第十一章 「夜明けを告げる流星」
 
 
 捕虜の一覧が一巡したところで、会議場には重苦しい空気が流れていた。
「《イクスキャリヴル》の開発責任者としての見解を聞かせてもらえないだろうか」
 沈黙を破ったのはアルトリウス王だった。
 エクターを見つめ、アンジアの要求に対する意見を求める。
「そうですね……仮に《イクスキャリヴル》を明け渡したところで、アンジアは持て余すでしょう。アンジアの戦力や技術力に対し即座にプラスには成り得ない、とは断言しましょう」
 エクターは涼しい顔のまま、説明を始めた。
「ふむ」
 ざわつきかける場を軽く手を掲げて制しながら王は相槌を打ち、エクターに先を促す。
「まずは機体そのものですが、あれを完全に複製できたとしても、それはアルザード上級正騎士が使用可能な機体が増えるだけで終わります」
 現在の《イクスキャリヴル》はアルザードにしか扱えない機体として設計されている。戦闘稼動に要求される魔力適性だけでなく、アルザードという個人に合わせてその莫大な魔力を余すところなく活用し性能を発揮する機体として調整されているのだ。
 単に模倣しただけでは、資源を浪費するだけで誰にも動かせない、使いものにならない機体が出来上がるだけだ。
「加えて、あれの構造や調整は極めて精密なものです。使用する素材や加工の精度要求水準については先の資料の通りですから、アンジアが簡単に用意出来るとは思えません」
 実際、魔動機兵関連技術に秀でたアルフレイン王国でさえ、《イクスキャリヴル》を実戦投入可能な状態にするのに相当な時間がかかっている。
 設計開発を行ったエクター並のチームがいないであろうアンジアでは、模倣品でさえ完成させるのには数倍の時間がかかるはずだ。今現存している《イクス キャリヴル》をアンジアに渡したとして、まともに運用できる状態に整備と修理が出来るかさえ怪しいというのがエクターの見立てだ。そして、整備と修理が出 来たからと言って、動かせるのはアルザードだけ、という部分は変わらない。
「アンジアはただでさえ大雑把ですからね。港もあり、物量にこそ秀でていますが、その分、国家レベルでは個の質というものに対する意識は他国と比較してさほど高くありません。質を極めたような《イクスキャリヴル》は現状、価値観にも合わないでしょう」
 大陸南部に国を構えるアンジアは、南端の首都に大きな港を持つ。漁業や海運業が盛んで栄えたところがあり、人材や物流自体は多いと言える。
 そして精密技術にはあまり秀でておらず、潤沢な物資でもって魔動機兵を重装化、正面から打ち合い物量で押すという戦法を得意とする。
 単体の高性能を突き詰めたような《イクスキャリヴル》は思想に合っているとは言い難い。
「今後を見据えて技術を吸収する、という思惑も当然あるでしょう。ただ、どちらかと言えば、今回の要求は我々のカードを奪う目的の方が強いかと」
 アンジアも技術力に劣るという点を放置して良いとは思っていないだろう。未知の技術の塊でもある《イクスキャリヴル》を入手し、構造や設計を解析することで技術力を高めたいという思惑はあるはずだ。
 もっとも、《イクスキャリヴル》に用いられている高度かつ精密な技術や魔術式が、万人に運用できるようなものとして応用できる形にするためには相応の研 究を必要とするだろう。それこそ、エクターのような人材でもいなければどれだけの時間がかかるのか、そもそも見通しだけでも立てられるのか怪しいものだ。
「《イクスキャリヴル》が誰にでも扱える機体だと思っているのであれば、相応の時間稼ぎにはなりましょう。アンジアが再現、あるいは応用できるようになるまでに、私が《イクスキャリヴル》を再開発する方が早い」
 それにどれだけの時間がかかるかはさておき、《イクスキャリヴル》を渡すことでいずれその設計思想や必要技術について学ばれてしまうことにはなる。だが、エクターは自信を持って《イクスキャリヴル》の解析と再現には膨大な時間がかかるであろうと断言する。
 《イクスキャリヴル》を引き渡したとしても、それがアンジアにとってプラスに働く前に《イクスキャリヴル》を再開発し、叩く時間はある、と。
「しかし、設計が完了しているからと一からまた《イクスキャリヴル》を開発するのであれば当然コストはかかります」
