第十四章 「魔動要塞」
 
 
 捕虜救出作戦もといアジール制圧から三ヶ月が経つ頃には、アルフレイン王国の情勢も安定に向かいつつあった。
 アンジアの全面降伏は実質的に三ヵ国連合の敗北を意味し、セギマも連合の離脱を決めて停戦を持ちかけていたため、残るノルキモだけではアルフレイン王国を攻めるには戦力不足であり、争乱の収束も現実味を帯びてきた。
 安定に向かっているとはいえ、アンジアを併合するほどの余裕はアルフレイン王国にはまだなく、ひとまず属国扱いにして今回の戦争で王国が受けた被害の賠償請求をする形となった。
 アンジアの降伏に続いて、セギマが停戦協定を結んだことで、あれからアルフレイン王国領内での戦闘は起きていない。
 下手に刺激すれば《イクスキャリヴル》による報復を受けるかもしれない。そう思わせられたことで、各国は警戒して直接的に戦闘を仕掛けられなくなっているようだ。
 しかし、三ヵ国連合のうち残ったノルキモだけはあれから沈黙を貫いており、敵対行動こそしていないが、セギマのような歩み寄りも見せていない。
「恐らくはベクティアが裏にいるんだろう」
 と言うのがエクターの見立てだ。
 アジールで開発されていたマナストリーム砲は、大陸の南東端に位置するベクティアからの技術供与を受けていたのだろうとエクターは推察している。
 ベクティアには魔動機兵開発の立役者の一人でもあるモーガン・レファイがいる。技術者としての能力や思想から、マナストリーム兵器の実用化には彼が関わっている可能性が高いとエクターは言う。
 三ヵ国連合の中でアンジアが最も資源的に余裕があったため、実験的に作らせてみたのではないかというのがエクターの推論だ。
 セギマの主力魔動機兵である《ヘイグ》系列の機体も、ベクティアとの共同開発だという話もある。
 三ヵ国それぞれに思惑はあっただろうが、それをベクティアが間接的に支援する形になっていても不自然ではない。いや、もしかすると、そもそも三ヵ国連合の発足やアルフレイン王国への戦争はベクティアの策略という可能性も否定できない。
 モーガン個人はエクターに対し並々ならぬ執着があるようだが、それを上手くベクティアに利用されているというのがエクターの見解だった。
 工作員として送り込まれていたヴィヴィアンのことからも、エクターの推測があながち的外れではないことが分かる。
 そして、平静を取り戻しつつあるアルフレイン王国とは対照的に、大陸外周諸国は小競り合いが活発化してきている。現代における重要資源が豊富な土地を多 く持つアルフレイン王国と三ヵ国連合の戦争は大陸全体の今後に大きな影響を与えるだろうと各国は予測していた。戦端が開かれてからの三ヵ国連合の電撃的な 侵攻により、アルフレイン王国の滅亡は確実視されていただろう。実際に、そうなる寸前まで追い詰められていたのも事実だ。
 そのため、各国は三ヵ国連合がアルフレイン王国を滅ぼした後のことを考えていたはずだ。ベクティアが裏にいたのであれば、三国それぞれを支援した見返り を要求していただろうし、ユーフシルーネは三ヵ国連合の隙を見て滅ぼされたアルフレイン王国領土の一部を得ようするか、アンジアに攻め入るなどの動きを見 せた可能性も高い。
 その他の国もアルフレイン王国の消滅を機に何らかの動きを見せていたかもしれない。
 結果的には、《イクスキャリヴル》の投入でアルフレイン王国の滅亡は免れ、加えて強烈なカウンターを放ちアンジアを降伏させたことで、各国の予想は裏切られ、同時にそれまでの思惑を見直さざるを得ないほどの波紋を広げることになった。
 単にアルフレイン王国が三ヵ国連合の侵攻を凌ぎ切った、という話であれば、消耗から手を引かざるを得ないであろう三ヵ国に代わって他の国々が疲弊しているアルフレイン王国を突くという事態も考えられた。
 決定的だったのは、王都防衛から一週間後のアジール制圧だった。
 精強で知られるアルフレイン王国の騎士団にも深刻な損害を出し、王都に次ぐ大都市だったベルナリアは廃都と化し、蹂躙された領土も少なくなく、疲弊して いるはずのアルフレイン王国がたった一週間で三ヵ国連合の一角であるアンジアに報復を行い、しかもその一度の攻撃だけで全面降伏させたというのだから、各 国が受けた衝撃は相当なものだった。
