終章
 
 
 全世界が中継を通して見つめる中、《魔動要塞ハヴナル》は《イクスキャリヴル》によって跡形もなく破壊された。
 最大戦力であり、今後の要でもあった《魔動要塞ハヴナル》を失ったノルキモは、戦いが集結した直後にベクティアの侵攻を受けて敗北、併合されることになった。
 ベクティアはノルキモとセギマを吸収し、新たに得た領地を治めることを優先するという名目でアルフレイン王国とは敵対しない意向を示した。
 これによりアルフレイン王国に戦争を仕掛けてきた三つの国家は事実上すべて消失した。
「体の調子はどうだい?」
 執務室に入ってきたアルザードの姿を認めて、エクターが微笑む。
「まだ少し痺れが残っている気がするよ」
 両手の感覚を確かめるように握ったり開いたりしてみるが、まだ反動が抜け切っていないように感じる。退院して出歩けるようにはなったが、まだ体が本調子ではない。
「最高値を記録したからね、無理もない」
 あの時、《イクスキャリヴル》の放った一撃は《魔動要塞ハヴナル》の全動力エネルギーを暴走させた魔力量を上回った。それを可能にした《イクスキャリヴ ル》は見かけ上は五体満足のほぼ無傷と言える状態だったが、オーロラルドライブはこれまでにないほど消耗していたと言う。
「コアクリスタルには物理的損傷が生じる寸前だったし、サブクリスタルのいくつかは破裂していて、エーテル濃度の抑制が追いつかなくて高濃度エーテルも垂れ流し。それぐらいの反動で済んで良かったのかもしれないよ」
 エクターが報告書類をめくりながら言った。
 オーロラルドライブの核であるコアクリスタルに物理的な損傷が生じていた場合、一から作り直さなければならないところだった。それでも、サブクリスタルはいくつか破裂してしまっていたそうだから、オーロラルドライブの修理には相当な時間と費用がかかるだろう。
 何せ、アルザードも丸三日は寝ていたのだそうだ。
「……まだ《イクスキャリヴル》を動かせているような感じがする」
 操縦席で機体を動かしている時の感覚がまだ残っている。自分の体とは別に、《イクスキャリヴル》の手足を動かせていた時の錯覚にも似たような感触が僅かにある。
「さすがに《イクスキャリヴル》は動いていないよ。しかし感覚同調もここまで高まってしまうのは考え物か」
 エクターは興味深そうにアルザードを見る。
 破損したサブクリスタルの交換と、それに伴う魔術回路の再計算と繋ぎ直しのために、《イクスキャリヴル》はオーロラルドライブを取り外された状態にあ る。機体自体も全面的に整備している途中だ。騎手であるアルザードが操縦席にいないにも関わらず、勝手に動き出したという報告も受けていない。
 アルザードの側が一方的に、《イクスキャリヴル》に乗っていた時の感覚を抱き続けているというだけの話だ。
 搭乗し、騎手が操る兵器、道具でしかないはずの《イクスキャリヴル》にこれほどまで感覚を引っ張られるというのは異様だった。だが、だからこそ、あれほどまでの力を発揮できたのだろうとも思える。
「状況は?」
「ひとまず窮地は脱したと言っていいわ」
 アルザードが問うと、執務室に新たな書類を持って入ってきたマリアが答えた。
 ベクティアは和平協定こそ結ばなかったものの、当面の間アルフレイン王国に敵対するつもりはないことを宣言している。技術提携していきたい、等と言っているらしいが、その狙いが《イクスキャリヴル》の技術であることは明白だ。
 《イクスキャリヴル》の力は映像と共に知れ渡り、これまで以上の存在感を世界に与えた。
「暫くはアルフレイン王国を敵に回そうとはしないだろうね」
 エクターもこの三日間はゆっくり休む余裕があったようで、目の下にあった隈も随分と薄らいでいる。
 アルトリウス王の意向もあって、アルフレイン王国は《イクスキャリヴル》を用いての侵略戦争をしない旨の宣言を出している。《イクスキャリヴル》は国を守るための力であり、侵略者や害をもたらす者へのみ投入する、と。
 戦闘だけを見れば確かに《イクスキャリヴル》の勝利は揺るぎのないものだ。実際に《魔動要塞ハヴナル》はその内部に抱えていた魔動機兵部隊も含めて壊滅している。どこからどう見てもアルフレイン王国の勝利に違いはない。
 だが、首脳陣は頭を抱えている頃だろう。
 エクターが提出した護剣騎士団の損耗と、それらを修理、整備するための資材のコストはざっと見積もっただけでも、国が傾いてもおかしくないものだった。
 王の意向はさておき、《イクスキャリヴル》を用いて他国を攻撃したくとも動かせない、というのが実情だ。
「ともあれ、君のお陰で国は救われ、その存在が他国への牽制にもなって、今暫くは平穏が続くだろう」
 エクターはマリアの淹れた紅茶を一口飲んで、アルザードを見る。
「……でも、それで終わりじゃあないんだろう?」
 その意味ありげな笑みを見て、アルザードはマリアから紅茶を受け取りながらそう返した。
 《イクスキャリヴル》で国を救う、という当初の目的は果たした。三ヵ国連合との戦争も終結を迎え、それを齎すことになった《イクスキャリヴル》の存在が抑止力となって、漁夫の利を狙おうとしていたであろう他国も手を引いた。
「これは僕の予想でしかないけれど」
 エクターはそう前置きすると、語り始めた。
「これから、世界中で技術開発競争が激化していくんじゃないかな」
 アルザードと《イクスキャリヴル》を英雄として見ているのはアルフレイン王国のみだろう。それ以外の国からすれば、いつか倒せるようにならなければならない魔王のようなものとして見られているはずだ。