 エクターのその一言で首脳陣の何人かが青褪め、渋い表情をする。
 もう一機《イクスキャリヴル》を作る、というのはコストを考えると難しい。
「そして当然、《イクスキャリヴル》を明け渡すことで他国に対して隙を作ることにもなります」
 現状《イクスキャリヴル》は他国にとって、未知の脅威だ。
 それをアンジアに渡すことは、アルフレイン王国の戦力を大きく削ぐことになる。《イクスキャリヴル》の投入によって絶望的な王都侵攻を防ぐことができたのだから、そのカードがなくなることはアルフレイン王国の状況を巻き戻すことになりかねない。
 秘密裏に明け渡すにしても、そういう情報はどこかから漏れ出るものだ。停戦を申し入れてきたセギマが手のひらを返す可能性も出てくるだろう。
「指定された一週間で《イクスキャリヴル》をもう一機用意するのはさすがに不可能です。新型の動力機関……オーロラルドライブとでも呼びましょうか、これの中核に用いる超高純度プリズマ結晶を一から精製するにはどんなに急いでも一週間はかかります」
 エクターが考案した《イクスキャリヴル》の新式動力システム、オーロラルドライブには超高純度のプリズマ結晶と、それを取り囲むように複数の高純度プリズマ結晶が必要になる。
 今回の開発では、エクターが既に大まかな計算をして精製を指示して作業が進められていたため、アルザードの参加によって細部の再計算をする形で完成まで の時間が短縮できた。完成品が出来たことで、設計自体も完成したわけだが、これを新たにもう一つ精製するにはそれだけの時間とコストを必要とする。
 機体の各部の製造も並行して進めるとしても、組み上げから調整まで考えると一週間では間に合わない。
「……となれば要求に応じるのは現実的ではないな」
 アーク正騎士長が唸るように言った。
「とはいえ、我が国の騎士団員が捕虜になっているのも見過ごせません」
 ルクゥス正騎士長も眉根を寄せて苦い表情を見せる。
 ベルナリア防衛線が突破された際、多くの者がアンジアの捕虜となった。
 ノルキモの捕虜の扱いは酷く、こういう場で外交のカードとして使われることはまずない。国土の関係で維持し難いというのもあって、捕虜にすること自体も稀だ。
 セギマはそもそも捕虜が出るような戦い方をしない。国土があまり広くないのも関係するだろうが、スパイとしての潜り込みや情報漏洩に対する警戒心が強いというところが大きい。見逃すか、トドメを刺すか、の二択が多い。
 そして三ヵ国の中でも資源と国土に余裕のあるアンジアは比較的捕虜を取り易い。海運業などの外交に積極的な気質も影響しているのかもしれない。
「確かに、いくら国に殉ずる覚悟のある騎士団員とは言え、捕らえられた我が国の民をむざむざ見殺しにするというのは国民感情的にも無視はできん」
 セイル正騎士長も悩ましげに言う。
 現時点では密書という形で伝えられた情報だが、アンジアがこれを秘匿したままにするメリットはない。《イクスキャリヴル》と捕虜の交換要求を公表し、アルフレイン王国に揺さぶりをかけてくるであろうことは想像に難くない。
 そして公表されたとなれば、どちらの要求を選択したとしても国民からの印象は良くないだろう。
 人命優先とした場合、人道的と肯定する者がいるとしても、国の窮地を救った《イクスキャリヴル》が奪われるとなれば国防への不安が増大する。《イクス キャリヴル》がなければアルフレイン王国が滅びていたのは確実なのだから、それを失うことは他国からの侵攻の再開も予測される。《イクスキャリヴル》なし に、疲弊し切ったアルフレイン王国が抵抗出来ると思う者はいないだろう。
 だからと言って《イクスキャリヴル》を渡さないとなれば捕虜たちを見殺しにすることになる。騎士団員の中には貴族出身者も多い。そうでなくとも、捕虜の リストまで公開されてしまえばその家族はいくら《イクスキャリヴル》を渡すことが愚かな選択肢だと頭で分かっていても、心に傷を残すことになる。
 だが、国の存亡、今後を考えるならば捕虜を見捨てるしか選択肢はない。
「救助しようにも、今の我々にそれだけの余力があるかというと……」
 ルクゥス正騎士長が端整な顔を悩ましげに歪ませる。
