Ten 「たったひとつのすべて」


 ―――すべての使命を果たした僕達の前に現れたのは、すべての生命が戦うべき存在だった。

 異界の力は神々の計算を超えていた。生命の中で膨れ上がったマイナス思念は異界が活動を再開するのに十分な量をとっくに超えていたのだ。
 心を司る神ですら、異界復活の時期を読み違えていた。全ての人間の思念を読む事で悪意の蓄積を判断していた彼女らが最も驚く事となった。これは、人間以外の生物までは読んでいなかったためだ。本能的で自我が人間よりも不明瞭な動物達を無視していたのが原因なのである。
 もはや、異界の復活は確定している。それは空に広がった亀裂を見れば誰の目にも明らかだ。この青い空を砕き、異界がこの世界に侵攻を始めるのも時間の問題だろう。
 だが、もうひとつ確定している事がある。
 我々は戦わねばならないという事だ。

 懐かしい風景だ。首を横に振れば、僕の目に入ってくるのは故郷オーリジアの景色。
「…懐かし過ぎるぜ。」
 思わず口から出た懐かしいという言葉。言ってみてから妙かな、とも思った。
 離れていたのは一年半。長いと言えば長かったが、短いと言えば短くもある。そもそも、時間など問題ではないのだ。こういう場合は。
 首を正面で止めると、前にあるのは木製の扉。そう、我が家の扉だ。
「…ただいま。」
 扉を開いて中に入り、そう告げた。
 それと同時によく知っている匂いが鼻に流れ込んでくる。
(ああ、これだ。この匂いだよ。僕の家の匂いだ。ちっとも変わっちゃいないなあ。)
 だが、ギルトが匂いに陶酔する暇を与えず、帰宅報告を耳にした者がドタドタとやってきた。
「ギルトなのか…!もう帰ってこないかと思っていたぞ…!」
 祖父のグラナであった。頭髪のほとんどが白髪な事と顔のしわは相変わらずだが、前よりも少し痩せたように思えた。
「他の皆は?家族そろって話したい事があるんだ。明日にはまた出向かなきゃならない約束があるから、あんまりここにいる時間が無いんだ。」
「クレスは…こんな時でも自分に任された仕事を果たすと言って出て行った。夕方にならねば戻らんだろう。チェルシーはあの空を見て体調を崩してしまってな…。ノーマが奥の寝床で看病しとるよ…。とにかく上がれい。ここはお前の家だぞ。」
 問いに答えたグラナの目は光るものがあった。
 ギルトの胸にもこみ上げてくるものがあったが、今はまだそれを表に出す時ではない。ぐっ、と飲み込み家に上がった。そのまま、寝室に足を運ぶ。
 寝室では妹のチェルシーがベッドで首まで毛布をかけて眠っていた。頬を赤く染めてふうふうと荒い息遣いをしている。
 そのベッドに母ノーマはもたれかかるようにして眠りこけていた。背中まで伸びた長い髪の下にある顔には、ギルトに遺伝したと思われる下がり眉毛が見える。
「母さん。」
 そっと母の肩に手を触れる。
「…うん?」
 目をこすりながら母が身体を起こした。
「…ギルト!帰って来たのね…。良かった…。」
 突然の帰宅に大層驚いたようだが、すぐにほっとして胸をなでおろした。
「急にこの子が熱を出してね。寝かしつけていたら、いつの間にか寝ていたみたいね。」
「ちょっと見せて。」
 チェルシーの横に歩み出ると、スペルを開放した。
(前、チェルが怪我をした時は何も出来なかったけど…今は違う。)
 妹の病状をスペルで調べる。どうやら、単純に心身の疲れが溜まってこうなったようだ。体力回復のスペルを追加でかけてやると、まもなく落ち着いた。
「ギルト…。あの時の力、もう自分でキチンと扱えるようになったのね。」
 ノーマは以前とは違う視線でギルトを見つめていた。息子の中で何かが変化している事を悟ったらしい。
 あとは父だけだが、仕事中ならば無理につれて帰るわけにもいかない。他の都市への武器を供給する仕事をしているのだが、これはこれからこの世界に起こる事を考えると、些細な事だが無駄ではない。助かる人は確実に増えるハズである。なので、父の帰りを夕方まで待つ事にした。

 父が帰宅し、夕飯の食卓を家族全員で囲んだ時、ギルトは今までの全てを順を追って話した。そして、これから起こるであろう事も。
「そうか…。空の様子を見て何かあるとは思ったが、まさかそんな事になっていたとは…。」
 父クレスが呻くように呟いた。
「うん。だから、この空が割れるのは明日かもしれないし、一週間先になるかも知れない。でも、こうなった以上いずれ割れるのだけは間違いないらしいよ。神様がそう言ってたから。で、割れたら異界がこの世界を滅ぼしに来る。多分、今も僕の師匠が世界各地に仲間達を通じて呼びかけを続けているハズだよ。僕も行かなきゃいけないんだ。」
