――跋――


 学校に影響はなかった。漣も含む廃墟と化した地区の生徒の状況確認などのために、一週間ほど休校になっていたが、その辺も確認が済んだらしく、学校は始まっていた。結局、あの時の事は地盤沈下による局地的な地震、という結論が出されている。学校再開の初日、安否不明だった生徒達の状況がそれぞれのクラスに告げられた。漣は丁度外に出ていたという事にして、偶然助かったのだと説明した。
 そうして、漣は一彦達と喋りながら帰路についていた。
「クラスマッチは中止だってな」
「仕方ないよ、少なからず死者が出てるし」
 山中の言葉に、漣は言った。生徒だけでなく、教師の方にも被害が出ていた。死者は数えるほどしかいないが、重軽傷者が多く、入院していて暫く学校に出られない者は少なくなかったのである。
 漣のように、負傷した生徒達も家は崩壊し、学校指定の教科書などの教材は紛失してしまっていた。その辺は学校側が配慮してくれたようで、新品が配布される事になるらしい。
「お前もタフだな」
「まぁ、悲しくないって言えば嘘だけどね。どうにもできないしさ」
 苦笑を浮かべて言う高山に、漣も苦笑を返した。最初は悲しんでいるほどの余裕すら無かったが、後になって落ち込みそうにもなった。薄情なのか、そのまま事実を受け入れたのかは自分で判断しかねたが、今は落ち着いている。
「そういえば、葵はどこで寝泊りしてるんだ?」
「確かに。家はもう無いんだもんな。この数日間、どうしてたんだ?」
 一彦の言葉に、山中も頷いて言った。
「あぁ、それは……色々あってな」
「お、隠すつもりか、何を隠してやがる」
 苦笑し、はぐらかそうとする漣に、一彦が詰め寄る。
「……おい、漣」
「ん? あ……!」
 高山に突付かれ、視線を向けた漣は、その先にいる人物を見て声を上げた。
 バス停の前で澪那がこちらを向いて立っていた。彼女の事は、ある程度一彦達にもバレている。
「――俺、居候させてもらってるんだよ、彼女んトコにさ」
 言い漣は駆け出した。
「待て! それは同棲というヤツか! 何て奴だこの野郎!」
 山中が叫ぶ。
 丁度良い所にバスが停まり、言葉を聞いて顔を赤くした澪那が中に入って、一息遅れて漣がバスのステップに足をかけた。
「また明日な!」
 一方的にそう言って、漣はバスに乗り込んだ。
 結局、家と家族を失った漣は、澪那の家にこのまま居候する事になった。告白もしてしまった事もあって、澪那は最初渋っていたが、思い切って彼女の両親に、結婚を前提に、などと漣が切り出した事で両親から許可を貰ってしまったのである。その日は澪那と会話どころか視線すら合わせてもらえなかったが。
「……学校、どうだった?」
 バスの中で、澪那が尋ねた。漣が被害地域の中で唯一無事だった事を心配しているのだろう。彼女の方でも、少なからず負傷した生徒がいたらしい。それを考えれば、漣がいかに不自然な状態なのかが解るはずだ。
「何とか誤魔化せたよ」
 苦笑混じりの溜め息と共に漣は答えた。
 そうして、バスの窓の縁に肘を乗せて頬杖を着き、窓から空を見上げる。空の色は今ではもう元に戻っていた。『闇』が存在した事で生じた歪みは完全に修復されているらしい。
 漣の両手には、掌を覆うように包帯が巻かれている。周囲には地震の際に怪我をしたのだと言ってあるが、実際は紋様によって着いた傷だ。一応、深冬の治癒能力で出血は止まっているが。
「皆は、大丈夫かな?」
「多分な」
 澪那の言葉に、漣は言った。
 アンゴルモアを倒した後、逸也と深冬も普段の生活に戻した。もう二度と関わる事はないかもしれない。去り際はあっさりしたものだったが、それで良かったとも思っている。とりあえず、携帯電話の番号は四人とも残しているのだ。話ぐらいはできる状態のままである。
「……今までの事、夢見てたみたいね」
「ああ、そうだな」
 命のやり取りをしていた事は、今ではもう過去の事だ。センター・ゾーンでの出来事も、もうずっと昔の事にも思えてしまう。だが、掌に残された紋様や、漣が家族を失ったのは現実だ。それらは確かに、今までの戦いが嘘でなかった事の証明だ。
(……後悔してるんだぜ、俺)
 空を見上げ、思う。
(人殺ししちまったんだからな……)
 確かに、『闇』はこの世界に来て『人間』になっていた。その存在を、たとえ人間達が生きる世界を保つためとはいえ、漣は抹殺したのだ。厳密には人間ではないと言えるだろうが、漣にとっては確かに『アンゴルモア』は『人間』だった。
 だから、後悔する。人を殺めてしまった事を。『アンゴルモア』という『闇』の存在を、いつまでも心に残すためにも。他の誰もが忘れてしまっても、確かに彼はここに存在したのだから。
「……漣?」
「ん、何?」
 澪那に声をかけられ、漣は視線を向ける。
「漣は、高校卒業したらどうするの?」
「んー、そうだなぁ……」
 澪那の家に居候するとは言え、自分の小遣いは自分で稼ごうと漣は決めている。それは、澪那の家に居候させて貰うと決めた際に、彼女の両親にも話した事だ。
 密かに決めているのは、澪那が目指している大学に自分も行こうと思っている事ぐらいだ。丁度、澪那も漣と同じく理系の人間だった。その先は、まだ考えていない。
「とりあえず、バイトでもして金貯めようかなぁ」
「買いたいものでもあるの?」
「……何言ってんだよ、金かかるだろ、結婚式って」
「――えぇっ!」
「結構マジなんだぜ、俺」
 顔を真っ赤にする澪那に、漣は笑いながら告げた。その反応が面白く、可愛く見えて、自然と笑みが零れる。
 晴れた空は今日も青い。
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