第一章 「炎熱の最前線」


 風が唸りを上げているような駆動音が狭い操縦席の中に響く。
 人が一人やっと収まる程度の狭い空間内で光を放つのは正面と左右のスクリーンだ。
 頭部のカメラから得られた景色が映し出されている。
 荒れ果てた都市の真っ只中、半壊した建物の影に身を潜めて、人型機械は周囲の状況を窺っていた。
「アルザード、そっちはどうだ?」
 通信回線から声がかけられる。
 背中合わせになるように、建物の影から反対側の様子を窺う仲間からの声だ。
「敵影は見えない」
 アルザードは短く答え、ゆっくりと頭を建物の影から覗かせていく。
 直後、爆発音が聞こえた。
 近くではない。やや遠くに感じられる。
「こちらボルク! 南東で接敵! 数は三!」
 通信回線から別の男の声が飛び込んできた。
「ギルジア、アルザード、援護に向かえ」
「了解!」
「了解!」
 また低い声が通信回線に割り込み、アルザードとその背後の機体に乗るギルジアが同時に返事をする。
 アームレストの先にある握り手、ヒルトと呼ばれる操縦用の棒状機具を掴む手に力を込める。
 崩れかけた建物の影で身を潜めていた巨体が動き出す。
 五、六メートル程の身長のそれは、やや不恰好な人型だ。胴体には操縦席があるため大きく太く作られており、それを支える両足は太く、体に比べると短い。 腕も同様で、カメラが搭載された頭部も正面からの被弾面積を減らすために縦に押し潰したような形をしている。全体的に、人間を縦に押し潰したようなバラン スが印象的な巨人だ。
 魔動機兵と呼ばれる、ここ数年のうちに世界各国に普及した最新鋭の兵器だった。
 あらゆるものに内在する魔素と、それに干渉することのできる意思の力、すなわち魔力を人々は古来から活用してきた。その最先端がこの魔動機兵だ。
 魔力を増幅するプリズマドライブと呼ばれる動力システムを用いて、五から六メートル程の人型の機械を動かす。生身よりも遥かに強靭な装甲と機動力を持 ち、増幅された魔力を活かした装備を搭載することで、魔動機兵はそれまでの戦闘の有り様を一変させ、一躍戦場の主役となった。
 鋼の塊が荒れ果てた街道を駆ける。
 その動き自体は人が走るそれよりもやや鈍く緩慢に見えるものの、大きさ故に歩幅があるため速度は人の足よりも上だ。ガシン、ガシン、と重量感のある足音と衝撃をヒビだらけの街道に響かせて、魔動機兵が走る。
 操縦席にあるヒルトは搭乗者の魔力をプリズマドライブへと送る装置だ。そこに魔力を込めることで、操縦席の後ろ、胴体の背中側にあるプリズマドライブが 入力された魔力を増幅し、魔動機兵の全身へ動力として送る。操縦者は機兵の全身を巡る魔力を制御することで機体を操るのだ。
「ボルク、状況は?」
 通信回線に呼びかける。
 人の音声を暗号化し、解読できる術式を持つ通信機同士でのみ会話を成立させる機械だ。かつて遠隔会話魔法やテレパス等と呼ばれていた魔術が機械によって普及したもので、魔動機兵に搭載されているのは軍事用に改良されている。
「キディルスと応戦中だ。バルジス二機とバルジカス……装備的に相性が悪い」
「バルジカス……隊長機はそいつか?」
 ボルクからの返答に、ギルジアが割り込む形で口を挟んだ。
「いや、どうだろうな……キディルスがノルスらしい機影を見かけたとも言ってる。はっきり確認したわけではないから報告はまだだが……」
「俺たちが行くまで持ちこたえろよ」
「当たり前だ、アーク騎士団第十二部隊の名に泥は塗らねぇさ」
 ギルジアの言葉に、軽口めかしてボルクが返す。
「急いだ方が良さそうだ」
 通信が切れてから、アルザードは呟いた。
 ヒルトを握る手に込めた力を強める。操縦席に響く駆動音が僅かに大きくなる。
