第七章 「……せめて、無事でいて」


 高層ビルの屋上で何かが光った気がした。
 それがエニグマというものが持つ力を行使した事を意味するのかは、藍璃には判らない。ただ、そこに聖司がいるのだという事は判った。今の状況で街の中央付近にいるのは聖司と、その敵達だけだろうから。
 一応の避難所でもある公園は人が大勢いた。藍璃は最初からそこにいたが、聖司が街の中央部へと駆け出した後、直ぐに人が逃げ込んで来た。
(……聖司……)
 大丈夫だろうか。
 恐らく、藍璃が考えているよりも事態は深刻なのだろう。今まで、異空間との関わりが表沙汰になった事はなかったのだから、それを示唆するようなものが現れるというのはそう単純な事態ではない。
 そして、そんな状況では藍璃には何もする事はできない。だが、聖司はそれに対処するための訓練を受け、知識も意志も持っている。
 聖司に任せるしかない。
「――おい、何か爆発したぞ!」
 不意に、公園に逃げ込んだ人々の中から声が上がった。
 その方角を見やれば、街の中のホテルの最上階付近で爆発のようなものが起きている。その爆発は連続して数回起こったが、藍璃はその爆発と爆発の間に赤い光を見た気がした。
「……」
 聖司に手渡された荷物を胸元で握り締める。
 何が起きているのだろうか。異空間と関わりがあり、組織的なものだとすれば、複数の敵と同時に戦わなければならないのかもしれない。空中に浮かぶ球体を作り出すのは、とても個人の力でできるようなものとは思えなかった。
 まだ、藍璃のいる場所から他の空間に住む生命体の存在は見えない。だが、聖司の傍にはもう既に存在しているかもしれないのだ。
「……聖司」
 不安感が拭えない。
 聖司の所属する組織からの援軍は来ているのだろうか。まだだとすれば、聖司一人で対応しなければならないのだろうか。敵は一体どれくらいいるのだろうか。
 藍璃自身の手に負えない質問を頭の中で繰り返す。そうしているうちに聖司がこの状況を何とかしてくれるのではないかと、無意識のうちに考えていた。
 もう、藍璃には時間が過ぎるのを待つしかなかった。
 人間相手の護身術など、全く歯が立たない世界に聖司は立っているのだ。所詮はただの人間に過ぎない藍璃には、聖司を追って行く事は許されない。
 ゆっくり、公園の出入り口まで歩く。
「……せめて、無事でいて」
 生きて帰ってきて欲しい。藍璃はただ、それだけを呟いた。
 ただ待つのも辛いから。

 *

 路地裏に入り込み、自分の気配を消して周囲を探る。どうやら、麻衣達は追ってきていないようだ。
 まだ聖司を仲間にできるかもしれないと考えているのか、それとも、いつでも聖司を排除できると考えているのか。恐らくは後者だろう。まともに考えてたった一人の聖司には勝ち目がない。
 麻衣達には、局の構成員としての仲間がまだ多数いるはずだ。それに加えて、委員会の応援がくるにはまだ時間がかかる。その応援を待とうにも、その間にユニオン・デバイスが稼動してしまう可能性は高い。
(……結局、俺が一人でやるしかないのか……)
 状況はかなり悪いと言えた。
 味方の情報は常に麻衣が握っている。そして、喋る事のできない聖司の方から委員会へ連絡を取る方法は現時点では存在しない。仮にあったとしても、すぐに、とはいかないだろう。
 更に、相手をしなければならないのはこの空間の委員会が保有する最強の戦力、特殊対処員が三人。まともに相手をしても、倒せて一人といったところだろう。
(……やるなら、一人ずつか……)
 何らかの方法で敵を散開させ、個別で撃破していくしかない。それも、仲間を呼ばれて敵が増える前に、仕留めていく必要があるのだ。
 気配を消したまま、ゆっくりと移動する。あまり素早く動くと、気配を消す事に集中できなくなってしまう。それに注意しながら、建物の陰から、ホテルの方へ視線をむけた。
 聖司のいる場所からは、部屋の窓が吹き飛んでいる事ぐらいしか分からない。ただ、その周辺に気配はないようだ。
(……どうする?)
