Four 「二人の協奏曲」


 ―――人生に不安を抱く事もある。不満を抱く者もいる…。

 翌朝、出発直前。工場の前にて。
「さて、これで準備はいいかな?」
 キザミは背中に新たな武器、ショットガンを背負うと、その上に荷物の入った鞄を重ねて挟み込んだ。
「アタシ達はいいけどさ、ホントにあの娘も行くの?」
 既に準備を終えていたミクシーが横で言った。話は聞いてあるようだが、少しうっとおしそうな口調だ。恐らく、戦力として不確定なエアを連れて行く事に不満があるのだろう。危険な仕事が多い賞金稼ぎのクセだ。
 ギルトはギルトでエアが来る事に抵抗があった。人には気を遣いたくないし、遣われたくもない。差し障りの無い関係に自分を置いておきたかった。
 しかし、そのエア本人はなかなか工場から出てこない。
「ずいぶん時間がかかっているみたいですけど…。」
 少し待ちくたびれてきた。そんなギルトを見て、キザミは小さく笑ってこう言った。
「なぁに、年頃の女の子の準備なんてこんなものさ。それにね、こういう事に手をかけなくなったら女は終わりだよ。」
 そういうもんですか、と言ってから、彼の言い方ではもう終わってる女の子がすぐそばにいる事に気付く。
「じゃあ、アタシはもう終わってるって事かよ…?」
 ミクシーはじとーっ、とキザミをにらみつけた。だが、キザミは笑った表情を崩さず、彼女の頭に手を置いた。
「大丈夫。君はまだ始まってないだけさ。」
 よくもまあ、こういう言葉がすぐに出てくるものだ。彼女のにらみ顔が緩み、恥ずかしさを押さえつけたようなふくれっ面になる。キザミのセリフに反応したという事は少なからず、ミクシーにもめかし込んだりする事に対して興味がある証拠だ。そんな柄じゃないような気がするが。本人も自覚しているのかも知れない。
「すいませーん!遅くなりましたあ!」
 そんなやり取りをしていると、ようやくエアが出てきた。大きなスーツケースを引っ張ってきた。スーツケースの下には小さな車輪が付いており、運びやすくなっている。
 彼女自身の方は動きやすいよう、服装は薄手のブラウスとミニスカートに変わっていた。なので、身体付きがよく分かる。特別華奢ではないし、ぽっちゃりというわけでもないバランスが取れている、いわゆる標準体形だ。ドレスの時は生地が厚かったために分かりにくかったが、今ははっきりと見える。そのせいで、ついつい胸元に目がいってしまった。
 ミクシーは元々タンクトップ姿であるにも関わらず、何となくあるな、と思う程度でしかない。だが、エアは同年代の少女をかなり上回っていた。
 だから、僕は何を見てるんだっての!どうも気になってしまっていけない。昨日、わざわざ自分の部屋に来てくれた事が原因だろうか。
 そんな事を思案していると、奥から続いてヴォイドが現れた。
「エア、気を付けるんだぞ。」
 娘の肩に手を置く。
「はい。」
 彼の言葉にエアは静かにうなずいた。
「キザミ君、エアを頼む…。」
 置いていた手を離すと、今度はキザミにそう言った。すがるような目をしている。心配で仕方ないのだろう。親心としては当然だ。
 彼の姿を見ていると、自分が旅立つ直前の事を思い出した。母のノーマや祖父のグラナは荷物を背負ったギルトに、ヴォイドと同じように心配した表情を見せていた。だが、あの時、父クレスは力強く、行って来い、とだけ言った。全く心配をしていなかったわけではないだろうが、何かを悟っているような感じがあった。
(父さん…。あなたは一体何を想いながら僕を送り出したのですか…?)