 久しぶりの家庭料理を胃袋に詰め込みながら話を続ける。
「お兄ちゃん…また行っちゃうの?」
 元気になったチェルはギルトの隣に座っている。水の入ったコップを両手で持ったまま、寂しそうに言った。
「…ああ。お兄ちゃんさ、今のこの世界では最強なんだ。相手が相手だからね。僕抜きで勝てる程、甘くないんだってさ。大丈夫。絶対戻ってくるつもりだからさ。」
 そう言って、妹の頬をなでてやる。
「…それに旅の期間はまだ半年ある。ようやく、何かつかみかけてきたんだ。ここで終わらせるには勿体ない。」
「ギルト…!そうか、そうだったな。まだ、期間は途中だったな。」
 続けて呟いた一言に父が大きく反応した。思えば、この旅に出なければ、今のこの瞬間は違っていただろう。何も知らずに異界に滅ぼされていたかも知れないのだ。
 ここでギルトは今までずっと疑問に思っていた事を口にしてみた。
「父さん、僕はこの旅で色々なものを見た。失ったものは大きかったけど、それに見合うだけ得たものはあったと思う。でもさ、父さんはどうして僕を旅に出そうなんて思ったの?それだけ、今でも気になるんだ。」
「それはな…決して長くはなかったが、私にも同じような事を考えた時期があったからだ。」
 手が止まり、えっ、と料理が運ばれ続けていた口から声が漏れた。
「単純に私の仕事を継げ、とお前に強制する事はしたくなかった。そうすればお前は楽だったかも知れん。だが、そうした場合、信念を持たないお前は小さな失敗ひとつで折れてしまうだろう。そうなれば社会的に使い物にはならん。私も気の小さい男だったからな、お前も間違いなくそうだろうと思ったし、そうだった。今は見違えたがな。」
 そうか、そういうわけだったのか。自身のこれまでを省みて、息子への対応を考えた末の答えだったのだ。そういう事なら間違いなく、ギルトは父のこの精神を受け継ぐ必要があると思った。それが正しい事だと自分の意志が示している。
「それにな、もうひとつ理由がある。ジジイが金になる仕事をしろとうるさかったのだよ。そっちの方がストレスでな。だから、納得させるためにあまり悩んではいられなかったのさ。」
 付け加えられた言葉に家族全員が祖父に視線を向けた。
「ワシ、そんな事言ったっけ?」
 とぼけて首をひねった祖父に皆が笑い出した。
「ぼけたんかー!!」
 ギルトも突っ込む。
 暗く沈みがちだった食卓は一気に明るく早変わりした。

 翌朝早くにギルトは家族に見送られて家を出た。
 クオンの要塞に戻り、仲間達と合流しなければならない。戦う手段はある。だが、時間がない。
 焦りは確かに心の奥底にあるが、昨夜の父の言葉はそれさえ抑えられる力があった。
 これが幸せなんだ。いつもは失ってから気付く。でも、今は幸福であると自覚出来ている。だから、今回だけは失ってからでは遅い。
「守るさ…。」
 口をついて出たのは、クオンの要塞へ向かう空の道。
 まだ、太陽が上がり始めたこの空に吹く風は、夜の間に冷えた風が大部分を占めている。ひんやりとした心地よい冷たさが活気にあふれた身体のほてりを鎮めてくれる。
 そして、その合間に輝く陽光の輝きが空に浮かぶ自身のシルエットを映し出す。そうだ。たとえ空はひび割れていても、太陽はジリジリと昇っている。あのように、必ず昇ろうとするものを押し留める事など出来はしないのだ。
 さあ、これから仲間達を途中で拾っていかねばならない。
 加速し、道を急ぐギルトの中には未だかつて無い闘志が生まれていた。

 最終決戦を控え、仲間達は一度思い思いの場所へ向かった。これは神の領域から戻った直後、空を見てクオンが提案した事だった。無論、死ぬつもりは無いが、死んでからでは二度と戻れないから。そして、英気を養うため。
 ギルトは家族のいるオリージアへ。ミクシーはマティアと面識のあった人間が多いクレナキュルスのギルドに。キザミとエアはヴォイドが待つメーウェンへ。
 各々が目的を果たし、再びクオンの要塞に集結した。そこには神々の姿もあった。
「そろいましたね。」
 クオンが全員の顔を見回した。
 ここは要塞内にある部屋のひとつ。彼女が部下のスペルドライバーとの会議の際に用いていた部屋らしい。部屋の中央に大きな円形の机があり、それに沿って等間隔で椅子が備え付けられている。そのいくつかにギルト達は座っているのだ。
