第三章
 第八話「変態疑惑の浮上」



 PK戦勝利で幕を閉じた球技大会。
 その決勝でかなりの大活躍をした聖哉は、実は後にかなりの人気を博したり話題に上ったりしたのである。
 しかし残念なことに、人付き合いが極端で自身もかなりの変態と(不本意極まりないが)目されている聖哉には、話しかけたりはするがその異質感に肌が合わず、敬遠されたりすることが多い。またその独特の雰囲気に女子などは気後れしてしまい(決して容姿が悪いわけではないです、普通です)、最終的に聖哉は、なんら変わりない日々へと再び突入することになったのであった。
 それに比べて、大会を通じて大活躍だった面々はそれなりの変化に見舞われることになった。
 まずバスケット。2人でクラスを二位に躍進させた、としてF組の峻と真二は人気が高い。峻はその少し特殊だが気さくな性格で周囲から注目され始めたし、真二はクレバーな性格と冷静なプレースタイルに憧れを抱く女子が増えた。そしてそのせいで、2人は何のお零れも無い聖哉たちから酷い扱いを受けたりしている。
 次にサッカー。F組の三位決定戦で、遺憾なく攻撃力を発揮した輝と祐人は、元来の容姿の良さに、今までは無かった球技大会での活躍シーンが反映され、潜在的ファンが急増である。ただしここら辺に来ると、すでに理解している分だけ、聖哉も疎むようなことはしなかった。諦めの境地ですね。
 そして次に、2年E組の2人。伊佐樹と利一は、決勝での同点弾でクラスのヒーロー扱いを受け、利一は飛躍的に組内の友人が増え、伊佐樹は多くのヒモ・ターゲット獲得に成功した。なのでからかわれる種になってるんですね。
 ただ、何より変わったのは、抜群のサッカーセンスを披露した老貴兄弟だろう。彼らはサッカー部にスカウトされ入部、その美麗な容姿と最高のパフォーマンスで、サッカー部の練習には女子が張り付いてちょっとした公開練習状態だ。学校内での知名度も上がり、今や2人はアイドルなのである。



 そんな中、聖哉にもあれ以来の吉報と言うものは増えたのである。
 一人の女の子と仲良くなれたことだ。競技とは関係ないものの、委員会活動中に意気投合した辺莉 美玖である。聖哉としては生涯でも珍しい女子の話し相手(しかもこんな上玉は初めて)にドギマギしてはいた。人見知りしがちで、新しい人間に対しては常に構えがちで気を使う聖哉。正直、一度だけ会話をした程度では関係が続けられないシャイ・ボーイな彼ではあるが、このことに関しては美玖が積極的に聖哉に話しかけてくれた。外面上も噂話でも、そんなにアクティブではなさそうな彼女だが、聖哉には凄く能動的に接してくれたのだ。そのために聖哉も気軽に心を開くことができ、聖哉のほうから話しかける場合も出てきたのである。
 人生のうちでもかなりレアな今回のケース。以外にも美玖は、ビートルズの他にもサッカー関連の事情(しかもヨーロッパサッカーやナショナルレベルの会話)まで知っており、聖哉としては非常にあり難い存在になった。
 そして健全な男の子の聖哉くん。性欲は比較的に旺盛なムッツリ少年な彼は、この美少女が自分と親しくしてくれる、という状況にかなり浮き足立っていた。当然、先のトラブルなどぶっ飛んで、聖哉には大きな意識の対象となったのだ。そんなこんなで何時の間にか会話にぎこちない雰囲気(顔を見れなかったりだとか、不意に歩き出したりだとかの挙動不審)が流れたりもしたが、美玖は気にすることなく聖哉に絡んできてくれる。それは途轍もなく嬉しいことであり、同時に聖哉に混乱ももたらした。
 女性との付き合いなど皆無のウブな聖哉くんである。女性を意識してしまうが、そこに不安を抱えるのだ。なまじ何も知らないだけに、自分の気持ちをどう扱うかで悩むのだ。そして同時に、馬鹿らしい、と思おうとする第三の心理も現れる。それらの条件が重なることで、聖哉の心に大きな混沌が生み出され、様々なジレンマに我を失いそうになるのだ。ただしこれは自分の問題、友人たちに迷惑をかける訳にはいかない。っていうか恥ずかしいのである、自分のそんな悩み事が。自身ですら、「これは自意識過剰の成せる幻覚だ」、と考えてしまう。それを人に話して、明確に言われることが恐ろしい。まだ十代の思春期少年、その胸に去来する心は複雑であり、友人連中を完全に信じきるには経験が浅すぎる。よって、聖哉はこの大きな課題に一人で立ち向かわねばなら無くなったのだ。
 話していれば悩まずに済むんですが、思春期の少年は大変ですね。



 と、そんな悩める聖哉くんにヤキモキしているのが、当の本人である美玖ちゃんだったりする。
 彼女もまた男性との付き合いが多い人ではない。どちらかと言うと、少しキツメの外見とは正反対な気弱で弱虫なタイプなので、異性との交際経験も無し。っていうかこれが初恋と言っても相違ないので、恋の駆け引きなんて経験値ゼロ。ぶっちゃけどうすれば良いのかなんて全然わからないのである。
