戦は、一年生相手に大爆発であった。
 その張本人が、FWとしてスターティングメンバー入りした硝子 峻にあることは言うまでも無い。
 部活入りしていない素人集団のクラスマッチ・チームの中で、右からの鋭いクイック、そこから来るカット・イン、強引なまでのシュートシーンは、豪快の一言であった。まだ学校にすら慣れていない一年生がこれを止めるのは、少しばかり難しいのだ。
 普段は余り中に入らない峻がこうしてドリブルをする理由は、SGに入った真二にある。外からのシュートセンスが高い真二を援護する為に、中に切れ込んで相手を引き付ける。FWながら峻は、PG的な仕事をもこなしていた。
 10分ハーフの試合、後半残り3分のところでまた一つ、峻の見せ場がやってくる。
 相手方のファールからスローイン。ハーフラインから少し前に出た峻にボールが渡ると、即座に一人がチェックに来る。それを右サイドから躱すと、スリーポイントラインまで味方が押し上げ、ディフェンスが下がる。マンツーマンディフェンスの為、峻の前には一人しかマークが居ない。それを、ボールを左右に持ち替えながら惑わせ、左足を一歩踏み込むだけで引き付ける。あとはそのフェイントを布石に右に切り返し、楽々と追い抜いた。
 目の前の、ゴールに向かうまでの大きなスペース。バスケットに目をやり、腰を屈めてドリブルを低くする。踏み込みを早くしてスピードを上げると、囲みに来た2人のディフェンダーを尻目に左足で跳んだ。
 閃光の様な切込みからレイアップ・シュートへ。少し浮かせる感じでボールを放り、軌跡を目で追いながら、身体はボードの裏へと流れる。
 ピッ、と笛が鳴ってスコアボードに数字が追加されると、振り向いた峻の目の前をボールが通り過ぎた。
「よっしゃー!」
 右拳を高々と掲げて自陣コートに戻ると、二階ギャラリーで応援していたクラスの女子が、黄色い歓声を上げていた。
「峻くんナイッシュー!」
「いいぞ、いいぞ、ウィリアム!」
 絶好調の峻くんに女の子たちは釘付けである。
 そんな様子をベンチで見ていた啓一は、隣で冷やかしに来た祐人や輝に向けて、
「さすがはオガ南のフラッシュ・ウェイドだね」
「マイアミヒートのドウェインもビックリだ」
「まるで閃光のごときカット・インだよ」
 と口々に賞賛したとかしないとか。
 その後も真二のアウトレンジ2ポイントが決まり、結局、一年生相手に28−16という大人気ない数字で、C組は初戦を圧勝したのであった。

