アウトサイドエピソード 三獣士
 「強剣の刃狼」

 
 
 前線基地のブリーフィングルーム代わりのテントの中で、次の作戦が説明されていた。
 三ヵ国連合からの波状攻撃は続いているが、未だにベルナリアは突破できていない。三国それぞれが戦後のことを意識しているのか、同盟を組んでアルフレイン王国に攻撃を仕掛けてはいるが、足並みが揃っているわけではない。
 タイミングを合わせてそれぞれの目標を同時襲撃することはあったが、一つの攻略目標を前に三国はまだ共同戦線を張るという結論には至っていないのだ。
「で、アンジアの《フレイムゴート》の部隊が敗走した」
 前線指揮官の言葉に、それを聞いていた者のうちの誰かが小さく口笛を吹いた。
 指揮官は音のした方を僅かに睨みつけたが、直ぐに表情を戻して言葉を続ける。
「よって、次は我々セギマの番だ」
 共同戦線を張れば、物量で押し切ることができる確率は高い。
 それをしない、というのは、三国それぞれの思惑もあるが、状況的にアルフレイン王国に勝ち筋が無いというのも事実だからだ。アルフレイン王国はもはや防 戦一方、というよりも打って出るだけの戦力が残されていないのが実情だ。三国がそれぞれ自分たちの戦力を温存、ないしアルフレイン王国陥落の功績を少しで も増やそうといった思惑で共闘していないこともあり、代わる代わる攻め入っているため王国の最終防衛ラインでもあるベルナリアへの攻撃頻度は高い。
 防衛にほとんどの戦力を割かなければ、ベルナリアの戦線が回らないのだ。
「次の作戦は、ウル、貴様を中心に据える」
 前線指揮官が鋭く細めた視線を向けてくる。
 やや後ろの方で腕を組んで黙って聞いていたウル・ウェンに視線が集まる。
「……具体的には?」
 眉根を僅かに寄せ、ウルは問いを返した。注目されるのは好きではない。
「貴様の戦闘能力を活かして、ベルナリアの突破を試みる」
 指揮官が壁に貼られた地図にピンを打ち、配置を示す。
「あの《フレイムゴート》がただで引き下がるとは思えん。それなりの消耗は与えられているはずだ。そこを突く」
 損耗の穴埋めが出来ていないと予測される間に、三国の中でも戦闘能力に頭一つ秀でたウルを前面に押し出してベルナリアを突破しよう、という作戦らしい。
 前線に配備されているセギマの部隊の多くを広く展開し、それらのほぼ全てを陽動として敵の戦力を引き付けさせる。戦線を広く延ばして薄くさせたところを狙い、ウルを中心とした精鋭部隊で一点突破を仕掛けるのだそうだ。
 聞いてしまえば単純な話ではあるが、広く部隊を展開するとなるとこちらのリスクもそれなりに大きい。セギマの戦力だけでそれをやろうとすると、前線配備されているもののほとんどを出すことになる。いくらアルフレイン王国が防戦一方とはいえ、さすがに無用心だ。
「今回の作戦については上も本気のようでな。陽動にはアンジアとノルスも参加する」
 指揮官の言葉に室内がざわついた。
 他国に協力要請をしたこともそうだが、それが受諾されてるのも驚くべきことだ。
「とはいえ、当然ながら全戦力というわけではない。アンジアからは前線配備戦力の一割、ノルスが二割だ。我々は七割を出す」
 前日に《フレイムゴート》を出撃させたアンジアは消耗を鑑みて一割、ノルスは次回の攻撃を見越して二割、といったところか。とはいえ、他国の攻撃の、しかも陽動役としての協力要請に応じたというのはこれまでのことを考えると異例ではある。
 中々落ちないベルナリアに、三国の上層部連中も業を煮やしつつあるということかもしれない。
 作戦成功の暁には何かしらの見返りは要求されているのだろうが、そうなると失敗した時が怖くもある。
 陣形の配置としては北部側にノルス、南部側にアンジアを交えて、ほぼ中央をウルの部隊に侵攻させるつもりのようだ。ウルの周辺に配備される部隊は突撃を援護するために使われる。
 ブリーフィングを終えてテントから出たウルの表情はあからさまに不機嫌なものだった。眉根には皺が寄っていて、目つきは鋭く、口の両端は下がっている。