 なので少女は今日も、実は夢いっぱいで乙女チックに悩み事全快な日々を過ごしているのだ。教室で。
「ミクちー、ダイジョブかぁ〜?」
 と話しかけてきたのは、友人の鈴木 杏里(すずき あんり)だった。両隣に佐東 類(さとう るい)と木橋 樹理(きはし じゅり)が立っている。
 三人とも、美玖の無類の親友である。
 そして学内トップクラスの美人である。
 なにを隠そう、この2年E組こそ、「校長の野望が詰まったクラス」と呼ばれる粒揃いの美少女クラスだったのだ! ベベ〜ン。
 ちなみに彼女たち三人は同じ中学出身で、入学式の日に杏里が美玖に話しかけてくれたのをきっかけに四人が行動することになったのである。
 まぁそれは良いとして。
「もしかして、また例の変態のことと関係あるとか?」
 とは樹理の言。
 例の変態とは、言わずもがなに聖哉である。
「変態じゃないよ! ……ちょこっと変わってるだけだよ」
 尻すぼみに反論してくる美玖に、やれやれ、と言う風の樹理。恋は盲目だねぇ、と類が呆れ顔。
「あんなのを庇うこと無いんだよぉ、ミクち。ミクちは可愛いんだから、いい加減に目を覚まして、変態は変態でももっと外見が良い人にしなさい」
 あんな感じで、と類が指差す先には伊佐樹だったり老貴兄弟だったり。
 そんな聖哉の扱いに美玖は頬を膨らませて、
「先輩だって充分カッコいいよ! この間のサッカーの試合だって、みんな先輩のこと褒めてたじゃない」
「まぁあの場は凄かったけど、考えたらあそこしか目立って無いじゃん。老貴兄弟におちょくられてたし、なによりも良い風評を聞かないし」
「まぁま、そう言ってあげないで。美玖は本気なんだから、目を覚ますまで待ちましょう」
 庇ってるんだか呆れてるんだかからかってるんだか分からない類の言い草に美玖は目くじらを立てる。
「そんな、まるで私が先輩に釣り合わないようなこと言わないでよ!」
『逆だっつの!』
 三人からの想定外のツッコミに目を丸くする美玖。
 それは置いといて。
「でもさ、ミクちーも良くやるよね。サッカーはまだあたしたちが居るから分かるけど、興味なんか全然なかったビートルズまで頑張って聴くんだもん」
 杏里の言葉に2人が頷く。
 うんうん。
 そんな彼女たちに、
「そんな、私なんて、まだアンソロジーを聞いただけだよぉ……」
 と恐縮する姿に今度は呆れられるのではあるが。
「なんにせよ、この努力は凄いよ。なにがキッカケなんだっけ?」
「去年の文化際……先輩が駐車場整備とかで頑張ってて、遅れた私に優しく微笑んでくれた時なの」
 美玖はホンノリ頬を染めた。
 そう、彼女は聖哉に一目惚れなのである。
 ちなみに三人はこの話を聞かされるたびに、
(事実は小説よりも奇なり、とは本当にあるもんなんだなぁ……)
 と感じるとか感じないとか。意外と単純な美玖に呆れているわけである。
 しかしその後で美玖は眉尻を下げ、
「でもね、最近、先輩の様子が少しよそよそしいの。嫌われてたりしなきゃ良いなって、すごく不安なんだ」
 と今にも泣きそうな声音であった。
 美玖のそんな様子に三人は、
「なんだあっちも惚れたのかよ」
 とつまらなそうに呟くだけだ。まぁ当然ですよね、美玖ちゃんの容姿を見れば。
 そんな三人の意見を代表して杏里が、
「まぁ今のままのアタックで間違ってないよ。そのうち、向こうからモーションが来るって。頑張りな」
 実はなんだかんだで、美玖からの相談やアドバイスは三人が担当しているのである。
「そうだね……うん、がんばるよ! 私、この運命にも例えられる恋を必ず叶えてみせる!」
 そう言って気合充分に立ち上がった美玖の背中に炎が見える。おおー、と三人がパチパチ散発的な拍手を送る中、美玖は一人、今後に向けての決意に闘志を燃やすのであった。



 こんな具合で悲喜交々なある日。
 放課後の掃除明けに、いつも皆が集まる喧騒この上ない図書館(利便性皆無)に行くか、それともF組に直接乗り込んでみるかで悩んでいた聖哉。数瞬の逡巡の後に、誰か一人でも居るのではないかと図書館に行くことにした。もしかしたら美玖ちゃんも居るかもしれないしね。
 そんな邪な理由で図書館内に突入したはいいが、実は清掃時間が終わっていないこの頃、館内に知り合いは一人も居なかったのである。司書の先生とか掃除当番の下級生とか暇を持て余したサボり組ばかり。そんな中の様子を見て、んー? F組に行こうかなー。とか早くも戦略的撤退を模索したが、まぁそのうち来るだろうと中に入って荷物を置いて、暇になったので書架を物色していた。ただしあまり面白そうな本が無く、どっしよかなー、と怪しげに館内をうろついていた時だ。
 窓際の本棚に目を通しながら進んでいると、ふと進行方向に人影があるのに気付いた。なので本棚側に寄ってやり過ごそうとしたが、何故か向こうは聖哉と交錯しなかった。5秒ほどして動かないのでそちらに目をやると、そこにはものすんごく綺麗な男の子が2人。
(2人だから通らなかったのか?)