 捕虜を救出するための部隊を編成しようにも、それだけの戦力を用意できないのが実情だった。
 ベルナリア防衛線やこれまでの戦いで失った戦力は多く、どうにか時間が出来たことで立て直すために奔走している段階でもある。国防のための騎士団再編が最優先である以上、他に戦力を回す余力がないのだ。
 捕虜の救出作戦を展開するとなれば、当然ながらアンジアに攻め込む必要が出てくる。アンジアが捕虜を収容している場所を突き止めるための諜報、そこまで部隊を進軍させるためのスケジュールとコストの管理、そして救出のための作戦実行、と手間もかかる。
 諜報のための人材とかかる時間、編成する救出部隊の人員選定、どのような作戦をもって捕虜を実際に救出するのか、考えなければならないことも多い。
「……察するに、捕虜がいるのは首都でしょうな」
 アーク正騎士長が重苦しい声で言った。
「根拠は?」
「この書簡がアンジアの首都アジールから発されている印が押してあることが一つ。もう一つは、国境付近では《イクスキャリヴル》の脅威が大きいからだ。少なくとも、首都周辺ではあるだろう」
「なるほど……厳しいな」
 セイル正騎士長はぶつけた疑問への問いを聞いて、唸る。
 国境、つまりアルフレイン王国に近ければ近いほど、《イクスキャリヴル》による攻撃は容易だと考えるだろう。アルフレイン王国の領内から三ヵ国が撤退し、国境付近で警戒を固めているのもそれが大きな理由だ。
 王国領内に留まれば、アルフレイン王国にとっては問答無用で攻撃する理由となる。セギマの停戦申し入れも、《イクスキャリヴル》による襲撃を予防する目的が大きい。
 アンジアにおいても、首都アジールは最も守りが厚く、アルフレイン王国の国境からも遠い。
 今から諜報部隊を送り込むとしても、首都アジールとなると移動時間にどう急いでも一日は見積もる必要が出てくる。隠密性なども考えると、もう少しかかると考えるべきだろう。一週間という猶予期間に対して、決して短くはない。
「考えれば考えるほど、捕虜の救出は絶望的か……」
 ルクゥス正騎士長も渋い表情だ。
 政治関係の者たちは、どうすれば国民感情を抑えられるかについて議論を交わし始めていた。
「……エクター」
 ぽつりと、アルザードは隣に座る男の名を呼んだ。
「何だい?」
 相変わらずの声音に、妙な安心感を憶える。
「《イクスキャリヴル》で捕虜救出は可能だと思うか?」
 視線を向けて、浮かんだ疑問をぶつける。
 決して大きな声ではなかった。普通に会話をするぐらいの声量で、議論が始まってざわついていた会議場では掻き消えてしまいそうなものだった。
 それでも、アルザードの言葉に場が静まり返った。
 視線がアルザードとエクターに集中する。
「さすがに救出は不可能だろうね」
 エクターの答えに、場が落胆しかける。だが、彼の言葉はそれだけで終わらなかった。
「何せ、《イクスキャリヴル》に人員輸送能力はないからね」
「それは、どういう……?」
 続けられたエクターの言葉に、周りから声が上がる。
「《イクスキャリヴル》でアンジア首都アジールに強襲をかけ、制圧することなら十分可能だ。ただ、それを実行した後が問題になる」
 アルザードや周りの意図を察してか、エクターは説明を始めた。
 《イクスキャリヴル》の能力をもってすれば、単機で首都アジールに攻め込んで制圧することだけは問題なく実行できる、と。問題となるのは、《イクスキャリヴル》の稼動時間と、敵勢力を無力化した後の後始末だ。
「《イクスキャリヴル》を戦力として最大の効果を発揮させるには稼働時間を可能な限り戦闘行動にあてるべきだ。つまり、《イクスキャリヴル》の移動と、戦闘後の回収は、《イクスキャリヴル》自体にはさせられない。ここは別途フォローしなければならない」
 首都アジールの制圧にかかる時間がどれだけになるかは分からない。《イクスキャリヴル》なら出来る、とエクターは自信を持っているようだが、運用コストが大きい以上、出来る限り無駄を省くべきだとも考えている。
 アルフレイン王国領内から《イクスキャリヴル》を走らせても、恐らく首都アジールには辿り着けるとアルザードも思う。問題は、そこまでにかかる時間でアルザードや《イクスキャリヴル》が少なからず消耗してしまうという部分だ。
