Nine 「超えるべきもの」


 ―――僕が超えるべきもの。それは神ではなかった…。

 クオンの元で修行を始めてから半年が経ち、ギルトは十九歳になった。
 修行は地獄以外の何者でもなかった。ギルトを短期間で強化するために、クオンは最も恐ろしい修行法を選んだからだ。
 クオンは力をうまく扱うコツは、空間を掌握する事にある、と教えてくれた。スペルドライヴは世界の法則に干渉し、自在に書き換える事で能力を発現する。そのため、まずは思念を飛ばして自分の周囲の空間を支配する必要がある。クオンはこの要塞と同じだけの広さを支配し、その中なら自由にスペルを使える。また、スペルの実質的な強さは支配した空間にどれだけの密度で力を発現出来るかで決まる。そして、それらの元手になるのは精神力だ。
 スペルドライヴ発動の源泉となる心を強靭に鍛え上げるべく、この上ない死の恐怖を突発的に何度も味わせる。これにより、生物が本来持つ生への執着を強く意識させる事が出来る。
 しかし、問題なのは彼女の場合はその直後、実際に殺してしまうのだ。その後、スペルで時間を巻き戻す事でギルトは事なきを得たのだが、これを何度も何度も体験するハメになった。しかも、毎回毎回殺し方が違うのだ。ある時は炎で炭になるまで焼かれ、またある時は砂のように分解された。肺に水分を詰め込まされ、陸上であるにも関わらず溺死させられた時もある。
 筆舌に尽くしがたい苦行であったが、ギルトの力は爆発的に成長していった。だが、まだクオンを超えるには至っていない。数時間は粘る事は出来るようになったが、疲労してくるとやはり殺される。それに、何度も死を経験しているのに、直前に感じる痛みと死の恐怖は全く消えない。
 それをある朝クオンを言うと、彼女は呆れて言った。
「何を言ってるんですか。もし、そうなったら私は二度とあなたを蘇生しませんよ。それでは生きる事を放棄した敵達と同じでしょう?死に恐怖を感じなくなったら、生きている価値はありません。」
 それを聞いて、ギルトは自分が大きな勘違いをしている事に気付いた。同じ事を繰り返す事でそれに慣れ、無いものと同様に思うための鍛錬と思っていたが、恐怖があると知ってなお、それを抱えたまま戦いに挑むためのものだったのだ。
「…しかし、僕に出来るでしょうか?神に直面した時、恐怖した状態のまま勇気を保つ事が…。」
 ネガティブな考えがはびこってきている。クオンは、やれやれと肩をすくめた。
「あなたは本当に師匠泣かせの弟子ですね…。力に溺れないのはいい事ですが、ここまで自分を信用出来ないのはどうかと思いますよ。あなたはとっくに私を超えられる力を持っているハズなのに…無意識のうちにその力を抑えている。私を超えられないものと思い込もうとしている。…なぜです?」
 ギルトは返事が出来なかった。それがなぜなのかギルトにもうまく言えなかったからだ。
 これほどの手ほどきを受けているのに、どうして自分は素直に成長して行かないのか。早く彼女を超えて、神に会い、全ての戦いを終わらせたいと願っている。スペルの強さが心の強さに比例するならば、旅立つ前の自分と違うのは一目瞭然のハズなのに…。
「…仕方ありません。コツというのは口で教える事は出来ても、実際にそれをつかむのは学んでいる本人ですからね。今日一日はトレーニングはナシにしましょう。少し気分転換してください。」
 言葉に詰まったこちらを見て、クオンはそう提案した。本日は空き時間となった。

 修行に入ってから、ギルト達にはそれぞれ部屋が与えられた。クオンの要塞内には百を超える部屋があり、そのうち四つが貸し与えられたというわけだ。
 ギルトはベッドに身を投げ出していた。自分に与えられた部屋で自分に与えられた疑問への答えを考えているのである。
(僕が自分を信用していない…?)
 どういう意味だろうか。
 当然、旅の始めの頃は自分に自信が持てなかった。自分の力を恐れていた。それは事実だ。だが、今は違う。今なら自分のため、仲間のために迷わず戦える。それだけの覚悟はしているつもりだ。
(覚悟…か。)
 ちょっと待て。自分のため、仲間のために戦うと言っても、これから待ち受けているのは世界のための戦いだ。たった一人の努力次第で世界の未来が決まる状況にある。全ての生命の運命を変えられる権利があるのだ。
 ダメだ。規模が大き過ぎてイメージ出来ない。
 全く、なぜ悩まなくてはならないのか。こんなところで悩んでいる余裕は無いというのに。望むモノに手が届かないもどかしさ、というヤツか。
 しかし、手が届く可能性があるのは僕だけだ。だったら、そのまま真っ直ぐに行けばいいだけなのに、なぜ僕は悩んでいるのか。分からない。
 不意にコンコン、と音が聞こえた。誰かが部屋のドアをノックしている。飛び起き、ドアノブに手をかける。
「どうしたんです…?皆揃って。」
 開けてみれば仲間達三人が揃って並んでいるではないか。
「いや、君が行き詰ってるから、相談に乗ってやって欲しいって言われてね。」
「クオンが私の手には負えないって言うからさあ。」
「全員で話してみれば何かつかめるかも知れませんし…。」
 三人が口々に理由を告げた。
 以前、ギルトが苦悩していた時も、彼らは部屋を訪ねてきてくれた。あの時は門前払いにしてしまったが、今度はその必要は無い。素直に助けが欲しい。自分の全てを見つめる事は自分独りだけでは不可能だし、他人の視点で初めて気付く事もあるだろう。
 ギルトは部屋に三人を招き入れ、抱えている不快感を説明しようと試みた。
 仲間達はベッドに座ったギルトの向かいにある椅子に腰掛け、話を聞いてくれた。
「…奇妙だなあ、実に。君は悩む事に悩んでいるのか。」
 話を聞き、キザミがそう言った。その通り、言い得て妙である。
「随分、面倒な悩みだねえ…。アタシが相談に乗れる分野じゃないなあ。」
 ミクシーはため息と共に天井を仰いだ。元々、細かい事を気にしない彼女は、この話題に参加する事自体不向きだと自分で思ったのだろう。彼女は自ら口をつぐんだ。
「自分で自分が解らない事って、時々ありますよね。私も自分の力に不安を覚えた事はあります。」
 エアは話に加わってくれた。やはり、幼少期から持ち続けた力に対する不安は彼女にもあったのだ。だが、ギルトが感じているのは全て知った事によって生まれた不安だ。エアが示している不安感と、今のギルトの不安感は何か違うような気がする。
「…私が思うに、君はやはり恐れている。」
 キザミが自分の見解を述べ始めた。
「恐怖というものは、対象に対して興味はあるが情報や経験が少ないために生じるものだからね。神との戦いは初めてだ。前例はクオンという生きた証人がいるが、彼女の情報だけでは明らかに不足している。」
 だが、とキザミは続けた。
「…恐らく、重要なのはそこじゃない。私は君と旅をしてきて君の成長ぶりはよく分かっているつもりだ。進むべき道が明らかになっているのだから、今の君が躊躇する理由にはならない。辛いと解っていてそこに飛び込む勇気があるのは君自身が証明してくれたからね。私は君じゃないから確信した答えは出せないが、君は自分が飛び込む事で別の災いを招いてしまわないかが心配なんじゃないだろうか?」
 なるほど、彼の分析は説得力があった。しかし、一番大切な部分がぼやけている。別の災いとは何か。
「…君は自分で思っているよりも遥かに頭がいい。多分、既に気付いてはいるが、それを理解する事を怯えているんだよ。こんな言葉がある。『神の聖域には近づくな。知らずに来た者には罠が、確信で来た者には罰が与えられる。』ってね。今までは罠に怯えていたが、今度は罰だ。突然罠に落ちるより、決められた罰の内容を告げられて、それが実行されるまで延々と怯える方が辛い事もある…。」
「あっ!」
 キザミの喋っている途中でエアが立ち上がって声を上げた。ウィルチェンジ。白き翼が現れたのだ。
「う、う、これは…!」
 エアが頭を抑え呻いた。
「どうした!?」
 話を横で聞いているだけだったミクシーが椅子から飛び上がりエアの肩をつかんだ。
「み、見える…ギルトさんの心の中…!信じられない…こんな事が…!!ギルトさんっ!」
 エアがびくびく震えながらもこちらに手を差し出した。ギルトはとっさにその手を握っていた。
 翼から閃光が放たれ、視界が光に満ちていく。光が収まった時、ギルトが見たのは真っ白な空間だった。エアが苦悩するギルトを励ました時に見た、自分の心の中のようだ。