「そんなに不服か」
 副隊長のダオグ・バワウが苦笑気味に声をかける。
「ただでさえ隊長なんぞ柄じゃないんだ。ああいう期待や頼られ方は好かん」
 要として期待をかけられる立場となるウルにとっては頭が痛い。
「そういうものに弱いわけでもあるまいに」
 ダオグが呆れたように笑う。
 期待をかけられたり、頼りにされたりすることでパフォーマンスが落ちることはない。だが、そういう重圧に強い弱いではなく、そういう類のものが感情的に嫌いだというだけだ。
「……指揮は任せるぞ」
「ああ、いつも通りだ。お前はただ目の前にいる奴を斬ればいい」
 幾分か気を落ち着けて、鼻を鳴らすように吐いた言葉へ、ダオグは薄い笑みを浮かべてウルの肩を叩いた。

 雨が降りしきる中、作戦開始を《グルム・ヘイグ》の操縦席で待つ。
 作戦と言っても、やることは単純明快だ。
 ウルは真っ直ぐ突き進んでベルナリアの防衛線を突破し、結界の破壊に向かえば良い。
 《グルム・ヘイグ》はセギマの主力機体《ヘイグ》の改良機でもある《ジ・ヘイグ》を専用にチューンした機体で、その性能は現行魔動機兵の最高水準と言わ れている《アルフ・カイン》にも並ぶとされている。《ヘイグ》自体、設計思想がアルフレイン王国の主力機体でもある《アルフ・アル》に近いバランスの取れ たものになっているため、この系列の機体は汎用性が高い。
 《ヘイグ》には基礎設計の段階で、魔動機兵の生みの親とも言われるベクティアのモーガン・レファイが関わっているため、三ヵ国の中でも機体の総合的な質はセギマが最も上だ。
 中には、モーガンが関わったのは《ヘイグ》をベクティアの次期主力量産機を開発するための叩き台にするためだ、等と言う者いるようだが、その辺りの事情はウルにとってはどうでも良い。
 濃い灰色のカラーリングに、鋭角的な装甲のシルエット。背面のウェポンラックには片刃の専用アサルトソードを片側三本ずつ、合計六本装備し、腕部には炸薬弾を装填した小型のランチャー、腰部には閃光手榴弾を仕込んである。
 出撃の際には標準的な突撃銃と、予備の弾倉をいくつか搭載した小盾を持って行くのがいつものスタイルだ。
 今回の出撃では閃光手榴弾に特殊な魔術信号を発するよう手を加えたものが含まれており、作戦の成否に関わらず撤退の合図となっている。
 また、普段よりも単独での突出が予想されるため、背面ラックのアサルトソードを左右それぞれ一本ずつ追加し、腕部ランチャーにも追加弾倉が増設されている。
 機体重量が増加してはいるが、専用アサルトソードは元々が軽量なのと使い捨て前提の面もあるため、さほど問題はないだろう、というのが整備士長の言い分だ。
 今回のような作戦の場合、機動力を上げる追加装備などでもあれば良いのだが、そう簡単に開発できるようなものもない。それに、下手な追加装備は魔力消耗を早めるだけだ。
「よし、全機、準備はいいな?」
 ダオグからの通信が入ったのを合図に、機体へ魔力を通す。
 プリズマドライブが唸りを上げ、屈むような姿勢だった《グルム・ヘイグ》が立ち上がる。
「我々はベルナリアに突入次第、全速で突撃をかけるウル隊長を支援する。混戦、乱戦が予測される。同士討ちには注意しろ!」
「了解!」
 部下たちの返事を聞きながら、ウルは《グルム・ヘイグ》を歩き出させた。
「《フレイムゴート》は獅子隊と交戦したとの情報が入っていたな」
「獅子隊か……」
 アルフレイン王国でも名の知られた精鋭部隊だが、これまでに交戦したことはない。
 ベルナリアの防衛において一二を争うほど精強な部隊だと言う噂だ。
 腕が立つというのであればウルとしては是非とも戦ってみたいものだが、《フレイムゴート》を撃退したのが獅子隊だと言うなら無傷とはいかないだろう。 《フレイムゴート》の襲撃から今回の作戦実行までの期間の短さを考えると、修理が間に合うかは微妙なところだ。相応に被害が出ているなら、まず今回は出撃 できまい。
