第一章 「創世樹の下へ」


 夕食時は食堂や酒場が慌しい時間の一つだ。今もその食堂の中では多くの客が賑わっている。店員が忙しなく動き回り、数人組みの旅人や地元の人たちが談笑している。旅人達や肉体労働に従事しているような体格の良い男達が大声で笑い、言葉を交わしている。酔っている者も少なくない。
 その店の一画に、二組の男女が食事をしていた。既に食べ終わっているらしく、空の食器だけが机の上に置かれている。飲み物だけが残っているようだ。
 会話をしているようだが、周囲の喧騒に紛れて声は四人にしか届いていないようだった。
「ねぇ、そろそろ教えてよユウ」
 周りの客に聞こえないように、少女が声を落として尋ねた。
 赤い髪に黒い瞳の少女だ。一見すると華奢に見える身体は、良く見ると中々に引き締まっている。胸は無いが元気は有り余っているといった印象を受ける。ラフな半袖のシャツに、丈の短い厚手のズボンを身に着けており、どこにでもいそうな少女のいでたちだ。席に座っているから目立たないが、腰には二丁の拳銃を携えていた。深い紅色と白色で構成された銃身を持つ銃だ。
 彼女の名は、リネア・キュリエ。ユウの仲間だ。
 活発そうな大きな目で、テーブルを挟んだ向かいに座る青年を見つめていた。
「うーん、そうだね……話しておこうか」
 リネアの向かいに座っているのは美しい青年だった。
 透き通るような白い肌に、空のように澄んだ青色を輝かせる髪と、翡翠色の瞳を持つ青年だ。穏やかな雰囲気で、自然な笑みを浮かべている。水色の美しい水晶球が埋め込まれたグローブを両手にはめている。指の部分がない、手甲と呼ばれている防具も兼ねる武器だ。水晶球は大きなものだった。一つの水晶球を半分に分け、グローブの背の部分にはめ込んだような外観をしている。それだけが特徴的で、服装は四人の中で一番地味だ。無地のシャツとズボンという、そこら辺の店で買ったような安物の服だった。
「創世樹、って言葉は知ってるよね?」
 ユウの言葉に、リネアが頷く。
「この世界を支えていると言われる、存在の事ね」
 リネアの隣に座っていた女性が口を挟んだ。
 ウェーブのかかった美しい金髪に、青い瞳を怪しく細めた妖艶な女性だった。豊満な胸を胸中するかのように胸元の開いた露出の多い服を身につけている。背中や下腹部もほとんど丸見えだ。切れ目の入ったスカートからこれまた美しい太腿が覗いている。彼女の傍には折り畳まれた弓らしきものが置かれている。緑を貴重として作られた弓を三等分の位置で折り曲げて畳んだような格好になっていた。
 ソール・カリス。それが女性の名前だ。彼女もまた、ユウの仲間の一人である。
「そう、この世界を支えている樹だよ」
 ユウが頷く。
「待て、それは作り話じゃなかったのか?」
 ユウの隣にいた青年が鋭い視線と共に問う。
 刃のような切れ長の双眸を持つ端正な顔立ちの青年だった。漆黒の長髪を首の後ろで纏め、長い前髪が時折紫色の目を隠す。大人びたというよりもどこか近寄りがたい、刃のような雰囲気を持っている。彼の傍らには二振りの刀があった。一方は赤茶色の鞘で、もう一方が漆黒の鞘に包まれた刀だ。
 彼が着込んだ薄手のジャケットの下には黒いシャツと暗い青色のズボンが見える。
 ゼア・シュリフというのが彼の名前だった。
「それを嘘だと証明している人はいないんじゃないかな?」
 ユウは変わらぬ笑みを浮かべてゼアに視線を向けた。
 逆説だ。偽りだと証明できない情報は真実である可能性も存在する。
「創世樹、あるんなら見てみたいけどなー」
 リネアが呟く。
「見れるよ」
 ユウは平然と答えた。
 創世樹。