 今、この瞬間に《イクスキャリヴル》に歯が立たないのであれば、研究を重ねて技術を高め、対等以上の力を生み出せるようにならなければならない。
「魔動機兵はそう簡単になくならないとしても、戦争の形もいずれ魔動騎士同士をぶつけ合う形になっていくかもしれない」
 魔動機兵と区別するために、《イクスキャリヴル》級魔動機兵は魔動騎士と呼ぶように定められた。
 その魔動騎士が開発にも維持にも運用にも凄まじく費用のかかる存在であることは、技術開発が進み、その領域に踏み込む技術者が出始めれば明るみになっていくことだろう。故に、そのコストパフォーマンスの良さから従来型魔動機兵の需要がなくなることもはない。
 魔動機兵部隊による戦争は残るだろうが、《イクスキャリヴル》のような魔動騎士が要になっていくだろうというのがエクターの予想だった。
「エクターが言うと本当にそうなりそうだ」
 彼の計算や設計にほとんど狂いがないのは《イクスキャリヴル》の開発で熟知している。
 その推測もあながち外れていないのではないだろうか。
 事実として、《イクスキャリヴル》は実績から同程度の戦力だと思われていた《魔動要塞ハヴナル》を圧倒している。これはつまり、魔動騎士には魔動騎士でなければ対抗できない、という印象を与えたことにもなる。
「今はまだ、魔動騎士には規格外の魔力適性が求められているが、技術革新が起きればその問題だって解決する可能性はある」
 《イクスキャリヴル》はアルザードにしか扱えない、という事実はまだ国外には知られていない。騎手として選ばれたアルザードの規格外の魔力量をあてにして、それを余すところ無く引き出すことで《イクスキャリヴル》は魔動騎士として成立した。
 オーロラルドライブの設計技術が流出し、魔動騎士を開発することができたところで、それを操縦できる者がいなければ意味がない。
 誰にでも、ということはないにせよ、魔力適性がある程度高い者ならば扱えるようにならなければ、魔動騎士という存在そのものはいずれ廃れるだろうとエクターは言う。
「ワンオフと言うのも悪くはないが、再現できても限定条件下でしか成立しない技術は一代限りになりかねない。研究成果としては未完成だと言わざるを得ないだろう?」
「……エクター、あんたは、人間を武器にする研究でもしているのか?」
 笑ってみせるエクターに、アルザードは問わずにいられなかった。
 《イクスキャリヴル》の騎手として開発に携わり、実戦でその力を振るったアルザードは、自分が自分以上のものになったかのような感覚を味わっていた。その先にあるものは、人を、人を超えた何かへと変えるものなのではないか、とさえ思えてしまう。
「元々僕が研究していたのは魔素や魔力に関わる全般でね。それらを知るために、効率的な魔力増幅や、応用技術の研究をしていたんだ」
 その研究過程で、プリズマドライブや魔動機兵といったものが生まれた。それを巡って事故や事件が起こり、流出した技術情報に対抗する必要性が生まれたことで、エクターは《イクスキャリヴル》の開発に携わることになった。
「確かに、人間を兵器の一部としてしまっているところはあるかもしれない。この先に何があるのかは、正直僕にも分からない」
 騎手を魔動機兵を動かすための部品の一つだと見れば、アルザードの言う通り人を武器にしていると言えなくもない。搭乗者を選び、その力と密接に結びつく《イクスキャリヴル》は、それを加速させているかもしれない。
 だが、そこに人の意思がある以上、それは道具の延長でしかないとも言える。
「君も言ったように、これで終わりじゃない。世界はこれからも続いていく」
 戦争が終わったと言っても、これから先、平穏が続くとは限らない。
 世界がなくなったわけではなく、滅んだ国もあれば残った国もある。そこに人は生きていて、様々な思惑を抱いて国を形作っている。いつどのような形で平穏が破られるのかなど分からない。
 それは、突如として三ヵ国連合に侵略戦争を仕掛けられたアルフレイン王国が良く知っている。
「暫くはゆっくりできそうだし、息抜きも必要だわ」
 自分の紅茶を飲み終えて一息ついたマリアはそう言って、アルザードに歩み寄り、手を掴んだ。
 《イクスキャリヴル》は修理と整備が終わるまで動かせず、開発や調整作業も一段落している。予断を許さない切羽詰まった状況というわけでもない。
「皆も誘って町に出ない? セアノのパンが食べたいわ」
 動けるようになったアルザードと休暇を過ごしたいのだと、マリアが手を引く。
 グリフレット、サフィール、ギルバートといった護剣騎士団の騎手たちも、数日間は休暇と言って良い。今の護剣騎士団は動かせる状態になく、その必要性もなく、命令もない。
「分かった、行こうか」
 仕方ないな、と笑って、アルザードはマリアに引っ張られてドアへと向かう。
 振り返れば、エクターは柔らかい笑みを浮かべて、二人を見送っている。
「これからも頼りにしているよ、アルザード」
「ああ、俺にできる限りのことはしてみせるさ」
 エクターと笑みを交わして、アルザードは先を行くマリアを追って歩き出した。
 思えば、こんな日が訪れるのをずっと待っていたのだ。
 それを齎したのは、エクターであり、アルザードだ。多大な犠牲が出た。それでも、救うことができたものもある。
 求められる限り、魔動騎士《イクスキャリヴル》でそれに応え続けて見せると、アルザードは改めて誓ったのだった。

 救国の騎士アルザード。
 その名はアルフレイン王国の危機を救い、国を最後まで守り続けた英雄として語り継がれてゆくこととなる。

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