アウトサイドエピソード 三獣士
 「狙跳の狡兎」

 
 
 木々に紛れるようにして、魔動機兵の部隊は山岳部から続く森の中を進んでいた。
 目立たぬように森林迷彩を施した布で機体を覆い、周囲を警戒しながら少しずつ前進する。その歩みは決して速いとは言えず、隠密行動に重点が置かれている。
 部隊の中央にいる《ノルムキス・ハイク》の操縦席で、レイヴィ・バーナーは苛立ちを抑えながら進軍していた。
 部下たちに愚痴の一つでも言いたいところだったが、隠密行動のために無駄な通信は許可されていない。通信の魔術信号を探知される危険性がある以上、部隊内での直接会話は機体を接触させてゼロ距離で通信をするか、機体を降りて生身で会話をするかしかない。
 レイヴィの《ノルムキス・ハイク》や、部下たちの《ノルス》が身に纏っている迷彩外套は、魔動機兵のプリズマドライブが発する魔力反応を遮断するためのものだ。外套の内側に施された魔術式により、魔力を吸収、遮断するという隠密作戦用の装備である。
 その特殊性から、非常に高コストな代物であるため、量産は出来ず多用出来ない。加えて、その性能を発揮するためには魔動機兵をすっぽりと覆う必要があるため、機体の動きにも制限がかかる。
 今も、《ノルムキス・ハイク》や《ノルス》は最低限機体を動かすのに必要な頭部のカメラセンサー部分を除いて、迷彩外套でぐるぐる巻きにされているような状態だ。激しい動きをして外套が破れてしまえば隠密性が低下する。
 魔動機兵の発する駆動音もある程度抑えてはくれるが、完全とは言えない。出力を抑えることで駆動音もある程度小さくは出来るが、魔動機兵という重量物の移動にはどうしても音が出てしまう。
 また、さすがに足の裏まで外套で覆うのは難しく、歩幅を狭く、忍び足で進むような慎重さが移動にも求められた。
 進軍の遅さと慎重にならなければならない理由も分かる。今回の任務が重要ではないとも思わない。
 が、やはりここまで神経質になって進まなければならないとなると苛立ちも募るというものだ。
「ったく、面倒な……」
 何度目か分からない舌打ちと独り言が操縦席内に響く。
 今回の任務はアルフレイン王国への妨害工作だ。
 具体的には、王都アルフレアの西部にある主要な街道で土砂崩れを起こし、使えなくする。
 王都の東、ベルナリア防衛線の突破は時間の問題とされているため、王都への攻撃を意識しての作戦だ
 一番の目的はアルフレイン王国の王族の逃亡を妨害することにある。ベルナリアの陥落が見えてくれば、民間人に紛れて国外へ逃れようとする王族が出る可能 性は高い。王都アルフレアが陥落すれば事実上、アルフレイン王国は滅びるが、王族が生き延びれば反乱の火種が残ることにも繋がる。
 王制であるアルフレイン王国にとって、王族の存在は旗印になりうるからだ。
 三ヵ国連合による侵攻で、アルフレイン王国は北、東、南、と三方から攻められている。となると、逃げ道は西しかない。
 西方のユーフシルーネはアルフレイン王国とは友好国の関係であるため、連合側に参加することこそ無かったが、アルフレイン王国に協力する素振りもない。 ユーフシルーネとしても、アルフレイン王国の持つ豊富なプリズマ鉱石資源は欲しいはずだが、あちらはあちらで隣接する他の国との情勢が芳しくないとの情報 もある。
 何にせよ、アルフレイン王国が民間人や王族を避難させるとしたら西側しかない。
 レイヴィは選別された部下を率いて王都アルフレアの西にある大きな街道を破壊する工作任務を指示された。
 偵察や狙撃を得意とし、直接的な戦闘は苦手なレイヴィとしては適切な采配ではあると思う。
 だが、実際に任務に就いてみると暇で暇で仕方がなかった。