 建物を迂回するように街道を走っていた魔動機兵が僅かに向きを変える。背の低い家屋に手をついて、乗り越えるようにして隣の街道へと移る。魔動機兵の重量が圧し掛かった家屋の天井が潰れ、乗り越えたその背後で倒壊する。
「おいおいまた無茶をすると上にどやされるぞ」
「分かってる、先に行くぞ」
 窘めるように言うギルジアにそう告げて、アルザードはヒルトを握り直した。
 ギルジアの機体を引き離すように、アルザードの魔動機兵の速度が上がる。
 すぐに銃声が聞こえ、前方で土煙が上がるのが見えた。
 撃ち合いはもう始まっているようだ。
 やや大きめの建物の影に、アルザードの乗っているものと同型の味方機が見えた。
 味方機はそこから身を乗り出すようにして手にした銃器を構え、二、三度発砲してはまた建物の影に戻るのを繰り返している。間一髪のところで、敵の砲撃をかわして応戦している。建物にも着弾しており、壁にするのも長くは持ちそうにない。
「ボルク!」
「キディルスが回り込んでいる!」
 呼びかけると、通信機にボルクから返事があった。
 ボルクが囮になって、敵の攻撃を引き付けている。意図を汲んで、アルザードは進行方向を変えた。ボルクの下に向かうのではなく、敵の攻撃が飛んできてい る方向へ。まだいくつか通りを挟んでいるため、遮蔽物も多く、アルザードの方へ射線は通っていないはずだ。敵がボルクの機体に注視している間に、敵の位置 を予測し、探る。
 アルザードの機体も、ボルクの機体も、中近距離用の装備をしている。敵機が中遠距離での砲撃戦や撃ち合いを主体とするバルジスやバルジカスであるなら、不利な状況だ。
 敵の正確な位置を知り、距離を詰める必要がある。
「見つけた! 東に約七百!」
 アルザードは家屋の合間を縫うようにして、機体を走らせる。
 両手で抱えるようにしていた中型の突撃銃を前方に向けて構えながら距離を詰める。
 後方からボルクが射撃しながら、動き出す。盾にしていた建造物から飛び出して、敵の射線が通っているであろう道を走り出した。不規則に機体を左右に振りながら、左手で分厚い装甲を持つ盾で操縦席のある胴体部分を守りながら、周りの建物を上手く利用して攻撃をかわす。
 その間に、アルザードは敵部隊と通りを一つ挟む距離まで近付いていた。
 やはり、敵はバルジス二機と、その改良型のバルジカスだった。アルザードたちの乗っている魔動機兵アルフ・セルに比べると曲線が少なく、直線的で角張っ た外見をしているのが特徴だ。バルジスにやや装飾を施し派手にしたような見た目の改良型がバルジカスだ。緑色が中心のバルジスとは若干異なり、暗緑色に なっている。
 砲撃戦仕様のバルジス二機がやや開けた場所に陣取り、砲撃用の長砲身大型榴弾砲を手に、機体を屈ませて砲撃姿勢を取っている。片膝を付いた姿勢で、両脛 の左右に増設されたアンカーを地面に突き刺すようにして機体をその場に固定している。バルジカスは両脇に中遠距離用の前方に向けて盾の付いた大型機銃を抱 えて、襲撃に備えているようだった。
 半壊した建物の隙間から向こう側へと銃を構え、アルザードは魔動機兵にトリガーを引かせた。
 牽制のための射撃はバルジカスの胸部を掠め、建物に穴を穿つ。
 銃声にバルジカスが反応し、アルザードの方へと躊躇なく両脇の機銃を発砲した。秒間四発ほどの弾丸が半壊した家屋を削り、吹き飛ばしていく。
 アルザードは機体を走らせ、建物に身を隠しながら、応戦する。
 バルジカスの持つ機銃には盾がついている。正面から向き合うと盾から銃身が突き出しているような形だ。それによって体の正面のほとんどを守りながら一方 的に射撃してくるのだから、まともに撃ち合って致命傷を与えるのは難しい。頭部や脚部、あるいは銃身をピンポイントに狙えれば痛手は与えられるものの、機 銃の連射をかわして動きながらそれをするのは困難だ。とはいえ相当な連射に伴う弾薬の積載重量と連続する射撃反動があるため、バルジカスもその場にほぼ固 定されてしまう。元々、装甲が厚めの機体だけあって、バルジスやバルジカスは正面からの撃ち合いに滅法強い。