「《バーサーカー》ってのも確か獅子隊にいるんでしたっけ?」
 部下の一人が口を挟んだ。
 獅子隊を率いる《守護獅子》も有名だが、それと同程度に名前の挙がるのが《バーサーカー》と呼ばれる人物だ。
 その戦い方は《バーサーカー》と呼ぶに相応しいと、生き延びた者たちは言う。だが、《バーサーカー》と直接戦って生き延びた者は極端に少なく、獅子隊を含めた激戦を振り返って誇張されたものだと否定する者も多い。
「《バーサーカー》ねぇ……実在するもんなんですかね?」
 何せ、魔動機兵が魔動機兵を投げ飛ばしただの、小剣を振り回すように大剣を振るうだの、魔動機兵というものの常識を疑う話ばかりが飛び出してくるのだ。 そんな戦い方をすれば《バーサーカー》自身の機体が持たないのもそうだが、そもそもそれだけの出力が発揮できるような魔力適性を持つ人間がいるのかが疑問 だ。
「隊長に勝てる奴なんていませんよ」
 しかし、もしもそんな化け物じみた魔動機兵が存在するというのなら、戦ってみたい。
 戦争などくだらないことだとは思うが、魔動機兵とそれを使った戦いは、正直言って楽しいと感じる。機体の性能の違い、魔力適性の大小、それらに策や技量を合わせてぶつけ合い、勝敗を競う。
 結果的に命を失ったり、奪ってしまったりすることは仕方が無いことだ。だが、だからこそ、充実感があるとも言える。
「ベルナリアが見えてきたな……全員、気を引き締めろ!」
 雨空の中、廃都の姿が見えてくる。ダオグの号令に、部下たちも意識を切り替える。
 獅子隊は良く名前の挙がる部隊だが、後が無いアルフレイン王国の部隊はどこも必死で、手強い。これまでにベルナリアを突破できていないのがその証拠だ。獅子隊ではないからと、気を抜いていられるような相手ではない。
 情勢的にはアルフレイン王国を追い詰めているはずだが、未だに詰め切れずにいる。全戦力ではないにしろ、それぞれ思惑があるだろう三ヵ国が合同で作戦を展開をするのも、そろそろ痺れを切らし始めているということでもあるのだろう。
 セギマとしては今回の作戦でどうにか決着をつけたいところだろう。アンジアとノルスに協力を要請したことで、セギマは足元を見られる可能性もある。まだ 王都への攻撃も控えているというのに、前線配備の七割を投入するというのもリスクは小さくない。それだけ今回の作戦を重要視しているということだ。
 あまり戦力を消耗し過ぎると王都への侵攻時にセギマだけ戦力が少なくなってしまい、三国内での発言力を弱めることにも繋がりかねない。かと言って、この状況で足踏みしていても、いずれアルフレイン王国にも限界は来るだろうが三国それぞれの消耗もまた増えてしまう。
 アンジアやノルスも同じようなことは考えているのだろうが、一番最初に協力を求めたところが下に見られるのを懸念して、他国が言い出すのを待っていた部分はあるだろう。
 国家の利益やしがらみ、政治など、つくづく面倒くさいことだ。
 ウルとしてはただ最前線で戦っていられるなら、それだけで良かった。
「敵影確認!」
 ベルナリアの廃墟の中を、いくつもの魔動機兵が突き進む。
「よし、ウルはそのまま直進を維持、戦闘は最低限に結界の破壊を優先しろ」
「ああ、後は任せる」
 ダオグに答え、ウルはヒルトを握り直した。
 プリズマドライブの唸るような駆動音が増し、《グルム・ヘイグ》の速度が上昇する。
 積載重量がいつもより増えているためか、少し重く感じる。その分、ダオグの《ジ・ヘイグ》や部下たちの《ヘイグ》が追従できる速度におさまっていた。
 ベルナリアの市街地に踏み入る。廃墟となった建物の間を走り続ける。
 アルフレイン王国の魔動機兵が応戦を始める。他の地区でも戦闘が始まったようで、遠くから砲撃音なども聞こえてくる。
 《グルム・ヘイグ》は直進する。
 援護するように背後や左右にいる味方が銃撃を始める。敵は物陰に身を隠したり、盾で防いだりしながら応戦する。