 理由は分かるし、重要性も理解しているつもりだったが、実際に行軍してみると神経は磨り減るわ、気を紛らわせる方法も無いわで、遅さに加えて暇なのも相まって苛立ちが募るばかりだった。
 とはいえ、任務は任務である。
 ベルナリアに人員の多くを割かれているとはいえ、アルフレイン王国の領内深くを進んでいるため、発見される可能性や危険度は高い。そのための隠密装備で はあるのだが、近くで動いているところを見られればさすがにバレてしまう。隠密装備の迷彩外套を纏った状態では、戦闘能力はかなり低下していると言わざる を得ない。外套を取り払い、武装を手にした時には敵は攻撃を開始しているだろうし、外套の下で武装を構えるにしても布材が取り回しの邪魔になる。
 そもそも、少数での工作が目的なのだから戦闘は極力避けるべきだ。
 敵国領内深くに侵入し、退路を断つのが目的であって、戦闘による勝利や制圧は目的ではない。そもそも、戦闘自体が目的どころか回避すべきものとして設定されているのだから、少なくとも目的を達成するまでは我慢をする以外に方法がないのだった。
 斥候役が少し先行し、偵察をしてから半分ほどの距離を引き返す。仲間が見える位置まで戻ったところでそのコースに敵影が見えなければ機体の手の動きなど で合図を送り、それを見て部隊が慎重に進む。合流したところで再び斥候が先行し、偵察を行う、という流れを繰り返して敵の目を避けつつ進んでいる。
 あまりにも歩みが遅いため、街道への工作をする前にベルナリアが先に突破されてしまうのではないかとさえ思い始めているほどだ。
 魔動機兵はその性質上、燃料と呼べるものを必要としない。強いて言うならば操縦者の魔力がそれに当たる。そのため、今回のように戦闘を極力避け、各部品の消耗を抑え、適宜現地で整備を行えるならば長期間の運用も不可能ではない。
 当然、操縦者の休息は必要だ。操縦し続けたままではいずれ体力に限界がきて動かせなくなる。
 食事と睡眠の時間は確保しつつ進む。
 戦闘がなくとも、魔動機兵のような大きく、重量があり、複雑に動くような機械はただ動かしているだけでも各部に負担が蓄積し、磨耗していく。出撃毎に基 地などの設備がしっかりした場所で整備をするのは、パフォーマンスを維持するためだ。戦闘での勝利が目的であるなら、パフォーマンスは常に最大を維持する べきだから。
 今回のように、戦闘が最重要目的ではない場合、極力消耗を避けるような稼動を心がけて行動すれば長い期間基地から離れることも出来る。
 ベルナリアの奥に張られた広域結界は、こうして密かに侵入しようとする敵を検知することも目的としている。そのため、結界は王都を包むように展開されていた。
 レイヴィたちは結界に検知されぬよう、大きく王都を迂回せざるを得ず、移動に大きく時間を取られることになった。
 王都アルフレアから見て東北東、ベルナリアからは北東に位置するノルキモの前線基地から、大きく北側に回り込むようにベルナリアを超え、結界の範囲を確 認しながら北西へ進み、王都の真北を過ぎたらゆっくりと南下しながら更に西へと向かう。王都アルフレアから見て北東方面はある程度離れればノルキモが制圧 し壊滅させた地域であるため、侵攻できていない王都の真北から目的地まで向かう西部方面が警戒を厳重に、最大限慎重を重ねて行動しなければならないエリア となる。
 かなりの行軍のため、一度でも戦闘になってしまえばその時点で作戦は失敗となる。敵に存在を気付かれるということだけでなく、勝利したとしてもその戦闘 での消耗によっては目的地まで辿り着けない可能性が出てくるからだ。加えて、ここまでの行軍でパフォーマンスが万全ではないとなれば不利を背負って戦うこ とにもなる。