 正面から単機で撃ち合うのは不利だ。だが、砲撃姿勢を取っているバルジス二機はそう簡単に動けない。ボルクが囮となり、射撃しながら近付いていることも あり、二機は砲撃を止めるわけにはいかないからだ。アルザードが攻撃を仕掛けることで、二機の集中力を削ぎ、砲撃の精度を下げることもできているだろう。
 アルザードに気をとられたバルジカスの背後から、回り込んでいた仲間、キディルスの機体が現れて奇襲を仕掛ける。
 外す方が難しい距離まで近付いて、砲撃姿勢を取っていた無防備なバルジスの一機に横合いから銃撃を叩き込む。数発の弾丸が脇腹や肩に突き刺さり、装甲の 破片と火花を散らしながら操縦席を破壊する。不自然に傾いた姿勢で動きを止めるバルジスに、もう一機のバルジスとバルジカスがキディルスの接近に気付く。
 バルジスがアンカーを引き抜き砲撃姿勢を崩して応戦しようとするところへ、キディルスの魔動機兵は容赦なく接近して至近距離から弾丸を撃ち込んだ。バル ジカスが機銃を向けようとするところへ、崩れた建物を乗り越えるようにして躍り出たアルザードが銃撃を側面から叩き込み、仕留めた。
「ふぅ、助かったぜ」
 少し遅れて、ボルクの機体が走ってくる。ゆっくりと速度を落とし、アルザードたちの傍まで来て立ち止まる。手にしていた盾の一部が欠けているものの、上 手く防げたようで魔動機兵自体に目立った損傷はない。もし一発でも直撃していたら、たとえ操縦席を外れていたとしても衝撃や爆発で戦闘不能になることは避 けられなかっただろう。
 中近距離戦仕様のショートバレル突撃銃と盾に格闘戦用の剣を装備したボルクとキディルスの機体では、長距離戦に持ち込まれるのは分が悪い。
「おいアルザード、聞こえるか?」
「ギルジアか、こっちは三機仕留めたぞ」
 通信回線から飛び込んできたギルジアの声に、アルザードが答える。
「ノルスを見つけたが、今気付かれた。挟み撃ちにするぞ」
「分かった、直ぐ行く」
 言うや否や、アルザードは機体を動かした。
 踵を返すように、走り出す。
「隊長、こちらボルク。敵小隊の殲滅を確認、キディルスと共に持ち場に戻ります」
「分かった、敵の武装が使えるようなら持って行け」
 ボルクの声に、低い男の声が答える。
 ボルクとキディルスが隊長の指示に従って敵機体の使っていた長砲身大型榴弾砲と盾付き機銃を奪うのを背に、アルザードはギルジアのいるであろう方角へと向かった。
 銃声と、着弾の破砕音が断続的に聞こえてくる。
 ノルスはバルジス系列の機体とは違って、軽量型の機体だ。装甲を薄くすることで重量を減らし、機動力を重視した機体となっている。そのため、機体のシルエットは標準的な魔動機兵に比べて幾分か細くスマートだ。
 ギルジアの乗るアルフ・セルが見えた。
 大通りを後ろに下がりながら右手で突撃銃を腰だめに連射し、左手の盾で胴体を守っている。それに迫るノルスは盾で前面を庇いながら短銃を断続的に撃って いる。左右へ不規則に機体を振りながら、距離を詰めていく。短銃をまともに当てる気はなく、牽制に使ってギルジアに盾を使わせ、射撃精度を下げているの だ。短銃も近距離で胴体に直撃すれば致命傷になり得る。牽制だと分かっていてもギルジアは防御しなければならない。
 距離を詰めたところで、ノルスは短銃を背面の武装ラックにしまい、盾の内側にしまわれていた短剣を抜き放つ。近接戦闘に持ち込むつもりのようだ。
「ギルジア!」
