アウトサイドエピソード 三獣士 「双炎の猛将」 専用にカスタマイズされた改良型《バルジカス》のスクリーンパネルにも廃都ベルナリアが見えてきた。 「状況は?」 風の唸りのような魔動機兵の駆動音を背に、通信機へと厳つい顔をした男は呼びかけた。 「予定通り展開しています。別働隊も間もなくベルナリアに突入します」 帰ってきた部下からの返事に一人小さく頷く。 アルフレイン王国の最終防衛線とも言える廃都ベルナリアの防備は堅牢だ。王国を囲う三ヵ国連合による進攻をこれまで幾度と無く退け続けている。 突如として開かれた戦端と、三方からの電撃的な進軍によりアルフレイン王国はその領土の多くを奪われることになった。 だが、アルフレイン王国には良質なプリズマ鉱石の鉱脈が多くあり、そして技術力も低いわけではなかった。むしろ、魔動機兵の質は世界全体を見ても高水準にまとまっており、国としての気質からしても軍事組織の練度は高く、敵対する側としては厄介な存在であった。 だからこそ、仕掛けた側も三ヵ国で連合を組んでいるのだが。 「全く、よくもここまで粘るものだ……」 眉間に皺を寄せ、バフメド・バルフマンは鼻を鳴らした。 「未だにここを突破出来た部隊がいませんものね」 「ここしか残ってないってーのに良くやるよ」 「だからこそだろうよ」 部下たちの軽口も言葉自体は呆れ気味なものだが、身をもって手強さを実感しているのもあって侮るような響きは一つもない。どちらかと言えば、手強さにうんざりしていると言うのが正しい。 いいことだ、とバフメドは口元に笑みを浮かべる。敵を侮って良いことなど一つもない。 北方のノルキモの連中はアルフレイン王国を時代遅れの蛮族だと言って憚らない。実際にバフメド自身が目にしたわけではないが、ノルキモが侵攻した地域はそれはもう凄惨なことになっていると聞く。 一体どちらが蛮族なのか。 「よし、陽動部隊のベルナリア突入の後、順次進攻を開始する。お前ら、手筈通りにやれよ!」 「了解!」 ベルナリアの領域に入る手前で一喝し、部下からの返事を聞きながら機体の歩みを一度止める。 後ろからついて来ていた砲撃戦装備の《バルジス》二機と《バルジカス》一機が南側へと大きく進路を変えた。 「《ノルス》の調子はどうだ?」 「軽過ぎて耐久が不安ですね」 バフメドの機体の後ろについた、軽装の魔動機兵に声をかける。 本来はノルキモの正式採用機体として使われている魔動機兵だが、今回の作戦では偵察役として使うよう指示があった。 「すまんな、貧乏くじを引かせた」 バフメドとしては慣れない機体を強制するのは避けたかったが、命令では仕方がない。 「いえ、基本は同じですから……しかし、利権絡みですかね、これ」 「だろうな……連中、もう勝った気でいるんだろうよ」 部下の返答に、バフメドは渋い表情で言った。 三ヵ国で連合を組んでいるとはいえ、完全に同調できているかと言えばそうでもないのが実情だ。 アルフレイン王国は大陸全土を見ても強大な国家のうちの一つだ。三国それぞれが単独でまともに争えば勝ち目は無かっただろう。だからこそ三ヵ国で同盟を 組んで戦争を仕掛けたのだが、合同部隊での戦闘はほとんど無いと言っていい。三国による波状攻撃や、多方面からの同時侵攻によってアルフレイン王国を追い 詰めてきたのだ。 王都アルフレアの東に位置するベルナリアは、立地的に避けては通れぬ場所にあった。 ノルキモはアルフレイン王国の北方に位置するとはいえ、真北というわけではなく、どちらかと言えば北東と言うのが正しい。アンジアはアルフレイン王国か らは真南であるものの、そのまま北上するには西方にあるユーフシルーネの存在も無視は出来ない。東方のセギマとの連携も考えるなら、ベルナリアを陥落させ て東から攻めるべきだという話で纏まったのである。 アルフレイン王国もそれを察してか、ベルナリアの後方に大規模結界を設置し、必死の抵抗を続けている。 戦局が覆される可能性は限りなく低い。それは誰の目にも明らかで、だからこそ、三ヵ国それぞれの上にいる者たちは勝った後のことを考え始めている。 