 目的地まで辿り着き、破壊工作を行って無事に帰還するのであれば、相応に慎重にもなろう。警戒し、神経質にならざるを得ない。
 だが、それはそれとして退屈で仕方がない。
 王族の退路を断つことで、ノルキモはアルフレイン王国の将来の反乱の芽を潰したという功績が手に入る。三ヵ国連合の戦後の発言力を考えるならば、この作戦は失敗出来ない。
 ノルキモの土地は資源に乏しく痩せていて、作物も潤沢とは言えない。従って、狩猟や漁業、傭兵といった、自身の肉体を使って糧を得る職を選ぶ者が多い。
 そのため、今回の戦争はノルキモという国にとっては大きなチャンスでもあった。
 アルフレイン王国は大陸の中でも、プリズマ鉱石資源だけでなく土地も良質な方なのだ。そんな土地が手に入るかもしれないとなれば、食いつかないはずがな かった。元々、他国の領土を奪えるものなら奪いたいという嫉妬心にも似た思いを抱く者が多い国民性だけに、制圧した領地では暴虐の限りを尽くした者たちも いるらしい。
 もっとも、敗者は勝者に従うしかないのだから、仕方がない。
 レイヴィも、許されるのならば思う存分に好き勝手振る舞ってみたいものだ。
 目的地が近付き、そこまでにかかる時間を計算しながら、レイヴィは大きく息を吐いたのだった。
 
 結果から言えば、任務は成功した。 
 王都アルフレアから西へ向かう街道沿いの崖上で持ち込んだ爆薬を使用し、やや広い範囲で土砂崩れを起こした。完全に通行不能とは行かないが、大勢が避難するため通るには困難な程度には街道が潰せただろう。
 まだベルナリアが陥落したという様子はなく、タイミングとしても間に合ったと言える。
 とはいえ、このまま来た道を引き返すのでは王都での決戦には参加できないだろう。
 街道を潰した後、王都から西北西の森の中でレイヴィは野営をしつつ偵察に行かせた部下を待っていた。
 部下を王都に潜入させ、情勢がどうなっているのかを探らせているのだ。
 ここまで辿り着く道中では、隠密移動を優先していたため、ベルナリアでの戦況がどうなっているのかは全く把握できていない。
「隊長はどうするおつもりで?」
 夕食の準備を進めながら、部下がそんなことを聞いてきた。
「タイミング次第だね」
 レイヴィは曖昧に答える。
 ノルキモの制服の胸元を開き、谷間を見せ付けるように緩める。さほど大きいとは言えないが、下着や衣服を身に着ければ見れないほどではないだろう。
 まだ若い部下の視線がそこに向いたことに少し満足しつつ、出された食事の器を受け取った。
「祭りに参加できないってのは、悔しいだろう?」
 脚を組んで、食事を口に運びながら言った。
「……祭り、ですか」
 部下にはピンと来なかったらしい。若く、能力はある方だがまだ実戦経験は少なく、手柄らしい手柄も得たことがない。
「ベルナリアの抵抗は激しいが、そう長く続くとは思えない。そこが突破できれば次は王都攻めに移るだろ?」
 そう言ってやると、部下の表情が変わった。
「我々も参加する、と?」
「そこがタイミング次第だってこと」
 王都に三ヵ国連合が迫っているなら、レイヴィたちも攻撃に参加する目はある。だが、こんな隠密工作任務を終えた状態で、パフォーマンスが最大ではない魔動機兵部隊のみで王都に攻め込むというのは自殺行為だ。
 攻めるなら、三ヵ国連合の本隊が王都に侵攻するのと同時ぐらいが丁度いい。アルフレイン王国からすれば挟み撃ちされた状態になるだろうし、敵が来ると想定していた東ではなく、避難のための逃走を考えていた西側から攻撃されれば混乱もするだろう。
 本隊への牽制にもる上、レイヴィたちも戦闘に参加できる。