 もしオーロラルドライブが破損するような消耗になってしまえば、《イクスキャリヴル》の修理にかかる時間も費用も莫大なものになる。高濃度エーテルの充 填でどこまで稼動時間が延ばせるのかという問題もあるし、騎手であるアルザードへの負荷も小さいものではないと身をもって実感しているところだ。
 戦闘になる部分だけを《イクスキャリヴル》に担わせる、というのが最も効率的だが、そうなるとそれ以外の部分は他の者たちで支援しなければならない、というのがエクターの説明だった。
「だから、《イクスキャリヴル》だけでは救出は不可能だと言わざるをえない」
 戦闘中に捕虜を救助する部隊と助け出した捕虜、戦闘を終えた《イクスキャリヴル》を回収するための輸送手段は別途用意する必要がある。
 アルフレイン王国の国境線からアジールまでの間にあるアンジアの拠点や集落をどうやり過ごすのか、《イクスキャリヴル》の輸送手段もそうだが、捕虜の救助部隊の進行ルートなども考えなければならない。
 《イクスキャリヴル》で道中の敵を全て倒して道を作りながら進む、という強引な手もあるが、その場合はアジールに辿り着いた時の消耗具合がどうなるかが問題だ。
「その問題さえ解消できるなら、不可能ではないんだな?」
「もちろん」
 アルザードの問いに、エクターは平然と頷く。
「アンジアを攻め落としてしまえれば、ある程度財政的にも潤うか……?」
「少なくとも、アンジアという敵は一つ消えるでしょうね」
 首脳陣は既に議論を始めていた。
 アジールを陥落させ、捕虜救出と同時にアンジアという国そのものを敵対勢力から排除する。考えなければならない問題は決して少なくはないが、余裕のないアルフレイン王国にとって成功した時のメリットが大きいのもまた事実だ。
 アンジアを敗戦国として賠償請求をしたり、アルフレイン王国に吸収してしまえるのであれば、博打のようなものではあるが、それだけに見返りは大きく魅力的だ。
 捕虜か《イクスキャリヴル》か、どちらかだけを選ぶのも苦しい現状を考えれば、両方を取れる提案に実現性があるのなら選ばない手はない。
「運用にコストはかかるが、他国への牽制にもなる、か……」
 アーク正騎士長が静かな声で呟いた。
 この作戦が成功すれば、《イクスキャリヴル》のデモンストレーションとしての効果も期待できる。攻めようと思えば国境から離れた首都でさえも単機で制圧 が可能なのだ、と国内外に知らしめることができる。そうなれば、いくら資源豊富な土地を持つからといって、他国もおいそれと侵略はできなくなるのではない か。
 敵対すれば《イクスキャリヴル》を差し向けられる可能性がある、と思わせることは抑止力にも繋がる。
「準備にはどれだけの時間が必要だ?」
「一つ、考えていることがありまして」
 セイル正騎士長の問いに、エクターは穏やかに、しかしどこか怪しげな笑みを浮かべたのだった。

 会議から六日後の夜、すなわち捕虜交換の返答期限の前日、アルフレイン王国の国境を越えて進む部隊があった。
 いくつかの輸送車両で編成された部隊が、南へと向かって進んで行く。アンジアの拠点や集落を避けるように、通常の交通ルートから外れた道なき道を進む。
 その魔動車両の一つの貨物ブロックは、簡易指揮所のようになっていた。
 ヘルム以外の《イクスキャリヴル》の騎手装備を身に着けたアルザードは、端にある椅子に腰を下ろして、機材のチェックを行うエクターと、マリアの後姿を眺めている。
「よし、大丈夫そうだ。後は先行してアジールに向かった部隊が置いた中継機がちゃんと動けば通信は届くはずだ」
 一通りのチェックを終えたエクターが振り返る。
 マリアは通信用のヘッドセットを頭に被り、具合を確かめながら位置調整をしている。
「本気なんだな」
「ええ」
 アルザードの言葉に、マリアも振り返った。
 捕虜救出作戦が決まった後、痺れが抜け切れていなかったアルザードはもう一日だけ病院で体を休め、ニムエ技術研究所に戻った。そこには、《イクスキャリヴル》運用部隊のオペレーターの一人としてマリアが配属されていた。
「人手は欲しいと言えば欲しかったけれど、扱うものがものだけに、信頼できる人材でなければ面倒ではあったからね。申し出自体はありがたかったよ」
