第五章 「――な……何、あれ……!」 聖司の綴る過去は、普通に暮らしていた藍璃には現実とはかけ離れたものに思えたに違いない。 藍璃に別れを告げる前日、聖司は、異空間から現れた生命体に襲われた。家族と外出した帰りの事だった。その際、聖司を庇って両親が重症を負い、その後で現れた委員会の対処員が生命体を処理した。重症とは言え、それは現実的には致命傷である。 両親の治療を委員会に託し、聖司はその翌日に藍璃に別れを告げる。その直後には、聖司は委員会によって移送された。 だが、その途中で聖司達は異空間から現れた生命体に襲われた。凄まじい戦闘能力を見せ付けたその生命体は、聖司の護衛についていた対処員を薙ぎ払い、聖司へも攻撃の手を伸ばす。その際に、全身に傷を負い、更には喉笛を食い千切られるという致命傷までも負った聖司だったが、委員会の集中治療とエニグマの移植により、一命を取り留めた。声帯は復元できなかったが。 最初は異空間の生命体に怒りや憎悪の念を持っていたが、それは委員会で仕事をこなすうちに消えてしまった。別の空間に移動してしまった生命体の多くは、周囲を取り巻く法則の変化が原因で自我を失う事が多い。それに接するうちに、怒りや憎しみといった感情を向ける事の方が筋違いなのだと思うようになったのである。 「そんな事があったの……」 藍璃が呟いた。何と言って良いのか判らない、そんな表情だった。 それから綴ったのは、聖司が今までしてきた仕事に関しての事だ。喋るのと違い、多少時間のかかる書き出しをしている間に、藍璃は夕食を作ってくれた。 流石に一人暮らしにも慣れているのだろう、味は悪くなかった。 委員会は樹系図のように下部組織が繋がっている。大本の委員会は、各異空間の委員会の代表者で組織されており、その下に各異空間の委員会の活動を統括する部位がある。主に聖司達が委員会と呼んでいるのはその部分だ。そして、聖司達の呼ぶ委員会の下層部位として、この空間では世界の各方面に支部のようなものが設けられている。 各支部にはそれぞれエニグマを持つ特殊対処員が存在しており、常に世界中で起きる不正干渉に対応しているのだ。聖司の属するアジア方面部位では、聖司を含めて四人の特殊対処員が存在しているとされている。数が極端に少ないが、エニグマにはそれを補うだけの移動能力や戦闘能力が備わっているのだ。 エニグマを移植して使っているのは、現時点ではこの空間しか存在していない。他の空間ではエニグマを加工する技術に不安が大きいのと、エニグマそのものに畏怖の念を抱き、使う事を恐れているためだ。 もっとも、希少価値の極めて高いエニグマを採取する技術も、この空間が他の空間に比べて秀でているという部分もあるが。 夕食をとりながら、藍璃は聖司の書き記した文章を読んだ。 「教えちゃいけない事ばかり書いてある気がするんだけど……」 藍璃の感想に、聖司は苦笑した。 ――俺にできる話なんてそれぐらいしかないからな。 「……そういえば、聖司と一緒にいた女の人は?」 やや言い難そうに、藍璃が問う。 ――彼女は、麻衣という。任務で組んでいる女性だ。 「パートナーって事?」 ――そうなるな。 藍璃の確認に、聖司は頷く。 麻衣とは、聖司が委員会の特殊対処員になってからそれほどの間をおかずに出会った。エニグマを移植し、それに身体が馴染んだところで聖司は訓練も兼ねて、ベテランの対処員の元で任務に参加し、経験を積んでいた。その、修行時代とでもいうのだろうか、その最終日に、正式に任務に就けるようになった際、パートナーとして組まされたのである。 活発で感情表現豊かな少女だった。 それからはほぼ毎回、麻衣と組んで任務をこなしてきた。時折、任務の必要性から別の人物と組む事もあったが、逆に、麻衣が聖司と別の対処員と共に任務に就く事もある。 正確には三年と数ヶ月だが、麻衣とは共に生活してきたと言ってもいいだろう。 「ふぅん……」 ――何だ? 妬いてるのか? 