 むしろ、三ヵ国連合の大部隊による王都侵攻作戦に参加できないというのは中々に悔しい。
 重要な任務があり、それを達成したとはいえ、道中の退屈さと精神の磨り減り具合を考えると、王都襲撃はストレス発散に最適ではなかろうか。
 あまりにも娯楽がなく暇だったので、こうして休憩や食事のタイミングが重なった部下をつまみ食いして気を紛らわせるしかなかった。一通り全員と寝てはみたものの、それで完全に気が晴れるということもなかったが。
「しかし、機体は万全ではありませんよ」
 目線はレイヴィの胸に行っているが、部下の言うことも間違ってはいない。
 敵戦力がベルナリアに集中していることもあって戦闘を避けてここまで来れたが、現地で行える整備だけでは完璧とは言いがたい。
 それに、王都に攻め入るとなれば精鋭と名高い近衛が混じってくる。
 レイヴィとて、近衛と正面から遣り合うのは避けたい。
「だからって、このままただ帰るのも面白くないだろう?」
 誘うような表情をして言うと、年若い部下は淡い期待感を持った目でこちらを見てくる。
 王都を探らせている部下が戻ってくるまでにはまだ時間がかかるだろうし、周囲を警戒している他の部下たちとの交代までもまだ暫くある。
 食後の運動とばかりに、そのまま野営用テントの中に部下を連れ込んだ。
 
 王都に向かわせた部下が戻ってきたのはその翌日だった。
 ベルナリアの戦況が芳しくない、というのは分かり切った話だが、いよいよ決壊しそうだという噂が流れ始めているとのこと。部下が潜入調査を切り上げようとしたタイミングで、王都の国民全体に避難勧告が出たらしい。
 つまるところ、レイヴィたちの工作任務も時間ギリギリだったようだ。これ以上到達が遅かったならば、避難が始まってしまい、工作地点への警戒が強まっていたはずだ。
 王都まで本隊が辿り着く前にレイヴィたちが見つかってしまえば、まず勝ち目はない。
 いくら《ダンシングラビット》と渾名され名が知られているレイヴィでも、近衛部隊と正面から戦闘はしたくない。魔動機兵の性能もさることながら、近衛一人ひとりの戦闘練度は相当なものだ。今回の作戦でレイヴィが引き連れてきた部下たちと《ノルス》ではまず勝機がない。
 地形的にも、アルフレイン王国領では相手に分がある。
 だが、それは普通に戦うのであれば、の話だ。
「タイミングとしては悪くないね」
 部下たちを集め、報告を聞いたレイヴィは口元に笑みを浮かべる。
 ベルナリアが突破できたとなれば、三ヵ国連合も畳み掛けるため直ぐに王都へと進軍するだろう。どの国もベルナリアへの攻撃とは別に、王都侵攻用に戦力は いくらか温存しているはずだ。前回出撃した部隊を整備し、控えに回すなどローテーションを組み、常に一定数の戦力は確保しているのだ。
 もっとも、それは王都に侵攻する時に直ぐ動けるように、というだけでなく他の二国が裏切った場合も想定してのものでもあるのだが。
「結界の境界線ギリギリまで移動し、待機。消えたら頃合を見計らって王都に侵攻しようじゃないか」
 レイヴィは部下たちを見回して言い放った。
 このまま大人しく帰るのは安全かもしれないが、面白くない。魔動機兵での戦果を挙げたい者もいるだろう。
 何より、王都に攻撃を仕掛けるという機会などこの先二度とあるか分からない。
 王都を蹂躙してみたい。それがレイヴィの本音だった。
「近衛と正面から遣り合うと?」
 部下の一人が不安そうに口にした。
「大丈夫、勝算はある」
 レイヴィは再び笑った。
「王都内での戦闘になれば、奴らは迂闊に銃が使えなくなる。何故だか分かる?」
 その一言で、部下たちには通じたようだった。