 呼びかけながら、アルザードは突撃銃でノルスの足元を狙って射撃する。ノルスの向こう側にギルジアがいる以上、迂闊な射撃はできない。
 足に命中させられればその時点で終わりだったが、弾丸が地面に穴を穿つばかりだった。
 敵がアルザードの存在に気付いたのを見て取り、アルザードはヒルトを握る手の力を強める。
 突撃銃を腰の後ろの武装ラックに預け、背面ラックにある長剣に手を伸ばす。同時に、強く踏み込んだその一歩が大きく距離を詰めていた。ヒビ割れた地面が爆ぜるように、足元で土煙が舞い上がる。
 後退していたギルジアの機体も一転して前へと踏み込み、左手の盾を思い切り突き出す。
 予想していなかったであろう行動に、ノルスも咄嗟に盾でギルジア機のシールドバッシュを受け止めた。分厚い鋼同士が勢い良くぶつかり合い、重い金属音が響き渡る。
 二体の動きが止まった。
「今だ! やれ!」
 衝撃に硬直するノルスへ、アルザードのアルフ・セルが長剣を叩き付けた。
 アサルトソードと呼ばれる魔動機兵用の剣は、肉厚で、切り裂くというよりは叩き潰すことに重きを置いた武器だ。アルザードの機体に装備されたものは通常のそれよりも一回り長く、厚く、重く出来ている。
 剣は弧を描くように、ノルスの胴体、頭部の直ぐ横へ命中した。装甲が拉げ、押し潰され、強引に断ち割られる。そのまま操縦席までをも強引に押し潰すように引き裂いて、もう少しで脇腹へ抜けるように両断するかというところで剣は止まった。
「相変わらずえげつねぇな」
 茶化すようなギルジアの声には、それでも安堵が滲んでいる。
 よく見れば、ギルジアの機体には弾痕がいくつか穿たれている。上手く装甲の厚いところや稼動に影響のない場所で受けることができたようで、戦闘を続けるのに支障はなさそうだ。
「動きを止めてくれたから当てやすかったよ」
 その場に崩れ落ちるノルスから長剣を引き抜き、背面ラックに戻す。
「これで四機か……本命がまだいそうだな」
「囮か牽制、だと思うな」
 ギルジアの言葉に頷きながら、アルザードは周囲に視線を走らせる。
 今二人がいる広い通りの向こうに敵は見えない。
 だが、攻勢を仕掛けて来たにしては手応えが薄い。
 見つけた敵を倒し、一息ついた、そんな時だった。
「グリフレット接敵!」
 通信機に飛び込んできたのは、余裕の無い仲間の声だった。
「フレイムゴートがきやがった!」
 その言葉に、緊張が走る。
 アルザードはヒルトを握り締める。魔動機兵が走り出した。
「また厄介な野郎が……!」
 ギルジアのぼやく声を背に、アルザードはグリフレットのいる方へと機体を向ける。
「アルザードは回り込んで側面からグリフレット、サフィールの両名を援護、ギルジアはボルク、キディルスと合流し、敵から奪った装備で可能なら砲撃支援をしつつ周辺警戒。こいつらが今回の本命だろうが、伏兵への注意は怠るな!」
「了解!」
「了解!」
「了解!」
 隊長の低い声に、三人の返事が重なる。
 逸る気持ちを抑えながら、アルザードは魔動機兵を走らせる。そのアルフ・セルを飛び越えて、ボルクとキディルスの砲撃が始まる。どうにか奪った榴弾砲は 使えるようだ。先ほどの戦闘で敵も相当攻撃をしていた。残弾は少ないだろうが、これでいくらか敵が陣形でも崩してくれれば悪くない支援になる。
 建物の合間を縫って、砲弾が向かう方角へと急ぐ。
「砲撃は後二回で限界だ!」
 ボルクが残弾を告げる。
「なら最後の一回はとっておいてくれ!」
 戦場を視界に捉えた。
 緑色の装甲を持つバルジカスに、赤い色でアクセントを加えた配色の機体が見えた。背面に大型のタンクを二つ搭載し、両脇に抱えた火炎放射器で周囲を薙ぎ払っている。肩に刻まれた山羊の頭を模したマーキングから付いた異名がフレイムゴートだ。