 考え始めたら急に家族に会いたくなってしまった。
「確かに頼まれましたよ。皆で守ります。ただ、私達が助けてもらう事もあると思いますけどね。」
 キザミの返答は心配を和らげようと、少しへりくだった調子だった。
「うむ…。だが、弾丸の扱いにはくれぐれも気をつけるんだぞ。特に昨日渡したブラストブリットはバーストブリット数発分の威力がある。拡散型をショットガンに装填して全ての弾を命中させれば、威力は武装列車の大砲に匹敵する。間違っても人間には使うな…。」
 キザミが真剣な面持ちでうなづく。ヴォイドは更に続けた。
「私はメーウェンに戻り、更に強力な銃の開発に入る。力不足を感じたらすぐに戻ってくるんだぞ…!」
 ギルトの場合は、父に旅に出るように言われた。だが、ヴォイドはエアの方から旅に出たいと言われたのだ。立場が逆なら、心配が大きい方も逆だ。それでも、自分を抑えて娘を送り出そうとしている。親心とは大きく強いものだ。
「では、お父様、行って来ます。」
 エアの声で、再び旅の歩みは再開された。

 ギルト達一行は、今度はレヴォルードという都市を目指していた。レヴォルードは近年急速に発展してきた都市のひとつで、最初に向かおうとしていたメーウェンに匹敵する大都市らしい。これはヴォイド氏から得た情報で、彼もそこで銃の製造技術を学んだそうだ。
 一方、ギルトの故郷オリージアはかなり田舎な方の部類に入る。だから、そこから一歩も出た事の無かったギルトにとって外の事など、知る由も無い。銃の事だけは父の仕事の関係上知っていたが、その技術がある都市とはどんなものなのだろうか。
「レヴォルードは別名機械都市と呼ばれていてね、君達二人には新しい物が目白押しだろうね。」
 武装列車の中、ギルトとミクシーに向けてキザミはそう言った。各地を旅していたために行った事があったらしい。
「機械都市ねぇ…。そんなに凄いもんなの?」
 あまり感心が無いミクシーに、エアが目を輝かせて言った。
「凄いですよぉ!私達が作っている銃も機械技術の一端なんですよ。」
 機械が好きなのだろう。興味が持てるモノがあるのは良い事だ。それが無いギルトはやはり劣等感を抱いてしまう。いい加減にしたいが、自分の事だからそうもいかない。それが余計にいけなかった。
「一端…ですか。僕達の都市じゃ、機械なんて滅多に見られるものじゃありませんよ。父が仕事用に積んでいるところしか見た事ありませんでしたし。」
 その感情を心の奥で潰しながら、会話を続ける。
「じゃあ、ギルトさんは旅の楽しみがひとつ出来たわけですね。良かったじゃないですか。」
 別に観光に行くわけではない。別段機械類に興味があるわけではない。だが、自分が好きな物は人にも薦めたくなるのは当然だ。彼女は悪気があってこういう言い方をしたわけではない。だからここはとりあえず、そうですね、とだけ言っておいた。
「ま、アタシは旅が続けられればそれでいいけど〜。」
 頭の上で手を組むと、ミクシーは座席に体重をかけて寄りかかり、大あくびをした。やっぱりどうでもいいみたいだ。自分の感情に正直な彼女をある意味、うらやましく思った。
 そう言えば、ミクシーは自分の持つ能力の正体自体にはあまりこだわっていないようだ。自分の持つ力を自分のものと素直に受け入れている。彼女が敵意を見せるのは自分の力を、自分自身を否定された時だ。
 エアは自分自身の力に興味を持って共に旅に出る事にしたようだが、ギルトのように特別恐れているようには見えない。
 キザミは…悩みなどありそうもない。
 ギルトだけが自分自身を恐れている。力が何なのか解らなければ、自身が解らないような気がした。うすうす自覚していたが、認めたくは無かった。
「そろそろ着くと思うが、レヴォルードは規模がでかい。色々な情報が飛び交っているだろう。もしかしたら、スペルやハーモニクスについても何か分かるかも知れないぜ。」
 こちらの心中を察してかは不明だが、キザミが言った。時々、彼はこちらの考えを先取りして行動を起こしているのではないかという感じがする。ありがたいが、心を読まれているようで少々不愉快にもなる。
「私の力についても何か分かればいいんですが。」
「うん。エアちゃんのは全く前例が無いからね。可能性としてはかなり低いだろうけど…。そうだ、また呼び名考えないとね。白い翼が出ていたから…。」
 言いかけた時、前の車両から悲鳴が上がった。続いて、ドーンという大砲の発射音が聞こえた。そして、最後には車両がガクンという衝撃と共に止まった。かなり大きな衝撃で、座席から尻が浮き上がった。
「何だ!?」
 この車両にいる全員がどよめいた。
 ここは二番目の車両だった。一番目の車両から、停止寸前に叫び声が聞こえた。