 だが、あの時とは何かが違う。白い空間の中に一ヶ所、黒い瘴気が発生していた。ギルトがそこに駆け寄ると、それは形を変え、次第に人の形になっていく。
「お前は…!!」
 ギルトは息を呑んだ。
 ボサボサの黒髪、下がり気味の眉と二重まぶた。それは紛れも無く…。
 彼は歯が折れるのではないかと思うくらい強く噛み締めており、拳もきつく握られている。ミシミシと音が聞こえてくるようだ。
 その者はギルトを目にすると、こちらをじっと見つめた。わなわなと全身が細かく震えている。憎悪に満ちた鋭い目は猛烈な怒気を放っている。
 そして、とても小さな声だったが、彼は確かにこう言ったのだ。
『…壊してやる。こんな世界…!』

「…!」
 ギルトは恐怖に目を見開き、起き上がった。どうやら、気を失っていたようだ。
「良かった、起きたか。随分うなされていたぞ。」
「急に倒れたから驚いたよ。」
「ギルトさん…。」
 仲間三人がほっとしたように言った。
 身体が冷や汗でぐっしょりになっていた。身体が震えている。寒いからではない。どうしようもない悪寒を感じたからだ。誰に?自分自身にだ。
 そうだ。あれは僕だった。僕の中にあれだけの憎悪があるのだ。まさか、僕が恐れているのはあの状態の僕ではなかろうか。
 心というものは不安定だ。いつ、何が原因で変わってしまうか解らない。ひとたび壊れてしまえば、元に戻せるのか。もし、自分が乱心したら…。
(…そういう事…なのか…。)
 分からないというのは嘘だ。間違いない。自分が恐れていたのはそれだったのだ。だが、それを理解すれば神に勝つ事自体を恐怖し、今行っている修行の意味を、旅をしてきた理由を奪ってしまう。
「皆…分かったよ…!僕が恐れていたのは僕自身だったんだ…。」
 苦々しい気持ちになり、片手で頭を押さえた。冷たい汗の感覚を感じる。
 今のギルトが恐れているのは力ではない。力を扱う自分自身の心なのだ。
 薄々感づいてはいた。力が強くなればなる程、心が耐えられるのかという不安は見えないところで蓄積していった。
 人は善と悪、二つの意志を持っている。どんな人間にも絶対は無く、その境界を越える瞬間は神にすら判らないであろう。いくら進化したとて、それは人の心を持つ限り自分も例外ではない。
 人間の恐ろしいところは自ら狂う事の出来る心を持っている事だ。自ら暴走する事を望んでしまえば破滅のレールを走る事になるのだ。最悪の結末を迎えるまでにブレーキは作動させられるのか。誰が止めてくれるのか。
 無理だ。超越者となったギルトは誰にも止められない。神を超え、世界を救ったとしても、今まで戦ってきた敵のようにこの世界に激しい憎悪を持ったとしたら…。神であろうと僕は止められない。僕が世界を滅ぼしてしまう。
 真っ先に深刻な表情のギルトに話しかけてきたのはエアだった。
「見たんですね…。自分の心を…。」
「うん…。君の力を借りる事でようやく理解出来たよ。いや、目を逸らさずに自分が見れた…。僕は世界のために戦う人間でありながら…自分が悩むこの世界を不愉快だとも思っているんだ。」
 そう、この言葉は自分自身を否定する事になる。この答えを出すのが怖かったのだ。
「…それでいいじゃないか。」
 不意にキザミがそう言った。とても明るい声で。
「人間は完璧じゃない。自分が辛い事や苦しい事から逃れるために、全て壊してしまいたいという気持ちは誰の中にもある。でも、人にはそれを抑える気持ちだってある。神を超えた後、自分が変わってしまう事を恐れる必要は無い。少しずつでいい、変わった自分を受け入れていけ。君のままで変わればいい。」
 自分のままで…。彼の言葉はいつも綺麗事だ。耳障りのいい言葉だ。
 それでも、今はその綺麗事が心地良い。結局、自分だってそうなのだから。自分を殺そうとしている相手を無理して助けようとしたのは綺麗事であり、実に青臭い。
 実際、誰にとっても全てを理想的にするのは限りなく不可能に近い。だが、そういう真っ直ぐな考え方は持ち続けたい、と思う。
 果たして、持ち続けていられるだろうか。自分独りが超越者となった世界で…。
 葛藤を始めたギルトに心を決めさせたのは今回もエアだった。キザミが言い終わるのを見計らって、エアがこう言ったのだ。
「ギルトさん…。私は直接あなたの心を見てしまったから…怖がらないでなんて言いません。神を超える事が恐ろしいなら、ここで旅を終えても構いません。たとえ、それでも私は平気です…。」
「…嘘つけ。」
 ギルトは即座にエアの言葉を突っぱねた。エアはびっくりして目を見開いた。
「平気なもんかよ。確かに投げ出したらしばらくは楽になれるだろうけど、そう遠くないうちに全部失ってしまうんだ。嫌いなものだけじゃない。僕が大切にしたいものも全て…。世界が崩れていく時、君の泣き顔は見たくない。君が平気だって言ったって僕が不愉快だ。そんな気分のまま死んでいくのはまっぴらだ。」
 だから、とギルトはエアの目を見つめて叫んだ。
「今の言葉は嘘だと言ってくれ!君が望んでくれさえすれば、僕はきっと戦える!!」
 エアの言葉を聞いた時、迷いは音を立てて崩れていった。
 情けなかった自分にエアは温かくしてくれた。自身の力に不安を抱きながらも、決してあきらめはしなかった。強かったのだ、エアは。
 そんな彼女に弱音を吐かせた現在の自分が許せなかったのだ。
「いつの間にか、カッコ良くなったねえ〜。」
 横でミクシーが歯を見せてニヤニヤ笑っている。突然、恥ずかしくなって顔が真っ赤になった。思えば、あまりにキザったらしい台詞であった。本来ならキザミが言うべきところだ。彼に感化されてきたのかも知れない。
「で、どうなのさ?」
 恥ずかしさを隠そうとエアに問い詰める。彼女はそれを見てクスリ、と笑った。
「はい。嘘です。」
「でしょ?僕が戦うよ。」
「いいや、君だけじゃないぜ。」
 二人の会話にキザミが割って入ってくる。
「ここにいる四人、いや、クオンや今まで出会って意志が通じた人全てが共に戦う覚悟さ。皆で世界を変えてやろうじゃないか!」
 全員がうなづく。
 これほど心が震えたのは今をおいて他に無かった。試すなら今しかない。今、試してみたい。
「…皆ありがとう!ちょっと行ってくる!!」
 ベッドからバネのように飛び上がり、ギルトは部屋を飛び出した。

 勝負は一分もかからなかった。というより勝負にならなかった。
「何か…つかんだのですね。」
 そう言ったクオンに手をかざしながらギルトはうなずく。
 今のギルトにはクオンの身体が発するスペルの力をはっきりと判る。彼女の身体から周囲へと、事象を変えるべく伸びる見えない精神力の流れを感じ取れる。
 ギルトはそれを自らの精神力で押さえ込んだ。クオンが発するスペルドライヴを完全に外界とシャットアウトしてしまったのだ。つまり、今この要塞はクオンに支配されていない。ギルトが空中浮遊と視認不可能の状態を保っているのだ。それも、クオンが使おうとするスペルを封じながら。
 今のギルトはクオン以上の空間を支配している。そして、その空間に彼女以上の威力で力を発現出来る。彼女の、いや彼女だけではない。この要塞内のあらゆる現象は全て自分が自由に出来るのだ。
 空間を支配し、現象を操るという事は、自分が思いつく限りの事は自由に出来るという事だ。本来ならありえない、冷たい炎や軟らかい石なども創ろうと思えば創れるのだ。精神力が保てさえすれば。
 いざ自らのタガが外れてみれば、かつての師はあまりに貧弱だ。今までのなぶられ続けた修行の仕返しも思いのままだ。だが、ギルトは手を下ろし、発動を止めた。
 なぜなら、それが自分の最も恐れる事に他ならない。自分に心地よい世界にするために、自分に都合の悪いモノを片っ端から排除する。自分の嫌う排斥を自ら行う事なのだ。
 クオンは慌てて要塞周囲の空間を支配し直し、要塞の崩落を阻止する。
「これからは…私が貴方の力の練習台になりましょう。私を超えたとはいえ、神と戦うにはもう少し慣れが必要になるでしょうから。」
「慣れ?この世界全てを支配する事の、ですか?」
 神はこの世界の法則を創造した。ならば、この世界の法則全てを自由に書き換えられなければ勝ち目は無いという事になるハズだが。