 それはこの世界の基盤となり、全ての源として、あらゆるものを作り出した存在とされている。根は世界中に張り巡らされ大地を固め、枝は空を支えている。創世樹の葉は風と雲を作り出し、あらゆるものに恵みを与える。
 神話や伝承、御伽噺などとして、世界中の誰でも知っている言葉だ。
「創世樹は、あるから」
 ユウが微笑む。
「あなたが言うのなら本当なんでしょうね」
 ソールが微かに溜め息をついた。あまり興味は無いようにも見える。
「それで、続きは何だ?」
 ゼアがユウを促す。
「創世樹の様子を見に行くんだよ」
「何かあったの?」
 リネアが首を傾げた。
 鋭い問いかけだ。様子を見に行く、とだけ告げたユウに、彼女は理由があるのだと判断したのだから。もっとも、ユウを含める四人は何か理由でも無ければ集まりはしない。訳も無く四人が集まり、行動する必要は無いといっても差し支えないのだ。
 だから、ユウは頷いた。
「世界各地で起きてる異変の事、聞いてるよね?」
「魔物が出没してるって話?」
 ユウの言葉にリネアが答えた。
「五百年前の大戦で全滅したはずよ。でも、噂じゃないわけね?」
 ソールがユウを見る。
 今からおよそ千年前、世界は混沌たる有様だった。魔物と呼ばれる存在が世界各地に出没し、それまで地上に存在していた生物を無差別に襲い出した。獣だったり、植物のようだったり、人型だったりと、その形態はでたらめなものだった。だが、繁殖力が極めて高かった魔物という存在はあっという間に世界全土に広がってしまった。
 最初は人間達が魔物を抑え込んでいた。武装した人々が各地で魔物を退治し、集落に現れるような事態は未然に防いできたのだ。
 だが、魔物が現れてから三百年が過ぎた頃、人間達を脅かす存在が現れる。知性を持った魔物が現れ始めたのであった。人間のように知性を持った魔物との戦いは激化の一途を辿る。
 その魔物達は、今から五百年前に一掃された。
 戦いが激化した頃から、魔物が全滅するまでを今では大戦、もしくは二百年戦争と呼んでいる。
 ただ、詳しい事は今でも判っていない。知性を持った魔物の存在や、彼らを束ねていた長とでも呼ぶべき存在がいつ、どのようにして、何故現れたのか。同時に、魔物を一体残らず一掃できたのは何故なのか、何があったのか。
 唯一伝わっているのは、魔物の長を倒し、戦争を終結させた存在の名前だけだ。
 ライウ。
 世界各地を旅し、魔物から集落を救い続けた人物だ。各地の集落には彼の名前が口伝として残されている場所がまだ存在している。
「多分、魔物とは違うものじゃないかと思うんだ」
 ユウが言った。
「それと、創世樹に何か関係があるんだな?」
「まだはっきりとそう言えるわけじゃないけどね」
 ゼアの言葉にユウが答える。
「もしかしたら、創世樹に何かが起きて、異変が生じたんじゃないか、と思ってるんだ」
 ユウはそう言葉を続けた。
 世界を築き、支えてきた存在に何かが起きた。それが世界の歪みとして現れているのではないか。ユウの推測も、実際に確認してみなければ判らない。
「大戦の時もそうだったのかしら?」
 ソールが呟いた。
「大戦が起きたのは創世樹の異変とは違うよ。創世樹に何かあったのなら、魔物とかじゃなくて、もっと大変な事になったと思うから」
 ユウは首を横に振る。
 魔物の存在は創世樹に異変があったから、という見方はほとんどなされていない。創世樹という、世界の根本に関わる存在の影響であるのなら、大地の変化や崩壊などといった異変が起こるのではないか、という推論がほとんどなのだ。魔物が独自に動き始めるようになっていったために、創世樹との関連には否定的な意見が多い。
「じゃあ、何だったのかしらね、大戦は……」
「そのうち、解明されるんじゃないかな」