(これは…。)
「ヤバイな…。」
 考えていたのと同じ事をミクシーが言った。
「…降りたほうがいい!早く出ろ!!」
 慌てふためく人々に先だって、扉を開けて外に降りる。
「あれは!!」
 思わず息を呑んだ。見れば、先頭の車両が巨大な黒い塊に衝突して止まっている。しかし、それは単なる塊と呼ぶには表面が平面的過ぎる。均一の取れた正方形のブロック。自然にはまず存在しない形状だ。それに何を置いても“黒い”のだ。
「黒い奇獣…!皆、スタンバイだ!」
 キザミの叫びで四人とも身構えた。
『ココロヨワキモノタチヨ…。キサマラニエイエンノアンネイヲアタエヨウ…。』
 砂を飲み込んで喋っているようなざらついた声で、その塊が喋った。かと思うと、その表面からその塊と同じ形状の小型ブロックがいくつも上空に撃ち出された。
 まもなく、それらが降り注ぎ、武装列車の頑強な天井を貫き、穴だらけにしていった。やがて、三両編成だった武装列車は鉄クズとなった。
 乗客は全員、我先にと逃げようとしたが、取り残されたものは車両同様に穴だらけとなっていった。真っ先に行動を起こしていて正解だったのだ。
「なんて事を…。」
 エアが眼前の凄惨な光景に顔を歪めている。
「…ミクシー、いいか?」
 キザミも腰の二丁拳銃に手をかけた。見れば、先頭車両がぶつかっていた部分に大きな亀裂が走っている。大砲の直撃を受けたのだろう。大砲が効くなら、ブラストブリットは十分に効果があるはずだ。
「ああ、いつでも!コイツは確実にここで殺しておかなきゃ危険だ!!」
 支配している奇獣を呼び、融合する。
「ギルトは荷物とエアを守ってな!」
 二人ははこちらに荷物を投げてよこすと、そろって奇獣に向かって駆け出した。
 ギルトには攻撃能力は無い。しかし、エアには攻撃も防御も無い。防御能力のある自分がカバーする。役には立てないが、最も妥当な配置だ。
 あの図体では動きを止める必要はあるまい。自分はいつでも防御が出来るように心の準備をしておくだけだ。
 キザミはまず、遠距離から銃を撃ちながら接近していく。無論、ヒビの部分を集中的に狙っている。雨のように降り注ぐ反撃を器用にかわしながら前進していく彼の動きは凄い。まるで、自分に到達する攻撃の位置を始めから知っているようにさえ見える。もはや人間のものではない。どれだけの戦闘経験を積めばあれほどの領域に至れるのだろうか。
 ミクシーもキザミが銃を発射する合間にヒビに一撃を加えて離脱、を繰り返している。
 完璧なコンビネーションだった。一歩間違えば、味方に弾を当ててしまいそうな状態だというのに。
 それを繰り返し、十分に間合いが詰まると、キザミは背中のショットガンに手をかけた。ミクシーにちらと目配せする。彼女が離れる。
「これで終わりだ!!」
 大爆発が起き、キューブ型のボディが巻き上がった爆煙に包まれた。黒い破片がパラパラと飛び散る。噴煙が静まると、黒いキューブの約半分が吹き飛んでいた。
「やった…。」
「いや、まだだ!!」
 ミクシーの声をキザミが遮り、天空に向けてショットガンを発射した。見れば、上空から何か落ちてくる。しかも、散弾の合間をぬって落下してくる。明らかに意志がある。
 それは透明な瞳に邪悪な意志を宿した奇獣であった。瞳以外の部分にはウニのようなトゲが生えて全身を覆っている。
「もう一匹いたのか!?」
 ミクシーが呻いた。いや、違う。恐らく始めからアイツが本体で、あの黒いキューブの中に潜んでいたのだろう。使い捨ての鎧を作り、それで自分を覆っていたのだ。ブラストブリットで外殻が破壊された時、爆発に紛れて上に飛んだのだろう。思い返せば、あの黒い箱には奇獣の特徴たる透明な瞳が見当たらなかった。
「いや、奴が本体だ!今度こそ潰すぞ!!」
 連射が効く銃に再び持ち直すと、落下してくるウニ奇獣に両の腕を連射した。何発か直撃を被りながら、ズシンと地面に着地する。全くの無傷ではない。いくらかトゲが折れて、いびつな形になってる。しかし、外殻よりは頑丈なようだ。戦術といい、戦闘力といい、また前より強くなっている。
(まさか、成長…いや、進化しているのか…!?)
 恐ろしい考えだった。奇獣が進化しているとしたら、その進化スピードに対応出来なくなった時、人類は駆逐される。人間も進化でもしない限りは…。
『コザカシイ…。』
 呟きと同時にトゲが発射された。全身から四方八方に一斉掃射されたのだ。下手な鉄砲数撃ちゃ当たる、と言わんばかりの凄い数だ。
(…ッ!)
 キザミとミクシーはそれぞれかわしたが、こちらにも流れ弾が向かってきた。
「プロテクトシールド!!」
 全神経を集中し、フルパワーで防御壁を張った。
 ―――ガイン!ガシン!ガキン!