 エクターは簡易指揮所の中でそう言って笑った。
 マリアも一応は騎士養成学校を卒業しているし、成績は上位だ。今まで騎士団に配属されていなかったのは、彼女が王家の血を引いているが故だ。彼女の母親は現国王の叔母に当たり、アルトリウス王とマリアは従兄妹の関係にある。
 彼女自身はその性格もあって騎士団に配属されて前線に赴くことにも抵抗は無かったのだが、王家の血筋を引いているという理由で両親の反対に合い、王都で 暮らしていた。優勢な状況であればまだしも、敗色濃厚な戦況では、捕虜にされた時のリスクが大き過ぎる、というのも理由だった。いっそ、早い段階で王都か ら逃がしてしまうという話も出たのだが、前線で戦う婚約者がいるからと本人が頑なに固辞していた。
「もう待つだけは厭(あ)きたの」
 そんな言葉を自然体で放つのが何ともマリアらしい。
 苦笑して、アルザードは立ち上がった。
 そろそろ時間だ。
 簡易指揮所が設けられた魔動車両の後部貨物ブロックには、《イクスキャリヴル》が寝かせられている。その操縦席に潜り込み、ヘルムをシートから伸びるコードと接続、バイザースクリーンを下ろして起動させ、指示を待つ。
 鈴の音のような、オーロラルドライブの駆動音が静かに響いていく。
「《イクスキャリヴル》輸送部隊、第一目標地点に到達。作戦を第二段階に移行」
 マリアの声が通信を介して聞こえてきた。
 貨物ブロックを覆うように被せられていた天井が開き、スクリーンに夜空が映った。
 アルザードは《イクスキャリヴル》をゆっくりと起こし、立ち上がらせる。
 後続車両の一つが隣に停車し、貨物コンテナが開かれた。
 そこには、《イクスキャリヴル》の身長をも超えるほどの巨大な装備が鎮座していた。通常の魔動機兵が扱うには太い柄は長く、先端部分には《イクスキャリ ヴル》が持つシールドよりも大きな円形の盾のようなものが付いている。盾のようなものは二重構造のようになっていて、その境目である縁の部分は円形に溝が 掘り込まれたような形状をしている。後端部には魔動機兵の胴体にも近い大型の装置がついており、そこから折り畳まれた大きな翼のようなものが生えている。
「これが……」
「《イクスキャリヴル》専用の追加装備、強襲兵装シュライフナールだ」
 アルザードに続いて、エクターが口元に笑みを浮かべて言った。
「改めて作戦を説明するよ」
「《イクスキャリヴル》はシュライフナールを用いて、本地点からアンジア首都アジールへと強襲し防衛部隊を排除、無力化して下さい。《イクスキャリヴル》の戦闘開始を合図に、待機していた救出部隊が首都へ侵入、捕虜の捜索と救助に当たります」
 マリアが作戦内容をすらすらと述べていく。
「従って、作戦目標は二つ。一つはアジールの制圧、もう一つは捕虜の救出。これら二つが達成されて始めて作戦は完了となります」
 作戦に参加する者達にとっては既に知らされている情報だが、あらためて説明することで気を引き締める狙いもある。
 先行してアジールへ向かった部隊は大きく分けて二つある。一つは捕虜救出を目的とした歩兵中心の部隊で、もう一つは首都の制圧に参加する部隊だ。前者は諜報部隊が中心となり、後者には何機かの魔動機兵が随行している。
 当然、途中でアンジアに察知されると作戦は失敗になるため、随行する魔動機兵は高価な迷彩外套を装備させた上で少数が選抜された。
 今のところ、先行部隊がアンジアに発見されたという報告もなく、それらしい動きもない。先行部隊は《イクスキャリヴル》と指揮所の通信を繋ぐための中継 機を設置しながらアジールへと向かっている。《イクスキャリヴル》が行動開始する頃には、アジールに察知されるギリギリの位置で待機しているはずだ。
「あらためて聞くと無茶苦茶な作戦だな」
「期待しているよ」
 苦笑するアルザードにエクターは軽く言ってのける。
 先行部隊には制圧を補助する戦闘部隊もいるが、魔動機兵は《アルフ・セル》がたったの三機だ。対魔動機兵用というよりは、アンジアの首脳陣がいるであろう施設や建物を制圧するための側面が強い。
 結局、主に戦うのは《イクスキャリヴル》の役目だ。それに、アンジアとしても規格外の《イクスキャリヴル》は無視できないだろう。
