第六章 「それが局の目的よ」


 状況に気付き始めたのか、人々が街の中央から外側へと逃げ出し始めていた。その流れに逆らいながら進むのは容易な事ではなく、聖司は一度建物の陰へと逃れた。
 局が目的を成就させてしまえば、逃げたところで意味はない。しかし、もし局の構成員と戦闘になるようであれば、周囲に人がいないという状況は戦い易いと言える。
 裏路地を進み、誰もいない場所に入り込んだ聖司は、自らを挟む前後の建物の距離を確認すると、その壁を蹴った。
 エニグマの力を一部だけ使用し、目の前と背後の壁を交互に蹴って建物の間を上へ上へと昇って行く。建物の屋上に出たところで、周囲を確認する。エニグマに空間の性質、この空間では物理法則そのものに抗う力があるからこそできる芸当だ。
 空中に静止したままの球体には特に変化はない。だが、いつあの物体が周囲に影響を及ぼすかは分からないのだ。
(何なんだ、あれは……?)
 建物の上を移動し、地上を見下ろす。
 人はかなり少なくなっているが、それは空中に出現した物質の近くだからだろう。危険のありそうなものから離れようとする、人間の本能が、遠くへを追いやっているのだ。
(……戦闘しても、大丈夫そうだな)
 その周囲の様子を見て、思う。
 アフェクト・クリスタルを用いず、空間をずらさずに戦闘を行った場合、勿論周囲には戦闘の影響が出てしまう。そうなれば、まだ人が残っていた時に巻き込んでしまうのだ。それに、エニグマを存分に使用しても、人目に触れられずに済む。
 建物から建物へと飛び移り、聖司は球体へと向かった。恐らく、麻衣もそこへ向かっているはずだ。
「……」
 前方に見えた人影に、聖司の足が止まる。
 短髪の女性が立っている。麻衣ではない、彼女とは異質な雰囲気を持った女性が、聖司の存在に気付き、視線を向けて来た。その表情には、どこか達観したような静けさがある。
「――あれが何か、知らないようね」
 女性の言葉に、聖司は身構えた。
 味方と呼べる雰囲気ではない事には、直ぐに気付いた。そして、この人物には面識がある事も、思い出した。
「……あなたは、どうするつもり?」
 玄武。委員会の中でそう呼ばれている女性だ。
 聖司と同じく、本名とは違うだろうが、エニグマを移植された特殊対処員の一人。聖司とは委員会の施設内で顔を合わせた程度の面識しかない。
「私は、局につく。あのデバイスは、全ての空間を一つに統合させる」
 玄武が告げる。その表情に変換はなく、感情を感じさせないながらも、はっきりとした意志だけは瞳に宿していた。
 特殊対処員が委員会を見限り、局についた。その事実に、聖司は何故か動揺しなかった。ただ、その思惟が理解できない。
 何故、空間を統一させようというのか。それをする事によって得られるものがあるのか。失うものの方が遥かに多いはずなのに。
「……そう、あなたは委員会につくのね?」
 構えを解かない聖司に、玄武はゆっくりと向き直った。
 エニグマを持つ人間と戦った経験は聖司にはない。玄武がどの程度、エニグマを扱えるかは判らないが、今までに相手をしてきた者とは雰囲気が違う。そう簡単にはいかないだろう。実際に手合わせをした事はないため、もしかすると聖司よりも戦闘能力に秀でている可能性もあった。
 玄武の身体に黒い筋が浮かび上がり、その筋に、脈打つかのように翠色の光が流れ始める。エニグマが発動したのを確認した瞬間には、聖司もエニグマを発動させていた。
 エニグマが全身に浮き上がり、脈打つように赤い光を黒い筋へと流して行く。知覚が拡大され、全身の身体能力が向上する。自身の時間間隔を意識的に変化させ、知覚速度を引き上げた。
 瞬間、玄武が動く。
 踏み込んだ足が建物の屋上の床を蹴飛ばし、その身体が低く跳躍する。顔面を狙っているのであろう、空中からの回し蹴りを、聖司は寸前で屈んでかわした。
「私は、あなたを倒さなければならない」
 屈んだ体勢から、聖司は玄武を見上げた。
 視線がぶつかり合う。見下ろされた視線と、見上げた視線は、互いが明確な敵である事を認識していた。
 聖司の脇に立つように着地した玄武が、そのまま床の上で足を滑らせて体勢を低くし、足払いに転じる。それを飛び越えるように小さく跳んでかわし、着地と同時に振り返る。
 玄武の膝蹴りを、身体をずらしてかわし、左拳を反撃として突き出した。身体を逸らすようにして、蹴りの速度に身を任せた玄武が聖司の反撃をかわす。
「……予想以上、いえ、当然かしら」
 玄武が呟く。身体の正面を声の方へ向けた時、そこに玄武の姿はなかった。
 瞬間的に知覚を解き放ち、玄武の位置を察知すると同時にその動きから攻撃を予測、回避行動を取る。
(――!)