 通常の銃器や近接武器と違い、火炎放射器は瞬間的に致命傷を与え難いため、多用されない。だが、遮蔽物に身を隠していても炎や熱を完全に防ぐのは難し い。対峙する内部の機械や操縦している人間に、じわじわとダメージを蓄積させる。堪え切れなくなって迂闊に飛び出せば、直接焼かれるか、肩や腕に増設した 銃火器で迎撃される。
 付き従うバルジスも中近距離仕様の装備でフレイムゴートを援護している。
「グリフレット、無事か?」
「アルか、なんとかな」
 アルザードが呼び掛けると、返事が戻ってきた。
 撒き散らされた炎は辺りの廃墟に燃え広がり、辺りを赤く染め上げている。もはや周囲に良く燃えるようなものはないが、火炎放射器から放たれる燃料は長時間炎を上げ続ける。辺りの気温が急上昇し、陽炎が大気を歪ませ、煙が視界を遮る。
 装甲も厚く、耐熱性能も専用に調整されているフレイムゴートの部隊ならではの強引な戦法と言わざるを得ないが、それでもその戦果は確かなものだ。
 フレイムゴートが引き連れているのはバルジス四機、やや離れたところで戦闘の音がすることから、まだ数がいる。
「隊長たちは向こうで六機の相手してる」
「上手く足止めされてるってことか」
 女性の声に、アルザードは渋い顔で答えた。
 いくら隊長と副隊長のコンビとはいえ、六機もの敵と正面から戦って勝てるとは思えない。嫌がらせや足止めのし合いになっているのが容易に想像できる。
「そう簡単にはやられないと思うが、流石にきついぜ、こりゃ」
「でも、やらないわけにもいかないだろ」
 グリフレットの言葉に、アルザードはそう返した。
「そうね……私たちには後が無いもの」
「ああ、悠長にもしていられない。やるぞ、グリフレット、サフィール」
 アルザードは言い、魔動機兵を加速させる。
「ボルク、キディルス、最後の一発、頼む!」
「あいよ、当たってくれるなよ!」
 通信回線に叫ぶように言い、アルザードは返事を聞きながら敵部隊の側面へと突撃する。
 突撃銃を乱射してまずは牽制を行う。五機全てがアルザードの存在に気付く。
 すぐさま傍の建物の影へと機体を滑り込ませ、反撃から身を隠す。直後に砲撃が届く。さすがに、それ用に調整もしていない機体で奪ったばかりの武器で砲撃したのでは命中させるのは難しい。それでも、爆発と衝撃で巻き起こる土煙や爆煙が敵の視界を一瞬でも塞ぎ、警戒させる。
 火炎放射が煙を引き裂いてくるのを横目に、アルザードの機体が建物から躍り出る。
 仲間二人も別方向から銃撃しながら、敵部隊がいるやや開けた場所へと飛び出した。走りながら、アルザードへと意識の向いたバルジスへと射撃を集中させる。
「おっしゃ、まずは一機!」
 グリフレットの声と共に、一機のバルジスが倒れる。
 火炎放射がグリフレットの行く手を遮り、バルジス二体の攻撃が集中する。
「っとぉ!」
 咄嗟にグリフレットは腕で胴体を庇いながら後退する。
「このっ!」
 サフィール機が回り込みながら射撃を行うも、盾を装備した一機のバルジスが味方を守るように割り込んだ。
 そこへアルザードは左手に持たせた突撃銃を撃ちながら接近、右手を長剣へ伸ばす。
「アル! 左!」
 グリフレットの声で、制動をかける。目の前を数発の弾丸が通り過ぎて、その先の建物に穴を穿った。
 応戦射撃はサフィールが行い、アルザード機は直ぐにその場から離れる。
 振りまかれた炎により周囲の温度が上昇している。まだ装甲が溶け出す程ではないが、内部機器への負担は増している。
 直後にフレイムゴートの左肩のキャノン砲が火を噴くのが見えた。アルザードは咄嗟に飛び退いたものの、また距離を離された。
 盾を持ってサフィールの前に割り込んだバルジスがアルザードへと銃撃を行う。盾はサフィールの方へ向けたままだ。