「クオン、準備の方はどこまで進みましたか?」
 ギルトが正面に座しているクオンに問う。
「異界の存在を認識させる、という事に関しては全体の七割程度…でしょうかね。昨日から、私はウムラウドにいた部下達に各地に報告をしてもらっています。空が割れたのをほとんどの人が見ていましたから、意外と素直に信じてくれる人が多いみたいです。ただ…。」
 クオンが言葉を詰まらせた。
『…戦おうという意志を見せたのは全体の三割にも満たない。空が割れた事は危機を認識させると同時に、恐怖心まで植えつける事になった。我は各地に声を飛ばした。ミスティーもこの世界全体に少しずつ思念を飛ばして語りかけた。だが、応じる者が少なすぎる…!』
 途中からドラグナーが彼女の言葉を引き継いだ。彼は自分達の行動が思うように成果が挙げられなかった事に歯噛みしていた。
『…すみません。私がもっと細かく思念を読んでいれば…。』
「それは今言うべき事じゃないって。いくら神だって疲れるものは疲れるんだから。それは仕方ないって。三割近くいるって事に感謝すべきだよ、今は。」
 ミクシーが言葉を濁したミスティーを励ました。ちょっと感心、彼女も結構丸くなったみたいだ。
「問題は異界がどういう出方をするかだ。」
 キザミが真剣な表情で手を組んだ。
『…それなんだが、異界は本来この世界では存在出来ない。全ての可能性が肯定されるこの世界では、異界はゼロとして扱われる。つまり、存在しない存在になってしまうからなんだが…。』
 ドラグナーが解説を始めるとミクシーはすぐさま渋い顔をした。彼女はどれだけ経っても、この手の話を理解する頭は持てなさそうだ。
『ゆえに、マイナス思念の集まった力場が無ければ奴は行動すら取れんハズなのだ。丁度、変異奇獣のような…。』
『あ、俺心当たりがあるぞ。』
 ポゼスターがミクシーの身体を借りて言った。
『俺が異界に操られてお前らと戦う時、神の領域にあった奇獣生産プラントは全部吸収していた。だから、これから新しい変異奇獣も増える心配は無いんだが…。確か、昔にプラントを使って創った特別製の奇獣が残っていたハズだ。てゆーか、だとしたらヤバいぞ!』
『まさか、断罪の奇獣の事か!?あれは神の領域の深淵に封じていたハズだぞ!』
『あああ〜…!やべえ…。俺、アレ、異界に渡しちまったかも…!丁度お前らと戦っていた時、別働隊を深淵の倉庫に送り込んでいたんだ!!』
 何という事だ、とドラグナーが頭を抱えた。
「何ですかそれ…?」
 エアが恐る恐る尋ねると、ミスティーが説明した。
 断罪の奇獣。それは本来、神々が太古に創った保険であった。仮に、生命が異界の復活を肯定するような進化をし、それが現実のものになろうとしたら、そのような種を根絶やしにするために創られた破壊兵器。今まで一度も用いられる事は無かったが、現在では神々が人間を滅ぼす決定をした際、用いようとしていた器なのだ。この奇獣は考えうる限りの強化を施したため、神々に匹敵するポテンシャルを持っているという。
 その詳細は最悪に輪をかけたような存在だった。ドラグナー並のスペルドライヴを永続的に使用可能で、その図体が大都市サイズだというのだ。先日戦ったポゼスターのオリジナルボディ程度ならば、十分勝つ事は出来る。だが、流石に山ひとつを一瞬で粉みじんに出来るパワーはギルトでも無い。
 それが異界の鎧となるのだ。
『…大都市サイズの奇獣を相手に世界全体を戦場にして戦う事になる。かなりの犠牲は覚悟しなければならない。』
 苦悶の表情を浮かべるドラグナーにギルトは尋ねた。
「でも、全く打つ手が無いわけではないんでしょう?創ったモノなら、創り手の力で止められるハズだ。」
『確かに方法はある。だが、異界に乗っ取られた以上、それをやるのは危険過ぎる。』
「今まで危険じゃない戦いなんて一度も無かったですよ。さっさと教えてください。時間がもったいない。スペルドライヴで時間を戻しても、僕達が戻せるのは物質が認識する『時間』という概念だけだ。異界の復活まではリセット出来ないんだし、結果的にはそれが一番危険の少ない方法なのでは?」
 やはりそうなるか、と意を決したようにドラグナーは語りだした。彼らは可能な限り被害の少ない方法を新たに考えるつもりだったのだろう。けれども、戦力が十分でないのに敵の攻撃を封じつつ、防御まで崩すのは至難のワザだ。