 敵が散開しているのならば、再び集合する前に一人でも撃破しておきたい。もし、そうでなければ散開させるための手を考えなければならない。
 次に考えなければならないのは、一対一に持ち込んだ時の事だ。エニグマを持つ者は直ぐに移動できるために、仲間を呼ばれればそう時間をおかずに敵が増える事になる。それを防ぐ手も考えなければならない。
(……)
 周囲を警戒しつつ、聖司はもう一度ホテルの部屋へ戻った。
 ドアとその付近の壁は吹き飛び、部屋の中に散乱している。麻衣の荷物の入っているであろうバッグを探し出し、その中を探るが、聖司の予想通りアフェクト・クリスタルはなかった。
(麻衣に会ったらアウトか……)
 小さく舌打ちし、聖司は瓦礫の下から引っ張り出してきた自分の荷物を開く。瓦礫の下に埋もれていた事が幸いしたのだろう、その中にはアフェクト・クリスタルが残っていた。
 様々な状況を考慮し、聖司は一人でいる際にも異空間関連の事象に対応できるよう、アフェクト・クリスタルを持たされていた。これは、通常二人で組んで行動する対処員には不要な措置だが、喋る事のできない聖司には、いざという時に麻衣を呼び出す事ができないためだ。麻衣がおらずとも対処できるよう、聖司はアフェクト・クリスタルを持たねばならなかったのだ。
 この状況下では、聖司がアフェクト・クリスタルを持つ事で多少なりとも状況を打開する可能性が開ける。しかし、アフェクト・クリスタルの効果は、同じアフェクト・クリスタルで干渉・解除する事が可能だ。
 敵と接触した際、麻衣が現れたら厄介になる。それまでに対処していかなければならない。
 他にエニグマを持つ敵がいる時に麻衣を狙うのは分が悪い。先に特殊対処員三人を撃破した後に麻衣に対応するのが理想的だろう。麻衣が不確定要素となってしまっているが、状況を考えれば後回しにせざるをえない。
 アフェクト・クリスタルの効果を利用して麻衣との戦場を隔離しても、麻衣はそれを解除できるのだ。仲間を呼ばれた場合、隔離したままにできていなければ、敵が増える事になる。
(散っていればいいが……)
 気配を消したまま、聖司は割れた窓から周囲を確認する。
 ユニオン・デバイスに変化はない。まだ時間がある、という事なのだろうと判断し、聖司は再度周囲の気配を探った。
 付近に敵がいない事を確認すると、聖司は窓から飛び降りた。近い位置にある建物の屋上に着地し、自分の気配にも注意を払いながらユニオン・デバイスへ近付いて行く。
 恐らく、麻衣達は目的を達成するためにユニオン・デバイスを護衛しなければならないはずだ。あまりユニオン・デバイスから離れられない、と考えていいだろう。離れたとしても、全員が離れるというわけにはいかないはずだ。
 麻衣達に聖司の居場所や行動は今のところ気付かれてはいない。ならば、警戒して散っているとしてもおかしくはない。
(……ただ、問題が残っているとすれば……)
 ユニオン・デバイスの処理である。どう扱っていいのか、聖司には分からない。下手に扱って発動させてしまうのもまずい。
 他の、敵については、あとは敵の対応を見て行うしかないのだから、これ以上考えていても仕方がないだろう。
(――!)
 気配を探知し、聖司はその方角へと慎重に進んだ。麻衣のものではないと判断できたため、アフェクト・クリスタルを握り締め、その気配の元へと接近する。
(異層結界!)
 念じると共にアフェクト・クリスタルを作用させ、周囲の空間をずらす。そうする事で外部からの干渉を遮断する。
 エニグマを発動させ、その気配の元、玄武へと光弾を放った。
「――!」
 空間のずれを感知してか、玄武がエニグマを発動させ、その場から飛び退く。
 空中で身を捻り、振り返ると同時に着地した玄武が聖司に鋭い視線を向けた。その瞬間には既に、玄武の身体はエニグマのエネルギーを物質化させたものによる鎧に包まれている。
「……もしかして、それが限界なのかしら?」
 聖司を見て、玄武が問う。