「いえ、神は貴方が思っている程遠い存在ではありません。まさか、神は一瞬にしてこの世界を形作ったとでも思っていたのですか?自分の周囲から少しずつ創造していったそうですよ。今、実際に見た限りでは貴方は、私がかつて戦った神に匹敵するスペルの力を放出していましたよ。私が言っているのは、貴方の力に貴方の心が慣れる時間が必要だという事ですよ。」
 人外の力に人間の心が慣れるための練習台になってくれるというのだ。しかし、それはクオンが自分の生命を自由にしていいと言っているのに他ならない。ギルトが彼女を殺し、そのまま放って置いたら終わりだ。なぜ、そこまでの覚悟があるのか。
(死を避け続ける私にとって、あなたの存在は生きる目的でもあるんです。)
 修行を始める前、クオンはそう言っていた。
 今のギルトなら、不死身になろうと思えばなれるだろう。しかし、永遠に生き続ける事は果たして幸せなのだろうか。クオンを見ていると、そうでもないようだ。
 時間が無限にあるのなら、いつだって出来る。そうやっているうちに、生きる事に意味など見出せなくなってしまうだろう。人は自分が幸福を感じていなければ、他人がいくら幸せに見てくれたって不幸なのだ。
 彼女は自ら満たされたいのだ。そのために、生命を賭けている。
 人は誰しも、自分のために生きる。だが、自分のためだけに生きているのとは違う。逆に他人のためだけに生きられる人間もいないが。
 クオンがギルトの成長を自分自身のためとして生きてくれるのならば、ギルトもまた自分自身のために生きなければならないと思う。同じだが違う人間として、その魂を汲み取らずにいられなかった。
「では…クオン、お願いします。僕はこの進化を必ず正しい方向に導いてみせます。」
 新たに誓いを立てる。生きるためにだ。
「勿論、私もそう願っていますよ。」
 その誓いに大きな価値がある事は、次にクオンが見せた微笑が証明してくれた。

 この日は最高に寝つきが良かった。レイジから貰った睡眠薬はもう残り少なかったが、利用するまでも無かった。
 しかし、この日は夢を見た。世界が半分だけ消える夢であった。自分は世界の外側にいて、それを見ているのだ。
 初めて変異奇獣に会った時のような悪寒を何千何万にも増やしたような悪寒を感じた。何かが起こっている。
 だが、ギルトは臆する事なく、消えた世界の半分を直し始めた。途中、得体の知れぬ何かが妨害してきたが、ことごとく打ち砕き、退けた。
 完全に世界が元に戻った時、その夢はかすんでいった。

 翌日、朝早くにすっきりと目が覚めたギルトは自らクオンの待つ修行の間に向かった。
 クオンは昨日と同じように既にそこにいたが、何か雰囲気が違う。
「…来ましたか。」
 少し困ったような顔をしている。
「クオン、どうかしたのですか?」
「落ち着いて聞いてください。」
 問いかけに対して、クオンが話し始めた。
「…神は我々の世界からは隔絶された領域に存在しています。」
 この言葉が出た時点で彼女の言わんとしている事は察しがついた。
「…その領域が変異奇獣に襲撃されたそうです。」
「…そうですか。」
 やはり、敵が動き出したのだ。眠っていたから夢の中で感じたが、起きていればもっとはっきり感じ取れただろう。
「…あまり、驚きませんね。」
「もう驚いてもいられなくなりました。あなたのお陰ですよ。」
 そう言って苦笑いすると、ようやくクオンの表情に笑みが生まれた。
「良かった。では一気に要点だけ話しましょう。神はもう時間が少ない、と言ってきています。準備が整い次第、判断をしたいと。急な話で申し訳ないのですが、早いところ神を人間の側につけてくれませんか?」
 ようやくこの時が来た。
「分かりました。でも、その神の領域までどうやって向かえば…。」
「神の領域は神がこの世界とは別に創り出した空間です。でも、丁度隣にある世界ですから、入り口がこの世界のどこかと必ずつながっています。スペルの感覚を拡大して探せば見つけられます。もっとも、神も結構切羽詰ってるみたいで、今つながっている場所を教えてくれましたけどね。あ、ゲートは私が開きますよ。この要塞も今そこまで移動を開始しています。貴方に余計な力を使わせるわけにはいきませんからね。」
 早口でぽんぽん言うところをみると、切羽詰っているのはクオンも同じようだ。つまり、クオンにとっても最後の戦いが近いのだ。ギルトを送り出した後はその勝敗に関わらず、全ての変異奇獣を倒すための仲間を集めなければならないのだろう。
「ではそこに着き次第、最後の戦いに向かいます!」
「ちょっと待ったあ!」
 ギルトの叫びにもうひとつの叫びが重なった。
「まさか、アタシ達を置いていこうってんじゃないだろうね?」
「私達も最後まで一緒に行きますよ!」
 三人の仲間が修行の間に飛び込んできた。
「勿論、今更僕独りだけで戦うつもりなんかありませんよ。今、起こしに行こうかと思っていたけど、その手間も省けたみたいですし。」
 この言葉を聞いた三人が次々と言葉を返した。
「言うじゃないか。だが、その言葉が頼もしい!」
「アンタ変わったよね。最初の頃はただ優しいだけの男だったけど、今じゃ神様レベルだってんだし!」
「頼りにしてますよ。でも、いざって時はもっと頼ってくださいね!」
 実質、神と戦うのはギルトだけだが、それを見守る事が彼らにとっての戦いだ。共に戦うのだ。
 そんなやり取りをしているうちに入り口に着いたようだ。近づいたせいか、スペルを意識的に開放していないギルトにも位置がなんとなく判った。
「皆さん、着きました!この部屋にゲートを開きますよ!!」
 クオンは両手をかざし、意識を集中し始めた。やがて、空間が歪み、円形のゲートが浮かび上がった。ゲートの表面には白い壁で囲まれた通路が揺らいでいる。どうやら向こう側、神の領域の景色らしい。
 さあ、運命のゲートは今開かれたのだ。
「開きましたよ!健闘を祈ります!!」
 クオンの一声を機に、四人は一斉にゲートに向かって飛びこんだ。

 そこはまさに神秘の空間だった。白い壁に囲まれた通路が真っ直ぐ続いている。
「ここが神の領域か…。」
 何の変哲も無い通路だが、ギルトには判る。この空間にはスペルの力が満ちている。それも、この通路を形作る事以外、何にも作用していないニュートラルで純粋な力があふれている。今まで生活していた世界よりもルールを形作る力が強いのだ。
「何だか、張り詰めた感じがするな。」
「ああ、頭がキーンとするような感じだな。」
 キザミとミクシーがそう言った。黙ってはいたが、恐らくエアも同じだろう。ギルトはスペルドライバーだからこの空間を理解出来ているが、彼らには高密度過ぎて感覚がついて来れないのだろう。
 だが、今はそんな事に構っていられない。
「皆、この通路の奥まで一気に飛びます。いいですか?」
 仲間達がうなずいたので、全員にスペルをかけて高速で通路を飛行し始めた。
 徐々に通路の奥が見えてきた。門があるようだ。この門の向こうに戦うべき存在がいる。
「…!皆、気をつけて!この空間のルールが変わる!!」
 突如、通路が変形を始めた。四角い形だった通路はチューブの中ような円形になった。そして、ところどころに小さな突起物が出現した。
「凄いな!神はこんな仕掛けまで創れるのか!」
 キザミは未知のものなら何でもいいらしい。こんな状況でもさっぱり緊張していないようだ。その一方、ミクシーとエアは突然の変化に目をパチクリしていた。
 しかし、ギルトには次に何が起こるのか予想出来ていた。
(…攻撃してくるか。)
 突起が発光し、そこからは光弾が飛んできた。
「…食らうか!!」
 ギルトは一喝と共に、スペルの力をぶちまけた。光弾は消滅し、筒状の通路が粉々に崩壊…したかと思ったら、再び四角い通路に戻った。神が操作した空間を強引に一度破壊し、初めてここに入った時と同じ形の通路に戻したのだ。無論、突起だけは復元していないが。
 恐らく、神が仕込んだ防御機構が働いたのだ。先刻、変異奇獣の襲撃に遭ったばかりという話だから、警戒レベルを落としていなかったのだろう。もっとも、招かれた客であるこちらには邪魔で仕方ないものなのだが。
 幸い、この通路には他に妙な仕掛けは無かったので、門までは難なく辿り着けた。
「着いたはいいが、どうすれば開くんだよ?」
 アタシは今奇獣持ってないし、と言いたげにミクシーが目の前の門を眺めながらため息をついた。
「皆、下がって!招いておいて出迎えもないなら、壊して入ります!!」
 言い終わらないうちにギルトは門に拳を叩きつけた。
 ―――ボゴォン!