『…奇獣は我々のように精神力でスペルを操作している者とは違い、扱うパワーに大きな触れ幅は無いが疲労しない。つまり、常に一定の力で行動しているわけだが、それは内部にある中枢器官が周囲の空間からのエネルギー吸収を制御し、それによって無限力を保っているからだ。中枢器官を叩けば、奴の力は無限でなくなる。問題は、異界が融合しているという事だ。内部は奴の世界=異界と同じだ。常にスペルを放出し空間を創造し続けねば、短時間で存在を消されるだろう。』
「ホラ、やっぱり攻略法はあるんじゃないですか。ならば、それに向けて話しましょう。元々、全員無茶は承知で集まっているんですから。」
 ギルトがそう受け答えると、具体的な計画を組み立てる段階へと話は移っていった。

 空が割れたのはヒビが入ってから丁度六日目の朝だった。

 クオンの要塞からその景色は見えた。
 青空がガラスを砕いたかのように割れてゆき、黒一色が大地を包み込む。砕けた空の向こうには真っ黒な空間が映っているのみだ。
 その暗闇だけの上空の中、恐らくウムラウド辺りから、巨大な足が二本出現した。それと同時に大量の変異奇獣が雲霞の如く出現し始めた。敵が温存していた最後の戦力だろう。次々と世界各地へ向け、飛び去っていく。眼前にいる以外の変異奇獣は各地の都市で対処してもらうしかない。
「現れました!皆さん、用意はいいですね?」
 クオンの声だけが響く。彼女はこの要塞から攻撃をかけると同時に指揮を取る事になった。
「ちょっと待て、と言っても敵さんは待ってくれないからな。行こう!」
 キザミがそう言って足元に置いてあったジュラルミンケースを持ち上げて駆け出した。ギルトとエアもその後を追った。
 かつてこの要塞に入ってきた門から外へ出た。庭園のように未知の植物が植えてある通路から見ると、敵の足は膝の辺りまで出てきていた。
 ウムラウドから、いくつもの光が巨大な敵に向かって伸びていく。クオン配下のスペルドライバー達の攻撃だ。だが、その攻撃が断罪の奇獣に届く事は無い。変異奇獣の群れが全て遮ってしまう。
「やはり、数では勝ち目がありませんね…。予定していた通り、一点集中で突破を狙います!ギルト君…。」
「分かっています!活路を開いてください!僕達三人で、中枢を破壊します!!」
 ギルトはクオンの言葉を遮り、時間を短縮する。もう、この日までに何度も話し合っていた事だ。
 断罪の奇獣を破壊するためには、中枢器官を破壊する必要がある。つまり、敵の体内に侵入しなければならない。しかし、敵の体内は異界と同じ無の力に満ちている。これを防ぐためには、神がかつて用いたスペルドライヴによる世界の創造を行わなければならない。神以外でこれが可能なのは、ギルトだけ。何とかして敵の身体に穴を開けなければ。
 ドラグナーが突入するプランもあったが、実力的にはギルトの方が上だ。加えて、彼自身が戦場のどこにでも瞬時に向かえる数少ない戦力である事から、自己判断で行動を取る事になった。
 大量の変異奇獣が妨害してくる。これでは敵に穴を開ける事はおろか、近づく事さえままならない。
 それでも、活路を開くところまではクオンの部下達に頼るしかない。
 巨人の身体が胸の辺りまで出た時、身体の表面から閃光が一筋、ウムラウドに向けて放たれた。爆発が立ち上り、ウムラウドは巨大なクレーターへと姿を変えてしまった。
「くそっ、ダメなのか…?」
 ギリッ、と自分の歯が音を立てた。
「部下達は地上のドラグナーがこの要塞内へワープさせてくれました。今から全員の力を集めて、この要塞から放射します!」
 クオンがそう告げると、足元に地鳴りのような振動が伝わる。次の瞬間、スペルドライヴが要塞の表面から一直線に走った。束になった力が敵に向かっていく。
 相手はやはり、変異奇獣を集めて盾にした。始めは勢いのあった攻撃も、度重なる妨害に次第に力を失っていく。敵に到達した時には、表面を溶かした程度になってしまった。
「我々にはもうこの方法しかありません!何度でも!気力の続く限り撃ち続けます!タイミングを見て、飛び込んでください!!」
 言い終わらないうちに第二波が放たれる。クオンの必死の形相が目に浮かぶようだった。
 それでも、その思いは届かない。再び攻撃は止められてしまった。一体どれだけの数がいるのだろう。変異奇獣はまだ暗い空から出現し続けている。
 断罪の奇獣も頭部まで出現してしまった。見るに頭は竜のような形をしている。恐らく、ドラグナーを模して創られたのだ。
「次、いきますよ!!」
「ちょおっと待ったあ!!」
 三発目を撃とうとした時、敵とは反対方向の地平線から、声が響いた。
「この声は…!」
 レイジだ!