 それに答えもせず、聖司は踏み込んだ。話をしている暇などない。一部の空間が一時的にずらされたという事は、アフェクト・クリスタルを持つ麻衣にはそう時間をかけずに感知されてしまうだろう。そうなるまえに玄武を仕留めなければならなかった。それに、普通の『ずれ』では、薄っすらとではあるが外部から隔離空間の内部を見る事ができる。
 掌に赤い閃光を纏わせ、突き出す。それを回避し、玄武は作り出したロッドを聖司へと振り下ろした。後方に飛び退いてかわし、掌から光弾を連射する。
「――盾っ!」
 玄武が叫んだ瞬間、その背後から噴き出したエニグマのエネルギーが玄武の目の前で物質化し、盾を形成した。丸みを帯びた盾を二つ生成し、それを肩の左右に浮かせている。
 聖司が放った光弾はその盾によって防がれた。持ち主である玄武の意思に従って位置を変えるのだろう、左右の手が空いたままになるために、ロッドのような武器を持っていても防御に支障はないのだ。
「……あなたにはまだ、力を使いこなせていないのかしら?」
 玄武が踏み込む。
 突き出されたロッドをかわし、反撃として回し蹴りを行う。盾に防がれ、弾かれたところへロッドが振るわれた。寸前で腕をロッドの前に回し、接触の瞬間に上方へと弾き、動きのベクトルを変える事で凌ぐ。直後の玄武のローキックを飛び退いて避け、着地と同時に聖司が踏み込んだ。
 横にロッドが薙がれるが、屈んで避けると同時に足払いを仕掛ける。小さく跳んでかわした玄武が盾を飛ばしてきた。それを横に転がるようにして逃れ、牽制のために閃光を放つ。
 二つの盾でその攻撃を防ぎながら、玄武が突撃してくる。横へ、玄武の背後へ回り込むようにして突撃をかわし、聖司は赤い閃光を玄武の背中へと叩き付けた。
「!」
 瞬間、背後へと回された盾が閃光を弾く。玄武が振り向きざまに振るったロッドを屈んでかわし、下段から掌底を繰り出した。盾が入るほどの隙間はなく、ロッドも振り抜かれている。玄武の両足は踏み込んだ状態で、まだ体重移動を完了していないために、動けない。
「――ぐっ!」
 鎧のない、腹部へと掌底が突き込まれ、玄武が吹き飛ぶ。
 隔離された空間の壁に激突し、玄武が倒れる。そこへ光弾を放ち、更に飛び掛った。
「まだっ!」
 横に転がるようにして聖司の攻撃を避け、そのまま両手で身体を弾くようにして玄武が起き上がる。
(――!)
 刹那、聖司のエニグマが一瞬だが何かに反応した。まるで脈打ったような感覚に、聖司はその元凶が玄武だと気付いた。
 玄武の身体が変化している。全身、間接までもが鎧に覆われ、更に身体を二まわりほど大きくするかのような厚さにまでなっていた。無論、それに合わせて盾やロッドの大きさも変化している。
「……いい加減、全力できたらどうなの?」
 エニグマの鎧に覆われ、表情の見えない玄武が問う。
「そうでもしないと、まともに戦えないはずよ?」
 言い、玄武が聖司へと一歩踏み込んだ。
 光弾を放つが、盾を使うまでもないとでも言うかのように、玄武は防御せず、その鎧で打ち消して見せた。更に接近した玄武へと放った回し蹴りも、鎧で受け止められてしまい、効果はない。
(……)
 確かに聖司にも力はある。
 しかし、聖司が麻衣の目の前でその力を使った事はない。力が強大過ぎるが故に、周囲にも被害を出し兼ねないからだった。だが、玄武はそれを簡単に使いこなせている。
 麻衣と出会う前、一度その力を使った聖司は、仲間にも少なからず被害を出した。その頃はまだエニグマの扱いに慣れていなかったが、今は違う。
 アフェクト・クリスタルのずれを大きくし、周囲の空間と完全に隔離する。そうする事で外部の状況も見えないが、外部からも見えなくなるはずだ。代償として、空間のずれが大きくなるために、アフェクト・クリスタルに検知され易くなってしまうが。
 外部から見えなくするのは、麻衣にその力を見られないためだ。仮に、麻衣が聖司の動きを全て予測し、対応する事ができるのであれば、麻衣に見られていないその力は切り札になる。
 玄武から離れ、意識を集中させる。自分自身の奥底へと向けて集中させた意識に呼応して、エニグマがその力を解放していく。