三国合同部隊による一斉攻撃を渋って、各国それぞれが交互に部隊を送り込む形でいるのも、部隊に他国の機体を混じらせようとしているのも、勝利後を見越してのことなのだ。 アルフレイン王国はそういった思惑によって首の皮一枚で繋がっていると言ってもいい。 「隊長、陽動部隊がベルナリアに侵入したようです」 「よし、我らも行くぞ。二番隊は北よりのラインを、三番隊は指定位置に着き次第、制圧砲撃を開始せよ。一番隊は陣形を維持してついてこい!」 ヒルトを握り直し、バフメドは《バルジカス・デュアルファイア》を進ませた。 「了解!」 部下たちも事前の作戦通りに分かれ、半壊した建物の跡が残るベルナリアへと突入していく。 元は栄えていた都市だったベルナリアの領地内には未だに多くの建物が残っている。ほぼ全て半壊してはいるものの、魔動機兵の進行を阻むのには十分で、遠 回りをさせられたり、射撃戦の際に障害物となったりしている。建物を壊しながら進むことも出来なくはないが、外部から攻める側がそれをすれば居場所を知ら せるだけだ。 それに、遮蔽物になるというのは敵にも言えることだ。 そして、だからこそ《バルジカス・デュアルファイア》の装備する二つの火炎放射器が優位に働く。 肩に刻んだ山羊の頭を模したマーキングもあって、バフメドとその機体は《フレイムゴート》と呼ばれるようになった。 「こちら三番隊、指定ポイントに到着。砲撃を開始します!」 やがて、部下からの通信と共に砲撃音が聞こえてきた。 「さて、どう出る……?」 この砲撃への対応の仕方で敵部隊の力量もある程度は推し量れるだろう。 バフメドは速度を落とすことも、上げることもせずにそのまま進み続ける。 砲撃音に銃声が混じり始め、戦闘が始まったのを知る。三番隊の近くにも部隊が展開していたか、砲撃から存在を察知して向かわせたかは分からないが、いずれにせよ砲撃を無視するという選択は取らなかったようだ。 「敵影は二の模様」 「砲撃継続。殲滅が無理なら後退しながら引き付けろ」 部下に指示を飛ばしつつ、更に前進していく。 三番隊が戦闘に突入したとなると敵部隊が展開するラインに近付いていることになる。《バルジカス・デュアルファイア》は装備の関係で《バルジカス》よりも足が遅い。順当に進んでいけば三つに分けた部隊の中では一番遅く接敵するだろう。 「な、側面からだと!」 三番隊からの通信と反応が途切れた。 「三番隊が……! くっ、こっちにも敵が……!」 一番隊と三番隊の中間辺りを進ませていた《ノルス》からの通信が入る。 機動力を活かして索敵と牽制、あわよくば単独でベルナリアを超え、結界基部への破壊工作が出来ればと思っていたが、そう簡単にはいかないようだ。 「馬鹿な、後ろからだと……!」 《ノルス》からの通信もその言葉を最後に途切れた。 「む……」 バフメドは眉根を寄せる。 立て続けに味方が撃破された。通信による報告が正しければ、三機編成の三番隊は二機の敵に撃破され、《ノルス》は前後から挟み撃ちに合ったことになる。とはいえ、接触から撃破までが想定以上に早い。 アルフレイン王国の部隊を侮っていたつもりはないが、撤退の隙すら与えずに短時間で撃破されたとなると相当な練度の部隊だ。 「二番隊接敵……あれは!」 「どうした?」 「《守護獅子》です!」 部下からの返答に、バフメドは思わず顔を顰めていた。 《守護獅子》を見つけた、となると相手をしているのはそれが指揮を取る獅子隊と呼ばれる部隊か。極めて優秀な精鋭部隊として良く聞く名前だった。死に物狂いでベルナリアを防衛している部隊としても有名だ。 「隊長、前方に敵影! こちらも接敵します!」 「全機陣形を崩すなよ!」 二番隊とほぼ同時に、一番隊の前方にも敵影が見えた。 《バルジカス・デュアルファイア》を中心に、大盾と突撃銃を構えた《バルジス》四機が左右と背後を固める。 「二番隊も深追いは絶対にするな! 牽制と足止めに集中しろ! 合流を許すな!」 ヒルトを握り直し、バフメドは声を張り上げた。 ここからが正念場だ。 二番隊は六機編成だ。