「間に合ったんですね!」
 エアも歓喜の声を上げた。
 振り向けば、ひとつのシルエットが近づいてくるのが見えた。徐々に大きくなり、それが人型だと分かる。何秒も待たないうちに、それはクオンの要塞の横に並んだ。
 それは巨大な人型の奇獣であった。全身が白を基調とした鎧で包まれており、両腕部分にはプロテクターのようなひときわ厚い装甲が付いている。奇獣と違い、目が二つある頭部は人間の手で作られたモノである事を強く意識させる。断罪の奇獣とまではいかなくても、その十分の一程もある大きさであった。
「悪りぃ!待たせたな!!」
 今度はミクシーの声だ。
「ここはワシらに任せてもらおう!!」
 最後に聞こえたのは、なんとビルシュの声であった。
 レイジ、ミクシー、ビルシュの三人がこの人型奇獣に乗っているのだ。
「これは凄いな…。よく完成したな!」
 キザミがそのボディをまじまじと見上げる。
「名付けて、『超獣装甲レイジングライザー』ってところかな。都市内の技術開発者とスペルドライバーを総動員して何とか造る事が出来たよ。こいつが都市レヴォルードが所有する…いや、この世界に存在する最終兵器だ!」
 レイジが高らかに宣言する。
 そう、これを待っていた。
 ビルシュはギルト達と別れた後、ミクシーの言葉に従ってレヴォルードを目指した。レイジはレヴォルードに辿り着いたビルシュからギルト達のその後の動向と、戦うべき敵の存在を知った。空がひび割れる時まで、レイジは都市の設備と人材を総動員し、これの設計を始めていたのだ。
 ただ、問題は山積みだった。当たり前である。ありとあらゆる無茶と無謀が詰まった計画なのだから。材料、資金、開発力はクオンが裏から手を回し借金覚悟で何とか間に合わせたが、何より重大だったのはパイロットが足りない事だった。大量の奇獣を材料に作られた兵器だ。ハーモニクサーが融合して操るしかないが、一度に完全融合出来るのは一体だけ。何千、何万にも及ぶ奇獣が使われたマシンに対してハーモニクサーは数える程しかいない。ゆえに、当初はレイジ一人が融合し、暴走覚悟で戦うつもりでいた。
 しかし、幸運な事に奇獣を全て統制出来るポゼスターがミクシーに融合していた。三日前にミクシーはギルト達と別れ、レヴォルードでレイジと共に最終調整を受けていたのだ。
 結果、ミクシーが奇獣の本能を抑制し、レイジが本体を操作、ビルシュが内部機器の制御に回る事となったのである。
 よくぞ間に合ってくれた。様々な人々の努力と幸運が重ならなければ、生まれなかった力であろう。
「三人とも、手の上に乗ってくれ。こいつで突撃して、奴に風穴を開けてやる!クオン、先程の攻撃は我々の援護に回してくれ!」
「元よりそのつもりです!敵が集まり始める前に攻撃を始めましょう!」
 レイジの指示に従い、三人は差し出された超獣装甲の左手に飛び乗った。
「飛ばすぞ!しっかりつかまっててくれ!」
 加速を始めるとこちらの動向を察知したのか、再び変異奇獣の群れが集まり始めた。どうあっても、数で阻止するつもりらしい。
「おい、このままだと…!」
 キザミがそう言いかけた時、様々な方向から何かが無数に飛来した。それは、自ら変異奇獣にぶつかると自爆したのだ。
(通常の奇獣だ!)
 白い、異界の力に侵されていない奇獣達だ。
「神様の力で、この世界にいる全ての奇獣の行動を書き換えといたよ!これなら、数の上でも互角だよ!」
「やるじゃないか!!」
 ミクシーが自慢げに言うと、キザミもグッドサインを作って見せた。
 周囲で次々と爆発が巻き起こっている。きっと世界各地でこれと同じ爆発がいくつも生まれている事だろう。気付けば、空から絶え間なく出現していた変異奇獣の増加が止まっていた。敵は全ての兵を放出したらしい。背後から迫る敵はクオンが迎撃してくれた。
 巻き起こる煙をかいくぐり、断罪の奇獣への距離を詰めていく。だが、やはり黙って体内に侵入を許すはずが無かった。敵の身体の表面に無数の突起が現れたのだ。
「何か来る!」
 ギルトは同じスペルドライヴの力による攻撃だとすぐに悟った。防御しようと気合を込めると、ビルシュがそれを静止した。
「待て、ここでお前さんを消耗させるわけにはいかん!ワシらに任せろと言ったじゃろ!」
「皆、ちょっと肩に移動してくれ!」
 レイジに促され、急いで手を駆け上った。後ろでは巨人の身体が発光し、突起から光線が放たれていた。
「左腕兵装作動、アブソリュートプロテクション!!」
 叫びと共に左腕のプロテクターが扇状に展開し、全体を防御フィールドが包み込んだ。放たれた光線が到達するが、こちらの防御はそれを裂き、ダメージを負う事はなかった。そのまま、攻撃を弾きながら接近してゆく。
「あまり長時間は持たない!一気に接近して一撃離脱する!!」
 そう言った時、なんと敵の方からこちらに接近して来たのだ。予想より早く距離が詰まってしまい、次の動作に躊躇したのがいけなかった。相手は近づくと一緒に、右手を大きく身体の後ろに引いて殴りかかる動作を見せているではないか!
