終章 「掌の上で」


 ディアロトスの手の中で、全身を縛る疲労に抗いながら、レイムは身を起こした。ディアロトスが魔力で風を抑えているようだったが、それでも強めの風がレイムの髪を靡かせる。
 と、ディアロトスの前に一体の龍族が現れた。その龍族にディアロトスは片手に乗せていたヴィルダを手渡した。
「脊髄が切断されているな……。確かに受け取った」
 その龍族は一礼すると高速でその場を去った。
「あいつは政府と繋がりのある龍族だ」
 ディアロトスが説明する。
 傷付いたヴィルダの受け取りに来たのだと言う。
 そう説明したディアロトスの脇を、ディアロトスが向かう方向と逆行するように複数の龍族が神殿へと突入していく光景が見えた。
「万が一のために呼び寄せておいて正解だったな」
 ディアロトスが呟いた。
「かつて、中核結晶に罅を入れてしまった時も、複数の龍族が破片を元の場所へと固定し続けて修復したそうだ」
 その言葉に、レイムは理解する。
 龍族の莫大な魔力を用いて中核結晶を元の形に固定させ続ける事で、復元しようというのだ。中核結晶本来の魔力を考えれば、時間はかかるとしても、復元する事は可能なのだろう。
「周囲への影響は……?」
 シェラルが尋ねた。
「ここへ来るまでにフィアイルが見えたが、壊滅していた。他の集落もほとんどが地震の影響でやられているようだ」
 ディアロトスが答える。
 どうやら、神殿の造りが良かったらしく、火山噴火による地震はかなり抑えられていたらしい。神殿の外への地震の影響は相当なもののようだ。
 ディアロトスの手の上から見下ろせる景色にも、地面に亀裂が生じ、地形が変化しているのが見て取れる。空中にいるためにはっきりとは判らないが、今でも地震は続いているのだろう。かなりの高度にいるために微かにしか聞こえないが、地鳴りはしており、生じた亀裂が伸びていくのが見えているのだ。
「それだけではない。魔生体が急増している。フィアイルから神殿へ向かうまでに、人間も含め、かなりの魔生体を見た」
 ディアロトスが告げた。
 火属性の中核結晶が破壊された事で、世界規模で魔力バランスが崩れ、魔力の歪みが世界各地で生じているらしい。その影響でフィアイル地方には甚大な被害が発生していると、ディアロトスは言った。
「少なからず、他の地方にも影響が出ているだろうな」
 火属性の中核結晶の消失は、一時的とは少なからず世界全体の魔力バランスを崩す。いままで保たれていたバランスが崩れるという事で少なからず影響は生じるはずだ。
「私達、どうなるのかしら……」
 シェラルが呟く。
「世界が崩壊するという事態は避けられるだろう。レイム、お前がアンスール達を倒してくれたお陰だ」
 ディアロトスがそれに答えるかのように言った。
 龍族が中核結晶の復元に向かった時、まだアンスール達がそこにいれば、彼等は障害となるだろう。そうして、時間が経ってしまえば、魔力のバランスを元に戻すまでに時間がかかってしまう。それに、下手をすればアンスール達によって中核結晶復元のために向かった龍族が全滅させられてしまう可能性もあるのだ。
 そういう意味では、レイムがアンスールとラグニードを倒した事は間接的にでも世界を救った事になる。ディアロトスはそう言っているのだ。
「ただ、暫くは影響は残るだろうが、な……」
 ディアロトスが付け加える。
 中核結晶復元が落ち着くまでは、その影響は残るはずだ。地震等は止まっても、魔力の歪みは多く生じる事になるだろう。
「……足は、痛むか?」
 今まで黙っていたレイムは、シェラルが左足の付け根を押さえているのを見て、尋ねた。
「ええ、少し……。魔操術で痛みは抑制しているから、今は大丈夫」
 答え、シェラルは力の無い笑みを浮かべた。
 やはり、身体の一部を失ってしまったのは堪えたのだろう。ましてや、片足だ。賞金稼ぎをしていた者にとって、足を失うというのは致命的だ。片腕ならばまだ戦う事が出来るが、足ではそうもいかない。
「――すまないが、我には二人とも復元してやる事は出来ん。それに、里へ戻らねばならん」
 ディアロトスが言う。
 司器の魔力が傷口に残っている間は、身体の復元は龍に意識的に腕を維持して貰わなければならない。無論、上位の龍でなければ腕を維持するのも一苦労だ。下位の龍では、維持するためにほとんどの力を回してしまい、召喚本来に回す力が激減してしまうだろう。
 それに、ディアロトスはヒエラルキー・クラス第一位に属し、一度イクシードへも勧誘された事のある龍だ。今回のアンスールとの戦いで知った事や今後の事などを報告しに行かなければならないようで、龍族にとっての世界政府がに戻る必要があるのだという。
「それは構わないけど……」
「……心配するな、暫くは面倒を見てやる」
 答えたシェラルに、レイムは告げた。
「――え?」
「……ふ、どうやらレイムはお前に惚れていたようだな」
 シェラルが驚きの表情をレイムに向けるのを見て、ディアロトスが笑った。
「ディアロトス……」
 そのディアロトスを見上げ、レイムは睨むような視線を向ける。
「嘘ではあるまい?」
 笑みを浮かべたディアロトスの言葉に、レイムは溜め息をついた。
(……まぁ、いいさ)
 心の中で呟き、レイムは視線を地上に向けた。
 壊滅した都市が視界に映る。地上の様子は、予想以上に酷いものだった。
(――俺が失いたくないものは、残っている)
 地上は、今のレイムにはどうでも良い事のように思えていた。生きて行く事が出来るのであれば、それだけで十分とさえ言える。
 たとえ誰かの掌の上に世界があるとしても、今のレイムには、守る事が出来たものがそこにありさえすれば良かった。
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