 硬質な音と共にトゲを受け止める。
「ぐっ…!」
 やはり、一撃一撃が重い。長くは耐えられない。
「ギルトさん!」
 後ろでエアが叫ぶ。
「だ、大丈夫…。下がってて…!」
 幸いにも全身の針が発射され、目玉だけの状態になったために攻撃は止んだ。だが、目玉の周囲に地面の砂が浮き上がり固まって、それが黒い壁となった。やがて、六面を覆い再び登場時の姿になった。何と、あの箱のような外壁は砂で作られていたのだ。
 奇獣の中には自身の身体能力のみで戦うタイプの他に、それら加えて特殊な攻撃手段を持つものがいる。黒い奇獣でそのタイプと遭遇したのは初めてだ。
「まずい…。防御しつつ、身体を復元する気だ!早く、外殻を破壊しなくては!!」
 キザミがショットガンをひとつの面に集中して放った。リロードにはハンドガンよりやや時間がかかる。数発打ち込んで、外壁を破壊した時には、既にほとんど復元していた。それにしても、どうしたら砂をあれ程の硬度に出来るのだろうか。
 トゲが無い時に攻撃すればすぐに倒せる。だが、射出されるトゲはキューブ時に発射する弾よりも数が多く、スピードも速い。敵に接近しているキザミとミクシーは回避後すぐに反撃に移るだけの隙が無い。かといって、離れればギルトとエアも攻撃対象にされる恐れがある。
(くそっ…。)
 自分に攻撃能力さえあれば、足を引っ張る事は無いというのに。
 そう思うのも束の間、再びトゲが放たれる。シールドで受け止める。
「…そういえば前ヤバイ手があるって言っていたね。」
 回避しながら、同じく避けているミクシーに話しかける。
「ああ!かなりヤバイのと、めちゃヤバイのどっちがいい?」
「どっちにしろヤバイなら無難な方を使ってくれ。」
「了解ッ!!じゃあ出来るだけ離れててくれっ!!」
 トゲの数が減ってきた。同時に攻撃も弱まり始める。すると、ミクシーは合体している奇獣を分離させた。
「行けッ!」
 トゲが無くなったところに奇獣だけが突撃する。そのまま目玉に体当たりし、次の瞬間、自爆した。
 それはそれは凄まじい爆発で、ショットガンの威力を軽く上回った。きのこ雲が立ち上り、地面に大穴が開いた。
 急いで後退していたキザミだが、その爆風に吹き飛ばされ、シールドで防御しているギルト達の横を笑顔ですれ違った。
 敵に近かったミクシーもやはり吹き飛ばされた。キザミよりやや遅れてギルトの脇を通過する。皆の荷物はギルトがシールドで遮っていたお陰で飛ばされる事無く済んだのだが。
「大丈夫ですか!」
 二人共、大分後ろの方で地面に突っ伏すように倒れていた。慌てて駆け寄り、回復スペルを唱える。
「ははっ…。確かにヤバイな。でも勝ったからよしとするかな…。」
 流石のキザミも苦笑いを浮かべた。
「あーあ。また新しい奇獣を支配しなきゃあ。」
 ミクシーは身体の砂を払い落としながら呟いた。
『…オロカナ…イキルコトニナンノイミガ…。』
 そのざらついた声に四人とも目を見張った。何と、敵はまだ生きていたのだ。爆風を被ったせいでヒビだらけに加えて半溶けの状態になっていたが、それでも目玉だけが浮遊していた。しかも、白い奇獣の時のように逃げようとしない。
「おいおい、まだ動くのか?」
 キザミが苦笑いしていた顔を更に渋くした。続いて銃の引き金を引く。
 ―――カチン。
 弾切れだ。急いで胸のガンベルトに手を伸ばす。が、ガンベルトが無い。奇獣を自爆させた時の爆風でどこかに吹き飛んでしまったようだ。
 目玉はダメージで粉々になった針を強引に浮遊させ、こちらを狙っていた。流石にもう再生能力を使う余力は無いようだったが、それでも今の状況では脅威だ。
「早く、僕の後ろに!!」
 とっさにギルトは叫んだ。キザミとミクシーがこちらの後ろに駆け寄ってくる。針の方も今まさにこちらに投げつけられようとしている。耐え切れるかどうかは分からない。だが、やるしかない。
 攻撃にギルトが身構えた時、何かが奇獣の目玉にぶつかった。と、同時に大爆発を起こした。
「大丈夫ですかーッ!?」
 爆発が収まると声が聞こえた。見れば前の方から数人、兵士らしき者達が近づいてくる。だが、ほかの都市のような兵士ではない。武装が他の都市の物とは大きく異なっていた。やや大型の銃を抱え、身体の各部を金属のパーツで覆ったスーツを装着している。その中で一人だけ、煙を上げている大筒を抱えていた。
「レイジ様。変異奇獣一体、掃討完了しました。」