「ダメだ!避けられない!防御で減殺するしかない!!」
 加速を止め、身構える。耐える事は出来ても、遠くへ吹き飛ばされてしまいそうだ。しかし、耐えなければ次すら無い。
 再び距離が離れてしまう事を覚悟した。
『ウオォォォォォォォォォォー!!』
 猛き竜神の咆哮が世界にこだました。
 巨大な右腕が拳から肘の辺りまで、音を立てて崩れていく。砕けた破片が地表へと突き刺さり、粉塵が上がってゆく。ドラグナーが巨人の右腕に突撃をかけたのだ。彼は巨人の背後で方向転換し、今度は左腕を砕いてこちらに近づいてきた。
 なんと、ミスティーを左腕で抱きかかえたままではないか。よくよく考えれば、彼女には戦う力が無いのだから彼といるのが最も理にかなっているのだが、無茶をするものだ。
 砕けて血まみれになった右の拳を強引に回復させると、剣を生み出して敵を指し示した。
『早く、復元する前に!』
『行け!我々が信じた人間の未来、見せてくれ!』
 叫びに応じ、二体の神を後ろに倒すべき存在の腹部へ飛び込んだ。既に復元が開始され、腕部が修復されつつある。
「右腕兵装作動!」
 超獣装甲の右腕のプロテクターから大きな針が飛び出た。それが徐々に光をまとい、輝き始める。
「ピアッシングデストロイヤァァー!!」
 轟音と共に、針が敵の身体に突き立てられた。次の瞬間爆発が起こり、針を打ち込んだ部分を中心に穴が出来ていた。全体から見れば小さな穴だが、人間が入り込むには十分だ。
「今だァッ!!」
 ギルト、キザミ、エアの三人はその真っ暗な穴へとダイブした。

 ドラグナーの情報通り、敵の体内は異界と同じ性質を持っていた。ギルトが自分の周囲にスペルを作用させていなければ、三人とも入ってすぐに消滅していただろう。
 さあ、中枢を叩かねば。無限にスペルを使用出来るわけではないし、入ってきた穴ももう塞がってしまった。もう一度外へ出たりしている暇はないだろう。中枢器官を破壊する以外に勝つ方法は無いのだ。
 中枢は心臓の辺りにあるという話だった。侵入したのが腹部だったからここより上だ。キザミとエアにもスペルをかけて上昇を開始する。
 真っ暗で先が見えないため、どこが中枢なのかは接近するまで判らない。出来る限り周囲の領域を創造し、視界を確保しようと試みた。
 しかし、それでも広大すぎる内部を把握するには十分でない。端から端まで領域創造が可能ならいいのだが、無理にそんな事をしたら一気に力を消耗してしまう。領域創造が不可能になれば、全員死ぬ。ギルトがやられるわけにはいかないのだ。
 そんな事を考えながら上昇を続けていると、突如エアの背中に翼が現れた。
「驚いた…ウィルチェンジか…。」
 ふう、と息が出た。緊張の糸が切れた感じだった。
 彼女の力は発動を自分の意志で制御出来ない。でも、一見運任せに見えるこの力も、結局は進化を望む生命の根源的な欲求が元である。もしかしたら、ここで勝たねばもう後が無い事を本能的に悟ったのかも知れない。
 けれども、これは好都合である。彼女に翼が現れている間は精神力の消耗を気にせずにスペルが使える。一気に領域創造の範囲を広げ、異界の力を押しのけた。
「あった!あれだ!」
 キザミが銃口で指し示した方向、上方に巨大な黒い球体が見えた。いくつもの管で内壁とつながっている、いかにもな感じの器官だ。
「接近します!」
 全員、一気に加速し距離を詰めた。だが、もう目の前に中枢器官が迫ったとき、敵は驚くべき行動を取った。
「あぐッ!」
 エアが後ろから飛んできた電撃を食らってしまったのだ。
「しまったッ!!」
 そう叫んだ時にはもう遅かった。敵は自分の身体の内部に向けてスペルドライヴを発動したのだ。
 スペルドライヴはこの世で起こる物理現象を自由に書き換える能力である。しかし、物理現象そのものが存在しない異界内部では世界の物理法則を一から創る領域の創造以外のスペルは作用しない。ゆえに、敵との戦いは時間との勝負だと思っていたのだが、甘かった。
 領域の創造は異界の力に対しては防御手段となり得るが、スペルが引き起こす現象に関しては通り道に過ぎない。スペルに対してはそれを防ぐための現象を別に作る必要があるのだ。