「……ギルバートの様子は?」
「今は落ち着いているわ」
 捕虜の名簿の中にサフィールの名前を見つけた時はアルザードも驚いたものだが、実の弟であるギルバートの動揺は大きかった。今回の捕虜救出部隊への参加 も志願したのだが、アルザードが止めた。捕虜の状況が分からない以上、最悪の可能性も考慮しなければならない。作戦の性質上、慎重な行動が求められること もあり、感情的になりかねない捕虜の関係者は極力排除されている。
 前線にいた以上、戦死や捕虜となる可能性は理解していただろうが、だからと言って何とも思わないはずがないのだ。
 アルザードがエクターに捕虜の救出は可能かと問うた理由に、グリフレットやサフィールを助けたいという気持ちがあったのも事実だ。
「無事を祈るしかないな……」
 アルザードと《イクスキャリヴル》に出来るのは、敵性存在を叩き潰すことだけだ。
 目の前で組み立てられていく発射台の準備を待って、アルザードは《イクスキャリヴル》の右手をシュライフナールへと伸ばした。
「シュライフナールのマニュアルは目を通しているね?」
「ああ、盾と槍と推進装置の複合装備ということだったな」
 右手でシュライフナールの柄を握り、左手でシールド後部にあるグリップを掴む。
 《イクスキャリヴル》のオーロラルドライブの鈴のような音が僅かに変化し、アルザードは手のひらに感触の錯覚を感じ取る。
 バイザースクリーンにもシュライフナールとの魔力回路の接続を知らせるメッセージが表示された。
「シュライフナールはマナストリームを発生させるシールドランスと、プリズマドライブを丸ごと一機搭載した推進装置を繋げたものだ。後部のプリズマドライ ブ内臓推進器で斥力を発生させ、加速力や推進力を得る。本来なら地上で突撃し進路上のものを根こそぎ貫いていくものだが、今回は発射台から角度をつけて打 ち上げ、一定高度で翼を展開、滑空状態で空中からアジールに侵入してもらう」
 エクターの記した説明書には目を通したが、言葉を並べると正気を疑うような装備だ。
 マナストリーム、触れた物質を自壊させる魔術命令を与えた魔素の奔流の凄まじさは前回の運用時に体験しているが、それをランス兼シールドとして機体前面に展開し、敵集団に突撃するという発想がまずもって馬鹿げている。
 後部の推進器には、《イクスキャリヴル》の消耗を抑える目的もあって魔動機兵用プリズマドライブを丸ごと一機搭載し、そこから得られる出力をランスや シールドのマナストリーム発生だけでなく、推進力にも使うのだという。反重力のような魔術を展開し、斥力を発生させて爆発的な加速力と突進力を生むのだと か。
「君の報告書にあったランドグライダーを見て思いついたんだ。現地のモーリオン三級技術騎士の発想力は中々だね。生きているなら是非とも会って話をしてみたいものだよ」
 エクターの下へ配属された直後に、直近の戦闘報告として提出した書類の中にあったランドグライダーの情報を見て、エクターは感心したらしい。
 事前にアルザードに関する記録や報告の類は送られていたが、さすがに配属直前の戦闘記録などは報告が間に合っていなかった。《フレイムゴート》や《ブレードウルフ》との交戦経験があると知ったエクターは、その時の状況や経過を事細かに聞きたがったのだ。
「機体外部から移動を補助する装備は量産機用に作るとなるとコストはかかるが、《イクスキャリヴル》ならその点融通が効くからね」
 報告書を読んでから、設計は始めていたらしい。
 一体エクターの頭の中はどうなっているのだろうか。その頭脳は時代を先取りしているというよりも、まるで数世代先の未来から来たかのようにさえ思えてしまう。
「出撃台、準備完了。作戦を第三段階に移行。《イクスキャリヴル》、出撃どうぞ」
 マリアの声が作戦開始を告げる。
 斜めに角度をつけた滑走台が用意され、アルザードはシュライフナールを手に台の上、最後部へと《イクスキャリヴル》を進ませた。車輪の付いた台の上に両足を乗せ、腰を落としてシュライフナールを脇に抱えるようにしっかりと握り、左手のグリップで支えて真っ直ぐに構える。
「《イクスキャリヴル》の進行に従って、中継器が起動していきますが、通信そのものはアジール到着まで使用不可だと思って下さい。中継機の魔術信号接続には若干のタイムラグが生じます」