 玄武の手には棒が握られていた。
 エニグマから放出させたエネルギーで形成した、それ自体が凄まじいエネルギーを持つ、長い棒。それを玄武は突き出してきていた。後方へ飛び退いてかわした聖司を、玄武が見据える。そこには、勝利への確信も、敗北の感情も存在しない。
「仮にも、エニグマを持つ者だもの。あれぐらいはできて当然」
 一度目を閉じた玄武が、目を開くと同時に動いた。
 両手に意識を向け、エネルギーで武器を形成させる。作り出した双剣で棒の突きを捌き、反撃に転じた。
 右手の剣を横合いから叩き付け、棒で防がれた瞬間には、左手の剣を下方から切り上げる。その際に引き戻した右手の剣を、先程の攻撃をかわした玄武へと突き出す。
 棒術による防御は間に合わない。
 だが、その刃が玄武に到達する直前、玄武は小さく笑みを浮かべた。
「――!」
 瞬間、玄武の身体から凄まじいまでのエネルギーが噴き出す。
 その圧力に吹き飛ばされるように、聖司は後退した。
「……本気で行きましょう」
 翠色のエネルギーに包まれ、玄武が呟いた。
 全身のエニグマが放出したエネルギーが、身体の上、服の上で『物質化』し、どの空間にも存在しない純粋な結晶で構成された鎧へと変化する。
(……本気、か……)
 全力とは違うのだろう、そう思った。聖司は常に全力で戦っていたが、そこには明確な聖司自身の意志のようなものはなかった。ただ、任務で戦い、持てる力の全てをもって任務を遂行していたに過ぎない。
 本気、というのとは違う。
 玄武が踏み込み、聖司との距離を詰める。重厚感のある見た目に反して、玄武の踏み込みは素早い。物質化した棒の一撃を寸前でかわし、聖司は更に後方へと逃れた。
(……)
 小さく舌打ちする。
 建物の屋上の端まで来ていた。
「――お前、本当に『神薙』なのか……?」
 一瞬の間に背後に気配が現れる。反射的に横へと身を投げ出し、背後から手刀をかわす。転がるようにして受身を取り、片膝をついたような体勢で動きを止めた。
 見やれば、そこには腰まで届くほどの長髪の女性が立っていた。切れ長の相貌を持ち、背が高い、女性。
「……避けられるなら、そうなんだろうよ」
 上空から青年が落下して来て、着地する。
(――青龍に、白虎……)
 方膝をついた状態のまま、現れた二人が誰であるかを思い出す。
 長髪の女性は青龍。委員会に特殊対処員として所属していた人物だ。こちらも聖司とは特に面識があるわけではなく、玄武と同様に施設内で顔を合わせた程度だ。
 青年は白虎。青龍や玄武、聖司と同じようにエニグマを移植された特殊対処員の一人である。
「まさか、お前一人で私達に勝てると思っているのか?」
 青龍が問う。
 その言葉に、新たに現れた二人が聖司にとって敵となっている事を悟った。
「同じ『神薙』なんだがなぁ……」
 白虎が頭を掻く。
 できれば仲間に引き入れたいが、拒むならば排除する、そう言っているのだと態度で判った。軽い態度を取っているように見えるが、そこには隙がない。
(……こいつら……)
 厭な予感が脳裏を過ぎった。
 麻衣が、あの三人の手によって排除されてしまったのではないか。有り得ない事ではないと思いつつも、何かがひっかかる。
「まぁ、まだあれが発動するまでには時間があるしな。説得できない事もないだろ」
 白虎が言い、視線を聖司に向けた。
 見返した聖司の視線を、白虎は真っ直ぐに受け止めた。そこには明確な意思だけが見える。他の感情を封じているかのように、目だけは態度の軽さが感じられない。
「私達が局についたのが不思議だと思うか?」
 青龍が言う。
「私達はそれぞれに局につき、戦う理由がある」
「空間を一つにする。よくよく考えりゃあ悪い話じゃねぇんだぜ、推論上、だがな」
 青龍に続き、白虎が言った。
 空間を一つに統合する、という事で起こりうるのは、全ての空間の性質が交じり合う、という事態だ。無論、反発しあって全ての空間が消滅してしまう可能性も否定できないが、空間の性質が反発せずに交じり合えば、それは一つの新たな空間を生み出す事になる。統一前の全異空間に住む生物が全て死滅するのか、全てが存在できる空間になるのかは分からない。どちらの推論も存在しているのだ。