 兵士達の一人―――恐らく隊長格―――が後ろを向いて呼びかけた。
「良かった。助かった人もいるようだね。」
 更に、その兵士らとは別に青年が一人現れた。目の前に現れたその青年は銀髪で、やや長めのショートヘアをしており、目は右が金色、左が空色のオッドアイだった。整った顔をしているが、美しいと言うより、カッコイイと言った方がしっくりくる青年だった。
「アンタ…!!」
 ミクシーが彼の姿に息を呑んだ。無論他のメンバーも驚いたが、一番びっくりしたのは彼女だっただろう。
 彼は白い生地に青のラインで縁取りされた高級な感じの服を着ていたが、注目すべきはそこではない。彼は両手がそれぞれ三本のカギ爪に変化しており、脚部は金属のようなパーツでで覆われている。そして、背中には光が吹き出して形作られた翼が広がっていた。
 そう、ハーモニクサーだったのだ。

 彼の名はレイジ・レクサス・レヴォリアム。レヴォルードの市長であった。そして、奇獣を倒したのはレヴォルードの自警団だった。彼らが放った『バズーカ』という武器がギルト達を救ったのだそうだ。
「あなた達のお陰で乗車していた方々もずいぶん助かったようだ。ありがとうございました。」
 都市内を歩きながら話した。しかし、彼の言葉はほとんど耳に入らなかった。周囲の光景に圧倒されていたのだ。レヴォルード自体も並みの都市が複数個合体した大規模な都市だったが、その中も凄かった。見渡す限り、高い建造物がそびえ立ち、通路も舗装されて完全に整備されていた。彼の話では『ビルディング』というらしい。外側は金属で造られており、ガラスの窓も見えた。到着するまで興味は無かったが、今は新世界とも呼べる都市の様相にただただ驚嘆するばかりであった。自警団に強力な装備があった事も納得出来る。
「五年くらい前にも来たが、まさかここまで進歩しているとは…恐れ入った。」
 キザミは自分で紹介しておきながら感心している。
「へええ、凄いもんだね〜…。こんな都市があるなんて驚いたよ。」
 流石にミクシーもこれには素直に驚いていた。
「はっはっは、驚いたと言うのなら俺も同じさ。まさか、自分と同じ能力を持った異能者が他にもいるとはね。」
「そうだ!アンタもハーモニクサーだったんだ!!アンタは一体どうして?」
 レイジの言葉にミクシーの興味は一気に能力の事に移った。人間誰でも、自分の興味があるものには反応が早い。
「ハーモニクサー?」
 まゆをひそめた彼にキザミが注釈を入れた。
「ああ、私達は奇獣と融合する事の出来る能力をハーモニクスと呼んでいるんですよ。その力を使う人だから、ハーモニクサーです。」
「なるほど。この能力の名称をどうするか考えていたところなんだ。丁度良い、使わせてもらいましょう。」
 彼の言葉に違和感を感じた。それはエアも同じだったようで、彼女が尋ねた。
「使う、ってどういう事です?」
 その質問にレイジはニヤリ、と笑みを浮かべた。それは待ってましたと言わんばかりの笑みであった。
「ふっふっふ、お見せしたいものがあります。ついてきてください。」
 早足で歩き始めたレイジについていくと、ひとつのビルディングの中に入った。このビルはレイジの所有物だそうだ。内側は大理石などの高価な材質で加工され、きらびやかな装飾がなされている。
 そこで『エレベーター』と呼ばれる装置を使って、ビルの地下に向かった。当然これにも驚愕したが、当たり前のように使用しているレイジを見ていたら、いつか地上の人全てがこれだけの生活水準を得られるのだろうか、と考えてしまった。
 そして地下にあったのは彼の研究施設であった。金属の板で作られた床、複雑そうな機械類、無数の透明なシリンダーが並んでいる。
「これって…!」
 ミクシーは震えた。シリンダーの中には身動き一つしない奇獣が入っていたのだ。しかも、そのシリンダーの数は総数二十個にも及んだ。勿論、その中に黒い奇獣はいなかったが。
「どうだい?私はココで奇獣と融合能力について研究しているんだ。今日は研究員達は出払っているけどね。」
 レイジが自慢げに手を広げて見せた。
「この奇獣達は全て君が支配しているのか?」
「ええ、今の俺の力では二十が限界ですがね。」
 キザミの問いに嬉々として答える。
「二十体も支配出来るのか…。アタシには複数支配なんて出来なかった…。一体どうやって?」
 ミクシーは興味津々と言った様子でレイジに聞いた。