 残念そうなソールの言葉に、ユウは微かな笑みを湛えたまま答えた。
「私が生きてる間だといいわねぇ」
 ソールが苦笑した。
「仮にも魔物と噂されてるんなら、むしろ創世樹とは関わりが薄くはないか?」
 ゼアが問う。
 魔物、と噂される存在に近いものだとしたら、創世樹との関わりがないと言う見方はできる。魔物と創世樹の関係に否定的な意見が多いのだから、魔物と噂されている存在は魔物同様に創世樹に関係がない可能性が高い。
「それが、一つ妙な情報が届いてるんだよ」
 ユウの言葉に、三人が注目する。
「化け物が地面から這い出して来るところを見たって人がいるみたいなんだ」
「地面に潜る魔物の生き残り、とか?」
「在り得ない、はと言い切れないね。でも、地面から出てきた、って部分が引っ掛かったんだ」
 口を挟んだリネアにユウが首を横に振る。
「創世樹の根が地面の中に張り巡らされているという話を信じるなら、そこに異変が生じて、地中で生活していた生物に何か変化を起こしてしまったんじゃないか、ってね」
 ユウの言葉に三人が考え込む。
「良くそこまで考えられるわね。少し飛躍しているようにも感じるわ」
 ソールが呆れたように呟いた。
「魔物の生き残りなら、五百年も地中で過ごすなんてできないと思ったんだ」
 ユウは言った。
 知性の低い、本能だけの魔物なら五百年もの時を地中で過ごせるとは思えない。また、知性があったとしても、もっと早く現れているはずだ。それほどの期間を一つの世代で生きていくのは不可能に近い。何世代も重ねて計画してきたと考えられなくもないが、一気に侵略してこない部分が不可解だ。
「それに、今回の噂には気になる部分が多いんだ。地中から出てきた魔物が超能力を使ったとか、また地面に潜って消えた、とか」
「そんな話もあるの?」
 ユウの言葉にリネアが目を丸くした。初耳だったらしい。
「些細な情報も届けてもらっていたからね。目撃者もほとんどいないし……」
 ユウの表情に陰が差す。変わらない笑みが、少しだけ哀しげな雰囲気を纏っていた。
 目撃者がいない。つまり、ほとんどの人間は殺されているのだ。ユウはそれに心を痛めている。
「闇雲に動くよりも、創世樹を確認した方がいいと思ってさ」
「確かに、敵がはっきりしないと動きようもないわね」
 ユウの言葉にソールが頷いた。
「ねぇ、お酒もう一杯貰えるかしら?」
 近くの席に料理を運んできたウェイターを呼び止め、ソールが空の器を持ち上げて見せる。
「ソール、少し飲み過ぎなんじゃない?」
「ここのベリー酒、美味しいのよ」
 眉根を寄せるリネアの言葉に、ソールは怪しく微笑んで見せる。
 先程から酒を追加して頼んでいるが、彼女が酔っている様子は無い。
「言うだけ無駄だ、リネア。飲ませておけ」
 暫く黙っていたゼアがリネアに告げる。
「つれないわね、ゼア。あなただって、お酒は嫌いじゃないでしょう?」
 ソールが口元に笑みを浮かべてゼアに視線を向ける。
「で、俺達を呼んだ理由は何だ?」
 ゼアがソールから視線を外してユウに問いを投げる。
 ユウの視線の隅でソールが、もう、と溜め息を付いている。このメンバーの中でソールと酒の話ができるのはゼアぐらいだ。リネアはまだ未成年で酒の味を知らないし、ユウは余りアルコールを好んでいない。
「戦闘があるかもしれないから、ね」
 ソールの様子を見て苦笑を浮かべつつ、ユウは言った。
「でも、つくづく雲を掴むような話よねぇ」
 ソールが呟いた。
 異変の原因を調べる、と言い表せば簡単だ。だが、不可解な点の多過ぎて原因の見当すらついていない状態で調査というのも難しい。
「そうだな。創世樹の様子見ならお前一人でも十分だろう」
 腕を組んだゼアがユウを横目で見る。