 その立役者でもある《イクスキャリヴル》と騎手であるアルザードは凱旋式典とアルトリウス王による直々の表彰により、各国の知るところとなっている。
 《イクスキャリヴル》が強烈なインパクトと共に、抑止力として機能するようになったことで、各国はアルフレイン王国への対応を改めざるを得なくなった。 それはつまるところ、アルフレイン王国領をひとまず諦めざるを得ないということであり、大陸情勢の変化や自国の利益の画策などを期待していた各国の思惑は 丸潰れになったということでもある。
 そういった影響もあってか、かねてより小競り合いが続いていた大陸の北西方面と東方の勢力争いは激化し始めており、いずれはいくつかの国が吸収、あるいは統合されそうな勢いになっている。
 東方は南東端のベクティアが勢力的に強く、そこに吸収されていく可能性が高い。ノルキモやセギマを挟んでいることもあり、距離のあるアルフレイン王国としては手が出しにくい。
 北西諸国に面している隣国ユーフシルーネは情勢不安の影響を大きく受けており、未だ立ち直り切っていないアルフレイン王国に援軍や協力要請の打診をしてくる始末だった。
「侵攻されているわけでもないのに何と図々しい……」
 アルザードとエクターが出席した王国議会の席で、セイル正騎士長が苦々しい表情で呟いた。
「我が国が蹂躙されているその時に援軍の一つも寄越さなかったくせに、快諾するとでも思っているのか?」
 ルクゥス正騎士長も嫌悪感を露わにする。
 敵対こそしなかったものの、ユーフシルーネの友好国としての信頼感は落ちてしまっている。いくらユーフシルーネが西方諸国に面していて情勢に不安を抱え ていたとしても、あわや滅亡寸前まで追い詰められたアルフレイン王国に救いの手を差し伸べなかったことに憤っている者は少なくない。
 三ヵ国連合と裏で繋がっていただとか、アルフレイン王国が滅ぼされた後に隙を突いてこの地を得ようとしていた等と言う噂が立っても仕方が無いだろう。
 敵対していないというだけで、もはや友好国と見做し難い。そんな空気が漂っていた。
「恐らくは、《イクスキャリヴル》について探りたいという思惑もあるのだろうよ」
 アーク正騎士長も鼻を鳴らす。
 三ヵ国連合との争いに実質的な勝利を得たとは言え、アルフレイン王国は建て直しの最中だ。王都防衛戦や捕虜救出作戦の直後ほどでないとは言え、騎士団の再編はまだ終わっているとは言い難い。
 廃墟となってしまったベルナリアの復興にも着手し始めたばかりで、他国に手を貸す余裕などない。むしろ、アルフレイン王国の方が援助を求めたいぐらいだ。
 それでもユーフシルーネが協力要請をしてきているのは、《イクスキャリヴル》が目当てだろう。
 今現在アルフレイン王国が比較的自由に動かせて、かつ急な事態や遠隔地でも迅速かつ柔軟に対応でき、部隊としては小規模ながら破格の戦果を期待できるのは《イクスキャリヴル》だけだと考えているのだ。
 こういった要請をした時に、《イクスキャリヴル》は即応できるのか、というこちらの事情を探る目的もあるのだろうというのが首脳陣の見解だ。
 批判や反感を得ることは承知の上で、それでも尚、《イクスキャリヴル》に関する情報を少しでも得たいというのが本音だろう。
「それとは別に《イクスキャリヴル》との模擬戦の要望もありますね」
 キアロ総騎士長も半ば呆れた様子だった。
 親善試合の申し込みと言えば聞こえは良いが、ユーフシルーネの最精鋭がどれだけ《イクスキャリヴル》に対応できるかを見極めたいという狙いが見え見えだった。
 既に《イクスキャリヴル》の性能を目の当たりにしている首脳陣からすれば失笑ものの提案だった。
「武装類を非殺傷のものに換装したとしても、出力が高過ぎて魔動機兵を破壊してしまう危険性はありますね」
 冗談なのか本気なのか分からないエクターの言葉を、もはや否定できる者はいなかった。
 実際、武装に魔力を用いている以上、《イクスキャリヴル》の出力では手加減がきかないというはあながち的外れでもないことだった。素手でも魔動機兵部隊 を蹂躙できるのは王都防衛戦時に実証済みであったし、《イクスキャリヴル》はアルザードの莫大な魔力を余すところなく引き出して性能を発揮する設計になっ ていることもあって、加減するのであればそもそも《イクスキャリヴル》を持ち出す意味がなかった。