「君のその反応を待っていたんだよ。俺だって最初からこれだけの数を支配出来たわけじゃない。俺の研究に協力してくれたら、君の力を強化する事も出来るかも知れない。どうする?」
 ギルトはいかにも危険な感じがした。だが、止めるような真似はしない。ミクシーは既に乗り気だったからだ。
「やる!絶対やる!!」
 目を輝かせ、レイジに迫った。
「ありがとう。でも、始めるのは明日の夜で結構。皆さんには俺の方から宿を手配しておきましょう。」
 今すぐにでも始める気でいたのか、ミクシーはちぇっ、と舌打ちをして頭の後ろで手を組んだ。

 その夜、ギルトは宿の一室でベッドに横たわっていた。
 この都市では宿屋の事を『ホテル』と呼ぶらしい。このホテルもレイジの所有物だという事でタダで止めてもらえた。
 しかし、ギルトにとっては内装が派手過ぎた。全体的に明るい感じの部屋なのはいいのだが、装飾などが高級過ぎてなんだか落ち着かない。
 眠る時間までまだ少し時間がある。部屋を出て少しホテル内をぶらついてみる事にした。
「おや、どうしたんです?」
 部屋を出たとたん、後ろから声をかけられた。振り向くとそれはレイジではないか。
「…いえ、少し暇になったもので。」
 ギルトは彼に対しても警戒心を持っていた。研究のためにミクシーを利用しようとしている事も考えられる。
「そうか。では、俺が話し相手になろう。」
 二人は一階のロビーまで移動し、長椅子に腰掛けた。ふかふかとしていて、実に座り心地が良い。
「俺がこの力に目覚めたのは、六年前、十四歳の時だった。」
 レイジが語り始めた。
「俺の両親もその年、病死してね。その時から、この都市の市長を引き継いだんだ。」
 それは別段自嘲してはいないし、こちらの哀れみを誘っているわけでもない、ごく自然な話し方であった。
「どうして僕にそんな話を?」
 訝しげに尋ねると、レイジは頭をかいた。
「いえ、君達が何だか他人に見えなくてね。聞けば、君達はキザミさん以外は皆、異能者だそうだね。」
 恐らく、キザミが話したのだろう。あの人はこういう事は話してしまう人だ。
「…ええ。僕はスペルドライバーです。」
「君はその力の正体を探して旅をしているらしいね。」
 これで、彼に告げ口をしたのがキザミだと確信した。
(そんな事まで言っていたのか!?全く、余計な事を…。)
 一瞬、苛立ちを覚えたが、レイジの次の言葉はそれをかき消してくれた。
「でも、うらやましいよ。」
「え?」
「自分探しの旅なんて、市長をやってる俺にとっては到底かなわない事さ。個人的に研究施設を作るのがやっとだよ。」
 この言葉には自嘲の笑みが含まれていた。彼にとって、市長の仕事は息苦しいのかも知れない。ただ、その立場を利用して研究施設を作った事自体、かなりスゴイ事だと思ったのだが。
「実は俺は学者になりたかったんだよ。…それなのにさっさと親が死んでしまって、全く迷惑な話さ。」
「…僕にはあなたがうらやましい。」
 ギルトはぽつり、と言った。それに今度はレイジがえっ、と意外そうな顔をした。
「自分の仕事が迷う事無く決まる…。それにあなたは自分の力に別段こだわってもいないようだし…。僕にとってはあなたの生き方がうらやましい。」
 いつの間にか、自分も心情を吐露していた。
「ははっ、人生を入れ替える事が出来ればいいんだけどね。でも、自分の生き方は自分にしか出来ない。自分を取り巻く環境も含めてね。俺は親父を見てたから市長が面倒な仕事だって事は知ってた。でも、その面倒な仕事を率先してやってる親父も好きだったんだ。だから、後を継ぐ事を決めたんだ。」
 レイジの表情はすがすがしいものだった。不自由な中にも自由を見出しているのだろう。今のギルトには無い光がその目には宿っていた。
「君は自分の力が何なのか解らないから不安なんだろ?君は俺が自分の力にこだわっていないように見えると言ったが、そんな事はない。こだわりまくってるよ。俺だって普通の人には無い力が恐ろしい。正体が知りたい。だから、市長として働く傍ら、研究施設で自分の力について調べていたのさ。」
 これではっきりした。彼も自分とほとんど同じようなものだったのだ。ただ、考え方や境遇が違うだけ。ミクシーを研究に誘ったのも、純粋に自分自身を知りたいと願う心からだろう。
「…そうでしたか。僕達、意外と似たもの同士かも知れませんね。」