 向き合っていた敵から視線を逸らす。挑発とも取れるその誘いに、サフィールは乗らなかった。迂闊に接近せず、機体を回り込むように走らせてグリフレットのカバーに入る。
「くそっ、ボルクたちの支援を活かしきれなかった!」
 手近な建物の影に隠れて、アルザードは毒づいた。
「それでも一機は仕留めたんだ、マシな方だろ」
 同じように物陰に身を隠したグリフレットが息をつく。
「相手を考えればこれでも大手柄だ」
 サフィールも無事なようだ。
 アルザードたちも、敵も、互いに味方をカバーし合いながら動く。
 決定打が打てないでいた。
 だが、このまま長期戦となれば耐熱性能で劣るアルザードたちが不利になっていくだろう。
 アルザードたちの勝利条件は敵の殲滅ではなく、防衛だった。
 無理に敵を倒す必要はなく、撤退させるだけでもいい。長期戦に持ち込んで、弾薬が尽きるのを待つのも一つの手だ。最優先するべきは、ここを敵に突破されないこと。
 だが、敵の戦力も決して少なくはない。
「バルジス三機がそちらに向かった! 気を付けろ!」
 サフィールのものとは違う、張りのある女性の声が通信機から響いた。
「こりゃあいよいよやべぇな」
 状況は厳しいが、グリフレットの声に悲壮感はない。内心焦っていないはずはないが、それを表に出さず強気に振舞う。戦況が苦しいからこそ、精鋭部隊の人間であるからこそ、弱音は吐けない。
「どうする? 増援が到着したら私たちだけじゃさすがに持たない」
 サフィールも冷静だ。
「ギルジアやボルクの位置からじゃ増援は見込めないしな……」
 建物の影を移動しながら、アルザードも頭を捻る。
 こちらにも味方は三機いるが、現在の位置を考えると呼んだとしても敵の増援にはまず間に合わないだろう。それに、ギルジアやボルクたちの方面の警戒も疎かにはできない。
 隊長たちが交戦中の敵を撃破して増援の三機を追撃してくれる可能性もゼロではないが、期待はできないだろう。敵もアルザードたちのこの部隊が精鋭であることは知っている。
「奴を叩くか、それ以外を全滅させるか、ってところか」
 アルザードは呟いた。
 付け入る隙があるとすれば、フレイムゴートの主装備が火炎放射であることだろう。普及している銃火器に比べ、火炎放射器の射程は短い。それを補うため、 両肩や腕に武装を追加しているが、装弾数は通常の武装に比べれば少ないはずだ。特に、背中に火炎放射器用の燃料タンクを背負っているのだから、バルジカス という機体の基本重量も相まって、機動力は格段に落ちる。
 装甲を厚くはしているが、フレイムゴートが最も嫌がる戦い方は火炎放射の射程外から機動力を活かした射撃戦だろう。
 それを分かっているからこそ、周囲に部下を配置して欠点を補いながら、じりじりと進んで来る戦法を取っているのだ。
 ならば、フレイムゴートに集中して攻撃するか、あるいは周りのバルジスを全て排除してフレイムゴートを孤立させるか、考えられる方針はこの二つだろう。
「後者だと時間がかかるわね」
 サフィールが言った。
 どちらも簡単な話ではないのは明らかだ。
 フレイムゴートを叩きたくとも、周りの敵が邪魔をするだろう。それを掻い潜ってフレイムゴートのみを狙い続けるのは難しい。かといって、周りのバルジスを一機ずつ確実に仕留める方法では時間がかかる。
「どっちもやるって選択肢は?」
 グリフレットが軽口を叩いた。
「それができれば一番なんだけどな」
 アルザードは苦笑した。
 敵に増援が加われば、数で圧倒されてしまうだろう。
 ここを突破されるのだけは何としてでも防がなければならない。
 身を隠していた建物に弾丸が当たり、破片が舞う。
「ま、やるしかねぇさ、腹括ろうぜ」
 言い、グリフレットが建物から飛び出して射撃を始める。