「あなたには、現状を維持させたいだけの理由がある? 委員会について、戦う理由がある?」
 玄武が問う。
 理由のない者が干渉するなと、玄武はそう言っている。聖司に明確な理由などなかった。ただ、惰性とも言える意識だけで戦ってきたとも言えるのだから。
「理由がないのなら、局にもつけるはずだろう?」
 白虎が言った。
「私達は、理論上、空間を統一しようがしまいが、消滅はしない」
 青龍が言う。
「エニグマを持っているから」
 玄武が続いた。
 三人の視線が聖司に向かう。聖司はゆっくりと立ち上がり、背後の、建物の下方を一度確認した。その上で三人へ順に視線を向けると、聖司は目を鋭く細める。
(……この場は退いた方がいいか)
 決断、その直後には既に聖司の身体は背後へと飛び退いていた。小さく後方へと跳躍し、建物から飛び降りる。
 寸前に見えた三人の特殊対処員の表情には微かな驚きが含まれていた。恐らく、戦う事を選んだ場合の聖司はそのまま戦闘を挑むと思っていたのだろう。
 だが、聖司はあの三人と真正面からぶつかったところで勝ち目がないと考えていた。恐らく、三人共が聖司と同じか、それ以上の戦闘能力を有している。単純計算で三倍になる戦力を相手にするのは無謀過ぎる。
 聖司は今までも生き残るために戦って来たのだ。不利な状況を覆せた事もあったが、それは相手がエニグマを持たず、聖司がエニグマを使っていたからでもある。その、エニグマを持つ者を三人同時に相手にするというのは、戦力差が圧倒的過ぎた。ここは麻衣を探し、協力する以外に手はない。
 上空へと視線を向けるが、追ってくる様子はない。つまりは、あの球体を守るのを優先する、という事なのだろう。聖司が攻撃を仕掛けた場合には排除する、という事か。それとも、聖司が考え直すのを待つ、という事なのだろうか。
 脚部に意識を集中させる。足の周囲にエニグマのエネルギーを放出し、そのエネルギーを足元で炸裂させ、着地の衝撃を打ち消すと同時に、身体全体で衝撃を軽減させた。足の下のコンクリートがエニグマのエネルギーによって抉れ、聖司の身体が少しだけ浮く。足元にエネルギーを炸裂させる瞬間に後方へ飛び退き、抉れた場所から通常のコンクリートの上に着地する。そうしなければ、抉れた場所の中に落下してしまう事になるからだ。
(……あいつらだけ、というわけでもないだろうな)
 周囲の気配を探りながら、聖司は思う。
 恐らく、あの三人は局の主力となっているに違いない。しかし、他の構成員が近くにいなかった事が気になる。エニグマを持つ者同士の戦いが危険だろうから、というのではなく、現時点ではあの球体の周囲にすら他の生命体の存在が見当たらないのだ。
(あいつらだけでも十分、という事か……?)
 エニグマを持つ者は空間統一の影響はないと言っていたが、だとすればエニグマを持たないであろう生命体達が局に加担する理由がなくなってしまうのではないだろうか。それとも、あの三人が局の実体、という事なのだろうか。
 周囲に人の気配はない。目の前にある、白虎達がいたはずの建物の上方からの気配も消えている。持ち場があるとすれば、そこに戻った、という事だろうか。
(ここはホテルに行ってみるか)
 聖司と麻衣がとったホテルに戻れば、麻衣がおらずとも何らかの手がかりがあるかもしれない。
 着いたホテルの中には人の気配が全くなかった。一般人は予測していたが、麻衣の気配もないとなると、二人がとった部屋の中に何か手がかりがある事を祈るしかない。
 部屋に入り、荷物を確認する。聖司の持ち物は少ないため、自分の荷物の調査は直ぐに終わった。問題は麻衣の荷物の方だろう。もっとも、麻衣自身も荷物の中に重要なものを置いていくとは考え難い。ナイトテーブルには昨日、聖司が書き残して行ったメモがそのまま置かれている。
(――!)