「速度は落とすな! 一気に突破する!」
 ダオグの声に部下たちの返事が重なる。
 銃を乱射するような勢いで弾丸をばら撒きながら、強引に直進を続けた。ある程度敵のいる場所は狙っていても、速度を維持して移動しながらでは精確な射撃をするのは難しい。ほとんど牽制や、敵の攻撃を抑え込む目的のものだ。
 進路を阻む《アルフ・ベル》に、走りながら狙いを定める。走行で上下する銃口に合わせて、突撃銃を数発連射、《アルフ・ベル》の頭部を撃ち抜いた。硬直する《アルフ・ベル》に味方からの援護射撃が突き刺さり、沈黙する。
 崩れたり、焼け焦げたりした建物が視界を流れていく。
 銃撃を繰り返し、空になったら弾倉を交換、進路上の敵を排除しながら突き進む。敵部隊の殲滅には拘らず、一点突破をかけるウルを先へ行かせるためだけに周りが動く。
 敵陣を突き抜け、左右や背後からの攻撃を部下たちが防ぐ形で割って入る。背後へ銃撃をばら撒いて牽制しながら、先頭を走る《グルム・ヘイグ》を追う。
 少しずつ、味方との距離が開いていく。だが、足を止めたりはしない。
 都市部を抜ける頃には、突撃銃の弾は予備も含めて底をついていた。空になった銃を躊躇うことなく投げ捨て、背面ラックから片刃のアサルトソードを一つずつ左右の手に握る。
 増援が前方に展開していた。《アルフ・アル》と《アルフ・ベル》が銃撃を始める。
 建物という障害物がなくなったことで、銃弾が防ぎ難くなっている。機体を左右に蛇行させるようにして移動の軸をずらすが、全てを回避するのは難しい。味方の銃撃が援護をしてくれはするが、下手に動けばウルの背中にも弾丸が刺さりかねない。
 正攻法で行くなら盾を構えてじっくり、というところだろうが、今回の作戦は時間をかけるべきではない。
 腰部から手榴弾を取り出し、投げる。爆発から逃れるために横へと動く一機の《アルフ・ベル》に狙いを定め、接近。爆発と同時に右手のアサルトソードを左の脇から右肩へ一閃する。鋭い金属音が響いて、《アルフ・ベル》の胸から上がずれ落ちた。
 近くにいた《アルフ・アル》に左手のアサルトソードを閃かせる。斜めに両断したその体を盾にするように押しやって、次の《アルフ・ベル》へと距離を詰め る。倒れる《アルフ・アル》の影から飛び出し、《アルフ・ベル》へ両手の刃を振るう。両腕を断ち切られた《アルフ・ベル》に肩からぶつかり、更に前身す る。
「獅子隊だ!」
 部下の誰かが叫んだ。
 横合いから、新手が来た。
 《アルフ・セル》ばかりの部隊が銃撃を行いながら接近してくる。その部隊の先頭に立つ《アルフ・セル》には確かに吼える獅子の横顔を模したエンブレムが刻まれていた。
「修理中じゃなかったのか!」
 部下たちに動揺が広がる。
 間に合わせたのか、それともそもそもさほど修理を要するほど消耗していなかったのか。
「うろたえるな、やることは変わらん!」
 ダオグの一喝で、部下たちが持ち直す。
 牽制の射撃をばら撒くが、獅子隊の動きは乱れない。的確に盾を構え、反撃の銃弾を返してくる。
 正面の《アルフ・ベル》を水平に斬り裂き、ウルはヒルトを握る手に力を込めた。
「行け、ウル!」
 背中を押すように、ダオグが叫ぶ。
 獅子隊に前面に回られればさすがに突破が難しくなる。横から接近しているのなら、振り切る形で進むしかない。
 行く手を遮ろうと飛び出してくる《アルフ・アル》に刃を閃かせながら、速度を落とさずに走り続ける。刃こぼれした刃を、側面からアサルトソードで斬りかかってくる《アルフ・ベル》の胴体へと突き刺し、そのまま手放した。
 次の剣を背面ラックから取りながら、走る速度を上げる。
 獅子隊の動きは早かった。先頭の二機が速度を上げ、部隊全体への攻撃を取りやめてウルを追いかけてくる。
「ちっ……追いつかれるか」
 舌打ちする。
 ここまでに何機かの敵によって進路を阻まれた。倒すのは容易でも、僅かに速度は落ちる。真正面にいられれば、僅かでも横に逸れなければならず、その分のロスも出る。