 ギルトの言葉にレイジが微笑みうなずく。そして、今のギルトには救いとも言える言葉をくれた。
「そうだな。…俺達のような者は数こそ少ないが、探せば世界中に必ずいる。その事を忘れないでくれ。」
「はい…!ありがとうございます。」
 そうだ。力を持った事で悩んでいる者は自分一人だけではない。ミクシーだって、力のせいで実の親に捨てられたりしているし、エアだってひょっとしたら影では気にしているかも知れないのだ。初めから解っていた事だったが、改めてそれが実感出来た。
「まあ、そういうわけで明日はミクシーさんをお借りするよ。君達には迷惑な話かも知れないが…。」
「いえ、恐らく彼女も自分の力に興味があるはずです。それに…。」
 ギルトは彼女の過去をレイジにも話した。
「そうだったのか…。なるほど、なおの事調べなければならない理由が出来た。明日は任せてくれたまえ。」
「頼みます。」
 この人なら安心だ。今はそう思える。
 深く関わり合いを持ちたくが無いゆえに、人を避ける傾向があったが、やはり向き合って話してみなければ何も解らない。これからはもう少し前向きに物事が見られる気がする。
 それが解っただけでも、ギルトにとって彼との話は有意義だった。

 次の日の日没後、実験が行われた。
 数人の研究員を引き連れ、施設に入った。
「さあ、好きなのを選んでくれたまえ。」
 ミクシーは自分の奇獣を失ってしまっていたので、レイジの持ち物の中から新たな奇獣を選ぶ必要があった。
「…どれがいいかな?」
 シリンダーに入っている奇獣を物色する。一通り観察してみて、以前使用していたモノと似ている奇獣を選び出した。
「よし、じゃあ俺の支配を解くぞ。」
 シリンダーを開き、自分のそばに招き寄せると、パチンと指を弾いた。すると、魂が抜けたように床に崩れ落ちた。
 続いて、ミクシーが奇獣に手をかざす。すぐに奇獣は再び地面から浮かび上がった。
「来い!」
 叫びと共に閃光が弾け、融合を果たした。悪魔のような黒い翼、硬質の爪と脚部、以前とほぼ同じ姿だ。
「うん、なかなか可愛らしい姿だね。そいつは君に差し上げよう。」
 その言葉にミクシーはなっ、と声を上げた。それにレイジも驚いた。
 横で見ていたギルトも驚いた。正直、引いた。あの姿を可愛いと言えるのは、普通の感覚ではない。やはり、同族同士では見る目も違うのだろうか。
「何?どうしたのさ?」
 レイジが尋ねた時、ミクシーの顔は真っ赤になっていた。
「いや…男に可愛いなんて言われたの、初めてだったから…。」
 とても小さな声だったが、確かにそう言った。それは普段の彼女らしからぬ、しおらしい態度だった。ここまで来るのに、彼女のあんな表情は見た事が無かった。
 やはり、彼女にも家族と暮らしていた時の、普通の女の子としての部分がある。レイジはそれを引き出したのだ。意図してはいなかったのだろうが、彼にはキザミのような、人に心を開かせる力というか、雰囲気があるのかも知れない。
「はははっ。さて、決まったところで早速調査に入りたい。俺とミクシーさん以外はこの部屋にいてくれ。そこの窓から、実験室が見えるから。」
 小さく笑い飛ばすと、指を後ろに向けた。彼の後ろの窓の向こうには部屋があった。そんなに大きな部屋ではないが、中央に色々な装置につながれた椅子が見える。
 二人がその部屋に移動した後、ギルト達はその窓から一部始終を見守った。内容は以下の通りである。
 まず、椅子に座らせられると、ミクシーは質問攻めをくらった。いつどこで能力に目覚めたのか、普段能力をどのように使っているか、などだ。質問の数が百を超え、ミクシーがいらだち始めた頃、それは終了した。
 次に、ミクシーの身体データの測定が行われた。これに関しては、身体能力がずば抜けて高い事以外に、一般の人間との目立った差異は無かった。
 それから、融合時の状態についても調べた。どうやら、レイジが融合していた時と、ミクシーが融合していた時で形態に若干の違いがあるらしい。彼はこの違いを自分の肉体に合わせて形状を変化させているからだ、と予想していた。もっとも、自分以外にサンプルがいなかったため、この場で発生した疑問だったのだが。