「とはいえ、護剣騎士団の試験運用という意味では援軍要請に応じる価値はあるかもしれませんが」
 エクターの言葉に、正騎士長たちも思案を巡らせる。
 護剣騎士団は結成され、専用魔動機兵である《イクサ》タイプ三機も完成し配備された。しかし、アルフレイン王国への攻撃が止まったことで、それらを実際に運用する場がなくなってしまっている。
 国内での模擬戦は何度か行ってはいるが、そのどれも《イクスキャリヴル》を稼動させることのない、三機の魔動機兵部隊によるものに留まっている。
「《イクスキャリヴル》の運用費をユーフシルーネ持ちにするという提案もありますが、それはそれでリスキーですね」
 キアロ総騎士長に、エクターも頷く。
 協力を要請したユーフシルーネ側に今回の《イクスキャリヴル》の稼動費用を請求するという手もある。アルフレイン王国からしてみれば、コストが馬鹿にな らない《イクスキャリヴル》をタダ同然で動かし、部隊運用のテストもできるというメリットはある。しかし、逆にユーフシルーネに《イクスキャリヴル》の運 用コストという弱点を知られることにも繋がってしまう。
 コストの高さを知られれば、《イクスキャリヴル》が頻繁に動かせないという欠点、隙を晒すことにもなりかねない。
 直接的に侵攻を受けていたアルフレイン王国と違い、急を要する事態でもないユーフシルーネの要請を無視して情報を秘匿したままにすることもできる。
 要請に応じればユーフシルーネは国防面で大きな戦力を借りることができるし、《イクスキャリヴル》について多少なりとも探れるというメリットがある。
「いっそ、《イクスキャリヴル》で攻め落としてしまうというのは?」
 首脳陣の中からそんな声があがった。
「アンジアのように属国とするか、併合するかしてしまえば運用費を負担させることもでできるでしょうし……」
 実際に、その手法で属国となったアンジアは、いずれアルフレイン王国に併合されることになるだろう。
 《イクスキャリヴル》を中心とした戦力で首都ないし、それに準ずる重要地点を制圧し、降伏を迫ることが不可能ではないのはアンジアで実証されている。
 襲撃し、降伏させ、《イクスキャリヴル》の稼動にまつわる費用を負担させる。
 同じようなことを繰り返して一つずつ国を落としていけば、大陸を統一するというのも非現実的ではないのかもしれない。
「やってやれないことはないでしょう」
 実行することに乗り気かどうかはさておき、エクターは開発者としての見解を述べる。
 騎手であるアルザードとしても、恐ろしいことにそれが実現不可能ではないだろうと思えてしまう。
「大陸の統一、それ自体は世界の平穏のために為すべきことかもしれん。しかし……」
 アルトリウス王は首脳陣を見渡し、自らの考えを口にした。
「力による支配、思想の統一は少なからず歪みを産むものだ。一時は良くとも、内側に不平や不満、火種を抱えることにも繋がるだろう。そうなれば、各国を吸収し、大陸を統一したところでいずれその綻びから争乱は起きるのではないかと私は思う」
 《イクスキャリヴル》による世界の統一は、圧倒的な暴力で他者を従属させていくことにも等しい。表面上は国家として吸収拡大を続けて思想統一が出来たよ うに見えても、元々そこに根付いていたものを塗り潰し切るのは難しい。いかにアルフレイン王国が圧政を避けたとしても、国が滅ぼされた事実は消えない。ア ルフレイン王国となったことで適用されるであろうルールや文化に不満を持つ者が出ないとは限らない。
「私はな、対話と相互理解によってのみ、真の平和が訪れるものだと信じているのだよ」
 単に力で押さえつけて従わせただけでは、一つになることはできない。アルトリウス王はそう主張する。
「より長く平和な世界を続けるのであれば、異なる思想、異なる宗教、自分たちとは違う、到底相容れぬ思想であってすらも、それらが存在することを互いに認 め合い、排除するのでも、どちらが正しいとぶつかり合い潰し合うのでもなく、違うこと、相容れぬことを受け入れた上で共存していけるようになるべきだと思 うのだ」
 単に相容れないからと相手を排除しようというのは、相手にも攻撃の理由を与えることになる。相容れぬもの、理解できぬもの、と一度認めた上で、それがどれほど自分たちの思想とかけ離れていても、ありのままを受け止める。