 元々、相手は生命を、世界を滅ぼす事にかけては手段を選ばなかった。自分ごとスペルで攻撃してきてもおかしくはなかったのに。
「ギルト君!早く彼女を回復させるんだ!私が時間を稼ぐから!!」
 キザミはそう言うと、ショットガンを中枢に向けて撃った。だが、中枢までは弾が届かず、全て迎撃されてしまう。
 エアの意識が途切れたために、ウィルチェンジの翼も消えてしまった。慌ててエアを治療するが、領域の創造に割いていた力が弱まり、再び異界の力が内部の支配を広げ始めた。視界が暗闇で埋まってゆく。スペルによる攻撃は相手も出来ないが、このままではまた消耗戦である。
「このままじゃ僕達が力尽きるのが先だ!近づいて一気に決着をつけましょう!」
 エアを抱きかかえたまま、敵の中枢があった位置を予測して飛んだ。
「分かった!」
 キザミは上昇中に、持ってきたジュラルミンケースから中身を取り出して組み立てていた。大型の筒状の武器、バズーカか。
「ヴォイドさんから預かってきた最新型だ。これが切り札となればいいが。」
 バズーカなら破壊力はかなりのものだ。まともにヒットさせられれば、大ダメージが期待出来る。
「でも、それを使う場合近づきすぎると危険ですね。距離が離れ過ぎると迎撃されるでしょうし。」
「それなんだよなあ…。だが、広く領域を確保すればそこにスペルの攻撃が来るだろうしな。結局、ある程度勘で撃つしかないって事か。」
 つまり、バズーカの弾が通る部分にのみギルトが領域を創造し、一直線に弱点を狙うのだ。でなければ、異界の力に呑まれて弾丸が消滅してしまう。
「いいですか?いきますよ。」
 今だ意識が戻らないエアを抱えたまま、領域を伸ばす。キザミは真後ろに位置し、敵の表面が見える瞬間を待った。
「見えたッ!」
 核の表面が見えるや否や、反射的にキザミはトリガーを引いていた。弾丸は真っ直ぐ飛び、高速で中枢器官に到達した。
「うッ…!?」
 思わず呻き声が漏れた。
 直撃なのは間違いなかった。だが、直撃したら起こるはずの現象が起こらなかった。弾は中枢器官に呑み込まれ、消えてしまったのだ。
「まさか…!中枢器官自体にスペルを作用させたのか!?」
 敵の体内は異界の力で満たされている。断罪の奇獣にはスペルを発生させる力はあるが、異界が操作しているため、創造の力は使えない。だから、体内では自分からスペルを使う事は出来ない。
 しかし、元からその奇獣の一部である器官自体だけにならスペルを作用させられるわけだ。
「これでは何をどうやっても攻撃が通用しないぞ!どうする?」
 キザミがバズーカの弾を装填しつつ叫んだ。
「こうなったら、僕が奴が発生させてるスペルを書き換えて無効化します!」
「そうなると、君が接近せざるを得ないぞ!」
「そうする以外に方法はありません!無効化した部分が出来たら、僕に構わず撃ってください!」
 抱えていたエアをキザミに預けると、敵の心臓めがけて突撃した。
「ライズオブドラグーン!!」
 久々に、言葉で気合を込めたスペルを発動した。エネルギーをまとい、中枢表面に拳を突き出したままぶつかった。
「くそっ…。」
 ダメだ。殴った拳の方が削り取られてしまった。やはり、敵の持つスペルの出力はこちらの総量を大きく上回っている。単純にパワーでは絶対に勝てない。ならば、常に一定の出力でエネルギーを発生させているという弱点を突くしかない。
「届け!届けッ!!届けぇッ!!!」
 悲鳴を上げたくなる痛覚に耐えつつ、急ぎ復元を行う。元に戻ったら間髪いれず、両手で交互に絶え間なく閃光をぶつけまくった。
 常に一定の量のエネルギーを供給しているなら、それを上回る間隔で攻撃をぶつけていけば少しずつ防御は削れてゆく。膜がはがれるまで根比べだ。
「ギルト君!」
 しばらく、攻撃を続けているとキザミが叫んだ。彼の周囲に展開していた創造領域が縮んでいたのだ。精神力が消耗したために、仲間へ割いていた力に影響が出始めたのだ。
「畜生!まだ届かないのか!」
 焦ってはならないが、のんびりしているわけにもいかない。二人へかけたスペルが維持出来ているうちに防御を崩さねばならないからだ。後に余力が無かった場合、トドメは彼に頼る以外にない。