 などと峻たちが大盛況で試合を終えた頃。
 聖哉は一人、校門前で委員会活動に勤しんでいた。っても立ってるだけなんですけどね。
「にしても、なはぁぜに人が居らんのか……?」
 思わず独り言を口走ってしまう勢いである。
 風紀委員会の球技大会活動。それは校門を見張っているだけだ。クラス番号ごとに時間を割り振って、規定時間、校門前に居る。ただそれだけの仕事。
 なのに。
「ロンリー、ロンリー、ロンリー、リラー……」
 と鼻歌を鼻ずさんでしまう程だ。
「さんねーん、Eぐみー。環八せんせえー」
 訳の分からないギャグを繰り広げながら、聖哉は孤独の寂しさを噛み締めていた。
 ちなみに二年の伊佐樹は競技中である。一年生はサボり。聖哉のクラスの同じ風紀委員も競技中。
 誰か来てよ、と泣きたくなった。ここには学校をサボろうとする者すら訪れないのだ。
 はふぁ、日差しが気持ちいい。そんな現実逃避とともに6月梅雨時の快晴の中でウトウトしていた時だ。
 ふと、誰かの足音が聞こえる。それに目を開けると、一人の少女が下駄箱からこちらへと向かってくるところだった。
 む? と思う。単純に視力がメガネまでギリギリの聖哉には見えなかっただけだ。
 なのでもう少しして、その人物が体操服姿の辺莉 美玖だと理解した。
(ん、仲間……)
 ようやく一人から解放されるか、と伸びをして目を覚ましてから。
 ハッ、と気付く。
「んん!?」
 辺莉 美玖。
 こないだの罰ゲームで大失敗した少女だ。
(オーウ!)
 しまった!
 彼女はE組だったのだ!
 聖哉は、思わずキラートマト相手に「ケチャップ無い?」と聞いてしまったくらいに頭を抱えてしまう。
(うわっ、気まずい!)
 と思ったのだ。
 しかしそんな風にしている間にも美玖は近くにやってきて、
「あの、遅れました……」
 と恐縮している。
 そんな様子に思わず、
「んあ、ああ。いや、いいよ。どうせ誰も居ないし」
 聖哉がそういうと、美玖は辺りを見回して、
「先輩だけですか?」
 と聞いてきた。
「ん。なんか俺だけ」
「みんな競技中でしょうか?」
「2人だけね。一年生はサボりだと思う」
 なんだか普通に会話になっている。
 聖哉はそんな少し和やかな雰囲気に、すぐに気まずさを忘れていた。
 そんな折。
 携帯電話の電子音が鳴り響いた。
「きゃっ!」
「!」
 美玖が驚いて悲鳴を上げる。おや、カワイイ声だな、と思いつつも、聖哉はその着信音に聞き覚えがあった。
「す、すいません」
 少し顔を赤くした美玖が、慌てて電話を取り出し、確認する。メールだった様子で、そのまま数十秒、何事かを打つと、すぐに電話をしまった。
「ごめんなさい、こんなタイミングで来るなんて思わなかったから……」
 だから凄く驚いて。
 そんな風に美玖が弁解する。
 いやまぁそれはともかく。聖哉にはもっと気がかりなことがあった。
「珍しいね?」
 思わず、そう言ってしまう。
「え?」
「『Love Me Do』でしょ? 流石に女子高生がビートルズは珍しい」
 しかも着うたでしたよ。
 そんな聖哉の失礼な質問に、美玖は少し頬を朱に染めて、
「好きなんです……。あの、父がビートルズ・アンソロジーCDを持ってて。最近なんですけど、借りて聞き始めたんです」
「へぇ……」
 チラッ、と美玖が上目遣いに聖哉を見る。その、恥らった表情に凄い色気を感じ、思わずドキッとしてしまう。顔に血を上らせながらも、しかし聖哉は内心の動揺を必死に隠そうとした。
「先輩も、良く分かりましたね?」
「んあ? 俺?」
「男子高校生がビートルズのナンバーを知ってるのも珍しいですよ」
「そ、そうかなぁ……」
 と誤魔化そうとしたが、ジッと美玖が見つめてきたので、ふと思い直す。
 たまにはこう言うのも良いかも知れない。
「んー。俺も親父がアンソロジーを持っててね。車の中でよく聞いてるんだよ」
 それで? と、目で促される。聖哉は恥ずかしいながらも決心を固め、
「親父が持ってたのはそれだけなんだけどさ。昔っから、CDはそれしかなくて、車で遠出するときはそれを聞いてた。ガキの頃は興味なかったし、なに言ってんだかわかんねぇよ、て思ってたんだけどね。最近になってちょっと、興味湧いてね」
 そこで言葉を途切れさせる。余計なことを喋るか省くか、と迷ったのだ。
「なんで興味が出たんですか?」
 どうするか、と考えているときに、その部分を美玖が問うてくる。少し目を輝かせている感じに見えて、やけに食いつきが良いな、と思った。
 だから喋ってしまうことにしたのだ。
「衛星放送のヒストリーチャンネルでさ。NHK編集の『映像の20世紀』あたりかな? そういう番組が放送されてたんだよ。暇だから見てたら、60年代のアメリカが舞台でさ。ビートルズが『She Loves You』を歌ってるところだった。あれ? 聞いたことあるな? と思って、親父からCDを借りてみたんだけどね」
 そう言って聖哉は笑った。
「ま、それからパソにCDをセットして、Media Playerに取り込んで、んで聞きなぐってるって訳だ」
 ハハハ、と今度は照れ隠しに笑ってみる。やけに恥ずかしいのだ。自分のことを、女の子に喋るなんて。
「そうなんですかぁ」
 美玖も笑顔になってくれる。
 その場の雰囲気が柔らかくなった。非常に和やかだ。
 変な話だが、この時なぜか、平和だなぁ、と思った。
「先輩はどんな曲が好きですか?」
「好きな曲? んー。結構いっぱいあるよ」
 そう笑った上で、
「そうだなぁ。『I want to hold your hand』とか『Penny lane』とか。でも、アンソロジー1の、初期の頃の楽曲が好きかも。君は?」
「わ、私ですか? 私は……。あの、やっぱり『Love Me Do』かな?」
「ははっ。携帯の着信だもんな」
 それだけ好きなんだな、と思うのである。
「俺もこの曲は好きだよ。あの独特の響きある感じが」
「やっぱりですか! リズムが他と違いますよね」
「クセのある曲は好きだね、やっぱり」
 気付けば笑って喋り続ける自分が居る。
 変だな、と思う。緊張している自分が居るのに、こんなに何も考えずに会話を交わせる。
 不思議な女の子だ。そんな風に思いながら、聖哉は美玖とともに、委員会の活動時間を2人きりで過ごしていった。



 委員会の当番時間が終わって。
 それじゃあね、と自分の競技に先輩が向かってしまってから。
 美玖は先程、自分が挙げた曲を思い返す。
 『Love Me Do』――
(なんでこれを挙げたんだろう……?)
 美玖が一番好きなビートルズのナンバーは『Free as a Bird』だ。
 なのに、まず始めに口をついて出たのは、この『Love Me Do』。
(なんでかな?)
 考えて、もしかしたら自分の心が出てしまったのか、と思う。
 love me do、つまり「私を愛してくれますか」――
(先輩は、私を愛してくれますか? 私があなたを愛していると知っていますか――?)
 そこまで考えて、美玖は首を振った。
(私、なに考えてるんだろ。こんなこと考えたって意味無いのに……)
 少女は一つ、深呼吸すると、グラウンドへと向かった。
 次は聖哉がサッカーをする。その姿が見たくなったのだ。

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