 マリアのオペレーターとしての振る舞いも様になっている。
「……《イクスキャリヴル・シュライフナール》、作戦行動を開始する!」
 両側のヒルトのトリガーを引き、アルザードは回路に魔力を送る。
 オーロラルドライブの澄んだ音が高まり、続いてシュライフナールの推進装置に刻まれた溝へと脈打つように光が走る。後方に向けられた噴射口のような部分から魔力の放出が始まり、推進力が発生しシュライフナールが動き出す。
 前方に備え付けられた盾に刻まれた溝から円形に極彩色の光が広がっていく。同時に、前方に円錐状の槍の穂先を思わせるようにも魔素の奔流は発生し、エクターの言うシールドランスが形成された。
 そして僅かに《イクスキャリヴル》が前に進んだかと思った次の瞬間には、爆発したかのような衝撃と音だけをその場に残し、《イクスキャリヴル》は放たれた弾丸のように台から射出されていた。
 足を乗せていた車輪付きの台が射出台の上を一瞬で滑り、上空へと緩やかに角度をつけて《イクスキャリヴル》は打ち上げられていた。
 衝撃や振動を和らげるように様々な工夫を施して設計されている《イクスキャリヴル》の操縦席でさえ、加速の重圧を感じるほどに、その推進力は強烈だった。いや、もしかすると《イクスキャリヴル》が感じた風や勢いを、アルザードも感じていたというだけなのかもしれない。
 シュライフナールのプリズマドライブが警告を発するギリギリのところでアルザードは力を緩め、掴む手を握り直すようにして指示を変える。推進器の左右に折り畳まれていた滑空翼を展開、慣性飛行に移る。
 弾丸のような凄まじい速度で夜明け前の空を突き抜けて行く。
 もはや通常の魔動機兵に耐えられる速度ではない。銃弾や砲弾のように、その速度はまさしく撃ち出された質量兵器の弾に等しいものだ。極彩色のマナストリームが形作るシールドランスの存在が、まるで光を放つ矢のようなシルエットを空に描き出す。
 シュライフナールが発する信号が道中に設置された中継機を起動させていく。恐らく、それによって《イクスキャリヴル》の存在はアンジアに気付かれるだろう。
 だが、気付いたとして射出された《イクスキャリヴル》の進行を阻む手段はない。
 流れて行く地上の景色と、夜明け前の空を目に映しながら、アルザードはまるで自分が空を飛んでいるかのような感覚に包まれていた。
 通常ならば、浮遊感と疾走感の凄まじさに恐怖を抱くところだというのに、今はまるでそんな感情を抱かない。空を飛べるのが当然の鳥になったような昂揚感さえある。風を、空を切って進む感触がどこか心地良く、全能感に呑まれそうにさえなる。
 気を引き締めろ、と大きく息を吸い、吐き出す。
 シュライフナールの推進器から炎のように噴き出す魔力を制御して、高度と速度を維持する。
 マナストリームの輝きが鳥や虫といった、高速移動中に接触した際の危険となるものを消し去り、《イクスキャリヴル》を守っている。空気抵抗もこのシールドランスによって軽減されているのかもしれない。
 光の向こう、遠くに海が見えた。
 その手前に広がる大きな都市の姿も見えてきた。
 急いでも一日近くかかる距離を、ほんの数分で駆け抜けてしまった。
 王都アルフレアと違って都市を守る城壁がない。アルフレイン王国の民からすると無用心にも思えるが、アンジアにとってはそれが普通なのだろう。
 シュライフナールの角度を調整し、アジール都内目掛けて滑空を開始する。
 目標地点はアジール中央を通る大通り。夜が明けようとしている今、人の姿はほぼないに等しい。だが、港に面した首都であるアジールの大通りともなれば、多くの人が住み、行き交うであろう場所だ。
 そんな場所に被害を出すのは不本意ではあるが、こちらにも譲れない事情というものはある。何より、住民が避難するための退路を断って王都に攻め込もうとしてきた三ヵ国連合の一角がアンジアだ。似たようなことをされても文句は言えまい。
 光の矢は流星の如く、アンジア首都アジールの中央からやや北部の大通りへと突き立った。
 そして、夜が明けた。
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