 そして、その上で共存することも認め合う。
 アルトリウス王はそれこそが争いのない世界を作るのだと考えている。
 勿論、言うほど容易いことではないのは理解しているだろう。
 争いとは、相容れぬもの、理解できぬもの、あるいは他を害してでも得たい何かがある時に発生する。およそ、相互理解や歩み寄りの精神からは程遠いものだ。
 奪われた者、虐げられた者は不満を募らせ、やり場のない怒りや憎悪が火種となり、負の連鎖を生んでいく。
「私とて、綺麗事だけでやっていけるとは思っておらん。全く意思の疎通ができぬ相手には対話も相互理解も求められん。一方的に理不尽な要求を呑み続けることが対話や相互理解だとは思っておらぬし、時には強硬手段に出ることも必要ではあろう」
 どうにかして、対話や相互理解の道に応じさせる必要はあるだろう。
 相手を理解することが大事だからと、無防備でいてはただ奪われるだけで終わってしまう。表面上、対話に応じたふりをして騙まし討ちをしようとする者だっていないとは限らない。
 そういった者たちさえ受け入れて、ただ滅ぼされたり、いいように搾取されることが正しいとは思わない。
 同じレベルで互いの共存を考え合えるようにならなければ、アルトリウス王が理想とする世界には辿り着けないだろう。
「それにな、同じ国に住まう人であっても、それぞれ異なる心を持っている。思想の統一とは、それらを画一的なものにすることだと思うのだ。それでは同じ人間ばかりになってしまって、面白くないとは思わんか?」
 少しだけ冗談めかして、アルトリウス王はそう言葉を締め括った。
 一つになること、一つにすることが必ずしも良いことだとは限らない。個というものが存在し、異なるからこその発展や進化がある。
 勿論、大陸の国家統一によってそういった個がなくなり、全てが一つになるとは限らない。極論ではあるだろう。
 ただ、力のみによる性急な侵略と大陸の統一は好ましくないとアルトリウス王は考えているようだった。
「実際のところ、その方法で国を拡大していくとしても、統治が追いつかないでしょうな」
 アーク正騎士長が頷きながら言う。
 《イクスキャリヴル》による電撃的な首都制圧自体は可能だとしても、アルフレイン王国がその後問題なく統治をしていけるかはまた別だ。
 仮に実行に移したとして、取り込んだ国の内政状況、経済状態を、アルフレイン王国の基準にすぐさま切り替えるのは難しい。その国が抱える問題をそっくり そのまま引き受けることにもなる。アルフレイン王国の人員を割いて臨時政府等を作るにしても、他国が対応する隙を与えぬよう次々と制圧して回れば、派遣す るための人員も足りなくなる。
 急速な領土拡大に内政や対応が追い付かないという事態に陥るのも目に見えている。かといって、一国ずつ順番に、となれば他の国も警戒をするし反発もされるだろう。
 いかに《イクスキャリヴル》が強力であっても、周辺国家から同時かつ多方面から攻められれば応戦は不可能だ。三ヵ国連合による王都進攻は最終的に一方向 からに絞られたため、《イクスキャリヴル》で対応できたが、王都を隙間なく包囲されていたらどうなっていたか分からない。
 《イクスキャリヴル》は一機しかなく、操縦できる人材もアルザードただ一人しかいないのが現状だ。機体そのものはコストを無視すれば量産できても、動かせる人間が他にいないというのは致命的な弱点でもあった。
 アルザード程の規格外ではなくとも、魔力適性の高い者に向けた簡易型《イクスキャリヴル》とでも言うべきものは作れないのかという話も持ち上がったが、それでは魔動機兵という枠から外れるような機体には出来ない、というのがエクターの回答だった。
「コストや汎用性、利便性などあらゆるものを度外視し、性能のみを追及した結果が《イクスキャリヴル》ですので」
 その性能を抑えて、常識的な範囲で魔力適性が高いと言われる者たちに合わせて機体を造るのであれば、《イクスキャリヴル》のような出力は得られない。
 アルザード以外にも運用が可能な《イクスキャリヴル》のような機体を造るには、また一つ二つ技術革新が必要だとエクターは語る。