 《守護獅子》はそれを見逃さなかった。
 ウルへと集中する二機の攻撃に対し、回避動作を取らざるを得ない。獅子隊の合流によって、味方は乱戦の様相を呈している。
 部隊と連携されるよりは、孤立させた方がウルにとっては戦い易い。
 そのまま《守護獅子》ともう一機からの攻撃を回避しつつ結界基部へと向かって距離を稼ぐ。
 やがて追いつかれ、前方へと回り込まれたが、ここまで引き離せば獅子隊の連携は届かないだろう。
 二機の《アルフ・セル》が突撃銃を撃つ。ウルは手榴弾を投げて横に飛び退く。投げた爆弾を《守護獅子》は盾で弾いて返してきた。ウルが後ろへ跳んだところへ随伴《アルフ・セル》が銃撃を行う。足元を狙った牽制射撃を、着地前に盾を地面に落として防ぐ。
 接近してきた《守護獅子》がアサルトソードを横薙ぎに振るい、ウルは屈んでかわした。《アルフ・セル》が狙っているため反撃はせず、足元に落とした盾を拾って横へとステップを踏み、《守護獅子》の側面へ回り込む。
 振るった刃は、《守護獅子》の盾を撫でた。こちらに合わせるような動きは偶然か、それとも狙ってのものかは分からない。ただ、盾で受け止めるのではなく、刃の接触と同時に力の向きを逸らされるように動かされた。
 お陰で刃は折れなかったが、致命傷も与えられなかった。
 即座にバックステップして、《アルフ・セル》の援護射撃をかわす。遮蔽物がない分、射撃は防げないが射線は読み易い。腕部ランチャーで《アルフ・セル》 を牽制、横合いからアサルトソードを振るう《守護獅子》に盾を合わせ、剣を押し留める。掬い上げるように下から振るった刃で斬り付けるも、《守護獅子》は アサルトソードを手放し距離を取ってかわす。《守護獅子》の装甲表面に傷をつけるだけに留まり、両断されたアサルトソードだけがその場に落ちる。
 ウルは斜め後ろへと逃れ、二機の《アルフ・セル》による射撃をかわし、最後の手榴弾を投げると共に腕部ランチャーを一発ずつ放つ。ランチャーをかわした《守護獅子》の前で手榴弾が爆発を起こす。盾で防ぐのが見えた。
 その隙を逃さず、《アルフ・セル》に接近、刃を振るう。右腕を肩口から切断し、後退しようとするところへ踏み込んでもう一閃、右脚を断ち斬る。さらに刃を薙ぎ払うも、《アルフ・セル》は背中から倒れ込むようにして胴体への直撃を避けた。頭部前面を刃の先端が引き裂く。
 左手の盾を蹴飛ばして、右手と共に落下した突撃銃を踏み付けて破壊する。
 《守護獅子》の銃撃を飛び退いてかわせば、戦闘不能になった《アルフ・セル》を庇うような形で立ち塞がる。《守護獅子》はその《アルフ・セル》の背面ラックから落ちて地面に転がっていたアサルトソードを拾い上げると、ウルへと向かってくる。
 近距離で刃を交わす。
 致命傷こそ防いでいるが、《守護獅子》に傷が増えていく。近接戦闘においてはウルの方が上だった。
 突きをかわしきれず、《守護獅子》の頭部の一部が裂ける。避けきれなかった斬撃によって出来た装甲の裂け目からは内部機械が覗く。盾にも斬撃痕がいくつも走り、あと数回でも受け止めたら割れてしまうだろう。
「ここまでだな……」
 確かに《守護獅子》は稀に見る手練れだった。
 ウルの独特な近接戦闘術にここまで食らい付いて来れたのは《守護獅子》が初めてと言って良い。剣の間合いでの攻撃の応酬の中で、まともに太刀を浴びな かったのは称賛に値する。《守護獅子》と言われるだけのことはある。こと防御においてはウルをさえ上回っているかもしれない。
「気を付けろウル! そっちに一機抜けて行った!」
「む……?」
 ダオグからの通信が聞こえたと同時に、センサーに反応があった。
 魔動機兵とは思えない速度で反応がこちらに近付いてくる。
 後方に飛び退くと同時に、銃撃が突き刺さった。車輪を履いた《アルフ・セル》が《守護獅子》との間に割って入るように現れた。
 すかさず踏み込み、刃を振るう。