いくらベルナリア最強と名高い獅子隊でも数の優位を覆すのには時間がかかるはずだ。三倍の数を相手するとなれば、《守護獅子》と言えど簡単にはいくまい。勝利に拘らず、妨害に集中させれば相応に時間は稼げると踏んだ。 ならばバフメド自身が指揮を執る一番隊で目の前の敵を排除し、ベルナリアを突破して見せるしかないだろう。 「一番隊全機、冷却装置を作動させろ! 火を入れるぞ!」 両脇に抱えた火炎放射器から炎が噴き出した。 同時に、操縦席に搭載された冷却用の魔術装置を作動させる。魔力消費量は増えるが、操縦席内の温度上昇を抑える効果がある。《バルジカス・デュアルファイア》が火炎放射器を主武装とするため、本体だけでなくその随伴機にも冷却装置は搭載されている。 火炎放射器は歩兵を相手にする時には効果的ではあるが、魔動機兵相手には即座に損傷を与えられるようなものではない。全く効果が無いわけではないが、他に多用される武装と比べて即効性がなく、使用するものは少ない。 だが、だからこそバフメドは火炎放射器に目をつけた。通常警戒するものとは異なる武装に対して、敵は対処がし難いはずだ。火炎放射は炎そのものだけでな く、周囲の温度をも上昇させる。盾で防いだとしても、そこを中心に温度は上昇する。熱は装甲をゆっくりと溶かし、内部の機械や魔術回路にもじわじわとダ メージを与えるだろう。 スクリーンに映るベルナリアの町並みが赤く染まる。 燃え広がる炎は周囲の印象を変化させる。温度の上昇は魔動機兵の内部にも伝わり、操縦者にも影響を与えていくだろう。暑さは思考力を奪い、焦りは油断と 判断ミスを呼ぶ。燃焼材を撒き散らすため、炎は広がり暫く燃え続ける。遮蔽物などに身を隠したとしても、温度の上昇までは完全には防げない。 単純な撃ち合いや斬り合いを想定している者には、炎でじわじわと首を締められるバフメドの戦い方は思わぬ圧力を与えられることだろう。 もちろん、良い点ばかりではないのは承知している。燃料を相応に積載しなければ長時間の放射は出来ず、即効性がないということは致命傷を与えるのにも時 間がかかるということだ。軽く炙った程度では大したダメージにはならないため、動き回るであろう敵に炎を浴びせ続ける技量も求められる。 故に、バフメドは味方にその欠点を補わせることにした。 自身は火炎放射を主武装に圧力を加え、陣形を崩さずに互いの死角を補い合い、焦った敵を連携して確実に仕留めさせていく。撃ち合いに強い防御性能に重きを置いたアンジアの《バルジス》はこの戦法に適していた。 撒き散らされる炎が廃都を照らし、煙が視界を狭くする。 進路を変えることはなく、敵に圧力をかけながら少しずつ前進を続ける。 と、突如砲撃が周囲に降り注いだ。 敵に砲撃部隊がいるのかと一瞬考えたが、それならば三番隊と砲撃戦をしていたはずだ。ならば、三番隊の武装を奪った敵が残弾で砲撃していると見るべきだろう。 味方のいる場所に砲撃を続けるとも思えない。 「常に陣形を意識しろ! 隊列を乱すな!」 牽制にしても、中近距離での撃ち合いに持ち込んでしまえば砲撃も出来なくなるはずだ。 「敵影捕捉! 数は二!」 部下が声をあげ、突撃銃を構え発砲する。 「進路は維持! いつもの要領でやれ! 数で勝っているからと油断するな!」 バフメドも声を張り上げ、自身にも気合を入れる。 相手が精鋭と名高い獅子隊であるなら、単機での戦闘能力はこちらが劣るということだ。一瞬でも一対一に持ち込まれたらやられると考えた方がいい。 三番隊は最初から囮ではあったが、それでもここまで短時間に全滅するのは想定外だった。撤退を指示する猶予さえなかった。 とはいえ、バフメドも他国には《フレイムゴート》等と呼ばれている身だ。アンジアでも一二を争う精強な部隊を率いているという自負もある。 敵が隠れた建物の周囲へと火炎放射を行い、圧力をかける。中距離で戦うならば炎が撒き散らされた距離で戦うことになる。隠れていたとしても、魔動機兵だ けでなく、操縦者にもじわじわとダメージを与えているはずだ。ましてや、アルフレイン王国はここを突破されるわけにはいかない。いつまでも隠れてはいられ まい。 