 しかし、彼がそう予想したのにはキチンとした理由があった。何でも、人間の身体は『細胞』という小さな生物が寄り集まって出来ているらしい。ハーモニクサーはその自分の細胞を奇獣の持つ金属質のボディと結合させている、いうのがメカニズムだと言うのだ。現実、実験器具を使って調べたレイジの身体も融合時と非融合時で、細胞が変化しているらしい。しかし、それは生命と機械の両方の属性を持っている状態と言っても過言ではなかった。
「何の事だかさっぱり解んないだけど…。」
「物と物とをくっつけるには糊が要るだろ?君や俺の身体には、その糊を作る力があるって事さ。」
 首をかしげるミクシーに、レイジは解りやすい例えを示して納得させた。
 最後に、待ちかねていた能力の強化を行った。しかし、これはある種の拷問であった。
 ハーモニクサーの細胞は外からある刺激を受けると、それに反応して細胞が活性化する。活性化した細胞は奇獣と融合する効率が良くなる。すると、それに比例して奇獣を支配できる数も増えるという話だった。ただし、奇獣を支配し操る力と融合する力はメカニズムが別々のようで、なぜ肉体が強くなると支配の力も強化されるのかは謎だった。
「科学的にはまだ不明だが、肉体と精神には見えないつながりがあるのかも知れないな。健全な肉体には健全な精神が宿る、って事かな?」
 レイジが冗談混じりでそう言ったが、まんざらはずれでもないような気がした。融合するのは本人の肉体とだが、させるために操るのは本人の意志なのだから。
 そんなわけで、刺激を与えるための準備が研究員達によって整えられたが、その刺激とは『電気』刺激であった。
 電気と初めて聞いた時にはギルトも首をかしげたが、それが雷と同じものだと聞いた時には大層驚いた。あれほど強大ではないにしろ、人間が自然に存在する力を使い始めているという事に強い感動を覚えた。
「で、その電気とやらでどうやって強化してくれんのさ?」
 その質問に、待ちわびたとでも言いいたげな笑みが浮かんだ。それは心底、その事象を楽しもうという意思が満ちていた。その気味の悪さに彼女は思わず後ずさった。
「勿論、君の身体に直接電気を流すのさ。」
「ゲッ、危なくねーのか!?」
「大丈夫〜、大丈夫〜。死ぬほど強い電流じゃないんだから〜。」
 そう言って、ミクシーを中央の椅子に座らせる。だが、絶対に無事で終わらせる気はなさそうだ。それは明白だったが、強化を望んでいたのが彼女自身であった事もあって、今更断る事は出来なかった。金具で身体を拘束され、椅子に縛り付けられるミクシー。いくつかある装置の前に配置についたレイジと研究員達。何だか、不思議な光景だ。
「では始めようか〜♪」
 いやに声が弾んでいる。やはり、この男は何かする。椅子につながれた装置の前に立つと、その装置のスイッチのひとつがカチッ、という音を立てた。
「うッ…!」
 ミクシーがうめいた。装置はブーンブーン、という妙な音を発している。
「これが電気さ。さて、電圧を上げるぜ!!」
「あっ、ちょっ…!」
 静止を聞かずに、スイッチの横のレバーをガコン、と下げた。
「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああ〜っ!!!!」
 絶叫が窓を突き抜けてきた。ビクビクと身体を震わせ痙攣している。
「や、ヤメロ!!トメロ〜!!!!」
「ん〜、ハーモニクサーは普通の人間より肉体が強靭だから、大丈夫さっ♪」
 ニコニコと悦に浸りながら感電する彼女の顔を見る。
「ブレーカーチェック確認!マキシマムレベルの使用を承認しますッ!!」
 研究員の一人が別の装置を操作しながら、咆哮した。
「よっしゃあ!エレクトリックパワーマキシマムレベル!!」
 レバーが更に下がった。
「あ・あ・あ・あ・あ・あ・あ・あ・あ・あ・あ・あ・あ・あ・あ・あ・あ・あ!!!!」
 途切れ途切れに声が飛び、バチバチという音と共に身体から煙が上がり始めた。
 それを窓越しに見ていた、キザミはギルトの横で腹を抱えて笑っていた。
「ねっ、機械って凄いでしょう?」
 エアも目を輝かせて言う。
「そ、そうですね…。」
 ギルトはそう返事をした。だが、武装列車の中でそう答えた時とは心情がまるで違う。彼女の身を案じながらも、その光景を楽しんでしまっている自分がいた。やけに落ち着いた頭で、人間には好奇心が必要なのだなあ、と変な感心を覚えてしまった。
 それからたっぷり数分間、実験室には叫びが響き続けたのであった。
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