「えー、二人とも、創世樹見たくないの?」
 リネアだけは乗り気らしく驚いた目で二人を見ていた。
「興味が無いって訳じゃないけれど、ねぇ?」
「無駄に時間を浪費するぐらいなら、俺はお前を相手に修行をしたいがな」
 ソールに視線を送られたゼアがユウを見て告げた。
「皆が嫌なら一人で行ってくるよ」
 ユウはさして気にした風でもなく、言った。
「俺はパスだ。敵がはっきりしないうちは同行する意味がない」
「私も今回は見送るわ。私も暇ってわけじゃないしね」
 ゼアとソールが言った。
「あたしは一緒に行く!」
 創世樹見たいもん、とリネアが身を乗り出す。
「ありがとう、リネア」
 ユウはリネアに微笑んだ。リネアが笑い返す。
「じゃあ、俺達はここで別れるからな」
 ゼアが溜め息混じりに言った。
「うん、判った。あ、神器は暫く持っていてくれるかな」
「返しておいた方がいいんじゃないの?」
 ソールが口を挟んだ。
「二人も噂の魔物に遭遇するかもしれないから、念のため。それに、気が変わるかもしれないでしょ?」
 ユウがソールとゼアに微笑む。
 理由の一つは魔物に遭遇した時の戦力とするためだ。二つ目の言葉は、もしも二人がユウとリネアに合流する気になった時に直ぐ行動できるようにするための処置だった。
「仕方ないわねぇ。でも、必要が無くなったらそっちから取りに来てよね」
 ソールが諦めたように溜め息をついた。
 もし、異変を解決するまでにソールがユウと合流する気にならなかった場合は取りに来い、そう言っているのだ。
「判った」
 面倒臭そうな顔一つ見せず、ユウが微笑む。
 もう、とソールが溜め息をついた。
 不意に、ゼアが無言で席を立った。
「それじゃあ、私も行くわ。支払いお願いね」
 ソールも席を立ち、ゼアに続いて店を出て行く。
「ねぇ、良かったの?」
「何が?」
「あの二人、いた方が良かったんでしょ?」
「嫌だって言うなら仕方ないよ。それに、きっと来てくれるから」
 リネアと言葉を交わしながら、ユウは料理の代金が書かれた紙切れを手に取った。
 四人分の食事は元々払うつもりだったが、ソールの飲んだ酒の代金が予想以上に多い。酒に強く、酒好きだという性格はユウも知っているが、代金の半分近くが酒代と言っても良かった。
「まぁ、お金はあるからいいけどね」
 ユウの笑みに少しだけ苦笑が混じった。

 *

 大陸の首都に近いこの街は比較的、技術が発展している。建物は角張ったものが多く、造りもしっかりしたものばかりだ。通路は整備され、石畳が敷き詰められている。位置的にも交易が多く、人通りは絶えない。街の中心を一直線に貫いている大通りは特に人通りが多く、彼ら旅人や行商人、観光客などを相手にする露店が連なっている。
 ゼアは街の中央を走る大通りを歩いていた。腰に提げた二振りの刀を隠そうともせず、旅の荷物らしい、小さな袋を右手に持っている。まるで、自分が旅の戦士だと言っているかのような雰囲気を纏って。
 いや、ゼアは戦士だった。
 視界の隅に見えた一人の男に、ゼアは足を止めた。
 通りに面した果物屋の前で一人の男が品定めをしている。ぼろぼろの外套を身に纏った男だ。やや痩せこけた顔立ちで、目つきは鋭い。髪もぼさぼさだ。
 店主らしい中年女性が男の顔を見て表情を強張らせていた。
 ゼアの記憶が正しければ、その男は賞金首だ。犯罪者として指名手配された人物は、ある一定のレベルを超えると賞金首になる。生死を問わず、捕らえた者に賞金を出す、というものになるのだ。国や街の警備部隊で手に負えなくなった時、犯罪者は賞金首となる。腕の立つ旅人や戦士が賞金首を捕らえる場合が多いためだ。