 王都内部に侵入しての戦闘となれば、都市戦闘となる。それも、まだ住民がいる状態で。
 何せ、レイヴィたちの工作によって西方の街道は潰されているのだ。避難が始まったとして、通り抜けられるのはごく一部だろう。大勢のアルフレイン王国民は王都に残ったまま、ということになる。
 王都を守る盾たる近衛が、住民の残っている市街地を無視して戦闘はできまい。結果的に、周りの地形そのものを人質に取った形で近衛と相対することができる。そうなれば、練度や機体性能で劣るレイヴィの部下たちにも戦いようがあるというものだ。
「私が王都の外から一人ずつ仕留めていくから、皆には囮として近衛を引き摺り出して足止めして欲しいのさ」
 作戦としては単純だ。
 王都そのものを盾にして、近衛を翻弄する。その間に、レイヴィの狙撃で確実に一つずつ始末していく。
 多少劣勢になったところで、そう間を置かずに三ヵ国連合の本隊が王都に辿り着くだろう。そうなれば、近衛もレイヴィたちだけを相手にしていられなくなる。
 上手く行けば、王都へ三ヵ国連合が攻撃する際、アルフレイン王国の抵抗準備を阻害し、牽制行動をしたという功績も手に入る。いっそ、そのまま王都を蹂躙しながら東へ抜けて本隊に合流してしまってもいい。
 王都での戦闘が始まれば、勝敗は決したようなものだ。
 三ヵ国連合がベルナリアを突破し、王都に辿り着くまでの時間を大雑把に逆算する。王都領域への侵入を感知、魔力通信を遮断する広域結界の消滅が確認されたら行動開始だ。
 連合軍本隊が王都に到達する少し前に、レイヴィたちの部隊は西方から侵入、無差別に攻撃を仕掛けて近衛部隊を引き付ける。
 レイヴィは王都に面した北西の山中まで迷彩外套を纏ったまま隠密に移動しておき、部下たちの王都侵入後、近衛を狙撃していく。
 作戦が決まった後は機体の整備を入念にしつつ、結界が確認できる位置で息を潜めてその時を待った。
 途中、王都の民の避難経路を確認するために何機かの魔動機兵が付近を通ったが、街道沿いからは距離を置いて木々の中に紛れるようにしていたこと、機体を完全に停止させて様子を窺うだけにしていたことなどから気付かれることはなかった。
 王都に引き返していく《アルフ・ベル》が、出て来た時よりも慌てているように見えたのは気のせいではあるまい。街道が土砂崩れで潰れていることを確認して、焦っている姿が想像できてレイヴィはほくそ笑んだ。
 
 そして、その時はやってきた。
「結界の消失を確認!」
 部下が言うまでもなく、レイヴィにも見えていた。
「手筈通りに頼むよ」
 迷彩外套を纏った《ノルムキス・ハイク》を起動させ、部下たちをその場に置いて一人歩き出す。
 移動距離を考えるとレイヴィは先行して動かなければならない。間を置いて、部下たちの《ノルス》も迷彩外套を纏ったまま王都まで接近する。迷彩外套を脱ぎ捨てるのは侵入直前だ。
 結界があった領域に足を踏み入れ、王都を迂回するように北西の山へと入っていく。木々の合間に紛れるように隠密行動を心がけながら、狙撃に適した位置を探す。
 やがて、山の中腹辺りに程好く開けた場所を見つけた。迷彩外套を破らぬように気をつけながら手足と頭を露出させ、伏せた姿勢を取る。携行してきていた折り畳み式の長距離狙撃銃をその場で組み立て、寝そべったまま抱えるように構える。
 狙撃場所として選んだ場所からは、王都の西側を一望できた。《ノルムキス・ハイク》の頭部センサー系に魔力を集中させて稼働率を上げる。スクリーンパネルに映る景色が拡大され、狙撃銃に備え付けられたスコープを通して見える王都は不気味なほどに静まり返っている。