 一列になれよ、と少し目つきを険しくしたことで、聖哉の行く手を阻んだ老貴兄弟が話しかけてきた。
「上井って言うんですね?」
 その言葉に、ん? 話しかけられたのか? と目を見張る。予想外である。
「上井……ユ。女みたいな名前だ」
「ビダンちゃうがな」
 と、老貴・弟の言葉に思わず突っ込んでしまって、
「って何故にゼータやねん!」
 とさらにノリ突っ込みまで披露してしまう聖哉くん。面白いですね。
 一方、そんなネタが通じたことに2人は少し驚いていたが、
「んで何か用なの?」
 と聖哉が言うと、ああそうですね、と気を取り直した。
 そして徐に兄貴が口を開く。
「サッカーの決勝を覚えていますか?」
「ああ。フランスはアンリを下げてトレゼゲを投入したけど、もっと早い時間から他の奴と代えて2トップにした方が良かったと思うんだ。それでフォーメーションを4−3−1−2にすれば、ジズーの高い創造性にアンリのポストプレー、さらにはトレゼゲの決定力が加わって、必ず追加点が奪えただろうね」
 ……………………。
「ワールドカップじゃなくて球技大会ですよ」
「あ、そっち?」
 聖哉のマジボケです。
 それに2人は、かなり深い溜息をついて頭を抱えた。
「まぁ良いでしょう。話はですね、是非とも僕たちは先輩とあの時の決着をつけたいんですよ」
「決着? うちがPK勝ちしたじゃん」
 とケロッ、と言った後で、
「あ、もしかして再試合? 無理無理、俺クラスに人脈も人望も無いから、俺が呼びかけてもチームは集まんないよ」
 聖哉はとりあえず手をヒラヒラさせた。なんだか言ってて悲しくなってくる。
 そんな聖哉の様子に、2人は首を振って否定した。
「チームとしてはどうでもいいんですよ。個人で話があるんです」
「僕らは前・後半で2人とも貴方のマークを受けたけど、正直、満足の行く戦いができなかった。それに1対1で戦った場合、1勝1敗の五分だと思うんですよ。その後はゾーンで防がれましたしね」
「さらに貴方は高い攻撃性を発揮した。だから守備は飾りだったんでしょう? なら、互いに本気を出して優劣を見極めたいんです」
「その為にも、貴方は僕らともう一度、戦わなければならないんですよ」
 双子は交互に言葉を紡いだ。
 そんな余りにも特殊な状況に、聖哉の頭は余り情報処理を行えなかったので、なにを言っているのかは良く聞いていなかったのだ。
 ただ、言いたいことはなんとか聞き取ったので、
「また勝負するの? サッカーで?」
 と阿呆な返答を返す。負けるに決まってんじゃん、と言外に滲ませて。
 しかし彼らの答えは以外だった。
「サッカーじゃないです」
「サバゲです」
 ……………………。
 カポーン。
 何故か聖哉の頭の中に、幻想の日本庭園が現れては消えた。郷愁を誘う音と共に。
「サバゲ?」
「そう、サバゲ」
「何故に?」
「先輩、サバゲ経験者なんでしょう? 里辺くんや江藤くんと話してたのを聞いてましたよ」
「否定しないけどさ。どしてサバゲなの?」
 この時の聖哉は本格的に間抜けだった。
 なにせ、同じことを何度も聞いてくる、まるで痴呆症のじいさんの様子だったのだ。まぁ余りにも突然の展開に頭が付いていかなかった、ていうのはあるんですがね。
 だがこの態度は、目前の彼らに勘違いをもたらした。
「もしかして自信が無いんですか?」
 フッ、と春輝に嘲笑が宿る。
「そりゃそうかな。容姿も学力も完璧で、その上、サッカーの時に圧倒的な運動的実力差を見せ付けられたんだもんな、やる気も無くすよ」
 秋寛はそう、挑発的な言葉を発する。
 ここまでは、まぁボーッとしながら言葉を聞き流していた聖哉。だが次の言葉は、彼の神経を逆撫でするのに充分だった。