 そして、その男は危険度の高い賞金首として知られていた。身に纏った外套の中に多数の武器を隠し持ち、何人もの一般人を殺してきた。賞金稼ぎ達も何人かやられている。
 男が口元に笑みを浮かべるのが見えた。
 外套の中から伸ばした手で果物を掴み、店主を見つめる。
「おい」
 ゼアは男に背後から声をかけた。
 男が一瞬、息を呑んで振り返る。
「何だ、てめぇ」
「お前、賞金首だな?」
 眉間に皺を寄せ、威嚇する男にゼアは告げた。
「てめぇ……まさか、賞金稼ぎか?」
「俺と戦え」
 男の返答を肯定と受け取り、ゼアは更に告げる。
 一方的に決闘を申し込んでいた。
 かなり距離を取って、周囲に野次馬が集まって来ていた。
「へっ、相手が悪かったな……てめぇの持ち物、頂くぜ」
「俺を殺せたならくれてやる」
 できるものならな、ゼアはそう告げると一歩後ろへ退がり、間合いを取った。
 男が外套の中から二本のナイフを投げ放つ。
 ゼアは軌道を見切り、かわすと同時にナイフの柄を掴み、二つとも奪い取った。
「この程度か……」
 ゼアは溜め息をついた。
 男が更にナイフを投擲する。ゼアは奪い取ったナイフで男の攻撃を撃墜した。金属音を立てて、四本のナイフが石畳の上に落ちる。
 男は両手に銃を持っていた。勝利を確信し、相手の命を奪うという行為に興奮しているようにも見える。目を見開き、口元には笑みを浮かべていた。
 既に、ゼアは赤茶色の鞘に納められた刀の柄に手をかけていた。同時に、踏み込んで距離を詰めている。
 男が引き金を引くよりも早く、ゼアは抜刀する。鞘から解き放たれた刃が風を切る。刃が振り抜かれた時、男が手にしていた二つの拳銃が石畳の上に転がった。男の手首から先と共に。
 切断された腕から血が溢れ出し、石畳を汚した。
「ぎゃあああああぁっ!」
 男が痛みに地面をのたうち回る。傷口を押さえようにも、手はもう無い。
 そして、二度と武器を手に持つ事も出来ないだろう。
 ゼアは痛みに叫び続ける男を冷たく見下していた。
「……こいつをくれ」
 何事もなかったかのように、ゼアは男の横を通り過ぎて果物屋の前でそう告げた。まだ青いリンゴを一つだけ手にして。
「あ、はい……」
 目を丸くしつつ、店主の女性はゼアから代金を受け取るとそれをまじまじと見つめていた。
「君、賞金はいらないのか……?」
 その場から立ち去ろうとするゼアに、ようやく駆けつけて来た警備兵が声をかけた。
 賞金を受け取るためには、警備部隊の詰め所か、政府の運営するいわゆるギルドと呼ばれる施設に立ち寄らなければならない。
「今は金に困ってない。孤児院にでも寄付してくれ」
 ゼアは素っ気無く答え、その場を後にした。野次馬達はゼアが近付くと道を開けるかのようにどいた。
 リンゴを齧りながら、ゼアは大通りを進んで街を出た。
 溜め息をつく。
 話題に上っていた賞金首だったためか、過剰な期待を持ってしまったらしい。先程の男は弱過ぎた。大方、外套で隠した武器を使い分けて不意打ちで人を殺してきただけなのだろう。小細工の通用しない相手と真正面から戦った場合、まともに太刀打ちできるレベルの反射神経や精神力を持っていなかった。
 ゼアはもう一度溜め息をついた。
 これでは修行にならない。
 ゼアは戦士だ。己の強さだけを求め、旅をしている。強い者を探し、自分よりも上ならばその人物を目標として自らを鍛え直す。世界最大の大陸である、このガルド大陸を歩き回り、他の小大陸や島国にも渡った。
 その中で、ゼアはユウと出会った。
 彼はゼアの強さを見込んで、仲間に誘って来た。力になってくれないか、と。
 ユウは特殊な立場にあった。世界中の国から以来を受け、その国直属の最大の権限を振るう事を許されている。但し、軍のような組織的戦力を行使する点を除いては。