 射程距離を考えると王都全域はカバーできない。せいぜい西と北、ギリギリ中央付近まで届くかどうかというところだろう。
 東から本隊の侵攻が始まり、王都の中央付近まで進軍してきた辺りで山を下りて部下たちと共に合流するのが良いだろう。
「さぁ、楽しませてもらおうじゃないか」
 口元に笑みを浮かべ、舌なめずりをして、部下たちの侵入を待つ。
 これから始まる王都での戦闘に、住人たちはどう動いてくれるのだろう。レイヴィの位置からはそれらが見渡せる。どんな光景が見られるのか、楽しみで仕方がない。
「来た来た!」
 ついに、王都西部に部下たちの《ノルス》が現れた。
 王都に踏み入ると同時に迷彩外套を脱ぎ捨てて、右手に銃を、左手に小盾を構えて侵入する。まずは存在を知らしめるために無差別に発砲する。運悪く弾丸が命中した建物から住民たちが飛び出してきて、逃げ惑う。
 その姿がゾクゾクして堪らない。笑みが抑えられない。
 《ノルス》たちは住民を気にすることなく王都内を歩き回り、適度に数発の銃撃を放つ。近衛が出てくるであろうことは分かっているのだから、あまり無駄弾は撃てない。
 さすが精鋭だけあって、近衛の動きも早い。王城の近くから、複数の《アルフ・カイン》が出撃し、都市内とは思えぬ速度で西部へと急行する。ある程度は備えていたのだろうが、それでも西部から侵入されるとは思っていなかっただろう。
 王都内で《ノルス》と《アルフ・カイン》が対峙し、戦闘が始まった。
 《ノルス》たちは惜しみなく銃撃を放ちながら、《アルフ・カイン》の接近を拒絶するように動き回る。近接戦闘に持ち込まれては、近衛相手では勝ち目がな い。市街地そのものを盾に、近寄らせぬよう翻弄し時間を稼ぐ。丁度良い位置で足を止めた《アルフ・カイン》がいれば、レイヴィの獲物となる。
 構えた狙撃銃の照準を一機の《アルフ・カイン》に合わせ、興奮を集中力に変えるように意識を研ぎ澄ます。ヒルトからの魔力をセンサーと狙撃銃に送り込む。狙撃銃のバレル内に施された魔力回路を起動させ、狙いを定めて引き金を引いた。
 表面にミスリル鉄をコーティングした特殊狙撃弾丸は、バレルの回路部を通過する際に擬似的な魔術を帯びる。それは弾丸の飛距離と弾道を補正し、空気抵抗や重力に抗い、射程範囲内であれば寸分違わずに狙った場所へと導くためのものだ。
 銃弾は《アルフ・カイン》の、人間で言う鎖骨の辺りに突き刺さった。横合いから突然叩きつけられた強烈な衝撃に《アルフ・カイン》の体が傾いで倒れる。 操縦席はギリギリ外れてしまった。《アルフ・カイン》の機動性が高かったために、僅かに着弾地点がズレたのだ。それでも、その隙を突いて対峙していた《ノ ルス》が銃撃を浴びせて仕留めてくれる。
「ふふ……」
 笑みが毀れる。
 安全な場所から一方的に攻撃を加え、敵を蹂躙するのは楽しいものだ。前線で戦うことにはスリルもあるが、自分が死ぬリスクはない方が良い。
「さて、次は……」
 どいつを狙ってやろうか。
 そう思ってスコープからの映像を外し、戦場全体を見渡した。
 その時だった。
「……ん?」
 一瞬、視界の端に何か見慣れぬものが映ったような気がした。
 上から下に、何かが落下していったような。直後に、視界の端の方の市街地で衝撃のようなものが広がるのが見えた。何かが激突したような衝撃波、あるいは突風が一箇所から広がったように、街路樹の葉が一斉に舞い散り、割れた窓ガラスの破片が飛び散って光を反射する。
「何だ……?」
 レイヴィがそちらに視線を向けた時には、その地点から何かが動き出すところだった。
 完璧な人型をした魔動機兵だと理解するのに、時間がかかった。全身に甲冑を着込んだ騎士のような、シンプルだが美しい機体だった。