 鈍い音と共に扉は崩れ、その向こうに広がる景色が視覚に飛び込んできた。
「うわっ!?」
 ギルトは思わず叫びを上げた。
 その部屋はだだっ広かったが、その中にはかなりの数の―――百体くらいか―――変異奇獣が満ちていた。それらが、扉を壊したこちらを一斉に振り返ったのだ。だが、振り返ったそれらは一瞬のうちに塵と化した。背後から飛んできた閃光が全ての変異奇獣を破壊していた。つまり、自分達が扉を破壊した事で変異奇獣達に隙を作らせた事になる。
『来たか…。』
 今いる誰のものでもない声が響いた。閃光が飛んできた部屋の奥に視線を向かわせると、空中にひとつの影があった。ゆっくりと近づいてくる。
(…竜人!)
 それはまさにそう形容するに相応しい姿をしていた。ワニにように大きく裂けた口、黄金の宝玉のような目、肩まで伸びた深紅の髪。まといし銀の鎧から出ている四肢の筋肉は発達しており、それを緑色の鱗が覆い金属のような光沢を放っている。右の手には光る剣が握られていた。
 クオンの言っていた神の特徴と一致する。
「…あなたが神か!?」
『それはこの世界で最初に生命となった我々をお前達人間が指す言葉としての、《神》か?』
 質問を質問で返され、戸惑った。返された質問にその通りだ、という答えを返したなら、神もまごうことなき生物であるという事になる。
『いや、お前達人間が我にそう問うのならばそういう意味なのだろう…。そうだ、我は神だ。古に人間から名を貰った。我が名をドラグナーという。』
 竜人の姿をした神、ドラグナーはそう告げた。
 クオンから一番最初に生まれたのは神だと聞いてはいたが、神とは大きな力を持った何か、のようにしかイメージしていなかった。なので、ここでようやく神は感情を持ち、生きる存在だと理解した。
 そうか、やはり生命は生命から生まれたのだ。しかし、それでは彼らはどうして生命となったのか。
「ではドラグナー、あなたはいつから私達の言う《神》となったのですか?」
 キザミがギルトも思った疑問を口にしていた。
『…それは我々にも不明だ。そもそも、我々の存在が全くの偶然であり、必然であるからな。』
 意味が解らない。そのままの意味で受け取るとしたら、生命とは何の前触れも無く突然現れた事になる。キザミはドラグナーの物言いに何かを感じたのか、ふむ、とだけ言って黙り込んだ。
『…ギルト・シオン、お前を試す前に話しておきたい事がある。これはクオンにも詳しく話していない。現在、この世界が立たされている状況についてだ。着いて来い。』
 そう言うと、神は振り返り、部屋の奥に向けて移動を始めた。ギルトはもう一度スペルを発動し、仲間達と彼の後を追った。
『ここだ。』
 ドラグナーが部屋の奥の壁に手をかざすと、通路が出現した。いや、出現したというのは違う。彼がスペルを操作し、通路を創ったのだ。外界から完全に隔離されていたという事は、何か重要な物があるようだ。
 通路の奥には先程とはうって変わって小さな部屋があった。大人が十人も入ればいっぱいになってしまう部屋だ。そして、その部屋の中には既に一人の少女が待っていた。薄い絹のような衣をまとっており、下にある肌が若干透けて見える。
 いや、少女ではない。それ以前に人間ではない。背中に翼が―――それも二対も―――生えた人間など見た事がない。しかも、その翼はうっすら光を放っており、エアがウィルチェンジを発動した時のあの翼に酷似していた。
 髪の色が乳白色で腰まで伸びていたが、その長さに反して表情は幼い。ギルトに初めてスペルドライヴを発動させた頃の妹を想起させた。
『…ドラグナー!この方々はもしや…。』
 その少女はこちらを見るなり、弾んだ声を出した。
『そうだ。我々の生きる意味がもうすぐ完成する時が来る。人間達よ、紹介しよう。彼女も我と同じ神だ。』
 随分かけ離れた姿をしているが、彼がそう言うのならそうなのだろう。
『ミスティーと呼ばれています。よろしく。』
 二体目の神、ミスティーはそう名乗って無邪気な笑みを見せた。
「ドラグナー、なぜ彼女はこの部屋に?まるで、かくまってるようだが…。」
『その通りだ。彼女には我のように物理的に戦う力は無いのでな。まあ、まずはかけてくれ。』
 ドラグナーはキザミにそう返答し、握っていた剣を分解して消すと、その代わりに四人の近くに浮遊する板を創り出した。全員が座ったのを機に、二体の神は交互に説明を始めた。
『かつて、この世界の概念を決める戦いがあった。二つの概念が戦い、一方が勝った。それが現在の世界だ。もう一方の世界とは…そうだな、現在の世界と真逆の性質を持つ世界だと考えればよい。ありとあらゆる存在、可能性が否定される世界だ。』
『しかし、遥か昔、敗れたはずのもう一方の世界が再び戦いを挑んできました。』
『その時、我々は自分達がこの世界の《意志》によって生み出された偶然であり、また必然である存在だと知った。』
『そして、私達は自身が成長する能力を引き換えに、もう一方の世界を封じました。成長する力はその世界の《意志》によって性質を逆転させ、その世界を永遠に停滞させる…はずでした。』
『だが、この世界で進化を続けてきた生命の中で、自ら生命としてのルールを歪め、破るものが現れた。』
『それが、《人間》です…。』
『自ら滅びを望む事が出来る恐るべき精神構造を人間は進化の中で獲得してしまった。そして、それらが今我々と同じ場所に立とうとしている。』
『更に悪い事に、本来の性質を捻じ曲げて存在しようとする意志が、もうひとつの世界に力を与えています。貴方達が戦わねばならなかった変異奇獣はもうひとつの世界が私達の作った奇獣を捻じ曲げて創り出した尖兵に過ぎません。だから、私達としても不本意ですが、人の心を試さねばなりません。人間が私達の後を託すに相応しい生命かを。』
『人間が生きるべき存在ならば、我々は我々を超えた生命、人間に後を託すつもりでいた。だが、滅ぶべき存在ならば一度全て根絶やしにし、もう一方の世界が復活するのだけは避けなければならない。』
『そのための覚悟があるのか、もう一度貴方達に問うておきたかった。』
「僕の答えは決まっている。」
 ミスティーの言葉の後に間髪入れず、ギルトは言った。
「勿論、僕は戦う。でも、今の話を聞いて思った。僕が戦うべき相手はあなた達じゃない!」
『ほう?』
 ドラグナーは意外そうな顔をした。
「人が自ら邪悪な意志を獲得したのなら、戦わねばならないのはそれのハズだッ!!ドラグナー、あなたじゃない!!」
『我を力で超えるだけでは違うというのだな。我を始めてドラグナーと呼んだ人間もお前に良く似ていた…。』
 不意に昔を懐かしむ目をした竜人に、今度はギルトが意外に思った。何だろう、随分人間臭い神様だな。人間は彼らをリセットさせてから再び進化したものだから、似通っているところが出てきてもおかしくはないのだろうが。
『いいだろう。…ならば、人が生きるべきかどうかはお前自身の心に尋ねる事にしよう、ギルト・シオン!』
 そう言ってギルトの顔を指差した。それから、片方の目でちら、とミスティーに目配せした。
『私の力が要るようですね!彼の心、まるで今のこの世界の縮図のようよ!』
 彼女は嬉しそうに笑いかけるとドラグナーに飛びついた。
「…人の心が読めるのですか!?」
 エアが立ち上がり叫んだ。
『ええ。思考を深く読み取る事は無理だけど、大まかなら解ります。あら?貴女は…私と同じ進化を選んだのね。』
 ミスティーの言葉で合点がいった。物理的に戦う力が無い、というのは彼女がウィルチェンジの元になった神、という事か。恐らく、進化の兆しを探知していたのも彼女だろう。進化とは生物が新たな環境に適応するためのものだ。限界を超えようとする意志が根底にあってもおかしくはない。