「魔力の増幅倍率向上、制御術式や機構の刷新、コストや要求魔力適性の低減をするなら課題はとても多いよ」
 エクターの頭脳をもってしても、それらは一朝一夕にはいかない。そもそも、今現在の彼が持つ技術の粋を結集させたものが《イクスキャリヴル》だ。もしか すると、理論上だけならもっと性能の高いものが設計できていた可能性すらある。今のアルフレイン王国で調達、準備、製造可能という、実現可能な範囲でのコ スト無視という条件で《イクスキャリヴル》は生み出されているのだ。
 それをすぐさま改良し、一般化しろというのも無茶苦茶な話だ。
 何度目かの王国議会への出席を経て、事態に動きがあったのはアンジア降伏から半年後のことだった。
「セギマから救援要請が届きました」
 キアロ総騎士長が議会の円卓に集った首脳陣を見渡し、告げた。
 セギマとは停戦協定を結び、三ヵ国連合からの離脱及び、実質的敗戦国としての賠償請求、復興への援助といった契約がなされていた。侵略されたことで民の中にはセギマを良く思わない者も少なくはないが、いち早く敗戦を認め手を引いたことを評価する者もいる。
 とはいえ、属国でも、友好国になったわけでもない。そんなセギマから救援要請が来た、というのが異常事態であることを示唆していた。
「何でも、ノルキモによる侵略を受けており、戦況が芳しくない、とのこと」
 届いた書状を円卓の皆に回しつつ、キアロ総騎士長が説明をする。
 不可解なのは、敵国だったはずのアルフレイン王国に助けを求めているということだった。
「三ヵ国連合を裏切った形になるセギマを攻める、というのは分からなくもないですが……」
 セイル正騎士長が怪訝そうに呟く。
 三ヵ国連合のうち、アンジアの捕虜交換要求よりも前にセギマは連合離脱と停戦の申し入れをしていた。アルフレイン王国からの反撃を受けて属国となったアンジアはともかく、セギマの行動を裏切りと見做すことは出来なくもない。
 だが、いくら《ブレードウルフ》を始めとする精鋭戦力を失ったとはいえ、勢力的にはまだセギマの方が強いはずだ。
 アルフレイン王国に取り込まれるアンジアは無理でも、《ヘイグ》などの魔動機兵開発で繋がりのあるベクティアに救援要請をする方が自然だ。
「ベクティアにも救援要請をしている可能性は?」
 ルクゥス正騎士長が疑問を口にする。
 セギマが隣接している国家は現在四つあり、アルフレイン王国、アンジア、ノルキモ、ベクティアだ。ノルキモに攻められたとしてセギマが救援を求められる のはアルフレイン王国、アンジア、ベクティアとなるわけだが、そのうちのアンジアはアルフレイン王国の属国となっている。
 東西にいるアルフレイン王国とベクティア、両方に救援要請をしている可能性はあるだろう。
「あるいは、こちらにしか救援を求められなくなっているか……」
 アーク正騎士長が書状を見て眉根を寄せる。
 ノルキモがベクティアとの繋がりを強めたのであれば、無い話ではない。ベクティアに助けを求められなくなったとすれば、外部で救援要請できるのはアルフレイン王国だけになるだろう。
「この書状を受け取った直後、諜報部隊を派遣しています」
 キアロ総騎士長の言葉に、皆が頷く。
 停戦協定を結んだとはいえ、敵国だったセギマからの要請に即応するのはあまりにも無防備だ。救援要請が事実かどうかも分からない。ノルキモからの襲撃を受けている、というのが虚偽であり、アルフレイン王国を誘い込む罠である可能性も否定はできない。
 自分たちの目で情報の真偽を確かめなければ、この要請をどうするか判断はできない。
 既にキアロ総騎士長が抱える諜報部隊の何人かをセギマに派遣し、この救援要請に関する詳細情報の聞き取りや、実際に現場の確認をするよう指示が出されているようだ。
「つい先ほど、諜報部隊からの連絡があり、それによるとセギマが攻撃を受けているというのは事実のようです」
 その諜報員からの連絡が会議の直前に入ったようだ。
「事態の把握はまだ完全とは言えませんが、セギマ側の困惑も大きいようです」
 救援要請の返事の保留、あるいは事実確認のためという名目でセギマ首脳部に使者として接触した者からの連絡によると、ノルキモによる襲撃というのは事実のようだ。