燃え広がる炎が辺りを赤く染め上げ、照らす。見通しを悪くする煙を裂くように炎を更に撒き散らした。 散発的に銃弾が飛んでくるものの、牽制程度にしかなっていない。炎を直接浴びるのを避けるためか、建物の陰を移動しながら射撃をしている。狙いの精確な ものがいくつか混じっているが、四方を囲む部下の《バルジス》は大きめの盾を装備した撃ち合いに特化させ、守りに重きを置かせていた。盾を機体前面に構 え、その脇から突撃銃で応戦射撃を行う。 急所を守りながら、互いの背中や側面を補うように陣形を組み、進軍を続ける。この行軍を阻むにはリスクを覚悟で身を晒し、戦うしかないはずだ。 と、突然側面から銃撃を受けた。 陣形は崩さず警戒を強め、バフメドの左側を守る二機が応戦射撃を行う。新手は建物の陰に逃げ込んだ。 直後、砲撃が近くに着弾した。爆発と衝撃、巻き起こる土煙と爆煙に炎と煙が一瞬掻き消される。 「む……!」 味方が交戦しているかもしれない範囲に砲撃を行うとは。 咄嗟に火炎放射で爆煙を引き裂くように薙ぎ払う。 側面と、進行方向から合計三機の《アルフ・セル》が姿を現し、銃撃音が響き渡る。 バフメドの左にいた《バルジス》に攻撃が集中していた。側面からの敵に意識を取られ過ぎて、前方への防御が薄くなっていたところに銃弾が突き刺さる。脇腹に何発かが命中し、膝をついて倒れ込んだ。 「カバー!」 前方から突出してきた《アルフ・セル》に火炎放射を見舞う。左右の《バルジス》も突撃銃を連射する。 寸でのところで足を止めた《フレイムゴート》が腕で胴体を庇いながら後退し、物陰に身を隠した。回り込もうと動く別の《アルフ・セル》から仲間を守るように部下の《バルジス》たちが盾を構えて立ち位置を変えていく。 誘い出すように、盾と銃を別々の《アルフ・セル》に向けるものの、敵もそう簡単には乗ってこない。 バフメドは左肩に装備したキャノン砲を側面から現れた新手の《アルフ・セル》へ向けて放つ。三機の《アルフ・セル》の中で、その一機だけが僅かに動きが 早い。キャノン砲の搭載弾薬数は少なく、火炎放射を主兵装とする《バルジカス・デュアルファイア》には貴重な即効性のある武装だが、接近されるのは危険だ と判断した。 敵も味方も互いに互いをカバーし合いながら動くために決定打がない。だが、それならそれでバフメドは速度を落とさずに進軍を続け、ベルナリアを突破するだけだ。時間をかければかけるほど、火炎放射も効いてくる。 「隊長、そちらに三機、援護に向かわせます!」 「二番隊は三機で大丈夫か?」 「足止めに徹すればどうにか!」 部下からの通信が入る。《守護獅子》相手に三機で大丈夫かと考えをめぐらせるが、地形によっては六機ではむしろ身動きが取り辛いこともあるかもしれない。 ならばこちらに数を集中させて押し切ってしまう方が得策か。 そう考えていたところで、敵が大きく動いた。 三方向から攻撃してくるが、盾を構えて互いの死角を守り合っている以上、脅威ではない。《アルフ・セル》が手榴弾を投げ、流れ弾によって空中で爆発し た。火炎放射でそちらを薙ぎ払う。突撃銃を乱射しながら接近してくる《アルフ・セル》に《バルジス》の銃撃が集中する。別方向からの援護射撃が届くも、急 所は盾で隠れている。《バルジス》たちに何発か当たったが、戦闘に支障は無い。 「隊長!」 背面からの部下の声に、振り返りながら火炎を放つ。 迫って来ていた《アルフ・セル》が横へ逸れるようにして炎をかわした。 攻撃を集中させた前方の《アルフ・セル》の突撃銃と足首に弾丸が突き刺さり、転倒する。攻撃が集中するところだったが、その《アルフ・セル》は両手で地面を突き飛ばすようにして機体の倒れる場所を逸らした。 「もらった!」 バフメドは火炎放射器を向けた。この距離なら燃焼材をまともに浴びせられる。 だが、炎が吐き出されると同時にその《アルフ・セル》の前にどこからか飛んで来た盾が突き刺さった。放たれた炎は盾で引き裂かれ、《アルフ・セル》を避けていく。 「た、隊長!」 横からの声に視線を向ける。 