「何が何だかよく解んないけど、とりあえずアンタらと戦う必要はないんだな?」
 今までの話が理解不能だったのか、顔をしかめたミクシーは独自に結論をつけようとした。
 しかし、そう言ったミクシーを見た瞬間、ミスティーは突然悲しそうな顔をした。
『残念ですが、事態はもう少し複雑です。』
「…そう言えば、神は三体いると聞いていたが、もう一体の姿が見えないな。」
 キザミがそう言うと、彼女は一層悲しそうな顔になった。
『やはり、解りますか?貴方は人一倍、洞察力が鋭いですね…。』
 もし、ミクシーが単にアンタ、と言っていれば意味が違っていたが、アンタら、という事は神々全体を指している。
『本来なら、お前達にも会わせたかった。だが、我が盟友ポゼスターは異界の力に侵されてしまった。もはや、奴は我の知る友ではない…。我々生命は本来、肉体・精神・霊体の三つを持っている。我々はそれぞれを象徴する神だった。私は物質を、ミスティーは心を、ポゼスターはその二つのつながりを自在に操る事が出来た。ミクシー・ライザー、お前が奇獣と融合する際、二つの肉体は混ざり合っているのに、どうして二つの精神は混じってしまわないのか考えた事はないか?お前の持つ力が肉体と精神のつながりを制御しているのだ。お前達がハーモニクスと呼ぶ力は元はポゼスターのものなのだ。』
 見れば、ドラグナーも沈んだ声になっている。
「では、先程戦っていたのは…。」
『そうだ。奴が差し向けた。我はかつて奴と協力して奇獣を創り上げた。だから、奇獣は肉体と霊体しか持たない。人間の人口を統制する命令は霊体に仕込んだものだからな。それが仇となったのだ。異界の力はまず精神から破壊を試みる。空の状態だった精神に憎悪を詰められ、この神の領域に存在する奇獣は全て変異奇獣となってしまった。』
『異界の力に侵された存在は、可能な限り他者を巻き込んでから死のうとするようになります。そして、霊体・肉体も続いて侵され、生命である事を捨てたそれはやがて、完全にこの世界から消えてしまいます。』
 そういう事か、メルダに回復スペルが効かなかったり、キザミ達の傷の治りが遅い攻撃があったのはそのせいだったのか。どちらに転んでも異界の力を浴びた者は確実に始末出来る…汚い方法だ。
『だから、奴は我々が止めねばならない。それが共に生命を見守ると誓った我々の…。』
『…ドラグナー!!』
 いきなり、ミスティーはしがみつく様にしてドラグナーの身体を抱きしめた。今にも泣き出しそうな表情をしている。
『…奴が来たのだな。ギルト・シオン、すまないがお前を試す前に我々の問題を解決させてもらいたい。ミスティー、ここにいろ。決着をつけて来る!』
 ドラグナーは再び通路を開きあの部屋へと出て行った。彼は出て行った後、早々と通路を閉じてしまった。
「僕らも行こう!」
 迷いは無かった。それに万が一、彼に死なれたら自分を試す機会が永遠に消えてしまう。
「だな!」
「あーもー、とりあえず今から来るのをブッ飛ばせばいいんだな?」
「でも、通路が閉じてしまいましたよ。」
 無関係のギルト達と戦えないミスティーを守るために彼は通路を閉ざしたのだろう。無関係?違うな!もう関わってる。
「道が無いなら僕が創る!」
 彼が塞いだ通路を無理矢理こじ開けてやった。人が通るには十分のトンネルが出来た。
『お願いします、皆さん!』
 ミスティーの声を背中で受け止め、ドラグナーを追った。
『なぜ来た?お前達!』
 部屋に飛び込んできた四人にドラグナーは驚きこちらに振り返った。既に戦闘態勢に入っており、先程持っていた光の剣に加えて、腕部に暗色の盾を装着していた。
「僕達も戦う!その方が早く片付く!」
『これは我々の問題だと言ったはずだぞ!!』
 ドラグナーが声を荒げた。自分達の因縁は自分達で解決したいという事か。やっぱり、随分人間にかぶれている神様だなあ。だけど、今はそういうプライドなんざカス程の値打ちも無い。邪魔なだけなんだ。
「だったらどうして僕達を呼んだ!?第一、呼んどいて出迎えにも出なかったくせに!!これは僕達にとっても戦いなんだ!今更、ガタガタ言うな!!僕は戦うッ!!!あんたが厭だと言ったって勝手に戦うからな!!文句は言わせない!!」
 ギルトは早口で一気にまくし立てた。次の瞬間、ドラグナーが声を上げて笑い出した。
『…ハハハッ!!好きにしろ!全く、時折地上に降りて人間に会うたび思うが、どうして言葉を交わしているとこうも魂が揺さぶられるのだろうな!』
「きっと、それが生きているって事なのさ。」
 キザミがそう言い、二丁の銃を抜いた。
『…ムッ、来るぞ!上だ!』
 部屋の天井を突き破り、何かが現れた。
 それは黒い球体であった。しかも、ひとつだけではない。大きさの違う無数の球体が最も大きな球体を元に細い糸のようなもので結びついた奇怪な姿をしていた。本体の大きさはこの部屋の半分程もあった。
『…人間共と徒党を組んだか、ドラグナー。だが、俺は止められんぞ。全ては無に帰すべきなのだ。』
 黒い球体の表面に一つ目が見開かれた。透明な瞳はまるで奇獣のようだ。ただ、その中で渦巻く憎悪の影を除いては。
 これが三体目の神、ポゼスター。霊体を操り、奇獣を統べる存在。だが、今はその性質は捻じ曲げられた。彼を破壊しなくてはならない。
『…必ず止める。お前と刃を交わすのは今回が最後だ!我が力限界まで高め戦おう!!』
 ドラグナーの周囲のスペルが活性化し始めた。彼は本気を出すつもりだ。
『…いいだろう。お前との因縁も、この世界の未来もここで終わりだ!!』
 ポゼスターが作った穴からは大小様々なサイズの変異奇獣が大量になだれ込んできた。
「ミクシーとエアさんは下がってて!キザミさん、二人を頼みます!!」
 奇獣を失っているミクシーとエアには実質的な戦闘力は無い。彼に守ってもらわねば危険だ。
「よし、雑魚はまかせたまえ!」
 キザミが応じたのを機にギルトもスペルを開放する。
『行くぞ!!』
 ドラグナーは宙に浮かぶポゼスターに向け、剣を一閃した。その軌跡からは光の波が放たれ飛んでいく。立ちはだかる変異奇獣を次々と切断している。だが、その光はポゼスターの表面に発生した膜のような闇が遮ってしまった。
『…無駄だ。お前の創ってくれた奇獣生産プラントは総て俺が同化吸収させてもらった。今ならお前並に物質を操れるぞ!!自ら生み出した力によって滅びるがいい!!』
 無数の黒い槍が空中に出現した。あれはメルダの生命を奪い、カイナがミクシーを暴走させた槍だ。こいつが諸悪の根源だったのだ。その先端がそこにいる全員の方向を向いた。
『そうはいかん!』
 ドラグナーが手をかざすと、槍が次々と爆破された。ポゼスターもまとめて爆破しようとしていたようだが、奴だけはスペルを遮っていた。
『…無駄だと言っているだろう。不可能なのだよ!どんな生命も進化の果てにはその力を持て余し、滅びるのだ!!』
 今度は敵の表面から強力な衝撃が放たれた。ドラグナーは盾をかざして発生させた防壁で、ギルトは仲間達四人も含めてシールドを張った。しかし、敵は衝撃を放射し続けた。部屋の周囲の壁がミシミシと音を立てて崩れ出し、一緒に引き連れてきた変異奇獣も半数は巻き添えを食っていた。それでもお構いなしだ。
『…だから、俺が滅ぼす。総てを滅ぼし、俺も消えよう。死こそが救い!虚無こそが真の安寧なのだ!!』
「黙れぇぇぇーッ!!!」
 理不尽な言葉にギルトの感情が爆発した。死こそが救い?虚無こそが真の安寧だと?ならばなぜ、生命は生まれてきた!?