 気配を感じ、部屋の入り口を振り返った聖司の目に、麻衣が映った。
「……朱雀」
 麻衣に向き直り、聖司は次の言葉を待つ。
「白虎達には、会ったわね?」
 その言葉に小さく頷き、肯定する。
「あれは、ユニオン・デバイスと呼ばれているわ」
 空中に浮いている物体の事だろう、麻衣が説明し始めた。
「エニグマを用いた、最強の爆弾。あれが発動すれば、全ての空間を形成している枠が破壊されるわ。概念、とでも呼べばいいのかしらね?」
 空間にはそれぞれが、他の空間と独立した別の空間である事を確定させている枠のようなものがあるとされている。つまりは『その空間をその空間たらしめている性質』の事だ。それを麻衣は概念と表現した。
「その概念が破壊された時、全ての空間は一つに統一される。概念がなくなるわけだから、そこに存在するのはただ一つの空間になるはずでしょ?」
 現在、異空間同士の狭間には何もない、虚無の領域が存在するとされている。それが全ての空間を交わらぬように並列させているものであり、概念の外に存在するものなのだ。
 概念が消え去れば、全ての空間は虚無の領域に溶け込む事になるだろう。そうなった時、全ての空間が消滅してしまうのか、交じり合った状態で存在する事になるのかは分からない。ただ一つ言える事は、局の構成員はどちらの状況であっても空間を統一した、と言えるであろう事だ。
 虚無の領域しか存在しなくなれば、虚無の領域が新たな一つの空間となる、という事だ。
「それが局の目的よ」
 麻衣が告げる。
「朱雀は、委員会につくのね?」
 麻衣の問いに頷く。瞬間、麻衣の表情が曇った。
「たった一人で、勝ち目はあるの?」
 その問いに、聖司は肯定も否定もしない。
 聖司が委員会の人間として戦うのであれば、可能か不可能かなどという事を考えるのは無駄な事だ。どのみち、やらなければならないのならば、可能か不可能かを判断して諦めるというのはただ無意味に命を捨てる事になる。
「……私は、朱雀に死んで欲しくないわよ」
 視線を逸らし、麻衣が呟いた。
「ねぇ、一緒に行きましょうよ――」
 麻衣の視線が聖司へと向けられる。
「――局に」
(――!)
 その言葉が紡がれた瞬間、聖司は自然と身構えていた。
 つまりは、麻衣も局の一員だったという事だ。何故、と問う事はできない。聖司は喋れないのだから、言葉で意志を伝える事はできないのだ。
 だが、だからこそか、聖司にはその人物の意志を感じる事ができる。麻衣には、委員会に戻る意志はないように感じられた。それよりも強く、局としての意志が存在している。
「……朱雀、私と戦うつもり?」
 麻衣が一歩踏み出した。それに聖司は一歩後退する。
(――いつからだ……?)
 これほどまでに明確な意志をそう簡単に隠しておけるとは思えなかった。だとすれば、麻衣が委員会に入った当初から局の一員だったという憶測も立つ。もし、そうであれば局のスパイとして潜り込んでいたという事か。
 だが、麻衣ほどの者であれば、委員会の一人として活動している途中に心変わりをしても、隠し通せるかもしれない。ほとんど聖司と組んでいた麻衣ならば、聖司の意志もある程度は判るようになっているのだから。だからだろう、麻衣もあまり聖司を説得しようとはしない。それが無駄だと、聖司の態度で判断しているのだ。
「私は朱雀の戦い方を知ってる。エニグマがあろうとなかろうと、動きは掴めるのよ」
 麻衣が踏み込んだ。
(……!)