「とっくに括ってる」
 サフィールがそれに続き、敵部隊の横腹を突く。
 アルザードも建物から飛び出し、銃撃しながら接近を試みる。
 同時三方向からの攻撃に、しかし敵の部隊は動じない。予想していたかのように盾を構え、お互いの死角をカバーするように固まりながら応戦射撃を返してくる。
 時間稼ぎをしようとしているのが見て取れた。敵にしてみれば、アルザードたちを仕留める最も安全な手は増援を待つことだ。三対四の今の状況で戦い続けるよりも、増援を待って三対七の形に持ち込んだ方が確実なのは明白だ。
「突っ込むぞ、アル」
「分かった」
 グリフレットの言葉に、小さく答える。
 真面目で、静かな声だった。玉砕覚悟といまではいかないが、リスクの大きな行動に出る時の癖だ。
 ヒルトを握る手の力を強める。アルザードの機体が僅かに勢いを増す。
 グリフレットが左の腰に残っていた手榴弾を投げる。応戦するバルジスの流れ弾が直撃し、手榴弾が空中で爆発する。爆煙を火炎放射が薙ぎ払い、グリフレッ トが突撃銃を乱射する。敵の攻撃がグリフレットに集中しようとするところへ、サフィールの援護射撃が届く。弾丸は何発かバルジスに命中したが、倒れない。
 アルザードは距離を詰めて横合いから射撃する。背後にいるフレイムゴートを守るように、バルジスが盾を構えて受け止める。
 燃え盛る炎を踏み越えて、更に近付く。足を止めれば的になる。ギリギリでかわした弾丸が装甲を掠め、火花を散らす。
 新たに吐き出された炎を避けて、横へと機体を逸らす。
 暑い。
 操縦席内部の温度も上昇している。汗が頬から滴り落ちる。視界は赤々と照らされていて、炎と煙で見通しは悪い。その中央で炎を撒き散らす機体が、悪魔のようにも思える光景だった。
「うぉぁあああっ!」
 グリフレットの叫び声が聞こえた。
 手にしていた銃が撃ち抜かれ、足首に被弾、走っていた勢いのまま転倒する。咄嗟に両手で地面を突き飛ばすようにして、機体を無理矢理転がす。集中砲火をなんとかかわしたところに、フレイムゴートが火炎放射器を向ける。
「グリフレット!」
 サフィールの援護射撃も、盾を構えたバルジスが割り込んで届かない。
 アルザードは傍で倒れていたバルジスの盾を掴み、投げていた。グリフレットとフレイムゴートの間に盾が突き刺さり、吐き出された炎が左右に引き裂かれる。
「――おおおおおっ!」
 己を鼓舞するように声をあげて、アルザードはヒルトを強く握り締める。
 プリズマドライブが唸りを上げ、駆動音が一際大きく操縦席に響き渡る。機体が地を蹴る。左手で突撃銃を乱射しながら、右手を背中の長剣に伸ばす。
 正面のバルジスの持つ銃に弾が当たった。銃を破壊されたバルジスが盾を正面に突き出す。
「あぁぁぁぁっ!」
 魔動機兵が跳んだ。走る勢いから、大きく踏み込んだ一歩で跳躍する。衝撃に地面が抉れ、弾き飛ばされたようにアルザードの操るアルフ・セルが宙を舞う。五、六メートル程は浮いただろうか。
 バルジスが突き出した盾に足をかけて、更に跳ぶ。大地と違って不安定な足場では、機体を持ち上げるのは難しい。それでも、魔動機兵の重量をかけられた盾 は大きく下に弾かれる。加重を支え切れず、バルジスの両腕は肘からもげた。つんのめる形になったバルジスの頭部を蹴飛ばして、飛び越えるようにすれ違う。
 残弾が少なくなった突撃銃を投げ捨てて、右手でラックから抜いた長剣の柄に左手を添える。
 密集していた敵陣の中央、フレイムゴートの直ぐ脇に着地すると同時に、空中で捻っていた上半身で水平に思い切り長剣を振るう。
 うるさい程の駆動音の中、アラートが鳴り響く。
 ただでさえ重量のある機体を無理矢理跳躍させた。着地の姿勢も、同時に攻撃をするために滅茶苦茶だ。衝撃吸収など考えていなかった。