「ソードオブレーヴァテイィィィィィーン!!」
 ギルトは仲間達のシールドを維持したまま、手のひらに光の刃を創り出した。それは純粋なエネルギーの塊だ。渾身の力を込め、投げつける。衝撃の中を切り裂き、真っ直ぐに飛んでいく。
『効かんと言っている!』
 再び闇の膜が光を押し留めようとする。
「うるせぇぇぇぇーッ!ブチ抜けえぇぇーッ!!」
 止まった光に向けて後ろからスペルで後押しした。止まるハズがない。この程度の力で止められはしない。今まで培ってきたものはもっと大きかった!
 ―――グワシャ!
 闇を貫通し、本体を突き抜けた。本体の大きさから見れば、ボールに一本針を刺したようなものだが十分だ。ダメージは与えられる。ハチの巣になるまで攻撃してやる。
「食らえ食らえ食らえぇぇーッ!!」
 両手に光の剣を生み出しては次々と投げつける。敵は防壁をさっき以上の出力で張り直したようだが、それこそ無駄だ。いくら強い出力だろうが、その上をいってやる。
『そ、そんな馬鹿な!このプラントの出力総てを上回るのか!?』
 バリアは紙のように突き破られ、本体をいくつもの光が貫いていく。もはや、放っていた衝撃も維持出来なくなったようで、圧力は消えていた。
『まだ、異界となるのを選択するのは早い、という事だ。』
 ドラグナーもこの機会を逃さず、高速で移動しつつ、本体とつながっている糸の部分を次々と切断していた。
『クソォ!出力が上がらない!!おのれッ!!』
 激高したポゼスターは切断された球体に強引にスペルを働かせ、戦えないエア達の方に投げつけた。キザミがショットガンを連射し破壊しようとしたが無理だ。威力が足りない。
「くッ!間に合うか!?」
 ギルトはスペルを働かせ、動きを止めようとした。だが次の瞬間、不思議な事が起こった。
「あれ…?止まった…。」
 ギルトが止めたのではない。自分から止まったのだ。
 驚くべき事が起こっていた。ポゼスターが自ら、攻撃を止め、飛ばした球体を分解したのだ。どういう事だ。今までの敵はこんな事無かった。
『…いいぞ。早く、今のうちに俺を殺せ。』
 苦しそうに、押し出すような声がこだました。見れば、彼の目に渦巻く邪気が静まっている。
『…早く、早くするんだ!俺は…お前達を滅ぼしてやるゥゥゥーッ!!』
 遮られたかのように途中で口調が豹変した。目にも邪気が戻った。だが、身体がガクガクと細かく振動し、混乱しているようだ。どうなっているのだろう。
「ギルトさん!彼、まだ自分の意志が残っています!!ずっと今までこの時を待って抵抗していたみたいです!!」
 エアが叫んだ。見れば、ウィルチェンジの翼が広がっている。エアが見たのなら間違いない。彼はまだ生命の意志を持っている。しかし、どうする。どうやって助ければいいのか。
「ギルト君、ひとつひらめいたぞ!」
 キザミが駆け寄ってきた。
「ポゼスターは精神と肉体のつながりを司る神だと言っていたな!ならば、同じ能力を持つミクシーの身体に彼の精神だけを移せないか!?」
『なるほど、それは可能だ!このまま殺す前に試す価値はある!』
 ドラグナーが周囲の球体を砕きつつ叫んだ。彼のお墨付きがあれば可能性はある。
「解った!やってみよう!ミクシー、来てくれ!!」
「ええ?何?アタシどうすんのさ!?」
 何が何だか解らないような顔をしつつも、ミクシーはギルトのそばにまで走ってきた。
「今から、君を攻撃から守るから、奴の精神を救ってくれ!」
「ええっ?どうやるのさ!?」
 くそっ、ミクシーをもう少し複雑な話に慣れさせておくべきだった。でも、今はそんな時間は無い。
「とにかく、ぶっつけ本番でやるしかない!君の身体に奴の精神を移すんだ!ダメだったらダメでいいから!!」
「…うーん、アタシがアイツに触れてアイツを呼べばいいんだな?やってみる!」
 ミクシーがポゼスターの本体に向け、走り出した。それとほぼ同時に敵はコントロールを取り戻し、ミクシーに向けて槍を投げつけようとしてきた。
「させるか!!」
 ギルトは無数の光弾を創り、次々と生み出される槍を破壊し続けた。
「カバーはまかせろ!」
 ギルトが撃ちもらした槍はキザミが撃墜してくれた。
 やがて、敵の真下辺りまで辿り着いたミクシーが叫んだ。
「アタシを飛ばせッ!」
『我がやる!我が盟友を頼んだぞ!!』
 ドラグナーがスペルでミクシーの身体を空中へと打ち出した。引き続き、空中でも攻撃に狙われ続ける彼女を守る。
『何をする気だ!?やめろ…すまない、俺の為に!』
 ポゼスターは再び自我を奪い返した。ミクシーが彼の表面に到達、手を当て、咆哮する。
「来い!神様ッ!!」
 その時だった。なんと、ポゼスターは自分の周囲に残っていた球体を自分に向けてぶつけたのだ。
「うわあああーッ!!」
 ミクシーが弾かれ、宙に舞う。
「ミクシー!」
 ギルトは彼女に向けてスペルを発動した。彼女の身体を拘束し、全速力で自分に向けて飛ばした。
 ―――ズン!
 自分を強化してはいなかったので、ミクシーを受け止めたらひっくり返ってしまった。鈍い痛みが腕から身体にかけて広がっていく。じわじわと増す痛みを全身から感じる。
 勢いが強過ぎた。腕と肋骨、折れてるみたいだ。だが、この程度すぐに回復出来る。瞬間的に復元し、立ち上がる。そんな事より、ポゼスターは!?
「ミクシー!?」
「大丈夫!来たよ、神様!アタシの中にいる!」
 ミクシーがひっくり返ったまま左手を胸に当て、右手でグッドサインを作った。
 成功だ!