 攻撃を続け、防御の一部に僅かな隙間が出来た。チャンスとばかりにそこを狙った時だった。膜が消滅した部分から、こちらへとスペルをぶつけてきたのだ。
「くっそ…!」
 片手で障壁を張り、何とかカウンターは防いだが大きく疲労し、攻撃を続けるのが辛くなってきた。そのうえ、僅かな隙間は埋まってしまっていた。
 このままでは終われない。なんとしてでも勝たなければ。僕がスペルドライヴの力を得たのには必ず意味がある。それを見つけるまでは絶対に死ぬわけにはいかない。これから新たなる進化を迎える人類のため。神々が望む可能性を紡ぐため。自ら自立して生きるため。
「負けてたまるかぁぁッ!」
 叫びを搾り出し、活路を見出そうと技を繰り出すが、想いとは裏腹に力が失われてゆくばかりだ。創造領域の維持も困難になってきた。異界の力がこちらを押し潰そうとするようにじりじり覆いかぶさってくる。
「負けないで!」
 敵に呑まれかけた時、エアがようやく目を覚ました。だが、目を覚ました彼女の背に現れた翼は神と同じ二対になっていた。彼女の中でウィルチェンジが進化を果たしたのだ。
「意識を失っている時、世界中にいる全てのヒトの意志を感じました。この外で、皆必死に戦っています。私達が戻るのを待っている人達がいます!ギルトさん、頑張って!私の力、使ってください!!」
 翼から放たれた光が、失われた力を取り戻させてくれた。更に、その力が膨れ上がっていくのが分かった。これなら、さっきよりも強力な攻撃が無限に使える。
 そして、その輝きはある奇跡を引き起こした。
「そうか…これが君の見ている世界だったんだな…。」
 光を浴びたキザミが恍惚とした表情でそう言った。
「もうこれを使う必要はないな。」
 バズーカを手放すと片手でいつも使っていた銃を取り出した。キザミはそれを敵に向けておもむろに引き金を引く。
(スペルドライヴだ!!)
 銃から発射されていた弾丸には創造領域の力と単純な破壊力が同時に宿っていた。異界の力を切り裂き、中枢器官へ到達したそれは何の抵抗も無く貫通していた。
「私の最後の武器、スペルブリットってところかな。ずっとそばで見てきたからな。はっきり分かるぞ!この力の使い方!!」
 いや、これは奇跡などではないか。よくよく考えなければ、彼が先に目覚めていなかったのが不思議なくらいだ。誰よりも生きる事を愛し、楽しみ、望んでいた彼がスペルドライバーとして進化するのは半ば必然だったようにも思える。本来何千年もかけて辿る進化を、彼はエアの助けを受けて見事この一瞬で歩んで見せたのだ。
 心臓部はキザミがスペルを当てた部分から亀裂が入って、ビシビシと音を立てていた。苦痛の叫びのようにも聞こえるが、それは貴様らにはもったいない代物だ。
「ギルト君、これで終わりにするぞ!!」
「はい!早く、皆のところ帰りましょう!」
 ギルトがかざした手の平の上にキザミの銃口が重なった。背後から照らすエアの光に後押しされて、正真正銘最後の一撃が放たれた。
「ライフリング…スパイラル!!!」
 三人の声が重なり、生命の輝きが束となって断罪の奇獣の中枢器官を完全消滅させた。更にそれは内壁をも貫通し、外界の光が差し込んでくる。
 再生不能になった断罪の奇獣は外側からの攻撃で全身を満遍なく破壊されてゆく。この時を待っていたといわんばかりの弾幕である事は、はっきり外側が見えていないこの状態でもよく分かる。
 もはや、この巨人は完全に消え去るのを待つばかりだ。
 間もなく、崩れた外壁から大きな針が覗いた。あれは超獣装甲の武器ではないか。
「お疲れさん!もう後は外からの攻撃で十分だ!いつまでも中にいないで、出てきな!!」
 外壁を砕き、ロボットの上半身が現れた。ミクシーの声だった。
「最後の仕上げといきますか!」
 ギルトは笑って言う。
「だな。」
 キザミもニヤリと笑う。
「早く、跡形も無く消してしまいましょ!」
 エアだって、無邪気な笑みで恐ろしい事を言ってみせた。
 もう、勝利は目の前だ。

 全ての生命は最大の危機を乗り越えた。二つの世界の戦いは終わった。
 たったひとつだけのすべてを、守りきったのだ。
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