序章 「これが私達の仕事だから」


 凄まじい轟音が夜の闇を切り裂く。金属が悲鳴を上げ、周囲に衝撃と破片をばら撒いた。
「――全く、どうしてこう派手にやるのかしら」
 隣に並ぶ女性の呟きは、背後で起きている雑音で掻き消されてしまい、そこまで届かない。
 背後からの風で乱れた髪を手で後ろへと流し、女性が一歩前に出る。その後を追うように、左右を防音壁で囲われた線路の上を、一歩前へ。
 女性が、手に握り締めた複雑な文様の刻まれた結晶を掲げ、小さく言葉を紡ぐ。その結晶が光を発した瞬間、周囲の空間が歪んだ。一定の範囲で空気が異質なものに変わる。都心と呼べる規模の街中の風景が、霧がかかったように、霞む。
「異空間干渉規定に則り、あなたの存在を抹消します」
 言い放ち、女性は前方に視線を向けた。
 そこに存在するのは、人間でも、動物でもない存在。異形の化け物という形容が相応しい、生命体がいる。刺々しく、細く、華奢そうに見えるがその分鋭く、鱗もなければ皮膚といったようなものも感じられない。人間や動物のように四肢はあるが、それには現存する生物を当てはめることは出来ない。
「ていうか、理解してる?」
 女性がその生命体へと言葉を投げる。
 生命体の持つ、赤く輝く瞳が動いた。女性とその隣に立つ者へ視線を向けるように顔を動かすが、それだけだ。
「高等生命体なら理解出来るはずだけど」
 溜め息と共に女性は呟いた。
『……見逃スツモリハ無イノカ?』
 異質な言語。地球上に存在しているどの言語とも違う音声が発せられた。
 人間には発音不可能で、理解不可能な言葉。
「無いわね。規定だから」
 女性は無感情に言葉を返した。
『……理由ガアッテモ、カ?』
「へぇ、どんな理由? 偶然転送した場所がここで、起こる事態が予測出来なかったってんじゃないでしょうね?」
 女性の口元に冷笑が浮かぶ。
 背後での大惨事は、ぼやけていて、はっきりと見る事は出来ない。
『……』
「そんなの理由にはならないわ。あなたのミスでしょう」
 沈黙の肯定に対し、女性は告げる。
『……ココデ殺サレル訳ニハイカナイ。私ハ犯罪者デハナイ』
「それも理由にはならないわね。今、あなたはここで犯罪を犯したはずでしょ?」
『私ニハ、伝エナケレバナラナイ事ガアルノダ』
「規定に例外なんてないわよ。どんな重要な事でもね」
 女性の返答に躊躇はない。
 目の前にいる生命体の意見が何であろうと、そうする事が彼女の仕事なのだから。
『クッ……オ前達ニモ関ワリノアル事ナノダゾ』
「また別の伝令が来るはずよ? それに、こっちからも連絡するわ」
 生命体の目が細められる。そこにあるのは焦りの感情だろう。
『仕方ガ無イ……強行突破サセテ貰ウ』
 赤い瞳に強い意思の光が宿る。
「――朱雀、頼むわ」
 女性の言葉に、前へ歩み出た。正面に立つ生命体の視線が、女性から『朱雀』へ移る。
 後ろで一つに束ねた長めの黒髪に、端整な顔立ちの青年。そこにあるのは冷めた表情だけだ。
 一度背後へ視線を向け、女性が頷くのを確認してから、朱雀は地を蹴った。それと同時に、生命体が身構え、駆け出して来る。見た目以上の機敏さで接近するその生物の振るった腕を、朱雀は屈んで避けた。
『――!』
 生命体の驚愕の感情が分かった。
 その直後には、朱雀の手刀が生命体の脇腹に叩き込まれていた。見た目以上の衝撃を受け、その華奢な身体が大きく吹き飛ばされる。
 呻き声を上げつつも、その生命体は倒れた姿勢をすぐさま整える。普通の人間ならば気絶していてもおかしくない衝撃を叩き込まれているにも関わらず、動けるというのはやはり、それがこの場所にはいるべきではない者だからか。
『マサカ……貴様……』
 生命体が言葉を紡ぐよりも早く、朱雀は駆け出した。
 先程駆け出した時よりも速く、先の生命体の敏捷さを完全に上回る速度で距離を詰める朱雀の視線に躊躇いはない。その朱雀の全身には、赤い光が走る黒い筋が浮かんでいる。
 右手に赤い光の密度が高まり、その手刀を覆うように赤黒い影のような光が生じた。その高エネルギーを持つ光に覆われた手刀が、生命体の胸に突き刺さる。無機質なのかどうかすら怪しい、どちらかといえば硬い身体を貫き、その手刀は生命体の中枢部と呼べるものを貫き、絶命させていた。
 手を引き抜き、そこにこびり付いた粘液のようなものを振り払う。それがその生命体の体液なのだろう。
「ごくろうさま、朱雀。そんなに強くなくて良かったわね」
 女性が歩み寄って来る。
 朱雀はそれに振り返り、自分が打ち倒した生命体を一瞥した。その、朱雀の身体に浮き出ていた文様は既に消えている。
「解ってる、ちゃんと抹消するわ」
 言い、女性は未だに輝きを放っている結晶を生命体へ向けるように掲げ、小さく言葉を紡いだ。
 放たれている輝きはそのままに、それとは別の光が放たれる。放たれた光を浴びた生命体の身体が、まるで砂で出来ていたかのように崩れ、消滅して行く。
「……ごめんなさいね。でも――」
 呟く女性の横顔に影が差す。
「これが私達の仕事だから」
 死体が完全に消滅したのを確認して、女性は朱雀へと向き直った。そこに先程までの表情は、ない。
「とりあえず、少し離れた場所に出ましょうか」
 一度背後へと視線を向けて、朱雀は頷いた。
 空間が歪んでさえいなければそこにあるのは横転し、脱線した新幹線だ。直ぐに警察や消防隊、救急隊、野次馬等がやってくる。その場所に戻るのは面倒事が増えるだけだ。
 歩き出した女性の後を追うようにして、朱雀はその光景に背を向けて歩き出した。
目次     NEXT
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送