 一般人としても異常な速度で踏み込んだ麻衣が右拳を突き出す。
 それを外側へ払うように左手を振るう。直後、その左手が麻衣の右手によって掴まれていた。そして、聖司の腕の力を利用して身体を浮かせると、跳び膝蹴りを繰り出す。
 左手でそれを受け止めた瞬間、麻衣はその反動と膝の伸縮を利用して聖司の頭上へと跳んだ。倒立するかのように、麻衣が聖司の真上に、上下逆さまに見下ろしている。
 それを見上げる聖司には、確かに驚愕の表情があった。
 麻衣はそのまま聖司を飛び越えると、身体を捻り、そのまま聖司の背中へと遠心力で加速させた踵を突き刺した。
「――!」
 その衝撃に弾き飛ばされた聖司はドアのある方へと転がる。
(……油断していた)
 委員会の特殊な訓練も積んでいるだけあって、麻衣の戦闘能力は普段の聖司にも劣らない。
 心のどこかでこの事態を予測しつつも、それを否定していた。だから、事実に直面した時に対応が遅れたのだ。エニグマを発動させるチャンスはあったのに、それを逃した。
 そして、聖司は麻衣が戦う姿をほとんど見た事がない。麻衣と共に行動する時、ほとんどの場合、聖司が戦っている。麻衣は後方からの援護を行うくらいで、前線に出るのは聖司なのだ。だが、そのために麻衣は聖司の戦い方を四年間見てきている。
(――!)
 背後、部屋の外に気配を感じて、聖司は咄嗟に部屋の端へと飛び退いた。
 その直後、部屋の壁やドアを破壊して、白虎、玄武、青龍の三人が突入してきた。建物の破片が飛び散り、聖司は腕で顔を庇う。
「麻衣でも無理だったか、説得は」
「ええ……」
 白虎の言葉に、麻衣は溜め息をついた。
「……『神薙』、四人揃えたかったんだけどね…」
 麻衣が肩を竦める。
 神薙、それは聖司達に移植されたエニグマの分類だ。分類、と表して適切かは分からないが、白虎、玄武、青龍、朱雀の四つのエニグマは同時期に採取されたエニグマであり、エニグマの物質純度が全く同じレベルであった事から付けられたコードネームは同じ神薙である。
 部屋の状況を確認する。
 玄武がドアの付近で留まり、そちらへの脱出路を塞いでいた。白虎と青龍が聖司の前方に立ち、そこから少し離れた窓際には麻衣が立っている。
(くそっ……!)
 聖司は内心で毒づいた。
 この状況では聖司に勝ち目はないだろう。あるかもしれないが、可能性としては極めて低いものだ。
 可能であろうと不可能であろうと、戦うつもりではいる。しかし、あからさまに可能性の低い状況で戦うよりは、他に手段が残っているならばそちらを選ぶ方が良い。
 一瞬、玄武へと殺気を放ち、そちらへと身構える。
 その直後には玄武だけではなく、白虎も青龍も反応していた。玄武へではなく、聖司を取り囲むように展開する白虎と青龍の間へと滑り込み、位置を転換する。そうして、麻衣へと殺気をぶつけると同時に、駆け出した。
「私が一番倒しやすいとでも思った?」
 麻衣の呟きに、聖司は口元に笑みを浮かべる。それに麻衣の表情が固まった。
 全身のエニグマを発動し、身体を加速させ、身構えた麻衣の横を駆け抜ける。両腕を交差させて身体の前面を防護し、窓ガラスを突き破って夜空へと聖司は飛び出した。
 身体を空中で捻り、飛び出した、頭を下へ向けた姿勢から、足を下方へ、頭部を上方へと移動させる。掌にエニグマのエネルギーを集約させ、四人が残っている部屋へ目掛けて放った。無論、それで倒せるとは思っていない。この状態で追ってこられぬよう、牽制のためだ。
 連続して数発のエネルギー弾を放ったところで、下方へと視線を向ける。
 身体に埋め込まれたエニグマがこの空間の物理法則を聖司のみに限って改竄し、空中での体重移動を可能していた。
 迫ってくる地面に、先程のように足元にエネルギーを生じさせて放出させて落下の位置エネルギーを打ち消していく。着地の瞬間にはエネルギーを炸裂させて衝撃を吸収させ、聖司は地面に降り立った。
 数秒もそこに留まる事はせず、一度ホテルを見上げた後に聖司は駆け出した。その場に留まれば、麻衣達に追撃されるだろうからだ。今の状況で追撃されれば、勝ち目は薄い。その追撃をさせまいと、牽制もしたのだ。
 一度身を隠し、落ち着いて対策を練る必要があった。
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