 現場確認のために動いている別の諜報員からの連絡はまだのようだが、少なくともセギマがアルフレイン王国を罠にはめようとしている可能性は低いようだ。
「曰く、砦が動いて侵略してきている、と」
 セギマからの聞き取りによれば、ノルキモとの国境付近にあった基地が制圧され、そこから首都を目指して南下するように侵略を受けているとのことだった。
 当然ながらセギマの部隊も応戦しているものの、全く歯が立たないのだという。
 最初に攻撃を受けた国境警備基地からは、連絡が途絶する直前に「砦が動いている」との通信があったらしい。連絡が途絶し、近くの基地に様子を確認するよう指示を出したが、その基地からの通信も途絶、襲撃されていると判断したようだ。
 だが、確認と応戦のために派遣した部隊は悉く全滅し、侵攻速度は遅いものの着実に首都に向けて歩を進めているらしい。
「魔動機兵部隊で歯が立たない、ということから我が国に救援を要請したようです」
 三ヵ国連合の一角としてアルフレイン王国を攻撃していたセギマとしては、何とも情け無い話だ。
「エクター特級技術騎士、何か思い当たるようなことはありませんか?」
「うーん……」
 セイル正騎士長に話を振られ、エクターは腕を組んで頭を捻る。
 ノルキモやベクティアに《イクスキャリヴル》のような存在がいるという話は聞いたことがない。そもそも、《イクスキャリヴル》が抑止力として機能し、各 国が様子見や顔色を窺うような動きをアルフレイン王国に対して見せていることから、《イクスキャリヴル》に相当するような何かはまだ存在しない。
 エクターの見立てでは、《イクスキャリヴル》並の存在を開発できる可能性が高いのはベクティアとのことだが、それでもまだ一年以上はかかるだろうと予想 している。何より、《イクスキャリヴル》のような超性能な機体を開発できても、その性能を十二分に発揮させる乗り手がいない。
 エクターの頭脳と理論をもってしても、魔力を用いる兵器として《イクスキャリヴル》は現代における一つの到達地点であり、それを超えるものを開発するために必要な要素はまだ存在しない。
 他国で魔動機兵技術の革新が起こった、という話は聞いたことがない。それが起きているのはむしろ《イクスキャリヴル》を完成させたアルフレイン王国だ。
 《イクスキャリヴル》のような、魔動機兵戦略を根底から覆すような新兵器の開発研究は各国で行われてはいるだろう。アンジアで開発されていたマナストリーム砲もその一つと言える。
「物的資源の乏しいノルキモが単独で大規模な兵器を開発できるとは考え難い……十中八九、ベクティアが協力しているでしょうね」
 実情を把握しなければ正確なことは言えない。
 アンジアで試作されていたマナストリーム砲のようなものを移動可能にして用いるとしても、必要な出力などを考えると相当大掛かりなものになる。
 セギマがアルフレイン王国に救援を要請したことも踏まえると、ベクティアがノルキモの裏にいるのは間違いないだろう。明確に繋がっているか分からない状 況であるため、双方に救援を出している可能性も十分にあるが、ベクティアから返事がないことも見越してアルフレイン王国にも助けを求めたと見るべきか。
「もし、これがノルキモとベクティアによる新兵器のテストだとすれば、セギマの次に狙われるのはアルフレイン王国でしょう」
 エクターの言葉に、首脳陣は一様に頷いた。
 《イクスキャリヴル》に対抗できるものが開発できたのであれば、当然それをぶつけようという思惑も生じるだろう。アルフレイン王国が《イクスキャリヴ ル》でアンジアの首都アジールを制圧し、降伏させたように、新兵器を用いてセギマの首都を為す術なく陥落させることができれば、もたらされた結果から戦力 は同等と見做すこともできる。
 セギマへの侵略がそのための実証実験であり、かつ新兵器のデモンストレーションであるとしたら。そしてノルキモとベクティアが手を組んだのであれば、次に狙われるのはアルフレイン王国と見て良いだろう。
 アルフレイン王国の手にした力に対抗できると示すこと、あるいはそれよりも大きな力を持っていると知らしめることは、今やこの大陸で覇権を握ることにも等しい。
 《イクスキャリヴル》打倒は、分かり易い指標だ。
「セギマの救援要請に応じるか即決はできんが、次の標的は我々だと見て準備は進めるべきだろう」