突撃銃を乱射しながら、一機の《アルフ・セル》が異常な加速で突っ込んできていた。バフメドの側面をカバーしていた《バルジス》の銃が被弾し、破壊される。《バルジス》は咄嗟に盾を突き出し、押し返そうとする。 その瞬間、バフメドは異様な光景を見た。 《アルフ・セル》は速度を落とすことなく、その身長ほどの高さに達する跳躍を見せたのだ。突き出された盾に足をかけ、更に跳ぼうとしていた。魔動機兵の 重量を支え切れるはずもなく、《バルジス》の両腕がもげる。その衝撃に倒れ込もうとする《バルジス》の頭を蹴飛ばして、《アルフ・セル》がバフメドに迫 る。 「《バーサーカー》か!」 咄嗟に、バフメドは機体を下がらせようとした。 空中で突撃銃を投げ捨てた《アルフ・セル》が、大型のアサルトソードを両手で掴む。空中で上半身を捻り、振り被りながら着地した《アルフ・セル》の脚部 装甲の一部が砕け散るのが見えた。それだけではない。着地姿勢になっていないのにも関わらず、その《アルフ・セル》は水平にアサルトソードを振り回した。 回避は間に合ったが、左手に抱えていた火炎放射器を砕かれ、バフメドの背後を守っていた《バルジス》の背中にアサルトソードが叩き込まれる。 更に一歩踏み込んで、アサルトソードが振るわれる。 その姿はまさに《バーサーカー》と呼ぶに相応しかった。 一体あの《アルフ・セル》の全身にはどれだけの負荷がかかっているのか。バフメドの目からも、関節が火花を散らし、動く度に装甲片が散っているのが見えた。 後退しながらキャノン砲を撃つ。 《バーサーカー》は肉厚のアサルトソードを目の前に突き立てて盾にしていた。アサルトソードが砕けたところへ、火炎放射器を向ける。 「ぬぐ……!」 背面に弾丸が突き刺さった。《アルフ・セル》のいずれかの援護射撃だろうか。左側の燃料タンクが爆発し、左肩が吹き飛んだ。 それでも、右手の火炎放射器はまだ使える。その銃口を《バーサーカー》に向ける。 先ほどアサルトソードを背に受け、倒れていた《バルジス》が起き上がろうとしていた。だが、あろうことか《バーサーカー》はその《バルジス》の腕を掴み、強引に引き起こし、それをバフメド目掛けて投げ飛ばした。《バーサーカー》の右腕が千切れ、《バルジス》が宙を舞う。 片手で重量型でもある《バルジス》を投げるなど、一体どれだけの出力があれば出来るというのか。 「馬鹿な!」 部下を盾にされ、火炎放射を躊躇した。 《バルジス》は目の前の地面に叩き付けられ、四肢があらぬ方向に曲がり、動かなくなった。右肩のキャノン砲を向ければ、《バーサーカー》は近くに落ちて いた盾を投げつけてきていた。砲撃は投げられた盾に命中し、その方向を変えて吹き飛んでいく。その向こうで《バーサーカー》が立ち上がり、踏み込んでくる のが見えた。 砲撃の硬直で一瞬動きが遅れてしまう。投げ飛ばされた《バルジス》の脇腹を踏み潰して、《バーサーカー》が飛び掛ってくる。 残っている左手で、殴り掛かってきた。後退が間一髪で間に合い、《バーサーカー》の拳は右肩のキャノン砲を殴り付け歪ませるに留まった。 《バーサーカー》の左膝が砕けた。倒れそうになった機体を、手首から先の無い左腕で支える。 気付けば、部下の《バルジス》は一機も残っていなかった。《バーサーカー》に意識を取られている間に、他の《アルフ・セル》たちに仕留められていたようだ。 「く……撤退する!」 全く気付けなかった。いや、《バーサーカー》の存在感と迫力に呑まれ、それ以外が見えなくなっていた。しかし、他に意識を向けていたら《バーサーカー》 の攻撃から逃れられただろうか。自壊すら厭わぬなりふり構わぬ戦い方、鬼気迫るその荒々しさと、その中に感じられる確かな殺気に、恐怖さえ覚える。 あれほど陣形を維持しろと言っていたバフメド自身でさえ、その余裕を失っていたのだ。否、自分の立ち位置を維持していたらやられていた。暴れ出した《バーサーカー》の攻撃性は通常の魔動機兵で防げるものではない。あれは正面から受け止めて良いものではなかった。 いつの間にか、汗にまみれていた。 増援として到着した二番隊の三機が撤退のための支援射撃を始める。