 新手の《アルフ・セル》は《守護獅子》を突き飛ばすようにして遠ざけながら、横へと逃れる。車輪が泥を巻き上げ、加速しつつ側面へ回り込んで銃撃をしてくる。
 身を屈ませて銃撃をかわしたウルは、新手の《アルフ・セル》へと機体を走らせた。
 この速度は脅威だ。《守護獅子》を仕留めて結界基部へ向かおうとしても、この車輪を履いた《アルフ・セル》は振り切れない。その移動力だけでも奪っておかなければ、邪魔になる。
 腕部ランチャーで牽制しつつ、向かってくる《車輪付き》の回避軌道を塞ぐ。車輪による前後への機動力はかなりのものだが、方向転換も容易ではないはずだ。
 このまますれ違う際に腰から上を断ち切る。両手の刃を水平に二つ並べるようにして構え、腹から上を掬い上げるように振るう。
 だが、《車輪付き》は後ろに大きく倒れ込みながらすれ違い、ウルの攻撃をかわして見せた。
「何……!」
 しかも、倒れ切っていない。車輪による推進力はそのままに、背中が地面に着くギリギリで持ち堪え、強引に身を起こしたのだ。足首や膝、股関節、腰といっ た機体の各関節部に相当な負荷がかかったはずだ。駆動部に無理を言わせるほどの出力など、並の人間に出せるものではない。
「まさか、こいつが《バーサーカー》という奴か!」
 大きく迂回しながら、車輪を履いた《バーサーカー》が牽制に銃撃をするも、弾切れを起こしたのか銃を捨ててアサルトソードに手を伸ばす。
 それはアサルトソードと言うにはあまりにも肉厚で大きなものだった。通常の魔動機兵では両手で振るうのがやっとだろう。
 《バーサーカー》はそれを片手で掴んでから両手で水平に構え、左右の車輪をそれぞれ逆に回転させることで機体をスピンさせながら近付いてくる。
「面白い……!」
 ウルは口元に笑みが浮かぶのを止められなかった。
 こんな規格外の存在は見たことがない。《守護獅子》も確かに強者と言えるが、それでもまだ魔動機兵という枠の中での話だ。達人ではあろうが、超人と呼べるほどではない。
 だが、ここまで見せられた《バーサーカー》の挙動だけで、ウルにはこの魔動機兵がどこか既存の者らとは一線を画しているのだと察した。
 あれだけの分厚い金属の塊を、両手とはいえ切っ先を下げず水平に保ち突撃してくる。機体を操る出力の桁が違っているのだ。車輪による高機動も、今見せているスピンも、咄嗟にやるには相当な魔力適性を要求されるはずだ。
 まさに《バーサーカー》だ。噂に偽りは無かった。
 単体としての脅威度は間違いなく《守護獅子》よりも上だ。これに暴れられたらまともな魔動機兵乗りでは押さえられないだろう。
 高速スピンで振り抜かれた剣を、紙一重でかわす。剣が通り過ぎたその一瞬に、二刀の刃で斬りかかる。
 遠心力の存在を無視するかのように大剣が引き戻され、車輪を逆回転させることでスピンさえも急停止させて、《バーサーカー》はウルの斬撃を受け止めた。
 金属音と衝撃が響き渡り、雨粒が弾け飛ぶ。
 大型のアサルトソードは分厚すぎて両断することができなかった。まるで盾を斬り付けたかのようだ。
 と同時に、ウルは見た。
 《バーサーカー》の機体は、その負荷を受け止めきれていない。剣を引き戻す時、制動をかけた時、関節部に小さく火花が散っている。雨雲により暗いのもあって、はっきりと見てとれた。
「なるほど、確かに《バーサーカー》だ」
 ウルが振るう二刀を、《バーサーカー》は車輪を駆使してかわしていく。
 その挙動は力任せではあると感じるが、その分シンプルに強力だ。普通なら出来ない動きを無理矢理させているというアドバンテージは小さくない。
 もし一発でもまともに食らってしまえば致命傷だろう。
 至近距離で鍔迫り合いからスピンをかけて一閃される大剣へ、ウルは踏み込み刃で切り上げる。力が乗り切る前に大きく抉れた大剣の傷痕目掛けて刃を滑らせた。
 鋭く重い金属音と共に、大剣が切断される。もう一方の手に握られている刃ですかさず斬り付ける。《バーサーカー》は折れた大剣をそのまま振るい、ウルの攻撃に合わせてきた。