藍璃の態度に文字で問うと、藍璃は小さく苦笑を浮かべた。 「そりゃあ、少しはね……」 藍璃と別れてからの、四年間のうちのほとんどを共に過ごしたという事は、それだけ麻衣は聖司の事を見てきたという事になる。その、自分が見れていない間の聖司を見ていた麻衣が羨ましいのだと、藍璃は言った。 (――もし、藍璃がその場にいたら、こうはならなかったかもな……) その説明に、聖司は思う。 喋れなくなった上に、全てへの関心を失くしたのは、聖司が生きる目標を失ったからでもある。その一端は確実に藍璃の存在があるのだから、藍璃が委員会に属していれば、聖司もただ訓練に打ち込み、冷めた態度を取ってはいなかったかもしれない。 もっとも、委員会でこなした任務の中には、命を落としそうになった事も多い。そんな中で藍璃と過ごすのは逆効果になっていたかもしれないが。 ――麻衣はただのパートナーだよ。 藍璃に文字で告げる。 言ってみれば、麻衣も良い人間ではある。だが、聖司には少し気になる事もあった。 感情表現豊かで、快活な女性だが、時折、その感情や言葉が上辺だけのものになる事がある。何かを心の奥底にしまい込んでいるのだろうと、聖司は思う。実際、聖司がそうだったからだ。感情に本気さが足りなくなるから、感情を見せない、それが聖司だったのだから。 聖司がそうしなかったからだろうか、麻衣は聖司の内面にあまり踏み込んでこようとはしなかった。もっとも、踏み込ませようとしない態度を取っていたのは否定できないが。 「ただの、っていうのもちょっと複雑ね……まぁ、あなたの感じ方だから仕方ないけれど」 曖昧な笑みを浮かべて、藍璃が呟く。 首を傾げる聖司に、気にしないで、藍璃は告げた。そうして、再度口を開いた藍璃は、話題を変えていた。 「任務中にあった面白い出来事とか、なかったの?」 その問いに、聖司は苦笑いを浮かべたまま、頬を掻いた。 正直なところ、面白いと感じるような事は全くと言っていい程に経験していない。周囲への関心がほとんどなくなっていたために、そういった事を経験しても、面白い、と感じていなかったのだ。 「じゃあさ、他の空間には行った事あるの?」 その聖司の様子を見てか、藍璃が問う。 ――数回だけ、な。 特殊対処員の任務として、重要人物の護衛などで別の空間へ行った事はあった。アフェクト・クリスタルで自分達に異空間にいる事の影響を遮断し、存在を正常に保つ。もしくは、アフェクト・クリスタルの一部の力を持つものをアクセサリーのようにして、常に肌に触れさせて所持しておく事で異空間でも正常に存在できるものを身に付ける。そうする事で、他の空間に一時的に移動し、活動する事が可能なのだ。 「どんな空間があったの?」 やはり、興味があるのだろう。この空間ではない異空間が、どのような世界になっているのか。 ――全容は把握できるようなものじゃないから、見たままに書くぞ。 誤解したり、解釈違いがあるであろう事を藍璃に認識させた上で、聖司は綴った。 天と地という概念のない、空間というものもあり、そうではなく、ただエネルギーに満ちているだけの空間もあった。いくつものドーム上の世界がワームホールのようなもので繋がった空間、というものもあった。景色も、この空間では考えられないようなものばかりだった。 「……この空間っていうのは恵まれてるのかしら?」 ――いや、そういうわけじゃないな。 藍璃の疑問に、聖司は首を振り、文字を見せた。 確かに、細かな法則や性質を持っているように思えるこの空間だが、それが恵まれているというわけではない。他の空間に住む生命体から見れば、それらが何もせずに正常に存在できるのはそれぞれの空間なのだ。どんなに、他の空間と異質なものだとしても、それぞれの空間ではそれが標準なのだ。 「そっか、そうだよね」 それぞれの生命体にとって、快適な空間だからこそ、別の空間に放り出された時に影響が出る。 ――見てみたい、か? 「少し、ね」 小さく苦笑し、藍璃が聖司の文字に答える。 