 アーク正騎士長が言う。
「諜報部隊には事実確認が出来次第撤収するよう指示を出しています。動くのはその情報を得てからということで」
 キアロ総騎士長も頷いた。
 セギマ首脳部に接触した使者は現地確認に向かった別働隊と合流し撤収する手筈になっている。彼らが持ち帰った情報を下に行動を決定する方が確実だ。
 救援を求めているセギマには悪いが、不確定な情報が多い中で迂闊には動けない。未も蓋も無い言い方をすれば、元々敵国だったことからして、直ぐに助けてやる義理もない。そこはセギマも分かっているだろう。
 セギマがノルキモ、あるいはベクティアに吸収されてしまうことで敵国の勢力が拡大するというリスクもあるにはある。だが、セギマが明確にアルフレイン王 国についているわけでもない。救援要請に応じることで恩を売ることもできなくはないだろうが、《イクスキャリヴル》の稼動に莫大なコストがかかる以上、体 よく利用されるだけというのは避けたい。
 名目上は友好国であるユーフシルーネからの要請をはねつけている現状、敵対国家だったセギマからの要請には即応したとなれば、いくら次の標的がアルフレイン王国だと予想されるにしても、ユーフシルーネとの溝を深めることにも繋がりかねない。
 アルトリウス王の言っていた通り、最悪、《イクスキャリヴル》で黙らせれば良い、というのは短絡的かつ横暴だ。抑止力とは、ただの暴力ではない。
「とはいえ、いつ事態が急変するとも限りません。護剣騎士団はいつでも動けるように準備をお願いします」
 キアロ総騎士長の言葉に、アルザードとエクターは頷いた。
 セギマを救援するにせよしないにせよ、ノルキモとベクティアの新兵器の対処には《イクスキャリヴル》を出すことになるだろう、というのは出席した者たちの中で共通していた。
 新兵器の実体は偵察をしている諜報部隊の報告待ちだが、セギマの魔動機兵部隊が歯が立たないというのであれば、規格外の戦力が必要になる可能性は高い。アルフレイン王国への救援要請として、セギマがあてにしたのも恐らくはそこだろう。
 
 諜報部隊が帰還したのはそれから四日後のことだった。
 報告を聞いたキアロ総騎士長は即座に議会を再召集し、得られた情報を共有した。円卓の中央に用意されたスクリーンに、諜報部隊が遠方から撮影した映像が表示されている。
「これは、何とも……」
 映像と、撮影された写真を見てアーク正騎士長が絶句する。
 映し出されているのは、城塞とでも呼ぶべき巨大な建造物が、八つの足で悠然と歩いている姿だった。その大きさは並の基地を丸々一つ載せているかのようで、至るところに砲塔などの武装が見える。四つの足で砦たる体を支え、もう四つの足を持ち上げて歩を進めている。
「なるほど、確かに砦が動いている……」
 ルクゥス正騎士長も呆気にとられている。
 まさに、砦が動いている、という言葉のままだった。
「魔動機兵部隊が格納されているだけでなく、マナストリーム砲の存在も確認されています」
 基地を載せている、というのではなく、そもそも基地自体を移動可能な兵器にしたといった様相だった。実際、いくらかの魔動機兵部隊が城塞内部に配備され ているようで、甲板のようにせり出した部分から複数の《ノルムキス》がセギマの魔動機兵部隊に応戦している姿も撮影されている。
「なるほど、そうきたか……」
 アルザードの隣で、映像を見つめていたエクターが小さく呟いた。
 僅かに細められた目に、エクターは何を思っているのだろうか。
「エクター・ニムエ・メーリン特級技術正騎士」
 アルトリウス王が名を呼び、エクターが目線を王へ向ける。
 返事もなく、敬礼もなく、王に対する礼儀というものは一切ない。それでも、その場にいる誰も指摘しない。それほどまでに、エクターの技術者、研究者のしての目は真剣なものだった。
「そうさな、《魔動要塞》とでも呼ぼうか……《イクスキャリヴル》でこれの対処は可能か?」
「可能です」
 王の問いに、エクターは即答する。
「アルフレイン王国への敵対と判断でき次第、護剣騎士団が対処に当たりましょう」
 その戦いがまた一つの大きな節目になるだろうと、誰もが確信していた。
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