 ユウは自らの戦力として、ゼアを欲したらしい。
 ゼアはより強い存在と渡り合える可能性が高くなるのなら、とユウの誘いに乗った。無論、強い敵がいると判った仕事の時のみという約束で。
「あいつ、俺の気が変わると知ってやがるな……」
 ゼアは舌打ちする。
 ユウは初めて会った時からそうだった。知識と優しさ、思慮の塊とでも言うのだろうか、人の心理を熟知し、巧みに操作してくる。
 今回もそうだ。
 ゼアは漆黒の鞘に納められた刀の柄に左手を乗せた。それがユウに託された神器だ。
 神器を渡したのは何か考えがあるに違いない。
 神器とは、彼ら四人がそれぞれ持っている武器だ。かつての大戦で勇者ライウが使用したと言われている、最強の武器の名称だ。純粋な心を持つ者のみが扱える、特殊な武具でもある。現在は世界最大のガルド大陸を統治しているガルダース公国が国宝として管理している。
 ユウはガルダース公国からの要請を受けて動く場合が多い。その力を見込まれて神器を持ち出す権限を持っているのだ。普段は公国の管理施設に預けておき、彼が必要と判断した際に施設に立ち寄り、受け取る。そして、使役する事を許されている。
 ユウの指揮下にある間、ゼアは彼に極めて近い発言権を得る。つまり、ユウの指示ならば神器の使用が許されるのだ。
「こいつを、使う相手が出てくるとでも考えてるのか?」
 ゼアは眉根を寄せた。
 神器を持っていろと告げたからには、それを使う局面が出てくると読んでいるのだろう。だが、神器の力はかなり強大なものだ。普段ゼアが使っている刀も名のある人物に打ってもらった名刀だ。しかし、神器はその名刀の全てを遥かに凌ぐ攻撃能力を持っている。
 ゼアが戦った人物の中で、神器を使わなければならない存在は今まで無かった。無論、その時は神器を持っていない。ユウが必要ないと判断していたのだ。
 だが、今回は神器を持たされた。
「もし、そんな奴が出てきたら合流してやるか」
 鼻で笑い、ゼアは食べ終え、芯だけになったリンゴを投げ捨てた。

 *

 ソールは大通りに面する様々な店を遠目から眺めながら歩いていた。道行く人々は薄着の者達が多い。この街のような都会は地方よりも気温が高いと言われている。工業などが原因だと言う人も少なくない。自然破壊がどうのという者も多い。
 露出の高い服を身に着けているソールに、道行く男達が注目していく。片方の肩に引っ掛けるように背負った荷物の袋から三つ折の弓の先が飛び出ていた。だが、武器に注目する者はほとんどいない。
 銃という新たな遠距離攻撃用の武器が造られるようになってから、それまで主流だった弓はむしろ珍しくなった。弓よりも銃の方が精密射撃から破壊力に至るまで勝っていたためだ。個人的な趣向から弓を使う者はいるが、その人口は減る一方だ。
 暫くして見えてきた人だかりに、ソールは視線を向けた。
 大声を上げて泣き叫びながら、一人の男が街の警備部隊に連行されている。貧相ないでたちのその男には、手首から先が無かった。
「……ゼアの仕業ね」
 ソールは溜め息をついた。
 男の顔には見覚えがあった。賞金首のはずだ。
 大方、ゼアと戦って負けたのだろう。殺されていないところから見て、満足に本気を出せる相手にはならなかったというところか。もし、腕の立つ人物ならばゼアは両手を切り落とすような真似はしない。また戦えるよう、五体満足な状態にしようとするはずだ。相手次第ではその場で斬り殺しているかもしれないが。
 名の知れた殺し屋や賞金稼ぎなど、戦う者達を見かけるとゼアは必ず決闘を申し込む。自らの力を計り、より強くなるために。