それが無理だという事を解っているからだろう。世間一般に伏せられているというだけで、一般人である藍璃にはそれを知っただけでも幸運な事だと言えるのだ。異空間を自分の目で見てみたい、というのは、聖司が協力すると言っても手が届かない。 「……でも、ほんとにソファで寝るつもりなの?」 ――床の上でも問題ないぞ。 見せた文字に藍璃が苦笑する。 流石に、一人用のベッドでは二人の人間が眠るには狭い。かと言って、ソファで寝れば翌朝起きた時にどこかの筋肉が張ってしまうかもしれない。毛布などはあるとしても床はやや寒いだろう。 それでも、聖司にはそれほどの問題には思えなかった。共に過ごせればそれで十分だろうと考えられたからでもあるが、ベッドで眠るという事ができなかった時だってあるのだ。 「でも、それじゃあちょっと……」 藍璃が申し訳なさそうに抗議する。 寝るための準備は全て済ませた状態で、いざ寝るという部分が決まらない。聖司としては、寝れればそれでいいのだが、やはり部屋の持ち主でもある藍璃には、自分だけベッドを使って眠るというのに引け目を感じてしまうのだろう。 「やっぱり、聖司がベッド使ってよ」 ――おいおい、お前のベッドだろうが。 苦笑し、聖司は藍璃の申し出を拒否する。それでも、と申し出を続ける藍璃と、何度か同じような事を繰り返した。 結局、二人とも床の上で寝る事となった。 やがて、藍璃が眠ったのを確認した聖司は、藍璃を起こさぬようベッドの上へと移す。その後で窓の外へと視線を向けた聖司は、昨日とほとんど変わらない月と夜空に、この状況がそれほど長く続かない事を改めて認識した。 * 「髪、伸ばしてみたら?」 「何で?」 「格好良いかもしれないじゃない」 「そうかな?」 「きっと似合うよ」 「髪が鬱陶しいかも」 「慣れれば大丈夫よ」 いつの事だっただろう――少なくとも四年以上前の、懐かしい会話を、藍璃はぼんやりとした意識の中で思い出していた。 不意に思いついただけの、特に理由があったわけでもない言葉。 (――そっか……) 漠然と理解する。 聖司の長髪は、今まで藍璃のような知人に対しての変装の一種なのだと考えていた。事実として、藍璃は最初に会った時、聖司の事をはっきりと断定する事ができなかったのだ。 全体的な雰囲気も、多少だが変わっている。勿論、昔の藍璃との会話だけが原因でもないだろうが。 少しずつ覚醒していく意識の中で、藍璃は自分がベッドに寝ていた事に気付いた。いつも通りの朝に感じて、忘れてしまいそうになっていたが、藍璃は床の上で眠ったはずだ。 (……聖司の仕業ね……) それ以外には考えられなかった。 怒ってやろうかとも思ったが、髪を伸ばした理由の一部を思い出したから、今回は見逃してやろうと密かに思う。聖司自身とはほとんど関係ない事を結びつけてしまっていても、まだ寝ぼけている状態ではそれに気付きもしない。 やがてベッドから身を起こした藍璃は、聖司が寝ているはずの床に誰もいない事に気付いた。藍璃が貸した掛け布団が折り畳まれて置かれている。 「――聖司?」 小さな声での呼びかけだったが、キッチンの方から聖司が顔を出した。 それを見て首を傾げる藍璃に、聖司が苦笑する。何がおかしいのだろうと考えて、寝起きである事をようやく意識した。ベッドから降りて洗面所へ向かい、顔を洗う。その後で寝癖のついていた髪を直し、着替えも済ませる。 そうして戻った時には、テーブルの上に聖司が作ったのだろう朝食が並べられていた。 「聖司が用意したの?」 確認の言葉に聖司が頷く。 トーストとベーコンエッグという簡単なものだが、昨夜の夕食のように用意しようと思っていた藍璃はそれに驚いていた。 「料理できたっけ?」 ――まぁ、それなりには。 苦笑し、聖司は文字で返答する。 一人暮らし的な生活を送った事もあるのだろう。そうなれば、多少の料理ができなければ生活するのは難しい。金があるのならレストランなどの店に行けばいいとも思ったが、よくよく考えれば聖司は喋れないのだ。