それに紛れるようにして、バフメドは撤退行動に移る。 《バーサーカー》を守るように《アルフ・セル》が割って入り、射撃戦に応じる。 ほぼ無傷の《アルフ・セル》はいるものの、もう一機は片足に被弾しており、《バーサーカー》は見るからに戦える状態にはない。追撃はされないだろう。 とはいえ、バフメドの機体も戦闘続行は困難だ。まともに使える武装がない今の状況で他の防衛部隊と遭遇すれば勝ち目はなく、単機で撤退するには《バルジカス・デュアルファイア》の足は遅い。支援可能な味方がいなければ撤退すらままならない。 「単機でこうも掻き回すか……」 忌々しげに、バフメドは呟いた。 そもそも、自らの行動で魔動機兵を損壊させるなど、並の人間に出来ることではない。 バフメドもアンジアの中では魔力適性の高い方ではあるが、全力を込めて機体を動かしたところで普段の出力から五パーセントでも向上すれば良い方だ。一定 以上の魔力適性があれば、ほぼ全ての者が同等程度の出力を発揮して動かせる。それ以上に魔力を込めたところで魔術回路に流せる魔力量には限界があり、多少 の出力増加は見込めても劇的な変化は望めない。 魔動機兵とは、そういう風に作られているもののはずだ。 太さと強度が決まっている溝へ、一度に流せる水の量が決まっているのと同じだ。洪水のように、大量の水を一度に流せば川も決壊する。 だが、だからと言って、現行の魔動機兵の魔術式の限界値以上に魔力を流せる人間がいるなどという話は三ヵ国連合でも聞いたことがない。《バーサーカー》の操縦者は一体どれほどの魔力適性を持っているというのか。 「まるで爆薬だな……」 バフメドのような部隊連携を駆使して戦う者からすれば、厄介極まりない存在だ。 想定した作戦、戦況を見ての指揮を、その突出した能力を持って強引に打ち壊してくる。 正面からの撃ち合いであれば、今回の戦闘もそう簡単には撃ち負けるとは思っていなかった。 しかし、結果はどうだ。 暴れ始めた《バーサーカー》を止められたとは言えず、《バーサーカー》が動きを止めたのは自身の行動で機体が破損してしまったからでしかない。 その爆発力自体は大したものだ。敵部隊もそれを上手く利用し、フォローし合えなくなった《バルジス》を的確に仕留めている。 だが、それも自爆戦法のようなものであるのも事実。 一度暴れ出してしまえば、《バーサーカー》は戦闘不能に陥るか、戦闘に支障をきたす損傷を自身で負うことになる。その瞬間だけは凄まじい戦闘力を発揮できても、後が続かないのは大きなデメリットだ。 魔動機兵も無限にあるわけではないだろう。こんな状況に立たされているアルフレイン王国にとっても、《バーサーカー》が戦闘の度に自壊すれば響いてくるに違いない。 とはいえ、もしも狙って《バーサーカー》をバフメドの一番隊にぶつけてきたのだとすれば、《守護獅子》にしてやられたと言うほかないだろう。 バフメドの戦術は、被害を最小限に抑えつつ敵を倒すというセオリーに則った連携をする相手には効果的な面があるが、被害を度外視した《バーサーカー》の ような相手には脆い。爆発力を持って陣形の突破を図る敵に対し、即効性のある決定打に欠けるバフメドの装備とは相性が悪いのだ。 今まで、《バーサーカー》ほどの爆発力を持った魔動機兵はおらず、バフメドが撤退させられたのも燃焼材切れなど、相手の粘り勝ちというものばかりであった。 ここまで手酷く《バルジカス・デュアルファイア》を破壊されたのはこの戦術を取り始めて以来かもしれない。専用に改造を施した特注品であるから、修理には相応に時間がかかるだろう。 「次に奴とぶつかったらどうするか、考えておかねばなるまい……」 機体だけでなく、部下も多くを失った。 だが、これで終わりではない。 バフメドはまだ生きていて、戦争も終わったわけではないのだ。 同じ敗北をしないためにはどうするべきか、考えをめぐらせながらバフメドは機体を走らせるのだった。 |
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