「よおおしっ!じゃあ、後はあの粗大ゴミをブッ潰すだけだなッ!!ドラグナー!決めるぞ!!」
『心得た!!』
 ドラグナーは高速でギルトのそばまで移動してきた。
『グギィィィィーッ!!ゲォォォォーッ!!』
 本来の精神を奪われ、言葉も無くしたようだ。獣のような叫びを上げ、あたり構わず攻撃を始めた。もはや、この球体は現状に憎悪を抱き、破壊を続けるだけの忌まわしき存在でしかない。
『やはり、虚無に帰るのは貴様の方だったようだな。異界の魔獣よ、無に帰るがいい!』
「僕達はお前の存在を絶対に許さない!消えろ!!お前を生み出した暗き意志の元に逃げ帰り、二度と戻ってくるなッ!!!」
 ドラグナーとスペルドライヴの力を同調させ、一気に開放させた。エネルギーの束が何重にも放たれ、次々と黒い球体を貫いていく。まばゆいばかりの閃光はその球体が完全に消滅するまでそこに輝いた。
「…やった。」
 全力のスペルドライヴを長時間連発していたので、戦いが決した途端に力が抜けて座り込んでしまった。
『…ありがとう。お前達のお陰だ。我が盟友を救う事が出来た。』
 ドラグナーもガクッ、と膝をついた。やはり、神だろうが疲れるものは疲れるらしい。
『…まさか助けてもらえるとはなあ。ドラグナー、人間はもう十分進化したみたいだなあ。』
 ミクシーが突然別人のような口調で喋り始めた。いや、これはポゼスターだ。
『悪いな、人間様よ。お連れさんの身体、ちと借りてるぜ。肉体が無くなっちまったからな。しばらく居候するが頼むわ。おっと、いつでも交代は出来るから心配は無用だぜ。』
 何だか、随分軽い性格のようだ。
『それに俺を助けてくれた特典はちゃんとあるんだぜ?神だからな。ハーモニクスの力は無限に使える。変異していない奇獣なら何体だろうが一辺に操れるし、何体だろうが一辺に融合出来るぜ。このお嬢さんも大分パワーアップするというわけさ。』
 加えてお喋りだ。ドラグナーより人間臭い。
『ポゼスター、お前のその喋り方を聞くのも久しぶりだな。お前が異界の力に取り込められてから、実に五百年ぶりだ。』
 ゆっくりと立ち上がったドラグナーは本当に嬉しそうだった。盟友と呼ぶだけあって、友情は深いようだ。五百年もの間、戦い続けていたのだから。
『ところで、彼女はどこだ?まあ、俺がいなかった間、うまくやってたんだろうな?』
 ドラグナーはそれを聞いた途端、慌て始めた。
『…ま、まあ、な。勿論、安全な所にいる。案内しよう!』
『フハハハ!羨ましい、実に羨ましいぞ!…ああ、多分このせいなんだろうな。俺が異界につけこまれたのは…。』
 ドラグナーは逃げるように、ミスティーをかくまっている壁の方へ歩き出した。
 ポゼスターの発言とドラグナーの反応を見て、一発で解ってしまった。
(ドラグナーとミスティーの間には恋愛感情がある!!)
 神様って、すげえや。もう、人間と変わんないじゃん。
 ドラグナーが壁に通路を開き、照れ隠しに大声で呼ぶまでギルト達はぼーっ、としていた。

 その後、驚いた事に神の領域で夜を明かす事になった。戦闘直後で疲弊しきっていた全員を回復させるため、神の力を借りて丸一日睡眠を取った。
 なぜなら、ギルトが挑む最大の試練は万全の状態でなければならなかった。ギルトが戦うのはもはやドラグナーではない。自分自身となったのだから。

 目が覚めると、ギルトの身体は仲間達と共に既に修復された部屋にあった。ポゼスターと戦ったあの広い空間である。
『目覚めたか?調子はどうだ?』
 ドラグナーが音も無く現れ、続いてミスティーとミクシーの身体を借りたポゼスターが現れた。
「最高だ。いつでも始めてくれ。」
 そう言って起き上がると、三体の神々はうなづいた。
『では!』
『始めましょう!』
『最後の試練を!』
 すると、眼前に物質が集まり始めた。
(…なるほど、そういう方法か!まさに自分との戦いだ…!!)
 試練の方法をギルトは悟った。
 これはドラグナーのスペルドライヴだ。次第に物質の密度が増し、形が見えてきた。それは自分と全く同じ姿をしている。ただ、髪の色だけはギルトと違い真っ白だったが。
 次にミスティーの翼が輝く。目を閉じていたもう一人の自分が覚醒した。
 最後にポゼスターがそこに手を触れた。その一人の自分に表情が生まれた。歯を見せ、不気味にニヤリ、と笑った。
『さあ、今までの自分と決別するのだ。でなれば、心は新たな進化を受け入れない。』
「死ぃねえええエーっ!!」
 ドラグナーが言い終わるや否や、もう一人のギルトは拳にエネルギーを込め、殴りかかってくるではないか!
 間違いない、完全なる自分のコピーだ。ドラグナーが肉体を形作り、そこにミスティーがギルトの精神をコピーし、マイナス思念のみを切り取ってから肉体へと移す。そして、ポゼスターがこの二つを結びつけた。
 ポゼスターがいなくてもコピー自体は出来ただろうが、彼無しでは時間無制限の試練には出来なかったハズだ。精神と肉体がバラバラでは長時間自我を維持出来ないハズだ。つまり、どちらかが倒れるまで試練は続くのだ。
「…くッ!?」
 とっさに反応し、同じ要領で受け止めた。完全に拮抗し、ピクリとも動かない。互角だ。
「ギルトさん!!」
 後ろでエアが悲鳴を上げた。彼女がこちらに駆け寄ろうとした時、ギルトは叫んだ。
「…手を出すな!こいつは僕が倒さねばならないんだ!!」
「でもッ!」
「今僕に手を貸したら、君とは一生口を利かないぞ!」
 エアが驚き、歩みを止める。
「僕は今までいろんな人に助けてもらって歩んできた。でも、ここからは僕が自分の足で歩くんだ!今までの弱さを克服するためにも、こいつを!ギルト・シオンを倒すッ!!」
 息を大きく吸って咆哮、組み合ったままの拳を打ち払った。
「うおおぉーっ!」
 地を蹴り、離れた間合いを一気に詰める。今度はこちらから攻撃に出る。だが、拳が届く距離に入る前に何かにぶつかり弾かれた。
 シールドだ。敵が張ったシールドに自分から突っ込んでしまったのだ。身体を打った痛みがゆっくり広がっていく。この程度は問題ではない。すぐに回復…出来ない!?
 ギルトの身体に作用するスペルは速度が非常に遅くなっていた。これでは回復するのに時間がかかり過ぎる。
(なぜだ?なぜ回復出来ない?)
 焦りが生まれてくる。絶対的な自信が崩れる時というのだろう。クオンによって完全な力に開眼した、その事実を根底から崩しかねない事実だった。
 もう一人のギルトはあえて追撃せず、シールドを張ったまま見下すような笑みを見せた。
「ギルトさん!」
「行くな!彼を信じろ!これは男の戦いなんだよ!!」
 また近づこうとしたエアをキザミが静止してくれた。だけど、まずい。
(まさか、こいつの性質は…!)
 理解した。世界を滅ぼそうとする思念のみを入れた事で、こいつは異界と同じような性質を持ち始めたのだ。ダメージの回復が遅いのはそのせいだ。
 これでは、戦いが長引くほど不利になる。短期決着を仕掛けなければならない。
「どうした?ギルト、お前が止めなければ僕が世界を支配しよう。邪魔な者など総て排除した、僕だけの世界を創るぞ?」
 こちらの神経を逆なでするような言葉を浴びせてきた。あれは自分の本心でもある。加えて、自分と全く同じ声だというのが非常に癪だ。
「…くっそーッ!!」
 焦ったのはあまりにも早計だった。自分の力と相手の力は全く同じだというのに。張ったままのシールドを壊そうと再び飛び掛った。いや、飛び掛ってしまったのだ。
「…はっ、最初の勢いは良かったのになあ。今のお前じゃ僕をかすめる事も出来ないね。」
 シールドは最初ギルトが飛び掛り、叩きつけた拳と同じ出力だった。だが、続けてエネルギーを放出していたギルトの力がシールドを破り始めた。しかし、相手はシールドを強化しようとしなかった。シールドを破って飛び込んできたところにエネルギー波をぶつけてきたのだ。
「ぐわッ!!」
 防御を破った直後で、攻撃のパワーが落ちていたところに反撃を打ち込まれてしまったのだ。ほとんど威力を殺しきれず、部屋の壁まで吹き飛ばされてしまった。思ったより部屋の壁が頑丈だったため、外に放り出されてはいなかったが、さっき以上のダメージを負ってしまった。何とか骨は折れていないが、もはや全身打撲に近い。同じようなのをまともに食らったら立ち上がれなくなってしまうだろう。
(どうする…?どうすれば奴のスペルの内側に入れる…?)