 片刃のアサルトソードを折れた大剣で打ち払う。折れているとは言え、分厚く硬く、重量のある金属塊で打ち据えられれば薄く研がれたウルの片刃の剣など脆いものだ。
 互いに一歩も引かずに機体をぶつけ合う。頭がぶつかり合うほどの距離で、互いに折れた剣を投げ捨て、次の武器へと手を伸ばす。
 《バーサーカー》が手にしたのは通常のアサルトソードだった。だが、あれほどの重量物を軽々と振り回せるのだから、通常のアサルトソードと言えど叩き付けられればその破壊力は並ではあるまい。むしろ軽くなって負荷が減った分、取り回しやすくなったことは脅威と言える。
 ウルの振り上げた刃をかわした《バーサーカー》が側面へ回り込み、アサルトソードを振り下ろす。内側から払うように刃で受け流し、返す刃をもう一方の剣で受ける。力が乗り切る前に剣を交え、軌道を逸らしてくる。
 ウルの一撃が、アサルトソードごと《バーサーカー》を斬ろうとしているのを読んでいるのだ。それを凌ぐだけの技量は持っている。だが、《バーサーカー》の本質はその馬鹿げた出力にある。
 再び刃が接触するのとほぼ同時に、《バーサーカー》の右足が跳ね上がった。右足の車輪だけを急速回転させ、その推進力をそのまま叩き付けようとしていたのだろう。
 ウルは刃の接触と同時に後ろへとステップを踏んでいた。そして目の前で跳ね上げられた右足に刃を閃かせる。
 右脚を斬り落とし、もう一撃を見舞う。《バーサーカー》は辛うじてアサルトソードでそれを受け止めたが、体勢を崩し背中から地面へ倒れ込んだ。地面に背中が着く直前に、残っている左足の車輪を回し、背中で泥水を跳ね散らしながら距離を取る。
 まだ戦意を喪失していない。片足でも十分な機動力がある。
 確実に仕留めておく必要がある。ウルは《グルム・ヘイグ》を走らせ、追撃を狙う。
 《バーサーカー》は左手の盾を地面に押し付けて上体を乗せるようにして、左足の車輪で走り始めた。雨でぬかるみ、滑り易くなっているとは言え、起伏と摩 擦による衝撃が左腕に凄まじい負荷をかける。関節が目に見えるほど火花を散らし、それでも《バーサーカー》は機体を滑らせてウルへと向かってくる。
 満身創痍になりながらも右手に持ったアサルトソードを水平に構え、突撃してくる姿に敬意すら覚えた。
 応えるように、ウルは《グルム・ヘイグ》の刃を向かってくる《バーサーカー》へと振るう。仰向けに半ば倒れたような姿勢で突撃してくるその機体の上半身を掬い上げて斬り裂くように。
 瞬間、《バーサーカー》は左腕で大地を押すようにして、機体を跳ね上げた。手首、肘、肩の関節が負荷限界を超えて千切れ飛ぶ。それでも機体は跳ねた。
「……っ!」
 ウルの振るった刃は立ち上がるような格好になった《バーサーカー》の左脚を断ち斬った。同時に《バーサーカー》のアサルトソードが閃く。
 《グルム・ヘイグ》の頭部に食い込んだ剣は七割ほどを叩き潰し、右肩を大きく抉った。ウルの刃が到達する方が早かったお陰で、《バーサーカー》の狙いがズレたのだ。胴体への直撃は避けられた。
 そしてすれ違った《バーサーカー》の機体はその勢いのままに地面に叩き付けられた。雨と泥にまみれ、それらを跳ね上げ撒き散らしながら地面を跳ねて転がっていく。衝撃で装甲が砕け、内部部品も弾け飛ぶ。
 さすがにもう戦えないだろう。
 両足を無くし、左腕も無く、右腕は地面を跳ね転がるうちに拉げている。武器になりそうなものは無い。無力化できたと言って良いだろう。
 小さく、しかし深く息を吐く。
 《グルム・ヘイグ》はまだ戦闘が可能だ。頭部センサーは大半が沈黙しているが、辛うじて視界は半分近く生きている。右肩は装甲を大きく斬り裂かれたようだが、まだ動かせる。左手のアサルトソードは刃こぼれが激しいものの、まだ二、三回は振るえるだろう。
 この先に部隊が展開している様子はない。もしもまだいるのであれば、とっくにここまで増援へやってきているはずだ。