 聖司の背中、数センチの位置に朱色の光が生じ、そこから大きな翼が形成された。全身のエニグマの脈動が活性化し、身体の数箇所にプロテクターのようなものが形成される。腕を覆う装甲の、肘から手の方向へと朱色の刃が伸びた。肘から手の先までの長さの約二倍の長さのブレードが両手に形成される。
「……私のエニグマが反応した……面白いわね」
 聖司のエニグマの変化が起きたと同時、玄武の鎧に脈打つように翠の光が走った。
 直後、聖司が踏み込んだ。
 翼が角度を変え、その羽の部分から朱色の燐光を放った。全身にかかる重力が消失したかのように、加速がかかり、空気抵抗と呼べるものがエニグマの翼が生み出す燐光によって打ち消される。
 瞬間的に玄武の背後に回り込み、腕を袈裟懸けに振り下ろした。ブレードが朱色の残像を残し、玄武の鎧にめり込む。
「――!」
 玄武の驚愕を感じた。
 振り向くと同時に玄武が盾が叩き付けてくる。地に着けていた足を離し、跳躍してその攻撃をかわす。空中で身体の向きを玄武へと向けた。
 エニグマの翼が放つ燐光が聖司を空中で留まらせる。そして、その翼は、元から聖司が持っていたかのように自在に動いていた。
 向きを変え、両手のブレードを構えて玄武に突撃した。左右から交差させるように振るったブレードを、玄武は辛うじて盾で防いだ。ブレードと盾が激突した瞬間、凄まじいエネルギーが生じ、それが閃光となって周囲に発散される。
 突き出されるロッドを、今までよりも遅く知覚し、それが聖司との距離を半分以下にする前に玄武の背後へと回り込んでいる。その背には、途中まで食い込んだブレードによる切り傷がくっきりと残っていた。
 やはり、高レベルまで開放したエニグマにダメージを与えるには、攻撃する側もそれに応じたレベルまでエニグマを開放する必要があるという事だろう。持ち主の意思によって多少は左右するだろうが、基本的には同じだけの精神力がなければまともには戦えないという事だ。
 目の前にいる女性が持つ、『玄武』と名づけられたエニグマはどうやら防御能力に特化しているのだろう。持ち主の意思を受け取る事を考えれば、正確には、目の前の女性にも元々、高い防御力を引き出す力があったという事にもなるのであろうが。
 装甲が厚く、薄くとも防御能力が非常に高い。もっとも、エニグマが持つ防御力というのは、ほとんどの空間において共通して高い防御能力を持っている。ここで指すのは、対エニグマの防御力の事だ。聖司が解放させた『朱雀』の力でも、内部の女性本人に到達するまでの傷を負わせる事はできていない。
 エニグマ同士の戦闘では、戦場となる空間の法則はさほど問題ではない。どちらの力が勝っているか、だけが勝敗を分ける。力、と言っても、この場合は単なる攻撃能力ではない。玄武の防御力も、朱雀の速度も力のうちだからだ。
 玄武の背中へとブレードを突き出す。加速されたブレードが朱色の尾を引き、玄武の背中へと突き立てられる。
「そう簡単には――!」
 背中へと防御のための集中力を回したのだろう、刃が弾かれた。
 基本的に、防御のために生成された盾は最も防御能力が高いが、鎧がそれに劣っている訳でない。鎧の場合は意識を回している部分の防御能力が高くなっているのだ。盾と違い、面積もあり、攻撃も行わなければならないために、多少なりとも防御への意識を割かねばならないためでしかない。
 すぐさま後方へと飛び退き、玄武の反撃をやり過ごした時には既に懐に飛び込んでいる。
 鎧のない場所を的確に攻撃されたために、玄武は全身を鎧で覆った。だが、それは素早さに回すだけの意識が減る事を意味している。
 振るったブレードが弾かれる。その直後には、別の場所へともう片腕のブレードを叩き付けていた。僅かに玄武の反応が送れた分、刃が装甲に食い込む。そして、その部分の防御力が高まった時には、既に別の場所へともう一方のブレードを振るっていた。それと同時に、食い込ませていた装甲からブレードを引き抜き、反撃に備える。
 一方のブレードが弾かれればもう一方を振るい、玄武に攻撃の暇を与えずに、聖司は攻撃を繰り出し続ける。防がれているとは言え、同じ純度のエニグマによる攻撃は、確かに玄武の鎧に傷を付けていた。
「くっ……!」
 玄武が呻く。
(――まだだ……もっと速く!)