 膝の関節が悲鳴を上げ、衝撃に脛のフレームが歪み、装甲の一部が砕け散る。
 フレイムゴートが気付き、回避行動に移る。
 振るった長剣が左の火炎放射器を砕き、隣にいたバルジスの背中にめり込んだ。すぐさま強引に長剣を引き戻し、着地姿勢から一歩踏み込んでフレイムゴートに刃を返すが、かわされた。
 今度は肘関節が警報を鳴らした。特注品の長剣は重く、取り回しが悪い。一撃必殺で振り抜くことを想定されているものだからだ。慣性を利用しない振るい方をすれば、腕や肩に大きな負担がかかる。
「どやされるぞ」
 ギルジアの言葉が脳裏を掠める。
「知るか!」
 仲間の命の方が大事だ。
 吐き捨てるように一人呟いて、アルザードは長剣を振るう。
 後ずさるフレイムゴートが肩のキャノンを向けてくる。外すような距離ではない。脚部も悲鳴を上げていて、回避行動も間に合わない。咄嗟に、長剣を盾にし た。目の前に肉厚な剣を突き立てるようにして、刃の腹で砲撃を受ける。一発は耐えられた。剣は砕け散ったものの、弾丸は機体に届いていない。
 サフィールの援護射撃がフレイムゴートの背面に突き刺さった。燃料タンクに被弾して、一瞬の間を置いて爆発が起きる。フレイムゴートの左肩が吹き飛び、よろめく。
 アルザードの投げ捨てた突撃銃を拾ったグリフレットとサフィールが、援護を図ろうとするバルジスを牽制していた。
 フレイムゴートが右手に持っている火炎放射器をアルザードへ向ける。
 長剣を背に受け、傍で倒れていたバルジスが起き上がろうとしているのが見えた。アルザードはその腕を掴み、強引に引き起こす。急激な加重に耐え切れず、 右腕の関節部が火花を散らす。警告音を無視して力任せに引き起こし、盾にするようにフレイムゴートの方へと投げ付けた。直後、アルフ・セルの右腕が千切れ た。
 投げ飛ばされたバルジスを後退してかわしたフレイムゴートが、右肩のキャノンをアルザードに向ける。重量のあるバルジスを強引に投げたのだ。届かないのも無理はない。
 近くの地面に突き刺さっていたバルジスの盾を左手で掴み、投げながら立ち上がる。盾に砲撃が命中し、あらぬ方向へと吹き飛ばされていく。
 砲撃の反動で、フレイムゴートが一瞬硬直する。転倒しているバルジスを踏み越えて、アルザードの機体が飛び掛かる。
 残っている左手で、殴り掛かる。だが、距離が足りない。後退するフレイムゴートには一歩及ばなかった。それでも、左拳は右肩のキャノン砲を殴り付けていた。手首から先がバラバラになるのと引き換えに、砲身を歪ませることはできた。
 着地すると、左膝が限界を迎えた。衝撃と重量を支え切れずに砕け、拉げた。前方に倒れそうになるのを、手首から先の無くなった左腕で支える。
 フレイムゴートが後退して行くのが見えた。
 増援の三機がフレイムゴートの後退を援護するように射撃をばら撒き、アルザード機を庇うようにサフィールが盾を手に割って入って応戦する。
「敵の撤退行動を確認した、深追いはするな!」
 副隊長を務める女性の声が通信機から聞こえてきた。
 戦闘が終わる。
 アルザードは大きく息を吐き出した。全身汗だくだった。喉もカラカラに渇いている。
 辺りではまだ火が燃えている。半壊していた周りの建物は半分以上が黒焦げに焼け落ちて、煙を上げている。弾丸の盾となって原型を留めていない建物も多い。
 他に転がっているのは撃破された三機のバルジスだ。アルザードがフレイムゴートと戦っている間に、グリフレットとサフィールが仕留めてくれていた。
「追撃はしたくてもできませんね、これは……」
 サフィールのその呟きには、安堵が混じっていた。
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