接客に応じなければならない店で買い物や注文をする事は聖司には難しいだろう。 ベーコンの焼き加減は程よく、目玉焼きも部分もよくできていた。下手をすれば自分よりも上手なのかもしれないという微かな不安を抱きながらも、藍璃と聖司は朝食を終えた。 「片付けは私がやるからね」 聖司に言い、藍璃は空になった皿を持ってキッチンに立った。 食器を洗いながら、聖司といられる残りの時間がどれくらいなのか考えている。二週間の予定のうち、もう六日目だ。委員会という組織に戻るという日程を考えれば、残りは丁度一週間という事になる。 その間、アルバイトも休むわけにもいかない。いや、休む事は不可能ではないが、その分だけ給料は減るのを覚悟しなければならない。時給で給料を貰っているため、休むという事は給料の減少に直結する。 「ねぇ、今日バイトあるんだけど……」 ――休めないのか? 「そういうわけじゃないけど、時給だからさ」 聖司の返答に、藍璃は苦笑する。 いくら余裕があるとはいえ、働ける時は働いておいた方がいい。いざという時に生活資金がないのは困る。 ――それに見合う分、口座に振り込んでやるよ。 「――え?」 突拍子もない聖司の言葉に、藍璃は一瞬固まった。 ――言っただろ、使う時がないんだ。生活に困ってるんなら、俺の代わりに使ってくれ。 藍璃の反応に苦笑し、聖司が文字で告げる。 金を使う事にあまり興味を持たず、それをする必要性も低い環境に住んでいるからだと説明する聖司に、藍璃は申し出を受け入れる事にした。拒否したいと思う部分もあったが、それをすれば聖司と過ごせる時間が減ってしまう事になる。 アルバイトをこれから数日休むという旨を電話で告げ、藍璃は部屋の中で聖司と向き合うように座っていた。 「――どうしようか、これから」 藍璃の言葉に、聖司は少し考えてメモ帳にペンを走らせる。 こう見ていると、喋らない分、聖司の感情が態度に表れているように感じた。無論、藍璃といる状況だからだろうが、久しぶりに見る聖司の表情の変化などを藍璃は少し楽しく思えた。 髪が長く、成長したためか多少だが変化した顔立ちの中で変わる表情にも、かつての聖司と同じものがあるのを、藍璃は確かに感じていた。 ――藍璃に付き合うよ。俺は特にしたい事もないしね。 表情と、これまでの様子から予測したのと同じ内容の文字が書かれているのを見て、藍璃は小さく微笑んだ。 「……じゃあ、とりあえず外に出ましょうか」 とはいえ、藍璃自身も、特にやりたいと思う事はなかった。 藍璃も聖司と同じように今まで生活に楽しみを見い出せなかったのだ。惰性、とまではいかないが、ただ毎日を生きてきたようなものである。そのため、藍璃の借りているアパートの中にも、ゲームといったようなものは少ない。 だが、部屋の中で二人きりで過ごす、というのもどうかと思っていた。勿論、それが悪いわけではないが、部屋にこもってただ会話をしていても、話す内容はそのうちに尽きてしまう。外出する以外には何も思いつかなかった。 眠る時に脱いであった上着を羽織り、聖司が先にアパートを出る。その後で藍璃もアパートを出て、ドアに鍵をかけた。 * 藍璃と共に街を歩く。今までのように、周囲に警戒など払わずに。 必要以上に周囲に注意を向けていたのは自覚している。何故、あれほどまでに警戒していたのかは、聖司自身にもよく分からなかった。ただ、なんとなく理解できるのは、死にたくはなかった、という事だろう。 漠然と、生きる目的を見失っていた聖司は、心のどこかで死んでしまいたかったのかもしれない。しかし、それを否定するために戦闘の訓練を積み重ね、周囲に注意を払うという事で誤魔化していたのではないだろうか。 (本当は、望んでなかったって事なんだろうな……) 聖司は思う。 委員会の特殊対処員になるのではなく、本当は今まで通りに過ごしたかったのだろう。それができない状況に置かれた時に、何を頼りに生きていくのかを見失ったという事なのだ。 