 《アルフ・カイン》が西部へ急行したのとは比較にならないほどの速度で、完璧な人型をした騎士が走り抜けていく。
「何だ、あれは……?」
 それしか言葉が出てこない。
 凄まじい速度で駆け抜けた騎士が、そのままの速度で手にした盾を構えて《ノルス》にぶつかった。
 接触しただけで《ノルス》はバラバラになった。
 血の気が引いた。
 あの騎士型の魔動機兵は異常だ。
 レイヴィが絶句している間にも、騎士は次の《ノルス》に狙いを定めて駆け寄って行く。豪奢な屋敷の前で《アルフ・カイン》と対峙する《ノルス》は、騎士の接近に気付いていない。
「おい!」
 通信回線で呼び掛けた時には、既に《ノルス》は騎士に組み伏せられ、押し潰されていた。
 あれは野放しにできない。ここで仕留めなければまずいことになる。
 直感が告げるままに、レイヴィは狙撃銃の狙いをつけて、躊躇うことなく引き金を引いた。本来ならば相応の集中を必要とし、銃身内部の魔力回路に流す魔力 も馬鹿にならないものだが、この時ばかりはいつに無く素早く狙撃ができた。それだけ、身の危険を感じたということだろう。
 実際、背筋を走る寒気のようなものがおさまる気配がない。
「嘘だろ……!」
 だが、スコープ越しに見えたのは、いとも容易げに盾で銃弾を弾いて見せる騎士の姿だった。
 銃身から与えられる魔術には、銃弾としての威力を底上げするものも含まれる。着弾時の衝撃や、装甲貫通力を高める複合的な魔術が施されるのだ。通常の魔動機兵が持つ盾程度であれば、弾丸を受け止めた衝撃だけでも腕の関節をいかれさせるぐらいのことはできる。
 レイヴィの《ノルムキス・ハイク》のために作られた特注の長距離狙撃銃に施されている魔術付与機構は、魔動機兵が扱う武装の中でも最高峰のものだ。
 それを、片手で、容易く。腕もそうだが、盾そのものにも、ダメージが見えない。
 騎士の頭が動き、レイヴィを見た。
「――っ!」
 ぞっとした。
 見られた。間違いなく、騎士の視線がレイヴィに向いた。
 十分な距離がある。魔動機兵が可能な狙撃の距離としてはほぼ最大の位置であろうこの場所を、狙撃を防ぐだけでなく、一瞬で見抜いた。
 ここまで届くような遠距離攻撃が可能な武器を持っているようには見えない。だが、レイヴィの直感が危険だと告げている。
 狙撃姿勢を崩し、《ノルムキス・ハイク》を立ち上がらせようとしたその時、騎士は組み伏せて押し潰した《ノルス》からもげた腕を拾い上げ、振り被っていた。
「まさか」
 顔が引き攣る。
 《ノルムキス・ハイク》が立ち上がり、その場から飛び退くのと、投げられた《ノルス》の腕が地面に突き刺さるのはほとんど同時だった。
 生身だったら腰が抜けていたかもしれない。今までレイヴィがいた場所に、寸分違わず《ノルス》の腕が突き刺さっている。
 ここまで届くというのも十分おかしいが、精確な位置に投げた腕を突き立てられるというのも常軌を逸している。ここまで狂いがないと偶然とも考えられない。
 あの機体はこういう芸当を軽々とやってのけるだけのものがある。そう考えるべきだ。
 レイヴィは《ノルムキス・ハイク》を走り出させた。王都に背を向けて、木々の間に飛び込む。移動しながら狙撃銃を折り畳み、迷彩外套で機体を包み直し、あの化け物から距離を取る。
「何なんだあれは……」
 もはや部下のことなど頭にはなかった。
 いや、あの化け物がいる以上、もはや王都内にいる部下たちは助からない。助けに行くだけ無駄だ。《ノルムキス・ハイク》ですら赤子の手を捻るように殺されるだろう。
 魔動機兵の中でも最高峰の狙撃性能に、拾った腕を投げるだけで対抗できてしまう。この恐ろしさが分からないのならば手遅れだ。