 加速するブレードが朱色の尾を引き、玄武の鎧に突き立つ。
 エニグマ同士のぶつかり合いによって生じたエネルギーが周囲に閃光を撒き散らし、ブレードと鎧を引き剥がした。
「――っ!」
 鋭く息を吐くと同時に回し蹴りを放つ。
 首筋に命中した横合いからの蹴りに、玄武が弾き飛ばされた。ブレードばかりに気を取られていたために、蹴りへの防御反応が遅れたのだ。
 間をおかず、吹き飛ばされた玄武へと飛び掛かる。玄武が地面に倒れるよりも早く、聖司は玄武に接触した。頭部を右手で掴み、聖司の飛び掛かった際の速度で玄武を押し倒すように加速させる。
「――うぐぁっ!」
 後頭部から地面に激突した玄武がその衝撃に呻き声を漏らした。
 玄武の腹部を蹴飛ばすようにして、聖司は飛んだ。蹴飛ばす際に、衝撃だけを鎧の内部へと打ち抜く事は忘れない。その衝撃に、痙攣したかのように跳ねる玄武へと聖司は急降下する。
 朱色の燐光を放ち、ブレードが鎧の中央に突き立てられる。鎧の防御力とぶつかりあい、閃光を撒き散らすも、その圧力を押し退けてブレードは鎧を貫いた。
「が…っ…そんな……!」
 苦しげな呻き声を聞きながら、聖司はブレードを引き抜いた。
 息が上がっているのが判る。荒い呼吸を整えながら、聖司は玄武を見下ろした。
 その玄武の首筋にブレードを当てる。
 先程ようやく与えた傷は致命傷と言えるものだ。しかし、エニグマの力を使えば、まだ生き残れるであろう範囲だ。ここで、見逃したとして、後に敵になる可能性は否定できない。そして、白虎や青龍、麻衣達と戦っている時に、敵として再度現れたなら、聖司がここで玄武を倒す意味はないのだ。
(……悪いな)
 心の中で呟き、聖司は朱色のブレードを力の限り振り抜いた。
 鮮血がブレードの動きにつられて弧を描く。
 腕を払い、血を振り払うと、エニグマの力を抑え込んだ。いつも通りの姿に戻ると、アフェクト・クリスタルを用いてずれた空間を戻す。
 周囲には誰もいなかった。だが、麻衣達の気配が近付いている事は感知できる。聖司はその気配から逃げるようにその場を後にした。

 *

 空間のずれが生じたのに気付くのに遅れた。生じた時点では、感知可能な範囲ではなかったためだ。
 朱雀がユニオン・デバイスへ攻撃を仕掛けないかどうかを見張るために、その周囲を動いていたのがまずかった。
「あいつ、アフェクト・クリスタルなんか持ってたのか……?」
 途中で合流した白虎が問う。
 青龍もその後から合流してきた。
「私は知らなかったわよ」
 言い、麻衣は歯噛みした。
 朱雀がアフェクト・クリスタルを持っていたのは予想外だった。仮に、持っていたとしても、麻衣は直ぐに対処できると考えていた。
 だが、実際は違う。現に、麻衣は焦っていた。
 空間のずれが後少し、という所で、『ずれ』が消失するのが判った。そして、朱雀の気配だけが麻衣達よりも速く遠ざかって行く。残された気配が消失していくのを感じ取り、麻衣は奥歯を噛み締めた。
「玄武の防御力を貫けたって事か……」
 白虎が顔を顰める。
 そこにあったのは、胸を刃で貫かれ、首筋に深い切り傷をつけられて横たわる玄武の姿だった。戦闘に使用していたであろうエニグマの鎧は、玄武の身体の中に収められ、そこには生身の状態の玄武しかいない。
「同じ、『神薙』だという事だな……」
 青龍が呟く。
「こいつは、恐らく接近系の武装だな」
 白虎は玄武に歩み寄り、開いたままの目を閉ざした。
「俺と同等ぐらいの破壊力はあるって事か」
「……だろうな。でなければ、玄武の鎧は破れない」
 微かに眉を顰め、青龍が言う。
「もっとも、玄武も油断していたんだろうけどな」
 白虎は言い、溜め息をついた。
「で、どうする?」
「……固まって迎え撃った方がいいわね」
 その白虎の問いに、麻衣は答える。
 朱雀が凄まじいまでに訓練に打ち込んでいたのを、麻衣は見ている。まともにぶつかった時、その全力を出されたら一対一では厳しいだろう。現に、玄武は敗北した。そして、聖司は集まってきた麻衣達から逃げるように姿を消した。これは、個別に狙う方が効率が良いと考えたためだろう。
 アフェクト・クリスタルで空間を隔離したのは、麻衣達を呼ばせないために違いない。もっとも、麻衣ならばそう時間をかけずに空間のずれは修正できる。それに、空間のずれを感知したのも、それほど長時間の間があるとは思えない。
 朱雀は、かなりの短時間で玄武を葬ったという事だ。
(予想以上の戦闘能力ね……)
 恐らく、朱雀は素早さに秀でたタイプだろう。戦闘で攻撃を受けず、相手に回避をさせないというのは、その戦闘で優位に立つには重要な事だ。朱雀の素早さがどれほどのものかは実際に見てみないと分からないが、まだ勝算はある。
(……さて、朱雀はどうでるかしら?)
 口元に小さく歪んだ笑みを浮かべ、麻衣は白虎と青龍を引き連れてユニオン・デバイスの方角へと歩き出した。
 ユニオン・デバイスを発動させるには、まだ時間がある。
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