「ま、今まで遠巻きにしてたような素敵な娘に話しかけられて有頂天なのは分かるけどね。あまり勘違いしないほうが今後の為じゃない?」
 ムカッ、と来た。
「っんだと……関係ないだろうが!」
 思わず叫ぶようにそう言ってしまう。
 それに春輝が、まぁまぁ、と言って止めに入る。
「秋寛は失礼なことを言いました。反省してますよ。……でもね先輩、確かに少し浮かれすぎじゃないですか? ちょっと趣味が合ったからって、オトコ面してると痛い目見ますよ」
「……………………!」
 ガッ、と春輝の胸倉を掴んでいた。冷やかすような輝きを帯びた瞳が許せなかったからだ。そして何より、言われたこと事態が、自分で必死に掻き消そうとしていた、聖哉の心の安易な部分だったからだ。図星を指しているのは当然だが、それは自身で自重しようとしていた部分だからこそ、知られていたことへの羞恥心に頭に血が上ったのである。
「テメェ……変な話持ち出してくんなよ。なにがしたいんだ、オイ」
 聖哉が目を剥いて凄むと、
「やる気になりました?」
 春輝はそう言った。
 少し頭が冷えた。
 手を離して、再度、春輝に向き合う。
「決着、つけますか?」
 春輝が確認するように言葉を重ねた。
「……やろう。良いよ、サバゲだったよな」
 聖哉は気を落ち着けるように息を吐いた。その後で目を背けて、搾り出した答えがこれだったのだ。まだ全然、熱は冷めていなかった。
 そんな聖哉の答えを聞いて、二人は静かに笑みを浮かべると、
「じゃあ場所やルールなんかはまた今度。仲間の人たちに呼びかけといてくださいね」
 と言って、あっさりと聖哉に背を向けてしまったではないか。
 彼らの後ろ姿を見てから、視線を下ろし、目を閉じる。自分を冷まそうと考えを巡らせようとした時、ああそうそう、と秋寛が振り向いた。
「さっきは失礼言ってすいませんでした、先輩」
 それでまた、聖哉の頭に熱が回った。
 一瞬だけ、ムカッ、と来たのだ。思わず視線を上げたが、兄弟は図書館から出て行くところだった。
 そして入れ違いにこちらにやって来たのは伊佐樹たちだ。おーい、どしたー? と能天気に手を振って近づいてきたヒモにグーでパンチを入れて、遅れてやって来た真二たちを前に聖哉は宣言した。
「野郎ども! サバゲやるぞ!」
 ガッツ! と右拳を握り締めてそう叫んだ聖哉を前に、な、なんだってー!? と彼らは驚愕したとかしないとか。←図書館内で。



 図書館から出てきた老貴兄弟は、我知らずに出てしまう忍び笑いに大きく満足していた。
 上井 聖哉に果たし状を叩きつけて、それを受諾させたこと。彼らの前で、それは大きな意味を持っていた。
 数日前の球技大会、男子サッカー決勝。あの時、集中力を増した聖哉が、彼らの個人技に必死に喰らい付き、そのテクニックを封じたのだ。自分があの男と相対したときに感じた、言いようも無い緊張感が、彼らの大きな刺激になっている。そして何より、聖哉は自分たちを出し抜いた。ピボーテとして自陣エンドから出なかった聖哉が、高い突破力で参加した攻撃は、彼が守備を得意としていた訳ではないことを物語っているのだ。
 そんな、自分たちを楽しませてくれた男。正直、兄弟には決着なんてどうでも良かった。色恋沙汰も恨みつらみも何にも関係ない。ただただ、彼と他の事で戦ってみたらどうなるだろう、そんな風に興味が湧いたのだ。だからこんな事を仕出かして、普段は使わないような挑発までして見せた。
 楽しみなのだ、聖哉の特殊な人間性が。
(さぁて、今回はどんな様子になるのかな……?)
 失望させて欲しくは無い。だがそれとは別に、大きくワクワクする部分を抱えている。
 それが、春輝と秋寛が胸に抱く、共通の想いだった。

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