 後はいても歩兵程度だろう。
 結界基部があるであろう方面へと足を踏み出した。
 だが、次の瞬間、その足元が小さく爆ぜた。銃撃だ。
「ち……」
 舌打ちしつつ、後退する。
 それに合わせるかのように、銃弾が機体を掠める。少しずつ、照準が精確になっている。
 前方に見えたのは《アルフ・カイン》と呼ばれるアルフレイン王国の最精鋭、近衛部隊で使われている魔動機兵だった。青と白を基調とした装甲に金の装飾が施された、見た目にも華やかな機体だ。
 手にした突撃銃で《グルム・ヘイグ》を狙いながら、こちらへと近付いてくる。
 左手の片刃のアサルトソードが銃弾で砕かれた。
「……やむをえん、か」
 腰裏に残しておいた魔術信号入りの閃光手榴弾を取り出し、後方へと大きく飛び退きながら地面へ叩き付ける。二度、三度、と手持ちの閃光手榴弾を全て撒きつつ、撤退機動に移る。
 まともに戦える武器が無いというのもそうだが、これ以上の戦闘はウルの生還確率を著しく低下させる。
 ただでさえ、単独で孤立しながら突撃してきたのだ。《守護獅子》と《バーサーカー》にここまで食らい付かれて時間を稼がれて消耗した《グルム・ヘイグ》 では撤退中に退路を塞ぐように敵部隊に展開されてしまえば突破できないだろう。まだ他の部隊が戦闘をしている間に撤退を知らせ、合流しなければならない。
 幸いなことに、脚部はまだ十分に動く。味方に紛れて回避と逃走に徹すれば帰還できるだろう。
 後方を警戒するも、《アルフ・カイン》が追撃してくる様子はない。味方の救助や生存確認を優先しているのだろうか。ウルとしては精鋭との連戦を避けられて好都合だが、ここまで侵攻し孤立した《グルム・ヘイグ》を見逃すというのもどこか引っかかる。
「通信は……無理か」
 ダオグたちの戦闘が見えてきた辺りで呼びかけようとしたが、先ほど破壊された頭部の中に通信に関わる部分も含まれていたらしい。通信が機能しなくなっている。
 アルフレイン王国の防衛部隊を背面から真っ直ぐに突っ切るようにしてダオグたちの部隊に合流する。通信に応えないのも、《グルム・ヘイグ》の姿が見えたことで察してくれたらしく、ダオグたちの動きが撤退のためのものに変わる。
「《バーサーカー》か……」
 来た道を戻りながら、呟いた。
 驚異的だった。
 至近距離での蹴り上げをかわせたことが勝敗を分けた。
 あの出力とあの推進力なら四肢をぶつけるだけでも相当な破壊力を生み出せる。攻撃時に角度と速度を絶妙に合わせなければならない《グルム・ヘイグ》の片 刃アサルトソードに対しても、突発的にぶつけて接触のタイミングをずらしてしまえば真正面から振るった刃を圧し折って蹴りを入れられただろう。
 警戒しておいて正解だった。
 同時に、先に大型のアサルトソードを破壊出来ていたことも大きかった。蹴り上げを後退でかわせたのはギリギリだった。大型のアサルトソードが残っていれ ば、いかに重量があろうと《バーサーカー》の出力なら無理矢理振るえただろう。あの大剣のリーチであったら、かわしきれなかった。蹴り上げた右脚を斬り落 とせても、大剣によってこちらも叩き潰されていた可能性が高い。
「だが、ああ、そうだな」
 ウルは思い返して、一つ、二つ、と頷く。
 呼吸さえ忘れ、ただ目の前の存在に集中する感覚。倒すため、生き残るために意識を研ぎ澄ます時間。それらは、ウルにとっては甘露にも等しい。
「楽しかったよ」
 出来ることならば、また戦いたいものだ。
 こんなこと、部下たちに言えば反応に困るだろう。
 ダオグも理解はしてくれても共感は出来まい。
 どうでもいい戦争の結末や、将来のことなどよりも、目の前の敵を上回ることただそれ一点に意識も感覚も集中させ、余計なことを考えずにいられる充実した刹那の時間が、ウルにとっては生きる楽しみなのだ。
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