 全ての能力が互角の相手。自分の戦い方も自分で良く解っている。攻撃のみで対応すれば、先程のように防御でパワーを落とされてから攻撃される。逆にこちらが相手と同じ戦法を取ろうとすれば、奴はこちらを無視して精神力の回復に入る。いっそ、逃げに入って回復に集中するという手もあるが、それをやれば奴は一気に攻撃に転じるだろう。そうなれば、既にダメージを受けたギルトの方が不利だ。
(全て解っているのなら…。)
 思いついた。一か八か。いや、これはギャンブル性の問題ではない。
(僕は、僕の直感を信じる!)
 全エネルギーを開放、しかしそれを全て体内に閉じ込め、白い髪の自分に向かって走り出した。まだだ。まだ、力を敵には向けない。自分に溜め込んだまま、限界までチャージするんだ。
 壁から敵まではかなりの距離があった。そのため、敵は遠距離攻撃とばかりに光の弾を次々と投げつけてきた。まだだ。逐一撃墜していたらまたパワーダウンしてしまう。雨のように攻撃が降る中を無視して走った。
 途中、いくつかが命中し、自分の血飛沫が室内に踊った。だが、まだだ。無視して突進を続ける。
「何だと…!?」
 やっと相手の顔にも焦りが生まれたようだ。攻撃を中断し、スペルを右腕に集中し始めた。
(後手に回ったな!)
 思った通りだ。自分は特別痛みや危険に敏感な臆病者である。常に平穏と現状維持を望んでいる。だが、それは想定外の出来事に直面した時は実に脆くなる。自分だからこそ解っているそれを逆手に取ったのだ。
 実のところ、このまま遠距離攻撃を続けられたらこの戦い方は失敗だった。けれど、全く動じずに迫る自分に奴は恐怖した。自分自身と戦う事に恐怖を感じるのは両者同様だ。それを理解したギルトはまさに恐怖を我が物としていたのだ。
 既に足はきしみ、鈍い痛みが支配し始めていたが、それでも止まらずに距離を詰める。
「食らえ!」
 敵は右腕に蓄積した光を巨大な三日月のような形にして飛ばしてきた。まだだ。
「何ッ!避けない…!?」
 ギルトは刃にそのまま突っ込み、敵の胸元に飛び込んだ。わき腹を大きく裂かれ、噴き出る血が鋭い痛みを認識させる。それでも構わない。この血の流れこそ、自らの示す勇気。この痛みこそ、生きている証。
 ついに手が届く距離に来た。勢いに任せて相手のみぞおちにパンチを入れ、ここでようやくスペルを解き放った。
「やっぱりな。」
 パンチを入れた拳がエネルギーに変わっていき、相手の身体を突き破った。光は腕から広がっていき、ギルトの全身がエネルギーの塊になった。今までのように敵に向けて放出するのとは違う。自分自身の身体を反物質の塊に変えてしまったのだ。
「…僕はお前に勝つ必要は無かったんだ。」
「…ぶぐっ!な、何をする!やめろ!やめるんだ!!」
 もう一人の自分は血を吐きながらギルトを引き剥がそうと肩をつかんだ。だが、つかんだ部位から燃え尽きてゆく。
「…僕はお前に克たねばならなかったんだ。僕の…克ちだッ!」
 そう宣言し、ギルトは最大の試練を乗り越えた。反物質を全身に送り込まれた悪しき分身は大爆発を起こし、跡形も残さず消滅していった。
 ギルトは急ぎ、自分の身体を構築しなおした。無論、服は燃えてしまったので、周囲の空間から創り直した。
 完全に回復したばかりの精神力はもうすっかりくたびれてしまっている。バッタリとそこに倒れる。
『会得したな、ギルト・シオン!』
 ドラグナーが現れ、手を貸してくれた。肩を借りて立ち上がる。
「はあ、疲れた…。単にあなたと戦った方が楽だったかも…。」
 ならば今からでもやるか、と聞かれて勘弁してくれ、と苦笑いをした。

 ようやく、全ての戦いが終わった。一向はギルトが回復するのを待って、本来の世界に戻る事にした。ポゼスターは肉体が完全に消滅してしまったので、ドラグナーが創り直すまでの間、ミクシーと行動を共にする事になった。
「自分の中に他人がいるのって何だか変な感じだな。人じゃねーけど。」
『お前がハーモニクサーだったからこそ、こうなっているのさ。他の人間ならそいつの自我を押し潰して俺が完全に乗っ取っている。お前がいたのは俺にとっても運が良かった。』
 元の世界へのゲートに向かう途中、ミクシーとポゼスターが会話を始めた。二つの精神が一つの肉体を利用しているので、何だか一人で漫才しているように見えて滑稽だった。
「…ところで皆さん、これからどうするんです?」
 少し後ろを歩いていたエアが思い切ったように言った。
 確かに、旅の目的は全て果たされている。
「私は今まで見てきた事を文字に変えるかな。多分、人生の中でこれ以上の体験にはもう出会えないだろうしね。どこかでしばらく創作活動に入るよ。」
 キザミの表情には満面の笑みと共に情熱がたぎっていた。彼は人知れず、人知れない歴史の証人となるのだろう。
「アタシはまた賞金稼ぎを続けるよ。とりあえず、新しい奇獣を調達しないとね。」
「ふふっ、レイジ君のところで貰ってくれば早いぞ。」
「そ、そのつもりだよ!」
 ミクシーの答えにキザミが注釈を入れていた。真っ赤になったところを見ればこの注釈は間違いあるまい。
「僕は、そうだな…。とりあえず、後半年はクオンの元で手伝いをするかな。ポゼスターが開放されたといっても、野放しになってる変異奇獣はまだまだいるしね。半年経ったら、家族のところに帰って…それから先はその時考えるよ。そう言うエアさんはどうするの?」
 ギルトがそう言って尋ねると、彼女は少し寂しそうな顔をした。
「私は…私もお父様のところに帰ろうと思います。でも、これで終わりっていうのも何だか少し残念で…。」
「大丈夫、また会えるさ。帰り道は私が同行するよ。ヴォイドさんに頼まれたからね。」
 キザミが彼女の肩に手を乗せ、ギルトの方を向いた。
「それに、ギルト君の力ならいつでも会いに来れるだろう。」
「ええ、いつでも会いに行きますよ。どこにいようと、ね。」
 相槌を打つとエアは照れて下を向いていた。
 ギルトに気恥ずかしさは微塵も無かった。この勇気も半分はエアが育ててくれたものだ。君が僕を必要とするなら、いつだって駆けつけるさ。でも、共に歩くにはもう少し時間が要る。二年目の最後まで自分を試してからだ。これはケジメだ。それまでは…。
 そんな会話をしているうちにゲートまで辿りついた。
 青い空が移っているところを見ると、クオンは要塞を移動したようだ。
「まあ、時間はたっぷりあるんだ。とりあえず人間のいる世界に戻ろう。」
 キザミの一声に促されて、四人と一体はゲートへと飛び込んだ。

「何だ…これは…!?」
 元の世界に戻って自分の口から出た第一声はこれであった。
 全員が愕然とした。
(違う…まだ終わってない…!)
 目の前に広がる光景がそれを物語っている。
 いつも当然のようにあるはずの、その青い空には一面に亀裂が走っていたのだ。
 今にも割れて落ちてきそうな程に。
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