夕食を食べたレストランから出れば、外は既に日が落ちていた。午後の七時を回ったところだろう。 聖司達はゆっくりと、アパートへ向けて歩き出した。途中にある公園に入り、そのベンチから夜空を見上げる。落ち着いた時間 「――っ!」 突然、身体の奥で重い衝撃のようなものを感じた。 実際に衝撃を感じたわけではない。身体の奥にある何かが、身体全体に何かを訴えるかのような感覚だった。 (――エニグマか……!) まさかと思うが、それ以外には考えられない。 身体自体には何の問題もないのだ。何か影響を及ぼす事があると考えられるのはエニグマしかないのである。 「……どうしたの?」 聖司の様子の変化に気付いたらしい藍璃が問う。 ――俺にも分からない。 ただそれだけを文字で伝え、聖司は周囲を見回した。 何の理由もなくエニグマが反応するというのは有り得ない。今まで、エニグマが聖司に何らかの反応を起こした事はなかったのだ。それが今、生じたという事は聖司を取り巻く状況に何らかの問題があるに違いない。 「――な……何、あれ……!」 藍璃の呟きに、聖司はその方向へ視線を向ける。 「――!」 それは、街の上空に存在していた。 街で最も高いであろうビルの頂点と同じ程度の高さに複雑な紋様が刻み込まれた球体が現れていた。その球体は周囲に電撃のようなエネルギーを放出しており、そのエネルギーを封じ込めておくかのように透明な防壁で球体は覆われている。黒だと判断できるのに、周囲を仄かに明るく照らすという、球体は不気味な発光をしていた。 そして、それを目にした瞬間、聖司は身体の奥に衝撃を感じた。 (……あれに、反応してる……?) その推測は間違いないだろう。 他に理由は考えられなかった。しかし、あの球体は何なのだろうか。 (――そうだ、麻衣…!) あの球体が存在している付近には当初、聖司と麻衣が寝る場所として確保したホテルがあった。恐らく、麻衣もこの状況に気付いているはずだ。 だとすれば、麻衣と合流すればこの異常事態について何か解るかもしれない。 現時点で解っているのは、この状況が異空間に関連しているであろうという事だ。そうなれば、対処しなければならないのは委員会であり、聖司達である。 ――何が起きるか分からない、あれに近付こうとはするな。 藍璃に文字を見せる。 「聖司、もしかして……」 文字を見た藍璃の言葉に、聖司は頷いた。 ――恐らく、俺の仕事だ。 そう文字で伝えた上で、メモ帳やペン、貴重品などを藍璃に預けて、聖司は球体を真正面に据えて歩き出す。 厭な胸騒ぎがする。あの球体は恐らくこの空間には存在しない物質で出来ているはずだ。そうでなければ、あれだけの大きさで空中に静止している事はできないだろう。つまり、あの物質は異空間から持ち込まれたものか、異空間の技術が絡んだものという事になるのだ。 となれば、あれが可能なのは、空間関連統括委員会か、もしくは空間統一計画局のどちらかである。だが、委員会は異空間の存在を保護するための組織だ。見るからに、あの球体の存在は委員会の意思に反するものだ。そうなれば、必然的に局が用意したものという結論になる。 空間統一計画局があの球体を出現させた元凶なのだとすれば、麻衣の言っていた『準備』が済んだという事になるのだ。 (だとすれば……!) やはり、麻衣と合流するのが先決だろう。 麻衣は喋る事のできない聖司の代わりに情報の受け取りなどもしているのだ。麻衣から状況を聞く必要がある。 単純にあの球体を破壊すればいいのか、別の方法で抑え込まなければならないのか、聖司には分からない。もっとも、聖司にも麻衣のいる場所は分からないのだ。喋る事ができない聖司は、携帯電話を持っていない。麻衣と連絡を取るのに電話という手段は使えないのである。 公園を出た聖司は街の中央へ向かって駆け出していた。 |
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