 あの怪物騎士はまともに戦っていい存在ではない。少なくとも、ただの魔動機兵では話にならない。
 夢中になって王都の北側を走り続けて迂回し、王都侵攻の本隊が展開している場所を目指した。やがて降伏勧告が始まり、本隊が目視できるようになった辺りで、レイヴィは気付いた。
 王都の東口から、あの騎士が歩み出てきているのが見えた。
 もう王都内に侵入した《ノルス》を全滅させたのか。そしてその足で王都を横切ってここまで来たというのか。
 本隊に合流しようとしていた《ノルムキス・ハイク》の足が止まった。まだ本隊にも、あの騎士にもレイヴィの存在は感知されていない。
 数では連合の部隊が圧倒している。だが、あの騎士が周囲を気にせずまともに戦ったとしたらどうなるのか、レイヴィには想像できなかった。
 そして、騎士が光を放った。
 銃らしきものを取り出したかと思った次の瞬間、そこから溢れ出した光が連合の部隊を薙ぎ払った。文字通り、多くの魔動機兵が消し飛んだ。
 もしそのまま合流していたら、レイヴィもあの光の本流に飲み込まれていただろう。
 《フレイムゴート》と《ブレードウルフ》が突撃して行ったが、光る剣を手にした騎士は一瞬で斬り捨てて見せた。
 そこからはもはや目に映る光景が現実なのか疑いたくなるようなものとなった。
 虹を外套のように翻して、騎士が縦横無尽に暴れ回る。手にした盾で敵を砕き、光る剣で敵を裂く。蹴飛ばして、投げ飛ばして、荒れ狂う嵐という表現すら生 易しく感じられるほど、無数の魔動機兵が凄まじい速度で残骸になっていく。あれだけの数がいて、全く歯が立たない。味方への誤射を気にする余裕さえなくな り、銃撃が四方から浴びせられても、騎士は意に介さない。たまに命中したと思っても、淡く光を帯びているようにさえ見える装甲には傷らしい傷がつかない。
 平原が魔動機兵の残骸で塗り潰されていく光景から、目を離せずにいた。
 気付けば、ヒルトを握る手が震えていた。
 このままここにいてはいずれ見つかる。一番怖いのはあの化け物騎士に見つかることだが、まともに抵抗できる味方がいない以上、もはや近衛に見つかっただけでもレイヴィには致命的だ。
 恐怖に震える手でヒルトを握り直し、レイヴィは木々に紛れて北東へと移動を開始した。
 三ヵ国連合の王都侵攻部隊は恐らく全滅する。ここに合流するのは自殺行為だ。敵に見つからないように迂回して、ノルキモの前線基地に帰還するしかない。
 たった一機で、状況が引っくり返された。
 これから、アルフレイン王国を敵に回す者はあれを相手にしなければならないということになる。
 あの騎士の存在そのものが理解の範疇を超えている。同じ魔動機兵とは到底思えない。異常な機動性、反応速度、防御性能に、驚異的な出力、そのどれもが魔動機兵という枠を大きく逸脱している。特注にしても、異常としか思えない。
 あんなものが存在するなど、誰が予想できようか。一体、アルフレイン王国で何が起きたというのか。
「クソッ……!」
 もはや言葉が出てこない。
 蹂躙するはずが、蹂躙された。
 これからあれと戦わなければならないのかと考えると、ぞっとする。
 アルフレイン王国に亡命でもしようかと一瞬考えたが、ノルキモがアルフレイン王国に侵攻した際にしてきたことを考えれば、まともに受け入れられるとも思えない。
 戦場から身を退くか、戦うか。
 考えるにしても、まずは情報を持ち帰ってからだ。
 恐怖と屈辱感に身を震わせながら、レイヴィは《ノルムキス・ハイク》を走らせるしかなかった。
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