 ただひたすらに力を求め、高みを目指すゼアは確かに純粋だ。誰かを憎むでもなく、戦闘に快楽を見出しているわけでもなく、自分の存在を戦う力の強さで自覚したいのかもしれない。だから神器を直ぐに扱えたのは納得できる。
 リネアは天真爛漫な子供の一人だ。色々と複雑な生い立ちがあるようだが、彼女自身は全く気にかけた様子がない。元気過ぎると思う部分は多く、実年齢より少し子供っぽいところがある。故に、彼女が神器を使える事実は納得がいった。
 神器の使用権限を持つユウは言うまでも無く扱える。
 しかし、ソールは自分が神器を使えるという事に疑問を抱いていた。
 他の三人と違い、ソールは様々な騒動に揉みくちゃにされて育った。
 今は亡き、カリス国の王族直系の血を引いている。それが原因で、国の再興という名目の騒動で姫に祭り上げられた。当時はまだ四歳か五歳だったはずだ。加えて、直後に再興を阻止しようとする勢力との抗争が勃発する。同年代の子供と接する機会もなく血生臭い世界を目の前にぶちまけられた。
 擦れた、といえば聞こえはいいかもしれないが、実質は褪めてしまったのだ。
 そんなソールが神器を使えるとは思えなかった。
「根が純粋なんだよ、自信を持って」
 初めて神器を持ち出した際、ユウはそう言ってソールに弓を手渡した。
「気に入らないわ、ホント……」
 ソールは吐き捨てるように呟いた。
 心の底まで全てを見抜いているようなユウの言動は一々ソールの本心をつついてくる。自分でもはっきりと理解していない部分を引きずり出そうとしているのかとさえ思ってしまう。
 悪気もなく、ソール達のためでもあって告げている言葉だとは理解しているつもりだ。それでも、全てを許容できるほどソールは無邪気ではない。
 自分が純粋だと思いたくないだけなのかもしれない。
 近しい人、世話をしてくれた人が目の前で戦い、死ぬところを何度も見た。ソールも無我夢中で生き延びてきた。汚い行動もして生き抜いてきたのだ。そんな自分が純粋なのだと認めてしまうのが怖いのかもしれない。
「いくら報酬が良くても、ねぇ……」
 溜め息をつく。
 ユウと共に行動し、物事を解決した際に得られる報酬は凄まじく高額だ。確実に一年は遊んで暮らせるだけの資金が手に入る。無論、それだけの重大な事件でなければユウが動く事はない。
 今、ソールはある目的のために金を貯めていた。今までユウとこなしてきた仕事の報酬の八割近くをその目的のために貯蓄している。
 だが、ソールは今回の仕事を引き受けなかった。
 報酬が働きに見合う以上のものだとは解っている。だが、解決の見込みが無いまま動くのは御免だった。確実に報酬が貰えるような、はっきりと目的が定まっていないものだと、いつまで経っても進展しない可能性もある。同時に、失敗するという可能性もあるのだ。
 曖昧なうちは、確実に金が稼げる仕事をしていた方がいい。
「どうせ、そのうちはっきりするんでしょうしね」
 ソールは肩を落とす。
 ユウの事だ。大方、さほど時間が経たぬうちに何をどうすればいいのかはっきりさせてしまうだろう。それだけの知恵と行動力や判断力を彼は持っている。
 もし、ソールの力が必要になればユウの方からも何らかの手段で連絡を寄越すはずだ。連絡が来るまで待っていても問題ないだろう。
「まぁ、私の知った事じゃないわね」
 僅かに肩を竦める。
 全てはなるようになる。ソールが動くべきなら、その時になれば自然と事態は動いているのだろう。ユウは全てを予測しているのかもしれないが、ソールにそれはできない。解らないものを考えていても仕方がない。
 ならば、今は思うままに動いていればいい。
 そう考えながら、ソールは街を後にした。
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